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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十章 アルクレム公爵領編
259/514

二百十話 屋台稼業は続くよ

 モークシーの町を拠点に活動する冒険者の一人、ロックはその日も同じD級冒険者パーティー、『岩鉄団』の仲間と狩りにいそしんでいた。

 ロック達にとってこの魔境は冒険者学校時代から通っており、慣れた狩場だ。


「よし、今日は後何匹か魔物を仕留めたら帰るぞ」

「そうだな。出来れば夕方には素材を売っておきたいからな」

 仲間達も同意する。冒険者ギルドの素材の買い取り価格は、どの時間帯でも基本的に変わらない。しかし、肉等は問屋の仕入れが集中する時間帯の前に持ち込んだ方が、ギルド職員からの受けが良くなるのは確かだ。


「ギルドに借金がある身としては、順調に稼いでいますってアピールしないとな」

「まさか、武器を新調した直後に親父さんが大怪我するとは運が無いよな。ロック、今度美人のダークエルフが共同神殿で講演するらしいから、厄払いに聞きに行ったらどうだ?」


 仲間の言葉にロックは厳つい顔を顰めた。

「おい、親父の怪我は俺が不信心だから罰が当たったって言うのか? 俺が魔物を狩る度神に感謝の祈りを捧げているのは知ってるだろ」

「『兵の神』様や『雷雲の神』様以外にもお祈りしとけ。それに噂じゃそのダークエルフ、本当に相当な美人だって聞くぜ」


「嫌だね。そんな暇があるなら、ソロでゴブリンでも狩っていた方が未だ有意義――」

 ウォオオオオオオオン――

「聞こえたか!?」

「ああ、これは近いぞ。……あっちだ!」


 戦いの合間の雑談に興じていたロック達は、離れていない場所から聞こえた遠吠えに顔を引き締めると、荷物を背負い急いでその場所に向かった。

 そこには、彼らの予想通りの光景が広がっていた。


 狼よりも大きな灰色の毛並みの犬。その口元は、鮮やかな紅い血でべっとりと汚れていた。そして足元には仰向けのまま転がる、首元が血で汚れている少年。

 ただ虚ろな瞳がロック達を映している。


「やはり魔犬か……間に合わなかったか」

 魔犬は犬が汚染された魔力によって魔物化した、ランク2の魔物だ。身体能力は狼と同じかそれより若干強い程度で、特殊な能力も無い。そのため戦闘に慣れてきたばかりの新人冒険者でも倒せる魔物だ。


