二百十七話 待ち構えていた迷宮と、夢で遭える系魔王
マッシュは孤児院の裏庭で、何人もいる血の繋がらない弟妹の一人、マーシャが捕まえたネズミの芸を見ていた。
「オズワルド、お座り! 伏せっ!」
マーシャの手に乗っている極普通のネズミは、彼女の指示に従って動いて……いない。単に、じっとしているだけである。
「よく出来ました。は~い、ご褒美よ」
しかし彼女がご褒美のパンクズを差し出すと、素早く後ろ足で立ち上がり、両前足で受け取ってガツガツと食べ始める。
「マーシャ、このネズミただ食い意地が張ってるだけだ。お前、絶対テイムしてないぞ」
その様子を見たマッシュが呆れながらそう言うと、マーシャは頬を膨らませて言い返した。
「そんな事無いもんっ、オズワルドはマッシュ兄ちゃんのコウモリよりも懐いてるもん!」
「お、俺のナイトウィングだって懐いてるぞっ! 俺が持ち上げても絶対逃げないからな!」
「まだ赤ちゃんで逃げられないだけだもん! 大きくなったら逃げちゃうもんっ!」
「そ、そんな事ないやいっ、今日も俺の手から餌を食べたんだからな!」
どうやらマーシャのネズミはオズワルドといい、マッシュはナイトウィングと言うコウモリの子供を飼っているらしい。
何故マッシュ達が動物をテイムしようとしているのかというと、今孤児院の子供達の間ではテイマーブームが到来しているからである。
ブームのきっかけは、ヴァンダルーが孤児院に寄付する際に、ファングやマロル、ウルミにスルガといった魔物を連れて来たためだ。
そのため子供達は生き物の少ない冬にもかかわらず、飼えそうな小動物を探してはテイムしようと試みているのである。
マーシャのようにネズミを捕まえたり、マッシュのように屋根裏で育児放棄されていたコウモリの子供を保護したり……恐らく、春になったら冬眠から覚めたカエルやヘビをテイムしようと試みる子供も出る事だろう。
これも自分だけでは無く、小動物にエサを与えられる余裕があるほど食糧事情が改善したお蔭だ。
尚、ブームの原因となったヴァンダルーは、ちゃんとこの事態に対応している。マッシュ達に、「動物を捕まえたらちゃんと自分に見せるように」と指示を出していた。ネズミやコウモリから病気が移らないように、【殺菌】や【消毒】、【殺虫】の魔術をかけるためである。
「こら、喧嘩しちゃダメでしょう」
二人の口喧嘩に気がついたシスターのセリスが裏庭にやってくる。
「セリスお姉ちゃん、だってマッシュ兄ちゃんが~っ!」
「マーシャが、俺がナイトウィングをテイムしてないって!」
「マーシャ、大声を出したらオズワルドが困っちゃうじゃない。マッシュも、あのコウモリはまだ子供なんだから大人になるまで焦らず育ててあげなさい。……もうちょっと普通の名前をつけた方が良いと思うけど」
そう二人を仲裁し、セリスは顔を上げた。
「分かったら中に入りなさい。風邪をひいて――え?」
そのセリスが見ている前で、孤児院の壁を軽々と乗り越えて覆面を被った者達が中庭に降り立ったのだ。
「大人しく縛に――あれ?」
覆面を被った者達、つまり密偵達は、こちらを見て固まっているセリスや、マーシャやマッシュの姿を……と言うか、彼女達の姿しかない事を見てとって、思わず硬直した。
彼らが確保するはずのアッガー達は、一体どこに行ったのかと。
「きゃあああああああ!? 人攫い!? 強盗!?」
だがセリスが悲鳴をあげた事で、我に返って気がついた。今自分達の手には、アッガー達を確保するための武器や縄が握られており、彼女達からは人攫いや強盗にしか見えない事を。
「こ、子供達には手を出さないでっ!」
「引くぞっ! 撤退だ!」
「きゃあああああ!?」
「ちくしょう! これでもくらえー!」
「どうしたっ!? 何があったの!?」
マーシャの悲鳴やマッシュが投げた小石に追われながら、密偵達は大慌てで逃げ出した。悲鳴を聞いて駆けつけたベストラに見られる前に、再び塀を飛び越える事に成功したが、内心は激しく動揺したままだった。
一体アッガー達は何処に消えたのか。
(中庭には雪が積もっていた。なのに、その雪にアッガー達の足跡が残っていなかった……奴等は何処に消えたんだ!? 空でも飛んだか、霞のように消えたとでも言うつもりか!?
