表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第二章 沈んだ太陽の都 タロスヘイム編
29/514

二十八話 当初の目的は達成できる模様

「神託の御子よ、よくぞこの【太陽の都】タロスヘイムに御降臨くださいました。ただ塵に還るのを待つ我らに、救いをお与えください!」

 そうミイラ姿のアンデッドに拝まれたヴァンダルーは、暫し呆然としていた。はっと正気に戻ったのは、ダルシアに声をかけられた時だった。


『ヴァンダルー、ねぇ、大丈夫?』

「っ! あ、はい。大丈夫、ちょっと驚いていただけだから。

 話を聞かせてもらってもいいですか? えーと……」


「勿論です、御子よ。私はリッチのヌアザと申します」

 リッチ。魔術スキルを持つ人間が、死後その知識と技術を持ったままアンデッド化した魔物であると名乗ったヌアザは、そのまま続けた。


「今御子に無残な姿を晒すは、【太陽の都】と謳われ栄えた巨人種の城塞都市国家タロスヘイム。失われし勇者ザッカートの残した秘伝と、女神ヴィダの恵みにより繁栄を謳歌しておりましたが、二百年程前にミルグ盾国の突然の侵略と破壊により、今はご覧の通り魔境と化しております。

 どうかただ塵に還るのを待つ我ら――」

「すみません、もう少し詳しく話を聞かせてもらってからでいいですか?」


 アンデッドとの会話は根気が必須だが、時には話を遮って誘導するのも大切だ。


 ヌアザの説明を要約すると、ここは十万年前女神ヴィダとアルダが争った戦いに参加し、敗退したが生き残った巨人種が集まって出来た都市国家だったらしい。

 魔境でない部分の方が少ない境界山脈の合間という立地だったが、勇者ザッカートが残してくれた秘術と知識で本来日が射す時間の短いこの土地で、豊かな太陽の恵みを得る事に成功した。


 そして巨人種達は持ち前の頑健な肉体で土地を切り拓き、開墾し、豊かな田畑を作り上げ、彼らの始祖の名を頂き【太陽の都】タロスヘイムと名付け、女神ヴィダと勇者ザッカートを信仰しながら生きていた。

 肉体を鍛え、武術の腕を磨き、不足する物資を求めてダンジョンに挑み豊富な石材を得て堅牢にして美しい白い城砦を築いた。


 岩塩も金属も肉も、巨人種達は魔物との戦いで手に入れた。

 そして東の山脈に古代に作られたトンネルがあるのを発見してからは、東のオルバウム選王国へ続く街道を敷き、交易を始めた。


 ダンジョン産の産物はオルバウム選王国で高く売れ、タロスヘイムに富と繁栄を齎した。

 だが繁栄は、突然現れたミルグ盾国の軍勢によって踏み荒らされた。

「何の通告も無く、ある日突然山脈を越えて現れた軍勢がタロスヘイムに押し寄せたのです」


 ここから先は、生前ミルグ盾国の貴族に仕えていたサム父娘や、ヴァンダルー達が戻るのを待っていた元冒険者のカチアから後で聞いた話と、そこからの推測でヌアザの話を補足して記述する。


 約二百年前、アミッド帝国及びアルダ神殿の名でミルグ盾国に巨人種の国の討伐が命じられた。

 それは当時国力を増していたミルグ盾国との主従関係を維持するため、巨人種の国とぶつけて蓄えた力を削るため、そして勇者ベルウッドの信念を実現するためという宗教的な意味があった。


 この時初めてヴァンダルーは知ったのだが、法命神アルダの側で戦った三人の勇者達の代表、ベルウッドは「異世界から来た自分達が悪戯に異世界の知識や技術をこの世界にもたらす事は、この世界の人々が自力で進歩するための機会を奪い、短期的には良い事のように見えても長期的には必ず災いとなる」と常々言っていたらしい。


