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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十章 アルクレム公爵領編
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二百二十九話 混沌を見つめる神々と、魔王ごっこをする魔王

 アルダ勢力の神々は、タロスヘイムを含める境界山脈内部を監視していた。ただ、ヴィダ派の神々が張り巡らせている結界によって神の力が遮断されてしまう。

 そのため神々は自身が存在する神域に覗き窓を創り、雲よりも天高くから地上を見つめると言う……諜報活動としてはかなり頼りない方法である。


 これがバーンガイア大陸の地形の観測や、正確な地図の測定、広範囲に渡る気象を含めた自然の観測なら、大きな成果が望めるだろう。

 だが、神々の目的は地上に存在する都市国家の情報収集である。


 もちろん高位の存在である神々の目は、人間よりもずっと遠くのものを見る事が出来るが……流石に限度がある。それに透視能力を持っている訳でもない。そもそも、本来なら必要無いのだ。

 神々は自らに祈りを捧げる信者達の目や耳を通して、世界を知る事が出来るのだから。


 この「祈りを捧げる」という条件のハードルは、かなり低い。毎日決まった時間に何時間も礼拝を行うような熱心な信者でなくても、食前に短く祈り、一週間から一カ月に一度、神殿や祠、家に置かれている神像や聖印に手を合わせれば十分満たせる。もちろん信仰心が強ければ強い程詳しく見る事が出来る等の違いはあるが、その程度だ。


 ……まあ、これは諜報の為の力では無く、神々として備えるべき基本的なものなのだが。信者の祈りに応える事が出来るのは稀とは言え、そもそも祈りを聞く事が出来ないのではそれすら不可能になってしまう。

 もっとも、境界山脈内部は結界で阻まれている事と、何より彼らの信者が一人も存在しないためどの道諜報には使えないのだが、


『……う゛ぅっ!』

 そうした事情で己の視力のみを頼りに境界山脈内部を監視していた神の一柱、『波の神』リャオンが呻いてそのまま神域の内側に倒れた。


『リャオン殿! リャオン殿が倒れたぞ!』

『タロスヘイムを見過ぎたのか!?』

『だ、大丈夫だ。暫く休めば落ち着く……だが今これ以上続けるのは難しいようだ。ユペオン様に、他の神との交代をお願いしてこよう』

『そうしなさい。その間の監視は、我が代わりましょう』


 アルダ勢力では、光と生命の両属性の長をアルダが務めているが、他の属性の長を務めるべき大神が存在しない状況が十万年前から続いている。そのため残りの六属性はそれぞれ代理の神が長を務め、各属性の神々を率いてきた。

 ファーマウンが約五万年前に離反したため、火属性は更に代理の神を立てなければならなかったり、空間と時属性は残っていたのが自我を持たない神々ばかりで新しい神を選ぶのも難しい状態だったりと、安定的とは言い難い体制だが。


 だが水属性と土属性はそれぞれ大神の補佐を行っていた神が代理に立っており、十万年前から比較的に安定していた。

 その水属性の神の大神代理が、勇者に槍を授けた事で知られる『氷の神』ユペオンである。『波の神』リャオンは、彼の信者の中から見出された神である。


『しっかり休むのだぞ、リャオン殿。

しかし、我等神々の精神さえ蝕むとは。魔王ヴァンダルー……恐ろしい奴だ』

 そのリャオンの精神を蝕んだのが、タロスヘイムの建物の屋根に描かれた謎の模様である。何か意味が込められた抽象画のようであり、子供の落書きのようでもあり、個々の屋根の絵が独立していると感じる時もあれば、町全体で一つのテーマを表しているようにも思える。


 それはただの前衛芸術では無く、ヴァンダルーの【精神侵食】スキルの効果が込められた呪いの絵である。

 目にするだけで神の精神をも蝕む、恐ろしい魔の芸術だ。

『我々神であれば耐える事も出来るが、もし信者達が見てしまったらと思うとゾッとする……』

『アミッド帝国軍やサウロン公爵家では、スキュラ共の自治区だった土地に奴が仕掛けたモノリスや地上絵を見たせいで、既に何人も正気を失ったそうだ。【精神耐性】スキルを持つ者でも、油断はできないとか』


