二十五話 ごり押し登山馬車の旅
戻ってきたヴァンダルー達の凱旋を、集落に残っていたグール達は歓声で出迎えた。
前もって集落の拡張もしていたが、囚われていた百人以上の女グールが増えたので許容人数をオーバーしてしまった。しかし、誰もそんな事は気にしていない。
そして助けた女グールや女冒険者達を休ませ、自分の足で歩かせた食料や戦利品のアンデッド化を解除した後本格的な解体作業を行う。
コボルトメイジは舌と眼球が錬金術の素材に。コボルトジェネラルは毛皮が鎧や服の材料に、牙がナイフに成る。
通常のオークは肉しか取れないが、オークジェネラルは腱が弓の弦の良質な材料に成る。そしてオークメイジは舌、眼球、肝臓が錬金術の素材に成る。
そしてノーブルオークは、全てが素材に成る。肉は食用に、内臓は錬金術や薬の素材に、皮は皮革製品に、骨は防具や武器の材料に、性器や睾丸は精力剤に、そこだけは美しい金髪も防刃繊維として服に編み込んで使うらしい。
そして、勿論魔石。
もし冒険者ギルドに持って行けば、かなりの金額で買い取ってもらえただろう。
「ウフフフ、素材~そざっい~何を作ろうかしら~♪」
解体用のナイフを器用に使い歌いながらブゴガンをバラバラにしていくタレアの様子を見ながら、猟奇的だけど楽しそうだなぁとヴァンダルーが思っていると、クルリと彼女が振り返った。
「そういえばヴァン様、ヴァン様はこの後どうなさるの?」
顔の横に血と油で滑るナイフがあるのでとても猟奇的だが、彼女はヴァンダルーのこの後の身の振り方を気にしていた。
グールのキングは、複数の集落にとって共通の敵が存在する間だけ選出されるまとめ役で、ゴブリンやコボルトのキングの様な種族名では無い。
そのため、ノーブルオークを倒し敵対勢力を消滅させた今グールキングで居続ける意味も、この集落にグール達が留まる理由も無い。タレア達も元の集落に戻り、今までと同じ日々に戻る事に成る。
(だからこそ、ここでヴァン様を連れて帰らなくては!)
っと、内心企んでいるタレアにヴァンダルーは答えた。
「その事なんですけど、明日話したい事があります」
「えっ!? 私だけに二人きりで話したい事がっ♪」
「いえ、皆に」
「……そ、そうですわよね。ほ、ほほほ……」
その日の夕食は戦勝を祝う宴と成り、オーク肉の串焼きやスープでグール達はお互いの健闘を称えあった。特にオークに囚われていた女達の食欲は凄まじかった。
これまで食い物にされた恨みを晴らすかのように、オークの肉を貪っていく。
死ぬ事だけを望んでいたはずの女冒険者達ですら、旺盛な食欲を見せていた。今の彼女達はグール化してヴァンダルーの眷属に成る事だけを望んでいるため、ザディリスの「ある程度体力を付けんと、儀式に耐えきれんぞ」と言う言葉が効果的だったようだ。
まさか、人種でも生きる希望を無くして死を心から望む場合は【死属性魅了】スキルが有効だったとは、ヴァンダルーも思わなかった。
「今地球に居たなら、自殺の名所の横に立っているだけで、友達を増やせそうな気がする」
まあ、それを実際にやると何時の間にか新興宗教の教祖にされそうだから、実際には地球に居てもやらなかっただろうが。
そんな事を考えながら、ヴァンダルーはノーブルオークの串焼きに舌鼓を打っていた。
魔境産の果物や香草を使用したタレを付けて焼いた肉は、一口齧るだけで肉汁と蕩けるような脂が口の中に広がり、しかしタレのお蔭で後味はさっぱりしていて、幾らでも食べられそうだ。
圧倒的な肉の味に、感動を覚えずにはいられない。
ラムダに転生してから食べた猪も美味かったし、この集落で暮らすようになってから食べたヒュージボアの肉は更に美味かった。しかし、ノーブルオークの肉はそれすら上回る味だったのだ。
地球の高級豚肉でも、比べ物に成らないに違いない。高級豚肉を食べた事の無いヴァンダルーですら、そう確信する程の味だった。
「うぅ、勝ったっ、やっとあいつらに一つ勝ったっ」
地球では絶対に食べる事が出来ないノーブルオーク肉を食べながら、地球の伯父家族に勝ち誇るのだった。
