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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十章 アルクレム公爵領編
285/515

二百三十三話 外聞を守るためには、時間が必要

ハジメ・フィトゥンが初めてカナコ達を見たときの反応を修正しました。すみません。

 魔物の暴走。それは『ラムダ』世界において、地震や津波よりも恐れられている災害である。

 ダンジョンで増え過ぎた魔物が外部に放出される現象で、その際魔物達は通常時よりも凶暴に、そして人間を害するという本能に忠実になる。


 そのため、近くに人間が存在する限り魔物同士で争う事はほぼ無くなり、異なる種族がさながら一つの群れのようになって人里に向かって押し寄せるのだ。

 暴走が起こるダンジョンの等級によっては、村や町だけでは無く、国が亡びる事もある。


 それだけに、この世界の人々は魔物の暴走に対して古来より警戒してきた。ダンジョンの魔物を間引くために冒険者に依頼し、同時に研究を重ねてきた。

 その結果、ダンジョンの等級が高くなるにつれて暴走が起きるまでの期間は長くなる事等が分かった。そのため現在では魔物の暴走は滅多に起きていない。


 だからあり得ないはずなのだ。何の前触れも無く魔物の暴走が起きるなんて。

「何でだよっ!? どうしてドラゴンやらジャイアントやら、他にもいっぱい出て来るんだよ!?」

「いいから走って! 門が閉じる前に町に逃げるのよ!」

 まだ若い少年少女達が、死に物狂いで走っていた、彼らのずっと後ろでは、ドラゴンの咆哮や巨人の唸り声が響き、木々が薙ぎ倒されている。


「何処から出て来たんだよ、あのドラゴン! サンダードラゴンって山や谷に居るもんだろ!?」

「ダンジョンの、暴走じゃないの!?」

「そんな訳ないだろ!」

 実際にはダンジョンの暴走によって出現したのだが、本来ならあり得ない事であるため、その少年はきっぱりと否定した。


 モークシーの町周辺のダンジョンに、ランク8のサンダードラゴンやマウンテンジャイアントが出現するダンジョンは存在しない。尤も、ダンジョンは自然発生するので新たにランク8以上の魔物が出現するB級ダンジョンが出現した可能性は、否定できない。

 だが、出現したばかりのダンジョンがすぐ暴走を引き起こす事例は、今までにない事だった。


「私、知ってる! 確か、ハートナー公爵領のどっかの町で、出現したダンジョンがすぐ暴走を引き起こしたって聞いたよ!」

 ただ、少女が言う通り自然発生したダンジョンでは無く、何者かの意志によって創造されたダンジョンや、管理下にある場合は例外である。


 例えば、ヴァンダルーがハートナー公爵領のニアーキの町周辺で創ったダンジョンや、フィトゥンの『試練の迷宮』等だ。


「何だ、それ!? そんなのどうしろってんだよ!?」

 あまりの理不尽に少年の一人が叫ぶが、彼らの実力では何もできない。

「いいから走れ! ゴブリン狩りとは訳が違うんだ!」


 彼らは、ゴブリンの討伐依頼を受けて狩りに出ていた新人冒険者だった。実力に乏しく、サンダードラゴンやジャイアントだけではなく、それ以外の魔物に対しても足止めすら出来ない。

 尤も、お蔭で魔境の浅い部分に居たため、彼らの身体能力でもこうして逃げられている訳だが。


「そう言えばっ、ダンジョンの暴走が起こった時は、他のダンジョンの中に逃げ込めばいいって聞いたけど!?」

 ダンジョンから一度外に出た魔物は、二度とダンジョンに戻らない。それを利用して、自分からダンジョンに入り難を逃れるという裏技が冒険者達の間では伝えられていた。


「一番近いダンジョンは、魔物の群れの近くだよ!」

「じゃ、じゃあ二番目に近いダンジョンは何処だ!?」

「町よりもずっと遠い!辿り着けない!」

「くそっ、もうダメかっ!」

 ただ少年少女達の場合は、運が悪くその作戦は諦めなければならなかった。


「GYAOOooooo……!!」

 だが、先頭グループのサンダードラゴンが悲鳴をあげると、突然墜落した。

「えっ?」

 思わず振り返った少年少女達だが、すぐにそんな事をしている場合ではないと視線を前に戻す。だから、彼らは草原の方から飛んで来た黒い雷を見る事は出来なかった。


 他にも遠くから狙える身体の大きな魔物が数匹倒れ、後続の魔物の障害物と成り果てる。しかしそれで魔物達が進路を変える事は無く、障害を突破したオーガーやトロールがそのまま少年少女達を追いかけはじめる。

