二百三十四話 火蓋が切られる、神の使いと魔王の手先の戦い
すみません、寝坊しました(汗
モークシーの町に警鐘が鳴り響き、領主の館と物見の塔に魔物の暴走が起きた事を示す旗が揚がり、血相を変えた人々が慌ただしく行き交う。
避難する人々の顔も、逆に町を守るために準備を整える兵士や騎士、冒険者達の顔にも悲壮な表情が浮かんでいた。
最初、魔物の暴走が起きたと言う知らせが町にもたらされた時は、ここまで深刻な事態だとは誰も思っていなかった。
何故ならこのモークシーの町は、三万人が定住する交易都市だ。当然城壁も堅牢で、衛兵の数も多い。そして何より、町に滞在している冒険者が大勢いる事が、人々の不安を小さくしていた。
事実として、もし暴走が起きたのがD級ダンジョンだったら、モークシーの町は余裕を持って耐えられただろう。運悪く町の外に出ていた商人や冒険者が何人か命を落としただろうが、町の中に被害が出る事は無かったはずだ。
C級ダンジョンだった場合は、それなりの被害が出ただろうが、それでも町が壊滅することは防げたはずだ。
冒険者ギルドの緊急依頼によって動員された冒険者達が、魔物を迎撃し町を守ってくれる。特に今は冬であるため、十分に稼げる実力のある冒険者達は町の中に留まっている。戦力は十分揃えられるはずだ。誰もが、そう思っていた。
しかし、その思いは物見の塔から複数のドラゴン……ワイバーンではない、体長十メートル以上のドラゴンが複数空を飛んでいると言う報告がもたらされた瞬間、大きくひび割れた。
そして町に迫る魔物の正確な情報が入る度に、人々の顔は青くなった。
ドラゴンがサンダードラゴンである事が分かった時、冒険者ギルドだけでは無く魔術師ギルドやテイマーギルドでも緊急依頼が張り出された。伯爵家に仕える騎士全員が招集され、衛兵たちは人々を避難させるために走り出した。
そして弱い魔物でもランク5のオーガーソルジャーで、しかもランク7のオーガーハイジェネラルが指揮している数十匹の集団だと報告がもたらされた。モークシー伯爵はそれを聞き終わった時、今日自分は死ぬのだと覚悟した。
何故なら、この町にはランク7以上の魔物を一人で倒せるB級冒険者が一人も居なかったからだ。
モークシーの町周辺にあるダンジョンは、全てC級以下だ。そのため、B級に昇級した冒険者達の殆どは、活躍の場を求めて他の町に活動の場所を移す。
昨日までなら、それで良かったのだ。討伐にB級冒険者が必要な魔物は、町には現れないのだから。
だが、今日からは違う。
町の人々の多くは正確な情報は知らされていなかったが……離れたところからとは言え、ドラゴンやジャイアントの咆哮が聞こえて来て、冒険者や騎士達が悲壮な顔つきで走り回り、衛兵達が人々に避難を促しているのだ。事態の深刻さは、自然と伝わる。
「も、門の中に、入れてくれ!」
「こっちだっ! こっちの門を使え! 中に入っても止まらず通りを進め!」
駆け込んできた冒険者らしい十代の少年少女達を、衛兵のケストは普段は使わない、他の貴族からの使者等を迎えるための門から、町の中に引き入れた。
「お婆さんがっ、お婆さんが、私達を逃がす為の囮になって……!」
息も絶え絶えの少女からそう訴えられたケストは、彼女に「分かった、助けに行く」とは答えられなかった。
「そのお婆さんの為にも、今は自分と大切な人達の事だけを考えるんだ!」
そう言って門の内側に彼女の背を押すのが精いっぱいである。このところ、地道な訓練の成果が出て来たのかメキメキと身体能力が上がっているケストだが、所詮は衛兵。吟遊詩人が題材に使う英雄のような事は、出来ない。
「……それにしても、まだ戻って来ないのか?」
「はい、町の近くには居るはずなんですが」
そして無力感を紛らわせるために、先輩衛兵と言葉を交わす。彼等が待っているのは、町の外に居るはずのヴァンダルーだった。
狼系獣人種であるケストは、彼が町に来た時からの顔見知りだが……それだけで待っている訳ではない。彼は既にモークシーの……そして近いうちにアルクレム公爵領全体にとって重要な人物になるからだ。
「もう彼の、弟子と従魔は戻っていて戦列に加わっているそうですから……もう戻って来てもいいはずなのに。一人で残って、何をしているんだか」