人間の女をグール化させる儀式の方法は、まず対象者の全身が入る程度の穴を地面に掘る。次に泥にグールの血と爪から分泌される毒を加え、女神ヴィダへの祈りと共に混ぜ合わせる。
そうしてできた穴に泥を流し込み、対象者を沈める。
そして三日も経てば人間からグールに変化する。
「ただの溺死に見える……」
カチア達女冒険者が入った泥を見つめながら、繰り返し魔術で生命反応を確認してしまうヴァンダルーだが、それも仕方ないだろう。実際、普通だったら窒息して死ぬのだから。
「問題無い。昔からの方法じゃからな。人間以外の種族、他のヴィダの新種族や魔物にやったら普通に溺れ死ぬが」
「ヴァン様、私もこうして人種からグールに成ったのですわ」
ザディリスとタレアの二大年長者のお墨付きを貰った事と、実際十分経ってもカチア達の生命反応が変わらずある事で、ヴァンダルーも納得した。
「それより、今日はあの話があるのじゃろう?」
「そうでした」
一晩経って戦勝会の浮かれた気分が抜けたグール達が集まり、ヴァンダルーを待っている。タレアを含め、彼らはこれから始まる話は集落を滅ぼされ帰る場所が無くなった約百人の女グールと、グール化を望んだ女冒険者達の各集落への割り振り、報酬と約束されていた少子化問題解消のためのマジックアイテムについて、そして今後のヴァンダルーの身の振り方に関するものだと思っていた。
魔物に孕まされた女達といえど、出産して数か月も経てば元通り回復するだろうし、一つの集落毎に十人ぐらいなら問題無い。食料も、魔術で保存しなければ本当に腐るほど手に入れたばかりだし。
女冒険者の方は、多分全員ヴァンダルーの戦利品だろう。その方がグール化した後色々教える手間が無くていいし、ヴァンダルーは大量に手柄を上げている。
一人だけグール化の儀式を受けないまま、ヴァンダルーが直接世話しているのが奇妙だが、きっとお気に入りなのだろう。
マジックアイテムは出来てから配るという約束だったし、ヴァンダルーが今後どの集落に身を寄せるかはザディリスとタレアの集落で取り合いになるだろうから、自分達の出る幕は無い。
大多数のグールはそう、これから行われる話を予想していた。
しかし、ヴァンダルーは第一声から彼らの予想を裏切った。
「皆、冷静に聞いてください。遅くとも夏までに、俺達を皆殺しにするために人間達の大軍がやって来ます」
四月。ノーブルオークの集落が、グールの大群とそれを率いるダンピールによって壊滅したとの情報が寄せられてから約二か月、パルパペック軍務卿主導で編成された討伐隊千人が、密林の魔境に侵攻した。
D級冒険者三百人に、C級冒険者百人。そしてゴルダン高司祭を中心としたアルダ神殿戦士団、元五色の刃のB級冒険者【緑風槍】のライリー、そして兵士と騎士。
万全を期してB級冒険者を後何人か雇いたかったが、B級以上の冒険者を一箇所に大量に集めるのは対魔物防衛上問題であるため、C級でも腕利きの者を多数集めた結果、この規模に成った。
「ヘヘヘ、悪いがダンピールは俺が貰うぜ。あの時はハインツが反対したから逃がす羽目になったが、俺はもうフリーだ。手柄を上げてやるさ」
「好きにせいっ! 邪悪な吸血鬼と魔女の血が絶えるなら、誰の手で行われても神は祝福してくださる!」
にやけ面のライリーに、口をへの字に曲げたゴルダン高司祭はこの討伐隊の中核戦力であり、上位種のグールとダンピールを倒す事を期待されていた。
他の冒険者や騎士達も、彼らのフォローをするように指示を受けている。
どちらも冒険者の中では一流、そして人間の限界からはみ出しつつあるB級以上の力量の持ち主であるため、A級以上が存在しない討伐隊でのこの扱いは当然だった。
町と魔境の間にはパルパペック軍務卿が放った密偵が、魔境からグール達が町に攻めてこないか常に見張っていたが、今まで動きは無かった。
「グール共は儂らを待ち受けるつもりだ。油断した隙を突かれて、貴様が奴らの経験値に成らん事を我が神に祈るばかりだ」
グール達も人間側が動く事を知っているのに魔境から出て来なかったという事は、戦力を整えてこちらを迎え撃つつもりに違いない。それがボーマック・ゴルダン高司祭を含め、討伐隊の幹部達共通の認識だった。