 そのため、このラムダで米の原種を探して魔術で品種改良を行い稲作を勧める等、異世界の技術や知識、文化を広めさせようとしていた勇者ザッカートとは、女神ヴィダによって彼がアンデッドとして蘇る前からたびたび衝突していたらしい。


 そして、当時のアルダとヴィダの戦いの折ベルウッド達はザッカートが築いた異世界の技術や文化を出来るだけ破壊して回ったらしい。

 これはベルウッドの子孫を自称するアミッド帝国と、彼を聖人として称えるアルダ神殿に現在でも国是や教義に形を変えて息づいている。勿論、勇者や彼らを呼んだ神以外にその知識や技術が異世界から来たのか、それともこの世界で発展した結果なのかを見分ける事は出来ないので、ザッカートの遺産か否かという、かなりあやふやな基準で判断しているそうだ。


 因みに、稲作文化のあるオルバウム選王国をアミッド帝国が侵略しようとしている事の大義名分もここからきている。


 まあ、そういった政治的な理由と宗教的な意義によってアミッド帝国の軍人が指揮を執るミルグ盾国の軍勢は苦労して安全に境界山脈を越えるルートを探しだし、万を超える軍勢をタロスヘイムに向けて派兵した。

 きっとアミッド帝国には上記の理由以外にも、タロスヘイムの富を奪うという目的もあったに違いない。

 そして渋々派兵したミルグ盾国の軍人も、彼らにとって巨人種は人間ではなく、穢れた女神の生み出した人間より劣る種族だ。容赦の無い略奪と殺戮を行ったに違いない。


 幾つもの村落を焼かれ奪われたタロスヘイムだったが、彼らが勇猛で優秀な戦士なのは魔物に対してだけではなかった。

 大規模な対人戦の経験こそ無かったが、戦士の振るう剣はミルグ盾国の兵士を易々と屠り、騎士が前に突き出した盾はミルグ盾国の騎士が振るうか細い槍と共に肉と骨まで叩き潰した。

 何より、タロスヘイムには幾人もの英雄が居た。


 どんな強大な魔物も剣一本で倒してきた【剣王】ボークス。

 ヴィダ神殿の若き長にして生命属性魔術に長けた【癒しの聖女】ジーナ。

 孤独を好み、タロスヘイムに存在する全てのダンジョンをソロで攻略した【飢狼】オグバーン。

 両腕にハルバードを持ち、まるで暴風のように敵を蹴散らした【双槍斧】のバリゲン。

 魔術を苦手とする巨人種に生まれたにもかかわらず、全属性に適性を持つ幼き第二王女【小さき天才】ザンディア。


『濁点が無い名前が無いのは、グールと同じでヴィダの新種族だからかな?』

 そう思ったヴァンダルーだが、空気を読んで口には出さなかった。


 そういった英雄達の活躍でミルグ盾国の進軍を押し止めたタロスヘイムだったが、英雄が居るのは敵も同じだった。

 援軍として参戦したミルグ盾国の英雄、次期S級昇格候補のA級冒険者、【氷神槍】のミハエル。彼の参戦によって再び戦いの天秤はミルグ盾国に傾いた。


「英雄達と共に戦った戦士達はミハエルが振るう伝説級マジックアイテム、水と知識の女神ペリアに仕えた氷の神が勇者のために鍛えたという逸話を持つミルグ盾国の国宝、氷の魔槍【アイスエイジ】の前に次々に倒されてしまいました。

 遂には城壁が破られ、野蛮なミルグ盾国軍が町に雪崩込んできました」


 タロスヘイムに出来たのは、戦えない女子供や老人を第一王女とその親衛隊が護衛してトンネルから交易のあるオルバウム選王国に逃がすことだけだった。


「かくいう私も、見習いとは言え女神ヴィダの神官の一人として最後まで戦いました。

 しかし、憎きミハエルに一矢報いる事も、ジーナ様やザンディア様をお守りする事も出来ず、死んだのです」

 そしてヌアザが死んだ後もミルグ盾国は破壊と略奪を止めず、ミハエルはタロスヘイムの王城地下深くに隠された、女神ヴィダの秘宝の破壊を試みた。


 だが地下には秘宝を守るために女神自らが創り上げたドラゴンゴーレムが配置されていて、S級昇格が確実視されていたミハエルといえど破壊する事は出来なかった。

 それどころか、ドラゴンゴーレムの右腕と翼を破壊し、尾を半ばで切断して頭部を砕くも仲間は全滅。ミハエル自身も重傷を負い、尚も動き続けるゴーレムに魔槍を投擲して束の間氷の中に閉じ込め、その隙に逃げ出す事しか出来なかったらしい。


