閑話35 雷雲の神の最期が神々に与えたもの
白目を剥き、泡を吹いて気絶している。今の彼の状態を人間に例えるなら、そんな状態だ。
……ただの人間の目には、光を発している巨大な人影にしか見えないため、気絶しているのかただ横になっているだけなのか、判別できない。しかし、御使いになった者達の目には、はっきりその醜態が映っていた。
そんな醜態をさらしているロドコルテを半眼で眺めながら、亜乱は呟いた。
『神も気絶するんだな……驚いた』
『色々限界を超えたからでしょうね。魔力で創った人形とはいえ御使い三柱に、加護を与えた転生者四人の魂を次々に喰われたのだから』
『彼が、ジョブチェンジした影響も大きいかもしれないな。一体どんなジョブに就いたのか……だが、気絶にまで追い込んでくれて助かった。あの悲鳴をあげ続けられたら、私の方が気絶していたかもしれない』
同じ元転生者のロドコルテの御使いである泉と硬弥も、それぞれの感想を口にしながら、耳を押さえていた手を降ろす。勿論、御使い……『地球』での天使や神の使いに相当する存在である三人に、本当の意味での耳は無い。
人間だった時の習慣が残っていて、思わずしてしまっただけだ。
『前……【デスサイズ】の近衛宮司が此処で魂を砕かれた時は、平気そうに見えたけどな。あの時は、転生する前だったから平気だったのか?』
ムラカミやハジメ、そして硬弥と同時期に『オリジン』で死亡し、神域からヴァンダルーに対して攻撃を仕掛け、反撃で魂を砕かれた男の事を思い出して亜乱が首を傾げる。
『本人に聞けばいい……と言いたいところだが、暫く目覚めそうにないな。推測だけれど、亜乱の言うように転生する前の状態で、加護等を改めて与える前だったから魂を砕かれても、痛みを感じなかったのかもしれない』
硬弥がそう推測する。もしくは、実際には痛みを感じていたが、それに耐えて隠していたのかもしれないが……この様子を見る限り、ロドコルテにはそんな事は不可能だろう。
ミサが魂を喰われた時点で、ロドコルテは大きな悲鳴をあげていた。痛みを、それも激痛を押し殺して隠せる者があげる悲鳴ではない。
『【グングニル】の海藤カナタは転生してから砕かれたはずだけど、その時は?』
『それこそ本人に聞かないと分からないと思うが……実は痛みにのた打ち回っていたのか、それとも魂が砕かれる場合に備えて、手を打っていたのか。どちらかだろう』
『じゃあ、ロドコルテはムラカミやハジメが、ヴァンダルーに勝てると期待していたせいで気絶しているって事ね』
【御使い降臨】用に魔力で創った御使いと、ムラカミに回収し修繕した【グングニル】と【デスサイズ】の力を与えた。さらに万が一の場合、自害する事でこの神域に戻る仕掛けまで施している。
その他にも、神託の形で様々な情報を提供している。かなりの大盤振る舞いである。
それから推測すると、泉の言う通りロドコルテはムラカミに対してかなり期待していたのだろう。
そして、恐らく自害して神域に戻る仕掛けを施したために、ロドコルテはムラカミ達の魂と一緒に自身の加護と御使いを喰われた痛みを防げず、気絶するはめになったのだろう。
『雷雲の神』フィトゥンに取り込まれていた、ハジメ・イヌイの魂を砕かれた事も影響したのかは泉達には分からない。その時にはロドコルテは気絶していたのだから。
『とりあえず、どうする? 俺は今の内にアサギ達とマオに渡す情報を纏めておくが』
『マオはともかく、アサギに送って大丈夫? 変な正義感を燃やしたりしない?』
アサギはヴァンダルーが魂を砕き……喰らい、滅ぼす事に憤りを覚えていた。ムラカミ達の最期を知った彼が、「俺がヴァンダルーを止めなくては!」と、妙な正義感や使命感に駆られやしないかと泉は危惧しているようだ。
『まあ、その可能性もあると思うが……俺達が黙っていても、アサギ達はヴァンダルーが何かした事に気がつくだろう』