「そこの若き者達よ! 早く退くのだ!」


 だが森の出口で背の曲がった、やけに声に張りがある老婆に声をかけられた。恐らく、自分達と同じようにゴブリンを狩りに来ていた、兼業冒険者だろう。皮鎧を身に着け、手には槍を持っている。


「御婆さんも早く!」

「わ、ワシはいい! 走るのは苦手なのさ! 一匹でも多く道連れにしてやるから、その隙に町まで退け!」

 フードを目深に被った老婆らしい人物の言葉に、少年少女達は一瞬押し黙るが、結局は彼女の横を走り抜けていった。


「ごめんなさいっ」

 その際にそう言葉を残して。それは仕方のない判断だっただろう、彼女達には老婆を背負って走る程の余裕は無かったのだから。


 彼女が涙を流した事に気がついた老婆は、皺だらけの顔でニヒルに笑った。

「……フッ! 悪い事をしてしまった! 彼女達が今回の事で味わった罪悪感や無力感を乗り越え、未来の勇士となってくれることを願おう!」

 そして老婆は張りのある声でそう言うと、迫りくる魔物の群れに向かって歩き出した。


「償いと言う訳ではないが、役割は果たさなければ!

 敵は、ヴァンダルーが町の外に居る時に襲撃を仕掛けて来るだろうと予見していたが、まさか魔物の群れが先触れとは予想外だ! だが、構わん!

 さあ、来るがいい、獣共よ! 貴様等は町には入れん! 町以外の場所に入れてやびゅっ!」

 トロールの棍棒が老婆を一撃で叩き潰し、周囲に血が……いや、肉だけが飛び散る。トロールにも大量の返り血ならぬ返り肉片がかかるが、何と、次の瞬間トロールが霞のように掻き消えてしまった。


「ウゴ!?」

「ゴ~っ!? ングーボ!?」

 突然姿を消した同族の姿を探すトロール達だが、彼らも次の瞬間最初に消えた個体と同じように姿を消してしまう。


 こうして魔物の追撃が途切れた隙に、少年少女達はモークシーの町まで逃げのびる事に成功した。

 他の場所でも突然サンダードラゴンが町に向かうのを止めたり、ジャイアントが同士討ちを始めたり、そしてやはり老人や脚を怪我した、誰も名前や顔を知らない冒険者達の献身によって、何人もの冒険者が町まで逃げのびる事に成功していた。




「【雷獣推参】!」

 ヴァンダルー達とハジメ・フィトゥン達の戦いは、まずハジメ・フィトゥン側からの遠距離攻撃から始まった。ハジメ・フィトゥンがイタチに似た電撃で出来た獣を創り出し、『炎の刃』の面々の肉体を乗っ取った英霊達が大弓から矢を放ち、魔術を唱える。


 彼等の装備は、ヴァンダルー達が知っている物よりずっと高性能な物に変えられていた。町で買い求めればヴァンダルーに情報が渡るため、彼等はフィトゥンの『試練の迷宮』で装備を整えたのである。


「まずは小手調べだ! 【空穂】!」

 ゴードン・ボビーも、自身の背より長大なアダマンタイトの槍で刺突を飛ばす武技を放つ。その武技の射程距離は、本来ならそれほど長くは無いのだが、肉体を操る『剛槍崩山』のボビーの腕前がある程度反映されているのか、楽々と届きそうだ。


