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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十章 アルクレム公爵領編
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二百十八話 闇に葬られる真実

 ヴァンダルーが屋台を開店してから二週間がたったその日の朝方、商業ギルドのサブマスターのヨゼフは執務室で顔中の皺が倍増する程渋い顔をしていた。

「ぬ゛ぅぅぅ、あの生意気なクソガキめ……!」

 彼が唸り声をあげて罵る対象は、勿論ヴァンダルーだった。


「奴が儂の提案を蹴ってつまらん商売なんぞ始めるからいかんのだ。儂は奴の為にもなると思って声をかけてやったと言うのに……あの恩知らずめっ」

 選王国で現在確認されている二人目のダンピールであるヴァンダルーにヨゼフが提案した、アルダ融和派との接触。それは、アルクレム公爵領で主流派になりつつあるアルダ融和派の主だった人物、特に『五色の刃』とのコネクションを手に入れたいがためのものだった。


 たしかに、結果的にはヴァンダルーにも利益がある試みだ。アルダ融和派の保護や、S級冒険者の後ろ盾を得られるという本人にとっては邪魔でしかない事ばかりだが。しかしヨゼフが彼の抱えている事情を知っている筈もないので、それに気がつかなくても仕方がないとも言える。

 だがヴァンダルーに提案した当時のヨゼフの頭の中には、ヴァンダルーの為なんて言葉は欠片も存在しなかった。単に自己を正当化するために自分自身の記憶を捏造してしまっているだけである。


 その自覚が無いヨゼフは苛立ちのあまり大声を出しそうになるのを堪えるため、口を片手で押さえた。伯爵家出身の彼だが、サブマスターである彼の執務室はギルドマスターの部屋よりも大きさや豪華さ、そして防音性という面では下なのだ。


(しかも儂がどれだけ教育してやっても、謝りに来るどころか逆らい続けておる!)

 ヨゼフの言う教育とは、彼がヴァンダルーに対して行っている嫌がらせの事である。ただし、比喩表現や皮肉ではなく、ヨゼフは本気で教育だと思っていた。


 生意気なガキに世間の厳しさを教え、目上の者の言う事を聞く大切さを教えてやるための教育だと。これまでも鼻持ちならない若造には繰り返しやって来た事だ。

 しかしヴァンダルーは反省してヨゼフに謝罪し、提案を受け入れさせてくださいと頼みに来る様子を一向に見せない。仮登録を済ませた後商業ギルドに寄りつきすらしない。


 妨害しているはずの屋台業は、何と狩りを行い自力で食材を手に入れるばかりか、最近ではゴブリンやコボルトの肉を食用に加工する驚異的な技術を使って、他の屋台を傘下に収めてしまった。

 更に野良犬やジャイアントラットをテイムしたかと思えば、ランクアップさせてテイマーギルドから期待の新人として注目されている。


 未確認の情報だが、昨日には魔物を新種にランクアップさせたらしい。ギルドマスターのバッヘムが都に向かったのも、ヴァンダルーをテイマーギルドで囲み込むためギルド本部に働きかけるためだと噂されている。


(だがテイマーギルドの事はどうでもよい。問題は、ゴブリンの肉だ!)

 古来より……それこそ英雄神ベルウッドが生きていた当時から、臭くて不味いゴブリンの肉を食料に出来ないかと、今まで数え切れないほどの魔術師や錬金術師、貴族や冒険者、市井の料理人が試みてきた。

 そして数え切れないほどの挫折を繰り返してきたのだ。歴史上幾つかの加工法や調理法は発見されたが、そのどれもがコストがかかり過ぎて現実味の無いものだった。ゴブリンの肉を不味くは無い程度の味にするために、多くの手間と大量の調味料や香辛料を必要とするのでは、食糧危機や貧民対策にはとても活用できない。


(しかし、そのゴブリンの肉を食用にする術をヴァンダルーは知っていた。グールの知恵らしいが……いったいどうやって聞き出したのだ? やはりテイムしたのか? それとも母親がいたダークエルフの里がグールと通じて……いや、そんな事はどうでもいい。薄汚い貧民相手の商売だが、その技術が手に入れば食料問題で頭を悩ませている貴族から金を搾り取る事が出来る! だと言うのに……あの母子め! 奴らは本当に商売をするつもりがあるのか!?)


