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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十章 アルクレム公爵領編
289/514

二百三十七話 動き出す転生者達と、囚われる英霊達

拙作、四度目は嫌な死属性魔術士の3巻が1月20日に発売になります! 書店で見かけた際には、手にとっていただけると幸いです。

「呪いだとっ!? ……ハハハハ! ハジメの知識を持っている俺が、死属性魔術を使うお前と戦うのに、呪いに備えていないと思っていたのか!?」

 毒々しい紫色に発光する舌に巻きつかれたハジメ・フィトゥンはそう言いながらも、早く自由になるために身を捩った。


 『オリジン』のある軍事国家の研究所では、当時のヴァンダルーから搾り取った死属性の魔力を使い、マジックアイテムを研究していた。その中には表に出せない軍事兵器に関する研究も存在した。

 兵士を不死身にする研究だけでは無く、ウィルスや毒物……そして呪いを兵器として転用するための研究もあった。


 しかし、その全てに研究者達は失敗した。彼等は研究者としては一流だった。しかし、真の所有者から奪った魔力を完全に制御する事は出来なかったのだろうと、『オリジン』の調査機関は結論付けている。

 その調査機関の報告書を目にしたハジメの記憶を持つフィトゥンは、「つまり、ヴァンダルー本人は呪いを扱う事が可能である」と推測する事が出来た。


 そのため、今日の戦いに備えて呪いに対する準備を最大限可能な限り整えてある。自身が鋳造したオリハルコンで護符を作るだけではなく、神殿の宝物庫に納められていた強力な魔除けも身に着けて来た。

 だから呪いに対する防御に自信はあった。後は、両腕を封じられた今の状況を脱するだけだ。


 しかし、ハジメ・フィトゥンに巻きついた舌は中々外れない。ますます強く発光し、白い煙を上げ始めた。

「あ、ぁぁぁぁぁぁ!? 馬鹿なっ、俺の護符や魔除けが効果を発しないだと!?」

 舌は急に熱を持ち、彼の身体を焼く。皮膚だけではなく、その下の肉にまで呪詛が焼きつけられるのを感じて、彼は怖気を覚えた。


 次の瞬間、縄のようにハジメ・フィトゥンの身体に巻きついていた舌は塵と化して崩れ落ちた。だが、舌が巻き付いていた部分の皮膚はどす黒く変色し、ジクジクと染みるような痛みを訴えている。

「て、テメェ――うがっ!?」

 再びシミターを構えてヴァンダルーに斬りかかろうとしたが、目を見開き、呻き声をあげて右胸を押さえる。まるで、肋骨を何本か折られたような痛みを覚えたのだ。


 それを眺めながら、ヴァンダルーは自分がかけた呪いが効果を発揮した事に満足気に頷いた。

「あなたにかけた呪い、それは至極単純で分かり易いものです。自分の行いによって他人が覚えた痛みが、自分に返ってくる……【自業の呪い】です」

 【鞭舌禍】ジョブは、舌で攻撃した相手に呪いを与える事が出来る。しかし、与えられる呪いの種類は少ない。


 能力値を減少させるか、五感のどれか一つを封じるか、そして今使った【自業の呪い】である。

「他人の痛みだと? 俺の目には、とてもお前が怪我をしているようには見えないがな」

 ハジメ・フィトゥンは胸を押さえたまま、胡乱気な眼差しでヴァンダルーを見る。確かに、その様子から肋骨が折れているようには見えない。それどころか先程自分で噛み切った舌すら再生し終えている。


 尋ねられたヴァンダルーは、こともなげに答えた。

「ここ以外にいるのでしょう。あなたが実行した作戦のせいで、肋骨が折れた人が」

「っ!? ……俺が原因で起きた事なら、直接俺が手を下した訳ではない痛みまで跳ね返る呪いか!」

 【自業の呪い】の厄介さを理解して、ハジメ・フィトゥンの顔が強張り、声が引き攣る。


 【自業の呪い】は、呪われた対象が直接他人を害した場合だけでは無く、間接的に与えた危害にも反応する。

 今回の場合だと、ハジメ・フィトゥンが指揮を執る作戦に参加している英霊達や、彼が暴走させたダンジョンの魔物が他者を傷つけた場合、その痛みをハジメ・フィトゥンも味わう事になるのだ。


