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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十章 アルクレム公爵領編
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二百三十一話 英雄になったゴードンと、迷子の肉塊

 顎を少なくない金額を払って治癒魔術で治した『剛腕』の……元『剛腕』のゴードンは、あの決闘から数日後、二つ名を失った翌日にモークシーの町から逃げるように旅立った。

「クソ……畜生……クソ……!」

 ぶつぶつと語彙に乏しい呪詛を繰り返しながら、足早に町から遠ざかる彼から、これからモークシーの町に向かう者達は気味が悪そうに視線を逸らす。それは気にならなかった。


 だが、背中に向けられる、モークシーの町から旅経つ者達からの視線は忌々しくて仕方がなかった。

 同情、軽蔑、嘲笑。広場で行った決闘を見たか、話を聞いた連中の視線がゴードンには耐えられなかった。


 決闘騒ぎに負けたゴードンが受けた傷は元通り治っていて、後遺症も残っていない。サイモン達に金をとられた訳でも、ギルドからペナルティを受けた訳でも、衛兵に捕まって罰を受けた訳でも無い。

 だがゴードンはその力で、周囲に無理を通してきた人間だ。そんな人間の評判に大きな傷がつけば、それは致命傷になり得る。


 周囲から恨みを買っていても、ゴードンが「強い」と思われている内は相手も手が出しにくい。だがゴードンはこの数日で『剛腕』の二つ名を失った。

 それはもうゴードンを『剛腕』と恐れる者よりも、そう呼ぶには値しないと認識している者の方が多数派になった事を意味する。


 ゴードンはそれまで拠点にしていた町を離れ、モークシーの町に来たばかりだった。それを考えれば、彼に被害を受けた者達……稼いだ金や魔物の素材を巻き上げられた冒険者や、強引に同意がある事にされて抱かれた女の縁者の耳には、まだ決闘に負けた事は知られていないだろう。


 だが知られたら……それまで「やっても無駄だ」、「もっと酷い目に遭わされる」と恐れていた者達が、「もしかして、やれるんじゃないか?」と思ったらどうなるか。


「D級以下の格下共でも、徒党を組んで来たら流石の俺でも無傷で切り抜けるのは難しい。クソ、こうなったら他の公爵領でやり直すしかない」

 そう理由を付けて、ゴードンはモークシーの町を逃げ出して来たのだ。町の人間が自分に向ける視線に。そして想像していたよりも大きい『飢狼』のマイケルと、あのグール達の主人であるヴァンダルーの影響力に耐えられずに。


 しかし、アルクレム公爵領から逃げ出すのはゴードンにとって有効な選択ではある。やや際どいが、彼は犯罪者では無い。山賊等犯罪者以外に人は殺していないし、金を巻き上げる時も相手の上前をはねる程度で身ぐるみ剥ぐような事はしていない。

 女は……まあ、置いておくとしても、公的機関に訴えられた事は無い。


 だから賞金首のように情報が大々的に広がる事は無い。彼に嘲笑や憐憫が込められた視線を向ける者も、他の公爵領にまで行けば、殆ど居なくなるはずだ。

 そして新しく拠点と決めた町で暫く大人しく依頼を達成する事に専念していれば、評判も戻って来るはずだ。ギルドからは何のペナルティも課されていないし、『剛腕』の二つ名を失ったが、これまで培ったスキルはそのままだ。

 C級冒険者として、十分やっていく事が出来るはずだ。


 そう考えながらゴードンは街道を進んで一日、街道沿いの村を出て数時間、そろそろ干し肉と水袋の中の水で簡単な食事でもとろうかと思い始めた頃、ふと彼は足を止めた。

 そして、何となく街道の外に広がる雪が積もった草原に視線を向ける。


「……いっそ街道から外れて、そのまま進むか」

 何故だかは不明だが、それが良い選択だとゴードンには思えたのだ。彼はその予感に従う理由を、「街道を進むより早くこの公爵領から出る事が出来る」とか「普通の旅人なら危険だが、自分の実力があれば問題無い」と、後から考えて、足を草原に向けた。


 そして彼は雪を踏みしめながら歩き始めた。普通なら雪の積もった原野を踏破するよりも、多少遠回りでも街道を進む方が良いと気がつくはずだが……ゴードンは何かに導かれるように進み続けた。