 そして魔境に犬が迷い込む頻度は低いので、数自体も多くはない。

 だが魔犬は通常の犬は勿論狼よりも人間に対して凶暴で、多少傷ついても全く怯まない。毎年油断した新人冒険者が犠牲になっている。


 そして人を殺した魔犬は、勝利と喜びの遠吠えをあげる。先ほど聞こえた咆哮がそれだと思ったロック達は、急いで駆け付けたのだが……。

「子供一人で狩りをするのを許すなんて、冒険者ギルドは何を教えてるんだ!」

「言うな。新人でも子供でも、冒険者になった以上全ては自己責任だ。魔物を甘く見たこいつが悪い」


 そう言って激高する仲間を諭しながらも、ロックは剣と盾を構えた。それに対して魔犬が低く唸り声をあげる。

「だが、仇ぐらいは取ってやらないとな。とんだ狩の締めになったが――」

「あのー、すみません、早まらないでください。何か勘違いをしていませんか?」

「これも冒険者の宿命……って、死体が喋った!?」


「生きてます。死体じゃありません。ただ従魔とじゃれていただけです」

 ヴァンダルーは驚いて後ろに下がるロック達を、仰向けの姿勢で見上げ、そう言った。

 何度目かの狩りで、ファングはヴァンダルー達の手助けを得ずにギーガ鳥……牙と鉤爪が武器の鶏が魔物化したランク2の魔物を狩る事に成功した。


 そしてそれを褒められた喜びのあまり咆哮をあげてヴァンダルーを押し倒し、ギーガ鳥の血で汚れたままの舌で彼の顔や首を舐めていたのだ。

 そこに勘違いしたロック達が駆けつけてきたのである。

 そうした事情を話すと、ロック達は狐につままれたような顔をしたが、「そ、そうか」と納得した。


 実際ヴァンダルーは生きているし、ロック達からはファングや木で隠れて見えなかったが、ギーガ鳥の死体や狩った魔物が乗せられている荷車もある。

 そして気がつくのが遅れたが、ファングはテイマーギルドで従魔用に販売している首輪をつけていた。

 違和感を覚えないでもないが、ロック達が怪しんで追及するような事は何も無い。


「勘違いして悪かったな。しかし、お前みたいな目立つテイマーが冒険者ギルドにいたならすぐ噂になりそうなもんだが、今まで聞いた事がないんだけど」

 テイマーの冒険者と言うのは、珍しい存在だ。種族によって凶暴性に差こそあるが、基本的には人類の敵である魔物を使役するのだから、戦士よりもずっと少ない。


 少なくともヴァンダルーのような目立つ容姿で、しかも十を少々過ぎた程度の年齢で魔犬をテイムしているようなテイマーなら、将来の有望株として噂になっていないのは不自然だとロックには思えた。

(こうして面と向かって話していても異様なほど存在感を感じないが……もしかして存在感が無いから噂にならなかったのか?)

 そんな失礼な事を考えているロックに、ヴァンダルーは答えた。


「俺は冒険者じゃありませんから。商業ギルドに仮登録中で、テイマーギルドの準組合員です」

「冒険者じゃないのか!? それにテイマーギルドの準組合員って……この魔犬は、まさか今日テイムしたのか!?」

「いいえ、このファングはスラムの野良犬です。今日魔境に来たら、魔犬に変異しました」


 ヴァンダルーの、嘘は言っていないが肝心な部分は伏せたままの説明に、ロック達は驚いて目を丸くした。

「ついさっき魔物になったのか!? それは……凄いな」

 正直に言えば、信じ難い。しかし、ロックはヴァンダルーの嘘に限りなく近い説明……ただの犬だったファングが魔境に入った途端魔物に変異したという主張を否定する知識が無かった。


 鶏やウサギ、そして犬等の動物が穢れた魔力に汚染されて魔物に変化するのはロック達冒険者に限らず、この世界に生きる人々なら誰もが知っている事だ。

 しかしその瞬間を直接見た者は殆ど居ない。汚れた魔力と言って目に見える訳ではないし、動物がどれ程の汚染に耐えられるのか誰も知らないのだ。


 古の時代から解明しようと魔術師や錬金術師が試みてみたが、彼らの研究は「動物の個体差と、穢れた魔力の密度や属性による」という曖昧な記述で終わっている。

 だから魔境に連れ込んだ犬がその日のうちに魔物になっても、否定する材料が無いのだ。


 ……ちなみに、飼育している動物が偶然魔物化してしまっても、飼い主を罰する法律は無い。魔物化した動物が他人を殺傷し、財産を損壊させた場合の賠償責任を負うだけである。


「まあ、スラムでゴブリンやコボルトの耳の切れ端なんかを食べている内に汚染されていたのかもな。それで今日魔境に入って限界を迎え、変異したって事だろう。

 じゃあ、行くか」

「そうだな。色々聞いて悪かったな。魔犬はランク2の中じゃ弱い魔物じゃないが、この辺りには時々ランク3の魔物や、ゴブリンやコボルトの群れが出る事がある。気を付けるんだぞ」


 冒険者では無く、外見からは武装しているように見えないヴァンダルーの狩猟方法を、ファング頼りのものだと解釈したらしいロック達はそう忠告して、自分達も狩りの続きをするために離れて行った。

「……良い人たちで助かりましたね。じゃあ、俺達はそろそろ帰りましょうか」

「ウォン!」


「荷車を引きたい? 確かにそうして貰うと、傍から見た時の『テイムされている魔物』っぽさが増して、誤解を受ける可能性が減りますね。

 ちょっと待ってくださいね」

 【糸精製】で吐いた糸でファングと荷車を繋ぐ紐と犬具を、ヴァンダルーは瞬く間に作った。


 そしてモークシーの町の門に戻ると、荷車を引くファングが魔犬になっている事と、乗せられた解体済の魔物を見たケスト達衛兵にとても驚かれた。

「ま、まさか仕入れって肉の方だったのか……」

「ええ、香草の採取もしましたけどね」


 荷車には魔物以外にも串焼きのタレに使う香草も乗せられていた。……正確には、魔境に入った後ヴァンダルーが【樹術士】のジョブ効果で身体から生やした香草を荷車に乗せて、「魔境で採取した」と言い張っているだけなのだが。


