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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第一章 ミルグ盾国編
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二十四話 自分も仲間も敵も動き出したら止まらない

 ルチリアーノの報告によってダンピール率いるグールの大群の存在を知ったその日、トーマス・パルパペック軍務卿は、滞在している別邸の執務室で書類の山と格闘していた。


 本来なら魔物の討伐隊を編成し送り出すのは、その領地の領主と冒険者ギルドの仕事だ。しかし、今回は討伐隊の規模が大規模になり、冒険者だけでは無く国軍の兵士や騎士も参加する予定で、しかも領主のベルノー・バルチェス子爵がパルパペック軍務卿に権限を差し出し、どうか助けてくれと願い出ている。


 勿論バルチェス子爵も仕事をしていない訳では無いのだが、全ての書類の最終決裁に必要なサインは権限を持つパルパペック軍務卿のものだし、何かミスがあれば最終的に軍務卿の責任になってしまう。

 その状況で今朝の決定である。


 予定よりも参加人員を増やすための国軍兵士、騎士への指令書。

 その兵士や騎士達を増員したため増やさなければならない支給する武具の予算。

 更に増やした分の兵士や騎士達の為の糧食。

 魔境を見張るために放っている密偵の増員。


 冒険者ギルドとの折衝は軍務卿では無く財務卿の管轄であるため、いちいち財務卿の部下の貴族を通さなくてはならない事が、更に書類の山を高くしている。

 せめてもの救いは、先の対オルバウム選王国戦でアミッド帝国が少ない犠牲で快勝したため予算が潤沢にある事だろうか。


 まあ、その予算を申請するためにも書類に目を通してサインする事が必要なのだが。


「見るからに大変そうだな。ただでさえ短い寿命を、そんなつまらん作業に費やさなければならないとは同情を禁じ得ないよ、トーマス」

 開けた記憶の無い窓から冷たい夜気と声がするのに気が付いたパルパペック軍務卿は、途中だったサインを書き終えてからペンを置いた。


「そう思うのなら手伝ってくれないかね? 永劫の寿命を持つ友よ」

 顔を上げた先には、一匹の蝙蝠が居た。

「十分手伝って来たつもりだぞ、友よ? それともトーマス、遂に人間社会の栄達に虚しさを覚え永遠を欲するに至ったのかね?」

 落ち着いた口調で紡がれる流暢な言葉は、蝙蝠の口から発せられている。常人なら驚くだろう自分をファーストネームで呼ぶその蝙蝠に対して、軍務卿は無感動に応じていた。


「いいや、お前達の仲間になるつもりはないし、お前達も求めてはいないだろう。心にもない事を口にするな、吸血鬼」

 蝙蝠の正体、それは吸血鬼の放った使い魔だった。


 トーマス・パルパペック軍務卿は、パルパペック伯爵家に生まれた次男だった。代々オルバウム選王国軍から宗主国を守るための国として精強な軍を任されているミルグ盾国の、軍系法衣伯爵家だったパルパペック家の歴史でも、トーマスは出来の良い少年だった。


 しかし、どんなに出来が良くても次男に過ぎない。それでも長男の出来が余程悪ければ、継承権を逆転させる事が出来たかもしれない。しかし、長男もトーマスと比べればやや劣るが出来の良い部類だった。

 文武両方でトーマスの方が勝っているのは、誰の目から見ても明らかだ。トーマスも、長男も解っていた。


 しかし、優劣がはっきりしていてもその差が「多少」で済まされる程度なら、態々長子継承を崩してまでトーマスを伯爵にはしない。

 兄弟のどちらが軍務卿の地位に就いても、城塞も兵も騎士も変わらない。代々パルパペック伯爵家を支えてきた家臣も、変わらない。


 オルバウム選王国との戦争は小競り合いも含めて数年に一度の頻度で続くが、ミルグ盾国は所詮盾。軍務卿の地位にある者が担うのは防衛戦だけで、華々しい侵略戦はアミッド帝国の軍務卿や将軍が指揮を執ってきた。