ケストはそう言いながら、心配そうな顔で耳をピクピクと様々な方向に向ける。
町の住人の大部分にとってヴァンダルーは、才能豊かな少年テイマーでしかない。決してドラゴンが怖気付く『龍帝』でも、原種吸血鬼の背骨を蹴り折る【格闘術】の達人でも、邪神を喰い殺す魔王でもないのだ。
それはケストも例外では無く、衛兵でしかない彼に心配されても仕方ない。
「意外と、ドラゴンやジャイアントをテイムしているかもしれないぞ。どう言う訳か、町に着く前に何匹かのドラゴンやジャイアントが同士討ちで数を減らしているらしいし」
「いや、流石にそんな訳が……あるかもしれませんね」
物見の塔で目撃された、ヴァンダルー達を襲う謎の集団についての情報はケスト達の元にもたらされていなかった。
「それよりケスト、お前はまだ新米だ。避難民の護衛に回っても良いんだぞ。俺は独り身だから構わないが……お前の家族は避難するんだろう? ついていてやったらどうだ?」
町の壊滅は避けられないと覚悟したモークシー伯爵だったが、それは領民の生存を諦めた訳ではない。戦力をかき集めて魔物の群れと戦い、その隙に他の門から若い衛兵や冒険者達に護衛させ一般市民を避難させる予定だ。
あまり早く避難民を町の外に出すと、魔物の群れの注目がそちらに行ってしまう可能性があるので、避難民が町を脱出するのは本格的に戦闘が始まってからになる。
先輩衛兵は、ケストにその護衛に回るよう促しているのだ。
「いえ、俺は残ります。町から脱出しても、空を飛ぶサンダードラゴンやワイバーンがいるんじゃ、無事じゃ済みません」
「まあ、それはそうだが……ここに居るより生き残る可能性は高いぞ」
「大丈夫です。家族は、『飢狼』警備の人達が守ってくれますから」
『飢狼』警備。それは『飢狼』のマイケルことマイルズ・ルージュが、歓楽街やスラムのチンピラ達を使って立ち上げた警備会社である。
発足して間もないが、ハートマーク入りの制服を着た元チンピラ達は不自然なほど統率がとれており、多少口調が荒く礼儀作法が雑な点を除けば頼りになると、評判である。
だが流石に魔物の相手は荷が重く、今回は避難民の護衛に加わる事になっていた。スラムや歓楽街での避難誘導など、既に衛兵並の活躍を見せている。
……アッガーの一件で信用を落としている衛兵隊としては、頭の下がる思いである。
「それは知っているが、別にお前が一人加わったところで、大した差は無いぞ」
「そう言う先輩は、この前の訓練で俺に負けたばかりじゃないですか」
「言ったな。そろそろこの門は閉めるぞ! 詰め所でクロスボウを受け取って、城壁に登る! ケスト、ついて来い!」
「はい、先輩!」
ケスト達が門を閉めている頃、正規の門の外では魔物達を迎え撃つための戦力が集結しつつあった。そう、門の内側ではなく、外側にだ。
魔物の群れを構成するのがゴブリンやコボルトなら、ヒュージボアやヘルハウンド、オーガーだったとしても堅牢な城壁は魔物達の攻勢を受け止める事が出来るだろう。
しかし、敵は空を飛ぶドラゴンに、城壁より背が高いマウンテンジャイアントだ。城壁を頼って籠城しても、ドラゴンには飛び越えられ、ジャイアントの体当たりであっさり崩れるだろう。
それなら門の外に戦力を集中させ、城壁には弓兵や魔術師等遠距離攻撃が得意な者達を並べた方がまだ使える。
「まさか、昨日まであれほど頼もしく思っていた先祖の立てた城壁を背に死ぬ事になるとは……人生は分からんな」
アイザック・モークシー伯爵は、急いで引っ張り出した鎧兜を纏い、使い慣れない剣を腰に差し、軍勢を指揮している……事になっている。
内陸の交易都市を任されているモークシー伯爵家の当主である彼には、戦争で軍を率いて活躍した経験は無い。実際の指揮は騎士団長や、冒険者ギルドのマスターであるベラードに任せており、彼自身はお飾りである。
それでも領主である彼が避難せず町に留まると言う事実だけで、兵士達の士気は大分保たれている。
「領主様は途中でギルドの地下室にでも逃げ込んでください。暴走している魔物は、隠れ潜んでいる人間の気配には鈍くなるんで、もしかしたら生き延びられるかもしれません」