だが……この失態、どう領主様に報告したものか)
扉から孤児院の中庭に入ったアッガー達は、まず少年と少女を捕まえようと二人の背後から忍び寄った。背後から布袋を被せて、袋の上から口を塞ぎ、そのまま荷物のように運び出すつもりだった。
「……よく越えて来てくれた」
だがすっと銀髪を伸ばしたエルフの少女が立ち上がり、平坦な口調でそう言いながら彼らに向き直った。
「やっぱりエルフか。いつの間にエルフの孤児なんて……いや、エルフは十歳から成長が遅くなるから、もしかしてシスターの一人か?」
この孤児院は民営で、しかもスラムに存在している。衛兵で、しかも職務熱心とは言い難い彼らがスラムの見回りを念入りにする訳が無く、そこに在る孤児院の孤児やシスターの種族や名前を知っている訳はなかった。
「バカ、構うな! こいつが孤児だろうが、シスターだろうが、さっさと攫うんだよっ」
予定に無かったエルフの姿を見た事で動揺した仲間を、アッガーが意外な器用さを発揮して小声で怒鳴る。それもそうだと、仲間達も再び動き出した。
気がつかれてしまったので、懐からナイフを出して脅しながら二人を捕まえようとする。
「大声を出すんじゃねぇぞ、騒いだら、このナイフでぶすっと刺してやるからな。おらガキ、さっさと立てっ!」
そして背を向けたまましゃがみこんでいる少年の肩を強引に掴んで立ち上がらせようとする。だが、繰り返し繕った跡が目立つ古着に包まれた小さな肩に男の指が音も無く飲み込まれた。
「えっ……?」
『ブグルルルル』
「う、うわぁぁぁっ!?」
十歳少々の少年だとアッガー達が思っていたはずのそれは、どろりと赤黒い液体に変化すると男をそのまま取り込み始めた。
「な、何だこいつっ!? た、助けてくれぇぇぇっ!?」
「す、スライムだっ、ミミックスライムがガキに擬態していたんだ! 早く助けないと溶かされて喰われちまうぞ!」
『ブグルルルルル!』
少年に擬態していたセイタンブラッドミミックスライムのキュールは、不機嫌さを隠さずに唸り声をあげた。
誰がお前達の臭い血や肉を喰うものか、自分はグルメなのだと。
それにキュールが男達を取り込もうとしているのは捕食では無く、拘束の為である。
「こいつっ、クソっ、槍を持ってきておけばよかったぜ!」
「うぐっ、むごおおおお!」
「早く核を探せっ! 食われる前に窒息するぞ!」
ナイフで繰り返しキュールを刺す男達だが、ランク2のただのスライムなら兎も角、キュールはランク11のセイタンブラッドミミックスライムである。平均的な衛兵の力量しかないアッガー達が小さなナイフで幾ら刺しても、たとえ核を狙われても痛くも痒くもない。
「クソっ、おい、そのスライムはお前がテイムしてるんだろ!? やめさせろ! でないと――」
アッガーは自力でキュールから仲間を救出する事を諦めると、少女に向き直ってナイフを突きつけた。
「そうか、お前は私に挑戦するのか。……いいだろう。無謀とも、蛮勇とも、今更罵りはしない」
エルフの少女の姿を模した寄り代に宿る邪神、グファドガーンはアッガーを無機質な瞳で見つめた。
「何を言って……ひっ!?」
アッガーがナイフを突きつけたグファドガーンの鼻先。そこに線が現れた。その線はグファドガーンの額から、股間まで真っ直ぐ走っている。
そして何かが軋む音を立てながら、グファドガーンが開いた。
「ひあああああああっ!?」
まるでそういう形の扉のように、グファドガーンの身体が縦に開いたのである。そして彼女の断面から見える闇から、巨大な蟲の節足が無数に伸びてきて、アッガーを取り込もうとする。
「何故なら貴様は愚か者だからだ。偉大なる存在の寛大な意思によって見逃されていた事に気がつきもしない、愚かな生物に言葉を理解する事は不可能だろう」
