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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十章 アルクレム公爵領編
274/514

二百二十四話 吸血鬼の悲鳴が響く、平和な一日

 原種吸血鬼、ビルカインの拠点は人里から遠く離れたある魔境の中心部に、古から存在していた……訳ではない。

 エレオノーラがヴァンダルーに寝返ったことにより、ビルカインが彼女の知らない拠点を必要とした結果、ここ数年の間に整えられたものだ。


 流石に一から建てるのは難しかったので、エレオノーラを拾う前に使っていた拠点や、遺跡と化していた滅びた国や町の建物をリフォームして使っていた。

 この砦もその一つだった。


 此処で暮らすのは管理を任された貴種吸血鬼達数名と、その配下である従属種吸血鬼が数十人。そして人間が約百人程である。

「……昨日は隣の牢の奴が血を吸われたらしい」

「死んだのか?」

「いや、少ししか吸われなかったって」


「でも、その内死ぬまで血を搾り取られる……その内あたし達も」


 暮らすと言っても、人間達の殆どは子供で牢に繋がれ家畜のように管理されている。彼らはその血で吸血鬼達の喉を潤し、何らかの魔術儀式や『悦命の邪神』に加護を乞うための祭祀に使うための生贄としてストックされているのだ。


 孤児院等管理する施設もあるが、必要になる度に直接孤児院から集めるのは問題がある。この砦はその問題を解決する中間管理施設なのだ。

「ケッ、当たり前だろ。俺達は吸血鬼共の餌になるためにここで飼われてるんだ。いつかは奴らに血を吸われて死ぬか、アンデッドにされるに決まってるだろ」

 それを子供達も知っており、斜めに構えた様子の少年が、同じ牢に入れられている子供達に答える。


 吸血鬼達は、当然だが血を吸う。だがその頻度と量は、人間が思っている程では無い。また吸血鬼は吸血以外の、普通の食事からも栄養を取る事が可能だ。

 流石に年単位で血を飲まないと健康を害したり、再生力が衰えたりするが、数か月血を飲まなくても身体的な影響は無い。

 しかし高位の吸血鬼……【吸血】スキルが【業血】スキルに覚醒している吸血鬼等は、吸血への衝動が高まる。


 そして何より、ビルカインの趣味である。子供達は知らないが、彼のストレス発散の為に行われる拷問の犠牲者として消費される者もいた。……最近は自分の周囲に霊が漂わないように、比較的殺生を控えていたようだったが。