 ヴァンダルーはヨゼフの嫌がらせに屈せず、彼が金を渡したアッガー達が付け入る隙も見せず、利益を上げ続けている。その上ダルシアは共同神殿で御使いを降臨させた事で、すっかり聖人扱いされている。

 町の住人たちの間で二人の好感度は高まり続けている。ヴァンダルーを『屋台王』、『天才テイマー』、ダルシアを『聖女』と呼ぶ者まで出る始末だ。


 逆に拙いのが、ヨゼフ自身の立場である。

 ヨゼフは今まで貧乏人の集まりであるスラムで、自分がどう思われても構わないと思っていた。しかしダルシアが聖人扱いされている事で、スラムだけではなく町全体から悪い印象を持たれつつある。

 そして交易都市であるモークシーでマイナスイメージが広がってしまうと、行商人や旅人から周辺の町や村に……いや、ヴァンダルー達の知名度を考えれば、他の公爵領まで悪評が広がりかねない。


 このままではギルドマスターが帰って来た時に拙い事になる。


(最近の噂では、儂をあのダークエルフに言い寄って振られた腹いせに嫌がらせをするスケベ爺呼ばわりだ! このままでは不味い……だというのに良い手段があるとかなんとか言っていたアッガーは、音沙汰が無い。やはり使えん奴だ!)

 ヨゼフは、アッガーをあまり信用していなかった。所詮はただの不良衛兵であり、最初に依頼した粗探しが失敗した以上、期待できないと考えていたのだ。


 それでも何か妙案があるならと様子を見ていたが……どうやら潮時のようだ。

「……こうなれば仕方がない、最後の手段じゃ。謝罪しよう」

 そうヨゼフは決断した。


 自分が悪かったと地面に膝をついて謝罪し、ヴァンダルーが寄りつかないので最近は放置していたが、問屋にかけていた圧力を改めて解くのだ。

「聞けばあの親子は孤児院に寄付を行い、四肢を失った冒険者を保護しているそうだ。布教に役立てるための美談作りか、そうでなければ余程のお人好しに違いない。

 儂が大勢の見ている前で膝をついて謝罪すれば、その場では受け入れるじゃろう。謝罪の言葉に、ヴィダの教義を絡めればより効果的かもしれんな」


 後はそのまま何かあるまで、大人しくサブマスターとして職務をこなしていればいい。そしてチャンスを見つけては、「あの時のお詫びの気持ちです」と役立ちそうな情報を流し、便宜を図ってやるのだ。

 それを繰り返せば、今の敵対関係は有耶無耶になるはずだ。


「よし、そうと決まれば早速今から……いや、奴の屋台は歓楽街の裏路地に配置したのだった。客が集まる夕方ごろに謝罪に向かうとしよう」

 そしてヨゼフは頭の中でヴァンダルーとダルシアに謝罪する台詞を考え始めたが、それを邪魔するようなタイミングで執務室のドアがノックされた。


「……入れ」

 書類を職員が持ってきたのかと思ったヨゼフは扉に視線も向けずにそう言った。

 だが、扉を開けて入って来たのが職員ではなく武装した衛兵だと気がつくと、目を丸くした。


「な、何だ、貴様等は!? 儂に何の用だ!?」

「商業ギルドモークシー支部のサブギルドマスター、ヨゼフだな。逃亡したアッガー及び数名の衛兵の横領と誘拐教唆の罪で連行する!」

 衛兵達はヨゼフに向かって更に驚くべき事を突きつける。


「わ、儂を連行!? 横領に、誘拐だと!? 何の事だ!?」

 身に覚えのない事を糾弾にさらされ、ヨゼフは混乱し狼狽した。彼は確かにアッガーに金を渡して、彼とその仲間数人にヴァンダルーの粗を探し、見つけたらどんな些細な物でも口実にして屋台の営業を妨害するようにと依頼した。だが、それだけだ。


 アッガーが衛兵隊の金や押収品を横領していようが、誘拐を企てようが、ヨゼフとは何の関わりもない。頼んではいないし、ましてや唆した覚えは無い。

「そんな証拠が何処にある!? 儂を連行したいのならまず証拠を見せてみろ、証拠を!」

 混乱と狼狽は怒りに変わり、ヨゼフは椅子から立ち上がって衛兵に向かって怒鳴り散らした。


「黙れ! 抵抗はためにならんぞ!」

 だが衛兵たちはヨゼフが要求した証拠を見せる様子も見せず彼を取り囲むと、強引に押さえつけて縛り始める。

「貴様等! 儂を誰だと思っている!? わ、儂はギルドのサブマスターで、貴様等が仕えるアイザック・モークシー伯爵の叔父なのだぞ!? 儂に手を出してただで済むと思って――」