「や、止めてくれっ! 助けてっ、嫌だっ、頼むぅぅぅぅ!」
正体不明の節足に捕まれて引きずり込まれながら、アッガーが混乱しながら必死に懇願した。
「決断は、あの扉を潜る前に……超えてはいけない一線を超える前にするべきだった」
「ああああああああああっ!? だずげでぇえええええええ――」
しかし、グファドガーンはそう告げるとアッガーを完全に体内に飲み込み、そのまま元通り身体を閉じてしまった。濁った悲鳴が、空間が断絶された事によって途切れる。
「あ、アッガーっ!? アッガーが喰われちまった!」
「逃げろっ、逃げるんだぁっ!」
残った二人の仲間はキュールに囚われた仲間の救出を諦め、孤児院から我先に逃げ出そうとする。
しかし、振り返ってみれば彼らが入ってきたはずの扉は消えていた。
「そんなっ!? 一体なんで……!?」
アッガーとその仲間達は気がついていなかった。アッガーが合鍵で開けてしまった扉は、『迷宮の邪神』グファドガーンの力によって彼女が支配する迷宮に繋がっていたということに。
彼らは自分から処刑場に入り込んでしまったのだ。
『坊や達、女が欲しいのかぃ? だったら、あたしをお食らいよぉぉ』
「それとも、子供が欲しいの? なら、うちの娘達とおままごとで遊んで頂戴な」
「ひっ!? ごげぇっ!?」
背後から振るわれた鋼鉄のように硬い果実に殴られ、残り一人。
「ぎゃっ、ぎゃああああああああ!」
女と蜂の特徴が混じった魔物に囲まれた男は、生きたまま調理されて、全滅。
『ぶぐる?』
「……ルチリアーノからの注文は、『新しい実験体』が三人。キュールが捕えたのが二人……顎の骨が砕けていても問題無いだろうか?」
「これぐらいなら治せるよぅ」
そして孤児院の裏庭に見える何処かは、静かになったのだった。
その頃テイマーギルドモークシー支部のギルドマスターであるバッヘムの姿は、アルクレム公爵の屋敷の応接間にあった。
昨日、現アルクレム公爵であるタッカードから「話を聞きたい」と召喚状で呼び出された彼は、従魔であるヒュージワイバーンに乗って、ここまで来たのである。
「どうやら、そのヴァンダルーと言う少年とその母親と名乗るダークエルフは随分変わっていて、何より優秀なようだな。だが、何か事情を抱えているか、思惑を持って行動しているようだな」
そしてやや弛んだ顔つきの壮年の域に近づきつつある男、タッカードが聞きたがったのは、勿論モークシーの町に現れた選王国で二人目のダンピール、ヴァンダルーについてである。
バッヘムはタッカードから尋ねられた質問に、答えられる事は全て答えた。尤も、テイマーギルドの規則で守られているヴァンダルーの情報は殆ど無い為、知っている事はほぼ全て話す事になったのだが。
しかし、バッヘムは密偵ではないし、ヴァンダルーについて調査を行っていた訳でもない。
「公爵様、今私が話したのは町の者なら殆ど知っている事ばかりです。彼がテイムしている魔物にしても、都のテイマーか冒険者ギルドの者から、同じ話が聞けたと思いますが」
そう、バッヘムが話したのは町の者なら知っていてもおかしくない程度の情報と、彼が町を出た時点でヴァンダルーがテイムしていたブラックドッグとマーダーラットに関する情報だけだ。
密偵なら一日とかからず調査する事が出来る程度の、ヴァンダルーが抱えている事情や思惑を推測するには至らない事ばかり。
態々、公爵家に仕えている訳ではないバッヘムを呼びつける理由にはならないはずだ。
「うむ、強引に呼び出してすまなかったな。別に儂もお主がダンピールの少年……ヴァンダルー・ザッカートの胸の内を知っているとか、探り当てる事が出来るとか、筋違いの期待をした訳ではないのだ」
