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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十章 アルクレム公爵領編
288/515

二百三十六話 大事なのは魂

235話に掲載したジーナのステータスの種族欄を、ゾンビハイプリーストから、ノーライフハイプリエステスに修正しました。

 ヴァンダルーがギュバルゾーの杖を出した瞬間、ハジメ・フィトゥンだけでは無くゴードン・ボビーを含めた英霊全員が危険を察知した。

 何故なら、今まで杖を使っていなかったヴァンダルーが態々杖を取り出したのだ。警戒しない訳が無い。


「【虚弾】、【死弾】」

 メリッサが【アイギス】の結界を解除するのと同時にヴァンダルーが魔術を放つ。見た目はただの【魔力弾】だが、実際には高密度の魔力が凝縮された【虚王魔術】の【虚弾】が連続で放たれ、直前までゴードン・ボビー達が放っていた武技や投擲武器、魔術を消し飛ばす。


「受けるなっ! 死ぬ気で避けろ!」

 ハジメ・フィトゥンの命令に、【英霊化】したゴードン・ボビー達が素早く従う。巨人種の盾職も、身体を投げ出すようにして回避した。


 握り拳大の黒い【虚弾】は、軌道上にある全てを削り取りながら森の方へ飛んで行く。そして体勢を崩した英霊達を狙って、ダグが念動力の拳で狙う。

「【雷獣群推参】!」

「ちっ、させるか!」

 だがハジメ・フィトゥンが雷で出来た獣の群れを作り出すと、狙いを獣の群れに変える。【マリオネッター】の能力を使われる事を警戒しているためだ。


 基本的に転生者のチート能力は同じ転生者には効果が薄い。更にロドコルテによって、【クロノス】や【メイジマッシャー】、【ヴィーナス】等のチート能力は、ヴァンダルー以外の転生者には効かないよう調整を施されている。

 しかし、能力によっては通常よりも効果を発揮し難い程度にしか抑えられていない場合もある。


 それにハジメが転生してから二年以上が過ぎている。彼が、どれほど成長しているか分かったものではない。実際、『オリジン』には存在しなかった魔術を唱えている。何か、裏技を用意しているかもしれない。


 完全に操られる事は無いだろうが、暫く身体と思考を麻痺させる事ぐらいは出来るかもしれない。戦闘中にそんな事をされたら致命的だ。念のため、念動力で叩き潰しておくべきだ。

「【超即応】! イイイイイクゼェ!」

 そうダグが判断するのを分かっていたように、ハジメ・フィトゥンは自身が作り出した獣の群れに続いて、突っ込んできた。


「な、何だと!?」

「アトラスっ! 肝心なところで臆病になる癖はそのままか!?」

 ハジメがいる事で、ダグの念動力が緩む。獣の半数はそれでも雷を弾かせて消えたが、残り半数とハジメがそのまま突っ込んでくる。


「野郎! その名で呼ぶんじゃねぇ!」

「ダグ、あなたはメリッサとカナコの援護を。彼女達へのプレゼントを贈りますから、上に気を付けて」

 『地球』での名、白井阿斗羅須(しらい・あとらす)を思い出して激高するダグの横を、ヴァンダルーがすっと動いてハジメ・フィトゥンを迎え撃つ。


 その時にはゴードン・ボビーや『炎の刃』達も体勢を立て直し、今度は本気でカナコやメリッサに殺意を向けている。

「分かった! おらっ、上司の一部っ、前に言われた通り盾に使ってやるから暴れるなよ!」


 プレゼント云々は理解できなかったが、とりあえず上に気を付ければ良いのだろう。そう適当に納得しながら、カナコ達とは違い後回しにされていたイシスを、何と念動力で掴み上げた。

「まあ、乱暴ね」

 そして間髪入れず、敵とカナコ達の前に突き出した。


「貴様の結界と俺の槍! どちらが勝るか勝――うげぇ!?」

 メリッサの結界を、武技で強化した槍で突き破ろうとしたゴードン・ボビーだったが、突然穂先の前に飛び出してきたイシスの姿に、慌てて槍を横に逸らす。

 イシス……つまりレギオンの【カウンター】を、ゴードン・ボビー達は当然聞いていた。牽制目的の攻撃なら兎も角、武技で強化した本気の一撃を【カウンター】されたら、堪ったものではない。