 だから、幾ら兄より優れていてもトーマスが伯爵家を継ぐ未来はあり得ないものだった。


 このままならトーマスは他の娘しかいない男爵以下の貴族家に婿養子に行くか、兄の家臣になるかだった。

 そんな時、彼の前に吸血鬼は現れた。「伯爵家を継ぎたくはないか? 劣った兄が自分より少し先に生まれたというだけで自分の上にいる事に、我慢できるのか?」そう囁く吸血鬼と手を組んだトーマスは、不慮の事故で亡くなった兄に代わってパルパペック伯爵家を継ぎ、軍務卿の地位を手に入れた。


「ククク、確かに。君ほどの地位にある貴族の協力者は、貴重だからな」

 言外に軍務卿の地位に無ければ利用価値は無いと言う吸血鬼に、トーマスはそれ以上雑談には応じず「用件は分っているな」と言った。


「分かっているとも。裏切り者のヴァレンと、ダークエルフの女の間に生まれたダンピールの件だろう? 我々が折角情報をくれてやったのに、貴様は取り逃がしていたようだな?」

 トーマスは吸血鬼の氏族や派閥の事を詳しく知っている訳では無かったが、大きく分けて邪神派と女神ヴィダ派の二つに分かれる事は知っていた。


 そしてこの吸血鬼は邪神派に属している。だが、別に彼らは人類の駆逐を企んでいる訳では無かった。

 魔王グドゥラニスが滅ぼされた後、生き残った悪神や邪神達は支配者を喪いバラバラになり、好き勝手に動き出した。


 滅んだ魔王グドゥラニスを復活させるために、封印された魔王の肉片を探す者。

 自分達を敗北に至らしめた神々と人間に対する復讐を企てる者。

 ただ怠惰に惰眠や美食を貪る者。

 この世界では勝ち目はないと、何時の間にか異世界に旅立っていた者。

 挙句他の悪神や邪神相手に権力闘争を始める者達までいる。


 そして当初の目的を捨てて、自身の欲望を満足させる事に腐心する者。目の前の吸血鬼が奉じる邪神は、そのグループだった。

 ただその邪神と吸血鬼にとって、半吸血鬼であるダンピールは様々な理由で狩るべき対象であるらしい。


 別に決定的に邪魔な存在という訳では無い。人間側に立って吸血鬼狩りを始めたら目障り、吸血鬼の高貴な誇りを維持するため、派閥に属する者に対しての見せしめ、単純に恋だの愛だの戯けたことを抜かす同族の前で嬲り殺すと面白いから。

 そんな理由だ。


 従属種吸血鬼ヴァレンとダークエルフの間に生まれたダンピールの場合は、トーマスの目の前にいる蝙蝠の主である、名も顔も知らない吸血鬼が狩れと、より上位の吸血鬼から命じられていた。

 そして吸血鬼はヴァレンを始末したが、ダンピールを身籠ったダークエルフを故意に見逃した。勿論慈悲からでは無い。


 この吸血鬼は、人間達に惨たらしく殺されるダークエルフとダンピールが見たかったのだ。そういった見世物を彼らが奉じる邪神は特に好むからだ。

 だからトーマスに情報を渡した。だが、結果的には殺されたのは母親のダークエルフだけで、ダンピールの方は行方不明のまま。しかし、当時乳飲み子であったことから母親を亡くした以上何処かで飢え死んでいるものと推測していた。


 それが生きていて、エブベジアから遠く離れた魔境でグールのキングをしている。そうトーマスから連絡を受けた吸血鬼は、最近では殆ど忘れていた驚愕という感情を覚え、使い魔を派遣したのだった。


「……あの時は幾つもの不確定要素が発生したのだ」

 吸血鬼から不手際を指摘されたトーマスは、苦虫を噛み潰した顔をして当時の事を思い出した。

 最初ダンピールの情報を聞いたトーマスは、当時囲い込もうと画策していた前途有望な冒険者パーティー『五色の刃』にその情報を与え、手柄を立てさせることを企てた。


 これをきっかけに強いコネクションを作り、後々出す指名依頼を受けさせて『五色の刃』を軍務卿専属の冒険者として周囲に印象付け、上手くいけば部下として取り立てるつもりだった。