(……効果範囲が広い分、時間が経つと解けてしまうのですけどね。何処までが『間接的な被害』なのかも、呪いを受けた当人の認識次第ですし)

 この呪いには、そう言った弱点もある。しかし、ハジメ・フィトゥンがこうしてヴァンダルーの視界内に存在する間は呪いを維持できる。


 『間接的な被害』の範囲も、ハジメ・フィトゥンの場合は問題無く機能するだろう。少なくとも、英霊達を受肉させ、作戦を考え、実行し、指揮を執っているのは彼だ。その認識がある限り、呪いの範囲は維持される。


 そのハジメ・フィトゥンは強張った顔つきのまま、首から下げていた護符やメダリオンに視線を落とし、呪いを解除できないかと試みようとした。

 しかしメダリオンは音を立てて割れ、オリハルコン製の護符も何故かどす黒く変色している。


「……なるほど、そりゃあそうだよな。大神が十一柱全員揃っていても一方的に追い詰められて、わざわざ異世界から勇者を召喚しなけりゃ、勝ち目も無かったのが魔王だ。その二代目の呪いが、神になって精々五万年と少々程度の俺が作った護符で防げるはずがない」

 そう言うと、紐を引き千切って護符を放り捨てる。


 こうしている間も、幾つもの痛みがハジメ・フィトゥンを襲う。腕が砕かれ、頭を殴られ、脇腹を深く薙がれ、炎で焼かれ、氷で凍てつかされ、体中を刺される。


 その痛みによって沸き起こる感情を抑えきれず、彼は顔を上げた。

「甘く見ていたぜぇ……こんな都合の良い呪いをかけてくれるなんてなぁ!」

 ハジメ・フィトゥンの顔には、血の臭いが漂ってきそうな狂笑が浮かんでいた。そして、【自業の呪い】について聞いていたはずなのにシミターを構え直し、躊躇いも無くヴァンダルーに向かって斬りかかる。


「都合の良い呪い?」

 その反応は流石に予想外だったのか、防御の為に掲げた【魔王の鉤爪】に変化した鉤爪が、指の肉ごとオリハルコンの刃に切断される。

 その痛みも、ハジメ・フィトゥンに返っているはずだが動きに乱れも無く、鋭い攻撃を続ける。


「そうとも! 痛みの大きさで分かる、俺の攻撃でお前がどれ程のダメージを受けているのかが! 俺の部下共がどれくらい戦果を挙げているのか、魔物がまだ全滅していないかどうかが、痛みで知る事が出来る!

 今俺が傷つけた指は、お前にとって大きなダメージじゃないって事も分かるぜ! 後、お前相手に小技は意味が無いのも良く分かった! 最後の奥の手を見せてやる!」


 楽しそうに笑いながら、ハジメ・フィトゥンは叫んだ。

「【神化】!」

 神々しい。普通ならそう評されるだろう輝きが、ハジメ・フィトゥンから放たれる。その名称と、英霊達が発動させていた【英霊化】から推測すると、どんなスキルなのかは想像に難くない。


 そして輝きを纏い、圧倒的なオーラを放つようになったハジメ・フィトゥンが、より鋭くなった剣捌きでヴァンダルーに襲い掛かる。

「後ろの町と、そこでしか生きられないクソ弱いムシケラ共が大事なら、その身で受け止めな、魔王!」

「痛みでショック死しろ、邪神悪神より邪悪な神」


 ハジメ・フィトゥンが町へ向かって放った斬撃の形の衝撃波を防ぐため、ヴァンダルーが間に入り、十字に組み合わせた腕で受け止める。血飛沫が上がるが、【魔王の神経】で故意に痛覚を鋭敏にしたヴァンダルーが覚えた痛みを呪いで返したため、悲鳴をあげたのはハジメ・フィトゥンの方だった。


 だが、ハジメ・フィトゥンの動きは止まらず、悲鳴と狂笑をあげる彼と無言のヴァンダルーとの戦いは激化していった。




 ハジメ・フィトゥンの暴挙を知ったムラカミ達は、草原が覗ける森で彼らの戦いを見ていた。三人の手には、それぞれ望遠鏡が握られている。

 この世界では、レンズの加工技術が一般には広がっていない。しかし、貴族や軍と取引する限られた職人には作る事が可能だ。その作品の幾つかを、ムラカミ達は盗んだのである。