 それは何とか防いだゴードン・ボビーだったが、バランスが崩れ完全に動きが止まってしまう。

「【強酸弾】!」

「【空間撃】!」

 そこをカナコとメリッサの攻撃魔術、酸の弾と空間を転移して放たれる衝撃波が襲う。


「ぐおおおおおっ!?」

「馬鹿がっ! 考えなしに突っ込むからだ!」

「【氷巨獣推参】! その女に見える肉を殺せぃ!」

 悲鳴を上げて下がるゴードン・ボビーをそう叱責しながらも、カバーに入る【炎の刃】の面々。そしてイシスには、ハーフエルフの魔術師が作り出した氷で出来た巨大な熊が襲い掛かる。


「なるほど。確かに、そう言う手もあるわね」

 そう、イシスが言い終えたと同時に、氷の巨熊の前足が彼女の首から上を吹き飛ばす。そして一拍置いた後、巨熊の頭部も澄んだ音を立てて砕け散った。


 ハーフエルフの魔術師は、レギオンの【カウンター】を魔術で作り上げた僕に肩代わりさせる方法で回避したのである。

 レギオン本体だったら、氷の巨熊程度にやられはしなかっただろうが、分身なら十分だと彼は判断したようだ。


「は、ははっ! どうじゃっ、上手く行ったぞ!」

 もっとも、実行した本人も成功すると確信していた訳ではないらしい。肉体を動かしている英霊の年齢が高いのか、年寄り臭い口調で勝ち誇ってみせた。


「チッ、一部を倒しただけで偉そうに。だが、これで六対三だ。本来の力を取り戻した俺達に、質と数でも劣るお前等が勝つ見込みは――あぁ?」

 『炎の刃』のリーダーだった男の肉体を乗っ取った英霊の言葉は、上から飛んで来たマウンテンジャイアントによって途切れた。


 やや離れた所でゾンビ化しヴァンダルーに操られた魔物達が戦っていたのだが、マウンテンジャイアントを放り投げて来たのだ。

 『炎の刃』達は咄嗟に下がって下敷きになるのを避けた。空中のジャイアントを武技や魔術で粉砕する事も可能だったが、その隙をダグ達に突かれる事を警戒したのだろう。


「何ですか、あれ!? 下手するとあたし達も下敷きですよ!?」

「彼女へのプレゼントらしいぞ。心当たり無いか?」

「少なくとも、私とカナコじゃないわね」

 一方ダグ達は、念動力で自分と仲間二人を運んで下がっていた。


「でも、援軍はありがたいわね。あいつ等、英霊化とかなんとか言って、突然強くなるんだもの」

 メリッサがそう言うと同時に、『GYAOooN!』と言うサンダードラゴンゾンビ達の咆哮と、マウンテンジャイアントゾンビが立てる足音が響く。


『ヒャハァァァァ! サンダーブレスゥゥゥゥウ!』

 そして黒い雷と化したキンバリーが、サンダードラゴンのブレスに混じって『炎の刃』達に向かって突撃していく。……どうやら、ヴァンダルーの分身が彼に魔力を与え続けているようだ。


「【大魔鋼壁】ぃぃぃがががが!?」

 咄嗟に前に出た巨人種の盾職がキンバリーを盾で受け止めるが、電撃を防ぎきれず彼の全身にスパークが走る。

「ががが! 俺の【盾術】と【風属性耐性】スキルを突きぬけて痺れさせるだと!? 貴様のような強力なサンダーブレスがあってたまるかぁぁぁ!」


『遠目には変異種のドラゴンの吐いたブレスに見えるだろうって事さぁ! ヒヒヒッ! もう一発いくぜえ!』

 そう言いながら、サンダードラゴンゾンビの口元に戻ったキンバリーが再び黒い雷に変化して、『炎の刃』達を襲う。


「ですねぇ。じゃあ、彼が時間を稼いでいる間に『変身』と降魔しましょうか」

「出来れば、同郷の奴らにだけはあの姿は見せたくなかったわ。特に、ムラカミ達が何処かから見ていると思うと、気が重いわね。降魔だけじゃ……ダメよね」

「気にすんなって。今頃、他の所でも変身している奴は大勢いるはずだから。それに、この距離なら町からは殆ど見えないって」


 何故かウキウキとした様子のカナコに対して、メリッサは渋い顔をして変身杖を取り出す。そして、ダグの言葉にステージデビューよりはマシかと諦め、「変身」と言った。



 一方、ヴァンダルーは突っ込んできたハジメに対して(意外だな)と若干の驚きを覚えた。

 『地球』の同学年の学生達との関係が希薄だった彼にとって、乾初に関する記憶はほぼ無い。だが、レギオンやカナコ達から聞いていた彼の性格と技能から推測すると、ある程度距離を保っての中距離戦を選ぶのではないかと思ったからだ。