「メリッサ、ダグ、一旦頼みます」

「いいわよ」

 【アイギス】のメリッサの張った結界により、ゴードン・ボビーの【空穂】は勿論、矢や魔術が弾かれる。だが、雷獣は結界を回り込んでヴァンダルー達を狙おうとする。


「雷獣が俺の担当だな!」

 しかし、【ヘカトンケイル】のダグの念動力の拳が雷獣をとらえた。見えない拳に叩き潰され、雷獣が掻き消される。


「隊長っ、あいつ等が【アイギス】と【ヘカトンケイル】か!?」

「そうだ、後の二人は……エルフに転生したはずなのになんで黒くなってんだ、あのクソ女。それは兎も角、ダークエルフモドキが【ヴィーナス】だ! もう一人は……イシス!? なんで前世の姿に!? とっ、とにかく、あの人種の女はレギオンだ! 対処法も教えた通りにやれ! だが、まだ追い詰めすぎるなよ!」

 肉で出来た人形を球形に捏ね回したような肉塊に成り果てたはずのイシスが、以前と同じ人間の姿でいる事に驚いたハジメ・フィトゥンだったが、とりあえず彼女も含めてレギオンが変身した姿だと判断する事にした。


「了解!」

 下された指示に従い、自分達の攻撃が楽々と防がれた事に動揺せず、ゴードン・ボビーたちは攻撃を続けた。武技は使わずただ矢を撃ち続け、短槍を投げつける。


「……俺達の能力に驚きもしないって事は、やっぱりあれはハジメか。だが……」

 【魔王の影】を門にして、グファドガーンの魔術によって【転移】させられたダグは、元仲間で同じ組織に何年も潜入した、顔馴染みの筈のハジメ・フィトゥンを見て首を傾げた。


「あれ、本当にハジメか? 転生して若返ったのは分かるが、信じ難いぜ。パンクな髪型はさておくとしても、印象が違い過ぎる。前に見たのがロドコルテの神域で、しかも二年以上前だったとしても、変わり過ぎだ!」

「……ええ、聞いていた話以上ね」


 【アイギス】のメリッサも同感だと頷く。年単位で活動を共にしてきたはずの二人にそう言われる程、ハジメの外見は変化していた。

 元々は色白で見るからにインドア派の、神経質そうな青年だったが、今は程良く焼けた肌と発達した筋肉を持った少年である。


 しかも目は血走り、部下を率いて哄笑をあげる姿は前世の姿とかけ離れ過ぎている。

「きっと、よっぽど辛い目にあったのね。辛いとは思っていなそうだけれど」

「一体、何が彼をあそこまで追い詰めたのでしょうか?」

 イシスとカナコも口々にそう言う。


 それを聞いたメリッサとダグは、思わず二人に胡乱気な眼差しを向けた。

「……爆弾で瀕死の重傷を負った後、酸で止めを刺されたからじゃないかしら?」

「俺達も捨て石にしたのは同罪だから、とやかくは言わないが……お前等張本人だろ。特にカナコ!」

「まあまあ、昔の事じゃないですか」


 そう言うカナコだが、実際には彼女がオリジンでハジメに止めを刺してから、まだ三年も経っていない。

「あ、あのクソ女共っ!」

 そして既にお互いの姿を視認できる距離に居る為、ハジメ・フィトゥンはカナコ達の唇を読んで何を言っているのか理解していた。


 瞬間的に頭が沸騰すると同時に、ガクガクと脚が震える。

「た、隊長? 武者震いか何かで?」

「チッ……この身体の本来の持ち主のせいだ」

 ハジメ・イヌイの肉体を乗っ取ったフィトゥンだが、ハジメの魂は眠っている訳ではない。フィトゥンに飲み込まれるような形でだが、同化して存在し続けている。


 そのためフィトゥンはハジメが持つ異世界の知識を手に入れたが、逆にハジメが負っていたトラウマも共有する事になってしまったのだ。

(普通の女は大丈夫になっていたから油断したぜ。しかも、前世でハジメを殺した本人が勢揃いとは……クソ)

 それなりにトラウマを克服していたハジメ・フィトゥンだったが、流石に植え付けた本人から受ける衝撃は予想以上だった。


 一方防戦に徹しているヴァンダルー達は、メリッサが結界の内側で首を傾げていた。

「ハジメ以外にも色々変ね。周りにいるのは、『炎の刃』や『剛腕』のゴードンのはずよね? ……D級冒険者パーティーとは思えないくらい腕が良いし、ゴードンって槍じゃなくて斧の使い手のはずよ」