 無論、性能では『地球』や『オリジン』の方がずっと上だが……肉眼とは比べものにならない。下手に魔術を使えばヴァンダルーの【深淵】によって感知されてしまう事を考えれば、これ以上ない道具だ。

 それで戦況を観察していた【クロノス】のジュンペイ・ムラカミは、ハジメ・フィトゥンが激しく発光した現象を目にして溜め息を吐いた。


「ハジメの奴、このままだと負けるな」

 ムラカミは、ハジメ・フィトゥンの敗北を確信したからだ。……前世で陰謀のサブリーダー格だったカナコと部下だったメリッサが、『変身!』した事に対する呆れではなく。


「何でそう思う? カナコ達じゃないが、明らかに『これからが本当の闘いだ』って感じのパワーアップじゃないのか?」

「ええ、アキラが言ったのと似たような事を叫んでいるのが聞こえる。カナコ達じゃないけれど、もしかしたら、押し切れるかもしれない」


 同じ転生者で元教え子の【オーディン】のアキラ・ハザマダと、【シルフィード】のミサ・アンダーソンが異を唱えるが、ムラカミの確信は覆らなかった。

「奴の手下が使っている【英霊化】と同じか、それよりも強力なスキルでも使ったんだろう。どう考えても制限時間付きのパワーアップだ」


「……確かに、【神化】って、叫んでいるわね」

 ミサは、自身の肉体を気体に変化する事が出来る【シルフィード】の能力を持つ。その能力を応用して、彼女は身体の極一部のみ気体に変化させ、象の耳のように大きな空気の膜を作り、それで大気の振動を高精度で感知し離れた場所の音を拾っていた。


 それでヴァンダルーやハジメ・フィトゥン、そしてヴァンダルーの仲間やハジメの部下達が話している事に聞き耳を立てていた。

 ダンジョンの中にいるユリアーナやボークス、ウォーレン達の話し声までは流石に拾えないが、マイルズとキゼルバイン等別の戦場で戦っている者達の話し声は聞く事が出来る。


「だったら、【神化】も【英霊化】と似たような効果だろう。奴の肉体を動かしているフィトゥンが、受肉した神として力を使うのなら、長時間は持たないはずだ」

「だから、その受肉した神の力ならヴァンダルーを倒せるんじゃないのか? フィトゥンって確か生前は伝説的な傭兵兼冒険者だったはずだろ」


 転生者をこの世界に送り込んだ『輪廻転生の神』ロドコルテから、ハジメの状態に関する情報を得ていた。そのためアキラ達は、『法命神』アルダの勢力と協力関係が出来る以前からフィトゥンの情報を集めていた。

 ヴァンダルーに対する戦力として利用できるか、調べるために。


 そして約五万年前、戦場で活躍した傭兵で、戦争が無い時は冒険者としても活躍していた人物だと知る事が出来た。冒険者としての活動は当人が小遣い稼ぎの為の副業程度にしか力を入れていなかったため、現在ではあまり伝わっていない。それでもA級への昇格の誘いが何度も有ったという話だ。

 傭兵としての功績も冒険者ギルドが評価していれば、間違いなくS級へと至っていただろう。


 悪神の狂信者に乗っ取られていた国や、ヴィダ派の神々を奉じていた国、デーモンの軍勢を従え『新たな魔王』を自称していた魔人族の猛者との戦争で、いずれも大将首を上げている。

 そのフィトゥンなら、もしかして。そんな期待があった事は、ムラカミも否定しない。


「アキラ、これからフィトゥンがヴァンダルー相手にすぐ押し切れるなら、確かに奴が勝つ確率が高い。だが、俺の目には奴が分の悪い賭けを楽しんでいるようにしか見えない。

 確かに、危険が大きい作戦を完遂させなければならない時はある。俺達の前世の時のように」


 『オリジン』では『ブレイバーズ』に、特に雨宮寛人達の方針について行く事が出来ず、ムラカミ達は死属性の研究を秘密裏に進める【アバロン】の六道聖の誘いに乗った。

 『第八の導き』に協力する演技をして潜入し、彼らと『ブレイバーズ』の殺し合いを利用して、『第八の導き』のメンバーの死体を合衆国に売り渡すと言う、危険の大きい作戦を実行した。


 結果、最初から捨て石にするはずだった【マリオネッター】や【デスサイズ】以外にも、部下を半分失った。しかも、六道聖の裏切りに遭い結果的に自分も含めて全員死亡してしまった。

