二百三十八話 魔王の前に集結する転生者達
マウンテンジャイアントの死体をサンダードラゴンとジャイアントのゾンビによって放り投げられ、カナコ達とゴードン・ボビー達はそれぞれ後ろに下がって距離を取った。
そして巨人の死体を挟んで睨み合う間もなく、戦闘が再開される。
「叩き潰す! 【タイタンフット】!」
ダグが【ヘカトンケイル】を発動させる。彼は前世、『オリジン』でも念動力を操る強力な戦闘技能者だった。だが、『ラムダ』に転生しステータスシステムと出会い、武技の使い方、そして編み出し方を習得した事で、より強力な戦士へと成長した。
その一端が、【格闘術】を基にした【ヘカトンケイル】専用の武技の開発だ。前世ですら戦車を薙ぎ払う念動力は、巨人の剛力を上回る凶器と化した。
「【神鉄壁】! ぐおおおおお!?」
『炎の刃』の巨人種の盾職……正確にはその肉体を乗っ取ったフィトゥンの英霊がオリハルコンのメッキを施した盾を掲げて何とかダグの念動力を受け止める。
その横を、他の英霊達が駆け抜けてダグ達の元に走る。
「【電光一閃】!」
『炎の刃』のリーダーの剣士の肉体を操る英霊が、正に電光石火の一撃を放つ。だが、その一撃は透明な壁によって防がれてしまった。
「馬鹿なっ!? 『雷刃』と恐れられた俺の一撃を受け止める防御結界だと!?」
驚愕の声をあげる英霊『雷刃』に、メリッサはニヤリと口の片端を釣り上げた。彼女の能力である【アイギス】は、強固な結界を張る能力で、前世ではほぼ無敵の能力だと思っていた。
流石に戦略核等は試す事は出来なかったが、戦車砲やミサイルの直撃にも問題無く耐え、ダグの【ヘカトンケイル】等他の転生者の能力でも破る事は出来なかった。
例外は雨宮寛人の【防御力無視】ぐらいだった……のだが、プルートーの暴走した死属性の魔力によってその自信はあっさりと破られてしまう。
そしてこの『ラムダ』では結界が通じない素材が存在すると言う。【アイギス】の防御は、無敵では無くなってしまった。
オリハルコン製のアーティファクトも、【アイギス】を破る事が出来る武器の一つだ。しかし……。
「その剣もどうせメッキでしょう。舐められているようで不愉快だわ」
しかし、流石にオリハルコンを薄くメッキしただけの疑似、若しくは簡易アーティファクトくらいは防ぐ事が出来る。
「くっ、その杖で『変身』とやらをした途端、結界の強度が上がっているのか!?」
「確かにその通りだけど、そこに触れないで!」
変身杖で変身した事で、メリッサは能力値や魔術の行使……そして【アイギス】の強度や展開速度が強化されていた。
非常に優れた機能ではあるが、まだ認められない彼女は結界の向こうの『雷刃』を怒鳴り返した。
「その女の結界は、私に任せろ!」
だが、彼女が何かする前に、『炎の刃』の弓使いの女の肉体を操る英霊が、黒い鏃の矢を放ってくる。
「っ!?」
何と、その矢はあっさりとメリッサの【アイギス】を貫通してしまったのだ。
「下がれ、メリッサ! 魔王の装具だ!」
だが矢の側面を薙ぎ払うようにして放たれたダグの【ヘカトンケイル】のお蔭で、メリッサに矢が刺さる事は無かった。
「ははははっ! その通り! 隊長の神殿の一つに納められていた魔王の装具を持ちだして来たのさ!」
弓使いの女が背負っている矢筒。それが【魔王の骨髄】の欠片を使った魔王の装具だった。その機能はシンプルで、中に矢を入れておくと、鏃に【魔王の骨髄】から作り出した血を付着させ、即席の魔王の矢にすると言うものだ。
つまり、【魔王の欠片】製の矢製造機である。
「今だ!」
【アイギス】が矢によってガラスのように砕け、剣士が再度攻撃を仕掛けようとする。
「【水銀壁群】!」
それまでサンダードラゴンゾンビとその陰に隠れるキンバリーを援護していたカナコが、二人の窮地に気がついて魔術を発動させる。
「フッ、何のつもりだ?」
しかし現れた水銀の壁は数が多いが一枚一枚が小さくて薄く、とても『雷刃』と謳われた英霊相手に通用するような防御力があるようには見えなかった。
剣士も嘲笑を浮かべながら、水銀の壁ごとその裏に居るダグやメリッサを斬ろうとした。
『ばぁ♪』
だが、その銀色の表面にカナコの顔が映り、彼女の目を『雷刃』は見てしまった。
その瞬間脳裏を占領する、冒涜的な光景!
