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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十章 アルクレム公爵領編
257/514

二百八話 魔王にとっては平穏な一週間

 現モークシー伯爵、アイザック・モークシーは不機嫌だった。

 昨日は、一昨日の昼過ぎに起きた共同神殿……複数の大神や信者の多い従属神の神像が祭られ、信者達が祈る施設から発した謎の事件の調査と今後の対策の為、一日中忙しかったからだ。


 突然アルダ神像の一部が砕け、敬虔な聖職者だったアルダの司祭が絶叫あげて失神すると言う、不真面目なバカ貴族なら神像の経年劣化と司祭の健康上の問題として片づけそうなそれを真面目に扱った内の一人が、彼である。


 協力を要請したのは、共同神殿に務めるアルダ以外の各神の司祭達や魔術師ギルドのギルドマスターと冒険者ギルドのギルドマスター、そして伯爵家お抱えの魔術師。モークシーの頭脳を結集したといっても過言ではない人員だ。

 だが彼らとの共同調査と会議の結果は、とても実りある物とは言えなかった。


 事件の原因は町でも、モークシー伯爵領でも、オルバウム選王国でも無く、恐らく神々の身に何かが……特に『法命神』アルダとその従属神『記録の神』キュラトスの身に何かが起きたのが原因である事は分かった。

 分かったが……同時に対策の取りようがないと言う事実も分かってしまった。


 アイザックはアルクレム公爵領の貴族の中では力を持つ方だ。交易都市の一つを領都にしているし、経済力にも自信がある。抱えている軍もそれなりに精強だ。

 だが所詮は人である。神々の問題に介入し、問題を解決できるような英雄ではないし、その英雄に心当たりも無い。


 だから今後同じ事が起きるのかどうかも分からない。

 アイザックたちに出来るのは、これ以上の異変は起こらないと民に向けて発表して落ち着かせる事。そして同様の事件が起きた際には、素早く事態を収拾できるよう備える事。


 そして、神像が壊れた場合に備えて予備の神像を揃えておく事ぐらいだ。何でも神像はただの偶像では無く、人々の信仰や祈りを、神像を経由して神に届ける役目があるらしい。

 そのため神の身に何かが起きた場合、神像にその影響が表れるらしい。聖印やレリーフ、教義を記した聖典等も実は同じ役割を果たしているが、神像が最も影響が表れやすいと推測されていた。


 推測ばかりだが、実際推測と経験則ばかりなので仕方がない。神ならぬ身に神の事情が分かる筈も無い。

 しかし、その推測と経験則によれば人々の信仰や祈りが向けられていない神像は、神の身に何が起きても傷つく可能性は低いと言う事だ。


 そのためアイザックは今後同じ事件が起きた時に備えて、共同神殿で祭られている全ての神像の予備を石工に彫らせ、出来上がったら出番が来るまで布をかけて倉庫の中に仕舞っておくことを決めて会議を終えた。

