二十六話 難題を超えて新天地の前に立つ
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何故か嬉しくなりご報告申し上げました。ありがとうございました!
この山脈……正式名称は境界山脈と言うらしい。アミッド帝国とオルバウム選王国の境界ではなく、人間と魔物の世界の境界という意味なのだとか。その由来通り、この山脈はほぼ未踏の地でそこかしこに魔境が存在する。そのため、この規模で通りかかると魔物が獲物だと思って襲い掛かってくるのだ。
ただ、魔境を避けて道を作りながら進んでいるため、襲い掛かってくる魔物は魔境の外周部に生息している、その魔境でも弱い部類の魔物となる。
「ハリネズミのような狼を倒したぞ!」
「初めて見る魔物ね。美味しいのかしら?」
「うまそう、うまそう」
その上、何百人ものグールに襲い掛かる危険が理解できない程知能の低い魔物なので、襲い掛かってくる端から返り討ちにされ、新鮮な血肉を食料として、毛皮を防寒具の材料として提供していた。
最近オーク肉も減って来たので、実に助かっている。
ただ、やはり大物が襲撃してくることも時々ある。
「ワイバーンの群れだ!」
この日は、上空からワイバーンの襲撃を受けた。前足が翼に成った、竜種の中で最も下位の魔物で他のドラゴンと比べて知能が低いため、亜竜と呼ぶべきではないかと学者たちが論争している魔物だ。
ブレスを吐いたり魔術を使ったりはしないが飛行能力に優れ、鋭い牙と爪を見た目通りの威力で振り回すランク5の魔物だ。
翼さえ封じればランク4相当だと言われているが、ここは標高二千メートル以上(推定)の山脈だ。どう考えても地の利は向こうにある。
更に知能が低いとは言え動物としては頭が良い部類なので、ちゃんと襲撃前に仲間を集めて群れでやって来て、狙うのも行列の最後尾や、守りの薄い所なので中々厄介だ。
今回の群れは五頭。中々難儀な数である。
「ガアアアアア!」
グール独自の戦闘言語による号令で、戦士達が一斉に矢を放ち、女達がそれぞれ攻撃魔術を放つ。
しかし生活していたのが密林で、しかも獲物がこちらを餌にしようと接近して来る魔物ばかりだったグール達は、実は遠距離攻撃力が、比較的低い。
バスティアを含めて【弓術】スキルを持っているグールも少なくないが、あまりレベルが高くないのだ。
「グエエエエエエエ!」
「ギャオオオオオオオン!」
そんな時頼りになるのが、ランク4のスペクターバードにランクアップした骨鳥だ。
ランク4に成長し、【眷属強化】スキルで強化された骨鳥は、ワイバーンでも油断できる相手ではない。それを本能的に察したのか、五頭の内二頭が骨鳥に向かって行った。一頭で抑えるよりも、二頭で手早く倒す事にしたのだろう。
動きを止めたら機動力という最大の強みを無くしてしまうので、それで正解だ。
しかし……。
『シャアアアアアアアアアア』
獲物や骨鳥に気を取られたワイバーン達に近づいた、透明な使い魔『レムルース』が消滅と共に強烈な殺気を放った。
「ギャオ!?」
「ギュギイイ!?」
野生の生存本能を刺激する殺気に、ワイバーンは混乱した。五頭中三頭は即座に身を翻して逃げ出そうとし、二頭は動きを鈍らせた。
「あの二匹だ!」
「ニクウウウウウウ!」
動きが鈍った二頭に、矢と魔術が殺到する。機動力を奪われたワイバーンはただの的に過ぎず、鱗もグール達の怪力で放たれた矢や魔術を防ぐほど強固ではない。
更に逃げる事を優先し無防備な後姿を見せたワイバーンに、骨鳥が霊体の翼を射出し鉤爪で首を切り刻む。
「ギャオオオオオオオオォォ……」
山肌に三頭目が墜落し、残り二頭は更に焦って逃げて行く。それに向かってヴァンダルーは手を向けたが、結局何もせずに手を降ろした。
「ヴァンは魔力を節約しなければならないから、レムルースを使ってくれるだけで十分だ」
『この大移動は、坊ちゃんが倒れると詰みますからな。御自愛ください』
「うん、分かってる」