 そして勝利こそしたものの巨人種の強硬な抵抗によって消耗し、旗頭の英雄も死に瀕していたミルグ盾国軍はそのままタロスヘイムを占領する事が出来ず、撤退する事となった。

 タロスヘイムの巨人種達を倒し尽くしても、周囲の魔境から血の匂いに誘われてやって来る魔物は際限が無かったからだ。


 その後、戦勝国であるミルグ盾国やアミッド帝国がどうなったかをヌアザは知らなかったが、とても勝利を祝える状況では無くなってしまったらしい。

 ミハエルは懸命な治療も虚しく、ミルグ盾国に戻って数日で死亡。他にもミルグ盾国が誇る精鋭の将兵の多くが死傷し、生きている者も戦働きが出来なくなった者が少なくなかった。


 その上莫大な戦費を消費したのに比べ、タロスヘイム側が脱出させた第一王女達に本当に貴重な宝や財産を全て持たせていたため略奪出来た金品の価値は戦争前に想定していた物より低かった。

 更に第一王女がオルバウム選王国に逃げ込んだ為、タロスヘイム侵略の情報を手に入れた選王国側が、友好国に大義名分無く攻撃を仕掛けたミルグ盾国とその宗主国であるアミッド帝国に天誅を下すと、兵を挙げた。


 対タロスヘイム戦で予想しなかった苦戦により、援軍を送っていた分手薄になっていた国境沿いの守りを突破されたミルグ盾国は、幾つもの砦を落とされ町を占領されてしまった。

 本来盾にするための国を守るために、アミッド帝国が慌てて軍を派遣しなければならなかった程だった。


 それまでアミッド帝国側がオルバウム選王国をジリジリと侵略して領土を広げていたのだが、この敗戦で一気にそれまで奪って来た領土を奪い返されてしまった。ここ二百年の戦争の殆どは、その時奪い返された領土を再度奪い返すために費やされたそうだ。この前の戦争で、やっと新しい領土を手に入れたのだとか。


 その上、今までタロスヘイムの冒険者達が間引いていた境界山脈の魔物が、タロスヘイム滅亡によって急激に増え、攻略する者が居なくなったダンジョンからは魔物が溢れ出るようになった。


 結果魔境が広がり、ミルグ盾国は再び安全なルートを使ってタロスヘイムに赴き国宝を取り戻すどころか、境界山脈に近付く事も難しくなってしまったらしい。

 つまり、タロスヘイム侵略はアミッド帝国と、特にミルグ盾国にとって歴史的失敗だった訳だ。


 それを知るとヌアザはミイラ顔なのに満面の笑顔になって――。

「ザマァ!」

 スカッとしすぎて、思わず昇天しそうになったらしい。


 実際自分も含めて国が滅ぼされているのだから、そう思うのも当然だ。

 それにしてもアミッド帝国とミルグ盾国には呆れると、ヴァンダルーは思った。

 東側の山脈を安全に越えるトンネルがタロスヘイムには在ったのだから、力ずくの侵略をいきなりするのではなく、タロスヘイムとオルバウム選王国との間に亀裂を入れる離反工作を行い、寝返らせるまで行かなくても不可侵条約でも結んでから、トンネルを通じてオルバウム選王国を奇襲でもすればよかったのだ。


 それならタロスヘイムから糧食を含んだ物資を購入するなりして補給線を維持しつつ、有利に戦う事が出来ただろうに。


 それなのに妙な国是やら宗教的意味やらを優先して、ミルグ盾国の国力を予定より削り過ぎて敵国の反撃を許すとは。軍事シミュレーションゲームの経験すら無いヴァンダルーでもこれぐらい思いつくのに、馬鹿なんじゃないだろうか?