『ああ、確かに大陸規模で割れたり砕けたりしているね、フィトゥンの神像が』
ダメージを負った神の像が傷ついたり、目から血を流したりする事が、今まで幾つもあった。しかし、今回は神本体の消滅、死である。
影響はモークシーの町があるアルクレム公爵領に留まらず、バーンガイア大陸全土を更に越え、別の大陸や島の神像にまで及んでいた。
当然、アサギ達がいるビルギット公爵領にも影響は及んでいる。ビルギット公爵領のフィトゥン信仰はそれ程盛んではなく、神像の数も少ないが、アサギ達が見過ごす事はないだろう。
そうなれば「ヴァンダルーがこの件に関わっているのではないか?」と彼等が考えるのは、想像に難くない。
『それもそうか。なら、正確な情報を早めに渡しておく方が良さそうね』
『それに、こういうと何だが、やられたのはあのムラカミ達とハジメだ。だからと言って良い気分はしないだろうが、頭に血を上らせてヴァンダルーに向かって行く事は無いだろう』
納得する泉に、硬弥がそう言い添える。ムラカミとアキラ、ミサ、そしてハジメ。彼等はアサギや硬弥と同じ学校の出身者であり、転生者であり、そして『ブレイバーズ』の仲間だった。
だが彼らはアサギや硬弥を裏切り、亜乱や泉はムラカミの手で殺されている。同じ転生者ではあるが、限りなく敵に近い関係だ。
熱血漢のアサギでも、その彼らの魂が喰われたからと言って我を失う程頭に血を登らせる事は無いだろう。
そう言う硬弥も、ムラカミ達の消滅を悼む気持ちは殆ど無かった。既に彼らが『オリジン』で死亡するのを見ているため、「いい気味だ!」とも思わないけれど。
哀れだなと思うが、ヴァンダルーに対して怒りを覚えたりはしない。寧ろ、裏切り者の後始末を押し付けたような気がして、申し訳ない気分になる。
『オリジン』でムラカミ達が行った事に関しては、『オリジン』で彼らが迎えた最期によって区切りがついたと無意識に思っているのかもしれない。
それに、ムラカミの仲間だったはずのカナコやダグ、メリッサはヴァンダルー達に受け入れられているようだから、あまり深く考えると悩む事になりそうだ。
しかし、あの『変身』は誰の提案なのだろうか? やはりあのカナコか。だとしたら、彼女は余程うまくヴァンダルーに取り入ったのだろう。
『ともかく、ハジメがフィトゥンって神と一緒にやった事もちゃんと伝えれば、アサギ達もヴァンダルーが無暗に魂を喰らった訳ではないと理解するだろう』
結論の出ない思考を余所に追いやって、硬弥はそう纏めた。
『そうだな、その辺りの事情も詳しく纏めておく。……そう言えば、そのムラカミから離れたゴトウダについては、どうする?』
『【超感覚】はムラカミから離れて、ヴァンダルーに関わるつもりはもう無さそうだとだけ伝えましょう。居場所を教えても意味は無いだろうし、バーンガイア大陸を出ているから偶然出会うという事も無いはずだから』
『その後はどうする?』
泉の問いに亜乱と硬弥は周囲を見回した。
今回の事件でまたアルダ達と会議か打ち合わせをする事になるだろうし、魂を傷つけられたエドガーの治療もまだ終わっていない。
『オリジン』の方も【アバロン】の六道聖が、雨宮寛人と成美夫妻の子供達にちょっかいをかけているようだ。
『特別な事は何もしない』
『日常業務だけだ』
だが、亜乱達に出来る事は無い。アルダ達との会議や打ち合わせに向かうのはロドコルテだし、自分達は彼の許しが無ければこの神域から出る事は出来ない。魂を傷つけられたエドガーの治療も、彼等では手を出せない。
……治療の妨害ならできるが、実行すると確実にロドコルテにばれるので、やはり不可能だ。
『オリジン』の方も、亜乱達は見ているだけで具体的な手助けは何も出来ない。幸い、子供達にはヴァンダルーの分身のような存在が憑いている。余程の事が起こっても、大丈夫だろう。