だから魔境に進む討伐隊の面々には、緊張の色が浮かんでいた。
「言われないでも解ってる。奴らは俺があの甘ちゃんのハインツを超えるための、踏み台の一つに成るのさ」
五色の刃を抜けてから指名依頼の数やギルドでの扱いが目に見えて変わり、燻っていたライリーは軍務卿直々の今回の依頼で手柄を上げようと躍起になっていたため、浮かんでいるのは緊張ではなく興奮だったが。
彼の頭の中は、ダンピールの首級を上げてこれまでも目にかけてくれたパルパペック軍務卿の信頼をより厚くし、侯爵のお抱え騎士や槍術指南役に成り、出世する事で一杯だった。
そして討伐隊は魔境に入り、索敵を開始した。ノーブルオークの集落の場所は解っていたが、それを滅ぼしたグールの集落の場所は不明だからだ。
場所が危険な魔境である以上、隠密能力に優れていても戦闘力に劣る密偵を放つ訳にもいかず、冒険者達に事前調査させる事も憚れた。ダンピールが霊媒師であると推測されていたからだ。
霊媒師は死者の霊と対話し、情報を得る事が出来る。そのためもし密偵や冒険者が見つかれば、容赦なく殺された挙句、その霊から情報を搾り取られる恐れがある。死人の口が饒舌になる場合、おいそれと犠牲を出せないのだ。
そして索敵は難航した。
「見つかるのはゴブリンやコボルトの集落ばかり。偶に二、三匹のオークと遭遇するぐらいで、グールは一匹も見かけないな」
「ああ、他はヒュージボアにその上位種のマッドボア、インペイラーブルに、アイアンタートル、ジャイアントラット……獣系の魔物ばかりだ」
こちらを探りに来たグールの小隊ぐらい見つけてもいいはずだが、討伐隊は中々グールを見つけられなかった。
いや、正確には集落は見つけたのだが……。
「ダメだ、いたのは勝手に住み着いたゴブリンだけだ」
彼らが見つけたグールの集落跡らしい場所には、何も残っていなかった。
「きっとグールが一箇所に集まって、俺達を待ち伏せてるんだ! やばいぜっ、幾ら俺達が千人いても、一度に襲い掛かってきたら……」
「だったら何だってんだ! 俺はリッケンの、弟の仇を討つんだ!」
オークにやられたと思われる冒険者の兄はそう激高するが、彼に「いや、やったのはグールじゃなくてオークじゃないか?」と言うツッコミを入れる者はいなかった。
「まあ、女だったら生きているかもしれないが……」
「グールにされてしまっている可能性が高いでしょう。彼女達の魂を出来るだけ早く救わなくては」
敬虔なアルダの信者の言葉に、冒険者の男は異議を挟まなかった。オークに弄ばれた挙句グールにされるなんて、殺してやった方が幸せだろうと彼も思うからだ。
討伐隊はオークの集落があった場所に陣を敷き、魔境の探索を続けた。
しかし探索の結果見つかるのはグール以外の魔物ばかりで、その上何日経ってもグールが襲撃してくる気配も無い。
勿論それでも危険な魔境に滞在している事に変わりないのだが、この密林魔境に通常出現する魔物を相手にするには過剰なほど戦力が集められているので、討伐隊の緊張感は緩み始めていた。
「また車輪の跡だ。どういう事だ?」
「前にここを俺達が通ったって事じゃないか?」
「馬鹿野郎、馬車は陣に置いたままだろ」
討伐隊は物資を運ぶために馬車を何台も用意していた。この魔境は密林とはいっても、体長五メートルのマッドボア等の魔物が暴走し、木を薙ぎ倒す事が多いため馬車が通れるぐらいの獣道があるからだ。
しかし、その馬車もオークの集落跡に張った陣に置くか、追加の物資を町から運ぶために一旦魔境を出ている。その馬車が、町や陣とは全く別の方向に向かうけもの道を通行する訳がない。
「じゃあ、この轍は何なんだよ? これが魔物の足跡に見えるか?」
「多分、ずっと前に冒険者が通ったんだろ。馬の足跡が無いのがその証拠だ、雨で深い轍以外消えちまったのさ」
その場は、その男の推測も尤もだと兵士や冒険者も納得して討伐隊の幹部まで報告が上げられる事は無かった。
パーティーを組んだ冒険者は、大量の素材を運ぶために魔境に馬車で入る事が度々ある。オークやヒュージボアを倒せば大量の肉が、エントを切り倒せば高価な木材が手に入るが、数百キロの荷物を抱えて魔境を移動するにはどうしても馬車が必要だからだ。