 そして暫く進むと……突然稲光が空に向かって走った。

「な、何だ!?」

「……【浄化の雷光】だ。霊を見張り代わりに配置するとは、下手にアンデッドや使い魔に尾行させるよりも性質が悪いな」


「だ、誰だ、テメェ!?」

 驚いて空を仰ぎ見たゴードンの耳に、彼の知識に無い上位の風属性魔術を使ったと答えた、若い少年の声が響く。再度驚いて視線を地上へ戻すと、そこにはいつの間にか少年がいた。


 髪を逆立てた十代後半の中肉中背の少年だ。どこの武具店でも売っていそうな皮鎧を身に着け、手には同じく特徴の無い斧を下げている。

 その見た目だけなら、髪型以外はやはりどの町の冒険者ギルドにもいる新人冒険者にしか見えない。


 だが少年から放たれるプレッシャーがゴードンにそう判断させなかった。

「……た、ただ者じゃないな。お前、何者だ? いや、人間なのか?」

 後ずさりながら、斧を抜いて身構える。しかし少年は……ハジメ・イヌイはゴードンではなく、空に視線を向けたままだ。


「人間は【霊媒師】か、余程特殊なスキルの持ち主じゃなきゃ、霊にも気がつかないから監視役に丁度良い訳か。だが、さっきの術でこの辺りの霊は……げぇ、ある程度間隔を開けて霊が並んでるだと? どれだけ霊を配置したんだ、あの野郎。

 チッ! 【浄化の雷光】!」

 そして再び空に向かって魔術を一度、二度と続けて放つ。しかし、満足いく結果は得られなかったようだ。


「流石に遠すぎるか。仕方ない、残りは放置しよう。全部浄化するのは面倒だ。それに、向こうも俺の存在に気がついてない訳じゃないだろうしな」

 そしてハジメはゴードンへやっと視線を向けた。

「よく来たな、ゴードン。お前程度の信心でも、呼ぶ事が出来て安心したぜ」


「お、俺を呼んだだと? 何の事だ、俺はお前なんて知らない! 見た事も無い!」

「いやいや、知っているはずだ。見た事も無いって言うのは、その通りだが」

 ハジメの生意気な態度にも、ゴードンは怒りを覚えなかった。彼の心を満たしているのは、正体不明の恐怖だった。


 だが背を向けたら、その瞬間何をされるか分からない。そんな危機感から逃げ出す事も出来ず、少年から視線を外す事も出来なかった。

「さて、負け犬のゴードン。お前に良い知らせと悪い知らせがある。良い知らせは、お前は英雄になれる。お前の名は歴史に残り、後世に渡って語り継がれる事になるだろう」


「わ、悪い知らせの方は何だ!?」

 そうゴードンが尋ねると、ハジメはニヤリと口元を歪めて答えた。

「悪い知らせか? それはな……お前の名は残るが、お前の意識は残らないって事さ」

 そう言い終わると同時に、ハジメの手に魔力の光が集まる。


「うっ……うおおおおおおおお!」

 逃げても間に合わない。そう直感したゴードンはハジメに向かって突撃した。それまで動かなかったのが信じられない程、力強く地面を蹴り、斧を振り上げる。


「ウスノロが」

 だが、斧の間合いまで近づく前にハジメの手から電撃が放たれた。それはゴードンを直撃し、彼の口から絶叫が放たれた。


 堪らず膝をつくゴードン。しかしハジメは電撃を止めようとはしない。

「ガガガガガガガ……ガガ、もう、十分っ、だ、隊長っ……!」

 だがゴードンがハジメを「隊長」と呼んだ途端、電撃を放つのを止めた。電撃によって焼かれ、白い煙を漂わせたゴードンは大きく息を吐くと、ポーチから取り出したポーションを呷った。


「……ふはぁ! 不味い! 全く、脆弱な身体だぜ。これでC級とは、近頃の冒険者の質も落ちたもんだ!」

 電撃で負った火傷を癒したゴードンは……ゴードンだった者はそう悪態をついた。

「それは仕方ないさ。お前が現役だった頃とは時代も場所も違うんだ、『剛槍崩山』のボビー」

 それにハジメはゴードンとは異なる、ある英雄の名を口にして宥めた。


 『剛槍崩山』のボビー。彼は何万年も前に生きていた英雄だ。巨人種の戦士でも持ち上げられなかったアダマンタイトの芯と黒曜鉄で出来た剛槍を軽々と振り回し、その槍術は山をも崩したと謳われている。