 だが衛兵たちは取り合わず、ヨゼフを強引に彼のものだった執務室から連行していく。何故なら、ヨゼフの身柄の確保は彼らが仕えるアイザック・モークシー伯爵直々の命令だからだ。

 アイザックは、密偵達の奇妙な報告……孤児院の裏口から中に入ったはずのアッガー達が、痕跡一つ残さず消えたと言う内容に頭を抱えた。抱えたが、その後アッガー達が行方不明になっている事から、何者かが何らかの手段を用いて彼らを何処かへ拉致し、死体を何処かへ始末したのだろうと推測した。


 そしてその何者かが、ヴァンダルーかその関係者だろうと直感した。根拠も無く、証拠も無い。用いた手段は高度な魔術を使ったのではないかという、誰でも言える推理未満の想像でしかない。纏めると、「奇妙な事は全て奴が関係している」という決めつけと暴論である。


 だが他にアッガー達があのタイミングで消える理由が思い浮かばない。

 そのためアイザックは、アッガーの次に狙われるだろうヨゼフの身柄を自分達で確保し、罰する事にしたのだ。

 ヴァンダルーに自分達は敵ではない事を示す為、商業ギルドに借りを作ってでも叔父を生贄に捧げる必要性に駆られたのである。


「こ、これはギルドの権利を侵す行為だ! このままギルドが黙っていると思っているのか!? わ、儂は無実だっ、これは儂を貶めようとする何者かの罠に違いないっ、誰かっ、信じてくれぇぇぇ!」

 商業ギルドの建物から連れ出されていくヨゼフの訴えに取り合う者は、誰もいなかった。




 ヴァンダルーが【夢導士】に就いた翌日の朝方、ヨゼフが連行されている頃。修行に出るため合流したサイモンは一目で分かるほど舞い上がっていた。

「師匠、聞いてくれっ! 実は……俺、加護を手に入れたんですよっ」

 そして、そう小声でヴァンダルー達に打ち明けた。


「……ほほう」

「へ、へぇ……」

「あ、師匠もナターニャも信じてねえな!? 本当なんだぜ、朝起きたら《加護を獲得しました》って聞こえてよ、ステータスを見てみたら本当にあったんだよ、加護が!」


 そう嬉しそうに言うサイモンに、ナターニャとヴァンダルーは何て返したらいいのか分からなかった。

 とても「あたしも持ってる」とか、「その加護を与えたのは俺です」と、言える空気ではない。


「それで、どんな神様からの加護なんですか?」

 しかし、そう尋ねられるとサイモンは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

「それが……ステータスを見てもどう言う訳か加護をくれた神様の名前が伏せられてんですよ。六文字で最後が伸ばす音だって事しか分からなくて」


 どうやらサイモンのステータスでは、加護は【■■■■■ーの加護】と表示されているらしい。そのため、彼はそれがヴァンダルーに与えられた加護だとは気がつかなかったようだ。

「もしかしたら剣や戦いに関係するヴィダの従属神かも。実はですね師匠、昨日不思議な夢を見ましてね。修業をしている俺の背中を誰かが温かい手で触れて、振り返ると剣を貰ったって言う夢で……。それで目を覚ましたら、加護を受け取っていたんで。

 眠りと言えばアルダの従属神の『眠りの女神』ミルって相場が決まってますが、なんだかそんな感じじゃなかったんすよねぇ」


 そう夢について語り、「師匠は知りませんか、ヴィダの従属神で夢や剣を司る神様?」と尋ねるサイモン。

「……いえ、六文字の名前で夢や剣を司るヴィダの従属神に心当たりは無いです」

 ヴァンダルーとしてはそう答えるしかない。夢の中で彼の背中に触れたのは、手ではなく口から垂れ下がった舌の先だとか、彼が受け取ったのは剣ではなく零れ落ちた角だとか、そんな真実はとても言えない。


