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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十章 アルクレム公爵領編
279/514

二百二十八話 空を仰ぐ者達

投稿が遅くなってすみません。

 安藤美佐は『地球』で死に、ロドコルテによって『オリジン』に転生させられる際、肉体を気体に変化させる事が出来る能力を与えられ、美佐・アンダーソンとなった。

 ロドコルテは能力の事を『チート能力』だと認識していたようだが、彼女の認識では超能力の類のように感じられた。他の才能のある人間がどんなに努力しても手に入れられない力を、生まれつき与えられたのだから、十分ズルい能力かもしれないが。


 そして『オリジン』で『第八の導き』の一人である発火能力者、バーバヤガーによって死体も残さず焼き殺されてしまった。

 当時の彼女は肉体全てを気体に変化させても、無色透明になる事が出来なかったのと、何より地下アジトと言う閉鎖空間で彼女に見つかった事が命取りになった。


 バーバヤガーと彼女の相性が致命的に悪い事は、事前に分かりきっていた。

 肉体を完全に気体化してしまえば、物理的な攻撃では美佐は傷つけられない。しかし炎は天敵だった。燃焼によって気体が変化してしまうと、美佐は肉体を失ってしまうからだ。

 【シルフィード】の力を使わず、訓練で身につけた魔術や戦闘技術を活かして戦う方法もあるが、バーバヤガーの瞬間的な、そして激しい爆発を防ぐのは彼女には難しかった。


 だから作戦では、徹底的にバーバヤガーを避けるはずだった。バーバヤガーから離れた場所をキープし、数秒先の正確な未来を見る事が出来る【オーディン】の狭間田彰と行動を共にし、『第八の導き』、特にプルートーの死体を持ち帰るはずだった。

 しかしバーバヤガーが予定外の地点に居たために、彼女と狭間田彰はバーバヤガーが投げた携帯用の有機物……油が入ったペットボトルを爆発させた事で、焼き殺されてしまった。


 そしてこの『ラムダ』に転生させられ、ミサ・アンダーソンとなった。

(……それでやっているのが野次馬と同じとは……やるせないわね)

 今、ミサは『シルフィード』の力で肉体を完全に気体化させてモークシーの町の広場上空から、地上を見下ろしていた。


 地上では大勢の野次馬が騒ぎながら、『剛腕』のゴードン対『飢狼』のマイケル、そしてサイモンとナターニャの決闘が始まったところだ。

 決闘を行っている本人達は勿論、周囲の野次馬も……その最前列で決闘の行く末を眺めているヴァンダルーもミサの存在に気がついてはいなかった。


 それを考えれば、やるせなさも薄れる。

(努力ってものも、やってみるものね)

 『オリジン』では完全に透明になる事が出来なかったし、訓練された警察犬や軍用犬に気がつかれる事もあった。しかし、ミサは【ラムダ】に転生してから【シルフィード】の力をより高めることに成功した。


 完全に無色透明になる事や、犬よりも鋭い嗅覚を持つ高ランクの魔物も察知できない隠密性を手に入れた。他にも気体の状態でも魔術を使えるようになったし、物もある程度動かせる。

 エルフと言う風属性に親しい体質の者が多い種族の肉体を選んだ影響もあるだろうが、全てはこの約二年の努力と研鑽の賜物である。


 そして【オーディン】のアキラ・ハザマダが編み出した、魔力や生命反応を隠す魔術をかけてある。ここまですればヴァンダルーでも気がつかないだろう。そう思うのだが、ミサは決して彼と視線を合わせないように注意していた。


(調査対象から目を逸らしながら調査しろなんて矛盾もいいところだけど……【デスサイズ】みたいに消滅するのは御免だわ)

 ミサの脳裏に浮かぶのは、自分達を出し抜いて手柄を独占しようとした転生者、【デスサイズ】の近衛宮司だ。彼はヴァンダルーの心臓と肺の動きを止める事に成功したが、何らかの攻撃を受けて魂を砕かれて消滅してしまった。