 この事件と同じ事が選王国中、いやバーンガイア大陸中で起きているとしたら、石工や彫刻家は稼ぎ時だな。そんな不謹慎な事を考えながら、遅い床に就いた。

 明日は遅めに起こすよう家宰に頼んで。


「……まだ朝早いようだが?」

 だと言うのにいつもと同じ時間に起こされたアイザックは不機嫌そうに家宰を睨んだ。

「申し訳ありません、お館様。一大事でしたので」

「一大事? 今度はヴィダの神像でも砕けたのか?」


「いえ、報告が上がって来まして……モークシーの町にダンピールが現れました」

「そうか、ダンピールが現れたか。それは一大事……何だと!? セレン嬢が滞在しているのか!?」

 寝ぼけ眼のままメイド達に身支度を任せていたアイザックの目が、かっと見開かれた。

 オルバウム選王国で生存が確認されている唯一のダンピール、セレンが滞在しているのかと思ったからだ。


 彼女自身は希少な種族でアルダ過激派や吸血鬼に狙われる数奇な運命に生まれついただけの、同情する点は多々あるが平民でしかない。

 しかし保護者は一年以上ダンジョンに潜ったままだが、S級冒険者で名誉貴族のハインツとその仲間達だ。

 もし滞在中にトラブルが起きて彼女の身に何か起きたら……考えるだけで恐ろしい。


 そんな彼女が領主である自分に無断で町に滞在しているのだとしたら、確かに一大事だ。

「いえ、問題のダンピールはセレン嬢ではありません。商業ギルドの職員からの報告によりますと、ヴァンダルー・ザッカートと言う少年であるそうです」


「なに? 他にダンピールがいたのか。……待て、色々分からんぞ。名前はともかく姓があるのか? しかもザッカートだと?」

 この世界の多くの国家では、姓を名乗るのは王族や貴族等だけで平民は名乗らない。オルバウム選王国では平民が姓を名乗るのは禁止されていないが……そんな事をするのは貴族気取りの痛々しい奴か、没落したのを認められない貴族の末裔を除けば、詐欺師ぐらいのものである。


 それなのに一体何故そのダンピールは、それも『堕ちた勇者』ザッカートの名を姓として名乗ったのか。

「何故だ? まさかステータスに表示されている訳でもあるまいし……狂信的なザッカート崇拝者だとしたら危険かもしれん。

 いや待て、そのダンピールはそもそも何故商業ギルドに行ったのだ?」


「それが、母親であるダークエルフと一緒に仮登録の為に訪れたようです。ステータスも、仮登録のため確認した者はいないそうです」

「母親がダークエルフなのも少々驚いたが……仮登録を? ……何故だ?」

「はぁ、何でも屋台で串焼きを売って生活するつもりのようです」


「母親と一緒に、串焼きを。……ダークエルフとダンピールの母と子が、か? たまたまオッドアイに生まれついた子供を母親が唆しているとか、実は片方義眼で種族を偽っている詐欺師の可能性は無いのか?」

「いえ、担当した受付嬢は少年の指先から鉤爪が伸びるのを確認したそうです。ダンピールに間違いありません」


「そうか……そのダンピールは、仮登録を済ませた後何をした? 冒険者ギルドへ出入りしたか? 誰かに保護を求めるような事は無かったのか?」

「報告によりますと……屋台で使う炭や肉を店で購入。その後商業ギルドで紹介された曰くつきの一軒家を購入後、指定された歓楽街とスラム街を繋ぐ裏路地で屋台を営業したようです。

 冒険者ギルドや誰かに保護を求める様子は無かったようです。ただ、例の『飢狼』と接触しています」


「……最後以外珍妙で訳が分からんな」

 ヴァンダルーの昨日一日の行動を聞いたアイザックは渋面を浮かべた。理解が追い付かず、気分が悪くなる。

 アイザックは、ダンピールの子供とは他者から命を狙われるか弱い存在だと理解している。実際、『五色の刃』に保護された後のセレンも、多くの場合吸血鬼に狙われているし、違法奴隷を扱う奴隷商人や猟奇的な趣味を持つ貴族からも刺客を送り込まれていた。


 だからもしモークシーの町にダンピールの少年が来たとしたら、領主である自分や神殿、冒険者ギルド等とにかく頼れそうな組織に保護を求めるか、正体を隠して潜伏しようとするのが最もあり得る選択肢だと思った。

 実際、町に入る時はダンピールである事を黙っていたようだし。だが、ヴァンダルーはよりによって商業ギルドで正体を明らかにしている。


 商業ギルドが犯罪の温床になっている……と言うような事は無いが、吸血鬼等の脅威から身を守るために保護を求めるには向かない組織だ。

 そしてダンピールは保護を求めるのではなく、何と仮登録をして屋台の営業を始めている。しかも、何故か家を一軒購入できる程の現金を持っていた。どれだけその家が安くても、それだけの金があるなら安宿で生活すれば数年は暮らせるはずだ。


「つまり、ザッカートの姓を名乗り当座の生活資金には困っていないはずのダンピールの少年がダークエルフの母親と一緒に屋台の営業を始めたと。お前からの報告でなければ信じないところだぞ。