 だが、驚愕で動きを鈍らせるほど意外と言う訳ではない。

「【死弾】」

 黒い胡桃大の、触れた存在の生命力を奪う【死属性魔術】を放って迎撃する。だが、それをハジメ・フィトゥンは足を止めずに、避けて見せた。


「はっはぁっ! 挨拶代わりのつもりか? だったらこれを食らいな!」

 雷の獣ではなく、電撃を付与したナイフを鞘から抜いて投擲するハジメ・フィトゥン。【マリオネッター】を警戒するべきなら、結界で防ぐか避けるかするべきだろう。


「貧相な挨拶ですね」

 しかし、電撃を帯びたナイフをヴァンダルーは伸ばした鉤爪の一振りで弾いた。【マリオネッター】が効果を及ぼした気配は無い。


「それは悪かったな。だが、お前に俺の【マリオネッター】が効かないと確認したかった!」

 ヴァンダルーはダークエルフを母に持つダンピールだ。【魔術耐性】や【状態異常耐性】スキルを生まれつき持っている。


 「特殊能力で他人に肉体を操られる」と言う状態異常が、効くとはハジメ・フィトゥンも思っていない。


「だが、【マリオネッター】は他人を操るだけのチンケな能力じゃ無いって事を……教えてやる!」

 次の瞬間、まるで瞬間移動したかのようにハジメの姿はヴァンダルーのすぐ前にあった。

「【超即応】」

 一瞬で懐に入って来た敵に、ヴァンダルーは冷静に【鎧術】の武技を発動させながら、ギュバルゾーの杖を大降りに振るった。一撃でC級冒険者程度なら撲殺できる一撃だが、ハジメ・フィトゥンはこれも回避してしまう。


 だが、それは計算通り。技の無い力任せの攻撃が、当たるとは思っていない。回避したハジメに対して、攻撃を続ける。

「【槍蹴り】」

 槍の突きのように鋭い蹴りを放ちながら、同時に杖を持っていない方の手で袖に仕込んであるクナイを投擲し、口では強力な腐食毒の唾を吐く。


 並の達人ならヴァンダルーが口にした武技の名に意識を奪われて、クナイか唾を受けてしまうだろう。

「チィ! 人目を気にしてこの汚さとは、見上げたもんだ!」

 だが、ハジメ・フィトゥンは蹴りだけでは無く、クナイや唾も回避した。地面に伏せると言う方法で。


「だが、この距離でこいつ等からは逃げらねえ!」

 そのハジメ・フィトゥンの背を飛び越えて、残っていた雷の獣達が襲い掛かってくる。ヴァンダルーは、反射的に【吸魔の結界】を張る。


 結界に飲み込まれた、雷の獣達は成す術も無く消えていく。しかしハジメ・フィトゥンはそれに動揺もせず、地面に伏せた事で曲がった膝を思いっ切り伸ばし、背中の鞘に保持していた二振りの曲刀を抜いた。

「【双牙】! 【ミリオンスラッシュ】!」

「【爪壁】、【千獣爪】」

 結界を突き抜ける二振りの曲刀……シミターを、ヴァンダルーは左の杖と右手の鉤爪で受け止める。続けて、ハジメ・フィトゥンが放った無数の斬撃は、同じく鉤爪の無数の攻撃によって対応する。


 黒い結界が切り裂かれ、杖と鉤爪がシミターとぶつかり合い、血が迸る。

「対魔力だけで、対物理攻撃用の結界は無しか!? 動きが止まったお前を切り刻むつもりだったが、切れたのは手だけか!」

 ヴァンダルーの指や手をシミターで傷つけたハジメが、口の端を笑みの形に釣り上げる。


「俺を殺すつもりなら、オリハルコン製の武具か、魔王の装具ぐらいは準備して来るだろうと予想していましたからね」

 だが、浅い傷は【高速再生】スキルで、数秒とかからず消えた。飛び散った血は魔術で毒に変えたが、ハジメ・フィトゥンには効いた様子は無い。


「御見通しか、鉄に見えるよう幻覚を仕込んでおいたが、無駄だったか」

 ハジメ・フィトゥンが持つ二振りのシミターは、オリハルコン製だった。彼はそれを鉄製だと思わせ、【停撃の結界】を張って動きの止まったヴァンダルーに一泡吹かせるつもりだったのだ。


