二百十五話 義肢を自分の手足にする方法
モークシーの町の冒険者ギルドに運ばれたヴァンダルーとサイモンの助けで辿りついたナターニャの身柄は、ヴァンダルーの家にあった。
「ユリアーナの診察と施術は終わりました。母さん、魔眼はどうですか?」
「ごめんなさい、やっぱり【再生の魔眼】で四肢を再生するのは無理だったわ。せめて骨や肉片が残っていれば……でも大丈夫よ、ヴァンダルーならどんなことをしてでも必ず良いようにしてくれるから」
『坊ちゃん、仕込みは私達がやっておきますからねー』
『主にお肉を切って串に通すだけですからね。チェーン店の人に渡すゴブゴブとコボルト肉の準備は終わってますから』
寝かしたユリアーナの枕もとで何か呟き、孕まされて大きくなった腹部に触れて暫く何かの魔術を行使していたヴァンダルー。その間自分の世話をしてくれていたダルシア。そして鎧を着ている姉妹らしい二人の奇妙なメイド。
「じゃあ、話を聞いている間採寸……と言うか、筋肉のつき方などを触らせてもらいますわよ」
そしてタレアと言う人間社会ではゾンビの上位種ということにされているグールの女。彼女は、少し前までいたはずのグファドガーンと言うエルフの少女が空間属性魔術で連れて来た。
家の中は驚きに満ちており、ナターニャにとって人外魔境と呼ぶしかない状況だ。
「あ、ああ、頼むよ」
しかしナターニャは恐怖や不安では無く、ダルシアと何よりヴァンダルーから覚える奇妙な安心感を強く感じていた。同時に、自分が後戻りできない事を察してごくりと唾液を飲み込んだのだった。
時は遡って、ナターニャ達がモークシーの町に入る時……。
もしかしたら、ユリアーナが本当に死んだかどうか案じるアルクレム公爵の手が、この町にも及んでいるかもしれない。
そう内心では心配していたナターニャだが、門で特に身元を調べられる事も無く通る事が出来た。
ファングがヘルハウンドにランクアップしている事に驚いた衛兵達だったが、次に気がついたナターニャとユリアーナの状態を見て、「こっちの方が一大事だ!」と理解したためである。勿論何故二人が四肢を切断されているのかと説明を求められたが、それもすぐ済んだ。
「ミノタウロスが!? ……では説明は後から冒険者ギルドから聞くので、早く向かってくれ。悪いが、お二人はあまり姿を見せないように」
ミノタウロスと言えば最低でもランク5の魔物だ。ダンジョンや魔境ならまだしも、それ以外の場所で被害者が出たのなら大事件だ。
そのミノタウロスがもし群れを形成しているなら、モークシーのような大きな都市にとっても脅威である。そのためナターニャとユリアーナは名前も聞かれず、そして町の人々が動揺しないように布を被せられ、ただの怪我人として冒険者ギルドまで行く事が出来た。
毛皮を通常の状態にしているためマロル達がランクアップしている事に気がつかれなかった事と、更にアッガーとその仲間が居合わせていなかった事も、話が早く済んだ一因かもしれないが。
そして冒険者ギルドでは受付カウンターではなく、二階の会議室に通されギルドマスターのベラードに事情を説明する事になった。
「つまり……ミノタウロスの群れに捕まったが、そこにラルフと言う名の冒険者が群れを壊滅させ、君達を助けたと?」
ただミノタウロスの群れが既に壊滅している事を知ると、ギルドマスターの顔に浮かんでいた緊張感はすぐに緩んだが。
この町の冒険者ギルドを預かるベラードとしては、ナターニャ達の身の上よりミノタウロスの群れの脅威の方に注目するのは当然の事ではあるのだが。
「そのラルフと言う冒険者についてだが、他に何かわからないかね? ギルドでの等級や、普段拠点にしている町とか。単独でミノタウロスの群れを全滅させるほどの腕前の冒険者なら、名前ぐらいは聞いた事がある筈なんだが」
去年から神の加護を得た英雄候補が大勢出現しているが、モークシーの町周辺に限ればそう何人もいる訳ではない。寧ろ、何故か最近では彼らの活動範囲がモークシーの町から遠のいているような気がするとベラードは感じていた。