 これでヴァンダルーが使っている香草の出所を誰かが探ろうとした場合、ヴァンダルーの周囲ではなくあの魔境を無意味に探し回る事になるだろう。


「ええっと……こういう場合は、良いんですか、先輩?」

 冒険者では無い未成年者が魔境に入って狩りをして、獲物を持ちこんで良いのか。そうケストに問われた先輩衛兵は、額を手で押さえて答えた。


「問題無い。別に罰する法律も無いしな……」

 危険な魔物が跋扈する魔境は、当然危険地帯だ。未成年者は勿論、戦闘能力を持たない一般人が入って良い場所では無い。

 だが一般人が魔境に入るのを禁じる法律はオルバウム選王国には無かった。


 態々法律を定めて禁じるまでも無く、一般人は普通魔境に入らない。

 だが魔境は新たに出現する場合や、何時の間にか広まっている事もある。そして外から見た時普通の草原や湖と変わらない魔境も、珍しくない。


 だから近くの森や山が暮らしていた村ごと魔境と化してしまった村人たちや、偶然迷い込んでしまった旅人や遭難者を罰するのも酷な話だと言う事で、法律で罰せられてはいない。


「魔境で狩ってきた産物も、持ちこむだけなら税金はかからない。だが……普通だったら暫くお説教を受けてもらうところだぞ」

「はい、狩りでは無く香草を採取するだけだと誤解させるような事を言って、すみませんでした」

 素直に頭を下げるヴァンダルーに、先輩衛兵は溜息を吐いて「通ってよし」と言った。


「今回はその魔犬と一緒だったから、見逃すけれどね。また魔境に仕入れに行く時は、忘れずにその魔犬を連れて行くように。

 後、早めにテイマーギルドに行って準組合員証と正規の組合員証を代えるように」


「はい、ありがとうございます」

「ウォン!」

 ほっと安堵している様子のケストに小さく手を振って、ヴァンダルーは急いで家に戻り、仕込みを済ませ、午前中に準組合員として登録したばかりのテイマーギルドにファングと共に正規の組合員として登録し直したのだった。


 ギルドマスターのバッヘムには「君にはテイマーの才能がある!」と熱烈に口説かれたが、「店を開く時間なので」と何とか退去したヴァンダルーは、昨日までと同じように店を開いたのだった。


「今日は忙しかったわね。明日からは毎日魔境に狩りに行くの?」

 チプラス達によってヴァンダルーが魔境に行く事を伝えられていたダルシアは、肉を焼いているヴァンダルーにそう話しかけた。


「はい、明日は狩りに行くつもりです。今日は時間が短かったので、手に入った肉の量が少ないですから。それにこの町の警戒網も若干考え直さないといけないので。

 明日、警戒網を外から調整して、更にファングのレベリングも兼ねて数日分の肉と、ゴブリンやコボルトを狩る予定です」

「ウォン!」


「ヴァンダルーもファングも、頑張ってね。でも、忙しかったらお母さんが狩りに行って来てもいいのよ?」

 ダルシアはどのギルドの登録証も持っていないが、隠れ里で暮らしていたダークエルフだと町の人達には思われている。そのため彼女が、D級冒険者が狩るような魔物を狩って来ても不自然に思う人よりも、「里では優秀な狩人だったのだろう、流石ダークエルフ」と思う人の方が多いはずだ。


「それもそうですね……じゃあ、ファングのレベリングが一段落したらお願いします」

「ええ、任せて」

「串焼き一つ」

 会話をしている間にも、まばらに客がやって来る。ヴァンダルー達の屋台はこの一週間の間に、美味いと評判になり、『飢狼』の関係者以外にもそれなりに客が来るようになっていた。


「はい、一串で三バウムです」

「え? 値下げ?」

 客は昨日まで五バウムだった串焼きが急に値下げされた事に戸惑いつつも、三バウムを払って串焼きを購入。そして表通りに戻りながら、改めて串焼きを観察した。


(肉の量は変わってないか? いや、ちょっと増えてる。じゃあ、質が落ちたのか?)