それに、あまり子供達に強く注目すると、ヴァンダルーの分身、バンダーの存在をロドコルテに知られてしまうかもしれない。
ちなみに、ロドコルテの寝首をかくのも不可能だ。ただの御使いでしかない三人には、ロドコルテを傷つける事は出来ない。実行しようとした途端、石になったように動けなくなるためだ。
『そうね、そう言う事にしておきましょう』
来たるべきその日まで、何事もないとロドコルテが錯覚するように。ただ輪廻転生システムの理解に努める。それが彼女達の役目である。
アルダ勢力の神々が集まる『法命神』アルダの神域は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
『あの戦神、機会にさえ恵まれれば魔王軍残党の邪神悪神を幾つも討ち取れただろうと謳われた『雷雲の神』、フィトゥン殿が喰われた!?』
『神々の中でも多くの英霊を抱えていたフィトゥン殿が受肉し、英霊達を率いたと言うのに……全滅! 魔王を討ち取るどころか、配下の一人も倒せず、逆に英霊全員に、ロドコルテの転生者の魂も喰われ返り討ちにされるなんて……これは現実なのか!?』
フィトゥン達が敗れたことに驚愕する神々。
『馬鹿なっ、頭部を、脳をほぼ両断されても死なず、再生するなんて……魔王グドゥラニスでさえ、頭部を傷つけられた時は動きが鈍ったと言うのに、奴は何なのだ!? 全身をすり潰して灰にして、別々の場所に埋めなければ死なないとでも言うのか!?』
『急所が無いにしても……何なのだ、奴は!? 『蒼炎剣』のハインツ達と戦った魂を【実体化】させて身体に纏う術も、ダンジョンを破壊しキュラトス殿を滅ぼしたあの魔術も使わずに、全力を出さないままフィトゥン殿を滅ぼした!』
ヴァンダルーの不死性とその力に畏れ、頭を抱えて叫ぶ神々。
『フィトゥン殿の目の前で英霊の魂を喰らうとは……! 恐怖心を煽り、精神を動揺させる策だったとしても、何て悍ましい手を!』
『英霊達の魂を捕食される際に、実際痛みを覚えているように見えた。英霊達そのものか寄り代にした信者に何らかの力を与え、強化しており、その力ごと捕食されたためとも考えられるが……? それとも魔王が何らかの力を発揮した影響か?』
ヴァンダルーがハジメ・フィトゥンを追い詰める為にとった手段を非難する神や、冷静になろうとしているのか、頭を働かせて分析しようとする神。……「なんらかの」が多用されている分析は、ほぼ役に立たないだろうが。
『いや、ヴァンダルーの配下達が問題です。受肉した英霊と戦いうるアンデッドや魔物、吸血鬼を始めとしたヴィダの新種族。これ程の配下が揃っていては、生半可な戦力で攻め込んでも魔王に届かずその配下に一掃されるのは確実』
『かと言ってどうする。魔王が境界山脈の向こうに戻ってしまえば、それこそ魔王を倒すのは絶望的だ! 奴が選王国に居る間に討ち取らなければ……だが、我々が育てている英雄達を今差し向けても、みすみす犬死にさせるだけか……』
『そもそも、おかしい。何なのだ、あの連中は。吸血鬼はまだ分かる。歴史上、ランク13を超える貴種吸血鬼が出た事があるからな。グールも、始祖は吸血鬼の始祖と双子だったと聞くし、それだけの潜在能力があったのだろう。それに、育った災害指定種が厄介なのも、理解できる。
しかし、【英霊化】していなかったとはいえ、英霊を一撃で斬り殺すスケルトンに、植物系の魔物、多種多様なゴーストに、極めつけは通常空間と異空間を行き来する馬車のアンデッドだと!? どうやったらそんな配下を創りだせるのだ!?』
ヴァンダルーの強力な配下に戦慄し、骨人やアイゼン、オルビア達。そしてサムの存在の奇妙さに混乱する神々。
『奴らの力が強く、倒すのが至難の業である事は、前からわかっていた事だ!