 ヴァンダルーには光を屈折させて作る蜃気楼のような幻ならともかく、精神に影響を与えて見せる類の幻覚は【異貌魂魄】の効果で、通じない。

 ただ、それは無くても【魔王の欠片】を使う自分を殺すつもりなら、それぐらいの準備はしてくるだろうと予想していたのも事実だ。


「それで……お前は、何だ? 【マリオネッター】では無いでしょう?」

 鉤爪と曲刀の攻防を繰り返しながら、そう確信を込めて尋ねるとハジメ・フィトゥンは口元を釣り上げて答えた。

「おいおい、冷たいな。クラスメイトを忘れたか? いや、お前ってクラスメイトだったか? 違ったか?」

「俺のクラスメイトに、神はいない」


 誤魔化そうとしたハジメ・フィトゥンだったが、そう突きつけられると真顔になって訊ね返した。

「今、神と言ったな。連れて来た部下共と同じ英霊じゃなく、神だと。いつ気がついた?」

「……」

 モークシーの町の周りや、町を模して作ったダンジョンにはヴァンダルーの使い魔や、使い魔王が配置されている。


 そのためハジメ・フィトゥンの部下達が【英霊化】するのを見て、彼等の名乗りを聞く事が出来た。そして先程、巨人種の盾職に【ヴィーナス】を仕掛けたカナコが口にした、妙な手応えもハジメ達の正体を推測する手がかりになった。

 何より――。


「お前から二つの魂の匂いがします。そのうち一つが……ヒヒリュシュカカと同じように美味そうに感じる」

 まるで同じ皿にご馳走と、そうでもない料理の二つが盛り付けられているようだ。そしてヴァンダルーが美味そうに感じる魂とは、ただの人間ではありえない。


 だというのに、ハジメ・フィトゥンへの怒りや殺意が滾る度に「喰いたい」と言う欲望が大きくなる。それで確信に至った。

 濁った瞳の奥で、原始的な欲望が蠢いている。それを理解した時、ハジメ・フィトゥンの背筋に震えが走った。


「いいっ、いいぞ! それでこそだ! 『殺し合い』はこうでなくちゃいけ――ねぇ!」

 数万年ぶりに覚える、背筋が凍るようなスリルに『雷雲の神』フィトゥンは歓声と共に、口に含んでいた小さな針を吹き出す。言葉の途中で口をすぼめ、「ねぇ!」と言いながら吐き出された含み針はヴァンダルーの眼に入った。


「一泡吹きなぁ! 【闇夜刃風】!」

 傭兵ではなく主に殺し屋が使う暗器で視界を奪ったハジメ・フィトゥンは、【暗闘術】スキルを組み合わせた武技を発動させ、月の無い闇夜で振るわれたように視界に映らない高速攻撃を仕掛ける。


「お望みなら、吹いてあげましょうか」

 だがヴァンダルーは【魔王の眼球】を発動させ、額に第三の目を作り、鉤爪でハジメ・フィトゥンのシミターを受け止める。

 そして今度は、ヴァンダルーが何かをハジメ・フィトゥンに吐きかける。それを毒だと判断した彼は、【状態異常耐性】スキルと、マジックアイテムの効果を信じて無視し、攻撃を続行しようとした。


 しかし、吹きかけられたのがぬるりとした液体だと気がつき、「しまった!」と顔を強張らせる。

「【炎獄死】」

 レギオンの人格の一つ、バーバヤガーの発火能力を再現した【冥王魔術】。それはヴァンダルーが口から噴いた【魔王の脂】を糧に、ハジメ・フィトゥンを炎で包んだ。


「ぐあああああぁっ!?」

 火達磨になるハジメ・フィトゥンと、バックファイアに焼かれて少し焦げるヴァンダルー。

 しかし、ヴァンダルーは熱エネルギーを奪う青白い炎の玉、【鬼火】を作ってすぐに自分についた火を消す。


「ただ、泡は出せないので、脂で我慢してください」

 そうのたまいながら左右の目に入った針を、伸ばした舌で舐め取って吐き捨てる。


「ぁぁぁぁ、『あ』しかあってねぇ! この魔王が!」

 火達磨になったハジメ・フィトゥンだったが、怒声をあげながら炎を消す。どうやら、【風属性魔術】で周囲の空気から酸素を取り除いて、炎を強引に消したようだ。


「この世界でも物が燃えるには空気中の酸素が必要である事が、実証されましたね」

 魔力の働きからハジメ・フィトゥンが何をしたのか察したヴァンダルーが、そう声をかける。

「暢気な事を言いやがって。挑発のつもりか?」

 火達磨にされた割には冷静にそう返すハジメ・フィトゥンは、殆ど無傷だった。


 彼も、一応ロドコルテから【死属性耐性】スキルを与えられているし、ヴァンダルーに挑戦する前に様々な耐性スキルを獲得し、この日の為に用意しておいたマジックアイテムを装備してきた。生半可な魔術では、致命傷は受けない。