尤も、それは神の加護と神託を受ける英雄候補が活動する程の脅威はこの町の周辺に無い事を意味するのなら幸いなのだが……ミノタウロスの群れは英雄候補様には脅威ではないのだろうか? そう思わずにはいられない。
「さあ、詳しくは話してくれなかったんだ。人種の男で、三十代前後ぐらいだったと思う」
「俺も、特に特徴らしい特徴は見つけられませんでした。でも、口ぶりからするとかなりの腕利きだと思いますぜ」
実はただのミノタウロスの群れでは無く、ミノタウロスキングの群れだった事を隠しているナターニャは、内心冷や汗をかきながらベラードにそう答えた。
彼女には元歴戦の冒険者だろうベラードの目を欺けるのか、まったく自信無かったからだ。
「ふむ……軽装で、精霊魔術の使い手で、ラルフ……か」
だがベラードはナターニャでは無く自分自身の思考に意識を向けていた。もしかして、謎の冒険者ラルフの正体は、『真なる』ランドルフではないかと思い至ったからである。
ラルフと言う名前は、ランドルフを縮めたものと考えれば偽名としてありきたりだ。種族は人種らしいが、それは変装用のマジックアイテムで耳を偽装する等すればエルフである事を隠す事は容易い。
それにミノタウロスの群れを単独で壊滅させるような大手柄を上げて、黙っているような冒険者となると……ベラードには一人しか思い当たらない。
(しかし、それが真実でも追及する意味は無いな。アルクレム公爵領本部のギルドマスターなら何か知っているだろうが、俺が問い合わせても『その件については忘れろ』としか言われないだろう。
それにランドルフが動いたのなら、まず公爵や侯爵等やんごとなき方々が絡んでいる可能性が高い。……そう言えばあの娘、ユリアと言うそうだが……公爵の末の妹がユリアーナと言う名前の騎士だったような気がする)
頭を高速で回転させたベラードは、「よし、これ以上考えるのは止めよう!」と思考を止める事にした。
彼は貴族では無く冒険者ギルドのモークシー支部を預かるギルドマスターである。それ以上でも、それ以下でもない。下手をすれば虎でも殺されそうな好奇心は捨てて、仕事優先だ。
「まあ、そのラルフが何者だったとしても、逃げたミノタウロスが何匹かいるかもしれない。領主様への報告と冒険者達に警戒喚起は必要だな。貴重な情報をありがとう」
「ああ、役に立ったのなら嬉しいよ。それで、オレを囮にした奴等だけど――」
「『炎の刃』と言うパーティーだな。勿論調査し、然るべき処置を行う。安心してくれ」
大勢いるD級冒険者のパーティーの一つでしかないだろう『炎の刃』について、ベラードは何も知らない。名前を聞いても、モークシーの町には居ないが、恐らくあの有名な『五色の刃』にあやかってつけた名前だろうとしか思わなかった。
何年か前、何とかの刃というパーティー名を付けるのが流行って困った事が記憶に残っている。
だがナターニャから聞いたその手口が本当なら、『五色の刃』にあやかる資格も無い悪質極まりない連中だと、ベラードは思った。
ミノタウロスの群れに捕まった仲間をただ見捨てただけなら、責める事は出来ない。D級冒険者ではパーティーを組んでやっと一匹相手できるかどうかというランク5の魔物が、一度に複数現れたのだ。助けようと試みるのは無謀でしかない。
しかし、加わってから日が浅いとはいえ仲間の女冒険者の脚を攻撃して、意図的に囮にするのはやり過ぎだ。確かにそのまま逃げればただ犠牲者が増えただけだったかもしれないが、緊急避難で済ませるには悪質過ぎる。
「冒険者とは、腕じゃない。信頼で成り立つ商売だ。冒険者がルールを守るからこそ、我々は町中で武装していられるし、商人だって護衛を依頼する。それを奴らに教えてやる。まず君が活動していた町のギルドに問い合わせて、『炎の刃』の冒険者達を取り調べなければならないから多少時間はかかるが。
それに、死刑や犯罪奴隷に堕とすのは流石に無理だ。昇級へのペナルティと、賠償金で満足してもらう事になるだろう」