 その最終結果は雇い主が裏切り者だったからという、どうしようもないものだったからともかくとしても、大きなリターンを得るためには、大きなリスクを侵す必要があるのは確かだ。


 特にフィトゥンの場合、ムラカミ達同様ヴァンダルーを倒さなければ後が無い以上、勝ち目が小さくなっても全力を振り絞る以外の選択肢は無い。

 今の戦況は、正にそれだ。


「……つまり、俺達も介入しなきゃダメって事か。クソ、ハジメの奴がヴァンダルーを殺せるなら、それが一番楽だったってのに」

 転生者達は、ヴァンダルーを殺す事に成功すればロドコルテから報酬を約束されている。未来の『地球』か、『地球』に似た文明の発達した世界で、恵まれた環境に生まれ変わる事が出来る。その際、望めばスポーツや芸術に関する才能だって貰う事が出来るだろう。


 そして、その報酬はヴァンダルーを殺した転生者だけでは無く、転生者全員に等しく与えられる。ヴァンダルー側に寝返ったカナコ・ツチヤ達や、協力する意思の無い【メイジマッシャー】のアサギ・ミナミ達には無いだろうが。

 これはムラカミがロドコルテに要求した、転生者同士で足を引っ張らないようにするための措置である。


 ……もっとも、その頃ハジメは既にフィトゥンに傾倒していたため、ロドコルテの神託が届かなかったので、その措置を知らないのだが。

 しかし、フィトゥンに乗っ取られた状態のハジメがヴァンダルーを殺しても、ムラカミ達には報酬が与えられる。何の危険も無く報酬を手に出来る、彼等にとって最も都合の良い展開だったのだが……それは諦めなければならないようだ。


「だけど、もしハジメの方が私達を攻撃して来たらどうするの? いくら神に乗っ取られているといっても、私達は前世で奴を騙して謀殺した側よ。信用するとは思えない」

 ミサが、ハジメ・フィトゥンが事を起こす前に合流し協力を申し出ようとしなかった理由を、再度主張する。

 しかし、ムラカミは、その心配は無いと言った。


「奴にそこまでの余裕は無いさ。それに、ハジメを動かしているフィトゥンって神は、立場こそ神だが実際の考え方は邪神悪神の類だろ。俺達が横やりを入れて勝手に援護しても、断るような高潔さは持っていないだろう」

「なら、ヴァンダルーを殺すまでは大丈夫か」

 そう言って頷くアキラ。殺した後の事……ヴァンダルーがアンデッド化する前にロドコルテが魂を回収し、魔王の魂の欠片に施されたものと同じ封印を施した後の事は、彼等にとって考えなくてもいいことだ。


 ハジメ・フィトゥンも【神化】と言うスキルを発動した以上、後は肉体が崩壊へ向かうだけであろうし、自分達も全員が生きているとは限らない。

 それでも報酬は来世での幸福だ。魂さえ喰われなければ、受け取る事が出来る。


「さて、三度目の人生で鍛え直した力を発揮するとしよう」

 用意しておいたオリハルコン製の武具を抜き、ムラカミ達はそれぞれ御使いの宿った指輪を胸に当てて呟いた。

「【御使い降臨】」




 激戦を繰り広げるのはヴァンダルーだけでは無く、彼の仲間達も同様だった。ただ、中には相性の結果で早々に決着が着きそうな組み合わせもあった。


「【闇夜刃風】!」

 両手にシミターを持ったエルフの青年が、無数のスケルトンを相手に舞うように立ち回っていた。

『おおおぉっ』

 人や魔物の骨で出来た人型が、なす術も無く切断されていく。


 しかし、青年の顔に余裕は無かった。

「もっと上級のポーションを持ってくるべきだったか」

 肋骨を折られ、それがまだ回復に至っていないのだ。このままでは、繋がっていない肋骨が肺に突き刺さって、全力を発揮できなくなる。いや、その前に【英霊化】の副作用によって肉体が崩壊してしまうかもしれない。