 しかし、偶然アミッド帝国のアルダ神殿出身のゴルダン高司祭がエブベジア近くの村に滞在していた事で、彼の介入を招いてしまった。


 更に、ダークエルフがダンピールの居場所について最後まで口を割らなかった。その上業を煮やしたゴルダン高司祭が、トーマスの手の者が止めるのも聞かずに処刑してしまった。

 その上肝心の『五色の刃』はダークエルフの処刑後、ダンピールを探そうとせずエブベジアから離れてしまった。


 お蔭でトーマスはダンピールの捜索を、コントロールを一切受け付けないゴルダン高司祭とその部下達に任せる羽目になり、結局始末できずにダンピールが生き延びる隙を与えてしまった。


「一番の不確定要素は、ダンピールが乳飲み子だったのにも拘らず高司祭の捜索から隠れきり、今まで生き延びた事か」

「その通りだ。しかもグールを率い、更に何処でジョブチェンジしたのか霊媒師のジョブに就いているようだ」

「霊媒師だと? いくら成長しているといっても、確かまだ三歳になるかならないかだろう?」

「確かだ。雇った冒険者が使い魔にしていたライフデッドを見破ったらしい」


 トーマスやバルチェス子爵、そして他の騎士達はヴァンダルーがライフデッドを見破った理由を、彼が霊媒師のジョブに就いているからだと思い込んでいた。

 まさかヴァンダルーがこの世界にこれまで存在しなかった死属性魔術の使い手であるなんて、夢にも考えなかった。


「霊媒師か……随分と特殊なジョブを選んだものだ。父親のヴァレンにはその才能は無かったはず。なら、母親の血か?

 まあいい。どうせすぐ討伐されるのだ。そうだろう、軍務卿殿?」

「当然だ。問題のダンピールは、グールの群れごと始末させる。そのために忌々しいアルダ教の狂信者まで呼ぶのだからな」


 トーマスにとって、吸血鬼からの要請は応えなくてはならないものだった。不老不死を望んでいる訳でも無いし、爵位を継げたことに恩を感じている訳でも無い。彼の計画に、吸血鬼達の力が必要なのだ。


 トーマスの祖国、ミルグ盾国は建国時からずっとアミッド帝国の属国であった。ミルグ盾国の王族はアミッド帝国の侯爵に等しい者とされ、防衛戦の苦渋を押し付けられ、華々しい戦果は全て帝国に奪われる。

 平時に於いても押さえつけられ、国力を付けようとすれば横槍を入れて邪魔してくる。


 それに耐えて何とか国力を増したと思ったら、何かと理由を付けて無駄な遠征をさせて力を削ぎに来る。特に二百年前の巨人種討伐は酷かった。多数の将兵に当時の英雄と国宝の聖槍まで失い、手に入れた戦利品の内目ぼしい物は献上させられた上に、結局領地も増えなかったのだから。