世の中には亜空間に荷物を入れて運べる空間属性魔術師や、その空間属性魔術師が錬金術で作りだしたアイテムボックスもあるが、どちらも希少でまず利用できないのが現実だ。
この轍も、そんな冒険者が残したのだろうと彼らは考えたのだ。
それが間違っていると分かったのは、二週間後。いよいよパルパペック軍務卿やバルチェス子爵が焦れ、討伐隊の緊張感が弛緩しきった頃だった。
「魔境の外に轍の跡が続いているだと!? 何故今まで気がつかなかった!」
激高するゴルダンは報告した部下を思わず怒鳴りつけた。
「それが、轍の跡は街とは反対方向、境界山脈に向かって続いていたので誰も警戒しなかったのです。それに、まさか吸血鬼なら兎も角グールが馬車を使うとは誰も思わず……」
基本的に、ゴブリンやオーク等の魔物は馬車を使わない。いや、使えない。何故なら、馬車を作るような技術が彼らには無いからだ。
吸血鬼のように人間社会の中に隠れ潜み、人間を誘惑して協力者に仕立てる魔物なら馬車を手に入れる手段もあるが、ゴブリンやオークが馬車を持っている場合は略奪した時だけだ。
しかも、メンテナンスもせずに荒っぽく使い、馬車を引くための家畜もすぐ喰ってしまうので大抵すぐに壊れて捨てられるか、家の材料にされてしまう。
それはゴブリンやオークよりもずっと頭の良いグールも同じ事の筈だった。そのため経験豊かな冒険者程、グールが馬車を使って移動しているという答えに辿りつけなかった。
冒険者からの助言を聞くようにと幹部達から言われていた騎士や兵士達も同様である。
だが、これだけ探索を繰り返してもグールが一匹も姿を現さず、こちらを襲撃しても来ない。そして魔境の外へ続く、何十台も同じ所を馬車が通ったような深い轍。
ここまでくれば結論は一つしかない。
「クソっ、まさかあのダンピール、グールを連れて馬車で逃げやがったのか! なんで誰も気がつかなかった、密偵は何をしてやがったんだ!?」
ライリーがそう怒鳴り散らすが、質問の答えは彼自身も含めた誰もが知っていた。
密偵はちゃんと見張っていたのだ。魔境と町の間を。
彼らを派遣したパルパペック軍務卿が警戒したのは、グール達が魔境から進軍して町を襲撃する事で、魔境から街とは正反対の方向に在る東の境界山脈に逃げ出す事では無い。
だから貴重な密偵は、全員町と魔境の間である西に配置されていた。
「まさか数百匹のグールの大群とそれを率いるダンピールが戦いもせず逃げ出すとは……図られた!」
そう悔しげにゴルダン高司祭が唸り、グール討伐隊の遠征は終わったのだった。
しかしゴルダン高司祭と手柄を上げ損ねたライリー以外の討伐隊の面々は、悔しがるどころか寧ろ「得をした」と言わんばかりの上機嫌で町へと戻った。
彼らもグールを倒した際に手に入る報奨金や手柄を手に入れ損ねたのは同じだが、冒険者はグール以外の魔物を倒してそれなりに素材や魔石、討伐証明を稼いでいた。それに遠征中の経費は国持ちなので基本的に損はしていない。
騎士や兵士の場合は遠征中であるため普段より多い日当と危険手当が出たし、特に兵士は普段はなかなか食べられないマッドボア等の魔物の肉を食べられたので大満足だ。
バルチェス子爵もグールが境界山脈の方向に逃げ、結果討伐隊に犠牲が出なかったと聞いて内心は小躍りする程喜んでいた。騎士や兵士が死ぬと見舞金を出さなければならないし、代わりの騎士や兵士を揃えなければならないからだ。
グールを討伐できず脅威を消せなかったのは不安だが、山脈の向こうには自分の領地がすっぽり入るような魔境が数え切れない程存在し、ノーブルオークどころか災害指定級のドラゴンが何頭も生息していると神代の時代から伝えられている。
今更そこにグールが数百匹加わったところで、だから何だという気持ちの方が強い。
それよりもバルチェス子爵が興味を向けたのは、千人の討伐隊によって魔物の数が激減した密林魔境だ。大物が居なくなったそこで更に魔物を狩り、魔術師達に穢れた魔力の浄化作業を行わせれば魔境は豊かな開拓地に変わる可能性がある。
それを考えればグールやダンピールに割く脳細胞なんて殆ど残らないのだった。