「……それは、分かってるよ」
「何故ですか?」
ベラードの言葉にやや悔しげだが頷くナターニャに、それまでユリアーナの耳元で何か囁き続けていたヴァンダルーが口を挟んだ。会議室には彼と、居心地が悪そうにしているサイモンも通されていたのだ。
「し、師匠っ、ギルドにも訳ってもんがありまして……!」
「捕まったらどんな目に遭うのか明らかなのに、脚を故意に傷つけて囮にした連中に対して処分が甘すぎるように感じます。特に彼女は敏捷な山猫系獣人種で、装備も軽量な格闘士です。その『炎の刃』と言うパーティーの他のメンバーがどんな人かは知りませんが、彼女より全員足が速かったとは思えません」
止めようとするサイモンに構わずヴァンダルーはそう続けた。
『炎の刃』は危機に陥った場合、ナターニャを捨て石にする事を想定して仲間に入れたのではないか。ヴァンダルーは皆と話し合った結果、そう疑っていた。
「な、何でオレが格闘士だって知ってるんだ!?」
ただ話し合った相手が主にナターニャに見えないオルビアやレビア王女達ゴーストや、霊であるため彼女には驚かれたが。
「俺も【格闘術】スキルを持っているので、筋肉のつき方でそうだろうと思いました。ほら、爪だって伸びますよー」
「うわ、本当だ……って、お前ダンピールだったのか!? は、初めて見た。本当に鉤爪があるんだな」
「おお、確かに下手なナイフより鋭いな。ちょっと後学のためにもっと近くで見せてもらっていいかね?」
「ギルドマスター、話が脱線していますぜ」
ナターニャと一緒にヴァンダルーの細い指から伸びる凶悪な鋭さの鉤爪を覗き込んでいたベラードは、サイモンに言われ慌てて佇まいを直した。
「何故かと言うと、我々冒険者ギルドは司法組織では無いからだ。賞金首や山賊、強盗等でない限り人を勝手に裁く事は出来ないし、犯罪奴隷にする権限はないのだよ。
それに冒険者は何が起きても自己責任なのが世の常だ」
自己責任故に、人を見る目が無かったナターニャにも責任がある。そういう事になるのだ。
「だが、別に昇級のペナルティと罰金は軽い罰じゃないぞ。罰金はD級冒険者じゃとても払えない額になるし、奴らが即金で払えない分はギルドからの借金と言う事になる。そして奴等から搾り取った罰金は、ギルドを経由してナターニャ君への見舞金として支払われる。
それに仲間の女をミノタウロス相手に捨て石にしたと噂になれば、誰も好んでそんな連中に近づきはしない。次の犠牲者が出る事も無いだろう」
ベラードが言うのは、『炎の刃』はギルドへの多額の借金を抱える事になるので、ある意味命がけの労役に就かされるのと同じ状態になるということらしい。
「なるほど……余計な口を挟みました」
「いや、良いんだ。それで話は変わるが……ナターニャ君、君達はこれからどうする? 君が持ちこんだ魔石の買い取り金額や、『炎の刃』から搾り取る罰金を合わせても、これから一生食っていく分にはとても足らない。マジックアイテムの義手と義足を買うにしても、戦闘がこなせるほどとなると……」
ベラードはナターニャと、そしてユリアーナの今後について話し始めた。冒険を続けられなくなった冒険者へのケアも冒険者ギルドの業務の一環だった。
ただ完璧とは言い難く、腕を無くしたサイモンのような冒険者でもできる日雇い仕事を斡旋する事等、細やかな物だったが。
「それは……悪いけど、紹介してくれないか。あるだろ、オレみたいなのを紹介する先が」
先程よりも生気が弱まった様子のナターニャは、ため息交じりにそうベラードに頼んだ。自分を裏切った『炎の刃』に対する制裁が行われると聞いて、安堵すると同時に気力が萎えつつあるようだ。
「分かった。出来るだけ良い所を紹介させてもらおう」
冒険にも出られない。しかし貯蓄も無く、手に職も学もない。そんな女冒険者にギルドが紹介する先の一つが娼館である。
「だが、そっちのユリア君はどうする? テイマーギルドには連絡してあるが……生憎マスターのバッヘムが仕事で今朝から町を出ていて、見積もりは後になりそうなんだが」