 ロドコルテに同意する訳ではないが、流石劣等世界の帝国だ。


「うんうん、ミルグ盾国もアミッド帝国も本当に碌なことをしない。死に絶えれば良いのに」

「坊や、一応サム殿達はミルグ盾国の人間だったと思うのじゃが……」

『坊ちゃん、ミルグ盾国の人間にも、カチアさんみたいな人も居るんですから、皆殺しはちょっと』

『そうよ。まあ、ミルグ盾国のせいであの魔境を追われたけど、皆悪い人って訳じゃないわ』

『私達はミルグ盾国に生を受けましたが、今は坊ちゃんの命とあらば同国人でも轢き殺す覚悟です。ですが坊ちゃん、広い視野を忘れないでください』


「御子よ、我々も恨んでいるのは二百年前のミルグ盾国とアミッド帝国です。我々巨人種でも親や祖父の代、人間では既に曽祖父の代もとっくに過ぎている頃。憎しみを子孫にまで向けるなと、女神も言っておられます」

『そうよ、ヴァンダルー。エブベジアの時の様な優しさを忘れないで。母さんは、あなたが優しさを忘れないでくれれば、それだけで幸せよ』


 心の底に澱の様に堪った憎しみをつられて発露したら、四方八方から諭された。解せぬ。いや、実際には解せるし、皆の言っている事の方が正しいって分かるけど。

「はい、程々にします。

 ところで、神託の御子っていうのは?」


 心の底の憎しみに蓋をしてヌアザに話の続きを促すと、彼は戦争後自分達に何が起こったのかを話してくれた。

 殺された憎しみと葬られなかった事で死んだ巨人種の内、半数が一月以内にアンデッド化し、同じくアンデッド化したミルグ盾国の兵士と顔を合わせるや、すぐにお互い死んでいるが殺し合いに発展。


 そして勝利を収める。しかし、アンデッド化しても祖国を守るという想いは強く、ミルグ盾国に遠征して復讐するという行動には出なかった。

 だが第一王女達が無事に民をオルバウム選王国に逃がせたかは気掛かりだったので、何人かがトンネルへと向かった。


 しかし、既にトンネルは崩れて入口は塞がっていた。元々、ミルグ盾国軍の追っ手が行かない様に一行がトンネルを抜けたら、秘密の仕掛けで塞ぐ予定だったのだ。

 トンネルが塞がっているという事は、王女達はトンネルを抜けたという事だ。オルバウム選王国で彼女達がどんな困難に晒されているか分からないが、友好国である選王国と直接取引があったハートナー公爵を信じる事にした。


 自分達はアンデッドであり、自分では理性を保っているつもりでもそれが確かかどうか分からず、また何時まで持つか分からない。そんな状態で王女達を追いかけても助けになるどころか逆に脚を引っ張ってしまうだろう。

 そう大多数の者が考えたからだ。


 それでも何人かは山脈を越えようと去り、戻らなかった。王女達を追わなかった者達も数十程が未練を無くし消えていった。

 そして残ったヌアザ達は既に生きる民の無いこのタロスヘイムに戻ると、廃墟をただ守る日々を過ごした。

『それはゆっくりと滅びへと向かう道でした』

 タロスヘイムの周囲には幾つもの魔境があり、そして日々物資を得るために冒険者が潜っていたダンジョンがあった。


 しかしアンデッド化したヌアザ達は廃墟の中心部、王城やその周囲に集まり外に向かう事もせず、当然魔物を自分から狩ったりダンジョンに潜ったりもしなかった。

 そのため魔物の数は増え続け、その魔物が放つ汚染された魔力、魔素が溜まり魔境は二百年かけて広がり続け、遂にこのタロスヘイムの中にまで及ぶようになった。


 自分達巨人種のアンデッド以外の魔物がタロスヘイムの中心部に入れば、ヌアザ達は退治する。彼らの練度……魔物としてのランクは、かなり高い。精鋭である巨人種の戦士達の死体に、戦士達の霊が宿って出来たアンデッドで、その上ヌアザのように生前の記憶や人格を、ある程度保っている。