 その時ヴァンダルーは地上、近衛宮司はロドコルテの神域と本来なら魔術でも干渉できない所に居たのに。近衛宮司の場合は視線を介するチート能力【デスサイズ】があったが、ヴァンダルーには能力が与えられていないはずだったのに。


 それをロドコルテは何らかのスキルの効果だと推測し、ミサ達もそう解釈していた。

 そのスキルの効果は、視線を合わせただけで相手の魂を砕かれるとか、致命傷を与える事が出来る程強力ではないはずだ。もしかしたら効果を発揮するためにはいくつかの条件を満たさなくてはならず、今ここでミサがヴァンダルーと視線を合わせても、スキルの効果は発揮されないかも知れない。


 しかし、それを自分の命と魂を賭けてまで探るつもりはミサには無かった。

 それにヴァンダルーの周囲の情報を探るだけでも、十分価値がある。価値があるのだが――。

(ダメだ……あのゴードンって男じゃ、相手にならない)

 ヴァンダルーの仲間と戦っている『剛腕』のゴードンの実力を、ミサはそう評価した。


 C級冒険者としては、悪くない。二つ名の通り腕力に物を言わせるパワー重視の前衛、フォワードとしては十分なのだろう。

 体捌きから推測しても、【格闘術】スキルもそれなり……恐らく3から4レベルぐらいだろう。彼が拳を繰り出すたびに、空気が唸りをあげる。


「はい、ワンツー、ワンツー! 脇をもっと絞めなさぁ~いっ!」

 だがマイルズに軽くあしらわれている。それどころか、トレーナーの真似までされてからかわれる始末だ。

「ふ、ふざけや……おごっ!?」

 ゴードンは激高し、ますます激しく拳を繰り出すが、動きが荒くなった隙を逆にマイルズに突かれてしまった。


「脇を締めろって、言ったでしょう?」

 十分手加減したマイルズの一撃が、ゴードンの肋骨が折れない程度に突き刺さる。感じ取った痛みと衝撃、そしてマイルズの力量に、ゴードンの顔が青ざめる。


(気がつくのが遅いわね。……いや、スラム街の纏め役程度だと思い込んでいたら無理も無いか)

 『オリジン』では、腕利きの傭兵や軍の特殊部隊の隊員でも、ギャングやマフィア相手に過度の油断はしない。ナイフ程度ならまだしも、軍の横流し品の銃や魔術媒体を持っていれば十分脅威だからだ。

 それに、結局同じ人間なので急所に一撃を入れられたら相手が誰でも終わりなのは変わらない。


 しかし、『ラムダ』ではC級以上の冒険者とギャングやマフィアの差は、呆れるほど大きい。冒険者はD級であっても毎日のように熊相手に狩りを行い、ある程度の安全マージンを取って勝つ事が出来るのだ。C級になると、熊程度なら一撃で惨殺する事が出来る。

 『オリジン』の基準で見れば、超人である。


 対してこの世界の犯罪組織の人間は、余程大規模な組織……それこそ原種吸血鬼が裏に居るような組織でなければ、直接の武力はD級冒険者崩れの用心棒がいれば良い方でしかない。