 そう嫌な予感を覚えつつ肉に齧りついた瞬間、客はそれが間違っていた事を知った。味が、明らかに上がっていたのだ。

「うまっ!? 何で安くなって量も変わっていないのに、美味くなっているんだ!? も、もう一本っ!」

 一度は表通りに戻りかけた客は、身を翻してもう一本串焼きを購入していった。


(……仕入れの方法を変えましたからね)

 問屋で購入するのではなく、自分達で直接食材を狩り、加工しているので購入費がただ。そして働いているのはファングとヴァンダルーなので、人件費もかからない。

 そのため、実は一串三バウムでもしっかり利益は出ている。


 そして昨日より美味くなった理由は、単純に串焼きの肉が上質になったのが原因だ。昨日まで串焼きに使われていたのは、ジャイアントラットやホーンラビット等ランク1の魔物の肉。対して、今使っているのはジャイアントホーンラビットやギーガ鳥等ランク2の魔物の肉である。

 基本的に魔物はランクが高い程肉の味や素材の有用性が上がる。ランク1から2に変わっただけでは劇的なほどの差はないが……そこにヴァンダルーの【料理】スキルが加わればそれも変わる。


 劣る食材でも美味い料理にするのが料理人の腕の見せどころかもしれないが、やはり良い食材を最初から使った方が美味い料理を作れるのだ。


「一体なんでこんなに美味くなったんだ!?」

「今朝、【料理】スキルのレベルが上がったのですよ」

「なるほど!」


 ただ長々と説明する程暇ではないので、ヴァンダルーは味が上がった理由の中で、最も説明が短くて済む事だけを客に説明した。

『え~、詳しく説明しないの? ヨゼフの悪評を広めておけば、いざって時に都合が良くなるかもしれないのに』

 ヨゼフが各問屋に圧力をかけた事が広まれば、ただでさえ悪い彼の評判を更に落す事が出来る。そうオルビアは主張するが、キンバリーがそれを宥めた。


『オルビアの姉さん、それをしちまうと昨日までボスが取引していた肉屋の評判も落ちるんで、それを嫌ったんじゃないっすかね?』

『ああ、あの人本当は良い人っぽいですよね』


 生活の為にヨゼフの圧力に屈した肉屋の親父に、ヴァンダルーは若干だが配慮していたのだった。

『なら仕方ないか』

 そう話していると、表通りでは無くスラム街の方から薄汚れ所々破れた外套を羽織った、髭面の痩せた男が屋台に近づいてきた。


「いらっしゃいませ~」

「いえ、俺は客じゃなくて……『飢狼』の旦那から紹介された、サイモンってもんです」

 サイモンと名乗った髭と垢のせいで年齢が分かり難い男は、卑屈な笑みを浮かべて頭を下げた。


「まあ、あなたが。ヴァンダルー、マイケルさんが紹介してくれた人が来たわよ」

「へい、よろしく頼みます。でも、俺みたいな死に損ないに何の御用で? 仕事が頂けるなら、喜んで働きますが……役に立てるとは思えませんがね」


 サイモンがそう言って更に卑屈な笑みを大きくする。しかしヴァンダルーは、「そんな事はありません」と言って首を横に振った。

「冒険者ギルドの登録証はまだ持っていますね?」


「ええ……これがあれば、利き腕が無くても日雇い仕事にもありつけるもんで」

 『飢狼』のマイケルことマイルズに紹介してもらったこのサイモンと言う男は、元々は冒険者だった。しかし、引退できる財産が貯まるずっと前に、利き腕を喪う大怪我をして戦えなくなってしまった。