それよりも、奴の母親だ! ヴィダの加護を受け、町の人間からは『聖女』と敬われている! これは実際の強さ以上に厄介な問題となるぞ!』
『確かに。今はまだモークシーの町周辺にしか影響は無いが、このままだと他の公爵領へも、そしてオルバウム選王国全体に及びかねない。
勢力図がひっくり返されてしまう!』
ダルシアの宗教的な影響力と、それが今後広がっていく事を考え恐怖する神々。
『ロドコルテが自慢していた転生者も、あの程度か。……やはり、奴の協力など不要では?』
『それは早計だろう。フィトゥン殿が敗北したとはいえ、あれほど魔王を追い詰めたのは転生者の肉体があればこそではないか?』
『だが、結局はその転生者のせいで、フィトゥン殿はあのような無様な最期を迎えたのだぞ』
ヴァンダルーでは無く、ロドコルテとの協力体制をどうするか、そして転生者の有用性について話し合う神々。
アルダの勢力に属する神々は多い。そのため、この事件に対して秩序ある議論ではなく、混沌とした意見のぶつけ合いしか行えない状態になっていた。
それだけ、フィトゥンの完全な敗北は神々に対して大きな衝撃を与えていた。
ハジメが『ラムダ』に転生して数か月経った頃から、フィトゥンは神域から抜け出し、アルダ勢力を離れて好き勝手に動いていた。
そしてアルダはフィトゥンを見離し、しかしヴァンダルー達相手に挑むなら一定の戦果は上げるだろうと行動を放置した。その時点で、神々はフィトゥンがヴァンダルーに勝つのは難しいだろうとは思った。
大神すら滅ぼしたグドゥラニスに続く魔王である。ただの神が一柱だけで立ち向かったところで、勝つ事は出来ないだろうと。
しかし、一定の戦果は出すだろう。魔王の配下を幾つか討ち取り、魔王の命には届かなくても、重傷を負わせるか、魂を喰われる事無く撤退に成功するはずだ。
それぐらい神々はフィトゥンに期待していたのだ。
ヴァンダルーが滅ぼした神、『記録の神』キュラトスはアルダの腹心でアルダ勢力では重要な地位に在った。だが、戦いは不得手で、本来なら前線に出るような神では無い。
『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカは、魔王軍残党の邪悪な神々の中ではトップクラスの邪神だ。原種吸血鬼の身体に受肉しており、その点ではフィトゥンと同じだ。しかし、やはり戦いは得意とは言えない。
ヒヒリュシュカカの本分は、肉弾戦や、魔術戦ではない。狡猾に立ち回り敵対する者を陥れ、苦しめながらじわじわと嬲り殺しにする事だ。
だから、十万年間ヒヒリュシュカカはアルダ勢力の神々から逃げ回っていたのだ。それが魔王の前に姿を現したために、返り討ちに遭ったとして、驚きはしても衝撃を覚える程では無い。
しかし、フィトゥンは戦神で、その手の逸話に不自由しない神だ。人間だった頃は戦場で活躍し、その武術の腕をそのまま活かせる人間の身体に受肉した。
武器は褒められた事ではないが、魔王の装具をオリハルコンの刃で封印した曲刀二本。寄り代はロドコルテ自慢の転生者。
もし相手が魔王軍残党の邪悪な神々なら、余程の大物でなければ倒し、封印していただろう。
それが碌な戦果も残せず、魂を喰われて敗退したのだから、神々が動揺し混乱するのも無理はない。
あのフィトゥンでもダメだったのだから、もう魔王は倒せないのではないか? そんな予感を覚えた神々もいるかもしれない。
『鎮まれ!』
だが、元勇者であり、風属性の英雄神、ナインロードが鋭く叱責した途端、神々は不毛な言い合いを止めて彼女に視線を向けた。
彼女は沈痛な眼差しを地上に向ける『法命神』アルダに向き直ると、膝を突いて一礼した。
『フィトゥンは滅びましたが、あの者を見出し『雷雲の神』を任せたのはこの私。かの者が犯した狼藉の数々の責は、私にあります』
フィトゥンが犯した狼藉。それはアルダや直属の上司であるナインロードの元を離れ、勝手にヴァンダルーに勝負を挑んだ事でも、ロドコルテが送り込んだ転生者を利用した事でも無い。
以前から転生者の存在に気がついていながら、黙っていた事は確かに問題だが……この場合は違う。