そう進言するベラードに、アイザックは苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「生き延びても、運が悪ければ建物が崩れて地下室に閉じ込められたまま餓死するのを待つ事になるではないか。それにベラード、儂は大きな失態を犯した身だ。おめおめと生き延びても、公爵閣下に合わせる顔が無い」
「失態って……お言葉ですが、こんな事が起きるなんて誰も思いませんよ」
「彼の言う通りです。確かにダンジョンの暴走としか考えられない事態ですが、これは常識の範疇を超えています」
ベラードだけでは無く魔術師ギルドのマスターも異を唱える。
確かに、ダンジョンや魔物の暴走は災害と言う扱いではあるが、備えを怠った為政者の失態によって起きる人災という意味もある。
ただ今回の場合、あまり強い魔物は出ないはずの魔境にB級ダンジョンが出現するとほぼ同時に暴走したと言う、悪質な罠のような状況だ。
これでは、冒険者がどれだけ魔境で魔物を狩って間引いていたとしても無意味である。
しかし、モークシーという交易の中心にある都市を魔物の暴走で失ったとなれば、アルクレム公爵も誰かに責任の所在を求めなければならなくなるのも事実だ。
「構わん。何、いざと言う時首を差し出すのも貴族に生まれた者の務めだ。それに避難民と一緒に儂の家族も護衛の騎士つきで脱出させる。
それに、儂が貴族としての責任を果たして散れば、公爵閣下もモークシー伯爵家を法衣貴族として残すか、子爵に降爵するぐらいで止めてくれるかもしれん」
そう言うと、アイザックははっはっはと笑った。打算だらけの自己犠牲だが、公爵も当主であるアイザックが死ねば、まだ幼い子供を罰する事はないだろう。
「それより、戦力はどの程度集まっているのだ?」
「冒険者ギルドでは、C級以上の冒険者に緊急依頼を発行しました。D級以下の冒険者は自由意思に任せています。
C級冒険者二十二名、D級冒険者約五十名が集まりました」
C級冒険者は、一人一人がランク5から6の魔物を倒す事が出来る。しかしランク7以上の魔物を一人で倒すのは難しい。D級冒険者は問題外だ。
だが、C級冒険者でもパーティーを組んでいたら、ランク7以上の魔物相手でも勝てるかもしれない。
「魔術師ギルドでも、有志を募りました。攻撃魔術の使い手は城壁に、回復魔術や付与魔術の使い手を後衛に配置してあります。
後、テイマーギルドのバッヘムも従魔に乗って待機しています」
魔術師ギルドは有志を募り、そしてテイマーギルド支部長は、既に従魔のヒュージワイバーンの背に乗って、空を飛ぶ魔物を落す為に待機している。
ちなみに、マッシュ達孤児院の子供達は当然避難民の方にいる。周囲の大人達が不安そうなのに対して、平然としている孤児達の姿は、周囲から妙に見えるかもしれない。
「それと、商人からも有志が」
「ああ、あの『剛剣』のロドリゲスか。名前だけは儂も聞いた事がある。元とは言え、B級冒険者が加わってくれたのは僥倖だった」
ダルシアにグールの偽装娼館のビジネスを提案した商人、の護衛として雇われていたロドリゲス。彼も平然とした態度で冒険者達の先頭で徐々に迫る魔物の群れを見据えていた。
本来なら、ロドリゲス一人が加わっても、事態はあまり好転しない。
B級冒険者なら、ドラゴンやマウンテンジャイアントを一人で相手にしても勝つ事が出来る。しかし、同時に二匹以上のドラゴンやジャイアントを相手にすると、勝率は一気に落ちる。
特にロドリゲスは現役では無く、元B級だ。雇い主を守るため山賊や、街道に出現する魔物を退治する事はある。しかし、強い魔物と戦う事はほぼ無くなってしまった。
そのため、現役時代よりも腕や体が鈍っている事をロドリゲスも自覚していた。今の自分では、他のC級冒険者並の働きしか出来ないかも知れないと。
だが、ロドリゲスはここで自分が死ぬとは欠片も思っていなかった。それはただの誇大妄想でも、現実逃避に寄る物でもない。
(来たか。真のB級相当以上の実力者が)
そして、その思いは門の内側からグールを……バスディアやザディリスを連れ、サイモン達と合流したダルシアの姿を見て、確信に変わる。