「うあああああああっ!? ひあっ、あぁぁぁぁ!? ごっばぁ!?」
タロスヘイムの建造物の屋根に描かれた絵画や、旧スキュラ自治区のモノリス等、ヴァンダルーによって【精神侵食】スキルの効果を込められた物品を見た記憶を、カナコの【ヴィーナス】によって焼きつけられたのだ。
そして混乱して悲鳴をあげた『雷刃』に、ダグの【ヘカトンケイル】が直撃して後ろに吹っ飛んだ。
「ヴァンのお蔭で、あたしの【ヴィーナス】が精神兵器に楽々進化しましたね! 水銀を鏡にする魔術も即興にしては良い出来です!」
そう自画自賛するカナコだったが、吹っ飛んだ剣士が多少よろけながらも立ち上がったのを見て、目を瞬かせた。
「ありゃ、思ったよりもダメージがありませんね」
「今の俺じゃあ、あの盾職を押さえながらだとこれが限界だ!」
ダグが額に汗を滲ませて応える。彼の【ヘカトンケイル】は、彼が認識できるなら複数の対象を狙う事が出来る。伊達に伝説の百腕巨人の名前をコードネームにしてはいない。
しかし、全ての対象に全力はかけられない。【ヘカトンケイル】の力を百と仮定して、それを対象ごとに割り振っているのだ。
今は、盾職を押さえ込むのに七十。剣士を殴るのに三十である。
「腐っても英霊って事ね。きっと生命力も見た目より多いわよ、あいつ等」
メリッサが言った通り生命力が多い為か、剣士は大きな怪我を負っている様子は無い。顔色は真っ青だが、それは肉体では無く、精神的な要因によるものだろう。
「あの毒婦めっ、イカレタ格好でなんてエグイ事をっ!」
「油断した貴様が間抜けなんだ、馬鹿め! その女は魔眼持ちかメデューサだと思え!」
「分かっている!」
精神力を抉られた衝撃を怒りと殺意に変えて立ち直った『雷刃』が、憎々しげに毒づくのを弓使いの女が叱責する。どうやら、本来の肉体の持ち主達と、それを奪った英霊達の力関係は異なるようだ。
「メデューサって、この世界にも居るんですねぇ。ランクアップしたラミアでしょうか?」
『毒婦呼ばわりは無視ですか?』
カナコの呟きに、彼女に降魔しているヴァンダルーの分身がそう聞き返す。
「まあ、ハジメの手下ですからね。あたしの印象が最悪なのは当然でしょう。あ、傷ついて見せた方が可愛いですか?」
『いえ、俺はどちらかと言うとイカレタ格好って言葉の方に怒りを覚えます』
「デザインは基本あんただものね……私は納得だけど」
カナコに降臨しているヴァンダルーの分身に、メリッサがそう呟く。本来降臨している御使いの声は、その体の主にしか聞こえないのだが、ヴァンダルーの分身の場合は同一人物の一部だからか、【御使い降魔】を発動している者同士なら声を聴く事が可能だった。
『……メリッサ、フリルとレースと動物の耳カチューシャと、フワフワのファーを追加しましょうか?』
「止めてよ! そんなことしたらダルシアさんに言いつけるから!」
あまり有効な使い方はされていないようだが。
「おいっ、それより援軍はまだか!?」
盾職にかけていた念動力を弾かれたダグが、焦った顔つきでヴァンダルーの分身に訊ねる。弓使いの女は、カナコが出した鏡代わりの水銀を順調に射抜いて潰しており、ゴードン・ボビーと魔術師、そして斥候職の女はサンダードラゴンゾンビ達を倒している。
『こりゃダメだ、俺じゃ間合いを詰められたらどうにもならねぇ』
キンバリーが隠れ蓑であるドラゴンゾンビ達が全滅したため、カナコ達の所に戻ってくる。
『死体は残ってるんで、またアンデッド化しちゃくれませんかね?』
『できますが、難しいですね。残っていると言っても、バラバラではちょっと』
カナコ達に降魔しているヴァンダルーが、ゴードン・ボビー達によってただの死体に戻されたドラゴンやマウンテンジャイアントのゾンビを見て言う。
『遠目にもゾンビだと分かってしまいますからね』
「……そうか、まだ外聞を気にできる状況なんだな。だが、キンバリーがいても俺達じゃこれ以上はきついぜ」