 そんな仕打ちを受けて来たミルグ盾国の王侯貴族達が『独立』の二文字を悲願とする事は当然だった。

 そしてトーマスの計画、それは祖国の悲願を自らの手で遂げる事。そして独立したミルグ盾国……いや、ミルグ王国で今以上に重要な地位に就く事だった。


 そのためにはミルグ盾国の国力を少しずつでも増す必要があり、アミッド帝国を少しでも弱らせる必要がある。

 アミッド帝国を敵視する吸血鬼達の力は、必要不可欠なのだ。


「だが、高司祭は呼ぶのだろう? 奴は今や次期枢機卿候補だ。また手柄を立てさせてやるつもりか?」

「奴以外にも【緑風槍】のライリーを参加させる予定だ」

「ほほぅ、ミルグ盾国から去った【五色の刃】から抜けた男か。C級程度の、ハインツのお蔭で二つ名が付いた冒険者がどれ程役に立つやら」


「彼は既にB級だ。だが、そんなに心配してくれるのなら貴様も参加するか? 魔境に着くまでの間は太陽の光を浴びながら草原を三日間進む予定だが」

「ククク、止めておくさ。我々はお前を『信頼』しているからな。それより、私に連絡を寄越したのは報告するためだけか?」


「いや、念のため確認しておきたい事がある。ダンピールに関してだ。

 エブベジアで起こったゴーレム化事件……あれはダンピールの仕業では無いのか?」

 一年以上前起こった、町を守る外壁や領主の館や冒険者ギルドの建物が突然ゴーレムと化して、町の外へ歩いて行ってしまった謎の事件。


 捜査は魔術師ギルドも協力して続いているが、未だ犯人を捕まえるどころか犯行方法すらはっきりとは解っていない。出来たのは、あやふやで穴だらけの推理だけだ。

 それが問題のダンピールによる犯行ではないか? トーマスはそれを疑っていた。早朝、バルチェス子爵やルチリアーノの前では確証が無かった事と、自分でもあまりにも荒唐無稽に思えるから口にしなかったのだが。


「馬鹿を言うな」

 実際、吸血鬼にとってトーマスの推理は下手な冗談でしかなかった。

「お前達人間は、我々吸血鬼よりも弱点が少ないダンピールを危険視するあまり、過大評価する傾向があるようだな。

 ダンピールの素質は、特に吸血鬼の能力に関するものは吸血鬼側の親によって左右される。親が魔術に優れるなら、子も優れる。親が蝙蝠に変身できるなら、子も蝙蝠に変身できるようになる可能性が高い」


「逆に言えば、親が吸血鬼の割に魔術に優れないのなら、子も同程度の素質という事だろう。それぐらいは知っている」

 吸血鬼とトーマスが言うように、ダンピールが持つ吸血鬼としての才能は、親の吸血鬼に依存していた。

 他種族の血が混じったダンピールの子が、最も親の素質を受け継ぐとは邪神派の吸血鬼にとっては皮肉なものだが。


「ヴァレンは確かに太陽への耐性に優れていたが、それ以外は歳の割には強いだけの従属種だった。魔術は簡単な術しか扱えなかったと聞いている。就いたジョブも盗賊見習い、盗賊、格闘家で、才能が眠っていただけとも考えられない。

 それに、幾ら素質があっても当時一歳か二歳の赤子ではそれを活かせまい」


「それはそうか……」

「寧ろ、母親の方が怪しいのではないか? そのダンピールは霊媒師らしいのだろう。母親の霊の力を借りたのではないか?」

 霊媒師のジョブに就いている者は、霊と交信して知識を得る事が出来る。そこから更に一歩進んで、霊が生前行使していた魔術を使う上級者も存在する。


 吸血鬼は、母親が生前持っていた錬金術の奥義を幼くして霊媒師になったダンピールが用いたのではないかといったが、今度はトーマスの方が否定した。

「母親の方は調べたが、D級冒険者で精霊魔術なら兎も角錬金術の心得は無いようだ。とても錬金術の奥義や秘伝を知っているようには考えられない」


「ならば、偶々近い時期に起きただけの偶然なのだろうさ。用件はそれだけか? ならば失礼させてもらおう、幾ら永劫の時を生きる我等でも、無為に時間を過ごしたい訳では無いのでな」

 そう言うと蝙蝠は音も無く羽ばたくと、窓から飛び立って行った。鼻を鳴らしてそれを見送ったトーマスは、窓を閉めると小さく呟きを漏らした。


「偶然、か」

 エブベジアの事件を、辺境の小都市に起きた事件では無く、国家を揺るがす重大事件としてミルグ盾国は今も捜査している。何故なら、もしあの町と同じ事が城塞で起こればどうなるか……。

 どんな堅牢な砦も、高く厚い城壁も、何の意味もなさなくなる。いや、もしゴーレムがエブベジアの時と違い、内部にいる人間に襲い掛かれば、どんな精鋭で編成された軍も本来の力を発揮できずに大打撃を受ける。