 尤も、軽い火傷で済んだのはヴァンダルーが【炎獄死】を、生半可な威力に抑えたからだが。


 全力で発動したら、燃焼する範囲が広すぎるため加減したのである。


「俺を怒らせて時間を稼ぐつもりか? 【英霊化】に気がついたという事は、俺の部下共に時間制限がある事も気がついているはず。タイムリミットが来れば、部下同様俺も力を失い、後には哀れな廃人が残るだけだと狙っているのか?

 だとしたら、興ざめだから、教えておいてやる。時間稼ぎは無駄だ」


 【マリオネッター】の力で廃人にした冒険者達の身体に受肉した英霊達は、そのままの状態では英霊本来の力を発揮すると数分で肉体が崩壊してしまう程度の存在だった。

 しかし、フィトゥンの『試練のダンジョン』の過酷な訓練で英霊が使うには脆弱過ぎる肉体を鍛えた。更に効果の強さは異なるが、常時肉体の損傷を回復させるマジックアイテムを配ってある。


 これで数分程度だったタイムリミットを、十数分以上に引き上げる事に成功した。

 ハジメ・フィトゥンが連れて来たゴードン・ボビーや『炎の刃』達は、受肉した肉体との相性が良かったのか、部下の中でも長い時間【英霊化】して戦う事が出来るようになった者達だ。


 それでも一時間と保たないが、多少会話する程度なら問題にならない。

 そしてハジメ・フィトゥン自身については、【英霊化】のようなスキルは使っていない。使っているのは……【マリオネッター】だ。ハジメ・フィトゥンは、自分自身の身体を操っているのである。


 『オリジン』で乾初として生きていた時は、彼は他人を操る事にしか能力を使わなかった。しかし、戦神でもあり人間だった頃は腕利きの傭兵だったフィトゥンは、【マリオネッター】で自分自身の肉体を自由自在に操る事を思いついた。

 フィトゥンは戦場で手柄を上げ続け、その実力と崇拝から神に至った男だ。その戦闘経験は、対人戦に限っても莫大な量になる。


 その経験を百パーセント活かしてフィトゥンはハジメの肉体を操り、ヴァンダルーと渡り合っているのだ。

 当然、時間制限は無い。

「下手に時間稼ぎなんかしたら、その間に大事なお仲間が俺の部下共にやられ……何のつもりだ、あれは!?」

 その時、マウンテンジャイアントの死体がゾンビ達によって投げ捨てられて大きな音と土埃が立ち、それを掻き消すように、杖を掲げたカナコとメリッサが「変身!」と声をあげた。


 変身杖から液体金属が分離して形を変え、一瞬でカナコとメリッサの変身が完了する。

 動きやすそうなミニスカートだが、リボンやフリルを多用したカナコの衣装に対して、メリッサは装飾をやや抑えたタイトなデザインになっている。

 変身杖を作り始めた当初、魔術陣を刻むための面積を確保するという錬金術的な問題の為、装飾過多にしなければならなかった。それを考えれば格段の技術的進歩である。


「何だ、あれは!? 姿が変わったぞ!」

「マジックアイテムだ、奴らの切り札に違いない! 油断するなよ!」

 変身した二人の姿を目にしたゴードン・ボビーや『炎の刃』達が警戒する。転生者の肉体と知識を持つフィトゥン配下の英霊である彼らだが、流石に『地球』のサブカルチャーまでは教わっていない。


 多少見た目が奇異でも、驚きは油断や嘲笑では無く、警戒心へと繋がった。


「ふ……ふざけるなぁ! 変身だと!? 殺し合いの最中にゴッコ遊びか!?」

 だがハジメの知識を持つフィトゥンは、カナコ達が持つ変身杖が何を模しているか理解し、驚きは怒りへと変化してしまった。


 戦いを汚されたとばかりに怒りを露わにするハジメ・フィトゥンに、ヴァンダルーは隙を見出し、飛びかかった。ギュバルゾーの杖を背中に差し、両手足の鉤爪で切り刻もうとする。

(かかった!)