「そ、そうとは限らないだろ。吸血鬼様は、僕達がしっかり仕えて優秀さを見せれば、吸血鬼にして一族に加えてくれるって……」

「確かに言ってたけど、それは本当なの? 働いてもアンデッドにされるだけかもしれないじゃない」


 他の用途として、子供達の中から従順な者は生かしておいて従属種吸血鬼等にし、そうでない者はアンデッドの材料にする場合もある。


「だけど、逃げ出そうなんて考えるなよ。出会う魔物によっては、吸血鬼達に嬲り殺されるより酷い死に方をする事になるんだからな」

「……分かってるよ」


 この砦で飼われている子供達は、ビルカインに洗脳されてはいない。人間社会から隔離され、砦を一歩出れば危険な魔物がウヨウヨしている。そのため洗脳する必要が無いのだ。


「どうせ大人になるまで生きられたか分からないんだ。だったら後一日か数か月か知らないが、その時が来るまで楽しもうぜ」

「楽しもうぜって、ご飯ぐらいしか楽しみが無いじゃない。昼は仕事させられるし」

 そう言う少年に少女が不満を述べる。


 牢に繋がれ家畜の暮らしを強いられている子供達だが、食生活は孤児院に居る時より向上していた。

 贅が尽くされている訳ではないが、肉や魚のおかずに野菜、時々果物のデザートがつく食事。昼間はその食事を賄うための畑仕事や果樹の世話。

 バランスのとれた栄養状態と適度な運動によって、血の品質を高める狙いがあるのだろう。


「腹がいっぱいになれば十分だろ」

「そりゃあ……なんだか騒がしいわね」

「他の牢から、また人が連れ出されたのか?」

 子供達は話の途中で、周囲が騒がしくなっている事にふと気がついた。


「いや、これは……吸血鬼じゃないか? そうだ、吸血鬼達が悲鳴をあげているんだ!」

 耳を澄ますと少年が言った通り、砦には子供があげたとは考えられない大きな悲鳴が響いていた。

「GYAaaaaaaaaaaa!?」

「ヒイイイイイッ! ヒーッ! ヒーッ!」

「もうダメだっ! 終わりだ、終わりなんだぁぁぁ!」


 何処からか響いて来る獣の絶叫のような悲鳴が、吸血鬼のものだと気がついた子供達は顔を見合わせた。

 吸血鬼達が悲鳴をあげる理由、それが分からなかったからだ。

「も、もしかして誰かが吸血鬼を殺して回ってるんじゃないか!?」

「じゃあ、あたし達助かるの!?」

 誰かが吸血鬼達を退治するために、砦に攻め込んだのではないか。そう思った子供達の、諦めにくすんでいた瞳に希望の輝きが戻る。


「おい!」

「「「ひっ!?」」」

 だがその希望の輝きを吹き消しに来たかのように、子供達がいる牢の前に吸血鬼が現れる。彼らはこの従属種吸血鬼の顔を覚えていた。名前は知らないが子供達の世話や監督を行っている一人で、上司の貴種吸血鬼には媚びへつらうが、子供達には厳しく当たる嫌な奴である。

 ただ、名前までは知らなかった。


「な、何かご用でしょうか、吸血鬼様!?」

 上ずった声で子供達の一人が返事をすると、従属種吸血鬼の男は顔を強張らせたまま叫んだ。

「俺の名前はアンドリューだ!」

 自分の名前を。


 これでこの従属種吸血鬼の名前を知る事が出来た子供達だが、「何故今自己紹介を?」とアンドリューの意味不明な行動への困惑と、吸血鬼への恐怖で硬直してしまう。

「いいか? もう一回言っておくぞ、よく聞け、俺の名前はアンドリューだ! 分かったな!? ふんぬぅ!」

 だがアンドリューは子供達の反応を待たずに、再び名を名乗った。そして、何と鉤爪を振るって牢の鍵を壊してしまった。


「さあ、出ろ! 貴様等は……いや、皆様はこれから自由の身だ! いいか、俺が……いえ、このアンドリューめが皆様をお助けした事をお忘れなく!」

 そして強張り引き攣った不気味な笑顔を浮かべながら、そう言って子供達を解放する。恐怖と困惑は寧ろ深まったが、アンドリューに逆らうのはもっと怖かったため子供達が牢から出ると、何と他の牢でも同じような事が起きていた。


「お子様たち、俺が、このバーニョがお助けいたします!」

「さあ、このシトリンお姉さんが自由にしてあげますからね! シトリンお姉さんが! 自由に!」

「退け! この牢の子供を助けるのはこのライケルトだ! 邪魔をするならぶち殺すぞ!」

「邪魔をしないで! この私、フェルポが助けるのよ!」


 ほんの数分前まで、子供達にとって恐ろしい管理者だったはずの吸血鬼達が我先に子供達を牢から解き放ち、媚びらしきものを売っている。

 子供達はその光景に呆然としながらも、何か大きな事が起きたのか、若しくは終わったのだという事だけは理解した。




 『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカの消滅は、瞬く間にビルカイン配下の吸血鬼全員に伝わった。そう、大陸全土に分かれて活動していた、元々はテーネシアやグーバモンの配下だった吸血鬼も含めて。


 普通なら、そんな事は吸血鬼と言えどあり得ない。ヒヒリュシュカカがヴァンダルーに滅ぼされたのは、グファドガーンが創り上げたダンジョンの中で、ビルカインの腹心も全員倒されている。外に情報が洩れるはずはない。

 だがヒヒリュシュカカは、邪神ではあるが吸血鬼達に奉じられている神である事に違いは無い。


 過去ヴァンダルーに分霊を砕かれた『氷の神』ユペオンや、従属神を喰われ自身が創り上げたダンジョンを損壊させられた『法命神』アルダの聖職者たちは、神がダメージを受けた事が伝わり精神的に大きな衝撃を受けた。

 モークシーのアルダ司祭も悲鳴をあげて意識を失った。


 それと同じ事が邪神派の吸血鬼達にも起こったのだ。

 人間が神々に向けるものと性質が異なるが、吸血鬼達は『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカと、それに仕える原種吸血鬼達に対して強固な信仰心を向けていた。