 それで『飢狼』は何故接触してきたのか分かっているのか?」


 最近町の裏社会で頭角を現した『飢狼』のマイケルを、アイザックは領主として警戒に値する人物だと考えていた。何か大それたことを考えているとかでは無く、あまりにも役不足であるために。

 配下に集めさせた情報を分析すると、マイケルの力量はB級冒険者以上。それだけの実力者が、何故かチンピラのボス程度に納まっているのである。望めば騎士に取り立てられたり、名誉男爵位を得たり、貴族や大商会の用心棒等に就職する事も出来るのに。


 もし脛に傷があってそれが不可能だったとしても、魔境やダンジョンで格下の魔物を一カ月に数匹狩っていれば、チンピラを率いてショバ代を巻き上げるよりも稼げるはずだ。

 そんな実力者が周囲の町や村に寄った痕跡も無いまま、突然町に来たのだ。

 チンピラのボスと言う役には過ぎた力量を持つ、前歴不明の不気味な人物。それが『飢狼』のマイケルだった。


 そんな男が謎のダンピールに接触して、何をするつもりなのか。

「歓楽街に潜ませている者によりますと、ダンピールの母親のダークエルフを口説いていたそうです」

「……そーか、そーか。ただのナンパか。

 実はそのヴァンダルーと最近現れた『飢狼』のマイケルが以前から通じていたと言う可能性は、考えられるか?」


「いえ、彼の屋台を『飢狼』の縄張り内に配置するよう指示を出したのは、あのヨゼフ殿ですからそれは無いかと」

「チッ、叔父上か」

 商業ギルドのサブギルドマスターの一人である伯父、ヨゼフはアイザックにとって微妙に邪魔な存在だった。


 関係は良くないが、アイザックにとって敵と言う程の存在ではない。普段の素行がやや悪く、気に入らない組合員に対して規則に反しない範囲で嫌がらせを行う事を繰り返しているが、規則の範囲内なので罰する程ではない。

 しかし、罰する事は出来ないがその分ギルド内での評価は落ちる。だから何年経ってもギルドマスターに出世できないのである。……勿論、それに相応しい能力と器が無い事も昇進できない理由だが。


 ヨゼフはそれをアイザックが手を回して邪魔をしているからだと逆恨みをしており、ますます関係が険悪になる。しかしアイザックにとって実害と言う程の害が無く、罰する口実も無い為放置するしかない。そんな不毛なスパイラルに陥っていた。


「あのクソダヌキは何を考えているんだ? 確かにダンピールと言っても平民に過ぎないが……それは今だけの話だ。記録によると成人する頃には高い才能を発揮する種族らしいし、我等がアルクレム公爵閣下は日和見主義だ。名声を高めている『五色の刃』に今後も良い顔を見せようとするはず。

 だと言うのにダンピールに嫌われるような事をして、数年後に首が物理的に刎ねられる事になるかもしれないとは考えないのか?」


 ヴァンダルーも平民だが、ヨゼフも現在は平民である。公爵の権力があれば、適当な罪で平民の、それも周囲から嫌われている平民の首を刎ねるぐらい何とでもなってしまう。

 アイザックが面倒なヨゼフを放置するのは、領都に在る支部のサブギルドマスターの人事を、領主が権限も無いのに強制したと言う悪しき前例を作りたくないからでしかないのだ。


「さて、あの方が何を考えているかは分かりませんが……『五色の刃』の方々がダンジョンで死んでいると思っているのかもしれませんな。彼らがダンジョンに入ってから、今年で二年目になりますし」

「ふむ……そうなるとアルダ融和派も分からなくなるか」

「後、『クソダヌキ』という言葉はお控えください」


「分かった。しかし、結局何もわからんぞ。何かを企んでいるのは確実だが」

 ヴァンダルーが何かを企んでいるのは、間違いない。商業ギルドでの仮登録からの一連の行動は、何か思惑があるはずだ。だが、その何かがアイザックには全く分からない。

 だが、何か分かるまで静観するのは暢気が過ぎるだろう。


「とりあえず、騎士に私の手紙を持たせて接触させてみよう。叔父の件には私は関与しておらず、もし希望するなら保護する準備があると、極力平和的に」

「我々が気づいていると教える事になりますが?」


「私がいつまでも気がつかない方が不自然だろう。殊更ダンピールである事を触れ回ってはいないようだが、一応私の叔父がいる商業ギルドでダンピールだと明かしたのだからな。