ただミノタウロスにナターニャよりも先に襲われ囚われていた村娘のユリア、ということになっているユリアーナについてはギルドの対象範囲外だ。
しかし、孕まされた魔物の仔の買い取りを行っているテイマーギルドに連絡を入れておいた。
「ユリアは家族がいないから、オレが世話をしようと思うんだ。オレが今正気でいられるのも、この人のお蔭だから」
「分かった。バッヘムが戻り次第、腹の仔の買い取りを急がせよう」
「いいえ、その必要はありません」
「そうか。必要無いのなら紹介しなくても……今誰が喋ったんだ!?」
「ユリアーナさん!? あんた、話せるようになったのか!?」
ベラードとナターニャが驚いて視線を向けると、ユリアーナは輝きが戻った瞳で二人に頷き返した。
「ナターニャ、あなたや皆、そしてこの方のお蔭で私は死を免れ、狂気から戻って来る事が出来ました。ありがとう、私を見捨てないでいてくれて」
「そんな事ないよ、オレだってあんたが励ましてくれたから……ああ、良かった! 本当にユリアーナだ!」
突然正気を取り戻したユリアーナの回復に、涙を流して喜ぶナターニャ。まだユリアーナの言動が一部おかしい事には気がついていないらしい。
「回復したのは何よりだが、必要無いとはどういう? ……そこまで大きくなっているなら、堕胎は危険だと思いますが」
一方ベラードはナターニャが口にしているユリアーナという名前に気がついていない演技をしつつ、先程の発言について問いただした。
「そのままの意味です。皆と相談して、私の身は全て女神にお任せする……つまりこの方に委ねる事にしました」
「女神ではありませんが、任されることになりました」
何とダンピールの少年、ヴァンダルーが身請けする事になっているらしい。
「何時の間に!? いや、しかしそんな事をして大丈夫なのか!? 産まれて来るのはミノタウロスの仔だぞ!?」
「俺はテイマーギルドの正規組合員ですが」
「た、確かに取り扱う資格はある……」
魔物の仔の買い取りはテイマーギルドで行っているが、組合員のテイマーが個人で行ってはならないと言う規則は無い。
「それに、ランク4の魔物をテイムしています」
「しかも、実績もあるな……その上仕事があって、家も一軒所有していて、彼女自身の意思もある。彼女はただの被害者で罪人でも奴隷でも無く、家族も居ないそうだし……止める理由も権限も私には無いな。
ははは、うん、好きにしなさい」
「そんな簡単に……進むもんなんですか」
あまりの急展開にサイモンが目を見張るが、全ては乾いた笑い声を出しているベラードの言った通りである。
「でも、お袋さんに相談しなくてもいいんですかい?」
「は、そうか。親にはちゃんと相談しておいた方が良い。人を一人とミノタウロスの仔を抱え込むんだ、簡単な事じゃないぞ」
「母さんなら大丈夫です。理解があるので」
実際には既にチプラスが一足早くダルシアに報告しに行っているだけなのだが、ヴァンダルーはそう言ってベラード達を誤魔化す事にした。
「そ、そうか。凄い理解力だな、君のお母さんは。それじゃあ、ナターニャ君の方だが――」
「えっ、オレも一緒に!?」
ナターニャの今後に話題を戻そうとするベラードだったが、そちらでも彼にとって予期せぬ展開が起きていた。
「そうです、ナターニャ。この方は約束してくださいました、あなたを助けると。この方なら必ずあなたに新しい手足を授けてくれます。
だから一緒に女神様の御許へ行きましょう」
ベラードがヴァンダルーと話している短い間に、ユリアーナがナターニャに一緒に行こうと説得していたのだ。
「俺は女神ではありませんが、彼女の言っている事は本当です。俺は神ではありませんが」
「あのミノタウロスの巣で、私達はお互いに励まし合いました。その時に私が言っていた事を覚えていますか? どんなに辛くても、死に逃げてはいけない。希望を捨てなければ、神はきっと応えてくれる。
そして、女神は……ヴィダは応えたのです」