 彼らにとって、生前狩りに行っていた魔境や攻略していたダンジョンから溢れ出た魔物の百や二百は暇潰しの相手でしかない。


 しかし精神的な問題なのか、自分達で廃墟に入り込んできた魔境を浄化しようという程積極的に動く者はいなかった。

 そもそも自分達も魔物なのだから、完全に浄化する事はできないのだが。


 それに対して徐々に侵食してくる外の魔境では、通常の生物とは比べ物にならないペースで魔物が増え続けている。そして増えた分激しい生存競争で消費されるのだが、その生存競争の結果強者が増えていく。

 対してタロスヘイムのアンデッド達は数が減る事はあっても増える事は無い。


 通常アンデッドの群れは、返り討ちにした冒険者や魔物の死体もアンデッド化していき、犠牲者の数だけ増えていくものだがここに訪れる冒険者は皆無だ。

 そしてアンデッド化した魔物の方もヌアザ達の多くが生前の人格を維持しているため同類とは認め難く、動き出す端から倒していたらしい。


 何時か外部の魔境から千を超える数の、強力な魔物が押し寄せて来た時、ヌアザ達タロスヘイムのアンデッド達は塵に還るだろう。


『それが正しいのだろうと、我々は思っていました。年月が過ぎる度に、徐々に我々は減っていく。未練も怨念も忘れた野良アンデッドが存在する意味はありません。故国の墓守をしながら王女様達とその子等に幸多からんと祈りながら、滅びの時を私はただ待っていました。

 ですが、そんなある日女神より神託を賜ったのです』


 ヌアザがミルグ盾国の兵士に破壊された女神像の修復を、五十年かけて終えたその時だった。

『西より忘れられた我が子等を連れて、白い子がやって来る。その子が汝らを繁栄と栄光に導くであろう』

 深く慈愛に満ちた声を聞き、彼はそれを女神の神託であると直感した。


 それと同時に先祖より伝えられた伝説を思い出した。女神ヴィダと偉大なる勇者ザッカートの間に生まれた吸血鬼の始祖、彼は勇者ベルウッドに討たれた時に在る予言を残したのだ。

『我滅ぶとも再び蘇り、兄弟達と立ち上がり傲慢な神の使徒に滅びを齎さん!』

 そして確信した。神託に在る白い子とは、伝説の吸血鬼の始祖に違いないと。


 それから百年以上たった後、ヌアザはヴィダの新種族でありながら人間社会では完全に魔物としか認識されていないグールを引き連れた、神々しいオーラを放つ(死属性魅了の効果)白い子供と出会ったのだ。

「おお御子よ、あなたこそ神託にある白い子にして女神と勇者の息子の再来。我らと共に立ち上がり、繁栄と栄光を――」


「いやちょっと待ちましょうよ、神託と予言が混じっていますよ」

 感極まった様子のヌアザを、ヴァンダルーは慌てて制止した。

 神託の御子と言われて困惑していたが、そこに妙な予言まで加わってはただ困惑し続けるのは危険だ。このままでは対アルダ神の旗頭に祭り上げられかねない。


 ヴァンダルーもアルダ神とその信者は嫌いだし、基本的に敵対関係に在るのだが、こっちは高司祭一人とその部下数人から十数人と戦うのも躊躇う戦力だ。

 アンデッドはどんなに冷静で理性的に見えても、基本的に欲望と衝動で動く存在だ。下手に盛り上がったら「このままミルグ盾国に攻め込むぞ!」みたいな話になりかねない。


 それに神託はまだしも、予言は怪しいとヴァンダルーは考えていた。

 神託はヌアザがアンデッド化した事で聞いたと思い込んでいる妄想である可能性もあるが、それにしては内容がヴァンダルー達と一致している。繁栄と栄光に導くつもりは無かったが、これからヴァンダルー達が行う事が、ヌアザ達にとっての繁栄と栄光に繋がる可能性もある。