ダグが言う通り、彼等だけでは英霊達を相手取るのは難しい。彼らもハジメと同じ転生者ではあるし、この世界に転生してからもそれなりに経験を積み、鍛えて来た。
しかし、目的と環境が異なる。
ムラカミから離反したカナコ達三人は、ヴァンダルーに取り入るために行動してきた。その過程で便利な冒険者の身分を手に入れ、それなりに経験を積んだが、ハジメのようにレベリングに時間を費やした訳ではない。
そしてヴァンダルーにタロスヘイムへの亡命を認められた後も、戦闘能力だけを集中して高めてきたわけではない。花火作りや、カナコに限って言えばアイドル活動等、様々な活動をしてきた。
それでもヴァンダルーから導きと加護を得て、変身装具等の装備を受け取り、更に種族をカオスエルフや冥系人種に変化させたため、三人ともA級冒険者相当の力を手にいれた。
そのため、【英霊化】する前のゴードン・ボビー達なら問題無く勝てただろう。
だが、【英霊化】された今では不可能だ。英霊は神々に仕える御使いの中でも、武力を担当する存在だ。その多くが神から直接創られるのではなく、信者達の中から武勇に優れている者を死後に昇華させた存在であるため、英霊と呼ばれ御使いから区別されている。
そのため、多くの魔術師や学者は英霊の力はランクに例えると12から14程だとしている。下級の邪神悪神と同じか、上回る戦闘能力を持っているのだ。
本来なら英霊達は様々な制約があり、地上でその力を振るう事はほぼ出来ない。それらの制約を、信者を廃人にして肉体を乗っ取る事で取っ払ったのが、ゴードン・ボビーたちだ。
口ぶりから推測すると力を発揮できる時間には限界があるようだが、それまで自分達が持ち堪えられるか難しいようにダグには思えた。
「出来れば、分身だけじゃなくて本体にも助けに来て欲しいぐらいだぜ!」
『残念ながらまだ俺も時間がかかりそうなので、彼女達に期待しましょう』
「彼女達?」
その頃、一旦後ろに下がってゴードン・ボビーたちと合流し態勢を整えた『雷刃』達が、今度は全員でカナコ達を倒そうと弓矢で狙い、呪文を唱え、武器を身構えていた。
しかし、それまで誰も関心を払っていなかった存在が突然動きだし、立ち上がった。
ドラゴンとジャイアントゾンビによって投げつけられた、マウンテンジャイアントの死体である。
『おおおおおおおおおおおお~!』
唸り声をあげながら立ち上がろうとするジャイアントに、『雷刃』が舌打ちをした。
「チッ、即席のアンデッド如きが! 死体に戻してやる!」
「おいっ、待て!」
起き上がりかけているジャイアントに攻撃をしようとする『雷刃』を、ゴードン・ボビーが制止する。
「俺に命令するな! 【飛雷刃】!」
しかし『雷刃』は彼の制止を顧みることなく、斬撃を飛ばす武技を放つ。その技によってジャイアントは、起き上がる前に身体を両断されて再び地面に沈む。『雷刃』はそう確信していた。
『おぉ!?』
実際、ジャイアントは斬撃によって深く傷ついた。『雷刃』はそれを見て会心の笑みを浮かべ……次の瞬間血飛沫を上げた。
「ごぶっ!? な、何故俺が傷を!? いつ、誰が攻撃してきたのだ!?」
「馬鹿野郎! あれは奴等だ!」
そう、起き上がろうとしていたのはゾンビ化したジャイアントの死体では無い。ジャイアントの死体の肉を捕食し吸収し、なり代わったレギオンだったのだ。
『奴等とは失礼ね。私達は、見ての通りちょっと変異したマウンテンジャイアントよ。』
背面と違い、筋肉繊維が剥き出しになった前面に張り付く幾つもの肉人形の頭部の内一つがそう主張する。
『いつもの姿だと、遠目にも異様だとバレてしまうので、今日は巨人に変装してみた』
『実際、骨格だけはマウンテンジャイアントのものだしね』
『ハハハハハハ! 外面を取り繕うのも大変だ!』
分裂して町の周辺に罠を仕掛けていたレギオンの人格達だが、既に英霊達は殆どダンジョンの中で、その必要もない。そのため、イシスと合流して援軍に来たのである。