ざわざわと彼女の事を知っている者達が、思わずざわめく。共同神殿で定期的に説法を行い、歓楽街のヴィダ通りでは売り子をしていて、更にあのヴァンダルーの母である彼女も有名人だった。
「ダルシア殿ではないか。あなたは冒険者ではないのだから、ここで命を賭けなくとも……」
「いいえ、この町には大勢の友人がいますし、息子もまだ戻って来ませんから。それに、これでも故郷では魔物退治は得意な方だったんです。
彼女達も力を貸してくれますから」
「私達はヴァンの従魔だからな」
「まあ、そのテイマー本人は居ないが……問題無いじゃろう。ここは町の外じゃし」
そう口々に言う彼女達の手には、今まで見せた事のない杖や斧が握られている。
「それに領主様、それほど絶望的な戦いにはならないかも知れませんよ」
そう言われてアイザックが改めて魔物の群れを見ると、町に向かってくるドラゴンの数がだいぶ減っていた。一部、何故か草原の方に向かっているドラゴンもいるので油断はできないが……それでも一度に相手にするドラゴンの数が減るだけでも、吉報である。
「これは……やれるかもしれん。ダルシア殿、ところで、ご子息が戻って来ないとは一体? それに『飢狼』は?」
一部にはB級冒険者並の実力を持つと見抜かれている『飢狼』のマイケルは、大きな戦力になる。そして基本的にはテイマーとしての実力しか知られていないが、得体の知れない部分があるヴァンダルーにも、伯爵は期待していた。
「お館様、流石にそれは……」
十歳少々の少年にまで頼るのはどうかと、騎士の一人が諌める。彼のように思う者もいるが、従魔はテイマーの指揮がなければ本領を発揮できないというのが一般的な常識だし、状況はひっ迫している。伯爵の言葉に違和感を覚える者は少なかった。
「ええっと、マイケルさんはちょっと所用で……息子は友人と草原に残っています」
「な、なんとっ! それは……まさか、ドラゴンやジャイアントの一部が草原に向かい、同士討ちを始めたのは彼のお蔭なのか!?」
「はい、多分、竜種や巨人を混乱させる毒の調合をあの子は知っていますから。あの子は昔から錬金術が得意ですから」
ダルシアが言った嘘に、そうだったのかと後ろで控えているサイモンが目を見張り、ナターニャがすっと顔を逸らす。
「そんな毒があるのですか!? しかも、空を飛ぶドラゴンや巨人に盛る事が出来るとは……!」
そして同じく驚愕に目を見開く魔術師ギルドのマスター。彼は、ヴァンダルーがサイモンやナターニャにしたように義肢を安価で配り、マジックアイテムの義肢の価値が下がってしまうのではないかと危惧し、組織的に圧力をかけようとしている張本人である。
確かに、スラムには身体に障害があって満足に働けない者達もおり、その中には手足を損なっている者もいる。そうしたものに義肢を配るのは、この町でヴァンダルーがしてきたことを考えれば、確かにやりそうだ。
しかし、実際にはヴァンダルー達が作る義肢と、魔術師ギルドの錬金術師が作るマジックアイテムの義肢は別物なのだが。彼等がかけている圧力に、意味はほぼ無い。
「はい、長老秘伝の毒です。あの子は三歳になる前から、すり鉢で魔石を砕きながら【錬金術】の修行を始めて、七歳になる前から里の戦士から【投擲術】を学んでいましたから」
そう誤魔化すダルシア。実際にはそんな毒は存在しないし、指導したのはダークエルフの長老や戦士ではなく、彼女の視界の隅で誇らしげな顔をしているグールの長老と、その娘の戦士だが。
しかし、「息子がアンデッド化させ、操っているんです」と真実を告げる訳にもいかないので、仕方ない誤魔化しである。
「何と……一体どんな毒なのですか!?」
「すみません、扱いが難しい毒で私は触った事が無くて、管理は息子がしているんです。それに、まさかドラゴンやジャイアントが出るとは思わなかったので、そんなに沢山持っていないはずです」
なので魔術師ギルドのマスターに聞き返された時は、ダルシアは内心冷や汗を流していた。彼女はそんなに嘘が得意ではないのだ。今も、頬が引きつらないよう必死だ。
「むぅ、もしその毒があれば、戦況はこちら側に大きく傾くものを……」