 地球で生きていた頃なら神託なんて言われても信じなかっただろうが、実際にろくでなしだが神は存在した以上、ラムダにも神話に名前の出る神々がいて、信者に神託を下す事があってもおかしくない。

 しかし、その神託と吸血鬼の始祖が残した『予言』が何故混じるのか。まったく関連性が無いように思えるのだが。


「ふむ、確かに坊やは白いし、儂らグールは女神ヴィダにルーツを持つ種族じゃが、神託は兎も角予言にある始祖の生まれ変わりとは関係無いと思うのじゃがの」

 ザディリスも同意見のようで、ヌアザを諌めようとするが彼はそれでも一向に構わないらしい。


『それでも構いませぬ。未練を無くし塵に還る事も出来ず、かといって憎しみに魂を焦がす事も出来ず、ただ諦観に浸っていた我々にとって御子よ、あなたの到来だけが希望だったのです』

 初対面の人物(?)にそこまで期待されても、嬉しくない訳ではないが困惑の方が強い。分かりました、繁栄と栄光はこちらですって、案内できるようなプランも作戦も無いのに。


 しかし、元々行うつもりだった事を実行するには、ヌアザ達がこちらに好印象を持ってくれているのは好都合だ。

「じゃあ、俺が連れてきたグールを含めた約六百名をタロスヘイムに移住させても構いませんか」

「おおっ! 我らの都市に居を移されるのですか、御子よ! ここは民亡き廃墟、誰が異を唱えましょうや、なあ皆!?」


 それまで黙って膝を突いていた巨人種のアンデッド達は、ヌアザに声を掛けられると『うおおおおお』と地鳴りのような歓声を響かせた。

『御子とその一党を歓迎するぜ! うおおおおおおおお!』

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ! があ゛あ゛あ゛あ゛!』

『殺せ! 殺せ! 邪魔する奴らをぶち殺せ!』

『皆殺シダ!』


 先ほどまでまさに墓地の様な静けさだった廃墟に、歓喜と殺気が満ちる。巨人種のアンデッド達は武器を振り上げ、足踏みをして、今から戦にでも赴くかのように戦意を滾らせる。

 さっきまでの大人しさは何処に行ったのかと問いたくなる変貌ぶりだが、一度火が付くと止まらなくなるのもアンデッドの性質だ。


 大抵のアンデッドは発生した瞬間から消滅する一瞬前までずっと火が付きっぱなしだから、知っている者は少ないが。


「ぼ、坊や? 中々物騒な事を言っている御仁が居るようじゃが……?」

「俺達の移住を邪魔する者を皆殺しだって意味ですよ」

『私も同意見ですが、勢い余ってという事もありますし……』

『父さんが言うと、説得力あるなぁ』

「そうですね、じゃあ手伝ってくれる人は俺達について来てください」


 そして数百の巨人種のアンデッド達は、自分達のいるタロスヘイム中心部とグール達が待っている臨時キャンプの間を隔てている魔境を、平地にする勢いで突撃していった。

 襲い掛かって来るニードルウルフやラプトルを屠り、邪魔な木を切り倒し、距離的には二キロ少々とはいえ、城塞国家の表門まで、鼠一匹いない安全な廃墟になったのだった。


 彼らを動かしたヴァンダルーが凄いのか、それとも不確かな希望が提示されただけでここまで出来る彼らが凄いのか。

「俺は後者だと思います」




 その後、安全に通れる道が出来たので、ヴァンダルー達は戦意に猛り狂うアンデッドの群れに驚くグール達を連れて、タロスヘイムの中心部へと移住を開始した。

 住宅地ではなく、王城を始め神殿や役所など公共機関だった建物が多い中心部を選んだのは、建物の状態が堅牢な中心部の建物の方が良かったからだ。


 中心部の建物は二百年前の激しい戦いに晒されていたが、あの戦いでミルグ盾国側が破壊しようとしていたのはヴィダの神殿と、何より王城の地下にあるヴィダの遺産。なので元々堅牢な石造りの建物を破壊するには至らなかった。