 そして、『雷雲の神』フィトゥンが人間だった頃に率いていた傭兵団の一員であり、死後は彼の英霊と化したとされている。


 【英霊降臨】で降りてきたのでなければ、本来地上には存在出来ないはずだ。

「そういうもんですかね。しかし……今回は留守番かと思いましたぜ」

 だがゴードンの口を使って話している存在は、自分を『剛槍崩山』のボビーだと認識していた。


「悪いな、お前を降ろすのに、相性が良くて、それなりに実力がある入れ物が中々見つからなくてな」

 全てはハジメ……彼を乗っ取ったフィトゥンの仕業だった。


 最初は、ヴァンダルーが御使いや分霊が降臨する前の無防備な状態を狙って魂を砕く事に対する、単純な対抗策のつもりだった。

 御使いや英霊、分霊は降臨する際、空から光の柱となって降りてくる。その様子は、遠目からでも視認できる程目立つ。ヴァンダルーにしてみれば、「撃ってくれ」と言われているようなものだろう。


 だからフィトゥンはハジメに降ろす分霊を、最初からハジメの肉体の近くに宿らせておけば良いと考えた。ハジメに分霊を宿らせた装飾品……アーティファクトを与え、撃たれる隙を作らず彼の肉体に降りられるようにする。それだけのつもりだった。


 しかしフィトゥンが想像していた以上に、彼とハジメ、そして【マリオネッター】の力の相性は良すぎた。

 ハジメを飲み込む形で徐々に融合していく過程で、フィトゥンは『ラムダ』世界では得られるはずがない脳細胞の仕組みや働き、機能に関する知識を手に入れた。

 そして【マリオネッター】の力と自身の『雷雲の神』としての権能を合わせれば、自分だけでは無く配下の英霊や御使い達を地上に降ろせるのではないか。そう考えたのだ。


 肉体がハード、魂がソフトなら、【マリオネッター】の能力はハッキングだ。

 ゴードンの肉体に電撃で接触し、【マリオネッター】で彼の脳内の情報を書きかえ、自身の神域に待機させていた『剛槍崩山』のボビーをダウンロードさせ、彼の魂を上書きする形で乗っ取った。


 細かい事を省いて例えるなら、以上がゴードンの身に起きた事だ。


「実力、ねぇ。どうにも重いし、感覚が鈍いんですがね」

「贅沢を抜かすな、文句を言うなら急に出て来たヴァンダルーに言え。お蔭で急いで容れ物を探さなきゃならなくなったんだからな」


 ただ誰にでも英霊や御使いを降ろして肉体を与えられる訳ではない。まず前提として、多少はフィトゥンへの信心を持っている者でなければならない。戦いの度に勝利を願うとか、週に一度は神殿に通う程敬虔でなくてもいいが、フィトゥンに祈りを捧げた事が無いような人間には、流石に英霊を降ろす事は出来ない。


 更に容れ物に使う人間には、ダウンロードする英霊や御使いとある程度以上の相性の良さが求められる。種族や性別が同じで、出来れば体格が似通っている人間を使うのが望ましい。そして、ある程度肉体が鍛えられていれば最高だ。


「流石にこの辺りだけで探すとなると、限られてきますか」

「ああ、他の公爵領やアミッド帝国の人間を容れ物にしても、その後モークシーの町まで来させるのは骨が折れるからな。

 だが、これも殺し合いの醍醐味だ」


 殺し合いをする時、万全の装備と体調が整っている事は稀だ。それどころか、刃毀れした武器を傷つき疲労した身体で振るわなければならない事の方が多い。それでも敵は構わず向かってくる。

 それがいい。日取りを決めて、見届け人を立てて、準備万端整えて挑む決闘には無いスリル。そして、それ以上の駆け引きがある。


 傷ついた武具でどう相手の攻撃を防ぎ、どう殺すか。疲労や傷にどう耐えるか。それの無い戦いは、フィトゥンからしてみれば遊戯でしかない。

 彼の配下の英霊達も、同じ考えだ。


「クク、隊長らしい」

「笑っている暇があるなら、ステータスを確認しろ。お前の肉体は生前の物でも、【英霊降臨】を獲得した英雄でもなく、負け犬野郎のものだ。能力値やスキルに異常が出てないだろうな?」