「ですね。中々動きが良いですし、C……いや、B級以上A級未満ぐらいでしょうか。ゴードンも、あの槍捌きは付け焼き刃では無いですね」

「マジか。そんな短期間で腕を上げる事って可能なのか!?」


「普通は無理ですね。ハジメが導士ジョブに目覚めて奴らを導いていて、更に『炎の刃』も天才的な才能の持ち主で、神から加護を貰い、更に訓練に最適な環境が整えられていたら、可能性はありますけど」

「つまり、ほぼ不可能なのね」


 一カ月と少々でD級からB級冒険者相当の実力を手に入れるのは、ヴァンダルーが言った通りほぼあり得ない事だ。サイモンとナターニャだって、まだB級には程遠い。タロスヘイムに居るヴァンダルーの冒険仲間、カシム達だって実力を高めるのに何年もかかっている。


「ゴードンの方は絶対に無理でしょう。俺は彼のステータスを知っている訳じゃありませんが……恐らく【斧士】等斧術に関するジョブに、幾つか就いているはず。そこから槍術の達人になるのに、一カ月少々では足りません」

「実は、実力を隠していたって可能性は?」

「そんな器用な事が出来るとは、思えません」


 『炎の刃』達やゴードンの奇妙さに、戸惑うヴァンダルー達。その原因を探ろうと、カナコは結界越しに【ヴィーナス】を発動させるが……暫くしてから首を横に振った。

「ダメですねぇ。私と視線を合わせようとしません。【ヴィーナス】で記憶をコピーして探るのは無理そうです。……お返しに、あたしの短い記憶をコピーして、適当に貼り付ける事はできましたけど」


「うごおおおおおっ!?」

 カナコがそう言うと同時に、『炎の刃』の巨人種の盾職が悲鳴をあげて後ずさりする。戦闘の高揚で血色の良かった顔色が、今は青くなっていた。


「何を見せたんです?」

「秒単位の記憶でも、心を豊かにする芸術を」

 どうやらカナコは、巨人種の盾職にタロスヘイムの建物の屋根に描かれた絵の記憶を見せたようだ。


「上手く行けばこっち側に引っ張れる、最低でも戦意を挫けるかなと思ったんですけど、ダメだったみたいですね~」

 カナコがそう言っている途中で、巨人種の盾職が怒号をあげながらスリングを使い、【遠投】の武技で石を投擲し始めた。どうやら彼は、怒りで恐怖を乗り越えたらしい。


 ただ、武技で射程距離が伸びた石も、矢や魔術同様メリッサの結界によって弾かれてカナコに届く事は無い。

「これくらいなら別にいいけど、防ぐのは私なのよ?」

「いや~、すみませんね。でも、手応えがちょっと変でした。昔、多重人格の相手に【ヴィーナス】を使った時と、似たような感じで……ナターニャさんから何か聞いてます?」


「いえ、特には」

 カナコに訊ねられたヴァンダルーは、逃げ遅れた者達の避難を助ける為に使っていたサンダードラゴンやマウンテンジャイアント等のゾンビを呼び戻しながら、首を横に振った。


「多重人格以外にも、あの盾職の男が投擲術を使う事も聞いていません。……多分、【マリオネッター】の能力で何かやられたのでしょう」

「推測は結構だけど、いつまで守勢に甘んじるんだ? 時間をかけると町が危険なんじゃないか?」

 自分達の後ろ、二キロ程の所にある城壁を指してそう尋ねるダグだが、ヴァンダルーは首を横に振った。


「ダグ、急いで連中を倒しても、魔物の暴走は止まりません。……魔物の霊に聞きましたが、連中に操られているとか、そんな様子は無かったようです」

 ヴァンダルーの言う通り、ハジメ・フィトゥンはダンジョンで暴走を起こさせただけで、魔物を操作するような事はしていない。彼等にとっては、魔物の群れがモークシーの町に向かうだけで十分だったので、細やかな制御は全くしていないのだ。