 その中心にあるのは畏怖だ。邪神達の力を崇めつつも、その力が自分に向く事が無いようにと願い、奉っているのだ。それでも人と異なり過ぎる精神構造を持つ邪神からの神託を受けられる者は殆ど居ない。だが、断末魔の絶叫を聞くのは簡単だった。


 結果、長くヒヒリュシュカカに仕えた貴種吸血鬼達の殆どが邪神の消滅を理解し、狂乱した。恐ろしい存在から解き放たれたと言う解放感と同時に、自分達を纏める枷が外れてしまったと言う喪失感、そして邪神と言う強力な後ろ盾を失った恐怖。

 そして邪神派の吸血鬼達は、ヒヒリュシュカカを滅ぼしうる存在について知っていた。


「ヴァンダルーだ! ヴァンダルーが『悦命の邪神』を滅ぼしたに違いない!」

「奴は魂を砕く力を持っている! それで邪神を滅ぼしたのよ!」

 そう貴種吸血鬼達は悟って狂乱したのだ。

 厳密に言えば、ヴァンダルー以外にもヒヒリュシュカカをどうにか出来そうな存在はいる。『五色の刃』や『暴虐の嵐』と言ったS級冒険者パーティーが奮戦すれば、神々にもその力は届くだろう。


 しかし、彼らにはヒヒリュシュカカを封印する事は出来ても、滅ぼす事は出来ない。それが出来るのは魂を砕き消滅させる事が出来る魔王グドゥラニス……そしてヴァンダルーだけだ。

 故に、吸血鬼達はヴァンダルーが邪神を滅ぼしたのだと考えた。そして、次は自分達に違いないと。


「うああああ! ビルカインのアジトになんて居られるか! 死者の声を聞いた奴が、俺達を殺しにやってくる! その前に俺は逃げる!」

「ヒーッ! ヒィィィィ!」


 貴種吸血鬼達には、今まで多くの悪行に手を染めて来た自覚があるし、それで見返りを得ていた覚えもある者達だ。しかも貴種吸血鬼は、多くの場合組織では幹部以上の地位にいるので「命令されて仕方なく」という台詞は使えない。

 そのため、空を飛んで逃げられる貴種吸血鬼の多くが逃げ出した。彼らは最低でもランク6の実力を持つため、魔境の真ん中から一人で逃げ出す事が可能だったのだ。


 だが従属種吸血鬼達はそうもいかない。貴種吸血鬼達の悲鳴や、従属種でも邪神の断末魔の叫びを聞いてショックを受けた少数の者から事情を知る事が出来た。出来たが、彼らは飛べない。その上、従属種は弱い者はランク3しかない。


 そしてこのビルカインのアジトは、冒険者等が簡単には辿りつけない程広大で、強力な魔物が生息している魔境の中心部にあるのだ。そこから従属種達が逃げ出すには、魔物と戦いながら地上を駆け抜けなければならない。何日もかけて。


 それは不可能だと思った従属種達は、別の選択肢を選んだ。


「その結果、囚われていた子供達を自分達で解放したと……この光景はそう言う訳だったのね」

 グファドガーンの『転移』によって訪れたビルカインの拠点で、ヴァンダルー達は彼の部下達との戦闘を想定していた。

 しかし、実際に訪れた彼らが見たのは解放された百人程の子供達と何人かの大人、そしてそれを接待する従属種吸血鬼達という予想外の光景だった。


「はいっ! このアンドリュー、心を入れ替えました! これからは過去の贖罪の為に人生を捧げる覚悟です!」

「私、バーニョと申します。従属種となって数十年、この拠点で掃除や洗濯等雑用ばかりさせられてきました。本当です、ですからどうかお助け下さい!」

「今、子供達が食べているお料理はこのシトリンめが作った物でございます。ですので、どうか!」


 従属種吸血鬼数十人の命乞いを聞きながら、エレオノーラは溜息をついた。見事な掌の返しっぷりに、いっそ感心する。

「まあ、刺客だったのに寝返った私が言うのも何だと思うけれど……どうしましょうか?」

「彼らの言葉がそのまま本心だとは思えません。ですが……何人かは既に旦那様に導かれているようですね」


 導士の導きの本質は思想にある。そのため、導かれているか否か外見から判断する事は普通不可能だ。しかし、ベルモンドは従属種吸血鬼の内何人かは、ヴァンダルーの導きを受けていると分かった。