「扱いが難しいと言っているだろう。ダルシア殿の心情も思いやらぬか。ご子息の元に駆け付けたいだろうに、彼女は我々と共に戦ってくれようとしているのだぞ!」
そのため、モークシー伯爵が話を遮ってくれたのには、思わずほっと息を吐く程安堵した。
「も、申し訳ない」
「いえ、良いんです。それよりも、そろそろ備えましょう」
謝罪する魔術師ギルドのマスターにそう流すと、ダルシアは迫りくるドラゴンやジャイアント、それ以外にもオーガーやトロールなどの魔物の群れを見つめた。
当初予想された数よりもだいぶ減っているし、ドラゴンやジャイアントの中にはヴァンダルーによってゾンビ化した元同族と戦って、傷を負っている個体も多い。……それどころか、最初十頭以上と言われていたサンダードラゴンの数が、僅か三匹にまで減っている。
それに気がついた将兵やサイモンは、希望が見えて来たと顔色を良くした。だが、それとは逆にダルシアは内心困っていた。
何故なら、本気でやればすぐ片づけられそうな魔物ばかりだったからだ。
勿論肉体を変化させる【混沌】スキルは使えないが、それでもサンダードラゴンやマウンテンジャイアント程度なら、今の彼女は苦戦せずに倒せる。
しかし、あっさり倒してしまうとヴァンダルーと、転生者との対決に水を差してしまう。
「どうしましょう。適度に引き延ばしながら、犠牲者も出さず、時間をかけて退治するなんて器用な事、出来るかしら? 私、自信が無いわ」
「まあ、私も無いが……レベリングの監督をしていると思おう。防御に徹して、魔物を倒すよりも翻弄して傷を与える事を優先すれば、何とかなるはずだ。町を守るために命を賭ける覚悟を決めている彼らに対しては、失礼だと思うが」
「尤も、それが出来るだけの演出が無いと不自然じゃし、ある程度本気にならねばこの人数をカバーするのは無理じゃ。ダルシアは【御使い降臨】、儂等は装具で『変身』……くれぐれも魔法少女の事を口にするでないぞ。
人間社会にまで広まっては、いよいよ絶望的じゃからな」
『もし、魔物達を倒し終わってしまったら、我が迷宮の魔物を追加しましょう。ゴーレムばかりなので、奇妙に思う者も出て来るでしょうが、真実に至る事は無いかと』
バスディアやザディリスの頼もしい言葉に、グファドガーンからの緊急時対策に若干緊張が解れたダルシアは、迫りくる魔物の群れを前に杖を天に向かって掲げて見せた。
「……【御使い降臨】!」
本来ならヴィダも降ろせるダルシアに降臨を求められた御使いは、彼女の事情を察したのか、いつもより輝きが強く見える光の柱を立てて、ダルシアの肉体に降りたのだった。
ハジメ・フィトゥンの配下である英霊達は、手筈通りモークシーの町を破壊しようと、行動を開始していた。
町の東西南北から囲むように、町を目指して注意しながら移動していた。
「おい、その木の下を通るな。アーチ状になっている」
「面倒ね。これだから空間属性の魔術師は嫌いなのよ。味方側に居るなら大好きだけど」
「レギオンに、『迷宮の邪神』、そしてまだ見ぬ境界山脈内部の空間属性魔術師か……いいねぇ、相手にとって不足無しだ」
彼らは空間属性の魔術を警戒していた。空間属性魔術は火属性や風属性と違い、攻撃魔術に乏しい。しかし、その分他の属性とは違う強みがあった。
それは、異なる空間と空間を繋ぐ【門】を使った罠だ。これにはまると、どうしようもなくなる。
炎の玉や電撃を受けても、余程の威力でなければ彼らは死なない自信があった。だが、空間属性魔術で物理的に遠く離れた場所に飛ばされたら、その時点でリタイアだ。
「楽しむのは良いが、油断はするなよ。数が少ないのはこっちだ、一人飛ばされるだけでも、戦力は大きく低下する。
魔物の犠牲者か」
英霊達が進む先には、森の木に引っ掛かるようにしてバラバラになった死体が散乱していた。
「おい、そんな物放っておけ」
「いや、どこかおかしい。何で放置されている? 魔物の群れにやられたなら、食われていないとおかしい」
死体は確かにバラバラで、胴体に納まっていたはずの臓物は残っていなかったが、それ以外の四肢や頭部は無傷に見える。だが、暴走している魔物群に殺されたとすれば、まだ損傷は少ない方だ。