 今では町の清掃等、本来ならまだ戦闘能力に乏しい新人冒険者用の日雇い仕事をして何とか食いつなぐ生活をしている。いわゆる、落伍者である。


「では、これから冒険者ギルドでこの討伐証明を買い取ってもらって来てください」

 そんなサイモンにヴァンダルーが頼む仕事は、今日魔境で狩って来た魔物の討伐証明部位を冒険者ギルドに売りに行く事だった。


「えっ? 討伐証明部位をですかい? 一体なんでそんな事を、態々他人に? ……仮でも登録証があれば、すぐ買い取ってもらえるでしょうに」

 困惑するサイモンが言う通り、冒険者ギルドに登録していれば誰でも討伐証明部位は買い取ってくれる。態々、冒険者崩れの乞食を紹介してもらってまでする事ではない。


「俺達は誰も持っていませんから」

 しかし冒険者ギルドは登録証を持っていない者からは一切討伐証明部位を買いとってくれないのだ。

「だったら登録して来れば……いえ、何でもないです。やらせていただきます」

 困惑したままのサイモンだったが、ヴァンダルーや屋台の影で自分を睨んでいるファングの視線から何かを感じ取ったらしい。困惑や疑問を脇に押しやって、頭を下げた。


 恐らく変に興味を覚えれば自分の身が危なくなるとか、そんな誤解をしたのだろう。


「では、これが討伐証明です。買い取ってもらったらここに戻ってきてください。その後、買い取り金額の半分を取り分として渡します」

「へい、分かりま……こ、こんなに!? すぐに行ってきます!」


 討伐証明が入った袋を受け取ったサイモンは、顔を輝かせて冒険者ギルドへ小走りで向かって行った。

 ランク1や2の魔物の討伐証明部位の買い取り価格は、たいしたものではない。だが袋の重さからある程度の数があると分かったのだろう。それだけあれば半分にしても日雇い仕事数日分の収入になる。暫く飢えなくて済むはずだ。


 サイモンがやる仕事の内容を考えれば、破格の報酬である。しかしヴァンダルーにとって討伐証明部位を買い取ってもらって稼いだ金は、「商売で得た収入」でないため帳簿につけるわけにはいかない。だから無意味な金銭である。

 そのため、サイモンを雇ったのはボランティア同然であり、彼に渡した残り半分の金も孤児院への寄付に使うつもりである。


「これで俺達の周囲に密偵を派遣している領主も、俺達の資金が潤沢である事に対して納得してくれれば良いのですけど」

「この町に来る前から魔物を狩っていて、それを売却したお金で屋台や家の購入資金を貯めたって思ってくれたら嬉しいわね」

 そして最後の理由は、監視されている状態で少額でも資金を調達して見せる事で、領主が持っているかもしれない自分達への不信感を薄れさせられたらいいなと言う気休めである。