「そうっすか……じゃあ、今度共同神殿でそれとなく聞いてみるか……ああ、十数年ぶりに図書館に行って調べてみるのも良さそうですね」

「……アォン」

「ヂュ~……」

 ファングはそんなサイモンに何故気がつかないんだと溜め息をつき、マロル達三姉妹は残念なものを見る目で肩を落とす。


「悪いなぁ、どの神様の加護か教えられなくて」

 勿論ファング達の真意はサイモンに伝わる訳も無く、加護を与えた神の名前を知る事が出来なかったのを残念がっているのだと彼には解釈されたようだ。


「こんな事ってあるんですかね? やっぱり、俺が不信心なせいですよねぇ……六文字で、最後が伸ばす音の神様の名前で考えても、全く思い当らないし」

 さっきまでの明るさから、一転して落ち込んだ様子で肩を落とすサイモン。ヴァンダルーは彼に「気にしないでください、そういう仕様なのです」と教えようか迷った。


「でもまあ、加護をくれたって事は俺に期待してくれているって事だ! これからも師匠の修行を頑張って、腕を取り戻してやり直せば、きっと神様の名前も分かるようになるに違いねぇ!

 さあ、修行に出かけやしょう!」


 だが、再び元気になると門に向かって歩き出した。その後を「仕方ない後輩だな」とか、「まあ、その内気がつくでしょ」と言いたげな様子のファングやマロル達が続く。

「……思ったよりも気がつかないものなんですね」

「最初に表示された文字の関係もあると思うけど、普通は気がつかないよ、師匠」


 ヴァンダルーの呟きに、彼に背負われているナターニャが囁いて答えた。

 ラムダの人々にとって、加護は神々から与えられるもの。本来ステータスは重要な個人情報だが、手に入れると嬉しくて思わず親しい者に打ち明けてしまうくらい、特別なユニークスキルなのである。


 成長の壁を超える難易度の緩和等、具体的な効果以外にも、自分は神々に認められ、選ばれたのだという優越感を刺激されるのだろう。

 そんな加護が師匠から与えられたものだとは、やはり夢にも思わないようだ。


「オレだって夢に現れたのが師匠だとは思わなかったし……起きてからステータスに表示されたのがヴなんとかの加護だったからもしかしてとは思ったし、すぐ教えてもらったから納得したけど」

 ナターニャが見た夢は、仲間だと思っていた『炎の刃』に囮にされ、ミノタウロスに襲われる夢だった。今まで何度も見て来た悪夢だったが、その途中で上から巨大な黒い足が降って来た。


 足はミノタウロスを踏み潰し、『炎の刃』の連中を蹴り飛ばした。そして地面に倒れ込んでいたナターニャが空を見上げると、異形の巨人が自分を覗き込んでいた。

 巨人は骨ばった手で丁寧に彼女を拾い上げ、温かい液体で包んでくれた。その液体……紅い血はナターニャの中に入り込み、そして血は彼女の一部になった。


 彼女がその夢から目覚めた時、サイモンと同じくヴァンダルーの加護を受けていた。ちなみに、ユリアーナも同じように加護を受けており、感極まって泣き出す彼女が落ち着くまでやや時間がかかった。


「ところで、加護を貰えたのは嬉しいけど……師匠の加護って修行に関係あるの? 舌が伸びるとか、そんな変な効果じゃないよな?」

「んー……多分大丈夫じゃないでしょうか? まあ、舌も伸ばそうと思えば伸ばせるようになるかもしれませんが」


 心配そうなナターニャに、頼りない答えを返すヴァンダルー。しかし、彼女とサイモンはその日の修行で見事に【霊体】スキルを獲得した。


「うおおおおっ!? 腕が、腕が動くっ! 自分の意思で、この鉄の義手が思い通りに動くぜ、師匠!」

「オレも、オレも歩けるよっ! まだ、ちょっとふらつくけど!」

 サイモンの義手に彼の霊体が宿った事によって、彼の意思のままに動き出した。同じように、ナターニャも二本の義足を使ってぎこちないが、立ち上がって歩き出している。


 その様子を見て、ヴァンダルーは手を叩いて拍手しながら二人を祝った。

「おめでとう、これで修行の第一段階は完了です。ナターニャは動かす部分が多いのでもっと練習が必要ですが、この分なら数日で本物の四肢のように義肢を動かせるようになるでしょう」