ただ、その説得の内容はかなり狂信的だったが。
「え、いや、確かに覚えてるけど……神様ってこんな子供じゃないと思う……男、だと思うし」
「そう思いますよね。でも彼女は聞いてくれないのですよ、大事な事だから繰り返して言っているのに」
彼女自身の言葉に寄れば「女神」であるはずのヴァンダルーの声も届いているか怪しい様子のユリアーナに、説得されているナターニャも困惑を浮かべながら顔を青くしている。
「でも、師匠は信じてついて来るなら腕についてどうにかする技を授けてくれるって、俺とも約束してくれましたぜ」
しかしサイモンがそう言った事で、ユリアーナの言葉にナターニャは説得力を覚えたらしい。
「分かったよ……オレも一緒に行くよ……たしかに、この子からは何か只者じゃない感じがする」
もしくは、単に諦めただけかもしれないが。
「そうか、話が纏まったようで何よりだ。では、私は手続きがあるので、失礼するよ」
事態を見守っていたベラードは、口元が引き攣るのを隠せないでいた。
表情や意識が戻ったユリアーナは、一見すると正気に戻ったように思える。しかし、実際は廃人から狂人に変化しただけではないだろうか。彼女の瞳を見てしまったベラードには、そう思えてならなかった。
そしてその原因は、彼女の耳元でずっと何事かを囁き続けていたヴァンダルーであると彼は確信していた。
(……話が一段落したら、彼にそろそろ冒険者ギルドに登録だけでもしてみないかと誘うつもりだったんだが……もう少し様子を見た方がいいな。実はかなりの危険人物かもしれない)
そう思いながら、ベラードは諸々の手続きを行うために会議室から退出したのだった。
冒険者ギルドから出た後、途中でサイモンと別れ、ナターニャはヴァンダルーの家に運び込まれ……ヴァンダルー達から、彼ら自身がどんな存在なのかざっと説明を受けた。
ヴィダの化身とか、その息子のザッカートの後継者とか、頭の中がどうにかなりそうだったが、何とか乗り切った。
「ナターニャさん、何故こんな秘密をあなたに打ち明けるのかと言いますと――」
「分かってるよ、ここまで知った以上逃げ道はないぞって、オレに覚悟させる為だろ」
『ヴァンダルー様、ダルシア様、この娘、勘違いしておりますぞ』
「そうじゃないのよ、ただ家でお世話をする以上、色々バレるだろうから、それなら前もって話しておいた方が良いって思ったのよ」
緊張から尻尾を膨らませたナターニャに、ダルシアが宥めるようにそう説明した。
「ナターニャさん、あなたを助ける……五体が揃っていた時と同じか、それ以上の状態にするための方法が幾つかあります。今からそれを説明するので、選んでください。
まず、保存してある女吸血鬼の手足を移植して、重い副作用に苦しんだ後に吸血鬼に変異する方法」
サイモンと違い四肢を喪ってから長い時間が経っていない彼女は、脳の手足に関する部分がまだ委縮していない。原種吸血鬼であるテーネシアのライフデッドの四肢を移植すれば、そのまま動かせるようになるだろう。
ただ、そんな大部分の移植手術を行えば、ただの獣人のままではいられない。ヴァンダルーが【死亡遅延】の魔術で死ぬのを遅らせながら施術するので、まず死ぬ事は無い。だが最悪の場合いっそ死にたいと思うような副作用に苦しみながら吸血鬼に変化する事になるだろう。
「ほ、他の方法は無いのか? だったら――」
「いえ、ただマジックアイテムの義手や義足をつける方法もあります。……作ろうと思えば、それくらい俺たちなら作れるでしょうし」
ヴァンダルーは【錬金術】スキルを10レベルで持っている。素材を集めれば、本物の手足のように動く義手や義足を作る事が出来るだろう。
「これが一番楽だと思いますよ。ただ、戦えるようになるかは分かりませんけど」
「……確かにそうかもしれないけど、それだとあんた達の世話になりっぱなしになっちまう。細かい事は聞こえなかったけど、ユリアーナさんはあんたに恩返しするんだろ。俺だって助けてくれるなら恩ぐらい返したい。