「へい、【ステータス】! ……名前はゴードン・ボビー。能力値とスキルは、それなりですかね。全力を出したら数分で壊れそうですが」

 ステータスを確認したボビー……ゴードンの魂を飲み込む形で肉体を乗っ取ったゴードン・ボビーは、そう言って眉間に皺を寄せた。


「だろうな。だが、他の連中の中には一分と持たない肉体しか見つからなかった奴もいてな。そいつらを、俺のダンジョンで鍛えているところだ」

 フィトゥンは分類的に邪神悪神ではないので、本来ならダンジョンを創る事は出来ない。しかし、『法命神』アルダがハインツを鍛えるためにダンジョンを創ったように、無理をすればダンジョンを創りだす事が出来る。

 彼はその無理を、ヴァンダルーがこの世界に転生する数万年前に、何千年もかけて行っていたのだ。


 ただ流石にアルダのダンジョン程の格は無いが。


「雷雲の迷宮で、鍛える? あれは隊長の加護が欲しい連中や、アーティファクトが欲しい、いわゆる英雄になりたい連中が受ける試練でしょうに。また無茶を」

 それでもB級冒険者が苦戦する程度の難易度はある。不慣れな身体でそこに挑むのは、千尋の谷へ突き落されるようなものだ。


「中身はお前と同じ生前から俺の部下だった奴か、有象無象の信者共の中から頭角を現した猛者だ。寧ろ楽しんでいたぜ。弱くなったお蔭で、また死闘を味わえるってな。

 お前は最後だから時間はそんなにないが、魔王との殺し合いを楽しむ前に肩を慣らしておけ」


「へいへい。……あ、そう言えば『雨雲の女神』が隊長に連絡を取ろうとしていました。隊長の神域に顔見知りがいないのを知って、諦めたのかすぐ引っ込みましたが」

「あの根暗女か」


 ハジメはフィトゥンの記憶にある『雨雲の女神』バシャスの事を思い浮かべ、顔を顰めた。

 バシャスはフィトゥンとほぼ同時期……実際には数百年程の差があるが、神にとっては誤差だ……に神に至った女神だ。


 雲に関する神は、元々は『風と芸術の神』シザリオンの腹心で従属神の中でも高い力を持つ一柱の神が纏めて担当していた。しかし、その神はシザリオンと同じく魔王グドゥラニスに魂を砕かれ消滅してしまった。

 そして死後英雄神に至った勇者ナインロードが急遽二代目『雲の神』を立てたが、若い神一柱では大役に対して力量が不足していた。そこで『雷雲』や『雨雲』等役割を分け、複数の神々に担当させる事にした経緯がある。


 そのためフィトゥンにとってバシャスは、戦場の英雄として大成したが神としては力量不足である事を表す存在であり、好意的な印象は無い。

「放っておけ、奴が加護を与えた英雄が突っかかって来るならともかく、地上に居ない奴本体は邪魔にすらならない」

 しかし、既にフィトゥンの本体は地上のハジメの肉体に宿っている。今更出来る妨害は無い。


「分かりました。……英雄と言えば、何で他の神々は隊長と同じ事をしないんでしょうね? その【マリオネッター】って力が無くても、信心深い信者にでも身体を差し出させて英霊か何かを降ろさせる事は、不可能じゃないでしょうに」


ハジメ・フィトゥンの後をついて歩きながら、ゴードン・ボビーがふとそう疑問を口にした。神々はヴァンダルーと戦うための戦力として、『蒼炎剣』のハインツを筆頭に多くの素質ある者を選び出し、英雄にするため育てている。