 しかし、それはハジメ・フィトゥンの演技だった。


 そして、既に電撃で触れていたヴァンダルーに対して、【マリオネッター】を発動させる。ただ、ハジメ・フィトゥンもそれで彼を操れるとは思っていない。

 万が一操れたとしても、相手は肉体から【幽体離脱】して戦うような人外だ。最初から期待してはいない。


(だがな、この【マリオネッター】には他の使い方があるのさ。思考を読ませてもらうぜ!)

 【マリオネッター】で神経を操るのではなく、神経に流れる微弱な生体電流を読み、脳で何を考えているのか読む。それがハジメ・フィトゥンの切り札の一つだった。


 転生者であるハジメの知識と、風属性の神であるフィトゥンだからこそできる高等技術である。

(これは魔術で心を直接読む訳じゃねぇ、俺がただ脳と神経に流れる微量な電気を読みとり、それから推測するだけだ! 読唇術の脳波版のようなものだから、耐性スキルも無意味! さあ、頭の中身を……何だ、これはっ!?)

 早速飛びかかって来るヴァンダルーの思考を読むフィトゥンだったが、驚愕して攻撃に反応するのが遅れ、危うく演技が演技では無くなるところだった。


「【千獣双爪】」

「うおおおおっ! 【極・即応】!」

 高速の鉤爪による連続攻撃を、【極・即応】で反応速度を上昇させシミターで何とか弾きながら、フィトゥンは冷や汗を浮かべる。


(こいつ、どう言う頭をしてやがる! 一度に複数の事を考えるにしても、限度があるだろうが!)

 手足の鉤爪を振るい、時折舌による突きである【舌鋒】も繰り出すヴァンダルーは、【群体思考】スキルによって、同時に無数の思考を行っていた。


 手足の制御だけでは無く、キンバリーへの魔力の供給、ドラゴンゾンビ達への命令、使い魔王の制御、周囲への警戒。数え切れない思考の数に、ハジメ・フィトゥンはどれを読むべきか咄嗟に判断できなかった。

(だが、分かって来た。これが読むべき思考だ)

 しかし、何度か攻防を繰り返す内に、ハジメ・フィトゥンは自分が読むべき思考を特定する事に成功した。


(これだ、この思考を読めばこいつが何をするのか、先が読める!)

 だが、その思考は、『地球』の医療科学では考えられない程速かった。『地球』では、人間の思考速度には限度がある。……神経細胞のネットワークに流れる生体電流の速さを越えて、思考する事は原理上不可能なはずだ。

 それなのにヴァンダルーの脳に流れる生体電流は、通常の速さとは比べ物にならない速度で動いている。


 『地球』の科学者ならあり得ないと驚愕して、「何かの間違いだ」と否定するだろう。しかし、ここは『地球』では無く『ラムダ』である。

 魔術が存在するだけでは無く、ドラゴンが空を飛び、ジャイアントが地上を闊歩し、人間もS級冒険者になれば海面を走るようになる世界である。物理法則が異なる以上、『地球』の科学的な常識に当て嵌まらなくても、おかしくない。


 後の問題はその高速思考を読みとれるかどうかだが、ハジメには無理でもフィトゥンは雷雲を司る風属性の神にして、伝説の傭兵だ。出来ると言う確信があった。

「くくくっ! 死ねェ! 【限界超越】、【魔剣限界超越】! 【双天雷刃】!」

 ハジメの身体能力と魔剣の力を限界まで発揮させ、上位スキルの武技を発動する。


「……【虚弾】、【停撃の結界】、【螺旋舌鋒】」

 対してヴァンダルーは急に全力を出してきたハジメ・フィトゥンに驚きながらも、それに合わせるように【限界超越】を発動し、より激しい攻勢に出る。

 しかし、ヴァンダルーの攻撃は急にハジメ・フィトゥンに通じなくなった。


 鉤爪の攻撃をシミターで弾き、受け流していたはずのハジメ・フィトゥンが素早く回避して当たらない事が増えた。逆に、ヴァンダルーが彼のシミターの攻撃を防御する事の方が増えた。