できれば、俺にもあのサイモンって奴と同じ修業を受けさせてほしい」
しかしナターニャの意思は固かった。
「分かりました。では、これから一緒に頑張りましょう」
そう言うヴァンダルーだが、やはり『生命体の根源』については話さなかった。助けると決めはしたが、『生命体の根源』は生命属性を極めたザッカートが創り上げた物だ。ヴァンダルーですら新しく創り出す事は出来ない貴重な素材である。
流石にナターニャ達の手足の為に使う事は出来ない。
後、もう一つ話さなかった方法に疑似転生がある。ナターニャの場合、クインのように死んで新しい身体に生まれ変わる事になるので、最初から選ばないだろうと思ったのだ。
下手に話すと、変な誤解をされる心配もあったので。
「では今日の内に始めだけやっておきましょうか。あなたの場合、サイモンより多めに必要になりますから」
「分かった、どうすれば――何だ、これ!? な、何かがオレの中に入って来るぅぅぅっ!?」
次の日、町を出たヴァンダルー達は魔境では無く、そこから離れた適当な草原に居た。
「師匠、食材を狩らなくてもいいんですかい? それにこいつ等のレベリングは?」
そう心配するサイモンに、「大丈夫です」とヴァンダルーは答えた。
食材は、既に【鮮度維持】をかけて保存してある分だけで数日分家にストックされている。ゴブゴブにするためのゴブリン肉も、蒸し焼き用のコボルト肉も。
ただ、早くもゴブゴブとコボルト肉の蒸し焼きが評判になっており、想定していたよりも早く無くなるかもしれないが。
今まで不味くて食えない魔物の代表格であったゴブリンとコボルトの肉を、美味く料理しているらしいハートマークの屋台がある。そんな噂が歓楽街の外でも流れているのだ。
昨日は、噂を聞いたらしい冒険者が態々歓楽街の裏路地まで屋台を探しに来て、度胸試しのつもりで買って行った程である。
「もしゴブリンやコボルトの肉が足りなくなったら、冒険者ギルドに依頼を出すので心配無用です」
「あー、それは……手足があったらオレもそっちに加わったかもしれない」
「俺もゴブリンぐらいなら、挑戦したかも」
ゴブリンやコボルトの肉を持って来れば買い取る。そんな依頼があったら、経験が少なく、実力が足りない冒険者達は喜んでゴブリンやコボルトを狩った事だろう。
何せゴブリンは弱くて数が多い。碌な魔石もとれず、素材も無く、普段は討伐証明部位の耳一つで5バウムにしかならない。人気の無い獲物だ。
しかしその肉まで売れるなら、経験不足の冒険者にとっては貴重な収入源になるだろう。
「そしてファング達のレベリングですが……そろそろレベルだけではランクアップできない時期なので、暫くは身体の動かし方を学び、スキルの習得を促すのに時間を使おうかと」
大型犬サイズから牛程の大きさに変化したファングや、大きくなって毛皮の性質を変えられるようになったマロル達。そのため、新しい身体に慣れる必要があった。
魔物のランクアップが起こるには、レベルだけでは無くスキルも必要になる。例えば、あるブラックゴブリンがブラックゴブリンニンジャになりたいのなら、レベルを上げる事以外にも【忍び足】や【罠】等斥候職に必要となるスキルを獲得しレベルを上げておく必要がある、などだ。
だがファング達は今まで同格以上の魔物を倒して大量の経験値を得て、急速にランクアップしてきたため、スキルのレベルが低めだ。そのため、今日は自主訓練が割り当てられる事になった。
「ガルルルル!」
「ヂュヂュウ゛!」
「ヂュゥゥゥゥゥっ!」
「キィィィィィィ!」
ヘルハウンドのファングと鉄鼠のスルガが激しい肉弾戦を演じ、火鼠のマロルと濡れ鼠のウルミが毛皮に纏った炎と冷気をぶつけ合っている。
「と、とても訓練には見えねぇ」
「あれは、大丈夫なんだよな!?」
サイモンとナターニャがファング達の実戦さながらの訓練を見てそう慌てるが、問題無い。彼らには見えないが、レビア王女やオルビアがちゃんと見守っている。
「あと、もう一人いたユリアだかユリアーナだか分からないが、あの人の姿が無いのが気になっていたんですが……」