 勿論探せばB級冒険者以上の戦闘力を誇る暗殺者や、用心棒もいるだろう。罪を犯して裏社会に潜むしかなくなった元A級冒険者もいるかもしれない。


 だがスラム街や歓楽街の顔役程度なら、冒険者との力量差は圧倒的だ。ゴードンもそう思ったのだろう。この『飢狼』は、自分にとっては大口を叩くしか能の無い木偶の坊だと。

 実際は、逆だった訳だが。


「どうしたの? ギブアップする? だったら許してあげてもいいけどぉ?」

「クソが……!」

 呻いて下がったゴードンはマイルズの安い挑発に顔を怒りで歪めるが、動けないでいた。自分では勝てない事が分かってしまったからだ。


「どうしたんです、ゴードンの旦那!?」

「早くやっちまってくださいよ!」

「おい、デカイの! 立派なのは図体だけかぁ!?」

 マイルズの実力を見抜けないゴードンの取り巻きや、彼に賭けているらしい野次馬が囃し立てる。


 このまま降参すれば、ゴードンは大口を叩くだけの見かけ倒しの男と見なされてしまうだろう。それは彼にとって最も避けなければならない事態だった。

 もうバスディアやザディリスを手に入れる事は諦めるしかないが、せめて負ける前に見せ場を幾つか作らなければならない。


「くっ、まずはテメェ等だ!」

 そしてゴードンは、それまで三対一は抵抗があったため自分達の番を待っていたサイモンとナターニャに向かって殴り掛かった。

 二人を瞬殺して、野次馬に自分の冷酷さを知らしめようと考えたらしい。


 だが彼の拳はサイモンの義手によって防がれてしまう。

「ぎっ!? ぐおおおっ!? てめぇの義手は中身まで鉄で出来てんのか!?」

 しかもゴードンはサイモンの義手を、鉄製なのは外側だけだと思い込んで思いっ切り拳を叩きつけていた。

「ええ、師匠から重さに関わらず動かせるようになれって言われてましてね。後、やっぱり中身が空だと結構簡単に凹んじまうんでさ」


 ゴードンも鎧は着たままだったので拳が壊れるような事にはならなかったが、衝撃はかなりのものだったらしい。拳を抱えるようにして後ずさる。

「ちなみに、オレの義肢もサイモンの義手と同じくらい頑丈だぜ。覚悟しろ、オラァっ!」

 だがずっと怒りを貯め込んでいたナターニャの怒涛の責めを受けて、瞬く間に防戦一方に追い込まれてしまった。


(まあ、新しい仲間だか弟子だかの実力を測るには、丁度良いけど。しかし鉄の義肢ね……その内、ミスリルやアダマンタイト……そして魔王の欠片の義肢でも作って渡すとしたら、脅威にも程がある。

 尤も、今のところはそれ程の敵じゃないけれど)


 そうサイモンとナターニャの実力を測ると、ミサは決闘から関心を無くした。これ以上見るべきものが出るとは思えなかったからだ。

 ミサも、一応は冒険者だ。決闘の暗黙のルールは知っている。それによると基本的に武器は無し、武技の使用や【限界突破】等の一部のアクティブスキルの使用は禁止というものだ。


 武器や武技の使用を許すと、死人が出る可能性が跳ね上がってしまうからだ。……特に決闘を行う冒険者が強い場合、見物人が巻き込まれて大勢が死ぬ可能性がある。A級冒険者同士の場合は、余波で見物人どころか周囲の建物が倒壊してもおかしくない。


 そんな事をしてしまえば、どんな事情で決闘をしていたとしても冒険者では無くただの犯罪者である。ゴードンもその一線を越えるつもりはなかったのだろう。ナターニャにボコボコにされても斧を抜いたり、武技やスキルを発動したりする素振りは見せない。


 ミサとしてはゴードンには是非ともその一線を越えて、もっとマイルズの実力や、あわよくばヴァンダルーの力の一端でもいいから見せて欲しいのだが……期待は出来そうにない。

(問題のヴァンダルーは……完全に観戦モードか。抱きかかえている幼女は……孤児院の子供では無いわよね?)

 ヴァンダルーの周りや、声からミサは様子を探っていた。


 ジェシーと言う錬金術師は二人のグールに宥められて、ようやく落ち着きを取り戻したところ。牛の角と尻尾を生やした少女は、「膝です! 膝を徹底的に攻めるのです!」と過激な応援をしている。

 ヴァンダルーは少女とは対照的に、静かにナターニャやサイモンの動きを観察しているようだった。


「……?」

 だが、何か気になる事でもあるのか、周囲を見回し始めた。何かあるのか、もしかしてハジメが……フィトゥンが仕込んだ手下が隠れているのかと、ミサは思わずヴァンダルーに注目してしまった。


 そしてヴァンダルーが顔を上に向けた。大きく深呼吸をしながら、虚空を見回している。

(……? まさか、呼吸で気がついたの!?)