 その言葉にサイモンとナターニャは思わず涙ぐんだ。

「では、早速第二段階に入りましょう。俺との戦闘訓練と、自主練習を交互に行います」

「「はい、師匠!」」

 だから胸の高鳴りのまま、そう元気良く返事をしたのだった。


 そして昼を少し過ぎて町に戻る頃にはサイモンはファングに、ナターニャはヴァンダルーに背負われて運ばれていた。

「し、師匠、めちゃくちゃ強かったんですねぇ……」

「オレは殆ど型の練習だけだったけど……明日大丈夫かな?」

 疲労困憊の二人は、ヴァンダルーとの模擬戦の結果、力量の違いを自覚して驚いていた。


 サイモンはヴァンダルーを只者ではないと思っていたし、話を聞いていたナターニャは彼がA級以上の実力を持っていると知っていた。

 しかし想像するのと体験するのでは、やはり違うようだ。


「何より、何であんな事出来るんですかい? 霊体を実体化させたり、千切って投げつけてきたり……」

「しかも、投げ飛ばした後も霊体が動くなんて、イカサマだよ。どうなってんのさ、師匠の霊体」

 だが、ヴァンダルーは二人が想像していたよりも単純に強いだけでは無く、霊体の使い方が人間離れしていたようだ。


「スキルは同格か格上の相手と訓練した方が上がりやすいですからね。俺も初めてする戦い方なので、張りきりすぎたかもしれませんが」

 ヴァンダルーは魔術も武器も使わず、主に霊体を使って二人に訓練を施していた。二人の伸ばしたいスキルと同じスキルで相手をする方が良いと思ったからだ。


「それに、二人とも【霊体】スキルを獲得して実戦に活用している段階で俺の同類ですよ。普通の人から見れば、十分人外の類です」

 ヴァンダルーのその言葉は、半分正解で半分は不正解だ。


 霊体の形を強引に変えると精神に相応の影響が出て、最悪発狂してしまう。霊体を身体から押し出されたサイモンとナターニャにそれが起きないのは、二人の霊体が五体満足だったときの形に戻っただけで、人型から逸脱して変形した訳ではないという理由だ。


 対してヴァンダルーは人型から逸脱どうこうという段階をとっくに超えて変形を重ねている。形の無いスライム状と言い表すしかない。

 そのため二人とヴァンダルーは同類ではあるが、その段階は大きく異なっている。……彼は最終的には二人共自分と同じ段階まで引き上げる(?)つもりだが。


「それに、これから【実体化】や【遠隔操作】スキルを獲得してレベルを上げ、霊体を維持するために魔力を上げて行けば、二人にも同じ事が出来るようになりますよ」

 そのために霊体で出来る事を今日のような模擬戦で見せ、体験させる。そして自分も同じ事が出来ると思わせる。

 霊体は肉体と違い、完全に想像力、意思の力の領分だ。限度はあるが、出来ると思って目指せば本当に出来るようになるはずだ。


「確かに……戦える身体に戻るだけでも幸運だけど、どうせならC級……いやB級以上を目指してみたい!」

「オレも。元通り戦えるようになるだけじゃ、恩返しできるか分からないし。ユリ……ユリアに置いて行かれるだろうし」

「うんうん、その意気です」


 汗の浮いた顔でそう目標を掲げる二人に、ヴァンダルーは満足気に頷きながら門に連れ帰った。


「お帰り、今日の訓練はきつかったみたいだな」

 門ではケストが一人で番をしていた。

 ヴァンダルーが昨日今日と片腕のサイモンや、四肢の無いナターニャを外に連れだしている事を知っている者達は奇妙に思っていた。一体外で何をしているのかと。


 だが、ヴァンダルーやサイモンに聞けば訓練だと返事が返ってくるため、多くの者は彼が二人にテイマーとしての訓練を施しているのだと誤解して、そのまま納得していた。……モークシーの町で有名なヴァンダルーは、魔術師では無く、屋台の経営者とテイマーとしてしか知られていないからだ。


 テイマーの冒険者の中には戦闘をテイムした魔物に任せる者も少なくなく、それなら片腕のサイモンや、四肢の無いナターニャでも生きていく力になるだろうと思われたのもある。

 疲れきっている二人は義肢を外してファングとヴァンダルーにそれぞれ背負われているので、その誤解が解けるのは明日以降になるだろう。


「はい。ところで、幾ら人の出入りが収まる昼でも、一人しかいないのは不用心なのでは?」

「アッガーって先輩は、またサボってんのか?」

「いや、それが、ちょっと今日は人手不足なんだ。う~ん……あまり話さないよう言われているんだけど、ヴァンダルーも関係者と言えば関係者だからなぁ」


 何故門に一人しかいないのか尋ねられたケストは、一旦は答えを濁したが、暫く考えた後話す事に決めたようだ。


「実は、アッガー先ぱ……アッガーと他四名の衛兵が不正に手を染めている事が分かったんだ。いや、何を今更って思うのは分かるけど、押収した毒物の横領に……どうやら人身売買にまで手を出そうとしたらしくて、孤児院の孤児を誘拐しようとしたらしい」