「な、何がジャイアントだ! どんな変異を起こしても、そんな禍々しい姿になる訳が無いだろうが!」
ゴードン・ボビーの叫びに、カナコ達も思わず頷きそうになる。しかし、レギオンは取り合わない。
『カナコにダンスを習ったお蔭で、自分以外の骨格で動けるようになったんだよ』
『ジャックの言う通りよ。だから思う存分、あなた達に向かってステップを刻んであげる!』
『遠慮しないで我々のダンスを盾で弾き、剣で切り裂き、槍で穿つと良い。その度に、何度でも私が返そう。先ほどの斬撃のように』
『レッツダンス!』
レギオンはゴードン・ボビー達に対して全力で【突撃】を行う。エレシュキガルのカウンターを恐れて迂闊に迎撃も出来ず、逃げ惑う英霊達を薙ぎ払った。
「は、速い!? あの巨体でなんて速さだ!」
「こ、これがカナコのダンスレッスンの効果なのか!? お、俺も受けようかな」
英霊の一人がレギオンの異様なまでの速さに目を見開くが、彼女達を良く知っているはずのダグにとっても驚愕に値した。
大地を砕くような踏み込みに、土砂ごと吹き飛ばすような蹴り。約十メートルと言う巨体が、力強く、しかし軽々と躍動している。
これこそダンスの力――なんて訳は無い。
「ダンスじゃなくて、巨人の骨格を使っているお陰よ。今までレギオンは肉だけだったから、筋力はあっても支える骨が無い分筋力を活かせなかった」
「まあ、ヴァンから貰った疑似骨格を使ってレッスンはしていましたから、レッスンの効果も多少はあるかもしれませんけどね」
メリッサとカナコの言う通り、レギオンの速さと力は、ダンスでは無く骨格を得た事で筋肉を支える柱によって筋力が纏まった事によって生み出されていた。
『GAAAAA!』
「ぐっ!?」
巨人種の盾職が咄嗟にレギオンの蹴り――を避けきれず、咄嗟に盾で防御しようとする。【英霊化】を使用しているため、明らかに質量と筋肉量が違う一撃も踏みとどまる事ができた。
「お、おおおおおおおっ!?」
だが、盾で蹴りを受け止めた衝撃をカウンターで返され、森に向かって吹っ飛んで行く。しかし、レギオンも無傷では無かった。
『……早速骨が折れたね』
『ええ、脚の骨が幾つか。ランク8の魔物の骨じゃあ、脆過ぎね』
マウンテンジャイアントの骨が、耐えきれず折れ始めているのだ。所詮借り物の骨なので痛みは無いが、代わりに【超速再生】スキルの効果も及ばない。
「骨が折れればあの動きは出来まいっ、それまで耐えるぞ!」
「早く使い魔を創れっ! 俺はその間に他の連中をやる!」
それに気がついた英霊達が動きながら対応し始める。
「させるかっ、まずは魔術師をやるぞ!」
そうはさせないと、ダグ達もレギオンのフォローへ動き出す。
そして戦いの最中、重傷を負って身動きできなくなっていた『雷刃』はレギオンに踏み潰されていた。肉体が破壊された『雷刃』の魂は光の玉となり、本来の居場所である神域に戻ろうとする。
しかし、天に上りきる前に、何かが魂の上昇を止めた。
『お帰りの前に、当家の主人がご挨拶したいそうなので、少々お待ちください。……なんちゃって!』
『父さんっ、出してください!』
そして魂は何かの中に引きずり込まれ、消えたのだった。
時は少々遡り、カナコ達からやや離れた場所でヴァンダルーとハジメ・フィトゥンの戦いは続いていた。
「ハハハハ! 分かるぜっ、これもこれもこれもっ、お前にとっては大きなダメージでは無いってことがな!」
【神化】によって受肉した神としての力を解放したハジメ・フィトゥンの剣は、完全にヴァンダルーを圧倒していた。
彼が左右の腕でオリハルコンの曲刀を振るう度、ヴァンダルーに傷が増える。服の下に展開している液体金属の鎧や【魔王の外骨格】を切り裂き、【魔王の骨】すら切断する。
刃を受け止めようとした鉤爪ごと指が斬り飛ばされ、脚に刃が喰い込む、腕の肉が削がれる、肩から血を流させる。