『正気を失うだけならまだいい。中には奴に魅入られ、何かに誘われるように旧スキュラ自治区へ向かい姿を消した者もいる。彼らは、既に我々の信者では無くなっていた』

『勇者の力を持った魔王か。それにしても厄介な導きだ』


 監視を行っている神々にとっては呪いの絵だが、神々から見て心に闇を抱えた存在が眼にすると、魔王の狂信者へと導かれてしまう。

 導きは精神的な攻撃では無く、受けた者にとっては良い効果なので耐性スキルも役に立たない。


『モークシーの町でもヴィダの化身と共に、次々に人の子を甘い言葉と手練手管で誘い、導いているらしい。案外、リクレント様やズルワーン様がアルダ様を裏切ったのも、奴に狂わされたせいかもしれないな』

『……否定は出来んな。あの姿を見れば、尚更。伝え聞いた魔王グドゥラニスの恐ろしさも薄れる悍ましさだった』

『事実、グドゥラニスより恐ろしいかもしれん。我々は十万年前の戦いの後に神に至った故、グドゥラニスを直接見てはいないが……明らかにヴァンダルーの方が狡猾で、したたかなのは分かる』


『その狡猾でしたたかなヴァンダルーを、ロドコルテ殿の転生者達は倒せるのか? 我らがアルダの加護を受け、アルダの英霊まで遣わされた次代の勇者、ハインツですら大きな被害を出して一旦引かせただけだ。

 己の魂を具現化させ、更にその魂を自ら傷つけても一月も経たず復活し、『悦命の邪神』を喰い滅ぼし、ついには龍や真なる巨人の血筋でもないのに亜神に至ったような化け物だぞ』


『亜神か……確かにその通りだが、奴はすっかり神気取りだ。見ろ、人々に巨大な己の像を建築させている』

 その神が指差した場所では、巨大なヴァンダルー像の建築作業が行われていた。後世までタロスヘイムが存続した場合、観光名所の一つに数えられるのは確実だろうと思える巨大さである。


 だが『いや、殺せるはずだ』と他の神が口を挟んだ。


『肉体がある以上、いつか死は訪れるものだ。寿命を持たない吸血鬼や魔人族や、既に死んでいるアンデッドであっても滅びは避けられない。より高度な存在、亜神である真なる巨人や龍、獣王であってもそれは変わらん。

 ……魔王グドゥラニスは、確かに肉体を無数の肉片に切り裂かれ魂を分割されても生き続けているが、封印する事は出来ている。そうだろう?』


 その神の言葉に、確かにと他の神々も同意する。彼ら神々の認識の中では、永遠に不滅の存在は無いとされている。事実、大神ですら魔王グドゥラニスに滅ぼされてしまったし、そのグドゥラニスも厳重に封印され死んでいるに等しい状態だ。


 どんな存在であっても、例外は無い。違いはそうなるまでの年月ぐらいだ。

『ただ……殺す事が出来たとして、その後どうするのだ? 奴が普通のダンピールなら気にしないでもいいとは思うが、奴はアンデッド使いだ。死の瞬間、自らの死体をアンデッド化して復活する可能性は十分ある』


 今までの歴史上、原種吸血鬼グーバモンやテーネシアのような、俗に言うネクロマンサー、アンデッド使いが何人も登場した。それらはヴァンダルーと同じ死属性の魔術では無く、邪悪な神々の加護や異端の生命属性魔術で死体に偽りの命を与えて操る術者達だった。


 そうしたネクロマンサー達の内何人かは、致命傷を負って倒れても自らの死体をアンデッド化させて立ち上がる事があった。殆どは生前の人格も記憶も失ったただのゾンビになるだけで、悪足掻きに過ぎなかったが。