ナインロードが問題としているのは、ゴードンや『炎の刃』等、信者達を廃人にして英霊の寄り代として利用し、更にヴァンダルーとその手先の手に落ちつつあったとは言え、町を人質にとる作戦を立て、実行した事だ。
それらは、人間同士の戦争ならありふれたと評するのは言い過ぎかもしれないが、珍しい事ではないだろう。
二十数名から三十名ほどの犠牲で、ランク12から14相当の戦力を同じ数だけ用意できる。そんな方法があったら、戦争に臨む国なら躊躇わず手を伸ばす。
一度戦争が始まれば、犠牲は数十人どころか数千人に……下手をすれば数十万に及ぶ。それを考えれば、たかが二十から三十人程を犠牲にすれば、短時間で戦争を早期に終結できる大戦力が手に入るのなら、驚くほど小さな犠牲だ。
ましてや、今回の場合相手にするのは敵国の軍では無い。魔王とその配下達だ。
魔王グドゥラニスとの戦いで、当時の『ラムダ』世界の全人口の内九割九分以上が犠牲になった事を考えれば、無きに等しい犠牲だ。
フィトゥンが町を人質に使った事も、やはり人間同士の戦争なら珍しくはない。『地球』や『オリジン』と違い、この世界では戦争に関する国際的ルール等は無い。大きな戦争となれば、村や町が略奪を受け、場合によっては住民が虐殺され滅ぼされる事もある。
……流石にダンジョンを故意に暴走させ、魔物の群れに町を襲わせる策は、滅多に行われないが。
魔物を敵国にぶつけられれば戦果は大きいが、それで結局敵国が魔物の巣窟になったのでは、得る物が無い。それどころか、増えた魔物が今度は自国に牙を向ける可能性が高いからだ。
だが、相手が魔王なら話が別だ。一つの町が魔境と化す程度の犠牲で倒せるならと、納得する人間も少なくないだろう。
フィトゥンの行為は、人間が戦争で執る作戦としては、問題はない。では、何が問題なのかと言うと……フィトゥンが人間ではなく、神であると言う点である。
生前は伝説的な傭兵だったフィトゥンだが、今は邪神悪神と戦う、『法命神』アルダに従う『英雄神』ナインロード旗下の『雷雲の神』だ。
そう、人に正しき道を説き、理想を見せ、時に罰し、時に許し、より良く導く存在である。
神々は信者達に、現実を見るな、夢想家であれ、頭の中にはお花畑を維持しろと求める訳ではない。
信者達が霞を食べて生きている訳ではない事、常に教義を守れるとは限らない事、自分達が罪であると教える事も犯さなければならない事がある事も、神は知っている。
しかし、だからと言って神が目先の現実ばかり説くようになったら、それこそ世も末だ。人々は善悪の規範を失い、何が正しいのか分からなくなり、人心は乱れ地上は荒廃するだろう。
だから、神々は、常に教義を定め、人をより良く導こうとする。それがアルダと、彼に従う神々の認識だ。
だと言うのに、フィトゥンは神でありながら人間と同じ方法でヴァンダルーに対して戦争を仕掛けたのだ。それが問題なのである。
『確かに。フィトゥン殿が教義で自己犠牲の精神や、大義の為に自らを捧げる献身の重要性について説いていたのなら、ともかく……』
『いや、そもそもあの寄り代にされた者達、彼等の中で進んで肉体を提供した者は一人もいなかったはず。信仰する神その者に廃人にされ、肉体を利用されたのでは、裏切られたと言っても過言ではない』
そう囁く神々が言ったように、フィトゥンが最初からそうした自己犠牲や献身を説く神だった場合は、ある程度弁護も出来る。しかし、実際の教義にはそんな教えは無い。だが、ヴァンダルーとの戦いで見せたような生き汚さや、冷酷さを説く教えも無い。
日々の研鑽を続ける持続性の重要さや、勇猛さ、勇敢さを説く教義だった。
フィトゥンは、傭兵としての自分と戦闘狂の欲望を、神となってから隠し通していたのだ。
だからこそ、フィトゥンの行いは罪深い。
『如何ような罰も受ける覚悟です。『法の杭』を打たれ、神格を剥奪されても構いません』
その罪をナインロードが償おうと進み出たが、アルダは首を横に振った。
『その必要は無い、ナインロードよ。そもそもフィトゥンの独断専行を罰せず、放置したのはこの我。それに、奴の真意を見抜けなかった我の失態でもある』