「ユリアなら大丈夫です。彼女はあなた達とは別の方法で頑張る事になったので、俺の家に居ます。
では修業を始めるので、サイモンはこれを付けてください」
ヴァンダルーはサイモンにそう言いながら、荷車に乗せて来た練習用の『腕』を彼に渡した。
それは一見すると全身甲冑の右腕の部分だけを外して、身体に装着するためのベルトをつけただけの代物に見える。
「へい、分かりやした!」
それを受け取ったサイモンは、特に疑問を持たず約束した通りヴァンダルーを信じて身に着ける。
「確認しますが、サイズはどうですか?」
「ええ、ベルトの長さが丁度良くて……後、右肩の切り口にしっかりくっついて擦れない。まるで俺の右肩に合わせて調整したみたいだ。
師匠、これは一体いつの間に作ったんで!? まさか、前々からこうなる事を見通して……!?」
「いや、そんな未来を予知するような真似は出来ませんから。昨日、家に帰ってから適当な鎧の腕の部分だけを使って、ちょっと調整しただけです」
昨日の治療で、ヴァンダルーはサイモンの体形を【完全記録術】で覚えている。それを基に【ゴーレム創成】で加工して、肩と接する部分はタレアと一緒に調整をし、『腕』を作ったのである。
「それは練習用の間に合わせに作った物です。修行が進んだら、もっと便利な『腕』を渡すので楽しみにしていてください」
その間にヴァンダルーはナターニャに、サイモンに渡したのと同じ『腕』や、そして『脚』を身に着けさせる。
「では修業を始めるので、サイモンもこっちに来てください。彼女の左隣に座って、そして何を感じても受け入れてください」
「へいっ。でも、修行ってこれから何をすれば……」
信じてはいるが困惑を覚えずにはいられない様子のサイモンに、ナターニャが何処か達観した眼差しで助言する。
「最初は何もしなくて良いんだってさ。ただ、覚えればそれで良いって」
「覚えればって、何を――っ!?」
戸惑ったまま何か言おうとするサイモンだったが、得体の知れない異物感を覚えて言葉を途切れさせた。
痛みや、熱さや冷たさも感じない。だが、ただただ異物が身体に入り込んで、『押されている』事だけがはっきりと分かる。
「い、一体俺の身体に何が、何が起きて……!?」
「うぅぅぅっ、二度目でもまだ慣れないぃぃぃっ!」
何と言い表せばいいのか分からない感覚にサイモンは目を見開き、ナターニャは尻尾を膨らませて耐えている。
「怖がらずに、そのまま……そのまま……」
そしてヴァンダルーは、二人の背に触れている手から霊体を出して、彼らの肉体に宿る霊体を『押して』いた。
そうしてサイモンは右肩の、ナターニャは両手足の切断面から霊体の一部をところてんのように押し出そうとしているのだ。
二人に【霊体】スキルを獲得させ、それでリビングアーマー系のアンデッドのように無生物の腕や脚を自分の手足同然に動かせるようになってもらうために。
本来ほぼアンデッド専用である【霊体】スキルを生者が獲得する事は、まず不可能だ。生きている人間の霊体は肉体に宿って外に出る事が無いし、そもそも【霊体】スキルを生者が獲得する意味が無いからだ。
それを生者である二人に覚えさせるためには、肉体から霊体を出す感覚を覚えてもらう必要がある。そして自力で霊体の一部を身体から出す事が出来るようになれば、後は渡した腕や脚を動かせるように訓練するだけである。
そこまで出来れば、自分の思い通りに動く新しい手足の完成だ。
(ヴィガロの時のように夢で教えられたらいいのだけど……もうすぐジョブチェンジ出来るので、次は【夢導士】にでもなりましょうか)
そうしたら、少しは夢の中での行動をコントロールできるかもしれない。そう考えながら、ヴァンダルーは二人の霊体を押し続けたのだった。
・名前:ファング
・ランク:4
・種族:ヘルハウンド
・レベル:52
・パッシブスキル
闇視
怪力:3Lv(UP!)
気配感知:2Lv(UP!)
直感:1Lv
自己強化:導き:2Lv(UP!)