 しかし、もしヴァンダルーが同じ事をした場合、生きている時と同様の脅威であり続ける可能性が高い。


『それに関しては、アルダ様とロドコルテ殿が約定を取り決めたではないか。殺した後、アンデッド化する前にロドコルテ殿の『輪廻転生の神』としての権能でヴァンダルーの霊を捕え、封印すると』


 『輪廻転生の神』であるロドコルテの権能は、生きている人間には及ばない。権能が及ぶのは死んで、転生して生まれ変わる前の魂だけだ。

 だが肉体を失って死んだとされる状態なら、自身の輪廻転生システムに属していない魂にも、干渉する事が出来る。


 ラムダ世界に降臨する形で手を伸ばし、無力な状態の霊を掴みとるのだ。そして、そのまま封印する。

 魔王グドゥラニスの魂の欠片と、同じように。


『魂について我々は門外漢だが、専門家であるロドコルテ殿があれほど強く断言したのだ。殺す事さえ出来れば、ヴァンダルーを封印する事は可能なはず』

『なるほど、確かに。あのグドゥラニスの魂をも封印するロドコルテ殿の力なら、信頼は出来る。

 だが、肝心の転生者達はヴァンダルーを殺す事が出来ると思うか?』


 そう神の一柱が尋ねると、他の神々は思わず押し黙った。

 ヴァンダルー以外の転生者達、『ブレイバーズ』の『オリジン』での活躍をアルダ勢力の神々は詳しく知らない。だがこの世界に転生してからの動向はある程度知っている。


 それから推測すると……今のところ平均的な人間よりはずっと速く成長しているが、今後の伸び代を加味しても神をも滅ぼすヴァンダルーを倒せるかは疑問と言うものだった。

『後は、ロドコルテ殿が主張するチート能力が、どの程度有効かだな』

『それと、我々神々がこの世界の英雄と同じように加護を与え、御使いや英霊を遣わして支援した場合どの程度伸びるのか……戦上手で知られる『雷雲の神』フィトゥン殿次第か』


『ナインロード殿の指揮下から離れ、独自に行動をとっているため、アルダ様の怒りを買ったようだが……いっそ我々の英雄達もフィトゥン殿に合流させて、力を合わせて戦うべきではないか?』

『待て、フィトゥン殿が転生者に授けた策が分からぬまま不用意に近づけば、かえって邪魔になりかねん。

 誰かフィトゥン殿か、その英霊や御使いに連絡の取れる者はいないか?』


 ヴァンダルーに対する危機感が募っている若い神々はお互いの顔を見回すが、誰も手を上げない。フィトゥンとその配下達に連絡を取る手段を持っている神はいないようだ。

 だが、リャオンから監視を代わった『雨雲の女神』バシャスが、視線をタロスヘイムから動かさないまま口を開いた。


『同じナインロード様の従属神として、勝手な行動を止めるために連絡を取ろうとした事がある。我が知っているフィトゥンの英霊や御使いに仲介を頼んで。

 だが……彼らはフィトゥンの神域には居なかった』


『居なかった? まさか既にヴァンダルーに砕かれて……!?』

『いや、それはあるまい。それなら神々の誰かが気がつくはずだ!』

『恐らく、フィトゥン殿が転生者に授けた策のために、神域の外に出ていたのだろう。……各々方、どうやら我々に出来る事は無いようだ。各自、割り振られた役目を果たす事に専念しよう。