 それに、アンデッド達が守っていた中心部は二百年間他の魔物が棲み付かず、荒らされていなかったので掃除すれば使える。


 巨人種仕様の建物はグール達には大きく、また家具や調度品の類は石で作られている物以外朽ちており、更に残っていた物もグールにはサイズが合わなかったので、かなりの改装と必要な家具を作る必要があったが。

 ただ、材料は山ほどある。


 まず巨人種アンデッドが斬り倒した魔境の木々を並べる。

「【枯死】 起きろ、製材、出ろ」

 ヴァンダルーが木々から【枯死】の死属性魔術で適度に水分を抜いて乾燥させ、ウッドゴーレムにし、【ゴーレム錬成】で製材して、最後に宿らせた魂を抜く。


 この方法で魔境の木々が材木に早変わり。そしてグール達が部屋の仕切りや家具を作っていく。元々密林魔境で原住民生活をしていたので、あまり凝った家具を必要としないためこの準備は数日で終わった。


 これ以外にもヴァンダルーは建物のヒビが入った部分や崩れた場所を【ゴーレム錬成】で治して回り、その姿に奮起したらしい、生前職人だった巨人種アンデッドが『儂らも負けていられん!』『御子ばかり、働かせるな!』と武器を手放し仕事を開始したのは、嬉しい誤算だった。


 誤算といえば、ヌアザが生前神官見習いだったと言った通り、巨人種アンデッドの中ではただの神殿の代表者(神官以上の巨人種がアンデッドになれなかった、若しくは既に消滅していたので)でしかなく、全体の意思を決定できる立場に無かった事だろうか。


 なので、移住に協力してくれたアンデッド以外にも建物の中に残っていた者がかなり居て、特に王城の中でタロスヘイムの英雄の一人、【剣王】ボークスがアンデッド化して今もそこを守っているらしい。

 是非とも味方になって欲しい人材……屍材だ。


「彼にアンデッドの纏め役をやってもらえば、俺がオルバウム選王国に行った後、種族間でトラブルが起きる割合も減るでしょうし」

 居住空間はもう十分確保しているし、王城を明け渡してもらう必要も無いが、ボークスを味方に付けるためにヴァンダルーはヌアザに仲介を頼み、何故かついて来てくれなかったザディリスやサリア達に首を傾げながら王城に向かった。




《【眷属強化】が5レベルに上がりました!》

《【大工】が2レベルに上がりました!》

《【料理】スキルを獲得しました!》




・魔物解説 オーカス


 死属性の魔力に胎児の頃から浸っていたために生まれた、オークの変異種。基礎的なランクは4。

 筋力はオークと同程度だが、耐久力や持久力、俊敏性、特に知能でオークを上回る。

 生まれつき【闇視】や【怪力】、【物理耐性】と【悪食】スキルを持っている。そのため成体になると武器防具を全く身に着けていなくても、その攻撃力と防御力は武装しているオークを上回る。


 ただしオークよりも【精力絶倫】や【繁殖】のスキルレベルが低く、所持していない場合もある。人間よりも多少上程度の繁殖力しか持ち合わせていない。

 姿は黒や灰色の体毛を生やした猪に似た頭を持つ太った人の身体という物で、現在は雄しか存在しない。


 寿命は推測だが人種と同じ程度ではないかと思われる。

 種族として生まれたばかりなのでどのような上位種が存在するかは不明。

 冒険者ギルドに証拠と共にオーカスの存在を報告した場合、未知の魔物の報告であるため多少の報奨金を手に入れる事が出来るが、現状は困難である。

二十九話を9/29日に投稿する予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ヌマザ「ザマァ!」 のところ いいキャラしてる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