 そう考えた青年は、なら今こそ全力で技を振るおうと決断した。

 青年の気配が変わった事を察知したのか、数え切れないほどのスケルトンが彼に向かって殺到した。


『おおおおおん!』

 四足獣のスケルトンが、素早く駆け回って青年に毒のブレスを吐きかけた。

『おお~ん!』

 霊体の翼を持つスケルトンが、空から骨や霊体の羽を青年に向かって射出する。

『おぉぉぉぉぉぉ!』

 そしてスケルトンと評すより骨を出鱈目に組み合わせたボーンゴーレムと評すべき巨体が、青年に襲い掛かって行く。


 その動きの速さと力強さは、通常のスケルトンのものではない。数が互角だったとしても、D級冒険者程度なら碌な抵抗も出来ず一方的に蹂躙されただろう。

 しかし青年の肉体は無名のエルフのD級冒険者だったが、それを動かしているのは『雷雲の神』フィトゥンの英霊である。


「【魔剣限界超越】! 【真・即応】! 我が魔力を糧に、星々の煌めきを我が刃に宿さん! 【煌星刃】!」

 オリハルコンをコーティングした魔剣の性能と自身の反応速度をスキルと武技で引き上げ、更に光属性の付与魔術を発動させる。


「見せてやろう、我が奥義を! 【星刃闇夜大乱舞】!」

 英霊の名は『星刃』のシェストゥン。人間だった頃のフィトゥンの育ての親にして、彼の傭兵としての師匠だった男である。

 数々の武術と魔術を操るが、最も得意としたのは曲刀の二刀流。彼の剣はあまりにも早く、太刀筋すら見えず、刀身が反射する光だけが記憶に残ると謳われた人物だ。


 シェストゥンが振るう二振りのシミターは、次々とスケルトンを屠った。硬い頭蓋骨や大腿骨も小枝のように切断し、ばらばらになっていく。

 霊体の羽だけでは無く、形の無い毒のブレスも切り裂き、千を超えるスケルトンを倒す事に成功した。


 その様子は、正に無双の活躍と賞賛されるべきものだろう。


『おおおおおおおおおん!』

 だが、勝利は得られない。

 シェストゥンは、千を超えるスケルトンを……分体を屠った。しかし、数百、数千万の骨で構成される【ボーンパンデモニウム】であるクノッヘンにとっては、痛手では無い。


 切断されても、骨は骨だ。塵になった訳でも無ければ、消滅した訳でも無い。数が増えて、小さくなっただけ。

 それを組みあわせて再び分体を作るのは、クノッヘンにとって負担でもなんでもない。

 更に、クノッヘンの分体の中に黒い骨を持つ分体が混じり始めた。それにもシェストゥンのシミターが喰い込むが、同時にガギンという鈍い音を響かせる。


 黒い骨……【魔王の骨】の強度に、オリハルコンを表面にコーティングしただけのシミターが耐えられず刃毀れを起こしたのだ。

「……ここまでか。ククッ、まさか、ここまで質より数の相手とぶつかるとはな」

 シミターの刃毀れ以外にも、既に発動していた【限界超越】によって酷使された事で、【英霊化】による肉体の崩壊は大分進んでいる。


 相手がクノッヘン以外なら、得物が紛い物では無く、生前彼が振るっていた魔剣だったら、他の英霊達と分断されていなければ、また違った結果になったかもしれない。

『おおおおおおおおん!』

 だが、シェストゥンは苦笑いを浮かべたまま、クノッヘンの骨の群れに飲み込まれていった。


 そして本来の肉体の主であるエルフの青年の魂を残し、英霊であるシェストゥンの魂が現れた。咄嗟にクノッヘンが捕まえようとするが、実体を伴わない魂はその骨をすり抜けてしまった。


 しかし、シェストゥンの方もクノッヘンに反撃する事は出来ない。無理矢理とは言え受肉していたので、自力で降臨した場合よりは大分マシだが、それでも神域に戻らなければ地上に干渉できない程消耗していたからだ。