だがそんな手間をかけなくても、ハジメ・フィトゥンがしているように英霊を受肉させる方が効率的のように彼には思えたのだ。


 だが当のハジメ・フィトゥンは「馬鹿が」と彼の疑問を一笑した。

「こんな事を考えて実行するのは、俺のような信者を人とは思わない外道だけ。お上品な奴らには、出来っこない芸だ!」

 この行いが知られれば、間違いなく自分はアルダに杭を打たれる事になるだろうと彼は思っていた。当然だ。信者を導くべきとされる神が、信者を直接使い潰しているのだから。


 しかし、勇者達の世界にはこんなことわざがあるらしい。

 『勝てば官軍』。魔王ヴァンダルーを倒せば、その手段がどんなものだったとしても栄光を手に入れ、負ければただ滅びるだけだ。

 何ともシンプルで分かり易い仕組みである。




 前世では嗅ぎ慣れた臭いに、ダグ・アトラスは顔を歪めた。

 家や畑が焼け、焦げる臭いに、血臭。これで硝煙の臭いが加われば、完璧だったが、それは無い。

 夫婦か恋人と思われる男女の死骸が、自分達の血で赤くなった雪へ、重なるように伏していた。


「……ここ、モークシーの町じゃないよな?」

「そうね。どう見ても、山賊か何かに襲われた後の村か何かよね」

 それに答えたのは、真冬だと言うのに白いワンピースを着た黒い髪の少女……レギオンの人格の一人、プルートーである。


「ああ、俺もそう思う。だけど……何でここに【転移】したんだ? 俺達はモークシーの町に行くはずだったよな?」

 ダグとプルートーは、レギオンの人格の一人であるジャックの能力によって、タロスヘイムからモークシーの町に【転移】する予定だった。


 だが一瞬の浮遊感の後、目の前に広がっているのはこの惨状である。一瞬想定外の緊急事態が町に起こったのかと思ったが……そうでないのはすぐ分かった。周囲の様子を見回せば交易都市とは明らかに異なっていたからだ。

 一体何のつもりでこんな場所に自分を連れて来たのか。そう遠回しに尋ねたダグがプルートーを見ると、彼女もダグに視線を向けたところだった。


 『オリジン』では崇拝者達に神秘的と評されていた瞳は、戸惑うように揺れている。

「ねぇ、ダグ……ここ、どこかしら?」

「お前……マジでただの迷子かよ!?」

 どうやら何か意図があった訳では無く、単純に『転移』する先を間違えたようだ。


「仕方ないでしょう。私達、モークシーの町に行った事は無いし、ヴァンダルーも死属性の魔力をタロスヘイムよりは抑えているし……途中でこんな死の気配の濃い惨劇が起きていたら、間違いもするわ」

「そういう事にしておくか」

 レギオンの【転移】は、グファドガーンが行うような空間属性魔術によるものではない。死の気配や死属性の魔力を感知し、それを目印にして空間を瞬間的に移動する。彼女達の人格の一つ、ジャックの死属性魔術である。


 そのため、時折死の気配と仲間の気配を間違えて予定になかった場所に【転移】してしまう事を、ダグは知っていた。ジャック……彼が『ジャック・オー・ランタン』のコードネームを与えられたのは、そういう理由もあっての事だ。


「じゃあ、ここはタロスヘイムとモークシーの町の間にある、どこかの村か。ここからモークシーの町へ移動できるか?」

「そうね、多分大丈夫だと思うけれど……その前に試したい事があるから少し待っていてもらって良い?」

「それぐらいなら良いぜ。まあ、俺も一仕事あるみたいだが」

 プルートーとダグはそう言い合いながら、再び周囲に視線を向ける。


「お前達……どこから現れた? この村の生き残りか?」

 二人の周囲は、布や仮面で顔を隠した武装した人影に包囲されつつあった。建物の影から、ゾロゾロと現れた彼らの一人が、戸惑った様子で二人に声をかける。


 皮鎧を身に着けた軽装で、褐色の肌に癖の強い髪をしたダグ。逆に蠟のように白い肌でこの辺りでは珍しい黒髪黒瞳をした、しかも空中に浮いているプルートー。どちらも村人には見えない。

「迷い込んだ旅人みたいなもんだが、あんた達も村人や衛兵には見えないな」

 ダグが無難な答えを返すと、顔を隠した者達の中で最も異様な仮面を被った男が急に笑い出した。


「旅人か、それはいい。貴様等の人生と言う旅は、我等が神の生贄になると言う終焉をここで迎えるのだ!」

「あの人、見かけの割に詩人ね」

「そうだな、人は誰でも人生と言う旅をする旅人……って、それはどうでもよくないか?」


 どうやらこの村を襲ったのは村人にとって運が悪い事に、山賊ではなく邪悪な神を奉じる狂信者達だったらしい。山賊なら食料や金を差し出せば助かるかもしれないが、村人を生贄として捧げるために殺しに来た狂信者には意味が無い。