「まさか逃げるとはな……」
苦虫を十数匹は噛み潰したような顔で呟くパルパペック軍務卿は、「グール達が本当に山脈に逃げ込んだのか、念のために確かめる」という名目で密偵を数名派遣したら、思考を切り替えた。
この後、彼は討伐隊がグールに逃げられた事で「こんなに予算を使う必要があったのか?」「まさか国の金で子爵領の魔境の浄化と開拓を手助けしたのではないか?」と難癖を付ける財務卿との政争に取り組まなければならないからだ。
この事件で最も得をしたのは、領地が増え経済的に潤う可能性を手にしたバルチェス子爵だっただろう。
そしてダンピールのヴァンダルーに関する情報は、彼を確認した冒険者がさっさと姿を消した事と討伐が不発に終わった事で報告書に存在が記される事も無く、一部の関係者の記憶に残るだけに留まった。
戦勝会の翌日の話し合いで、ヴァンダルーから人間達が攻めて来ると知らされたグール達は当然「人間を迎え撃つ!」といきり立った。
「我等は強くなった! 人間が何百人来ても負けはしない!」
勇ましく拳を突き上げるヴィガロの意見に、多くのグールが賛同した。彼らはオークとの戦いでレベルを上げ、ランクアップしている者も少なくない。
確かに、以前と比べてグール達の戦力は大幅に増強されている。しかし……。
「すみません、ヴィガロ。俺達は勝てません」
だがヴァンダルーは人間に勝てないと言い切った。
「何故だっ!?」
「キング、俺達は強い! 人間に負けない!」
「お前が居れば勝てる! 何故勝てないと言う!?」
「私達と一緒に戦ってよ!」
口々に言うグール達の言葉に、ヴァンダルーは言葉を選びながら答えた。
「はい、俺達は強くなりました。同じ数の人間が来ても、まず勝てます。でも、人間はオークと違い俺達を倒すための準備を整えて、俺達を殺すために魔境の外からやって来ます。
今度は、俺達が攻められる側です」
ブゴガンの集落を襲撃した時のように、奇襲出来ない。
人間達は数を揃え、質の高い戦力も加えてやって来る。
「そして、俺達を倒すまで何度でもやって来ます。最初の討伐隊を倒したら次が、次を倒したら更にその次が。何度でもやって来ます」
最初の討伐隊を無事撃退しても、ミルグ盾国は「そんな危険な魔物の群れを放置する事は出来ん」と第二次討伐隊を差し向けて来るに違いない。
これが人間同士の争いなら落としどころを見つけるなりして争いを収めようとする動きも生まれるだろうが、人間にとってグールは魔物だ。しかも、この魔境は町から三日ほどの距離しかない。妥協はしないだろう。
そしてミルグ盾国自体をどうにかしない限り、止まる事は……いや、ミルグ盾国が疲弊する前に宗主国のアミッド帝国が出て来るだろうから、ヴァンダルー達にとって際限が無いのと一緒だろう。
「坊やの言う通りじゃ。元々人間達はノーブルオークを討伐するために戦力を集めていたようじゃから、坊やが倒したノーブルオークの頭を倒せるような冒険者や騎士を、何人か用意しているのじゃろう」
「むぅ……」
ザディリスの意見に、ヴィガロはグルグルと唸りながら黙り込んだ。
だが、ヴィガロの主戦論を封じ込めたザディリスにしてもその表情には悔しさが滲んでいる。当然だ、折角ノーブルオークから一族を守り抜いたばかりなのだから。
しかも、彼女達グールは人間の町を襲おうなんて考えてもいない。今まで通りこの魔境で生活出来ればそれで十分なのだ。
それなのに人間は「危険だから」と皆殺しにしようと討伐隊を送り込んでくるというのだ。彼女達から見れば、理不尽極まりない話である。
そしてヴァンダルーも表情には出ていないが、忸怩たる思いがあった。家族同然に想っているザディリス達の、自分を慕うグール達の望みを叶えられない事が、堪らなく悔しかった。
堅牢な砦を何十も築ければ、魔境全体を覆う石壁を建てられれば、何千というゴーレムの軍勢を揃えられれば、この魔境を守れるのに。
「それに、俺達には守らなければならない人達が居ます」
助けたばかりの女達の殆どが孕まされていて、とても戦うどころでは無い。
勿論ビルデ達グールの子を宿した妊婦達も居る。
彼女達を危険に晒す事を、誰も望まない。