 そのため、シェストゥンは回復しようと神域を目指して空へ向かって上昇した。

 しかし、ここは出入り口以外外部と空間的に隔絶されているダンジョンの内部だ。地上で降臨した時よりも、神域に戻るまで時間がかかる。

『やはり、肉体が破壊されると神域に戻ろうとするようだな』

 だがそんな声が響くと同時に空間に裂け目が生じ、内部から出て来た蜘蛛を連想させる節足がシェストゥンの魂を捕まえ、そのまま裂け目の中に引きずり込んでしまった。




「回収成功」

「よそ見をするんじゃ、ないよぉっ!」

 人種の女が杖を掲げ、弾速に優れた光属性の攻撃魔術と、形を工夫する事で軌道を複雑にし、回避を難しくした土属性魔術をグファドガーンに向かって連射した。


「【風の連矢】!」

 そしてダメ押しに、目視が極めて難しい風の矢を複数放つ術を発動させた。どれも一撃の威力は低いが、命中力に定評のある攻撃魔術だ。


 しかも、唱えたのはただの魔術師ではなく、英霊にまで至った魔術師だ。当たればただでは済まない。

「しかし、確保し続けるにも限界はある」

 だが、グファドガーンは視線も向けず、確保したシェストゥンをどうするか思案し続けている。


 しかし、彼女の身体に女が放った攻撃魔術が到達する事は無かった。その寸前に空間が揺らめき、無数の穴が空き攻撃魔術を全て呑み込んでしまったのだ。

 だが、それに驚く暇は女には無い。彼女の周りの空間が揺らめいているからだ。


「くっ! 【雷魔力盾】!」

 揺らめく空間に飲み込まれた時と同じく無数の穴が生じ、女自身が先程放った攻撃魔術が、彼女に向かって転移させられてくるからだ。

 彼女は手の平に生じさせた雷の盾を使い、魔術師らしからぬ巧みな体捌きで魔術を防御する。その甲斐あって防ぎきることに成功したが、彼女の目には焦りが浮かび、口からは悔しげな呻き声が洩れていた。


「これでも駄目か……タイミングも軌道もずらして狙ったのに、全てに合わせて【転移門】を、しかも詠唱もせず開くなんて……こんな空間属性魔術の使い手がいるなんて、聞いてないよ!」

 魔術と体術を武器に戦場を渡り歩き、英霊にまで至った女だったが、目の前のエルフの少女に見える存在程規格外な空間魔術の使い手は見た事が無かった。


 いや、英霊に至った後も含めてだ。少なくとも、五万年以上それ程の使い手は存在していない。


「最終的にはヴァンダルーに捧げるのだが、忙しそうだ。今召し上がっていただくには、一工夫必要か。

 ……ああ、まだ存在していたのか」

 グファドガーンは目障りな存在、まるで害虫を見るような視線を女に向けた。


 女が見た事が無いのも、当然である。グファドガーンは迷宮を司る邪神であり、信仰以外にもダンジョンに対して人々が向けられる畏怖や恐怖の感情を力にしているのだから。

 その力は彼女と同じくダンジョンを司っていた『魔城の悪神』が封じられている現在、大神に準ずるほど高まっている。


「この『嵐撃の魔術師』マチルダ様を、雑兵以下の扱いとはね……! どうせグファドガーンの加護か何かを受けているんだろうけれど、侮るんじゃないよ!」

「邪神の存在は知っているのか」

 女、マチルダに対してグファドガーンは、意外そうにそう呟き返した。自分をエルフの魔術師だと勘違いしている事から、もしかしてフィトゥン達は自分の存在を知らないのではないかと思っていたからだ。


 しかし、マチルダは眼の前のエルフの少女が、寄り代に受肉したグファドガーン自身だとは思い至らないらしい。

 何故気がつかないのかグファドガーンは不思議に思ったが……それだけ彼女の寄り代の擬態が完璧すぎたのである。

 邪神悪神は魔王グドゥラニスに従い、この世界とは物理法則が異なる異世界から現れた存在だ。そのため、寄り代に受肉した時、その気配を隠しきるのは難しくなる。


 だがグファドガーンはザッカートの望み(失言)に従い、何万年もかけて、「エルフの美少女に見える」自分の為の寄り代を創り上げた。そのため、外見は勿論、無意識に放つ気配や体臭すらエルフと同じになっていた。

 彼女の奇妙な言動も、グファドガーンと直接面識が無い者の目には、ヴァンダルーへの狂信故だと映るかもしれない。


 実際、マチルダもそう思い込んでいた。

「確かに、今まで私はお前に掠り傷の一つも与えていない。舐められるのも仕方ないかもしれないね。だから……逃げさせてもらうよ!」

 そしてグファドガーンに対して苛立ち、怒りを露わにしていたはずのマチルダは、何とその場で身を翻すと逃走を試みた。


 星明りすら無いダンジョンの階層だが、そこかしこでマチルダと同じ英霊達が戦っており、彼等が作った明かりが闇の中からでも見える。それを目印にすれば、合流する事は難しくは無いはずだ。

 しかし、幾ら走っても何故かグファドガーンから一定以上離れる事が出来ない。彼女がマチルダの逃走を妨害するために、空間を歪めているのだ。


(かかった!)