 このまま攻防が逆転するのは拙いと、不意を突いて隙を作るために【虚弾】を放ち、薄い【停撃の結界】を一瞬だけ張って動きを止めようとし、伸ばした舌による突きを放つ。


 しかし、その全てにハジメ・フィトゥンは対応した。結界は発動した瞬間にオリハルコンのシミターで切り裂き、黒い弾丸と舌は動きを止めず回避した。

「まずは一撃!」

 代わりにヴァンダルーは、ハジメ・フィトゥンのシミターを胴体に受けてしまった。

 初めてダメージらしいダメージを与えたと、喜悦に口元を歪める彼だったが、ヴァンダルーが服の下に液体金属の鎧を着ていた為に、傷が浅い事に気がつくと舌打ちをした。


 その間も攻防は続いている。


(ハインツが使っていた【輝命】や、再生力を遅延させる魔術は編み出していないらしいのは、幸いでしたね)

 浅い傷口はすぐ再生される。液体金属の鎧の損傷も、斬られた部分が液体に戻り数秒で修復される。

 ハジメ・フィトゥンが『蒼炎剣』のハインツのように対死属性用の魔術等を編み出していないのは、助かった。


(しかし、何故こうも俺の攻撃を読めるのでしょうか? 戦闘経験はあちらが上としても、総合的な実力はそれ程変わらないはず)

 ヴァンダルーが見たところ、ハジメ・フィトゥンの実力は、外聞を気にして抑えている状態の自分自身より数段上だ。しかし、まるで未来を見ているかのように繰り出す攻撃全てに対応され、防戦一方にされる程の差があるとは思えない。


(なら、何かしているはず。未来を予知するのは瞳の【ゲイザー】だから違うとして……俺が何をするのか、思考を読んでいるとか?)

 【マリオネッター】は他人を操る能力だ。その応用で、他人の思考を読みとる事が可能かもしれない。


(では、試してみましょう。……杖よ)

『ギギギ!』

 ヴァンダルーが背中に差しているギュバルゾーの杖。その半魚人の頭蓋骨を連想させる不気味な杖頭が、奇怪な音を立てた。


 そして、杖頭の顎が「ガクン」と開き、中から怪光線が放たれる。ヴァンダルーはギュバルゾーの杖に、【魔王の眼球】と【魔王の発光器官】を仕込んでいたのだ。

 手に装備していない杖からの怪光線による射撃なんて、予想できるはずがない。


 だが、ハジメ・フィトゥンは「クソ!」と罵りながら回避した。それを見てヴァンダルーは、彼が自分の思考を読んでいる事を確信する。

 ハジメ・フィトゥンも、ヴァンダルーが気づいた事を彼自身の思考から知るが、「だからどうした」とも同時に考えていた。


 人間は脳や神経を使わずには思考する事は出来ず、魔術を使い身体を動かして戦うには脳が必要不可欠。

 しかし、これでヴァンダルーが外聞の維持や町への被害が及ぶことを防ぐ事を放棄し、より魔王らしく全力を出す可能性が出て来た。そうなる前に勝負をつけようと、ハジメ・フィトゥンは必殺の一撃を繰り出そうとして――

「ん? な、何だ、うがああっ!?」

 脇腹にヴァンダルーの鉤爪を受け、肉を大きく抉られた。


 もう少し傷が深ければ、鎧が高ランクの魔物の皮で出来ていなければ内臓まで傷が達していたかもしれない。

 しかし、ハジメ・フィトゥンはそのダメージよりも大きな衝撃を受けた。

 突然ヴァンダルーの思考が読めなくなったのだ。


 そんな馬鹿なと、思わず驚愕と動揺で動きを鈍らせたフィトゥンに対し、ヴァンダルーはゴキボキと手足の関節を外す。

「【鞭打爪】」

 そして、【鞭術】と【格闘術】を組み合わせた攻撃を放つ。関節が外れて伸びるようになったヴァンダルーの手足が高速で閃き、ハジメ・フィトゥンを襲う。


「くっ、くおおおっ!? どう言う事だ!? てめぇっ、どうやって俺の 【マリオネッター】を防いだ!?」

 複雑怪奇な軌道で襲い来るヴァンダルーの鉤爪に対応できず、ハジメ・フィトゥンは瞬く間に全身が血まみれになった。まだ致命傷は負っていないが、それは彼が辛うじて首等の急所を守る事に成功しているからだ。

 何とか立て直さなければならない。そのためには、思考を読まなければならないと【マリオネッター】の使用に意識を割くと、その分防御が疎かになる。


 しかし、その甲斐あってハジメ・フィトゥンはヴァンダルーが何をしたのか分かった。

「貴様……脳を使っていないのか!? 化け物もたいがいにしろよ、魔王!」

 体内に脳の役割を果たす別の器官があるのか、それとも第三者の手によって一瞬で幻覚やゴーレムに入れ替わったのかと考え、目の前のヴァンダルーを【マリオネッター】で調べた彼は気がついた。