「それに、こうして時間をかけないと俺達の社会的立場が危険です。……ここは町に近すぎます」

「この世界には双眼鏡や望遠鏡は無いけど、視力を強化したり、映像を拡大したりして、遠くを見る魔術はあるものね」

 背後のモークシーの城壁には、一定間隔ごとに物見の塔が在り、そこに兵士がいる。そこからヴァンダルー達は見られている筈なのだ。


「……うわ、面倒臭ぇっ!」

「今、こっちを魔術で見ている兵士がいます。彼等がこっちを見る余裕が無くなる事態……町の防衛戦が始まるまで、あまり派手な事は出来ません。……【黒雷】」

『社会生活ってのは、難儀なもんだ』

 そう言うキンバリーを黒い雷に変えて、ハジメ・フィトゥン達を撃つヴァンダルー。こうして、【深淵】スキルでこちらを見ている兵士の数を探りながら、言い訳すれば常識の範疇だと誤魔化せる程度の攻防に徹していたのだ。


 ドラゴンゾンビやジャイアントゾンビは【黒雷】で撃たれただけなので、余程細部を観察しなければ、ただ魔物が同士討ちをしているだけのように見える。

 キンバリーについても、追及されても誤魔化す手段は幾らでもある。

 だが流石に【魂格滅闘術】の発動や、周囲に大きな被害を与える魔術は誤魔化しようがない。


「じゃあ、昔やったって言う病原菌は? 人種とエルフとドワーフにしか感染しない病気なら、連中の殆どに効くだろ?」

「……実はもうやった後です。何らかの方法で感染を防がれたみたいです」

「アウトドア派に転向したくせに、潔癖症かよ!」

 そうダグが罵るが、かつてヴァンダルーがミルグ盾国の遠征軍に使った病原菌にも備えていたハジメ・フィトゥン達の攻撃は、続いている。


 勿論、この時間稼ぎはある程度余裕が保たれているから出来る事だ。

 モークシーの町にランク8や9程度の魔物の群れなら、ある程度苦戦する演技をしながら退治できる力の持ち主が……ダルシアやマイルズ、エレオノーラ、バスディアやザディリスがいる。そして不測の事態に、グファドガーン達も備えている。

 町の防衛は、心配しなくても良い。


 だがもし、ハジメ・フィトゥン達がヴァンダルーの背後にある町まで巻き込むような大威力の魔術を行使するか、カナコ達が危機に陥るような事になれば、ヴァンダルーは本気を出すだろう。

 ……そして、それはハジメ・フィトゥン達も察していた。


「でも、幸い向こうにも時間を稼ぎたい理由があるらしいわね」

 イシスの言う通り、ハジメ・フィトゥンにとっても時間は必要だった。彼女達に植え付けられたトラウマを、抑えつける以外の目的で。


「隊長、まだですかい? これじゃあ矢と魔力の無駄だっ!」

「まだだ!」

 焦れる手下を抑えてハジメ・フィトゥンが待ち続けるのは、モークシーの町を囲むように配置した、この場に居ない手下達の行動がまだだからだ。


 彼らにハジメ・フィトゥンは「魔物の暴走の後を追いかけるように町へ行き、出来るだけ派手に城壁を破壊しろ」と命令していた。

 ヴァンダルーの注意を町へ向け、彼の周囲から更に仲間を引き剥がすためだ。


(町の連中の目や命が無くなると逆に厄介だから皆殺しにはしないが、城壁を破壊する時に何十人か死ねば、奴も焦るはずだ。

 こっちは時間制限がついている手下ばかりなんでな。出来るだけ戦力を削いだところで、仕留めさせてもらうぜ!)