確かに巨大なドラゴンやジャイアントだったら、獲物の欠片ぐらい見逃してもおかしくない。だが、群れにはオーガーや、特に悪食で知られるトロール、他にも肉を好む獣型の魔物が多く含まれていた。
彼等の食欲はダンジョンで訓練を繰り返してきた英霊達が知っている。その彼らが、進路の途上に転がっている肉を放置する事に、英霊の一人が違和感を覚えた。
しかし他の英霊達は意見が異なるらしい。
「神経質になり過ぎだ。どうせ、硬い婆の肉を嫌がったとか、内臓だけ喰って満足したとか、そんなところだろ」
「私は寧ろ、やっと死体が転がっていたって安心したけどね。どう言う訳か、今まで死体の一つも転がってないから、気になっていたのよ」
そう言いながら、足を止めずに進んで行く。
「……たしかに、何でここまで死体の数が少ない?」
しかし足を止めた英霊は、さらに大きな違和感に気がついた。死体の数が少なすぎるのだ。
今は冬で雪も積もっているから、魔境で狩りをする冒険者の数が少ないのは当然だ。しかし、モークシーの規模から考えれば、他に仕事の無い冒険者が何十人かいるはずだ。特に、作戦が始まったのは午前中だった。朝方依頼を受けて狩りや採集に赴く冒険者達が、仕事をしている時間帯である。
そうした冒険者の死体が異常に少ない。まるで誰かが避難でもさせたように。
いや、無いのは死体だけでは無い!
「血が、一滴も無い? 飛び散っていないのは勿論、死体が着ている服にも……待てっ! これは罠だ! 下がれ!」
異常性に気がついて仲間を引き止めようとした英霊だったが、彼等が反応するよりも早くその姿はふっと消えてしまった。
「はっはっはっはっはー! 気がつかれてしまったか! 私にしては珍しく静かにしていたと言うのにな!」
突如老婆の首が笑い出した。それで一人残った英霊も確信した。
「貴様……レギオンか! その喧しい話し方は、隊長が言っていた『ワルキューレ』だな!?」
「む! やはり我々の情報を聞いていたか! この前融合したご老人の姿を借りていて正解だったな!」
老婆の頭部が、若く美しい白い髪と肌をした女性……ワルキューレの物に変化する。飛び散っていた肉片が蠢き、彼女の元に集まり融合を始めた。
「貴様の仲間は、町では無い何処かに我等が同胞ジャックの力で送り届けた! さあ、どうする? 一人で我々と戦うか!? それとも仲間を助けに行くか!?」
「……決まっている」
煽るように尋ねるワルキューレに対して、英霊は駆けだした。……猛スピードで、ワルキューレを避けて、町に向かって。
「貴様を無視して、作戦を実行する!」
仲間を失ったのは痛いが、戦争ではあり得る事だ。重要なのは、罠にかかった後、どうするかだと英霊は考えていた。
一人でも、町に至れば……城壁に穴を空けるだけで大騒ぎだ。魔王は大事な町を守るために、更に戦力を町に差し向けるに違いない。
しかし、隠密性をかなぐり捨てて走る英霊の前に、大男が立ちはだかった。
「貴様は、マイルズ・ルージュか!」
「あら、アタシの本名を知っているのね」
ヴァンダルーも、レギオン達だけで英霊達が町に接近するのを防げるとは考えていなかった。
そのためマイルズ達は町の外に配置されていたのだ。
「ちぃっ! ……もっと町の近くで使いたかったが、致し方ない」
英霊は足を止め、マイルズから距離を取った。そして気合を入れて叫ぶ。
「【英霊化】、発動!」
その瞬間、英霊の全身が輝き、威圧感が膨れ上がる。
「この肉体だけの力なら兎も角、俺の……『疾風鬼斬』キゼルバインの本来の力があれば……貴種吸血鬼ごときに遅れは取らん!」
ベルトに差していた二振りの短剣をそれぞれ抜き、マイルズに向かって構える。
だが、マイルズは紅を引いた唇で不敵に笑った。
「貴種吸血鬼ごときねぇ……でも確かにこのままだときつそうだし、アタシも奥の手を切りましょうか。……【御使い降魔】!」
「っ!?」
その瞬間、マイルズの足元から噴き出した闇色の光が彼を包み、英霊は思わず息を飲んだ。
「さあ、神の使いと魔王の手先の戦いを始めましょうか!」
『……人聞きの悪い事を言いますね』
マイルズにしか聞こえない声で、ヴァンダルーの分身は呟いた。
1月7日に235話を投稿する予定です。