身体強化:牙、爪:2Lv(UP!)
精神耐性:1Lv
・アクティブスキル
忍び足:2Lv
闇のオーラ:2Lv(UP!)
叫喚:2Lv(UP!)
突撃:1Lv(NEW!)
連携:1Lv(NEW!)
炎のブレス:1Lv(NEW!)
・ユニークスキル
ヴァ■■■ーの加護
ヘルハウンドにランクアップしたファング。ブラックドッグから変異したため、通常のヘルハウンドには無い【闇のオーラ】スキルを持っているため、牛と同じぐらいの大きさなのに隠密能力も高い。又、マロル達と協力して狩りを行った経験により、【連携】スキルを獲得している。
ただ通常のヘルハウンドに比べてスキルのレベルは低め。
・名前:マロル
・ランク:4
・種族:火鼠
・レベル:60
・パッシブスキル
暗視
状態異常耐性:1Lv
身体強化:前歯、毛皮、尻尾:2Lv(UP!)
敏捷強化:2Lv(UP!)
高速治癒:2Lv
能力値強化:創造主:2Lv
自己強化:導き:2Lv
殺業回復:1Lv(NEW!)
炎熱無効(NEW!)
・アクティブスキル
限界突破:1Lv
鞭術:2Lv(UP!)
鎧術:1Lv
突撃:1Lv(NEW!)
連携:1Lv(NEW!)
魔術制御:1Lv(NEW!)
射出:1Lv(NEW!)
・ユニークスキル
ヴァンダ■■の加護
炎熱の毛皮:1Lv(NEW!)
火鼠にランクアップしたマロル。普段は白い毛皮だが、彼女の意思一つで炎を纏う事が出来る。纏った炎は【魔術制御】スキルで制御する事で疑似的な火属性魔術として扱う事が出来、またただ単に【射出】する事も可能。
因みに【炎熱の毛皮】がユニークスキルなのは、現在彼女が唯一の火鼠だからである。
・名前:ウルミ
・ランク:4
・種族:濡れ鼠
・レベル:59
・パッシブスキル
暗視
状態異常耐性:1Lv
身体強化:前歯、毛皮、尻尾:1Lv
敏捷強化:2Lv(UP!)
高速治癒:2Lv
能力値強化:創造主:2Lv
自己強化:導き:2Lv
殺業回復:1Lv(NEW!)
冷気無効(NEW!)
・アクティブスキル
限界突破:1Lv
鞭術:2Lv(UP!)
鎧術:1Lv
突撃:1Lv(NEW!)
連携:1Lv(NEW!)
魔術制御:1Lv(NEW!)
射出:1Lv(NEW!)
・ユニークスキル
ヴァン■ル■の加護
水氷の毛皮:1Lv(NEW!)
濡れ鼠に変異したウルミ。毛皮に冷気を帯びた液体を纏う事が出来、それをマロルの炎同様に【魔術制御】スキルで操り、疑似的な水属性魔術とし、もしくはそのまま射出する事が出来る。
【水氷の毛皮】がユニークスキルである理由は、マロルと同様。
・名前:スルガ
・ランク:4
・種族:鉄鼠
・レベル:58
・パッシブスキル
暗視
状態異常耐性:2Lv(UP!)
身体強化:前歯、毛皮、尻尾:2Lv(UP!)
敏捷強化:1Lv
高速治癒:3Lv(UP!)
能力値強化:創造主:2Lv
自己強化:導き:2Lv
怪力:1Lv(NEW!)
・アクティブスキル
限界突破:2Lv(UP!)
鞭術:1Lv
鎧術:2Lv(UP!)
連携:1Lv(NEW!)
射出:1Lv(NEW!)
・ユニークスキル
ヴァン■■ーの加護
甲鉄の毛皮:1Lv(NEW!)
鉄鼠にランクアップしたスルガ。盾職的な役割をしていた為、三姉妹の中で一人だけ方向性の違う成長を遂げつつある。
金属質な毛皮はそのまま針状の飛び道具として【射出】する事が可能。ただ、射出すればするほど毛の量が減り、再生するまでの間防御力が下がってしまうので、注意が必要。
10月11日に216話を投稿する予定です。