 時間は、ヴァンダルー達とハジメ・フィトゥン達がお互いに牽制しあう前に遡る。

 城壁に備えられた各物見の塔では、兵士達が慌ただしく動いていた。だが、その注目の殆どは町の正門に迫ってくる魔物の群れに向けられていた。


 それはヴァンダルーから最も近い物見の塔も同じだった。

「大物が同士討ちを始めてくれたのが、せめてもの幸いだったな」

「ああ、一瞬サンダードラゴンを倒したのかと思ったが……あれ、何だったんだ?」

「さあな。一瞬、黒い何かが見えた気がするが……混乱させる毒か何かを投げたのか?」


 サンダードラゴンに驚いた兵士達は、恐怖のあまり硬直してしまい……ヴァンダルーがドラゴンを倒したのを認識していなかった。

 ヴァンダルーが何かしたのは分かったのだが、その後すぐサンダードラゴンが再び動きだし、他の魔物を攻撃し始めたので、「サンダードラゴンを何らかの方法で混乱させた」と思い込んだのだ。


 実際には【黒雷】で倒したサンダードラゴンをアンデッド化させ、操っているのだが……感電死したドラゴンは、遠目には無傷に見えたので生きていると誤解したのである。

 その後もヴァンダルーは【黒雷】で他のドラゴンやジャイアントを倒しているのだが、主に【黒雷】を使用していた為、兵士達は目撃してもサンダードラゴンか、ヴァンダルーがテイムしている、自分達が知らない魔物の仕業だと思い込んでいた。


「サンダードラゴンや他の空を飛ぶ魔物が多く生き残っていたら、城壁なんて何の意味も無いからな」

「ジャイアントだってそうだ。ヒルジャイアントなら兎も角、あのマウンテンジャイアントにとっては、町の城壁なんて薄い板同然だぞ、きっと」

「ああ、初めて見たが……高ランクの魔物ってのはとんでもないな」


 町を守る兵士達は、町の近くに生息するゴブリン等低ランクの魔物以外は、基本的に目にする機会は無い。ランク7や8のような高ランクの魔物は、おとぎ話や吟遊詩人の歌にしか出てこない存在だった。

 詳しい生態や能力を兵士達が知らなくても、無理は無い。


 更に物見の塔に配属される兵士は、比較的視力が良い者達や視力を補助する魔術の使い手が選抜される。しかし、優れた者は城壁の門周辺に配属される。そのため、この物見の塔のように壁の半ばにある部署には二キロ以上離れた場所に居るヴァンダルーが何をしているのか、詳細に観察する事が出来る者はいなかった。


「だが、町に戻って来ないのは、やっぱり魔物達を混乱させているのは彼だからか?」

 非常事態を知らせる警鐘は響き渡っている。離れていても聞こえているはずだが、ヴァンダルーは草原から動く様子が無い。それを奇妙に思った兵士の一人が、じっと目を凝らしている同僚に訊ねる。


「ダニエル、どうなんだ?」

「特に何かやっているようには見えないが……いっそ、戻って来ない方が良いかもな」

 生命属性魔術で視力を強化しているダニエルと言う名の兵士も、先程まで近くに居たファングの巨体から、残った少年がヴァンダルーだと見当を付けているに過ぎない。


「今から戻ろうとしても、魔物の群れとかち合うかもしれないし……町から離れた場所に一人でいる方が、生き延びられるかもしれない」

 ダニエルが口にしたのは、事実である。暴走している魔物は本能的に人間を襲うため、大勢の人間が居るこの町をまず狙う。たった一人で草原に居る少年には、目もくれないだろう。


「……それもそうだな」

 大物の魔物が何匹も脱落したが、まだまだ魔物の群れは健在だ。ランク7のオーガーキングや、トロールバーサーカーがいるらしいと言う報告もある。

 兵士達には、モークシーの町と自分達の運命は風前の灯のように思えた。


「ん? なんだ、あの連中……あいつ等っ、何をやってるんだ!?」

 だが、ダニエルが突然大声を出し、怒りに顔を歪めた。

「どうした、何が見えるんだ!?」


「ヴァンダルー達が、何人かの賊に攻撃を受けているようだ!」

「賊!? こんな時にか!?」

「ああ、間違いない! 草の影に隠れていたのか、ヴァンダルーの周りにも何人かいるが、それは味方らしいが……救援は出せないか」

「なんて奴等だ! 従魔の居ないテイマーを襲うなんて!」


 ダニエルがハジメ・フィトゥン達の襲撃に気がついたが、彼の目には【アイギス】の結界や【ヘカトンケイル】の念動は当然映らない。そのため、ヴァンダルー達が一方的に攻撃を受けながら、何とか防いでいるように見えた。