死属性の魔力で揚力は消せるのか否か試してみようかと思ったようだが、道を作るヴァンダルーが魔力切れで倒れると回復するまで進めないし、その状態で崖崩れでも起きたら大変だ。なのでこの山脈越えの間、ヴァンダルーは普段よりもずっと魔力の量を気にしなければならない。
大自然の前には、一億と一千万少々の魔力でも足りないのだ。
「それに、お肉はもう十分だと思うわ」
馬車の荷台から若い女グールが顔を出して言った通り、三頭のワイバーンはグール達の今日の疲れと飢えを癒す、十分な糧に成ってくれる。最下級とはいえ竜種なので肉は美味くて滋養があり、内臓は錬金術の素材にもなるがそのまま食べれば精が付く。
更に鱗や骨、皮膜は防具、牙や爪は武器の材料に成る。
「でも五頭の内三頭も倒しちゃうなんて……冒険者ギルドに持って行ったら暫く遊んで暮らせるわよ」
「カチアさんなら出来ますか?」
「無理。一頭でも御免だわ」
そう言って首を振るカチアは、ブボービオに捕まり彼の所有物にされた女冒険者だったグールだ。ノーブルオークは個体としての力が強い分オーク程繁殖力が高くないので、幸いな事に妊娠せずにバスディア達に助けられ、グール化の儀式を受けた。
「どうせギルドではあたし達は死人扱いだろうし、魔物に慰み者にされた女扱いを受けるよりもいっそ、グールに成った方がマシよ。どうせ家族もいないし」
当時は精神的に壊れていたが、最近はそう言えるほどには回復していた。ただ、それでも軽度の男性恐怖症があるらしく、それで彼女はサムの荷台に乗っている。
ヴァンダルーは子供で、サムはアンデッドだから大丈夫らしい。
ワイバーンを解体するために足を止め、上空を骨鳥とレムルースに見張らせる。
こういう厄介な襲撃が一日一回はあるのが、この山脈越えの過酷さを表している。並の冒険者なら数日と持たないだろう。
ヴァンダルーだって莫大な魔力と高山病を防ぐ【状態異常耐性】スキルが無ければ、とても持たなかったはずだ。
だが、魔物の襲撃は新鮮な食料を得る機会でもある。
しかし次の問題は複雑だ。
「ぎゃっ、……ぎゃぁあああ!」
「うー、キャウゥンッ!」
足を止めた馬車から、ヨチヨチ歩きの黒いゴブリンの子供が降りようとして転んで泣きだし、それに驚いた黒いコボルトの子供も泣きだす。
「あ、コラっ、ダメでしょ、馬車から出ちゃ」
「何? お腹すいたの? 食いしん坊だねぇ」
ゴブリンとコボルトの子供をそれぞれ別の女グールが抱き上げると、授乳を始めた。そう、彼女達はあのゴブリンとコボルトの母親だ。
ヴァンダルー達がノーブルオークの集落を襲撃し、助け出したグールの女達の多くは妊娠していた。まあ、そのために彼女達は囚われていたので、当然といえば当然だ。
そのためヴァンダルーはそれとなく、死属性魔術で体が受ける影響を最低限に抑えた堕胎が可能だと伝えたのだが、何と彼女達はその申し出を拒否したのだ。
「産まれた時から儂らが世話をすれば、儂らに従うようになるからの」
そう言う事らしい。平時は態々自分の胎を使ってまでゴブリンやオークの子供を手に入れるような真似はしないが、このような非常時では失った群れの数を間に合わせるため堕胎しないらしい。
囚われていた女グールの群れは男が全滅しているので、その分の労働力を補おうというのだろう。
因みに、産まれたゴブリンやコボルト、オークの子供達は全員肌や毛皮が黒かった。通常ならゴブリンの肌は緑で、オークの肌は薄いピンク。コボルトの毛皮は黒の場合もあるが、それでも全て黒なのは妙だ。
その原因は、推測だがヴァンダルーの魔力だろう。
魔境を出た事で折角産むと決めた胎児に影響があってはいけないと、ヴァンダルーは妊婦達が魔境と同じ環境で休めるようにと、濃密な魔力を彼女達と胎児に【魔力譲渡】で与えていた。
その結果、胎児は魔境と同じペースですくすくと成長し、元気に産まれて来た。何故か黒くなって。
別にそれが悪い訳じゃないし、不吉だ何だと文句を付けるつもりも無い。しかし念のために【鑑定】で調べてみると――