「生かしてはおけないと言うのでしたら、今すぐ殺してくれ! このライケルト、霊となり絶対の忠誠をお誓いします!」

 それは、そう言いだす瞳に狂信的な輝きを宿す者がいたからだ。


『そうね。あの瞳はヴァンダルー様に狂信的な忠誠を誓う者達、特にアンデッド化する事も厭わない人間達がしている瞳だわ』

「ベルモンド、アイラ、確かに俺もそう思いますけど……皆さん、俺が怖くて命乞いするために捕えていた子供達を解放して媚を売ったのでしょう? 目的が変わっていますよ」


 狂信者を作っている覚えのないヴァンダルーがそう従属種吸血鬼達に話しかけるが、それは逆効果だった。従属種吸血鬼達は、全員邪神派……『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカを奉じて来た者達で、しかも組織での地位は低い者達だ。その精神性は健全な状態とは言い難い。

 特にここにいるのは人間社会と接点がほぼ無く、吸血鬼人生の大半をビルカインや貴種吸血鬼に服従し続けて生きて来た者達だ。


 つまり、ある意味では調教済な者達ばかりなのだ。

「瞳に映るだけで、手が震える……なんて強大な力……!」

「はぁ、はぁ、何て恐ろしい……!」

 そのため、ヴァンダルーが話しかける度に勝手に恐怖を覚え、狂信的な輝きを瞳に宿す者達が増えていく。


『こいつ等、全員あんたの親戚か何か?』

「ちょっとっ! 自分は違うとでも言うつもり!?」

「……世間的には我々三人も彼らと同類でしょうね」


 遠い目をするヴァンダルーの背後で、アイラやエレオノーラが従属種吸血鬼達を見て、そう評していた。


「子供達から話を聞いてきました」

 そこにセリスやベストラが戻ってきた。ホリー院長は彼女達の孤児院からここへ送られた子供と再会して、今まで助けに来られなかった事を詫び、話し込んでいる。


「吸血鬼に捕えられたのに、監視役の吸血鬼に助けられた事に彼らも困惑していて。命が助かって解放されるなら、恨まないと言う子が多かったです」

「ただ、怖いし気味が悪いから近づけないでほしいと言う子も多かった。後、彼らの言う通りここ暫く吸血鬼達は殺しを控えていたらしい」


 ビルカイン達は霊からヴァンダルーへ情報が渡る事を警戒して、子供達を殺すのを極力避けていたようだ。また、霊を見る事が出来る【霊媒師】ジョブの人間を探し出して誘拐し、協力させていたそうだ。

「尤も、霊媒師は吸血鬼達に嘘を教えたそうだが。ビルカイン達には聖水を被れば憑いている霊は浄化できると教えたが、実際には無数の霊がついていてそれぐらいではとても浄化しきれない状態だったらしい」


「そのお蔭で、孤児院に入る前に何かが起きていると知る事が出来た訳ですから、霊媒師の人には感謝しないといけませんね。

 それで、子供達には若干不評なあなた達ですが……とりあえず連れて行く事にします」


 ヴァンダルーの決定に、従属種吸血鬼達の三分の一がほっと安堵の溜め息を漏らし、三分の二が「おぉ!」と短く歓声をあげる。……ちなみに、後者が狂信者っぽい者達だ。

「全員ヴィダ派への改宗と、暫く監視付の生活をしてもらいますが。監督は……闇夜騎士団に頼みましょうか」


『お任せください、ヴァンダルー様。私の部下達ならこいつ等を躾けてくれるでしょう』

 闇夜騎士団はアイラが団長を務める、ヴァンパイアゾンビを中心にした騎士団だ。彼女と共にタロスヘイムのルールを守り、人々に愛想よく接しながら町の清掃等のボランティアで地道なイメージアップに取り組んだ者達なので、従属種達の監督を安心して任せられる。


「これから回る組織でも何人か……何十人か増えるでしょうからね」

「……念のために尋ねたいのだが、吸血鬼は全てああなのだろうか? 今日自分が吸血鬼だと気がついたばかりなので、自覚が無いのだけど、いつか私やセリスも同じになるのか?」