バッヘムにはヴァンダルーが犯罪を企てていない限り、公爵家へ情報を報告する義務はない。
彼が商業ギルドから嫌がらせを受けながらも、それをものともせずに屋台を営業している事。既に一人前のテイマーに相応しい技量を持っている事。ゴブリンやコボルトの肉を使って裏路地の屋台を傘下に収めた事。そして彼の母親がヴィダの御使いを降臨させた事。
全てバッヘムがタッカード・アルクレムに報告する事ではない。それはモークシーの町の領主である伯爵の仕事であり、公爵家に仕える諜報組織の仕事だからだ。
「だが、あの少年の人となりを聞けそうなのは君ぐらいでな。どう言う訳か冒険者ギルドに登録しようとせんし、モークシー伯爵は一度使者を寄越しただけ。商業ギルドに至っては……。
まさか孤児院のシスターや衛兵の新人を呼びつける訳には行くまい。それでバッヘムよ、その少年はどのような人柄をしていると思う?」
「そう言う事でしたか……しかし、私は彼を見込んでいますが、彼が私をどう思っているかは分かりません。なので確かとは言えないのですが。話した限りでは、大人のような少年だと感じました。見た目の年齢の割に落ち着いていて、理性的だと思います」
「ほぅ。他には何か気がついた点はあるかね?」
促されたバッヘムは記憶を探るが、特別な情報は思い当たらなかった。
「無表情で口調も平坦ですが、実際には感情が無い訳でも抑えている訳でも無く、単に顔と声に出ない性質なのでしょう。
それに、優しい性格だと思います。少なくとも、短気ではありません」
優しくなければ野良犬をテイムしたり、孤児院に寄付を……売名行為ではなく実際に足を運んで孤児と交流したりしようとはしないだろう。
そしてテイマーは短気だったら務まらない職業だ。あれほど従魔を懐かせるには、相性もそうだが根気も必要だっただろう。そうバッヘムは考えていた。
「なるほど。やはり、実際に会って話した者の意見は貴重だな。貴重な意見に感謝するぞ、バッヘム」
それに対してタッカードは深く頷いた。彼はバッヘムについてよく知っており、その眼力は信用に値すると判断していた。
……モークシー伯爵からの報告が、微妙だったと言う理由もあるが。
(報告書には、常に仮面のような無表情で虚ろな瞳をしており、人間らしい意思を感じられない。母親の操り人形ではないかとあったが、少なくとも人形ではないようだ。
残る問題はヴィダの御使いを降臨させた母親の方だが……)
「では、母親の方はどうかね?」
「母親の方とは、直接話した事はありません。彼女はテイマーでは無いので……共同神殿で講演は聞きましたが、それだけです。ですが、悪い評判は聞きませんな」
「ふむ……品行方正とは言い難い男と交際していると聞いているが?」
御使いを降臨させてから、一部では聖女のように扱われるようになったダルシアだが、その前は『飢狼』のマイケルの女だと言う噂があった。その事を言っているのだろうと解釈したバッヘムは、首を横に振った。
「『飢狼』のマイケルの事なら知っていますが、一方的に言い寄られているだけのようです。屋台の場所が歓楽街ですから、目をつけられるのも無理はないでしょう。
それに、マイケルと言う男も噂程悪い人物とは思えません。……私がギルドのモークシー支部を任されるようになってから、今のところ最もマシな歓楽街の顔役ですよ」
それがバッヘムの見解だった。タッカードもそれを強く否定するつもりはないのか、「そうか」と深く頷く。
「そもそも御使いを降臨させる事が出来るのだから、善性の人物であるのは疑いないな。アルダ過激派やベルウッド狂信者はヴィダを邪悪と罵って憚らないが……そうであるならアルダが復活を許す筈もない」