 空気と一体になっている彼女だから、離れていてもヴァンダルーの呼吸音を聞きとる事が出来た。


 そしてその可能性に気がつく事が出来た。

 あの【魔王の鼻】は『五色の刃』のハインツ達が封印したから、ヴァンダルーは吸収していないはずだ。だが、あの欠片以外の嗅覚や呼吸器関係の欠片を、既に吸収しているかもしれない。それが何らかの力を発揮して無臭で、魔力や生命力の反応も魔術で隠している自分の存在を察知したのかもしれない。


(逃げないと危ない!)

 ミサは風に乗ってモークシーの町の上空から逃げ去った。




「ヴァンダルー様、どうしたのですか?」

「変な臭いがしたので気になっただけですよ、ユリアーナ」

 そう言いながら、ヴァンダルーは上を向いていた顔の向きを前に戻した。変な臭い……気配の正体が【シルフィード】である事は、何となく察している。


 ヴァンダルーは同じ転生者で元々はミサ達の仲間だったカナコやダグ、そして『オリジン』で彼女を殺したバーバヤガーから【シルフィード】の能力について聞いている。

 それによると、【シルフィード】が気体に出来るのは自分自身の肉体だけで、身に着けている物は気体に出来ない。また、身体を全て気体にしても完全な透明になる事は出来ない。白く薄っすらと……良く言えば風の精霊、悪く言えば亡霊のように肉眼でも見る事が出来るらしい。


 だがカナコの【ヴィーナス】やダグの【ヘカトンケイル】、メリッサの【アイギス】がそうであったように、同じロドコルテが与えた力である【シルフィード】も訓練次第で成長させる事が出来るはずだ。

 【シルフィード】の成長性を警戒したヴァンダルーは、ミサが身体を気体にしたとしても生命力や魔力の反応を探知できる使い魔王やゴーレムを作って、町の外周部や幾つかの建物の屋根に取り付けておいた。


 しかし、それらの反応は無かった。もしかしたら、さっき感じたのは気のせいかもしれない。

「……グファドガーン、何か分かりましたか?」

「いいえ、ヴァンダルーよ。私は何も感知しておりません」

 グファドガーンが感知していないのだから、やはり気のせいかもしれない……とは思わなかった。


 丁度ついさっき『炎の刃』の怪しい動きと、ハジメ・イヌイと推定される人物が近くにいる事を聞いたばかりだ。気のせいだと思い込むのは、タイミング的に難しい。

 恐らく、【シルフィード】は『オリジン』では不可能だった事を可能としたのだろう。それが能力の成長によるものか、それとも他の要素の影響かは不明だが。


 そして透明で魔力も漂わせていないのなら、ただの空気と同じだ。いくらグファドガーンでも、空気の流れ全てを感知する事は不可能だ。


(しかし、透明で臭いもしない、魔力も生命力も隠せる相手をどうやって警戒すればいいのやら。まさか、町全体を結界で覆って外界との流れを遮断する訳にもいきませんし)

 モークシーの町を外の空気と隔離してしまえば、ミサが【シルフィード】の力を進化させていても彼女の侵入を防げるだろうが……下手をすると町の住人が酸欠で死にかねない。


 ……そもそも空気を遮断する、つまり物理的な結界を張ると町の人達にもすぐ気がつかれてしまう。とても出来る事では無い。

 ゴーレムや使い魔王、そして霊の監視網はあるが、流石に空気を見分けるのは無理だ。


 ただし、ではこれからミサ・アンダーソンの侵入を防ぐ手立てはないのかと言うと、そうでもない。

「皆、これからも大事な事は、ダンジョンの中で行いましょう」

 その手立ては、重要な話や行動は屋外ではなく屋内で行うという、基本的な事だった。


 【シルフィード】は身体を気体にする能力なので、恐らく僅かな隙間があればミサは家だろうが砦だろうが、内部に侵入する事は可能だろう。しかし、侵入した後内部で彼女が動けば、屋内で不自然な空気の流れが生じる。

 通気ダクト等がある大きな建造物の中なら自由自在に動き回れたかもしれないが、普通の戸建て住宅サイズで、家自体がゴーレムと化しているヴァンダルーの家では難しいだろう。