その度にハジメ・フィトゥンの身体は、【自業の呪い】によって、ヴァンダルーに与えた痛みをそのまま覚える。だが、彼はその痛みで怯むどころか、覚えた痛みの大きさでヴァンダルーに与えたダメージの度合いを測る指針として利用していた。
その指針によれば、今までハジメ・フィトゥンが与えた傷はどれもこれも大した事のない傷ばかりだ。
「だが……これならどうだ! 【紫電円月】! 【連刃閃】! 【ギロチンスラッシュ】!」
「【鋼体】、【鞭舌】、【鞭俊打】、【死弾】」
ハジメ・フィトゥンが武技を発動し、一層攻勢を激化させる。その攻撃はどれもこれも人体の急所を狙った物だった。それに対してヴァンダルーは【鎧術】で防御を固め、伸ばした舌で【鞭術】の、袖から伸ばした【魔王の触手】で格闘術の、そして指先から【死属性魔術】を放って対抗しようとする。
だが、舌と触手は輪切りにされて切り刻まれ、【死弾】は弾き散らされ、ヴァンダルーの身体に刃が突きたてられる。
「舌も、触手も、お前にとってはすぐ生える代物だ、返ってくる痛みも少ない! だが……!」
シミターの切っ先が脇腹を抉り、内臓を引き裂く。シミターの刃が、首を半ば切断する。そして腕の間を掻い潜ったシミターが、薄い胸板を貫く。
だが、その返ってきた痛みも大きくは無かった。目の前のヴァンダルーは血だらけで、毒に変化した血液が大量にハジメ・フィトゥンの身体にかかり、【状態異常耐性】でも無効に出来ず肌がチリチリと焼かれる感触がある。
しかし、それだけだ。
「やはり大した傷じゃないか! 分かっていたぜ、【デスサイズ】って転生者の力を受けても死ななかったんだろう!? 脊椎を半ば切断されて、心臓に穴が空き、臓物を掻き回されてもお前にとっては大した事の無い、すぐ治る傷なんだろう!? だが――うおっ!?」
「しゃっ」
切断された舌から血を吐いたまま、ヴァンダルーは両手で自身の胸を貫いているシミターを挟み込んだ。そして、何と、シミターを圧し折ろうと試みる。
ハジメ・フィトゥンのシミターはオリハルコン製だが、ヴァンダルーの骨や皮膚、外骨格は【魔王の欠片】だ。この体勢なら折る事が出来る。
ハジメ・フィトゥンは当然もう片方のシミターでヴァンダルーに斬りかかろうとする。しかし、身体が動かない。
「これはっ、血を凝固させたのか!?」
鎧と服が赤く染まるほど浴びたヴァンダルーの【魔王の血】が瞬間的に凝固して、彼の動きを妨害したのだ。
その間に、ヴァンダルーはシミターを圧し折る事に成功した。オリハルコン製とは思えない程、鈍い音を立てて刀身が砕ける。
「よくも俺の愛刀を! ……なんてな! 【魔王の装具】、発動!」
「っ!?」
だが、黒い刀身が即座に出現した。
「【雷身】! 【闇夜円月】!」
ハジメ・フィトゥンは雷を全身から放射する魔術で凝固した【魔王の血】の拘束から脱すると、オリハルコンのシミター……オリハルコンの刀身を被せて封印していた【魔王の装具】を振るって武技を放った。
その斬撃はヴァンダルーの無防備に見える頭部を捉えた。【魔王の体毛】の頭髪と【魔王の骨】の頭蓋骨に食い込み、額に出現させた【魔王の眼球】を真っ二つに割る。
「ギャアアアアアアア! ァァァアアアアアアハハハハハァ! やったぞ!」
その瞬間、【自業の呪い】の効果でハジメ・フィトゥンの頭部に彼でも耐えられない激痛が走る。
今までの痛みとは一線を画する、魂が歪むような痛み。それを認識して彼は、ヴァンダルーに致命傷を負わせた事を確信する。だが、返り血を再び大量に浴びる事を警戒して、仰け反るヴァンダルーから反射的に距離を取った。
そのお蔭で忠告が間に合った。
『右に飛べ!』
「っ!?」
聞き覚えのある憎い男の声に、ハジメ・フィトゥンは反射的に従った。それは【直感】に従った選択だった。
それと同時に、彼が先程まで居た空間を三本の怪光線が通り過ぎた。ヴァンダルーがギュバルゾーの杖と両掌に作った【魔王の眼球】から光線を放ったのだ。