「違う……はずだけど、私達が言っても説得力が無いわね」


 不安そうなベストラにエレオノーラはそう答えた。しかし、ヴァンダルーから貰った首輪をしている彼女の言葉にはやはり説得力は無かったらしく、ベストラは不安そうなままだった。




 ヴァンダルー達がこのビルカインの居城であるこの砦に来た本来の理由は、子供達が大勢捕らえられており、ビルカインが帰って来ない事から彼の敗北を悟り、自棄になった吸血鬼達が子供達を殺すか、逃げ出して子供達だけ取り残される事を危惧したからだ。


 それが無いと分かったため、ヴァンダルー達は他のビルカインの拠点や施設に行く前に、この拠点に設置された部屋を使ってジョブチェンジを済ませる事にした。ただ速やかにとはいかなかった。

 エレオノーラがジョブチェンジ可能なジョブに姫と付くものしかなく、【変身剣姫】を渋々選び、ベルモンドも同じような理由で【変身クノイチ】を選んだ。


「明らかにヴァン様が作ったこの変身装具のせいだけど……便利過ぎて手放せない!

 ヴァン様は私達をどうしたいの!?」

「全くです、旦那様。はっきり言ってください。覚悟しますので」

『二人ともまだまだ分かっていないわね。言われずとも察するのが、私達僕の本来あるべき姿というものよ』


「俺の主な目的はより優れた装備を使ってもらい、皆に強くなって貰う事なのですが。まあ、多少楽しんでいるところがあるのは否定しませんけど」

 二人に詰め寄られ、アイラがトラブルの起きるフラグを立てようとし、ヴァンダルーが本心を繰り返し打ち明けて宥めると言う一幕があった。


 尤も、カナコやダルシアによると【魔法少女】等のジョブは能力値の成長率が高い有用なジョブなので、それに近いだろう【変身剣姫】や【変身クノイチ】も同様に有用なジョブとなる筈。エレオノーラとベルモンドはまた一段階強くなる事だろう。


「俺もヒヒリュシュカカを倒した経験値で、【夢導士】のレベルが100に到達しましたからね。……この先、一分一秒を争う事態は、起きそうにないですし」


 ヒヒリュシュカカの断末魔の絶叫を聞く程の吸血鬼がいる場所なら、ここと同じようにもう事態を悟った後だろう。

 いない場所なら、ビルカイン達の敗北にまだ気がついていないはずだ。

 どちらにしても、慌てて駆けつける必要性は薄い。


「それに、モークシーの町でジョブチェンジして万……いえ、億が一にも聞かれたら困りますからね」

 ヴァンダルーはこの拠点に設置されたジョブチェンジ部屋に入り、水晶に手を触れた。




《選択可能ジョブ 【鞭舌禍】 【怨狂士】 【死霊魔術師】 【冥王魔術師】 【神敵】 【堕武者】 【蟲忍】 【滅導士】 【ダンジョンマスター】 【魔王】 【混導士】 【虚王魔術師】 【蝕呪士】 【弦術士】 【デーモンルーラー】 【創造主】 【デミウルゴス】 【ペイルライダー】 【タルタロス】 【荒御魂】 【冥群砲士】 【魔杖創造者】 【魂格闘士】 【神滅者】 【クリフォト】 【冥獣使い】 【整霊師】 【匠:変身装具】》


「……今回は増えなかったか。では、予定通り【魔王】を選択」


 今まで避けてきた【魔王】ジョブだが、ヒヒリュシュカカを滅ぼして魔王の魂の欠片である【魔王の影】を取り込んだ時、これまで幾つも吸収してきた魔王の肉体の欠片とは若干異なった感覚を覚えた。

 結果的には何も起きなかったが、もしかしたら今後、他の魔王の魂の欠片を吸収する事があるかもしれない。【魔王】ジョブなら、その問題を未然に防げるかもしれないと思ったのだ。


 思っただけで何の根拠も無く、逆に問題が悪化する可能性も勿論あると理解している。しているが……。

(欠片から本体と呼ばれるようになって随分たつし、今更でしょう)