 そして、家の地下室に作ってあるダンジョンの場合は更に完璧だ。何せ出入り口はグファドガーンが創らなければ、地下室に一つしか無いからだ。ミサがいくら【シルフィード】でも、空間的に繋がっていない場所には入れない。

 そして一か所の出入り口だけを見張れば良いのなら、空気でも気がつく事が出来るだろう。


 ……一番楽なのはミサが慢心するか手柄に焦るかして、情報収集ではなく暗殺を試みる事なのだが。そうすれば、【危険感知:死】で気がつく事が出来る。

 まあ、ヴァンダルーとは何の関係も無い者を狙われると気が付けないので、その展開はあまり望ましくないが。


(無関係な人達を助けるために命を賭けるつもりはありませんが……俺、一応『生命と愛の女神』の御子ですからね。それに、社会的信用がせっかく手に入りつつあるところですし)


「分かりました」

『はい、陛下』

 そう思考するヴァンダルーに、ユリアーナやゴーストのレビア王女達が頷く。


 一方決闘の方は、ややヴァンダルーの予想外の展開となっていた。……ゴードンの受けているダメージが少ないのである。

「このクソ雌猫があああああ!」

 怒りで真っ赤になったゴードンがナターニャに向かって突進し、彼女に太い腕を力任せに叩きつけようとする。

 武技こそ使っていないものの、その拳にはオークぐらいなら一撃で倒す程の力が込められている。


「あらよっと」

 それをナターニャは軽やかに身を翻して回避すると同時に、足払いを仕掛けてゴードンの巨体を石畳の上に転がす。

「く、クソォ!」

 そして転倒したゴードンは、擦り傷を増やしてすぐ立ち上がろうとする。


「鉄の義足で力任せに足を叩き折るのではなく、あの男の力の流れを利用して足を払っているのか」

「最初はボコボコと殴っているだけかと思ったが、義肢を完全に自分自身の一部としておるようじゃな。一カ月もかからずここまで使いこなせるようになるとは、見事じゃのう」


 バスディアとザディリスがそう評する程、ナターニャは義肢を巧みに操っていたのだ。野次馬の中に混じっている冒険者もそれを理解したのか、感心している様子の者が何人もいる。

 ただの無機物では無く、自分自身の霊体の一部を宿らせて動かす義肢だからこそ、自分自身の意思と感覚をそのまま伝えて操る事が出来る。


「す、すごい……あんな義肢、都の魔術師ギルドの錬金術の学部長でも作れませんよ!」

 義肢をマジックアイテムだと思っているジェシーが、興奮した様子で決闘を見ながらそう断言した。実際あの義肢を作るのに必要なのは金属の加工技術なので、確かに錬金術の学部長でも作れないだろうが。


「思っていたより弟子が成長して嬉しい……始まる前は、鉄の義肢であの男の骨を何十本か殴り砕いて終わりかなと思っていたのですが」

「……ボス、あいつの罵詈雑言、聞き流していた訳じゃないのね」

「それは勿論。俺を化け物呼ばわりするだけでは無く、目に見える俺の仲間と弟子に一通り罵声を浴びせましたからね、あいつ。バスディアとザディリスの事も、グール共としか呼ばないし」


 他人に一言二言憎まれ口を叩かれた程度なら、ヴァンダルーもそれ程気にしない。だが、幾らなんでも限度がある。

 それにゴードンは暴力で我を通してきたような種類の人間だ。なら暴力で撃退しても問題無いだろう。


「弟子の良い組手相手になってくれましたし、決闘のルールは守っていますから今回は俺も忘れる事にしますけど。

 ……だから肉団子や肥料、迷宮行きは無しです」

 ヴァンダルーの後半の呟きに、彼の中にいるクインやアイゼン、そして潜んでいるグファドガーンが残念そうな気配を返す。


「ナターニャ、そろそろ行きましょう」

 それに、ゴードンを笑いものにし続けるのもなんだと、ヴァンダルーが声をかける。

「だったら俺にやらせてくれ」

 だが、ナターニャの代わりにサイモンがそう言って前に出る。それまでゴードンを一人で相手にしていたナターニャは、もう気が済んだのか「分かった」と兄弟子にあっさりと獲物を譲る。