タッカードが言うように、ヴィダの復活は「アルダがヴィダの罪を許したため」と解釈されている。
真実とは大きく異なっているが、アルダを神々の長と信じる者達からすれば、アルダの神威がアルダ以外によって解かれる事はあり得ない事なのだろう。
(もしユリアーナが無事だったなら、良い橋渡しになったかもしれんが……いや、考えまい)
自身の依頼によって、ランドルフに『救われて』いるはずの末の妹の事をタッカードは思い出した。
ユリアーナは昔から女神を幅広く、その中でも特に熱心にヴィダを信仰していたらしい。らしいと言うのは、タッカードは彼女個人の事を深くは知らないからだ。
タッカードの父、先代アルクレム公爵が十年前突然「お前の腹違いの妹だ」と彼に引き合わせたのが、ユリアーナだった。そして、彼と家臣一同の反対を押し切って認知しアルクレムの姓を与え、公爵家の一員にしてしまった。
流石に公爵家の継承権はユリアーナ本人に放棄させたが、それでも大騒ぎになった。連れてきた父は数か月後にはポックリ逝ってしまうし、ユリアーナは市井で暮らしていたので貴族としての教養は無い。彼女を利用して公爵家に縁を結ぼうとするのはマシな方で、罠に嵌めて公爵家の力を削ごうとする者達を退ける等、乗り切るのは大変苦労した。
どうにか貴族の令嬢としての体裁を整えたが、生まれの微妙さから簡単に嫁に出す訳にもいかない。それで本人の希望もあって騎士として採用したが、そこで姫騎士と称えられるほど活躍してしまった。しかも彼女が主に信仰していたのは、『生命と愛の女神』ヴィダである。
そのせいでまた彼女を使って政治的な問題を起こし、アルクレム公爵家の力を落とそうと考える者達が現れてしまった。
故に、タッカードはミノタウロスキングの群れに囚われた彼女を無理に助けようとはしなかった。ランドルフは何故公爵家の権力と財力を使って彼女を助けようとしないのか疑問に思っただろうが、この国に公爵家はアルクレム以外に十一もあり、更に中央にも公爵よりも厄介な連中が存在している。
そういった者達は、タッカードが彼女を意図的に罠に嵌めたと主張して、ミノタウロスキングに囚われた悲劇の姫として担ぎ出し、利用し……その後捨てる可能性は高い。
特に、中央のドルマド軍務卿はこうした陰謀を得意としている事をタッカードは知っていた。
(少し前まで若いサウロン公爵を傀儡にしようとしていたらしいが、肝心のサウロン公爵の治世が上手くいっていない様子。次期宰相を狙う奴としては、我がアルクレム公爵家の弱みを握っておきたいはずだ)
何も知らない操り人形にユリアーナを担ぎ出させて、公爵家の威信に傷をつけた後、親切面をしたドルマドが出てきて操り人形ごとユリアーナに何らかの対処をして、事態を収拾する。酷いマッチポンプだが、奴ならそれぐらいしかねないとタッカードは確信していた。
それに保守派のテルカタニス宰相殿もヴィダが復活した影響で、民衆の支持がアルダでは無くヴィダに傾くのではないかと気にしているようだった。
政治と宗教は表向き別々のものだが、歴史上ヴィダ信仰を掲げながら実際にはただの反乱分子の集団だった組織は幾つもある。
数年前にも『五色の刃』にラミアが創り上げた組織が壊滅されている。宰相が民の急激な信仰の変化を危惧するのも無理はない。
ユリアーナはヴィダだけを信仰していた訳ではないが……そうした組織のシンボルに利用されないとも限らない。
(貴族の陰謀や反乱分子に利用されて辱められるよりは、いっそ楽に……いや、全ては我が公爵家の名誉と政の為。これも貴族の家に生まれた……家の一員にされた者の宿命だ。許せ、ユリアーナ……ん?)