「へへっへ、本当だって。今頃屋台で肉の無い串焼きでも売ってるか、店を畳んでるかだろうぜ。俺達はそれを確認するだけでいいのさ」

「それでヨゼフの旦那から金が貰えるって訳か」


 そしてサイモンと入れ替わりに裏通りに入って来たのは、三十代前後の人種の男達。その中の一人に、ヴァンダルーとダルシアは見覚えがあった。

 アッガーである。


 今までは離れた所から屋台を眺めて悔しげな様子で立ち去るだけだったアッガーは、仲間を引き連れて強気になったのかそのままヴァンダルーの屋台に近づく。

 そしてニタニタと嫌味っぽい笑みを浮かべて話しかけてきた。


「久しぶりぃ、ヴァンダルー君、ダルシアさん。商売の方は――順調そうじゃねぇか!? 何で肉を焼いてんだよ!?」

 だが、ヴァンダルーが昨日までと同じように串に刺さった肉を焼いているのを見ると、口調と表情が一変した。


「おい、どうなってんだ、アッガー? 少し様子が違うぜ。こいつ等なんで平気な顔で商売してるんだ?」

「そうだ。ダークエルフがコブ付きとは思えないぐらい美人だって事とガキが不気味な事しかあってないぞ」

 アッガーが引き連れて来た仲間二人も同じように表情を変えて、彼を小声で問いただし始めた。


「何でって……それは串焼き屋の屋台だもの。何もおかしい事は無いと思うけれど」

 アッガー達の様子がおかしいと、ダルシアが若干引き攣った営業スマイルを浮かべてそう答える。……耳が良い彼女は、小声で交わされている彼らの会話が聞こえているのだ。

 しかしアッガーの耳にはダルシアの声は届いていないらしい。彼はせわしなく視線を動かしながら何か考えると、唐突に叫んだ。


「そうかっ! それは犬の肉だな! あの番犬を潰して肉の代わりに――」

「ウォン! ウォンウォンウォン!!」

「うおっ!? 何で番犬が生きて、しかも大きくなってんだよぉっ!?」


 凄まじい風評被害を店先で叫ぼうとしていたアッガーに対して、屋台の影に隠れていたファングが猛烈に吠えた。

 表通りから姿が見えると客に怯えられるかもしれないと配慮して、自主的に待機していたのだが流石に放置できないと思ったらしい。


 しかし腐っても衛兵と言うべきか、大型犬並のファングに牙を剥いて吠えられてもアッガーは無様に転倒するような事にならず、咄嗟に後ろに下がって身構えた。

「ご覧の通り、うちのファングは元気です。アッガーさん、勤務明けに同僚の皆さんと歓楽街に遊びに来たようですが……俺の屋台に肉があると、何か不都合でも?」

 そのアッガーにヴァンダルーは、【魔王の魔眼】を使いながら問いかけた。


「べ、べべべっ、別に何でもねぇよ。い、行くぞ、お前等!」

「わ、分かった!」

「待ってくれよぉっ!」

 だが以前睨みつけた成金よりも戦闘経験がある分アッガー達は恐怖に対して胆が据わっているのか、それともヴァンダルーが加減しすぎたのか、彼らは真っ青になって声を震わせただけで、自分の脚で退散していった。


「もう少し本気を出せばよかったでしょうか?」

『仕方ないんじゃないっすかね? 奴らが店先で失禁や脱糞しながら気絶でもしたら、それこそ面倒ですぜ』

「あの人達……ヨゼフに雇われて来たのよね?」

「使い魔王を通してエレオノーラ達から教えてもらいましたからね。ヨゼフの家の使用人がアッガーに接触したと」


 アッガーはただ素行が悪い衛兵で、人格的にも能力的にもそれだけの存在だ。ただ、犯罪組織の人間の間では、賄賂を渡せば便宜を図ってくれる衛兵の一人として知られている。

 ヨゼフがヴァンダルー達への度の越えた嫌がらせの為に、金で雇ったのだろう。


 先程仲間を引き連れて来たのは、肉を仕入れられなかったはずのヴァンダルーが屋台を営業しているか確認し、営業していたら代わりに怪しい物を売っているんじゃないかと難癖をつけ、店を閉めるよう脅すつもりだったのだろう。

 仮登録から正規の組合員になれるかの審査を妨害するために。


 ……アッガーと彼が連れて来た仲間達は、ついでにダルシアにも手を出そうと企んでいたようだが。

『あの三人は始末しても良いのでは?』

「う~ん、確かに不愉快ではあるのですが、殺す程かと考えると……微妙なんですよね」

 ヨゼフは自分の意思で、サブギルドマスターの権力まで使って、度が過ぎた嫌がらせをしている。しかしアッガーははした金で雇われただけの小物だ。


 ヨゼフは闇に葬れば暫く似たような奴は出てこないだろうが、アッガーの場合は葬っても似たような小者が次々に現れるかもしれない。

 それに腐っても衛兵であるため、不審な死に方をしたり行方不明になったりすると、大掛かりな捜査が行われるかもしれない。


「そうね……もう少し実害がないと微妙かもしれないわね」

 本来なら危機感を覚えるべきダルシアも、アッガーを不快だが殺す程の存在ではないと認識していた。今の彼女は並の痺れ薬や睡眠薬ならジョッキ一杯飲みほしても体調に変化は無く、細腕に秘められた腕力を発揮すれば、並の騎士なら一撃で楽々と撲殺できる。