『ですが――!』
『それに、今、汝を罰する余裕は我々にはない』
ナインロードは魔王グドゥラニスに滅ぼされた『風と芸術の神』シザリオンの後を引き継ぎ、風属性の神々を纏める存在だ。
『魔王』ヴァンダルーが出現し、その力を日々蓄えている今、そんな重要な立場に居る彼女に『法の杭』を打ち、神格を剥奪するような重い罰を下す余裕が、今のアルダ達にはない。
『ナインロード殿、貴女の誠意はこの場に集う全ての神々が理解している。だが、滅ぼされたフィトゥンの穴を塞ぎ、魔王ヴァンダルーを倒す事が償いだと納得して欲しい』
『……了解した、ニルターク殿』
『断罪の神』ニルタークの言葉に頷き、ナインロードは引き下がった。
『しかし、これからどうなりましょうか? 人間達がフィトゥン殿の行いを知れば、一気にヴィダ派へ傾くのでは? ヴァンダルーはその本性を隠し通しており、既に町の者達の心を掴みつつあったのですから』
『ですが、人間達にはあれがフィトゥン殿だとは分からないのでは? 英霊達にしても、結局誰も町に到達せずに魔王の配下に倒され、町の人間達が見たのは門に攻め寄せた二人だけ。
神とは無関係な、ただの賊として処理されるのではないでしょうか?』
フィトゥンは転生者であるハジメの、他の英霊達もゴードンや『炎の刃』等の冒険者の肉体を寄り代に使っていた。普通の人間が見る事が出来るのは、寄り代の姿だけだ。
彼等が発動させた【英霊化】や【神化】も、空から光の柱が降りてくるような前触れは無く、遠目にはただ身体が光っているように見えるだけだ。神々しく見えるかもしれないが、光属性の付与魔術をかけたのだろうと判断されるかもしれない。
だから、その神は、フィトゥン達をただの賊としか認識していないのではないかと、楽観的な意見を述べた。
だが、ニルタークがその意見を否定した。
『それはあまりにも楽観的だ。フィトゥンは、自身の神殿に納められていたオリハルコンの武具……そして【魔王の装具】を持ちだしている。
そこからフィトゥン神殿の関係者だと判明するだろう』
『確かに……あの町の者達にとって今回の事は大事件のはず。正門に現れた二人の英霊だけではなく、ヴァンダルーに挑んだ者達の調査も念入りに行うとすれば……遠からず判明するでしょう。
だとしても、フィトゥン殿本人だとは分からないでしょうが……あのハジメ・イヌイと言う転生者を、フィトゥン殿が育てていた英雄だと考えるかもしれません。多くの神々が英雄を育てている事は、多くの人間が察している事ですから』
『いや、ヴァンダルーが魔王の装具を吸収するのでは? だとすれば、フィトゥン殿の事も隠せるはず。証拠さえなければ、いくら奴があの町で発言力を持っているとしても、他の町、他の公爵領ではまともに扱われない!』
『かもしれんが……どの道フィトゥンが今回の件に関わっている事は、良い目と耳を持っている者には隠しようがない。
見よ、またフィトゥンの神像が一つ、砂のように崩れた』
アルダがそう言ったように、魂を喰われて滅ぼされたフィトゥンの神像は、次々に割れ、砕け、崩れていた。それも、フィトゥンの信仰が盛んな場所にある神像程速く、そして派手に。
モークシーの町や、アルクレム公爵領だけの話ではない。オルバウム選王国、バーンガイア大陸、『ラムダ』世界全てで同じ事が起きているのだ。
この世界には、瞬く間に情報を共有できるSNSやネットは存在しない。しかし、それが必要無い位の規模でフィトゥンの神像が破壊されているのである。
数年前から神々が動いている事を察している者ほど、この件に興味を持つ事だろう。
眠り続ける『水と知識の女神』ペリアを守る彼女の従属神、『流れの女神』パーグタルタは神々の会合には出席していなかった。
だが、アルダ達が『援軍』として派遣した年若い神々は全てアルダの神域へと向かっている。
残っているのは、彼女だけだ。
『ようこそ、お姉さま』
だが、邪魔者の不在を察して姿を隠し、訪れた神がいた。
『……我は、何時汝の姉になったのだ』
パーグタルタにお姉さまと呼ばれたリクレントは、顔を顰めて聞き返した。