 ……ところでバシャス殿、大丈夫か? リャオン殿と交代する前もバシャス殿が監視をしていたはずだが』


 この場に居る若い神々の纏め役である神が、バシャスを気遣って声をかけるが、彼女はやはり視線を動かさずに答えた。

『問題無い。貴殿が言ったように、我は己の役目を果たしているだけ』

『そうか。貴殿の献身にはナインロード殿も感心しておられるだろう。だが、変調を覚えたらすぐ言うのだぞ』

 そう頷いてその神はバシャスに監視を任せた。この時彼は、強引にでもバシャスのタロスヘイムを見つめる顔を見ておくべきだったかもしれない。


 彼女の顔にはじっとりと湿った口調とは裏腹に、熱が浮かんでいたのだから。




 その頃、甘い言葉と手練手管で人々を誘っている片割れであるヴァンダルーは、まさしくその最中であった。

 ぼんやりと光るウィスプが唯一の光源である薄暗い部屋に、未熟な者達を集め、語りかける。

「闇に誘われし、か弱き者達よ。よくぞ我の下に集った」

 ヴァンダルーの言葉に、集まった者達の中にいるオズワルドが小さく震える。


「我は汝らに、光に満ちた白い道を歩く者には決して与えられぬもの……力を与える存在。

 力を得れば、汝らは一つを除いて欲するものを全て手に入れる事が出来るだろう。より長く生き、より美味い物を喰らう事が出来る。

 だが、その代価に我は汝らの自由を要求する。一度魔性に堕ちた者は二度と元に戻る事は出来ない、その覚悟がある者のみ我が前に進み出てそろそろきついので勘弁してください、マッシュ」


「何だよ~っ! 超良いところだったのにぃ!」

 ウィスプの明かりが届かない部屋の端の方に集まっていた子供達の中から、マッシュが不満そうに声をあげる。

「そうだよ、お兄ちゃんかっこよかったよ!」

「凄く悪役っぽかった!」

「続きやって、続き~!」

 そしてマーシャを含む他の子供達も、ヴァンダルーに芝居を続けるようにせがむ。


「ちゅう」

「キィキィ」

 ヴァンダルーの前に並んでいる未熟な者達……マーシャの飼いネズミのオズワルドや、マッシュが育てている仔コウモリのナイトウィングは、大人しくペット仲間と戯れている。


 孤児院の一室で何故こんな事をしているのかと言うと……原種吸血鬼ビルカインの魔の手から助け出されたマッシュ達に、ヴァンダルーは自分の正体とモークシーの町に来た裏の理由を打ち明けた。

 それに対してマッシュ達は……


「お前、俺達に隠し事をしていたお詫びに、何でもするって約束したよな?」

「約束しました」

「それでナイトウィング達をファングやマロルみたいにしてくれって言ったら、『ちゃんとテイム出来ていたら』って言ったよな?」


「言いました」

「それでお前の出したテストに皆合格したよな!?」

「皆二回目で合格しましたね。マッシュだけ三回目でしたけど」

「それはいいんだよ! それで、ついでにナイトウィング達がもっと強くなれるように、おまじないに協力してくれって頼んだら、頷いたよな!?」

「……頷いてしまいましたねー」


 今日に至るざっとした経緯は、そんなところだった。

 あれから約二週間かけてテイマーとして最低限……名前を呼ぶと寄って来る等、飼い慣らしていると判断できる段階までペットを躾けたマッシュ達は、ペットの魔物化をヴァンダルーに頼んでいたのだ。


「まさか、おまじないでこんな芝居をさせられるとは思っても見なかったのですよ。大根役者の俺がやっても、つまらなくないですか?」

「そんな事無いって、お前スゲー才能あるぜ! お化け役なら今すぐ劇場で雇ってもらえるぜ、きっと!」

「マッシュ、ありがとう。気持ちだけ受け取っておきますね」


 死んだ瞳に白い髪、屍蠟のような肌、そして不気味なほどの存在感の無さ。無表情と平坦な口調のため演技が出来なくても、確かにお化けならはまり役だろう。

 ……自前で【飛行】したり、【魔王の墨袋】の色素で眼球を真黒く染めたりと特殊効果やメイクも出来るので、ホラー専門の劇場があったら、確かにすぐデビューできそうだ。


『はて、儂は何をしていたのでしたかな?』

 ウィスプ……チプラス達光属性のゴーストに倒され、自身も光属性を帯びた元ビルカインの腹心だった、老吸血鬼はぼんやりとした様子で、ふよふよと漂い出した。


「おじいちゃん、あたし達と遊んでいる途中だよ」

『おお、そうだったかのぅ』

「じいちゃん、そっち行っちゃダメだよ。こっちこっちっ」

 声だけ聴くと孫と戯れる老爺のようだ。光属性のチプラス達に倒されたため、彼の邪気は記憶等と一緒に洗い流されてしまったらしい。


 彼も加害者の一人なのだが、子供達は青白く光る火の玉があの時の老吸血鬼だとは認識していないようだ。

 ちなみに、彼とマギサ以外の残り二人のビルカインの腹心は、ヴァンダルーによってアンデッド化させられている。エルフの貴種吸血鬼は肉体が完全に破壊されたためカースウェポンに、逆にドワーフの貴種吸血鬼のモルトールは体が残っていたので、マギサと同じくヴァンパイアゾンビになっている。