【ブラックゴブリンの赤子】
【アヌビスの赤子】
【オーカスの赤子】
っと、ゴブリンとコボルトとオークの赤ん坊は表示された。
何故か新種だった。
「これはどういう事だろう? 教えてダーウィン先生」
「それは誰だ、ヴァン? オリジンという世界にいた酷い科学者か?」
「いえ、異世界のとても偉い昔の人です」
新種の魔物をうっかり作り出してしまったヴァンダルーは遠い眼差しで天を仰いだが、幾らなんでも聞く相手を間違っているだろう。
「まあ、いいんじゃないかの? 普通のゴブリンより賢そうじゃし、普通のコボルトより力が強そうじゃし、普通のオークより大人しそうじゃ」
「気にするな、男は女達が産んだ子を鍛えさえすればいい。我はそうだった」
「ああ、私もヴィガロから鍛えられた事しかないぞ」
ザディリスは新種が産まれた事も深く気にしてはおらず、ヴィガロとバスディアはグールの男と子供の関係を教えて、気にしない方がいいぞと助言する。
まあ、実際気にしても今更どうにもならない問題なのだが。もう、妊婦全員に魔力は譲渡してしまったし。
『思い出すわぁ、ヴァンダルーにもああやってお乳をあげたのよね。最初は少し遠慮して、でもすぐ夢中になって飲んでたっけ……』
「あ、あのっ? この子急に悶え始めたんだけど!?」
『大丈夫ですよ、ダルシア様が坊ちゃんに母乳を上げていた頃の事を思い出して、それを聞いた坊ちゃんが耐えきれずに悶えているだけですから』
『坊ちゃん、坊ちゃんはまだ子供なんだから照れなくていいんですよ、自信を持ってください』
ダルシアが見えないカチアが突然声も無く悶え始めたヴァンダルーに驚くが、姿が見えるリタとサリアにとってはもう日常の一風景である。
カチアと同じようにダルシアが見えないはずのザディリス達も、もう驚きもしない。
そう、ベビーラッシュの問題とは、ダルシアが当時の事を思い出す事でヴァンダルーの羞恥心が刺激されて耐えられず、苦しむ事だったのだ!
ただそのベビーラッシュももうすぐ終わる。流石魔物の繁殖力と言うべきか、もうすぐ囚われていた女グール達の出産は終わる。それから一月もすれば、成長の速い魔物の子供達は乳離れを迎える事だろう。
「ヴァンダルー、お腹の子が男の子だったら本当に名前貰ってもいい? 濁点が二つで、丁度縁起がいいのよね」
妊娠約七か月の大きなお腹のビルデを見れば分かる通り、その後ビルデ達グールの子を妊娠した女グール十人のお産が待っているのだが。
因みに、グールの成長ペースは人間と同じらしい。
「これ、少子化問題が解決したら年単位で続くのか……」
霊のダルシアは記憶力が壊れているので、切っ掛けがあれば同じ話を何度でも繰り返してしまう。もう、自分が慣れるしかないのかと、ヴァンダルーの目は益々遠くなった。
そして最後の問題の介護とは、魔境を出た事で体調を崩したグール達の世話だ。病気に成らない様にして、気を配っている。特に弱っているのはタレアだ。
「うう、申し訳ありませんわ、ヴァン様」
思わず「それは言わない約束でしょ、おとっつぁん」と返したくなるくらい、タレアは老け込んでいた。
魔境に居る間はとても元気だったのだ。住処を移すのにも乗り気だったのだが、魔境を出ると急に体も心も弱ってしまった。
「情けないのぉ、元気を出さんか」
「くぅっ、私よりも老齢の筈のあなたが元気いっぱいなのが不自然なのですわっ」
やはり寄る年波に原因があるらしい。しかし、ザディリスはヴァンダルーによって十代半ばの、見た目通りの年齢に【若化】されている。グールの種族的な特性で、見た目は変わらないため誰も気がつかないが。
「けほけほっ、折角ワイバーンの素材が手に入りましたのに。人間だった頃少し触っただけの、憧れの素材でしたのにぃ」
「新しい魔境に着いたら、すぐ元気に成って武具を作れるようになるよ」
そう慰めながら背中を摩り、タレアに死相が見えないかどうか確かめるヴァンダルーは、いよいよと成ったら彼女にも【若化】を使うつもりだった。