そこまで考えたタッカードは、ふと視線を感じて、バッヘムの背後に視線を向けた。
「どうかしましたか、公爵様?」
怪訝そうな顔をして尋ねるバッヘムの背後には、誰もいない。人は勿論、生き物が隠れられそうな物陰も無く、タペストリーがかけられた壁があるだけだ。
「いや、お主の背後から視線を感じたのだが……気のせいであろうな」
そう言われたバッヘムは、冗談めかして言った。
「そう言えば、噂で聞いたのですが公爵様は幼少の頃、公爵家お抱えの霊媒師から『素質がある』と言われた事があるとか。
まさか、霊が見えたのではありませんか?」
「ハハハハ、冗談を言うな。確かに昔は霊が見えた事もあるが、今では気配も感じんよ」
そう笑いながらも、内心では「まさかユリアーナか?」と思ってしまったタッカードは、それを忘れる為にやや冷めた紅茶を口に含んだ。
だが忘れるまでも無く、その日のうちにその思いは間違いだとタッカードは知る事になった。
アイザック・モークシー伯爵から伝書鳩によってもたらされた報告に、ヴァンダルーがユリアーナらしい女性を保護していると書かれていた事で。
尤も、それは彼にとっては吉報とは言い難かったが。
「悪いね、マスターは今日不在なのよ」
テイマーギルドに立ち寄ったヴァンダルーは、そう受付の女性……共同神殿に来ていたバッヘムの奥さんに言われた。
「はい、町の門で出かけていると聞きました。ですが今日はテイムした魔物を見て欲しいのではなく、新しい首輪を買うのと、ジョブチェンジをするために来たので……」
「新しい首輪? もしかしてまたランクアップしたの? 凄いわね、うちの旦那が百年に一人の天才だって言うだけはあるわ。
それでどんな首輪が欲しいの?」
聞かれるままにファングやマロル達の特徴を説明する。するとマロル達はやはり新種だったらしく、とても驚かれ報奨金がギルドから出る事になった。
新種の魔物を発見し、それを生け捕りにするか、存在を証明できる部位を持ち帰るなどして報告した場合報奨金が出るのは、冒険者ギルドだけでは無かったらしい。
「報奨金はテイマー、冒険者、魔術師の三ギルド共同で出すから、この後冒険者ギルドや魔術師ギルドに報告しても報奨金は貰えないから注意してね」
新種の魔物はテイマーや冒険者ギルドは勿論、魔術師ギルドにとっても新しい研究対象になりうるので重要情報らしい。
「しかし一度に三種類も……もしかして旦那が言っている以上の逸材かもしれないね。君、テイマーギルドに就職するつもりない?」
「すみません、今は他にやりたい事があるので」
「そうか~。見ての通り、テイマーギルドは何時も人手不足でね。短期でもいいから、その気になったら頼むよ。商業ギルドなんかより、よっぽど厚遇するからね」
通常の家畜を扱う準組合員までならともかく、魔物を扱う正規の組合員は冒険者ギルドの組合員の数と比べると少なくなる。
そのため有望なテイマーは常に必要とされているのである。
「うちの人もワイバーンを卵から育てて、若い頃は『飛竜使い』なんて呼ばれて有名だったんだよ。数年前に品種改良で生まれるようになったレッサーワイバーンじゃなくてね、本物の野生のワイバーンだからね。しかもランクアップまでさせたし。
今でも公爵家からお呼びがかかるぐらいだしね」
「……それは俺に話して良いんですか?」
「良いんだよ、どうせレッサーワイバーンも躾けられないヒヨッコ竜騎士の教練をしてくれないかって打診されているだけだろうからね。去年も一昨年も、その前の年も同じ理由で呼ばれたんだよ?」
レッサーワイバーンと言うのは、本来竜種で最も下等なはずのランク5のワイバーンを小型化したランク4の魔物らしい。ワイバーンと比べて人に懐きやすいため、現在の竜騎士はまずレッサーワイバーンを躾けて、乗りこなすそうだ。
そしてランクアップさせれば普通のワイバーンになるので、直接ワイバーンを飼いならすよりは時間はかかるがより高い確率でテイムできるらしい。
……因みに、ファングやマロル達もランク4である。
「っと、話し込んで悪いね。報奨金と首輪を用意しておくから、その間にジョブチェンジしておいで」
そして、そう奥さんに言われてヴァンダルーはジョブチェンジ部屋に向かった。
「……奥さんにもバッヘムさん同様、ゴーレムや霊を付けておくべきかな」