 二人ともこの町でなく、タロスヘイムのヴァンパイアゾンビで構成された闇夜騎士団の見習いとして働いている。


「なあ、あの爺さんみたいなウィスプだったら、俺達でもテイムってできるかな?」

 子供達とウィスプの交流をヴァンダルーが、やや現実逃避気味に眺めているとマッシュが確認するように訪ねてきた。


「できますよ。既に例がありますし」

 アンデッドはテイムできないとされているし、ヴァンダルー以外には実際生者がテイムを試みるのは危険な魔物だ。だが既にヴァンダルーが導いた魔物なら、彼以外の人間でもテイムする事が可能だ。


 前例として、父親の霊が宿っているカースウェポンをテイムしているイリスや、リビングアーマーをテイムした元偽レジスタンスのハッジ達がいる。

「まあ、向き不向きがありますけど。俺に好意的だからと言って、俺以外の人にも好意的とは限りませんから」

「その辺りは生きている奴も同じだろ。だったら、親の霊がくっ付いている奴が孤児院に来たら、顔を見させてやってくれよ。もし一緒に居られるなら、辛い別れにはならないだろうし」


「構いませんよ。当人達の意思や、霊の状態にもよりますけど」

 マッシュの頼みに、ヴァンダルーは特に問題を感じなかったので頷いた。この世界では母であるダルシアがいるが、『地球』では物心つく前に両親は死んでいたので本当の親に会えない気持ちは理解できるからだ。

 霊を常人の目にも映るようになる【可視化】の術をかける事は勿論、アンデッド化させるのも今では負担では無い。


 同じ事は違法な人身売買を行っていた、『ハイエナ』のゴゾロフの犠牲者にも行っているし。

 流石に「適当な霊から両親の代役を見繕って、それを実の両親だと偽って紹介しろ」とか、「死体をツギハギして両親っぽいゾンビを作ってくれ」等と言われたら、考えただろうが。


「本当か!? 孤児院に来たばかりの奴の中に、時々両親に会いたいって泣く奴がいるから助かるぜ」

「その子に親の霊がついているとは限りませんけどね。この町周辺で亡くなったのなら、まず俺の所に来ているかもしれないので、探してみますけど」


「それで十分だぜ、ありがとな。いやー、もし断られたら魔王ごっこ止めても良いからって頼み込むつもりだったから、すぐ頷いてくれて助かったぜ」

「……今からでも断って良いですか?」

「ダメ」

「ですよねー」


 がっくりと膝をつくヴァンダルー。

「でも、そろそろ時間も無くなるから、変化させるところまで進めてくれ」

「はい。ええと……力を求める者達よ、我が紅き血の祝福を受け、闇の眷属に加わるがよい」

 【完全記録術】の効果もあって暗記していた台詞をそのまま口にしたヴァンダルーは、鋭い鉤爪を自分の掌に突き刺した。


 紅い血が、床に置かれたスープ皿に滴り落ちる。それを前にしたオズワルドやナイトウィングが、皿に駆け寄りヴァンダルーの血を飲み始めた。

 子供達のペットの多くは肉食や雑食性の小動物だが、血を特に好む生態ではない。それが飢えた獣のように夢中で血を飲む様子は、確かに異様であった。


 そして血を飲み続けるペット達の身体からメキメキと何かが軋むような音が響き、変異が始まった。

 そしてオズワルドはジャイアントラットに、ナイトウィングはジャイアントバットに、他のペット達もランク1の魔物へと変わっていく。


「これで汝らは我が眷属となった。我を裏切る事は許されない……ゆめゆめ、忘れる事のないように。っと、言う訳で明日は皆でテイマーギルドに行って登録しますからね。忘れないように」