変な噂が流れるぐらいでタレアが元気に成るなら安い物だ。
「ありがとうございます、ヴァン様。でも私だけではなく、あの子も見てあげないと」
そうタレアが指すのは、すぐ近くで横に成っているライフデッドだ。ルチリアーノが放棄したライフデッドは、鼓動と呼吸以外の行動を一切しない、まさに生ける屍の状態であるため他人が世話をする必要がある。
ライフデッドは魂が無いという意味でアンデッドの一種だが、身体は生きているので食事を取らなければ餓死するし、不衛生にしていれば病気にかかるし、寝かせたまま放置しておくと床擦れを起こす。
いくら魂が無くてもそんな扱いをするのは見ている側の心によくないし、そのライフデッドの体内に宿る胎児に悪影響を与えかねない。
ライフデッドの中にはノーブルオークブゴガンが孕ませ、その後ヴァンダルーが魔物の因子を薄くし、ライフデッドにされた死体の霊を宿らせた胎児が今も育っている。
確か妊娠二か月程だが、既に若干お腹が膨らんでいるように見えるのは残ったノーブルオークの因子が原因か。
「……まあ、ワイバーンの解体にはしばらくかかるだろうし」
よっこいせと、ヴァンダルーはライフデッドを敷物ごとタレアの隣に運んだ。細い手足の何処にこんな力がとカチアが声も無く驚いているが、彼も【怪力】のスキルを持っている。既に筋力は平均的な成人男性を上回っているため、これくらいは魔術を使うまでもない。
周りにいるのが生まれつき【怪力】スキルを持っているグールと、アンデッドばかりだったためつい二か月前まで人間だったカチアぐらいしか驚かないだけだ。
「今日は何を話そう……そうだ、これから行く魔境で何をするのかにしよう」
そしてカチアが驚いている事に気がつかないまま、ヴァンダルーはライフデッドに、正確にはお腹の胎児に話しかけた。
地球のテレビ番組で、胎児に話しかけると胎教に良いとやっていたからだ。確か、天才はいかにして産まれたかという、海外のドキュメンタリーだったと思う。
地球でヴァンダルーに異常なほど贅沢を禁止した伯父だが、彼の基準で贅沢ではない事に妙な事に寛容だった。お蔭で常にではないがテレビも見られたし、ネットもする事が出来た。……その基準も日々変動したので当時から油断できなかったので、感謝の念は欠片も湧かないが。
魔境に着いたら廃墟に成っている町の一部を修理して、肉が美味い魔獣を探して、後公衆浴場の跡があったら修理して湯船に浸かりたいとか、今度こそ胡桃やドングリを発酵させて味噌っぽい物を作りたいとか、そんな前世以前の恨みは出さずに明るい将来の展望を語り始める。語り過ぎて異世界の知識が洩れていて、カチアが「み、ミソ?」と小首を傾げているが、やはり気がつかなかった。
「なんだかこうしていると、私達まるで家族のようですわね」
「……どんな家族構成なのよ」
微笑みながらそう言うタレアにカチアが突っ込みを入れる。パッと見て三人とも種族が異なるのが分かるが、それを無視すれば、『身重の母を見守る姉と歳の離れた弟』だろうか。
「む、タレアめ、私に先んじてヴァンと家族とは」
「はっはっは、気にするな。きっと坊やの祖母にでもなったつもりなのじゃろう」
「聞こえていますわよっ! うう、ヴァン様、私より三十以上も上のザディリスが苛めますの~」
「はいはい、皆家族ですよー」
こうしてヴァンダルー達の山脈越えは、彼の魔力管理をしっかりしたお蔭で順調に進んでいた。
《【土木】スキルを獲得しました!》
五月の半ばを過ぎ、地球なら人々がゴールデンウィークを楽しく過ごし終わって、その余韻も抜けて来た頃ヴァンダルー達は山脈を越え目的の廃墟魔境の前に辿り着いた。
廃墟魔境がある山脈と山脈の間は盆地に成っていて、横断するのに歩きだと三日くらいかかりそうだ。きっと、廃墟に人がいた時はここに田畑が広がっていたのだろう。
「ここまで来るのに約三か月。オルバウム選王国に行くには、もう一度超えなければならないから更に三ヶ月かかるとして……ミルグ盾国が討伐隊を派遣してこなくても、途中で一年ぐらいは過ごしたかも」