 調査は継続。念のために吸血鬼に注意するよう冒険者ギルドと魔術師ギルドにも通達を出せ。後は……基本的には何かあるまで静観だ」


「畏まりました」

「では私は寝――」

「お館様、朝食の準備が整いました。奥様はもう食堂でお待ちです」

「……仕方がない。起きるか」


 こうしてアイザック・モークシーの一日は始まったのだった。




 ヴァンダルーが屋台を開業してから一週間。夢で魂を再構築し、起きている時は屋台を営業。休日にはグファドガーンが【転移】で連れて来たエレオノーラ達を家に招いて作戦会議&食事会を催す等、平和な日々が続き大きな出来事は起きなかった。


 一方ヴァンダルーの行動を注視していたアルダ勢力の神々は彼の意図が分からずただひたすら困惑し、ムラカミ達はとりあえずアルクレム公爵領を目指して移動し続けていた。


 タロスヘイムではルチリアーノが自分も含めた変異した種族のとりあえずの調査を終え、報告書をメリッサに持たせた。

 それによると、まず冥系人種は能力値が人種に比べて魔力が多めで、【状態異常耐性】や【高速再生】、そして【暗視】スキルを持つ種族。種族的な弱点は特になし。


 次にドヴェルグはやはり元になったドワーフと比べて能力値は魔力と知力が高く、スキルはドワーフが生まれつき持つものに加えて【火・光属性耐性】を獲得していた。

 そして冥獣人種は、主に吸血鬼が持つスキルで獣人種の場合は持つ者は極稀な【獣化】を何と種族単位で持っていると推測された。


 【獣化】は人型の獣になるスキルで、能力値が強化され鉤爪や牙等の武器が備わるスキルだ。

 まだ冥獣人種は元々狼系獣人種だった少女が変異した、魔狼系冥獣人種しかいないため分かっているのはこれぐらいだが。


 それに各種族の寿命や生態もまだ不明だ。元の種族より短くなると言う事は無いだろうが、若干生殖能力は落ちるかもしれない。

 その辺りは今後タロスヘイムで変異する者達が出て来るだろうから、何れ分かるだろうとルチリアーノは纏めている。


 ヴァンダルーがする事は、そうした詳細よりも国民がパニックに陥らないように各種族が変異する可能性があると国民に周知する事である。……境界山脈内部や魔大陸で流通しているブラッドポーションの主な原材料はヴァンダルーの血であり、まぎれもなく彼の欠片なのだ。

 それを考えると、誰が変異してもおかしくは無い。ただ、加工していない血を直接飲んだ場合程変異の可能性は大きくないようだが。


 そして仲間達では、【魔王の骨】等の欠片を身体に組み込んでいたクノッヘンや骨人にそれぞれ変異が起きていた事が分かった。

 クノッヘンはこれまで空を飛行する際はバラバラの骨の群れに戻らなければならなかったが、骨を組み立てた状態のまま飛行する事が可能になった。


 小さな変化に思えるが、これによりクノッヘンに無かった運搬能力が加わり、城塞やコンサート劇場の形態のまま移動する事が可能となったのは、大きい。

 地上に展開していた時大量の敵や自然災害が迫って来た場合、中に入ってそのまま飛んで逃げれば良いのだから。

 それに……骨を組み合わせて城塞のように巨大な球体になり、対象に高速で体当たりをかますと言う規格外の攻撃手段も取る事が出来る。


 本人は骨が痛むからやりたがらないだろうが。


 骨人はランク11のスケルトンブレイドロードのまま足踏みしていて、その為ひたすら技巧を磨く事に集中していたが昨日突然ランクアップした。

 したのだが……ランクアップしたのがスケルトンブレイドエンペラーと言う種族で、本人は『ヂュオオオ! 主に何と言う不敬を! 腹があったら斬りたい!』と嘆いていたらしい。