「「「は~い!」」」

『はぁぁい』

「それは分かっているけど、もうちょっと余韻を楽しませろよ~っ!」


 元気の良い子供達の返事と、それにつられたウィスプの返事と、マッシュの苦情。しかし結構ヴァンダルーとしても限界に近かった。

 邪神悪神にすら蝕まれなかったヴァンダルーの精神を追い詰める、マッシュの台本。恐るべし……なのかもしれない。


 単にヴァンダルーもこじらせた時期があっただけともいうが。


「マッシュ、皆何をやってるの! 昼間から窓を閉め切って、ヴァンダルーさんに変な事を頼んで、困らせていない?」

「なんだか変な臭いが……っ!? 血、血が!?」

 そこに扉を開けてセリスとベストラが入って来た。二人ともマッシュ達のペットを今日変異させる事は知っていたはずだが、何か異変を感じて入って来たようだ。


 実は従属種吸血鬼であったセリスとベストラ、そしてダンピールだった院長は、暫くはそれまで通り人間として孤児院を運営する事にした。

 ダンピールの院長はともかく、吸血鬼であるセリスとベストラは法律上魔物であり、人間と偽って町に入り込んでいた事が分かると、冒険者ギルドの討伐対象になってしまうからだ。


 彼女達の事情を明かせば、町からの追放ぐらいで許されるかもしれない。だが逆に「原種吸血鬼の手先を養成するための機関」として孤児院全体が糾弾されてしまう可能性もある。

 ヴァンダルーはモークシー伯爵とは良好な関係を築いているし、それなりに信用もしている。しかし、彼は絶対的な権力を持つ君主と言う訳ではない。


 他の領地を治める貴族には彼の政敵もいるだろうし、それとは関係無く「ダンピールはいいけど、吸血鬼は例外無く悪だ」と断じる宗教勢力もある。

 モークシー伯爵がそれらと政治的に戦う事を選んだとしても、彼が仕えているアルクレム公爵がどう判断するか分からない。


 公爵は今のところ、ユリアーナの関係でヴァンダルー達を探ってはいるが、それだけで具体的に敵対的な意思は見せていない。だが、孤児院の真実を知った時、彼がそれをヴァンダルーに対する攻撃材料として使わずにいられるか、分からない。


 そう言ったややこしい上に、モークシー伯爵の政治生命と毛髪に致命的な事態を引き起こし、最悪の場合ヴァンダルーによるアルクレム公爵領侵略が開始される未来よりは、真実を闇に葬って数か月の間口をつぐんでいる方が平和と言うものだ。

 将来的にセリスとベストラの二人はタロスヘイムに移住し、マッシュ達も順々に連れて行く予定だ。


 その後院長がダンピールである事を明かして、身分と顔を偽っていた事情を「両親を殺した者達の目を誤魔化す為」と説明する予定である。


「大丈夫だよ、姉ちゃん。なあ、ヴァンダルー?」

「ええ、もう治っていますから」

 血をスープ皿に溜める為に自ら傷つけたヴァンダルーの掌は、【高速再生】スキルの効果で既に傷跡も残さず完治している。血は傷から溢れだした分の残りでしかない。


「そうか……聞いて想像していたよりも血を流していたから、驚いた。……オズワルド達は本当に魔物になったようだな」

「皆、ヴァンダルーさんが言った通りランク1みたいね。これならみんなでも扱えるわね」

 胸をなでおろした様子のベストラとセリスが、変異したオズワルド達を見まわして頷く。


 ランク1の魔物の内、ジャイアントラットやジャイアントバット等は、大きいネズミとコウモリでしかない。危険度は野良犬と同じか、それ以下である。飼い主であるマッシュやマーシャに懐いているのなら、犬や猫と同じようなものだ。