 そう考えて、リスクは少ないと判断したのだ。ただ、選択する際の声を町の人達に聞かれるのは拙いので、この砦の部屋を利用する事にしたけれど。




《【魔王】ジョブにジョブチェンジしました!》

《【生命歪曲】、【魔素侵食】、【輪廻模倣】、【従僕創造】スキルを獲得しました!》

《【生命歪曲】が【変異誘発】に、【魔素侵食】が【導き:冥魔創夢道】スキルに、【輪廻模倣】と【従僕創造】が【冥王魔術】スキルに統合されました!》


《【高速再生】、【従群超強化】、【猛毒分泌:牙爪舌】、【身体伸縮(舌)】、【能力値強化:君臨】、【欠片限界突破】、【精神侵食】、【迷宮創造】、【魔王】スキルのレベルが上がりました!》

《【魔力自動回復】が【魔力常時回復】スキルに、【生命力強化】が【生命力増強】スキルに覚醒しました!》

《レベルが100に到達しました!》




 ボコボコと身体の中から不吉な音が聞こえ、骨や筋肉が歪むような音が聞こえた気がしたが、それよりもヴァンダルーは脳内に響いたアナウンスの方が気になった。

 ヒヒリュシュカカの魂を喰った時と同じように物騒なスキルを覚えたと思ったら、既存のスキルに統合されて一安心。等と思っていたら、レベルが100に到達したと言ったのだ。


「【ステータス】……本当にレベルが100になっている。何故? 【魔王の欠片】を集めていたからかな?」

 【付与片士】が人間や生物を変異させる事で経験値を得る事が出来るジョブだったのと同じように、【魔王】は【魔王の欠片】を集める事で経験値が得られるジョブなのかもしれない。


「ともかく……レベルが100になった以上もう一度ジョブチェンジしないと。次は……どれにしましょうか?」

 【虚影士】がジョブチェンジ可能なジョブに増えたが、これは【魔王の影】と関係のあるジョブだろう。それも含めて考えた結果、ヴァンダルーが選んだのは魔王よりも正体不明のジョブだった。


「【デミウルゴス】を選択」




《【亜神】スキルを獲得しました!》




・名前:ヴァンダルー・ザッカート

・種族:ダンピール(母:女神)

・年齢:11歳

・二つ名:【グールエンペラー】 【蝕帝】 【開拓地の守護者】 【ヴィダの御子】 【鱗帝】 【触帝】 【勇者】 【魔王】 【鬼帝】 【試練の攻略者】 【侵犯者】 【黒血帝】 【龍帝】 【屋台王】(NEW!) 【天才テイマー】(NEW!)

・ジョブ:デミウルゴス

・レベル:0

・ジョブ履歴:死属性魔術師 ゴーレム錬成士 アンデッドテイマー 魂滅士 毒手使い 蟲使い 樹術士 魔導士 大敵 ゾンビメイカー ゴーレム創成師 屍鬼官 魔王使い 冥導士 迷宮創造者 創導士 冥医 病魔 魔砲士 霊闘士 付与片士 夢導士 魔王


・能力値

生命力:235,503 (110,525UP!)

魔力 :5,779,760,020+(4,623,808,016)  (合計1,371,958,437UP!)

力  :29,158 (13,650UP!)

敏捷 :24,761 (13,695UP!)

体力 :31,520 (14,537UP!)

知力 :41,375 (17,848UP!)




・パッシブスキル

剛力:2Lv(UP!)

高速再生:9Lv(UP!)

冥王魔術:6Lv(生命強制付与、魂魄束縛、創造アンデッド支配、輪廻模倣、従僕創造を統合&UP!)

状態異常無効

魔術耐性:9Lv

闇視

冥魔創夢道誘引:8Lv

詠唱破棄:9Lv(UP!)

導き:冥魔創夢道:8Lv(魔素侵食を統合!)

魔力常時回復:1Lv(魔力自動回復から覚醒!)

従群超強化:2Lv(従属強化から覚醒&UP!)

猛毒分泌:牙爪舌:2Lv(UP!)

敏捷強化:8Lv(UP!)

身体伸縮(舌):9Lv(UP!)

無手時攻撃力強化:極大(UP!)

身体強化(髪爪舌牙):10Lv(UP!)

糸精製:7Lv

魔力増大:8Lv(UP!)

魔力回復速度上昇:9Lv(UP!)