 お蔭でプルートーが勘違いする程、この村は濃厚な死の気配が漂う事になってしまった。


「さあ、今日最後の贄だ! この二人を……男の方はともかく、特にあの清らかな乙女を生贄に捧げれば、我等が神、『邪血の悪神』トゥベリース様も、再び我等にお言葉をかけて頂けるはず!」

「トゥベリース様~!」

「我等が神の為に!」


 口々に叫びながら、村人達の血で染まった武器を構えながら、近づいてくる狂信者達。それに対して、ダグは顔を顰めながら訊ねた。

「それでどうする、清らかな乙女のプルートー?」

「とりあえず、皆殺しにしてから考えましょう、男の方のダグ」

「そうだな……ルチリアーノのおっさんへの土産に持って帰るのも、面倒だしな」


 ダグが、【ヘカトンケイル】の念動力で雄叫びをあげながら斬りかかって来た狂信者達を叩き潰した。

「えっ?」

 教祖的な立場に在る仮面の男の見ている前で、部下達が粘土で出来た人形のように潰されていく光景に、思わず素に戻って声を出した。


 ろくに武器も持っていない少年が、何らかの手段で部下達を瞬く間に屠っていく。その光景は彼の理解力を超えていた。


『ダグ、退屈そうね』

『ああ、あいつが好きなのは殺しじゃなくて戦いだからな』

『好むのは一方的な殺戮では無く、闘争……勇士っぽいな! 私もそういう風に言われてみたいぞ!』

『プルートー、あたしが一気に燃やせば早いんじゃないかい?』

『それじゃあ、村人の死体も燃えちゃうじゃない』


 だが仮面の男にとって、更に理解不能な存在が正体を現しつつあった。彼が清らかな乙女と評した少女が、内側から膨張するように膨らみ、肉塊と化していく。

「あ、ああっ、神よ、我が神よ、我に、我に救いを……!」

 ミヂミヂと音を立てて、無数の肉で出来た人形を球形に捏ねあわせたような異形になりつつある少女の姿に、仮面の男は震えながら膝を突き、武器を落した。


『清らかな乙女の次は、神様だってさ』

『そう、じゃあ神である私が命じるわ。お蔭で迷子になったじゃない、死ね』

 仮面の男に向かってレギオンの無数の手が伸びていき、男の肉を掴んでは引き千切り始めた。仮面の男は絶叫をあげるが、レギオンの無数の手は彼が死ぬまで丁寧に肉を指でつまみ、そのまま引き千切り続ける。


 こうして邪神の狂信者達は、二度と死の気配を発生させレギオンの【転移】の邪魔が出来ないよう、皆殺しにされたのだった。

 そしてレギオンは幾つかの霊と交渉し、「試したかったこと」を何回か実行する事に成功した。


 その数時間後、『邪血の悪神』トゥベリースを信仰する悪神教団を追っていた、『清水の神』ユノスの加護を受けた騎士アベルが指揮する一隊が村に到着するが、その時には何も残っていなかった。

「これは……いったいどういう事だ!? 大量の血痕に焼けた家々、そして村を襲った狂信者達の内何人かの首があるのに、村人たちの遺体が無いとは……!」


 アベルは村だけでは無く周辺へ探索の範囲を広げるが、【転移】でこの場を去ったレギオン達の手がかりを得る事は出来なかった。

 ちなみに、『邪血の悪神』トゥベリースはとっくに信者を見捨てて、ヴァンダルーをやり過ごすために眠りについていたので、特に何が起こる事も無かった。




《ヴァンダルーは【能力値強化:被信仰】スキルを獲得しました!》

《【能力値強化:君臨】、【能力値強化:被信仰】スキルのレベルが上がりました!》


《【鞭舌禍】にジョブチェンジしました!》

《【鞭術】スキルを獲得しました!》

《【身体伸縮:舌】スキルのレベルが上がりました!》




 二月の下旬。暦では兎も角、この辺りではまだ春が遠く思える頃。

 それまでにヴァンダルーはやや信頼度は低いが、広範囲に霊による監視網を整備し、イトバムの町を含めた近隣の町や村、宿場への情報収集にも更に念を入れた。

 しかし、ムラカミやハジメの重要な情報を手に入れる事は出来なかった。


 ムラカミの方は一度【シルフィード】のミサ・アンダーソンらしき存在が偵察に来ただけで、それ以上の動きを見せなかった。

 モークシーの町の周辺の町や村に直接出入りしている様子は勿論、人を雇って食料品や必需品だけを買いに行かせている様子も無かった。


 恐らく、何らかの手段で前もって食料や生活必需品を買い込んでから、アルクレム公爵領に入ったのだろう。どの町や村にも入らず、出来るだけ狩りをせずに原野に潜伏するために。