『我は確かに汝の先達ではあるが、汝は我が姉にして妹であるペリアが創造した御使いから昇華した存在。姉ではなく、オバ、若しくはオジと呼ぶのが正しい。私は両性、若しくは無性の神なのだから』
リクレントは多くの場合三人の美女、もしくは老人と若者、そして子供の男性の姿を取る。これは現在、過去、未来、つまり時の象徴であるためだ。
そのため、人々はリクレントを両性、若しくは性別を持たない神だと認識している。
『相変わらず、口先だけは老け込んでいますね、お姉さま』
『……汝は、十万年前よりも執拗になったようだ』
『それで本日のご用件は? 私の心を巡って、我が主ペリアと盤上遊戯にて競い合いにでも来ましたか?』
神話の中には、時と術の魔神であるリクレントがパーグタルタを気に入り、彼女の主人であるペリアと彼女の身を巡って盤上遊戯で何百年も争ったと言う逸話が伝わっている。
『我が眠っている間に人間達が創作した神話を、さも事実のように語られても困惑するしかないのだが。これだから神と人の距離が離れた人治の世は面白い』
だが、実際にはただの創作である。神が直接人々を治めていた時代とは違い、神々が直接人々と言葉を交わすのが難しくなった十万年前からは、度々神話や伝説が創作されるようになった。
実際にあった出来事を曲解するなどして出来てしまう場合や、吟遊詩人が面白おかしく歌った創作の歌が何時の間にか神話や伝説として語られるようになった場合等、理由は様々だ。
『面白いのですか?』
『我等神々が地上に居た時には、起きなかった現象だ。面白いとも。
……ところで、そんな話を出して我を煙に巻こうとするという事は、『流れ』はまだのようだな』
『はい、そのようです。そちら側に行く気が在るのなら、絶好の機会である事は、分かっていますが』
邪魔な年若い神々がおらず、アルダ達の注意がフィトゥンの行った狼藉に集中している。ペリアが此処を抜け出し、ヴィダ派に加わるには絶好の機会だ。
しかし、ペリアが動く気配は無い。まだその時ではない、という事だろう。
『では、我は戻ろう。ペリアにも考えあっての事、無理に引きずり出す意味は無い』
『我が主が、アルダ側に残る事を決断するとは思わないのですか?』
『思うのなら、我一柱だけでのこのことやって来はしなかった。今の我は、汝だけでも組み伏せられるのだからな』
『おや、誘っているのですか、お姉さま』
『……汝もしつこいな』
『百合だとか腐だとか、そうした文化に勇者アークは造詣が深かった筈だと思いますが』
『それはソルダの方だ』
そう言い残し、リクレントは幻のようにパーグタルタの前から姿を消した。
こうして、アルダ勢力の会合の影に隠れて行われた密会は終わったのである。
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・名前:ジュンペイ・ムラカミ
・種族:人種
・年齢:2歳(外見年齢17歳)
・二つ名:【転生者】
・ジョブ:魔剣使い
・レベル:27
・ジョブ履歴:盗賊、暗殺者、魔術師、短剣使い、魔剣士、魔闘士、火属性魔術師
・生命力:149,647
・魔力 :247,005
・力 :5,822
・敏捷 :7,365
・体力 :6,455
・知力 :6,938
・パッシブスキル
病毒耐性:10Lv
死属性耐性:5Lv
気配感知:4Lv
火属性耐性:4Lv
短剣装備時攻撃力増強:小
非金属鎧装備時敏捷強化:極大
・アクティブスキル
限界突破:10Lv
忍び足:7Lv
短剣術:9Lv
投擲術:5Lv
格闘術:5Lv
弓術:5Lv
火属性魔術:9Lv
風属性魔術:5Lv
魔術制御:9Lv
鍵開け:5Lv
罠:7Lv
サバイバル:3Lv
人命救助:5Lv
騎乗:3Lv
連携:5Lv
御使い降臨:9Lv
鎧術:8Lv
暗闘術:3Lv
魔闘術:3Lv
詠唱破棄:1Lv
・ユニークスキル
クロノス:8Lv
魔力超回復:5Lv
ターゲットレーダー:一定以上の死属性の魔力保持者
ロドコルテの加護
ステータス隠匿
疑似グングニル
疑似デスサイズ
緊急脱出:自害