魔砲発動時攻撃力強化:大(UP!)

生命力増強:1Lv(生命力強化から覚醒!)

能力値強化:君臨:3Lv(UP!)


・アクティブスキル

業血:10Lv

限界超越:6Lv

ゴーレム創成:6Lv(UP!)

虚王魔術:4Lv(UP!)

魔術精密制御:1Lv

料理:8Lv

錬金術:10Lv

魂格滅闘術:3Lv(UP!)

同時多発動:2Lv(UP!)

手術:8Lv

具現化:3Lv(UP!)

連携:10Lv(UP!)

超速思考:5Lv(UP!)

指揮:10Lv(UP!)

操糸術:6Lv

投擲術:9Lv(UP!)

叫喚:7Lv

死霊魔術:9Lv(UP!)

魔王砲術:3Lv(UP!)

鎧術:7Lv

盾術:7Lv

装影群術:6Lv(装群術から変化&UP!)

欠片限界突破:7Lv(UP!)

整霊:1Lv(NEW!)



・ユニークスキル

神喰らい:7Lv(UP!)

異貌魂魄

精神侵食:9Lv(UP!)

迷宮創造:4Lv(UP!)

魔王:6Lv(UP!)

深淵:8Lv(UP!)

神敵

魂喰らい:7Lv(UP!)

ヴィダの加護

地球の神の加護

群体思考:6Lv(UP!)

ザンタークの加護

群体操作:6Lv(UP!)

魂魄体:4Lv(UP!)

魔王の魔眼

オリジンの神の加護

リクレントの加護

ズルワーンの加護

完全記録術

魂魄限界突破:1Lv

変異誘発(生命浸蝕、生命歪曲を統合!)

魔王の肉体(NEW!)

亜神(NEW!)




・呪い

 前世経験値持越し不能

 既存ジョブ不能

 経験値自力取得不能




 ステータスを確認したヴァンダルーは、眩暈を覚えた。

(遂に百億を超えた魔力以外にも、生命力も増えたし……力や体力が倍近く上がった。なのに成長期の時と違って今回は筋肉痛が起きていない)

 ジョブチェンジ部屋を軽く歩き回って見ても、筋肉や骨が軋むような痛みは無い。


 【魔王の欠片】が【魔王の肉体】に統合されたからか、それとも【デミウルゴス】ジョブに就いて獲得した【亜神】という、字面からして尋常ではないスキルの効果か。

「まあ、もしかしたら明日になったら全身筋肉痛でベッドから起き上がれなくなっているかもしれませんが」

 そう思いながら部屋を出ると、少し騒ぎが起きていた。


「ヴァン様! 私達ついさっき急に【御使い降臨】じゃなくて、【御使い降魔】ってスキルを獲得したのだけど、何かあったの!?」

「エレオノーラ、『何があったのか』ではありません、『何をしたのか』を聞くべきです!」


 二人にそう言われたヴァンダルーは、何か答える前に疑似本体型使い魔王を通じてタロスヘイムに意識を向けた。

 ……同じ事が起こっていた。【ヴァンダルーの加護】を受けている者達が、次々に【御使い降魔】スキルを獲得しているようだ。

 興奮した様子のルチリアーノが疑似本体型使い魔王に「遂に神に至ったのかね!? そうなら是非調べさせてくれ、師匠!」と迫っていて、かなり怖い。


「……やっぱり、【魔王】からの【デミウルゴス】は迂闊でしたね。皆と相談してから決めるべきでした」

 自分の軽はずみな判断を後悔するヴァンダルーだった。

 ちなみに、この時アイラは早速【御使い降魔】スキルを試していたらしい。




 自らの執務室で、アイザック・モークシー伯爵は大きな仕事をやり遂げた達成感を味わいながら、書類にサインし判子を押していた。

 あの色々と尋常ではないダンピールの少年と、友好的なコネクションを結ぶことに成功した。それは彼にとって第三国との重要な条約締結に等しい、大仕事だった。


 国の行く末を左右する強大な力を持つ個人……あの少年はそれに匹敵するとアイザックは考えていた。得体が知れないだけに、強く。

「旦那様、ご報告に参りました」

 そこに家宰が密偵達からの報告を持ってやってくる。


「聞こう」

「本日、あの少年はスラムの孤児院に向かったようです。屋台の方は母親が仕切り、茶会にも出席した獣人種の娘と、スラムに住むサイモンという男がそれを手伝っているようです」