「な、なんだってー」

「そう言えば、昨日孤児院の辺りが妙に騒がしかったが、そんな事になってたとは……!」

「ヴァンダルー、驚いたふりはしなくて良いよ。君が孤児院に通っている事は俺も知っているから」

 ケストはヴァンダルーが驚いた真似をしたのに、苦笑いを浮かべて首を横に振る。きっとシスターや孤児達から聞いたのだろうと思い込んで。


「幸いな事に、誘拐は未遂で終わった。アッガー達が塀を飛び越えた先にシスターがいて、彼女が悲鳴をあげたのに驚いて逃げて行ったそうだから。

 でも未遂でも誘拐は重罪だ。それを衛兵が行うなんて、このままじゃ町の皆に示しがつかない。徹底的に捜査する事になって、今朝から人員の多くが駆り出されているんだ」


「だからって、門に一人しか配置しないのは危ないだろ。その口ぶりじゃ、まだ連中は捕まってないじゃないか? 町から逃げ出そうとしたら、どうやって止めるんだ」

「それは大丈夫。街に入る人を調べるのは俺一人だけど、門の内側に町から出ようとする人たちを取り調べるための検問が設置されているから」


「うへぇ、朝早く町を出ておいて良かったですね、師匠」

「そう、ですね」


 アッガー達を自分達で処理した事の影響が、思ったより大事になっていてヴァンダルーは若干困惑していた。

 恐らく伯爵やその周辺の者の指図だろうけれど、シスターセリスに目撃された密偵達を、覆面で顔を隠したアッガー達だと言う事にして、そのまま手配したようだが。……彼らは何処まで真実を察しているのだろうか?


(手を出そうとする直前まで待って、グファドガーン達に孤児院に入ろうとしたら始末するよう頼んだら……その数秒後に密偵が捕まえに来るなんて。何故孤児院に入る前に捕まえてくれなかったのか)

 領主側で処分するのなら、一切手を出すつもりはなかったのにとヴァンダルーは思った。


(孤児院の子供やシスターに対する認識の違いだろうか? 皆に怖い思いをさせないようにと俺は考えたけれど、領主側は違ったとか。……諸々の事情があるのは分かるけれど、だとしたら若干不愉快だな)

 ヴァンダルーがそう思っている間に、ケストの話は大体終わっていた。


「ただ、アッガー達はまだ捕まっていないから、十分気を付けてくれ。逆恨みして何かよからぬことを企まないとも限らないから。

 お母さんには、特に気を付けるようにと伝えるんだよ」


 そのアッガーは今頃グファドガーンの出口無き迷宮を彷徨っているのだが、それを知らないケストは町に潜伏している彼がヴァンダルー達に良からぬ事を企んでいないかと心配しているようだ。

「分かりました、気をつけます」

 それを否定する事も出来ないので、罪悪感を覚えつつもヴァンダルーは頷いた。……捕まえた衛兵の内、アッガーの死体だけでも、発見させた方が良いかもしれないと思いながら。


 ちなみに話の間中、真実を知っているナターニャはケストに不審に思われないよう、ヴァンダルーの背で寝ている演技をしていた。

 そして町の中に入って家に帰ったヴァンダルーは、領主の使いから個人的なお茶会への招待状を受け取ったのだった。




《ヴァンダルーは、【屋台王】、【天才テイマー】の二つ名を獲得しました!》

《【整霊】スキルを獲得しました!》




 モークシーの町に配してある人形から受け取った情報から、ビルカインは推測した。

「そろそろ動くには丁度良い頃合いだな」

 情報は酷く断片的だ。しかし、あの町で起こる奇妙な事、説明がつかない事は、全てヴァンダルーが関係している事だとビルカインは考えている。


 それによると、人形は彼が予想していたよりも上手くヴァンダルーの懐に入ったようだ。

 これ程深く入ったのなら、簡単に切り捨てる事は出来ないだろう。交渉の材料、及び代償にするには十分だ。


「宜しいのですか? このままなら、奴が治める境界山脈の内部に至る事も可能だろうと思われます。それからでも遅くないのでは?」

 腹心の一人がそう進言するが、ビルカインは「いいや、そこまでの時間は無い」と首を横に振った。


「あまり時間をかけると、アルダ達の信者が動きかねない。まあ、まさか連中も彼が町で平和的に屋台稼業を始めるとは思わなかっただろうから対応には苦慮しているだろうし、地上に彼を倒せるほどの戦力はまだ無いだろう。