もしかしたら、自分の知人友人をビルカインやムラカミ達が狙うかもしれない。その危険性を考えて、ヴァンダルーは彼らが使う小物をゴーレム化したり、彼らの背後に霊を憑けておいたりしていた。
常に見張っている訳では無く、危険が及びそうな時に気がつく事が出来るように。……まあ、気休めよりややマシな程度の手だが、打たないよりはずっと安心できる。
「それはともかく、ジョブチェンジを……」
気分を切り替えて、テイマーギルドのやや小さなジョブチェンジ部屋の水晶に触れる。
《選択可能ジョブ 【鞭舌禍】 【怨狂士】 【死霊魔術師】 【冥王魔術師】 【神敵】 【堕武者】 【蟲忍】 【滅導士】 【ダンジョンマスター】 【魔王】 【混導士】 【虚王魔術師】 【蝕呪士】 【弦術士】 【デーモンルーラー】 【創造主】 【デミウルゴス】 【ペイルライダー】 【タルタロス】 【荒御魂】 【冥群砲士】 【魔杖創造者】 【魂格闘士】 【神滅者】 【夢導士】 【クリフォト】 【冥獣使い】(NEW!) 【整霊師】(NEW!) 【匠:変身装具】(NEW!)》
何時もの事だが更に新ジョブが増えている。
「【冥獣使い】はファング達のお蔭かな? 【匠:変身装具】は変身杖を何本も作ったから。そして【整霊師】は……整体師の霊バージョンだったとしたら、サイモンとナターニャの修行が捗るかもしれませんね」
そう考えると迷うが、夢で導いたり加護を与えたりする事が多いのでそれを少しでも意識して行えるようになった方が良いだろうと、初志貫徹する事を決める。
「【夢導士】を選択」
《【夢道誘引】、【導き:夢道】スキルを獲得しました!》
《【夢道誘引】、【導き:夢道】スキルが、【冥魔創夢道誘引】、【導き:冥魔創夢道】に統合されました!》
《【冥魔創夢道誘引】、【導き:冥魔創夢道】のレベルが上がりました!》
・名前:ヴァンダルー・ザッカート
・種族:ダンピール(母:女神)
・年齢:11歳
・二つ名:【グールエンペラー】 【蝕帝】 【開拓地の守護者】 【ヴィダの御子】 【鱗帝】 【触帝】 【勇者】 【魔王】 【鬼帝】 【試練の攻略者】 【侵犯者】 【黒血帝】 【龍帝】
・ジョブ:夢導士
・レベル:0
・ジョブ履歴:死属性魔術師、ゴーレム錬成士、アンデッドテイマー、魂滅士、毒手使い、蟲使い、樹術士、魔導士、大敵、ゾンビメイカー、ゴーレム創成師、屍鬼官、魔王使い、冥導士、迷宮創造者、創導士、冥医、病魔、魔砲士、霊闘士、付与片士
・能力値
生命力:124,978 (25,757UP!)
魔力 :4,799,781,976+(3,359,847,383) (1,178,128,303UP!)
力 :15,508 (1,650UP!)
敏捷 :11,066 (1,417UP!)
体力 :16,983 (2,576UP!)
知力 :23,527 (1,271UP!)
・パッシブスキル
剛力:1Lv
高速再生:8Lv
冥王魔術:5Lv
状態異常無効
魔術耐性:9Lv
闇視
冥魔創夢道誘引:8Lv(UP!)
詠唱破棄:8Lv
導き:冥魔創夢道:8Lv(UP!)
魔力自動回復:10Lv
従属強化:10Lv
猛毒分泌:牙爪舌:1Lv
敏捷強化:7Lv
身体伸縮(舌):8Lv
無手時攻撃力強化:大
身体強化(髪爪舌牙):9Lv
糸精製:7Lv
魔力増大:7Lv(UP!)
魔力回復速度上昇:8Lv(UP!)
魔砲発動時攻撃力強化:中
生命力強化:10Lv(NEW&UP!)
能力値強化:君臨:1Lv(NEW!)
・アクティブスキル
業血:10Lv(UP!)
限界超越:6Lv
ゴーレム創成:5Lv
虚王魔術:3Lv
魔術精密制御:1Lv(魔術制御から覚醒!)
料理:8Lv(UP!)
錬金術:10Lv
魂格滅闘術:2Lv
同時多発動:1Lv(同時発動から覚醒!)
手術:8Lv
具現化:2Lv(UP!)
連携:9Lv
超速思考:4Lv(UP!)
指揮:9Lv
操糸術:6Lv
投擲術:8Lv
叫喚:7Lv
死霊魔術:8Lv
魔王砲術:2Lv
鎧術:7Lv
盾術:7Lv
装群術:5Lv
欠片限界突破:6Lv
・ユニークスキル
神喰らい:6Lv
異貌魂魄
精神侵食:8Lv
迷宮創造:3Lv
魔王:4Lv(UP!)