 だが、それがマチルダの狙いだった。彼女の狙いは、グファドガーンに少しでも魔術を使わせる事だったのだ。

(どの道そろそろ肉体の時間切れだ。隊長には悪いけど、このエルフの首級で我慢して貰うよ!)

 肉体の崩壊が近づいていたマチルダは、口の中で唱えていた呪文を発動させて、素早く身体を反転させた。


「【風空走】! 【雷神槍付与】!」

 風属性魔術で空中を走り、杖に雷の穂先を創りだして槍とする。そして【限界超越】等の使えるだけのスキルを発動し、一瞬でグファドガーンを間合いに納める。


「【嵐神万槍撃】! 私を舐めたツケを払いな!」

 そして必殺の武技を放つ。マチルダが生前『嵐撃の魔術師』と言われたのは、魔術と武術を高い水準で使い熟す事が出来たからだった。


「なるほど、私の処理速度の限界を超える速さと数で攻撃するつもりか。正攻法だが、それ故に防ぎにくい戦法だな」

 マチルダの狙いに気がついたグファドガーンだったが、彼女はそれまでと同じように空間を操作し、雷の穂先を彼女に返していく。


「だが、言わせてもらえば、私はお前を舐めた訳ではない」

 勇者ザッカートは、そうした傲慢を嫌っていた。だから、グファドガーンは明らかに自分より弱い存在と戦う時も、彼女なりの方法で敬意を示して相手をするように努力している。

 敬意を示すに足る相手に対しては。


「あああああああ!!」

 雷のように鋭い突きを連続で放つマチルダ。グファドガーンが開いた【転移門】でその突きを自身に返されても、紙一重で回避しながら【嵐神万槍撃】を放ち続ける。

 その速く、巧みな槍捌きは確かにグファドガーンの処理速度を超え、【転移門】を開くのが間に合わず突きの幾つかが彼女の身体に届いた。


「ただ、私にとって貴様は敬意を払うに値しない存在だと言うだけだ」

 他人の肉体と命を、さも自分のもののように扱って戦うマチルダ達英霊。彼らの目論み通りヴァンダルーを倒した場合は、自分達が出した被害を全てヴァンダルーに被せるのか、それとも本来の肉体の持ち主のせいにするのか。

 そこまでは、グファドガーンも知らない。


 だが、「殺し合いをしよう」等と口にしながら、リスクを全て他者に負わせるその戦法は、グファドガーンの目には酷く醜悪に映った。

 彼女達が向かったのが非戦闘員のいるモークシーの町ではなく、魂を喰らう事が出来るヴァンダルーだったら評価したのだが。


「故に、戦うつもりは無く、身体が自壊するまで待とうと思っていた」

 雷の穂先で貫かれたまま、グファドガーンは愕然としているマチルダを眺めた。

「お、お前……人間じゃ……生き物じゃないのか?」

 マチルダの槍は、首、胸部、鳩尾。人体の急所を貫き、今も右目を焼き貫いている。だが、グファドガーンは平然とした様子で話し続けている。


「しかし、今気がついたが、それでは貴様の肉体の本来の持ち主が『哀れ』なのかもしれない。肉体を乗っ取られたまま、介錯もされず死ぬまで放置されるのは、きっと『非道』なのだろう。

 なので、既に遅いかもしれないが今すぐ――」


 上下左右、三百六十度、マチルダを円形に囲む形で空間が揺らめき、数え切れないほど小さな【転移門】が開く。

「ひっ!?」

「その肉体から引きずり出す」

 小さな【転移門】全てから、蜘蛛に似た鉤爪が生えた節足が現れ、マチルダを襲う。


 引き攣った悲鳴をあげながら、マチルダはそれを、穂先が消えた杖と魔術で防ごうとするが、既に身体の崩壊が始まっている上に、【嵐神万槍撃】で全力を発揮した直後だ。

 全身を刺され、肉体に宿り続ける事が不可能になったマチルダの魂が現れたが、やはり即座にグファドガーンによって回収され、囚われてしまった。


「さて、この死体と傷ついた霊も回収しなければならないが……他の戦況も動いているようだ。英霊の魂を回収し、タイミングを見てヴァンダルーに捧げなければ」

 『嵐撃の魔術師』マチルダを屠ったグファドガーンだが、彼女は寄り代の傷を再生させてもその場を動く事は無い。彼女は神域に帰ろうとする英霊の魂の捕獲等、やるべき事が幾つもあるのだ。