 だが、功を焦った愚か者達が手駒の英雄を集めて、彼が町から出たところを襲撃する可能性はある」


 神と呼ばれる存在にも愚か者はいると、ビルカインは知っている。十万年前にベルウッドに扇動されたアルダや、それを見抜けなかったヴィダのように。最近では、追い詰められ飼い犬に手を噛まれて死んだテーネシアや、狂乱して自身の手足である配下を自分で始末して離反を促してしまったグーバモンがそうだ。


 純粋な神々と、龍や真なる巨人、そしてビルカインのような原種吸血鬼など肉体が無ければ存在を保てない亜神は本来別々の存在だが、愚かさという点では違いはない。


「まあ、流石に仮にも自分が選んだ英雄達に山賊の猿真似をさせるとは考え難いが。しかし、転生者の方はどうか分からない。彼らは神から通常ではあり得ない力を授かっている可能性が高いからね。

 モルトール、彼らの動向は掴んでいるかい?」


 ドワーフ出身の貴種吸血鬼、ビルカインの『四人の腹心』の一人であるモルトールは、禿頭に冷や汗を浮かべて主人に答えた。

「アサギ・ミナミとその仲間二名は、ビルギット公爵領に留まっております。捕獲した魔王の欠片の研究を、我々の組織の息がかかった者が引き合わせた錬金術師や魔術師と研究しており、そこから離れる様子はありません。

 また、カオル・ゴトウダはファゾン公爵領の港から出て、ラベルタ列島に向かう船に乗ったようです。以後、大陸に戻った様子はありません」


 ヴァンダルーと接触した事と、その特徴的な名前から転生者と見抜かれた【メイジマッシャー】のアサギと仲間の二人と、彼らに接触させた手の者から得た情報と、やはり名前から転生者だと見抜かれた【超感覚】のカオル・ゴトウダ。合計四人の転生者の消息をビルカインの組織は掴んでいた。


「ですが……ハジメ・イヌイ、及びジュンペイ・ムラカミと他二名が姿を消しています」

 その報告に部屋を漂う緊張感が一気に増す。「それで?」と先を促すビルカインの声に、報告しているモルトールだけではなく、他の側近達も冷や汗を浮かべる。


「ハジメ・イヌイは元々人里に寄りつかず追跡が困難だったのですが、どの街や村、そして街道でも姿が確認されていないため、単に魔境やダンジョンに潜っているのか、それとも人目を忍んで移動しているのか分かりません。

 ジュンペイ・ムラカミと他二名は直前まで滞在していた町や村から姿を消して以後、ハジメ・イヌイと同じように所在を確認できません」


 やはり名前から転生者だろうとビルカインが目星を付けたこの二組は、彼らの組織の追跡を何度も回避していた。

 【マリオネッター】のハジメ・イヌイは人里に寄りつかないため人を接触させるのは勿論、継続して監視する事も難しい。ムラカミ達は単に警戒心が高く、不用意な接触が出来ない。

 理由は異なるが、見失ったのは同じだ。


「なるほど……では、今頃モークシーの町の周辺に潜伏しているか、潜伏するために移動しているのだろう」

 だがこのタイミングで姿を消した時点で、その意図を測るのは容易い。そうビルカインは考えていた。だからモルトールの失態を責めるような事は……ヒステリーを起こす事は無かった。

 その事に、腹心たちはほっと安堵する。


「しかし、転生者はどうやってヴァンダルーの出現を感知したのでしょうか? やはり、神から特別な力を?」

「それよりも、転生者がヴァンダルーに仕掛けるのなら、その結果を見てから動いても良いのでは? 奴らが勝てば丸儲け。負けたとしても、我々には何の影響もありません」


「それは出来ないよ。彼らが何時、どんな意図でヴァンダルーに接触するのか分からないんだ。もしかしたら、カナコ・ツチヤ達のように配下になりに行くのかもしれない。……考え難いけれどね」