深淵:7Lv
神敵
魂喰らい:6Lv
ヴィダの加護
地球の神の加護
群体思考:5Lv(UP!)
ザンタークの加護
群体操作:5Lv(UP!)
魂魄体:3Lv(UP!)
魔王の魔眼
オリジンの神の加護
リクレントの加護
ズルワーンの加護
完全記録術
魂魄限界突破:1Lv
変異誘発(NEW!)
・魔王の欠片
血、角、吸盤、墨袋、甲羅、臭腺、発光器官、脂肪、顎、眼球、口吻、体毛、外骨格、節足、触角、鉤爪、複眼、鰓、副脳、瘤、血管、舌、肺、鰭、毒腺、骨、皮膚、宝珠、魔眼、神経、胃、皮膜、羽
・呪い
前世経験値持越し不能
既存ジョブ不能
経験値自力取得不能
「毎日母さんの血を飲んでいるお蔭でレベルが上がった【業血】と獲得した【生命力強化】スキルが、ついでに覚醒するかもしれないと思ったけれど、そう上手くはいかないか。
それと、能力値が全て一万を超えましたね」
ステータスを確認したヴァンダルーは、そう呟くとジョブチェンジ部屋を後にしたのだった。
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・名前:グファドガーン
・ランク:13
・種族:邪神の寄り代
・レベル:78
・二つ名:【迷宮の邪神】 【ヴァンダルーの背後邪神】 【ヴァンダルー教徒】 【勇者狂い】 【試練を課す者】
・パッシブスキル
特殊五感
擬態:エルフの少女
高速再生:10Lv
全属性耐性:10Lv
能力値強化:ヴァンダルー:10Lv
能力値強化:導き:5Lv
魔力増大:5Lv
・アクティブスキル
次元魔術超精密制御:10Lv
次元魔術:5Lv
罠:10Lv
忍び足:10Lv
連携:10Lv
指揮:1Lv
・ユニークスキル
異形精神:10Lv
迷宮の邪神:10Lv
『迷宮の邪神』グファドガーンの寄り代。彼女の意思と、力の一部が宿っている。神である彼女の経験をスキル化したもので、偏りが激しい。
外見は完璧にエルフの少女であり、見た目や体臭、気配からその正体を見破る事は至難の業だが……その体内はダンジョンと化しており、そこに神になる前の姿を模した寄り代の本体が隠れている。
・名前:キュール
・ランク:11
・種族:セイタンブラッドミミックスライム
・レベル:67
・二つ名:【偽ヴァンダルー】(NEW!)
・パッシブスキル
打撃無効
飢餓耐性:3Lv
捕食超回復:1Lv(捕食回復から覚醒!)
身体形状精密操作:3Lv(身体形状操作から覚醒!)
業毒分泌:1Lv(毒分泌から覚醒!)
魔術耐性:7Lv(UP!)
怪力:10Lv(UP!)
物理耐性:5Lv(UP!)
自己強化:導き:5Lv(UP!)
能力値強化:擬態:2Lv(NEW!)
・アクティブスキル
忍び足:7Lv
業血:8Lv(UP!)
限界突破:10Lv(UP!)
巨大化:6Lv
格闘術:6Lv(UP!)
連携:5Lv(UP!)
突撃:3Lv
並列思考:6Lv(UP!)
遠隔操作:6Lv(UP!)
寄生:4Lv
擬態:3Lv(NEW!)
・ユニークスキル
ヴァンダルーの加護
セイタンブラッドミミックスライムにランクアップしたキュール。触れられなければバレない程、高い擬態化能力を持つにいたった。
ただ最も得意な擬態はヴァンダルーらしい。
○ジョブ解説:付与片士
導いた対象に自らの一部(肉体、霊体問わず)を他者に与え、変異を誘発させるジョブ。既にジョブ(職業)と呼んでいいのか不明だが、ステータス上にはジョブとして表示される以上ジョブである。
このジョブの変異は人間からヴィダの新種族への変異等、親である女神ヴィダを含めたこの世界の神々の影響を受けていない変異を指す。
魔王や邪神悪神の力に近い。
そのため、このジョブに就く事が出来るのはヴァンダルーのみだろう。
10月19日に218話を投稿する予定です。