 自分がヴァンダルーの思考が読めなくなったのではなく、ヴァンダルーの脳が活動を停止したから一切の思考をしていないだけだと。


「人を馬鹿みたいに言うな」

 脳を使っていないはずのヴァンダルーは、そう言いながら、【炎獄死】を唱え、ハジメ・フィトゥン自身の血を燃焼させる。

 悲鳴を耐えながら、以前と同じ方法で火を消し、懐に忍ばせたポーションを飲んで回復するハジメ・フィトゥン。

 彼は脳を使わず喋り、魔術を行使するヴァンダルーに恐怖の眼差しを向けた。


「ただ、脳を使わず魂と霊で直接身体を動かしているだけなのに、そんな目で見られるのは心外ですね」

 しかし、ヴァンダルーからしてみると何の事は無い。魂と霊だけで身体を操作しているだけだった。

 『オリジン』で肉体の自由を奪われ、長期間霊と過ごした事。そしてアンデッド化した経験から、ヴァンダルーは、特に意識せず脳を使わずに思考する事が以前から可能だった。


 だから【幽体離脱】をして霊の頭部を分裂させて増やす事で、思考能力を倍増させるなんて真似も出来たのだ。

 ヴァンダルーにとって脳とは、重要だが唯一の重要器官ではなく、魂の補助器官でしかない。

(まあ、流石に完全に機能を止めると、いろいろ不都合がありますが。……呼吸や鼓動を意識して行わないといけないので、意識を失ったら死にますし)

 なので、好んでやりたい事ではないのだが。


「【マリオネッター】では、魂や霊に干渉する事は不可能なようですね。……【鞭舌】」

 口から伸ばした舌を、鞭のようにしならせてハジメ・フィトゥンを狙うヴァンダルー。肉の鞭と化した舌は、彼の腕を打ち、ぐるぐると巻きついた。

「まだっ、まだ負けた訳じゃねぇ!」

 だが、ハジメ・フィトゥンは巻きついた舌を外そうとはせず、逆にもう片方の腕で掴んで、ヴァンダルーを引き寄せようとした。


 鞭と違い舌なら引っ張られても手放す事は出来ないだろうと考えたのだろう。そして不安定な体勢のヴァンダルーの頭部に、シミターを叩きつけるつもりなのだ。

 しかし、これは悪手であった。ハジメはともかく、戦神であるフィトゥンがそれに気がつかなかったのは、まだ衝撃と動揺で冷静さを取り戻していなかったからでもあるが、迂闊だった。


「っ!?」

 ハジメ・フィトゥンが引っ張るだけヴァンダルーの舌は伸び続けた。そして、ヴァンダルーは特に躊躇わず、口を閉じて十分な長さになった舌を噛み切った。

 自由になった舌は、肉の鞭からヘビと化しハジメ・フィトゥンの身体に巻きついていく。


「う、うおおおお!? また【炎獄死】か!? 無駄だ、何度でも俺の魔術で炎を消して――」

「いえ、鞭のような舌で、禍々しい呪いを成します」

 そうヴァンダルーが言い終えた瞬間、ハジメ・フィトゥンに巻きついた舌が毒々しい色に発光を始めた。




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 スキル解説:暗闘術


 【暗殺術】と【格闘術】、【短剣術】等を組み合わせて放たれる、対人に特化したスキル。人間を対象に攻撃するには効果が高く、専用の武技も存在するが、その分身体の構造が異なる獣型や竜種、スライム等の魔物や、内臓や血管が存在しないゴーレムや植物型の魔物に用いるには、向かない。


 そのため冒険者よりも傭兵や、暗殺者などが獲得するスキルである。

 ただ、亜人型の魔物には効果的であるため、冒険者でも獲得している者は一定数存在する。

誠に済みませんが、執筆速度が中々戻らないため、先月も頂きましたがまたお休みを頂こうと思います。


次話は1月19日に投稿させていただきます。よろしくお願いします。


1月20日に拙作、四度目は嫌な死属性魔術師の書籍版、三巻が発売されることになりました! 書店などで見かけた際は、手にとって頂けると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 脳の電気信号の解説がわかりやすいです! [気になる点] 呼吸、心臓の動きは脳ではなく、脊椎が反射で行うはずなんですが、脊椎も止まってるんですかね? [一言] 自分の小説の参考にさせて頂いて…
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