「いや、ヴァンダルーとサム達だけなら、もっと早かったと思うぞ」
もうすぐ三歳に成るヴァンダルーは、まだ遠いオルバウム選王国への道のりを想ってまだまだ大変だなと息を吐いた。
そしてこれからが本番だと気合を入れ直す。
これからこの廃墟魔境に入り、グール達が暮らせるように皆と協力して頑張らなければならないのだ。
そうしてヴァンダルーが見上げた廃墟魔境は、見ただけで新人冒険者なら怖気づきそうな異様を晒していた。
高く堅牢だった石作りの城壁は所々崩れ、若しくは樹木に浸食されている。その向こうに見えるかつての町には幾つもの廃墟がその無残な姿を晒していた。
そして未だに高くそびえる白い城は、何処か白骨死体を連想させた。
しかしそれ以上に不気味なのは、人のいない廃墟でありながら濃密な気配が漂っている事か。風も無いのに木々のざわめきが聞こえ、耳障りな鳴き声が響く。
それらの音を出している存在が、生物であるとは限らない事を考えれば背筋も凍る。
この廃墟魔境には確実にザディリスやダルシアにとっても未知の魔物が何種類も存在する。そしてその中のいくつかは高ランクの魔物かもしれない。
アンデッドが多いのは確認したが、それが全てとは限らない。もしかしたら、ドラゴンが生息しているかもしれないし、危険なダンジョンが発生しているかもしれない。
そんな場所でこれからグール達が暮らせるように、集落を作り食料や物資の供給源を見つけなければならない。
一応虫アンデッドを使って偵察はしてあるが、やはり虫の複眼を通して見たのでは分からない事も多いし、魔物に潰されたのか突然反応が無くなる虫アンデッドも居た。
これから自分の目と耳で、危険な未知の世界に挑まなければならないのだ。
「ワクワクしてきた」
未知への冒険は、ヴァンダルーを怖気づかせるどころか胸を高鳴らせた。
地球、オリジンと狭い世界を生きていた彼は、未知の土地を訪れる度に楽しみを見出してきた。討伐隊から逃げる為というここに辿り着いた経緯は気に入らないが、それでも目の前に広がる新しい世界が色褪せる訳ではない。
「では……今日は廃墟からやや離れて野営という事で」
「皆よ、野営の準備にかかるぞ!」
「見張りを立てろ! 魔境の近くだ、油断するな!」
っと、野営の準備に取り掛かる一行。
未知の冒険が待っているからこそ、体調と魔力は万全にしておくに限るのだ。
因みに、ベビーラッシュを終えた一行は六百人に迫る数に成っていた。
オークは一回の出産で基本的に一人しか産まれないが、ゴブリンやコボルトは一回の出産で三つ子が産まれるのが基本で、それは他種族の女の胎を借りても同じだったからだ。
そして産まれたブラックゴブリンは約五十匹、アヌビスは約百匹、オーカスは約六十匹。
既に全体の数だけならブゴガンの集落を超える勢力に成りつつある。
「きんぐ、べんきょうおしえろ」
「きんぐ、きんぐ、ヘンなホネひろった! やるっ!」
「ふご? きんぐ、ちぢんだ?」
そして生まれた子供達は死属性の魔力を胎児の頃から受けていた影響か、それとも単に親に倣っているのか、ヴァンダルーに懐いていた。
それはヴァンダルーも嬉しいのだが……
「貴族とグールキングの兼業って出来るかな」
生後二か月ほどなのに既に自分より大きく成長したオーカスを見上げて、そう呟くヴァンダルーだった。
・名前:ヴァンダルー
・種族:ダンピール(ダークエルフ)
・年齢:二歳十一か月
・二つ名:【グールキング】
・ジョブ:無し
・レベル:100
・ジョブ履歴:無し
・能力値
生命力:48
魔力 :113,807,904
力 :42
敏捷 :17
体力 :47
知力 :89
・パッシブスキル
怪力:1Lv
高速治癒:2Lv
死属性魔術:3Lv
状態異常耐性:4Lv
魔術耐性:1Lv
闇視
精神汚染:10Lv
死属性魅了:3Lv
詠唱破棄:1Lv
眷属強化:4Lv(UP!)