 若しくは、『オリジン』で新たに死んだ転生者を仲間に加え、その仲間の能力を用いた可能性もあるが、それは低いと思われた。


 ハジメの方は一度霊の監視網に引っかかり、元『剛腕』のゴードンと一緒に居るのを見たと言っていた霊の話を聞いたと言う霊がいたが、それだけだ。

 直接見た霊はその直後、ハジメの魔術で浄化されてしまったので正確な事は分からないが。


「どうやら彼は【霊媒師】にでもなったか、特殊なスキルでも身に付けたか……そうでなければ、御使い等神の眷属か、神そのものと同化でもしているみたいですね」

 この世界で死属性の魔術師以外で霊を見る事が出来るのは、まず【霊媒師】ジョブに就いた者、それ以外だと神とその眷属である。


 一応霊を見る事が出来るマジックアイテムは存在するから、それを使っている可能性もあるが。

 そして、やはりそれ以降ハジメ達の足取りは途絶えてしまった。


「あいつが神の眷属と一体化……酔狂な神様も居たもんですね」

『性犯罪の神や女性恐怖症の神でも居たのかしら?』

「それは流石に居ないと思いますけど……『人形使いの神』も、ピンポイント過ぎですね」

 メリッサだけではなく、カナコやレギオン、ダグ等転生者達を知っている者達とそう相談を重ねるが、やはり彼らがどんな作戦を考えているのかは分からなかった。


 ハジメの【マリオネッター】の能力から推測すれば、何らかの方法で他人を継続的に操り、手足にしているだろうことは推測できるが……まさか邪神悪神では無いアルダ勢力の神が自身の信者を使い潰す事が前提になっている作戦を実行するとは、ヴァンダルー達でも思わなかったのだ。


 情報収集には難航しているが、それ以外の事は順調に進んでいる。

 特にタロスヘイムでの巨大神像建設は、ヴァンダルーが協力していないにしては驚異的なペースで進んでいる。大きなミスも無く、けが人も出していない。


「抗議活動は続けているのですけどねー」

「抗議活動って、あれでか? 作業の邪魔にならないように道の端で、大声を出して作業員の気が散らないように静かにプラカードを持って佇んでいるだけの使い魔王」

 タロスヘイムに最後まで残っていたダグが、使い魔王達の抗議活動を思い出してそう尋ねる。


 デモ隊と評すにはあまりにも人畜無害な使い魔王達の行動は、路上の清掃運動中ですと言っても疑われないだろう。……実際、抗議活動の後には、周辺の掃除までしている。

「『地球』のデモ隊を見習って叫んだり、通りを占拠したりしないと、存在にすら気がつかれないぞ」


「……そこまでしなくてもいいです。俺の我儘で国民の声を否定するのは抵抗がありますし」

 こうしたヴァンダルーの対応のお蔭で工事は順調に進み、彼の経験値もどんどん溜まり、【デミウルゴス】ジョブがカンストしてしまった。


 そして【バロール】や【アポリオン】、【デモゴルゴン】と言った特徴的な名前のジョブが新たに出現したが、最近【格闘術】を使う事が多くなり、【魔王の触手】も手に入れて鞭状の器官も増えたので【鞭舌禍】にジョブチェンジした。

 これで【鞭術】を覚えれば、【格闘術】以外の戦い方も出来ようになり、多彩な戦い方が出来るようになるだろう。


 他にもマッシュ達孤児院の子供達が、テイマーギルドの新人セミナーを受けたり、孤児院と共同神殿のヴィダ信者達との和解が進んだり、ゴブゴブの作り方が貧しい農村にまで広まったりしている。