気力を振り絞り、道連れにしようとしているのかと思ったハジメ・フィトゥンだったが、ヴァンダルーは避けた彼に向かって更に【死弾】を連射してくる。
「致命傷じゃなかったのか!?」
それを【魔王の装具】で叩き落としつつ、ハジメ・フィトゥンが顔の中心に深い傷を負っているヴァンダルーに驚愕する。
「しゅへ……俺が今、脳を使ってないのを忘れましたか?」
今のヴァンダルーにとって、脳は急所でも何でもない。ただの灰色の肉塊である。破壊されても何の支障も無い。
ただ、【魔王の神経】で傷つけられた時に覚える痛みを激増させ、ハジメ・フィトゥンが致命傷を与えたと誤解させ、油断させ不意を突こうとしただけだ。
それが失敗したとしても【死弾】の連打を続けていたヴァンダルーだが、不意に魔術の発動が止まった。
「これは、能力か。【生命感知】、【螺旋射ち】」
魔術が妨害されている訳では無く、発動するまでの時間が引き伸ばされるように遅れている。それを認識したヴァンダルーは、指から【死弾】では無く……【魔王の角】を手に生やし、投げナイフ大の大きさのそれを生命反応に向かって投擲した。
「チッ、気づかれたか!」
「避けろっ、防ごうと思うな、避けるんだ!」
空気が揺らめき、背の高い草しか無いと思っていた一角に、ヴァンダルーには微妙だが、ハジメ・フィトゥンにとっては見知った二人の、少年と言っていい年齢の男が転がり出て来る。
「テメェっ、ムラカミにハザマダか! 殺っ……何をしに来た。俺の邪魔をするつもりか?」
反射的に覚えた殺意を抑え、ハジメ・フィトゥンがかつて自分を裏切った仲間へ、ヴァンダルーへ視線を向けたまま尋ねる。
「邪魔? そんなつもりはない。お前がヴァンダルーを殺すのを助けてやろうと思ってな」
【クロノス】でヴァンダルーの魔術の発動を遅らせたジュンペイ・ムラカミ、そして数秒先の未来を予知してハジメ・フィトゥンへ警告した【オーディン】のアキラ・ハザマダ。
二人はヴァンダルーと、そしてハジメ・フィトゥンからの殺気に冷や汗を浮かべて答えた。
降臨する前にヴァンダルーに砕かれないよう、指輪に宿らせた、ロドコルテが魔力を使って創った御使いを身体に宿して能力値を上げても、今の二人ではヴァンダルーとハジメ・フィトゥンには敵わないからだ。
(B級冒険者に匹敵するぐらいには鍛えたつもりだったが……全く足りない。チート能力が無かったらと思うとゾッとする。
頼むから、まず俺達を殺してからタイマンを続けよう何て言いだすなよ)
「おい、ハジメを乗っ取った神様よ、俺達の目的は知っているな? ロドコルテが条件を緩和した、誰がヴァンダルーを殺しても、報酬が手に入る。
ハジメはともかく、あんたとは何の恨みも無いはずだ。俺達の力を利用して、あんたがヴァンダルーを殺す。そうしないか?」
「ほう? あの尻軽共とは違うってのか?」
「……今なら俺とその関係者を狙わないと誓うなら、他の大陸にでも逃げるのなら見逃しますが?」
ムラカミとアキラに向かって、それぞれ話しかけるハジメ・フィトゥンとヴァンダルー。ハジメは憎々しげに、ヴァンダルーは無表情の中にも呆れを滲ませている。
「脳を傷つけられ、心臓に穴を空けられ、首を半分まで切断されてもこうして立っていられる俺を殺すよりも、賢い判断だと思いますけどね」
更に、ヴァンダルーはそう言って、既に跡も残らず再生した顔を指で撫でながら言う。マオ・スミスのように距離を取り、関わらないようにするのなら自分も放置しておく。そう忠告するのが、彼にとって元担任教師と同じ転生者達に対する、最後の義理だ。
尤も、そう言いながらもムラカミ達が本当に退くとはヴァンダルーも考えてはいない。魔術で周囲の生命反応を探り、死霊達に呼びかける時間を稼いでいるのだ。
(空気に混じった反応は【シルフィード】だとして、【超感覚】は何処に行ったのやら。余程上手く隠れているのか……もしかして別行動?