「ふ、ふざけやがって……!」

 ナターニャにいいように扱われ、彼女の実力を見抜く目を持たない野次馬からゴードンは「転んでばっかりじゃねぇか!」、「酔っ払ってんのか!?」と野次られている。

 『飢狼』に勝てないから女グールは諦めて、ナターニャとサイモンを倒して面子だけでも保とうとした彼の狙いは、もう破綻している。


 破綻しているのだが、そこで諦められるほど彼は潔くなかった。

「テメェなんざ、その右腕にさえ注意すれば簡単に倒せるんだよぉ!」

 怒りに頭を沸騰させたゴードンが、サイモンに掴みかかる。まず義手を掴んで動きを封じる作戦のようだ。


「そうかい、じゃあ預けるぜ」

 だがゴードンがサイモンの義手の手首を掴むと、義手は肘の部分であっさりと、何の抵抗も無く外れてしまった。勢いをつけて掴んだゴードンは、堪らず体勢を崩してしまう。


 そしてがら空きになった顎に、サイモンの左の……生身の拳によって放たれたアッパーが入る。冬空を見ながら取り巻きの「旦那ぁ!?」と言う悲鳴を聞いたゴードンは、そのまま気絶したのだった。




 その後、公衆の面前で大恥をかいた『剛腕』のゴードンは、ヴァンダルー達が誰も被害を訴えなかった事もあって冒険者ギルドから罰せられる事は無かった。

 普通なら他人の従魔を脅し取ろうとし、更に冒険者ではないギルドマスターの娘に決闘を要求する等、良くてもこの町のギルドの出入り禁止は確実だったのに、何の罰則も受けずに済んだ彼とその取り巻きは幸運だっただろう。


 尤も、それは温情からと言うより、これ以上罰する必要はないからだったが。


 交易都市の大広場で行われた決闘騒ぎの様子は瞬く間にモークシーの町と、更に周辺の町や村に知れ渡り……彼は「チンピラに負けたC級冒険者」、「引っ掛けようとしたD級冒険者の獣人の女にのされた」「ギルドマスターの娘に決闘を挑み、代理で戦った隻腕の男に負けた」等、面白おかしく語られてしまい、ゴードンの面子は地に堕ちたのだった。


ゴードンの『剛腕』の二つ名が解除されたのは、決闘から数日後であった。




 風の流れを辿って、回り道をしながら仲間が隠れているアジトに戻った。そこはモークシーの町からやや離れた、魔境では無い自然の山の中に作った洞窟である。

 アルクレム公爵領に入ってから人里には一回も寄らずに来て、更に獣や魔物を狩るような事もしていないので、ヴァンダルーもまだここには気がついていないだろう。……気がついていたら、とっくに自分達は殺されている筈である。


 ミサは無事逃げられた事に安堵すると、【シルフィード】の力を解除した。

 すると杖を持ち、皮鎧を着たエルフの少女の姿が現れる。

 『オリジン』で生きていた頃は着ている服や持っている物は一緒に気体に出来なかったが、今は服や鎧、手に持てる物ぐらいなら一緒に気体にする事が可能だ。


 背負っている荷物は無理だし、重い板金鎧等は着ていても気体には出来ないが。


「戻ったわ。三日前に町の噂を拾った時と大体同じよ。詳細は今から説明する」

「ああ、頼むぜ」

 【オーディン】のアキラ・ハザマダと、【クロノス】のジュンペイ・ムラカミは、ミサの報告を聞きながらメモを取ったり、モークシーの町の見取り図や、町周辺の地図らしい物に何かを書き込んだりしている。