「それはともかく、これからどうするの?」

「近くにいるらしいのは確かなのですが……虫アンデッドを放っているから、連中が近くに潜んでいるなら、その内見つかると思いますけど」

『時々普通の冒険者に潰されているようだけど、使い魔王と比べると騒ぎにはなり難いものね』


 あまりやりたくは無い作戦だったが、ヴァンダルーはアンデッド化させた虫をモークシーの町を中心に放っていた。これならただの霊を配置するよりも、確かな情報を得る事が出来る。

 ……その分、普通の人にも気がつかれ、騒ぎになってしまう可能性もあるのだが。


 既に勘の良い冒険者数名に気がつかれ、潰されたり捕獲されて、ギルドに報告されたりしている。ただ、アンデッド化させたのが、ハチやサソリではなく、毒を持っていない普通の虫である事と、報告されたのも数件だからギルドもまだ危機感を覚えていないようだが。


 念のために町の近くでアンデッドの群れが発生していないか、冒険者に依頼して見回ってもらっているぐらいである。


「とりあえず、警戒網といつでも動ける態勢を維持しながら、ひたすら待ちましょう。……狙って来るだろうタイミングは大体予想がつきますが」




―――――――――――――――――――――――――――――――――




・名前:レギオン

・年齢:2

・二つ名:【聖肉婦】

・ランク:11

・種族:エクリプスレギオン

・レベル:90

・ジョブ:蝕肉士

・ジョブレベル:35

・ジョブ履歴:見習い魔術師、魔術師、見習い戦士、戦士、肉弾士、巨肉弾士、無属性魔術師、操肉士、盗賊、暗殺者、暗闘士、魔塊士


・パッシブスキル

精神汚染:7Lv

複合魂

魔術耐性:6Lv(UP!)

特殊五感

物理攻撃耐性:8Lv

形状変身:3Lv(UP!)

超速再生:8Lv

怪力:9Lv(UP!)

魔力増大:4Lv

生命力増大:1Lv

能力値強化:食肉:7Lv

炎雷耐性:4Lv

能力値強化:創造主:2Lv(NEW!)

自己強化:導き:3Lv(NEW!)


・アクティブスキル

限定的死属性魔術:10Lv

サイズ変更:10Lv(UP!)

指揮:5Lv(UP!)

手術:7Lv

格闘術:9Lv(UP!)

短剣術:7Lv(UP!)

融合:3Lv(UP!)

突撃:10Lv(UP!)

詠唱破棄:4Lv

遠隔操作:9Lv(UP!)

無属性魔術:6Lv

魔術制御:6Lv

限界突破:7Lv(UP!)

高速走行:7Lv(UP!)

再生力強化:食肉:7Lv(UP!)

投擲術:5Lv(UP!)

料理:2Lv(UP!)

鍵開け:4Lv(UP!)

暗殺術:4Lv(UP!)

暗闘術:3Lv(UP!)

忍び足:2Lv

罠:2Lv

魔闘術:2Lv

歌唱:1Lv(NEW!)

舞踏:1Lv(NEW!)

御使い降魔:1Lv(NEW!)



・ユニークスキル

オリジンの神の加護

ズルワーンの加護

リクレントの加護

ゲイザー:5Lv

侵食融合:2Lv(UP!)

ヴァンダルーの加護

ディアナの加護(NEW!)

多重並列思考:1Lv(並列思考から覚醒!)




・二つ名解説:歓楽街の真の支配者 ルチリアーノ著


 ○○の支配者、○○の顔役等、特定の地域の重要人物である事を表す二つ名。この類の二つ名は、余程強く認識されているか、特異でなければ獲得できない。(師匠が『タロスヘイム皇帝』等、分かりきった二つ名を獲得していないのと同じ)


 師匠の場合、「歓楽街で最も強い影響力を持つのが少年である事」や、「表向きには『飢狼』のマイケルと言う支配者が存在していた事」等が獲得できた理由と考えられる。

 効果はその場所での影響力やカリスマ性を増す事である。




・スキル解説:多重並列思考 ルチリアーノ著


 レギオンが【並列思考】スキルを覚醒させた事で現れたスキル。複数の魂が融合し、別々の人格が存在する多重人格と呼ばれる状態にある彼女達、ならではのスキルだろう。

 ……やはり、普通なら人間が獲得できないスキルの上位スキルの場合、覚醒すると更に人間離れする傾向にあるようだ。

12月26日に232話を投稿する予定です。


それでは皆様、良いクリスマスを。

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