『気にする事は無い……我が主は何れ皇帝の位をも超える器だと。ヂュオオ……なるほど!』

 とりあえず、使い魔王を通してヴァンダルーが宥め説得した結果そう言って立ち直ったが。

 なお、二人ともヴァンダルーの加護を隠していた伏せ字は完全に解放されていた。タロスヘイム神殿では早速ヌアザが巨大ヴァンダルー像建立計画を始動したようだ。


 石像を作るならせめて大人になってからにして欲しいと思ったヴァンダルーだが、それを待っていると何十年かかるか分からないので、諦める事にした。……神像ではなく石像であると明記するよう条件は出したが。


 私生活では仲間が一頭増えた。

 お湯で柔らかくふやかし、塩気を抜いた干し肉を食べている犬を微笑ましく見つめ、痩せた背中を撫でてやりながらダルシアは尋ねた。


「ヴァンダルー、この子の名前は何にするの?」

 「何で拾って来たの」とか「ちゃんと世話できるの?」等の、世間一般でよくありそうな流れをダルシアは省略した。その訳は――


『うわ、凄い! 普通の犬ですよ!』

『坊ちゃんが霊でもアンデッドでも魔物でも人でもない、普通の犬を拾って来るなんて……こんな日もあるんですね』

 このリタとサリアの言葉に現れている。


「俺だって普通の犬を拾って来る事はありますよ。当初はネズミで済ませるつもりでしたけど」

 ヴァンダルーが裏手に居た犬を拾った名目は、実験台である。アンデッドと生物、アンデッド同士の交配実験で生まれた動物は、彼が【付与片士】ジョブに就く前に零れたブラッドポーションを少量舐めただけで、魔物に変異した。


 では【付与片士】になった今普通の動物を、準魔境に等しい環境に在るタロスヘイムではなく普通の人里、このモークシーの町で飼育したらどうなるのか。

 それを確かめるためだ。

 後、飼いならせたらテイマーギルドに登録するのも良いかもしれないと考えている。


『つまり、手の届く範囲に居た飢えた犬を見捨てるのが忍びなかったと』

「むぅ、チプラスに俺の秘めた胸の内を見抜かれてしまった」

『運が良かったですね、この子。しっかり食べて大きくなるのよ』

『すっかり痩せちゃって……ところでこれぐらいの子に肉を食べさせて大丈夫?』

『……お姫さんとオルビアの姉さん、この犬はこれで大人だと思いますぜ』

「歓迎しよう、新たなる同胞よ。全てはヴァンダルーのお心のままに」


 ワイワイと一同に見守られながら久しぶりの肉を食べる犬は、肉以外にも安心と緊張と言う奇妙な感覚を味わっていた。

 安心しているのは、家の中に一人も人間が居ないからだ。家の中にいるのはアンデッドに邪神、そして女神の化身ばかりで、犬にとっては全員人ではない何かだ。


 そして緊張しているのはヴァンダルー越しに自分を値踏みするように見ている何かが存在している事だ。

 その視線の元はアイゼンやクイン、ピートにキュール等ヴァンダルーに装備されている面々である。

 犬は新たな群れの最下層に組み込まれたのを強く意識していたのだった。


「それで名前ですが……毛の色に合わせてハイとかグレイは安直ですし……」

 干し肉を食べ終え、顔を上げて自分を見つめる灰色の毛並みの犬を見つめ返しながら、ヴァンダルーは暫く考えた後決めたようだ。


「初めて会った時すぐ甘噛みしてきたので、ファングと名付けましょう」

 犬は情けなさそうに「くぅん」と鳴いたが、名前はファングと命名された。




 開店して一週間、店の経営は意外に順調であった。客は『飢狼』のマイケルことマイルズと、その手下達だったが、時折匂いにつられて表通りからやって来た客が買って行く事があった。