「しかし、本当に串焼き屋台をやるなんて、何を考えてるんだ? 最初はアルクレム公爵領を自分の国に併合するつもりなのかと思ったら、そんな陰謀は全く無さそうだ。

 俺達を誘き出そうとしているのは、大体察しが付くが……理解しがたいぜ」


 報告を聞き終えたアキラが、訳が分からないと頭を押さえた。

「理由を聞かれても、そこまでは調べられなかったから知らないわ。【シルフィード】で外を歩いている人の話し声は拾えるし、多少は聞き耳を立てる事も出来るけど……屋内には入りたくないし、冒険者ギルドや、ヴァンダルーには指示通り近づいていないから」


 ミサの情報収集は、屋外で起きた事や、人々が話している事を見聞きして来る程度で、ヴァンダルー達が考えている通り屋内に入る事は避けていた。

 そして、ヴァンダルー達が考えているよりも周囲を警戒していた。


「それでいい。寧ろ、近づいて気が付かれたら逆に困る」

 ムラカミはミサがモークシーの町に行く前に、冒険者ギルドやヴァンダルーには近づくなと指示していた。少なくとも、すぐ逃げられる距離を維持しろと。


 冒険者ギルドを出入りする冒険者の中には、偶に【直感】スキルを高レベルで持つ者がいる。そう言った連中は、無色無臭のミサに【直感】的に気がつく可能性がある。

 ヴァンダルーの近くは、言うまでもない。それに、彼はミサをいつでも封じる事が出来る。


 肉体を気体と化したミサを捕えるのは、普通は無理だ。事前に【シルフィード】の事を知っていても、人一人分の容量の気体を閉じ込める容器をすぐ用意する事は出来ないし、常に携帯するのも骨だろう。

 だがヴァンダルーの場合【ゴーレム創成】を使えば、その場で粘土細工を作るのと同じ感覚で密封容器を創る事が出来る。もしくは、単に血を流すだけでもいい。


 血液を操る彼なら、捕捉したミサを血液で作った泡に閉じ込める事も難しくないだろう。そして彼の血は【魔王の血】だ。閉じ込められてしまえば、簡単に出る事は不可能。それどころか、そのまま殺される……滅ぼされる可能性が高い。


「だが、どうするんだ? このままじゃ明らかに情報が足りないぜ」

「……いや、情報は十分だ。十分じゃないが、どうせこれ以上は望めない」

「どういう事? 確かに調べるのは難しいけれど、後何回か同じ事を続ければ、情報も増えるはずよ」


「無理だな。奴らが『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカを倒したのは、お前達もロドコルテから聞いただろう? だが、町には大きな被害が出た様子は無かったそうだな。それどころか、邪神について噂している奴は一人もいなかった。そうだろ。

 つまり、ヴァンダルーはモークシーの町に居ながら、町に何の被害も、そして目撃者も出さずに邪神を倒す事が可能ってことだ。明らかに奴はダンジョンをモークシーの町の中に作っている」