 幼い子供でも扱う事が出来るし、実際テイマーとして幼いころから教育される場合、最初にランク1の魔物を飼いならす事から始める者も多いのだ。


 だから十歳未満で、師匠から与えられたランク1の魔物をテイムして使役しているテイマーは、少なくない。

 ……だとしても、明日テイマーギルドのバッヘムは度肝を抜かれるだろうが。ランク1の魔物が一匹だけとは言え、ギルドの組合員数が倍以上に膨れ上がるのだから。


「良かった。いきなりランク3や4になったらどうしようかと、少し心配していたんだ」

「動物から変異する場合、ランクがどれくらいになるかは大体分かるようになりましたからね」

 これまで幾種類も動物を変化させてきたヴァンダルーは、弟子の研究者であるルチリアーノが纏めていた情報を基に、変異した後の魔物がどれくらいの強さになるのか見当がつけられるようになっていた。


 小さなネズミやコウモリのような小動物の場合は、ランク1。犬や猫、カモ等ある程度以上の大きさの鳥、カピバラ、馬等はランク2。そして、まだやった事は無いが大型の猛禽類やヒグマ等はランク3の魔物に変異する確率が高い。

 上記のように、変異する元になる動物が強ければ強い程強力な魔物に変化するようだ。


「死者をアンデッドにする時よりも、結果を予想しやすいですから。個体差によって変わる可能性もありましたけど、そこまで変なのはいませんでしたからね。猫より強いネズミとか、虚弱体質なキツネとか」

「でも大丈夫だぜ! 今はまだ弱いけど、ファング達みたいにガンガンランクアップしてみせるからさ。だろ、ナイトウィング!」

 そう意気込んで相棒に声をかけるマッシュだが……ナイトウィングはヴァンダルーの血が溜まっていたスープ皿を舐めるのに夢中になっている。


「それはまだ早いわ、マッシュ」

 しかも、セリスに止められていた。


「な、何でだよ!?」

「当たり前よ。今のマッシュじゃ、ナイトウィングと力を合わせても、ゴブリン一匹を倒せるか分からないじゃない。ちゃんと戦えるようになってからにしなさい」


「ヴぁ、ヴァンダルーと一緒に行けば――」

「一緒に行ってもダメよ。それじゃあ、ヴァンダルーさんに頼りっぱなしじゃない。ナイトウィングの相棒は、あなたでしょう、マッシュ?」


 そう繰り返し言われたマッシュは言葉に詰まった様子で暫く考え込んだ後、「分かったよ」と言って肩を落とした。

「分かってくれて嬉しいわ、マッシュ。焦らなくても、あなたはこれからなんだから。もっとゆっくりして良いのよ」

 そうセリスが本物の姉のようにマッシュの肩に手を置いて、優しい言葉をかける。そして、マッシュに言わなければならない事を全て言われてしまったヴァンダルーに視線を向ける。


「ヴァンダルーさんも、手の血を洗わないと。傷は治っていても、血まみれのままじゃ……いけないから……綺麗に……」

 その優しげだった瞳が何故か爛々と輝き、頬が赤くなる。そしてヴァンダルーの腕を両手で掴む。


「綺麗に、しないと……っ」

 そして何故かごくりと喉を鳴らす。彼女がどうやってヴァンダルーの血まみれの手を綺麗にするつもりなのか、その様子を見れば明らかだ。


「うわぁ~っ!? セリス姉ちゃんがナイトウィングみたいになってる!?」

「うーん、我を失う程の衝動に取りつかれる事になるとは思いませんでした。とりあえず血の臭いを【消臭】してみましょう」


「セリスっ、落ち着くんだ!」

 マッシュが悲鳴をあげた事で事態に気がついたベストラが、慌てて彼女を羽交い絞めにして止めようとする。

「そんな事をしたらっ、エレオ……他の吸血鬼のようになって、戻って来られなくなってしまうぞ!」

「うぅっ、ベストラ、分かっているの、それは分かっているのよ。でも……喉が渇いて、乾いてしかたがないの!」

「……なんだか俺の血が怪しい薬みたいな扱いですね」


「暢気な事言ってるなよ! その消臭って魔術をさっさと使えよぉ!」

「マッシュ……もう使いました」

「マジかよ!?」

 どうやら、スイッチが入った後に臭いを消しても意味は無いようだ。


「う゛ぅ、だ、ダメだ……私も……」

 それどころか、セリスを止めていたはずのベストラも熱に浮かされたような顔つきになり、だんだん彼女を止めるのではなく、彼女と同じようにヴァンダルーの腕についた血を見つめている。