 そして本来は屋台の食事とは無縁の筈の高級娼館の高級娼婦や、高級バーから態々買いに来る者までいた。

 ……まあ、『飢狼』のマイケルが口説いている女を見に来た口実として買いに来た者が多かったのだが。

 どうやら裏社会に君臨するマイケルに言い寄ろうとしている女や、懇意にしたい店の経営者達は、彼が口説いていると噂のダルシアに興味を持ったらしい。


「あなたがねぇ……ふんっ!」

「調子に乗らない事ね、あなたみたいなコブ付きの女にあの方は相応しくないわ」

 等と態々ダルシアの前まで来て言いに来る女性が何人かいた。


「まあ、もう噂が広がっているのね。マイケルさん、思っていたよりモテるのね」

「どうもコブです。ご注文が無いなら屋台の正面からもう少しずれて頂けませんか?」

 勿論、そうした女性達をダルシアとヴァンダルーが相手にする事は無く、若干注意はしてもそれ以上気にする事も無かったのだが。


「大人しくあの人の前から消え――いえ、何でもありません。失礼しました」

 一人だけ売込み中の女用心棒らしい者が言葉の途中で急に逃げ出したが、恐らく【直感】スキルの持ち主なのだろう。見込みがありそうなので、マイルズに彼女の容姿を伝えておいた。


 それ以外にも迷惑な……と言うか勘違いした客もいた。見るからに成金らしい男と、両サイドを固めた二人の護衛の三人組だった。

「幾らだ?」

「はい、一串五バウムです」


「ほう、それで追加料金に幾ら出せば貴女を買えるのかな?」

「え、私をですか?」

 目を瞬かせるダルシアに、成金は宝石と金の指輪が幾つもはまった指で自分の顎を撫でながら言った。


「そうだとも。ここは娼婦の隠れ斡旋所か何かなんだろう? 屋台の売り子という名目で女を立たせて、客が串焼きと一緒に料金を払って女を買う訳だ。そうでなければ君のようないい女が、チンケな屋台で売り子何てする訳が無い」


 そう得意気に語ると、ニィっと口の端を釣り上げる。そして「さあ、早く値段を言ってくれ」と要求しながらダルシアの肩に触れようとする成金。

 その前に屋台の番犬となっているファングが立ちはだかり、グルルルと唸り声をあげる。


「何だ、この汚らしい犬は? おい、邪魔だ、どけ……ひぃっ!? うあああああああああああ!? ひいやあああああああ!?」

 成金は最初やせっぽちのファングを気にもしなかった。しかし突然絶叫を上げ、真っ青になると脱兎の如く逃げ出した。


「えっ!? 旦那っ、どうしたんです!?」

「ま、待ってください!」

 成金の後を慌てて追いかける護衛の男達の後ろ姿を見送ったダルシアは、勝ち誇るファングの後ろにいるヴァンダルーに訪ねた。


「もしかして、【精神侵食】スキルを使ったの?」

「いいえ、【精神侵食】だと影響が残りそうだったので、【魔王の魔眼】を使って見つめただけです」

 【魔王の魔眼】という欠片を吸収した事で獲得したスキルで、その効果は見つめるのが土地なら魔力で汚染し、生物なら恐怖を与えると言うものだ。


 魔王グドゥラニスにとっては、便利な能力だっただろう。この世界を眺めるだけで魔物が次々に生まれる魔境を広げ、立ち向かってくる人間達の多くが一瞥するだけで戦意を砕かれるのだから。

 ただヴァンダルーにとっては微妙な効果だった。別に魔境を広げたい訳ではないし、恐怖の効果は一般人に対してはキツすぎるが、【五色の刃】は勿論、ある程度の実力を持つ冒険者には通じない程度でしかなかったからだ。


 そんな魔眼を成金に使ったのは、彼らを言葉で説得するのが面倒だったからである。

「あまり人の話を聞くタイプに見えませんでしたし、『飢狼』のマイケルの事も知らないみたいでしたし……魔眼なら誰にも気がつかれずに済むかなと」


 そうヴァンダルーが言った通り、裏路地の人々は成金が逃げ出す時に上げた悲鳴に驚いていたが、誰も彼の魔眼には気がついていなかった。

 犬が死ぬほど怖かったのだろうと、無様な金持ちの醜態を嘲笑っている。


「でも、もう少し加減しないとトラウマが出来ちゃうかもしれないわね」

「あれでも半眼で見たのですが……難しいですね」

「まあ、大丈夫よ。きっといい薬になったわ」


 ダルシアが言った通り、成金にとって本当にいい薬になったようで以後彼らを歓楽街で見かける事は無かった。


 他には開店二日目にモークシー伯爵に仕える騎士が二人やって来て、伯爵からの手紙をヴァンダルーに渡していった。その際、希望するなら伯爵家で保護すると提案されたが丁重にお断りして帰ってもらった事があった。