「町中にダンジョンを!? あいつ等、あの町をどうするつもりなんだ!?」

 この世界の常識から外れるムラカミの推測に、アキラがギョッとして目を剥く。町の中にダンジョンが出現するなんて、町が滅亡してもおかしくない事態だ。


 世界にはダンジョンの入り口を囲むようにして出来た町、俗に迷宮都市と呼ばれる都市も存在する。しかし、それは、最初から迷宮都市として計画された都市だからだ。

 ダンジョンからもし魔物が出て来ても対処できるように内側にも城壁や見張り櫓を建て、兵士を配置し、住民の居住区画を外側に配置する。

 そうした工夫が施されているからこそ、迷宮都市は人々の生活の場として、冒険者の拠点として機能している。


 そうした工夫も無くダンジョンを勝手に創られたら、余程等級の低いダンジョンでなければ町を維持する事は出来ないだろう。


「町を守るつもりに決まってんだろう」

 ムラカミは驚くアキラにそう答えた。

「奴らは戦場をダンジョンに移して戦ったに違いない。どういう状況だったのかは俺も分からないが、空間属性の邪神であるグファドガーンの力でも使ったんだろう」

 ダンジョンの中で戦ったのなら、町に被害が無く目撃者がいないのも説明がつく。寧ろ、それ以外につかない。


「なら、ほぼ確実に俺達相手にもそのダンジョンを使うだろうな」

「厄介ね……それから、今後の相談なんかもダンジョン内部でされたら、私の潜入も無駄ね」


 ダンジョンの中にも空気はあるが……ヴァンダルーが考えたのと同じ理由でミサはダンジョンの内部に入る事は避けるべきだと考えていた。


「ああ、だから町の方は良い。ハジメ……フィトゥンの方に集中してもらう」

「あっち? あっちの方が難しいんだけど……」


 ミサはヴァンダルー達だけでは無く、【マリオネッター】のハジメ・イヌイ達に対しても【シルフィード】による潜入を行っていた。

 彼らは今モークシーの町周辺に、ムラカミ達と同じように潜んでいる。


 徒党を組み、戦力を整えながら。


「あのフィトゥンって戦狂いの神は風属性でしょ? 手下達の中にも油断できないのが多いし……」

「危険なのは分かるが、頼むしかないな。戦力で奴らに劣る俺達がヴァンダルーを殺すには、奴らを利用する以外に無いんだからな」


 ムラカミの作戦は、ハジメ達を利用すると言うものだった。

 勿論、手柄争いをするつもりはない。ロドコルテからは、「誰がヴァンダルーを殺しても、報酬は全員に与える」と言う神託を受けている。

 足の引っ張り合いをしていては、ただでさえ困難なヴァンダルーの抹殺がますます困難になると考えたのだろう。


「……最近思うんだが、あいつって殺せるのか? もし殺したとしても、『オリジン』の時みたいに瞬時にアンデッド化して第二ラウンドを始めるだけじゃないのか?」


「弱気になるなよ、アキラ。生きている間は手出しできないが、死ねばその瞬間ヴァンダルーはロドコルテの権能の内に入る。強制的に封印するなりなんなりして、それで終わりだ。

 間に合わずにアンデッドになったら……すぐさま逃げるしかなくなるがな」




―――――――――――――――――――――――




・名前:ゴードン

・種族:人種

・年齢:25

・二つ名:【剛腕】(解除!)

・ジョブ:狂斧士

・レベル:67

・ジョブ履歴:見習い戦士、戦士、斧士、格闘士、狂戦士、魔斧士



・パッシブスキル

筋力強化:7Lv

体力強化:3Lv

毒耐性:1Lv

精力絶倫:3Lv

斧装備時攻撃力強化:大

気配感知:2Lv


・アクティブスキル

斧術:6Lv

投擲術:3Lv

格闘術:4Lv

解体:2Lv

鎧術:2Lv

限界突破:5Lv

魔斧限界突破:3Lv




 『剛腕』のゴードン。優れた筋力の持ち主で、その腕で【斧術】を振るいながら【限界突破】と【魔斧限界突破】スキルを発動させて戦う、狂戦士そのものの戦闘スタイルを持つ。その攻撃力はC級冒険者の中でも上位に位置するのだが……斧も、【限界突破】も使えない素手での格闘戦がルールである決闘を申し込んでしまったために、見せ場も無く敗退してしまった。


 慢心せずに、相手の力量はきちんと図りましょう。




○二つ名解説:剛腕


 剛腕の持ち主である事を意味する二つ名。多くの場合パワーファイタータイプの冒険者や、騎士等が獲得するが、稀に商人や官僚、貴族が獲得する事もある。


 特別珍しい二つ名では無く、屋台王と同じく地域ごとに別の『剛腕』の持ち主がいる事もある。

申し訳ありませんが少々忙しくなってきたのと、執筆ペースが乱れておりまして、一旦お休みを取らせていただきます。すみません。


次話は12月10日の投稿となります。

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― 新着の感想 ―
やっと間話で出てくるたびに鬱陶しかったコイツらが死んでくれるのか。 正直前座ですら無い存在がここまで生きて物語に絡んでるの目障りだったんだよ〜
[気になる点] 前話でヴァンガルー、ゴードン、サイモン、ナターニャの決闘のはずが、今話ではマイケル、ゴードン、サイモン、ナターニャの決闘になっております
[一言] 解除!は面白すぎるだろwwww
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