「ベストラ姉ちゃんまでダメになってる!? ヴァンダルーっ、引き剥せないのか!?」

「出来なくはないですけど……二人を振り回すような勢いで強引に引き剥す事になるので、ちょっと危ないです。俺と彼女達以外が」

 セリスとベストラは従属種吸血鬼であるために、細身に見えてもそれなり以上に力が強い。マッシュが「ゴリラみたいだ!」とからかうぐらいには怪力である。


 そのセリスが手加減無しでヴァンダルーの腕を掴んでいるため、簡単には逃げられそうにない。勿論、多少荒っぽくしても彼女達自身は平気だろうが……周囲の子供達とペットがやや危ないかもしれない。


「それに、皆に慕われている二人を荒っぽく扱って嫌われたら、俺の心も無傷ではいられないでしょう」

 そう言いながら、血まみれの方の手に顔を近づけようとするセリスとベストラを、血が付いていない方の手で押し止めているヴァンダルー。この時点で年若い娘にする扱いでは無い気もする。


「じゃあもうちょっと何とかしろよっ。エレオノーラの姉ちゃん達がこうなったときは、どうしてるんだ!?」

「血を飲ませています」

「ダメじゃん!?」


「では、血以外で我慢してもらいましょう。正確には、成分の半分ぐらい血ですが。

 マッシュ、俺の服の内側のポケットに小瓶が入っているので、それを出してもらえますか?」

「お、おうっ」

 ヴァンダルーの言葉通り、小瓶を取り出そうとするマッシュ。


「何やってるの~?」

「お姉ちゃんとマッシュ兄ちゃんも、血を飲んで『やみのしゅくふく』を受けようとしてる!」

「止めなきゃ! お姉ちゃん達が本物のゴリラになっちゃう! マッシュ兄ちゃんがお姉ちゃん達をゴリラゴリラって言うから!」

 しかし四人の状況を見た子供達が、儀式の続きをしていると誤解してセリスとベストラ、そしてマッシュまで止めようとする。


「違うっ、俺のせいじゃな~いっ!」

 そう主張するマッシュだが、厨二病じみた儀式を提案してヴァンダルーに要求したのは彼なので、間接的には彼のせいでもあるのだが。


「……仕方ない、自分で飲ませましょう」

 その後、ヴァンダルーは【魔王の触手】で懐のブラッドポーション……ヴァンダルーの血をベースに調合されたポーションを二つ取り出し、セリスとベストラの前で栓を抜いて見せる。


「っ!? んぐっ……んくっ……」

 その途端二人の関心が腕の血から、ブラッドポーションに移った。二人とも夢中になって飲み始めた。

「良かった、これで二人とも……あれ? 良かったのか?」

 ブラッドポーションを飲むにつれて、二人の瞳に理性が戻っていくのを確かめて胸をなでおろしたマッシュだったが、結局血を飲んだのは変わらないのではないかと思って首を傾げる。


「俺の腕を舐めて飲むよりは、それを見る子供達の教育にいいと思いますよ。後、正気に戻った後の二人の精神的に」

「そ、それもそうか」


「うわっ、ヴァンダルー兄ちゃんがランクアップした!?」

「じゃあ、お兄ちゃんもオズワルドみたいに、ジャイアントになるの?」

「……将来的にはなりたいと思います」


 ブラッドポーションを飲み干して吸血衝動を満足させ、正気に返ったセリスとベストラによって、「儀式」は解散させられたのだった。

12月14日に230話を、18日に閑話32を投稿する予定です。

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神をも堕とす新たな魔王であった(笑) ヴァンダルー「解せないです(ー_ー)」
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