『監視を付けておいて、何で使者なんて出したんだろ?』

「オルビア、張り込みをしている人達が伯爵の密偵とは限らないんですから」


『いや、限るでしょ。生きている人間の、それなりに訓練されてそうな密偵をアタシ達に張りつかせるのは領主ぐらいだよ』

「ムラカミって人達にしては早すぎるし、ヴァンダルーの力を知っているビルカインならもっと腕利きを使うだろうから、オルビアさんの言う通りだと思うわ」


「そうですか……まあ、基本は放置しましょう。家の中に入られないように注意だけして」

 尚、実はこの時アイザック・モークシーが家の方にも密偵を放っていたのだが……鍵が開けられなかったため退散していた。ヴァンダルーは家を、扉の鍵も含めてゴーレム化していたのである。

 どんな鍵開けの達人でも、鍵が意思を持って構造を変えるため絶対に開ける事が出来ない。少なくとも、鍵や扉を壊して押し入ろうとしない限り。


 尤も、家の中に入ってもリタとサリアになす術も無く捕獲されるか殺されるだけなので、密偵にとっては幸運だったが。

 そうした幸運とヴァンダルーが裏でも伯爵家と揉めるのを嫌がったため、伯爵家の密偵は数を減らさずに済んでいた。


 そして開店三日目には、共同神殿からヴィダの司祭と回復したアルダの司祭がやって来た。目的はダンピールとその母親の保護で、丁寧な口調ではあったが形だけの提案だった騎士達よりも熱心に二人を説得しようとした。

「ここで暮らしている者達には悪いが、ここは治安が悪い。最近頭角を現した『飢狼』というチンピラに目を付けられているようであるし……悪党や吸血鬼の刺客が忍び寄って来るか分からない。

 我々神殿の保護を受けるべきだ」


 そう訴えるアルダの司祭に対してヴァンダルーは、勿論丁重に断った。

 だがヴィダの女性司祭の方は意外な展開になった。

「是非一度講演をお願いいたします! ダークエルフの方の信仰を知る事は信者達の……いえ、人々の見識を広める良い機会になります!」


「いえ、私は集落では祭祀に特別関わっていた訳ではないので」

「そんな遠慮なさらずっ、どうかお願いします!」

「そ、そんな事言われても……」

 彼女は話している間にヴィダの化身であるダルシアから何かを感じたのか、神殿で一度話をしてくれるよう熱烈に頼み込んできたのだ。


 頼まれたダルシアは普通の説法はあまり経験が無く、かと言って共同神殿でソロコンサートを開く訳にもいかず、何とか断ろうとするのだが、女性司祭が中々諦めない。

「ど、どうしましょう? 話すだけなら良いかしら?」

「良いと思いますよ。母さんなら大丈夫」


 根負けしたダルシアの背をヴァンダルーが押した事で、共同神殿でダルシアの講演会が開かれる事になったのだった。この町でヴィダの信仰を高め、信者を増やす事が出来れば『ヴィダの寝所』で祭られているヴィダ本体の回復も僅かだが進むだろう。