 そのためアッガーの興味が自分に向いている内は、別にいいと思っていた。


『ふ~む、確かに我々が始末するとヴァンダルー様達が衛兵に、腹を探られる事になるかもしれませんな。どうせ何も探り出せないのだから、大人しくしていれば良いものを』

『そう言う訳にもいかないでしょ、仕事なんだし。……仕事と言えば、今もいるんだよね? 領主の密偵』

『じゃあ、この嫌がらせの事を領主さんはもう知っているんですよね。なら領主さんがどうにかするべきですよね、自分の叔父と、自分が治める町の衛兵の問題なんですから』


『確かにそりゃそうだ。でもボスが平気な顔をしていると、大した問題じゃないと思って動かないかもしれませんぜ。ボス、あの建物の二階の窓に向かって、『嫌がらせが辛いなー』って言ってみたらどうです?』

「……それ、そこにいる密偵の人達をおちょくるだけじゃないですか」


「ウォン!」

雰囲気が相談から雑談へと移っているヴァンダルー達に、唯一アッガーを脅威だと感じているファングが鳴き声を上げる。

 二度と近づかないようにするべきだと主張しているようだ。


「大丈夫です、ファング。あいつ等は直接的な暴力に訴える事は出来ません。ヨゼフもアッガーも、それぞれの立場と権力、権限が最大の武器で、それ以外は大した事ありません」

 ヨゼフなら商業ギルドのサブギルドマスターで領主の叔父である事、アッガーなら衛兵である事。彼らはそれを利用してヴァンダルー達に嫌がらせをしている。


 だが、逆にそれから大きく逸脱するような事は出来ない。もしそれをしてしまったら、逆に自分達の首が締まるからだ。

「まあ、その辺りの事に気がつかなかったり忘れたりするのが人間ですが。……俺も気をつけないと」


「ワン?」

 そう自分に言い聞かせるヴァンダルーを、ファングは不思議そうに見つめた。御主人は人間じゃないのに、何故気をつけるのかと。

 彼がヴァンダルーに何度言われても理解しなかった事。それは、ヴァンダルーが「自分は人間である」と本気で思っている事だった。




 モークシーの町から離れた神域で、『生命と愛の女神』ヴィダは親しい兄弟にして姉妹達と卓を囲んでいた。

『魂の再構成が無事終わったか。この一週間がヴァンダルーにとって最大の隙だったが、これで一息つく事が出来る』

 『時と術の魔神』リクレントが安堵の溜め息を吐く。


『隙ではあるけれど、アルダ達には突きようがない。たった一週間じゃ、英雄達をあの戦いの後すぐ動かしても、最初からアルクレム公爵領内に居る者達ぐらいしか間に合わない。転生者にしても周辺には居ないようだし、ビルカインは拙速に動く性格じゃない。

リクレントは心配性が過ぎる』

 荘厳な装飾が施された銀の杯を磨きながら、『空間と創造の神』ズルワーンが言う。


『……英霊や神が直接降臨する可能性もあったのでは?』

 そう主張するのはヴィダ達の新たなる兄弟……元魔王軍で現ヴィダ派の『迷宮の邪神』グファドガーンだ。他の神々が本来の姿のまま集まっているのに対して、彼女は寄り代に宿ったまま神域に存在していた。


『その可能性は無いわね』

 しかしヴィダは彼女の意見に首を横に振った。

『ヴァンダルーを狙ってモークシーの町に英霊や神を降臨させても、あなたがヴァンダルー達を連れて境界山脈内部に【転移】で逃げたら、骨折り損だもの』

 地上に降臨する際に消耗するエネルギーの量を考えれば、骨を折るどころか瀕死の重傷損である。ヴァンダルーの近くにグファドガーンがいると知っているなら、とても実行できない。


『それに、ヴァンダルーがアルダ達の神域に攻め込んだならともかく、アルダ達神々が地上に降臨して直接戦う事はまず無いだろう。

 我らの兄にして弟たるアルダは、ヴァンダルーを世界の為と称して倒そうとしている。だが、ヴァンダルーを倒す為に世界を滅ぼす危険を冒す事は無いだろう』


 リクレントが言う通り、神々は世界の維持管理に必要だ。その必要な神々が消滅し、若しくは維持管理に携われない程消耗する危険を冒すのは、アルダも望んではいない。

 勿論ある程度の余裕があるし、多少足りなくなっても千年以上は持つ。しかし、もし想定以上に活動可能な神々が減ってしまったら……最悪の場合数秒後に世界は崩れて消滅する。