 そこに、伝令が彼等に指示を伝えに来る。


「この塔は放棄する! 全員正門へ向かえ! 魔術が使える兵は、必ず来るようにとの命令だ!」

「……了解っ! くっ、町の恩人の危機を見ていながら、何もできないなんて……!」

 魔術を齧っただけの一兵士であるダニエルは、命令に逆らう事は出来ず【視力強化】の魔術を解いて正門に向かうため、同僚達と共に塔を降りた。


 実は、それこそがヴァンダルーに対して彼が出来る最大の援護だった事を知らずに。

 魔術を使って見ていた為に【深淵】スキルの効果でダニエルの視線に気がついていたヴァンダルーは、時間稼ぎをする必要はもう無いと知ったのだった。




――――――――――――――――――――――――――――――




・ジョブ解説:デミウルゴス ルチリアーノ著


 亜神である事を示すジョブ。『ラムダ』世界には今まで、人間が生きたままの状態で神に至った存在はいない。

 人間出身の神は、人間としての生を終え、死後に神に至った者達である。極少数の例外もあるが、そうした者達は邪神悪神との融合や、人間から龍や真なる巨人に変化する等、特殊な過程を経て人間以外の存在になった者達である。


 師匠のように、人間(ダンピール)のまま亜神へ至った先例は無い。そのため、ステータスの神々が困って搾り出したのがこの【デミウルゴス】と言うジョブではないかと私は推測する。

 まあ、加護を周囲にばらまいていた時点で、既に亜神に至っていたのではないかと思うが。


 付与片士と同じく、ジョブに就いた本人ではなく、本人以外の条件を満たした者達に【御使い降魔】スキルを与える事が出来る特殊なジョブ。

 そして、信者から寄せられる信仰心を経験値とする事が出来る。師匠の場合は【経験値自力取得不能】の呪いがあるが、信仰心を向けられると言う受動的な方法で得る経験値は、自力の範囲に入らなかったのだろう。


 この事から、師匠は今後自身の神像の建立を、強く反対できなくなるものと思われる。




・名前:ゴードン・ボビー

・種族:人種

・年齢:25

・二つ名:【剛槍崩山】(仮)

・ジョブ:轟槍士

・レベル:67

・ジョブ履歴:見習い戦士、戦士、斧士、格闘士、狂戦士、魔斧士、狂斧士、槍士、剛槍士



・パッシブスキル

筋力強化:9Lv(UP!)

体力強化:5Lv(UP!)

毒耐性:3Lv(UP!)

精力絶倫:3Lv

斧装備時攻撃力強化:大

気配感知:5Lv(UP!)

精神崩壊(NEW!)

状態異常耐性:3Lv(NEW!)

槍装備時攻撃力増強:小(NEW!)

敏捷強化:3Lv(NEW!)



・アクティブスキル

斧術:6Lv

投擲術:4Lv(UP!)

格闘術:6Lv(UP!)

解体:2Lv

鎧術:6Lv(UP!)

限界突破:10Lv(UP!)

魔斧限界突破:3Lv

槍術:8Lv(NEW!)

魔槍限界突破:8Lv(NEW!)


・ユニークスキル

英霊化(NEW!)




 『雷雲の神』フィトゥンの英霊、『剛槍崩山』のボビーに肉体を乗っ取られたゴードン。ゴードンの魂は存在し続けているが廃人にされている。

 今の状態はゴードンと言う人間を、ボビーが着ぐるみのように着て操っている状態であり、ボビー本来の力を発揮する事は出来ない。


 しかし【英霊化】を発動する事で、英霊本来の力を発揮する事が出来る。ただし、ゴードンの肉体はそれに耐えきれず崩壊を始める。

1月3日に234話を投稿するよていです。


皆様、本年はお世話になりました。来年もよろしくお願いします。それでは、良いお年を。

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― 新着の感想 ―
孤児院の支援をしたり、スラム街の店の活性化をしたりしたからじゃない? 一般の兵士にとっては、金持ちや貴族に評価される事をするより、 貧しい人々を助ける事をした人の方が「町の恩人」だと思えるんじゃない?…
町の恩人?(恩人と捉えられるエピソードは?)
街の恩人?
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