 それに保護こそ断ったが、モークシーの町に味方が増えるのは良い事である。


 他には開店四日目にヴァンダルーと同じくらいの歳の少年が売り上げを盗もうとしてファングに押さえ込まれ、捕まると言う些細なトラブルが起きた。

 落ち着かせて話を聞いてみると、スラム街にある孤児院の、正確には孤児院から出たばかりの子供で仕事が無くそれで盗みを働こうとしたらしい。


「何で態々うちから盗もうとしたの? 番犬もいるのに」

「やせっぽちの犬と甘そうな女とぼんやりした子供で、盗みやすいと思ったんだよ!」

 と言う事らしい。

 だがそうして話をしていると、少年を探していた孤児院のシスターが迎えに来たが。


「すみませんっ、この子ったら孤児院を家出してこんな事を……」

「俺はもう孤児院を出るって書置きしただろ! もう歳だって十になったんだ、外で働けるんだから世話にならないぜ!」

「あんなミミズがのたくったような字を壁に落書きしても読める訳ないでしょう! それに働けるって、盗みは仕事じゃないのよ!」


 どうやら孤児院の寄付金が減ってシスターは勿論子供達も満足に食べられない日々が続いているため、少年は自ら院を出て口減らしになろうとしたようだ。

 立派だが無謀だった少年は、繰り返し謝るシスターに連れて行かれた。それを見送りながらヴァンダルーは、呟いた。


「母さん、明日孤児院に寄付を行おうと思います。ヴィダの聖印入りの箱に詰めた食材を」

「うん、それが良いわね。……そう言えば、あの人達何の神様を信仰しているのかしら? 迎えに来た女の子は、シスターだったみたいだけれど」


 尚、ヴァンダルーから賄賂を巻き上げた不良衛兵のアッガーは何度かやって来て屋台に、特にダルシアに近づこうとしたが、その度にマイルズやその手下に睨まれて、退散していった。

 真面目な新米の方の衛兵であるケストは、一度来て串焼きを一本買って行った。「事情は分かるから、立場上一言だけ言っておくよ。あまり嘘をつかないようにな」と軽く形だけ注意して。


 こうして一週間が過ぎ、情報網にムラカミやビルカインが引っかからない事を除けば概ね順調にヴァンダルー達の作戦は進んでいた。

 ダルシアの講演と、孤児院の寄付など本来の目的とは関係が無いが、ヴィダ派の人々を増やす機会に恵まれる等予想外の収穫にも恵まれていた。


 そして八日目、魂の再構築が終わったヴァンダルーは肉の仕入れの前に飼いならしたファングと共にテイマーギルドに向かったのだった。




・名前:骨人

・ランク:12

・種族:スケルトンブレイドエンペラー

・レベル:0


・パッシブスキル

闇視

剛力:2Lv(怪力から覚醒!)

能力値強化:忠誠:10Lv

霊体:10Lv(UP!)

能力値強化:騎乗:7Lv(UP!)

自己強化:創造主:6Lv(UP!)

自己強化:導き:5Lv(UP!)

物理耐性:2Lv

殺業回復:3Lv(NEW!)

能力値強化:君臨:3Lv(NEW!)

身体強化:骨:5Lv(NEW!)


・アクティブスキル

虚骨剣術:4Lv(UP!)

盾術:10Lv(UP!)

弓術:8Lv(UP!)

忍び足:3Lv

連携:9Lv(UP!)

指揮:5Lv(UP!)

鎧術:9Lv(UP!)

騎乗:7Lv(UP!)

遠隔操作:10Lv(UP!)

恐怖のオーラ:5Lv(UP!)

並列思考:5Lv(UP!)

限界突破:5Lv(UP!)



・ユニークスキル

骨刃

ゼルクスの加護

ヴァンダルーの加護




・魔物解説:スケルトンブレイドエンペラー


 スケルトン系の魔物で確認されている中で最高位の魔物、スケルトンエンペラー……よりも一ランク上の存在。

 スケルトン系のアンデッドを指揮する恐ろしい骸骨皇帝。しかし骨人の場合主人であるヴァンダルーが皇帝であるため、自分はそれに仕える騎士的な立場であるとしている。

 そのためスケルトン系アンデッドを指揮したり、君臨したりしようとしない。以前は旧スキュラ自治区のアンデッド軍を指揮していたのだが、自分がエンペラーになってしまった事が余程ショックだったらしい。


 例外は仲間であるクノッヘンだけで、戦闘になると誰よりも前で戦い、少しでも早くランクアップして新たな種族名を得ようと懸命に刃を振るう。


 なお、勿論ラムダでは新種である。

209話を9月9日に投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
子供は好きだけどガキは嫌いだ。
[良い点] え〜!ケスト君良い子〜〜 しあわせになってくれ、!!
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