「はぁ……私達の望みは、一族の存続。多くの犠牲を出して僅かな数しか生き残らない勝利よりも、一人でも多く生き延びるための敗北を選ぶべきですわね」
溜め息をついた後のタレアの言葉で、グール達の主戦論は完全に鎮まった。
内心では戦いたいと思っている者も少なくないが、ザディリスが諭し、ヴィガロが押し黙り、タレアが納得した。
この状況では実力主義が根付いたグールでは、異論を唱えられず納得するしかなかったのだ。
「しかし、これからどうしますの? 隠れるのは無理でしょうし、逃げるにしても……」
グールには魔境が必要だ。魔境の外ではグールの生殖能力は更に低下するし、この人数を養えるだけの獲物が獲れない。
まさかいきなり土地を耕して農業を始めるのも不可能だろうし。
「逃げる先に、心当たりがあります、ちょっと遠いですけど」
だが、ヴァンダルーが以前ノーブルオークを倒せなかった場合等を考えて放った虫アンデッドが見つけた魔境の事を説明すると、逃げる先をどうするかという最大の問題が解決したのだった。
目的地は、境界山脈の西側を超えた先に在る廃墟の魔境。虫の視界では詳細には見えないが、大きな都市でグール達が住みつくには十分な広さがある。
何より、魔境にアンデッドが出現する事が分かったのが朗報だった。アンデッドなら、ヴァンダルーの【死属性魅了】でそのまま味方に出来るからだ。
そうと分かれば話は早いと、グール達は早速大移動の準備を始めた。
「ウオオオオオオオオオッ!」
まず、魔境に生息するエントを絶滅させる勢いで伐採。そして集めた木材でヴァンダルーが次から次に馬車を、カースキャリッジを作る。
『後輩が大勢出来ましたな』
宿らせた霊は数日前に大量に殺したオーク等だから、【精密駆動】等のスキルは持っていないが今は頑丈で自力で動ける荷台が作れれば、それで十分。
そして女冒険者達のグール化が完了したら、まだ新しい身体に慣れていない彼女達と身重の女達を乗せて魔境を出たのだった。
山脈側に密偵が居ないのはレムルースや虫アンデッドで確認済みだったので、特に慌ただしくも無い出発だった。
そして密林魔境から出て、一か月以上たった四月。
ヴァンダルーはグール達の先頭グループでサムの荷台に腰かけていた。
険しい道のりだが、旅は三つの問題以外順調に進んでいる。
「意外と山脈も大したことないな」
「しっかり毛皮を着込んでおいて言う事か」
高い山脈を越えるための防寒具は、密林魔境で狩って来た魔物の毛皮で間に合わせた。
グールは人間よりもずっと頑丈に出来ているから、高山病にも殆どかからない。
魔境から出た事で活力的なものがやや下がっているが、それもヴァンダルーの【眷属強化】で補える。なので、地球の登山家が見れば「そんな装備で大丈夫か?」と聞きたくなるような装備でも、「大丈夫だ、問題無い」と胸を張って答えられる。
そして装備や物資より問題に成りそうなのが道だ。馬車が通るどころか、地球なら登山家が命がけで登るような急斜面や崖が頻繁に存在する。
「坊や、道を頼む」
「はーい」
しかし、ヴァンダルーが魔力を切らさない限り、やはり問題に成らない。
山肌をゴーレムにした後【ゴーレム錬成】で馬車が通れる道を作ればいいのだ。道が細いなら山肌を削って太くし、切り立った崖にはトンネルを掘る。
最初はこの【ゴーレム錬成】と魔力の力押しで、山脈を越えるのではなくトンネルを掘ってショートカットする案もあったのだが、「流石に馬車が通れるトンネルは崩落の危険があるし、地下水脈とぶつかったら大変だから」と却下する事に成った。
そしてグール達が通って暫くすると、通った道は元通り細い道や険しい崖に戻る。もしかしたらミルグ盾国から密偵が派遣されるかもしれないと、心配したヴァンダルーが後を付けられないようにしているのだが、この処置は大正解だった。
実際パルパペック軍務卿がヴァンダルー達に約一か月遅れで放った密偵は、この数日後山脈の麓でこれ以上の追跡は不可能と判断して帰還したのだから。
では何が問題なのかというと……魔物からの襲撃、介護、そしてベビーラッシュだ。
9/21の午前中に26話を投稿予定です