――――――――――――――――――――――――――




・名前:ハジメ・フィトゥン

・種族:人種

・年齢:2歳(外見は17歳)

・二つ名:【転生者】 【戦神】 【雷雲の神】

・ジョブ:神人形

・レベル:100

・ジョブ履歴:戦士、風属性魔術師、魔剣使い、狂戦士、二刀剣士、暗殺者、暗闘士、雷刃戦士、殺業剣士、神の寄り代

・能力値

・生命力:104,705

・魔力 :12,561

・力  :10,270

・敏捷 :21,072

・体力 :18,939

・知力 :1,320


・パッシブスキル

状態異常耐性:5Lv

死属性耐性:5Lv

風属性耐性:5Lv

全能力値増大:神の声:小

殺業回復:1Lv

二刀装備時攻撃力増強:大

精神汚染:10Lv

高速治癒:10Lv

魔力自動回復:6Lv

直感:5Lv


・アクティブスキル

二刀迅雷術:3Lv

雷神魔術:2Lv

魔術制御:10Lv

弓術:6Lv

短剣術:8Lv

格闘術:9Lv

投擲術:5Lv

限界超越:1Lv

忍び足:7Lv

鍵開け:5Lv

罠:6Lv

手術:1Lv

サバイバル:3Lv

鎧術:9Lv

魔剣限界超越:2Lv

連携:1Lv

暗殺術:7Lv

暗闘術:5Lv

解体:3Lv

詠唱破棄:5Lv

光属性魔術:4Lv


・ユニークスキル

マリオネッター:10Lv

ロドコルテの加護

フィトゥンの加護

ターゲットレーダー

神化


・状態異常

融合




●ジョブ解説:神人形


 神の人形である事を表すジョブ。御使い降臨系のスキルに補正がかかる。……基本的に、邪神や悪神に魂を売り渡し、肉体を捧げ寄り代になった人間の狂信者が就くジョブであり、真っ当な神を信仰する、通常の信者なら就く事は無いジョブである。


 転生者イヌイ・ハジメ。本来は【グングニル】のカナタ等と同じ程度の力しかなかったが、フィトゥンの指示に従い強化される事で、冒険者ギルドではA級に相当する実力を身に付けている。

 本来の彼は肉弾戦や銃撃戦よりも、【マリオネッター】の力を多用して暗躍する事を得意としていたが、フィトゥンによって剣術や風属性魔術等を上位スキルに覚醒させられ、自ら前線に出て戦うバトルジャンキー向きの力を獲得した。


 その育成方針はハジメの素質をあまり考慮しておらず、目的は肉体を乗っ取った時の事を考えて生前の彼にハジメを近づけようとするもの。

 その方針と約二年と言う時間の無さが祟って、所々歪なステータスになっている。能力値の魔力、そして特に知力が低いのは、ハジメでは無くフィトゥンが魔力の消費、そして思考を行っているため。


 考えようによっては神の魔力を手に入れ、思考も協力して行っているとも言えるが……実際にはゴードン・ボビーたちよりも肉体と魂を乗っ取られているだけである。

 また、剣術以外の武術が上位スキルに覚醒していなかったり、無属性魔術を覚えていなかったり、覚醒済みのスキルもレベルが低い等、スキル面でも偏りがある。


 【精神汚染】が10レベルなのも、肉体を乗っ取られた結果だ。

 ロドコルテから与えられた、「任意のアクティブスキル」は、習得が難しい【詠唱破棄】スキルに割り振られている。


 強化の結果、ハジメ単体では発狂していて使い物にならなくなったが、フィトゥンが肉体を動かし生前の自分の実力を発揮するためには及第点な水準に達している。(フィトゥンの経験で、ハジメの低いスキルレベルを補っている状態)

 しかし【高速治癒】等通常なら人間が獲得するのは難しいスキルの獲得の為、命をすり減らすような訓練を重ねてきたため、【神化】スキルを使用しなくても寿命がすり減っている。

1月23日に238話を投稿する予定です。

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