『でも、数秒後に世界が崩れて消滅するのは、アルダだけじゃなく我々も全員消滅した場合だから、やはり君は心配し過ぎだと思う』

『汝が楽観的すぎるのだ。それよりも、その見慣れない杯はなんだ?』

『マイ杯。これでコーラを飲む予定』


『……ヴァンダルーはお忙しい、あまり急かすな』

『ズルワーン、コーラって甘いエールみたいな飲み物よね? だったら、泡が零れないようにもっと深い器の方が良いんじゃないかしら?』


 一応真剣な議論をしていたはずの神域の空気が、一気に緩んだ。

『ともかく、これで魂の形が整えられた。これからは死属性の力もより扱いやすくなるだろう』

『これまではロドコルテが適当に纏めたせいで形が歪だったから……今も人間の魂として見れば異常ではあるけれど』


『元々無理だったのだろう。砕かれた魂の欠片四人分を、一人の人間の魂に再構成すると言う試み自体が。

 人間達が魔力を持たない『地球』では表面上は問題無かったようだが……魔術が存在する『オリジン』で死属性に目覚め、そのまま我が創ったステータスシステムが存在する『ラムダ』に転生させた事で今の状態となった』


『彼の死属性魔術……【冥王魔術】スキルはパッシブ。ヴァンダルーにとって死属性の力は鼓動や呼吸……いいえ、骨や筋肉、内臓と同じ事。意識しなくても使える機能なのよ』

 人間は脚の構造を知らなくても立てるし、内臓の仕組みを知らなくてもそれを機能させる事が出来る。

 ヴァンダルーにとって死属性の力は、それと同然だとステータスシステムによって定義されていた。


『万が一、ヴァンダルーが転生するような事になっても、彼の魂から死属性の力が離れる事は二度とないだろう。再び『地球』のように魔力が存在しない世界でも、それは同じはずだ』

『彼の行く末が楽しみだけど、その分目が離せないけれどね』


 そうヴァンダルーについて話し合うヴィダ達に、一旦口を閉じていたグファドガーンが問いかけた。

『大神たちよ、確認したい。ヴァンダルーの魂の再構成はあれで終わったのだろうか? 零れている部分や、無数に分かれている部分があるようだが』

 巨大なヴァンダルーの一部から液体や眼球が零れ落ち、周囲には手乗りサイズから三メートル強までの大小様々な形のヴァンダルーが群れていた。


 あの状態のままでいいのだろうかと、グファドガーンは心配しているらしい。


『大丈夫よ、あの零れている液体と眼球はオーラと言うか……ザンタークの身体から発散されている炎と似たような物だから。

 後、本体とは別のヴァンダルー達は御使いや加護の役割を果たす為に分離しているだけよ』


『これから加護を得る者の夢の中に現れ、一体化するのだろう。現時点ではそれ以外の働きは無いようだが』

 だがヴィダやリクレントの見立てでは、問題無いらしい。

 この世界の神々がそう言うのだから、そうなのだろうとグファドガーンも『分かった』と頷いた。


『さて、グファドガーンがようやく境界山脈の内側に入れてくれたし、暫くゆっくりしたいけれど……復活が迫っているはずのペリアの様子を見たり、ボティンが封印されている場所を探したり、人々がアルダ派からヴィダ派に転向するように仕向けたり、色々大変だ』


『最後は、ほぼ信者達に任せる事になるだろうが。神託を授けても、夢の中に出ても、結局何を選択するかは人間自身の意思に委ねられる。委ねるべきなのだ』

『そうね、私も今まで寝ていた分、人間社会の神官達をしっかり導かないと。……でも予想以上に神託を受け取ってくれる人が少ないのよね。自称私の信者でも、実際は違う人が結構いるし』


『では、私は再びヴァンダルーの影となろう』

 神々はそれぞれの役割に戻り、神域には再び静けさが戻ったのだった。

9月17日に211話を投稿する予定です。

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