まあ、こいつ等を殺した後魂を喰う前に余裕があったら、聞き出しましょう)
未来を読んでいるアキラが小さく頷くのを確認してから、ムラカミが応える。
「これから神々を二分する戦いが起こりそうだって時に、この大陸から逃げたくらいで済むと思うのか? 魔王との戦いに駆り出されて、今より不利な状況で戦う事になるのが関の山だ。
だったらあの裏切り者共みたいに、お前の足を舐めてでも命乞いすれば良かったかもしれないが……無理だな。俺達とお前は合わない。根本的に」
もしヴァンダルーが前世以前の全ての事を水に流すとしても、彼のやり方とは合わない。ムラカミは今まで知る事が出来たヴァンダルーの行動から、そう判断した。
タロスヘイムにもし亡命する事が出来ても、今更善良な一般市民になれるとは思えない。それが利益に繋がるなら他人を蹴落とし陥れる事を、自分は抑えられないだろう。
ヴァンダルー達がモークシーの町を守るために今行っている事も、馬鹿な行為だと感じる。町の安全に注意せず戦っていれば、自分達が介入する隙も無かっただろう、と。
だからもしヴァンダルーに降っても、破滅するのは目に見えている。ムラカミが裏切るか、それより先にヴァンダルーが彼を排除するか。良くても、その前にムラカミが自分からタロスヘイムから出奔するぐらいだろう。
「他の連中も、同じ理由で尻軽と裏切り者の真似はできないようだ。
そう言う訳で神様よ、敵の敵は利用できる。この魔王を殺すまでは、お互いの力を利用しあうべきだと思わないか?」
そう尋ねられたハジメ・フィトゥンは、確かにその通りだと考えた。先ほど危うい局面を助けられたからではないが、有用ではある。
それに、彼の目的はヴァンダルーと騎士同士のような誇りある決闘をする事では無い。ルール無用の殺し合いを楽しむ事だ。それはムラカミ達が加わったところで、何も変わらない。
……この嫌悪感と殺意を抑えられればだが。
【自業の呪い】によって受け続けている激痛を受けながらの戦いは、ハジメの意識を抑え込んでいるフィトゥンの精神力を徐々にだが削っていた。
「良いだろう。こいつを殺すまでは共闘だ」
こうして、魔王との戦いの前に異なる勢力の者達が力を合わせる事になったのだった。
「それは良かった」
そして、それを魔王であるヴァンダルー本人が誰よりも喜んでいた。
「直接信者を使い潰す、魔王軍残党のような手口に元々怒りを覚えていましたが……裏切り者はともかく、あの三人の事を尻軽だの俺の足を舐めただの言われると、自分でも意外なほど殺意を覚えていたので」
そう述べるヴァンダルーに、ムラカミが尋ねた。
「だったらどうする、この草原と森ごと俺達を纏めて吹き飛ばすか?」
「【空間壁】」
『ウォォォォォン……!』
ムラカミの問いに応えるように、ヴァンダルーは、『ザッカートの試練』で死亡しグファドガーンに数十年の間囚われた事で空間属性のゴーストと化した死霊達に【死霊魔術】を使い、自分を中心に、空間の壁を建てて一定の空間を隔離する。
「アキラ!?」
「チッ、見えなかったっ! だが脆い壁で囲っただけ――ヤバイっ! 【クロノス】で遅らせろ! ハジメは何でもいいから魔術で結界を張れ!」
アキラが数秒先の未来を予知し、悲鳴をあげる。
「【貪血】、お前達だけを纏めて貪り殺す」
それまでヴァンダルーが撒き散らしてきた血が、ハジメ・フィトゥンによって切り落とされてきた舌や指が、肉食性微生物に変化し、紅い煙のように転生者達に襲い掛かった。
1月31日に239話を投稿する予定です。