 ハジメの行動はどう考えても強敵に立ち向かうために過酷な修練を繰り返す者のそれだし、ムラカミ達も明確に標的を意識している事が窺える。

 配下に降ったカナコや、話すだけで引いたアサギの時のようにはなるまい。


(その割には名前で転生者だとバレるのはお粗末だが……彼らをこの世界に送り込んだ神の意図の中に、私のような存在の始末も含まれていると考えればそうでもないのか? まあ、奴の事情や思惑は後で考えれば良い事だ)

 そう逸れかけていた思考を修正したビルカインは、テーブルに置かれていたアルクレム公爵領の地図に描かれたモークシーの町を指で叩く。


「それに転生者達の対ヴァンダルー作戦が、町ごと吹き飛ばすような極端な作戦だった場合私の人形がどうなるか分からない。様子を見ていたら自分の作戦に必要な駒が無くなったなんて、間抜けが過ぎるだろう」

 ビルカインは転生者達、少なくともハジメやムラカミの力を侮ってはいなかった。ヴァンダルーを殺そうと言うのだから、最低でもA級冒険者と同程度の力があるだろうと見積もっている。


 そんな連中が町の被害を考えずに暴れれば、モークシーの町は大きな被害を受けるだろう。その後人形が無事かどうか分かったものではない。


「それに……あまり時間をかけると人形自体に影響が出かねない。彼は、恐らく導士だからね」

 ビルカインがそう告げると、モルトール達の顔に先程とは異なる緊張が浮かんだ。恐怖だけではなく、畏怖の混じった緊張が。


「まさか、幾ら導士と言えどビルカイン様の人形への支配が揺らぐなど……あり得るのですか!?」

「あり得るとも。何せヴァンダルーは魔王の欠片すら呼び寄せている。今のところは人形達に影響は出ていないが……」

 待てよと、ビルカインは思い直した。もしかしたら、影響はもう出ているのではないかと。


 人形達のヴァンダルーに対する態度……それは前もってある条件に当て嵌まる者に対して近づき、好感を覚えるよう、不自然ではない程度に抱くよう仕込んである。その結果、ヴァンダルーと人形の関係は良好だが……もしかしてその好意に導きの影響は出ていないと言えるのだろうか?


(いや、影響が出ていたとしても私が制御できる範囲内なら問題無い。私の欠片の本体は私の中に、そして切り離した部分は人形の中に宿り続けている。

 問題は、無い)


 胸中でそう繰り返すと、ビルカインは腹心達に告げた。


「さあ、取引に行こう。ヴァンダルーは私の人形達を、そして我々は安全を手に入れる。彼が蹴った場合は戦闘になるが……なに、彼が人形達を見捨てられなければ、こちらのものだ」







・二つ名解説:屋台王


 複数の屋台を傘下に収め、営業している通りや地域で指導的な立場に在る者が獲得する二つ名。類似した二つ名が多数存在する。(例:屋台の女王、屋台将軍、屋台キング等)

 通常は幾人か弟子を育てた料理人や、屋台仲間の意見を纏める顔役的な人物が獲得する二つ名。活気のある町には大体一人は屋台王がいる。


 補正として、多少だが【料理】スキルに補正がかかる。




・二つ名解説:天才テイマー


 読んで字の如く、天才的なテイマーが獲得する二つ名。何か天才的な実績か、素質を見せる事が獲得条件。また、その性質上比較的若いテイマーが獲得しやすい。

 『屋台王』より珍しい二つ名だが、オルバウム選王国の場合各公爵領に、十数年に一人ぐらいの割合で『天才テイマー』が存在する。


 この二つ名を獲得している時点でテイマー関連のスキルは十分だろうが、それらに多少だが補正がかかる。

 ただこの二つ名は補正よりも、テイマーギルドで将来の幹部候補……最低でも支部長クラスになると見込まれているという意味の方が大きい。

十月二十三日に219話を投稿する予定です。


ビルカインがロドコルテの名前を出していましたが、彼はロドコルテの事を知らなかったので、該当部分を修正しました。

ご迷惑をおかけします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 仕方ないよね未遂のうちは捕まえる名目が無いから 言い逃れ出来ない段階まで行けば堂々と現行犯で捕獲出来るけど 貸しを作るって打算が無くても難しい、権力者だから叔父にやったように言い掛かり付…
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