「ん? 本人と従魔はどうしたのだ?」


「それが、従魔は家の方で留守番を、本人はスラムの孤児院に行ったままのようです。何でも、明日の祝祭の準備を手伝っているらしいのですが」

 家宰の報告を聞いた伯爵は、首を傾げた。屋台に本人がいないのは、商業ギルドの規則上問題は無い。仮登録から正規登録への試験の内容は、継続的な商売が出来るか否かだ。屋台さえ営業し続けているなら、登録者本人が不在でも平気だ。


 だが今日会談したばかりの少年が、これまでにない行動をしていると言うのにアイザックは違和感を覚えた。


「明日はヴィダの祝祭だったか? 覚えが無いのだが」

「申し訳ありません、共同神殿で行われるものなら記憶しておりますが……」

 アイザックの疑問に、家宰は答える事が出来なかった。それだけ、スラムの孤児院に対して関心が払われていなかったと言う事だ。


 アイザックもスラムの福祉政策として多少の寄付を行っているが、普段はそれだけだ。ヴァンダルーの件が無ければ、態々注目する理由は無いというのが、彼らの認識であった。

「近所の住人に聞きこみを行いますか?」

「……そこまですればばれるだろう。良い機会だ、密偵達に伝えよ、これからはヴァンダルー・ザッカートの監視と調査では無く、彼に近づこうとする者、特に害意を持つ者がいないか監視と調査を行うようにと」


「彼の正体や思惑についての調査は、打ち切って宜しいのですか?」

 聞き返す家宰に、アイザックは「うむ」と頷いた。

 昼の茶会でコネクション作りは出来た。これ以上密偵達に探らせ続けると、露見した場合折角のコネにケチがついてしまう。


(それに、我が家の密偵達にこれ以上調べさせても、彼の思惑や正体を掴めるとは思えないからな)

 流石にそう口に出す事は無かったが。

「それよりも、そろそろ彼の存在がアルクレム公爵領の主だった都市は勿論、他の公爵領へも広がる頃だ。過激派の連中が寄って来たら迷惑だからな。注意しておく必要がある」


 アイザックとしては、得体が知れないけれど悪意は無く、規則に従い町とアルクレム公爵領の発展に繋がりそうなヴァンダルーよりも、ダンピールを狙う狂信者共の方が余程注意すべき対象だ。信仰熱心なのは結構な事だが、それで事件を起こされたら困る。


 彼の考えは今日の茶会でそう変わっていた。

「彼らに我が家の護衛が必要だとは思えないが……過激派が放火でも企てたら事だからな。未然に防がねばならん」

「畏まりました」

 家宰が一礼して下がり、密偵へアイザックの指示を伝えに行く。


 再び一人きりになった執務室で、アイザックは最後の書類に判を押して大きく伸びをした。

「さて……今夜は早めに寝るとしよう」

 アイザックを含めた多くの人々にとって、モークシーの町は今日も何事も無く平和だった。





・ジョブ解説:夢導士 ルチリアーノ著


 夢見がちな事を言って導く者……では無く、夢に出てきて導く者である事を表すジョブ。……導きは基本的に思想の筈なのだが、夢は思想と言えるのだろうか?

 そう言う意味では現在確認されている導士系ジョブの中では、最も異質と言える。


 能力値の成長は、力や体力、敏捷と言った肉体的な物はあまり成長しなかったようだが、その分知力と魔力の成長率が高かったようだ。




・ジョブ解説:魔王 ルチリアーノ著


 魔王とはジョブなのだろうか?

 我々のジョブと言う概念に疑問を投げかけるジョブである。恐らく、【魔王の欠片】に寄生されるのではなく、己と一体化させる事に成功させた者のみが就く事が出来るジョブだと思われる。


 能力値は全体的に成長幅が大きかったようだ。

11月16日に閑話32を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
本話のステータスの記載に 魂喰らい:7Lv(UP!) が2つあります。片方削除した方が良いと思います。
[気になる点] 【魔王】のジョブについた瞬間にレベルが100に到達したのは、 ヴァンダルーが既に魔王として完成しているからってことですか?
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