・アクティブスキル
吸血:3Lv
限界突破:3Lv
ゴーレム錬成:3Lv
無属性魔術:1Lv
魔術制御:1Lv
霊体:1Lv
大工:1Lv(NEW!)
土木:1Lv(NEW!)
・呪い
前世経験値持越し不能
既存ジョブ不能
経験値自力取得不能
・魔物解説 ブラックゴブリン
死属性の魔力に胎児の頃から浸り続けたために誕生した、新種のゴブリン。基礎的なランクは2。
能力的にはゴブリンの上位互換で、全ての能力値でゴブリンを上回る。生まれつき【闇視】や【状態異常耐性】【敏捷強化】のスキルを持つため、完全な暗闇でも昼間のように行動でき毒や病気にも強く、更に素早い。
また通常のゴブリンよりも頭が良く、コボルト並みの知能を持ち教えられれば全ての個体が武術系のスキルを習得し、武技を使う事が可能。
更に寿命も通常のゴブリンが二十年ほどで寿命を迎えるのに対して、倍以上生きる可能性がある。
ただし繁殖力と性欲だけはゴブリンより劣っており、ゴブリンよりも【繁殖】や【精力絶倫】のスキルレベルが低い、若しくは持っていない場合もある。子供が成長するために必要な時間も長い。
通常のゴブリンは魔境で生息している場合生後一か月で大人になるのに対して、ブラックゴブリンは半年が必要だ。
姿は通常のゴブリンより一回り以上大柄で、名前の通り黒い肌をしている。尖った耳と吊りあがり気味の目等ゴブリンと共通する特徴も多いが、若干人間に近い容姿をしている。
種族として生まれたばかりなので、どのような上位種が存在するのかは不明。
冒険者ギルドに証拠と共にブラックゴブリンの存在を報告した場合、未知の魔物の報告であるため多少の報奨金を手に入れる事が出来るが、現状は困難である。
・スキル解説 状態異常耐性
毒や病気、呪いだけではなく疲労、ストレス、睡魔、飢餓、窒息、痛覚等、状態がベストコンディションではないと判断される全ての原因に対する耐性スキル。ただし、魔力の消費やダメージを受けた事による傷には無効。
このスキルを高レベルで習得している者は、どんな悪条件であっても常に完全な状態を保つ事が出来る。ただし、無効に成る訳ではないので、限界は存在する。
このスキルを持っているのはダークエルフや巨人種、竜人や魔人等のヴィダの新種族、若しくは魔物で、殆どの所有者は生まれつき習得している。
習得後は何らかの状態異常を経験すれば、スキルのレベルを上げる事が出来る。
ただし、生まれつきスキルを習得していない者が後天的に習得するのは困難を極める。複数の状態異常に一定期間耐えた経験が必要だからだ。
冒険者ギルドの記録によると、その方法は二種類。毒や病気等の状態異常を一度に受け、そのまま耐える難行を行うか、それぞれの状態異常に対して個別に耐性スキルを習得し、状態異常耐性にスキルが統合されるのを待つかである。
記録では前者の方法に耐えきれた者は存在せず、後者の場合は習得に十年より短い期間で至った者はいないとある。
尚、【精神汚染】スキルの影響はこのスキルでは緩和できない。精神が汚染されている状態が、その人物にとって正常だと認識されるためだ。
これにて第一章完と成ります。
24日に第二章スタートの予定です