・名前:アキラ・ハザマダ
・種族:人種
・年齢:2歳(外見年齢17歳)
・二つ名:【転生者】
・ジョブ:魔闘士
・レベル:99
・ジョブ履歴:戦士、剣士、軽戦士、魔術師、弓術士、土属性魔術師
・生命力:184,915
・魔力 :141,189
・力 :6,955
・敏捷 :7,001
・体力 :6,327
・知力 :6,564
・パッシブスキル
病毒耐性:10Lv
死属性耐性:5Lv
直感:2Lv
気配感知:5Lv
剣装備時攻撃力増強:小
金属鎧装備時防御力強化:中
弓装備時攻撃力強化:中
魔力回復速度上昇:3Lv
・アクティブスキル
短剣術:6Lv
格闘術:7Lv
弓術:6Lv
投擲術:3Lv
土属性魔術:8Lv
魔術制御:7Lv
連携:7Lv
忍び足:6Lv
サバイバル:5Lv
人命救助:5Lv
騎乗:4Lv
剣術:8Lv
鎧術:7Lv
盾術:4Lv
限界突破:5Lv
魔剣限界突破:4Lv
魔闘術:4Lv
御使い降臨:7Lv
詠唱破棄:2Lv
・ユニークスキル
オーディン:10Lv
ターゲットレーダー:一定以上の死属性の魔力保持者
ロドコルテの加護
ステータス隠匿
緊急脱出:自害
・名前:ミサ・アンダーソン
・種族:エルフ
・年齢:2歳(外見年齢15歳程)
・二つ名:【転生者】
・ジョブ:風使い
・レベル:0
・ジョブ履歴:魔術師、風属性魔術師、盗賊、密偵、探索者、杖術士
・生命力:109,274
・魔力:200,016
・力 :950
・敏捷 :7,948
・体力 :4,719
・知力 :8,110
・パッシブスキル
病毒耐性:10Lv
死属性魔術耐性:5Lv
風属性耐性:6Lv
気配感知:6Lv
直感:4Lv
自己強化:気体化:10Lv
魔力回復速度上昇:5Lv
・アクティブスキル
風属性魔術:10Lv
魔術制御:9Lv
格闘術:3Lv
弓術:5Lv
短剣術:3Lv
連携:5Lv
忍び足:10Lv
サバイバル:4Lv
人命救助:6Lv
鍵開け:2Lv
罠:3Lv
御使い降臨:6Lv
限界突破:2Lv
精霊魔術:1Lv
・ユニークスキル
シルフィード:10Lv
ターゲットレーダー:一定以上の死属性の魔力保持者
ロドコルテの加護
ステータス隠匿
緊急脱出:自害
ムラカミ、アキラ、ミサ、三名の転生者。
ムラカミとアキラの場合はそれぞれ短い時間でスキルや能力値を、それなりに幅広く成長させようとしている。
ミサは、肉弾戦を捨て【シルフィード】を使っての情報収集等に特化する事を目指した。また、エルフの肉体に転生したためか、魔術系のジョブに就くうちに、精霊魔術を偶然習得した。
また、ムラカミはスキルを獲得するために必要な時間を短縮するため、【任意のアクティブスキル】を使って【暗闘術】を獲得している。そのため、彼は本来【暗闘術】の獲得に必要な【暗殺術】スキルを習得していない。
しかし、それらの努力をしても、彼らの能力値はA級冒険者に匹敵するが、スキルのレベルは思うように上がっていない。特に戦闘で主に使用するスキルが未覚醒であるため、総合的にはB級相当の実力となっている。
ロドコルテから多大な援助を受けており、降臨する途中でヴァンダルーに打ち砕かれないための御使いの宿った指輪や、すぐ自害して魂をロドコルテの神域に脱出させる【緊急脱出:自害】等を得ている。ムラカミは更に、ロドコルテが破片を繋ぎ合わせて修復した、不完全な能力、【疑似グングニル】と【疑似デスサイズ】を与えられていた。(これらの受け渡しは、【御使い降臨】スキル使用時に行われている)
ただ、実際の戦いでは、接近戦闘力が最も高いムラカミに戦いを任せ、アキラは【オーディン】の予知による援護、ミサは【シルフィード】でヴァンダルーの隙を狙うのに専念していた。
その結果、ヴァンダルーに一矢報いる事無く敗退している。
なお、レベルが低かったり、ジョブチェンジ寸前だったり、逆にしたばかりの状態で彼らが仕掛けて来たのは、三人とも成長の壁にぶつかっており、レベルを上げたくても上げられなかったからである。
2月12日に241話を投稿する予定です。