 壁や天井や床から攻撃されるのだ。そんな状況でどうやって隊列を維持しろというのか。

 それを防ぐためには、どうやって町の外壁をゴーレムにしたのか突き止めなくてはならない。

 だが、その答えを魔術師ギルドの上層部ですら出せなかった。


 そもそもゴーレムとは、錬金術師が手間と魔力をかけて作る物だ。

 ゴーレムを作るための材料を用意し、それを手足や胴体等のパーツに分け、パーツ毎に各種触媒や霊薬と共に術を施し、そして最後にゴーレムを動かす人工核を埋め込む。

 そうしてやっと作れるものなのだ。


 だから既に完成している町の外壁や、使用されている領主の館や冒険者ギルドの建物、そして日々農民が耕し作物が実る畑の土をゴーレムに出来るはずが無いのだ。

 もしそれを可能とする錬金術師が居たら、ミルグ盾国だけでは無くアミッド帝国が何をしても囲い込みにかかるだろう。それが不可能なら、全力で闇に葬ろうとするに違いない。


「確かに、ただの偶然だな」

 たかが三歳程のダンピールが、そんな大物の筈は無い。トーマスはパルパペック軍務卿の顔に戻るとペンを取り、視線を書類に戻した。


 もしルチリアーノがオークの集落のエント製の外壁がウッドゴーレムと化した事に気がついていれば、彼がヴァンダルーの異常な魔力量を見抜いていれば、パルパペック軍務卿は違う判断をしたかもしれない。

 尤も、この段階で気がついても既に手遅れだったのだが。


 彼の失敗は、ダンピールの子供がグールを纏めるキングになったという【今まで無かった事態】を、【今までの常識】を基に対処する事の拙さに気がつかなかった事だろう。




 パルパペック軍務卿が吸血鬼と密談していたその頃、ヴァンダルー達は彼らが暮らしていたグールの集落に向かっていた。


 救出した百人程の女グール達は長く劣悪な環境に置かれていた事と、弱らせるため意図的に食事を制限されていた事で体力が落ち、中には手足の骨を折られた後歪な形で治されていた者もいて、とても長い距離を歩ける状態では無かった。


 グール化の儀式を受ける事を希望した女冒険者も例外では無く、大分衰弱していた。

 そんな総勢百人以上の女性を、それも魔物が出現する魔境の中を運ばなければならない。これはかなりの大仕事だ。


 その大仕事を行ったのは、ヴァンダルーが作った馬車とサムだった。

「起きろ、統合、変形」

 オーク達が破壊したエント製のウッドゴーレムの残骸。それをヴァンダルーは再びウッドゴーレムにすると、【ゴーレム錬成】スキルを使い、残骸を一つの木材に統合。そしてサムを見本にして変形させ、馬車の荷台を作ったのだ。


 本来なら金属も使わずに木材だけで馬車を作っても上手くいかないのだが、木の性質を持ったまま鉄に匹敵する硬度を持つエントの丸太から作られ、更に荷台全体がゴーレムであるため問題無く動かせた。それどころか、誰に引かれるでもなく自力で車輪を動かす事が出来る。


 幸い材料の残骸は呆れるほど転がっている。恐らくオーク達はブゴガンの命令で、エントを魔境から絶滅させる勢いで斬り倒して外壁にしたのだろう。

「坊やが人間の町に行ったら、これで食って行けそうじゃな」

「馬車作りですか? 材料が良いだけで、専門の職人がしっかり作った物と比べたらとても売り物にはならないと思いますよ」


「いや、木材の方じゃよ。人間の町では木材を手に入れるために金を払うのじゃろう? 坊やならその木材をそれこそ大鋸屑からでも作れるではないか」

「確かに、灰にでもなっていなければ出来ますけど……」


 金属と違って木材は一度切り分けると、炉で溶かして一つの材料に戻すという事が出来ない。そのため大工が技巧を凝らすのだ。

 しかし、ヴァンダルーは【ゴーレム錬成】スキルを使えば、そういった技術は無くても切り分けた木切れを一つの大きな木材に戻すのも自由自在だ。


 やろうと思えば斬り倒した木を製材する時に落とした枝や、切り分ける時に出る大鋸屑からでも柱や床板に使える木材を創り出す事が出来る。

 通貨文化の無いグールでも気が付く、革新的な技術といえる。


「でも、あまり仕事にはしたくないです」

「ん? 何故じゃ? 大儲けできるのではないのか?」

 乗り気では無さそうなヴァンダルーの様子にザディリスが尋ねると、彼は溜め息と共に答えた。

「大儲けできるようになるまでが、とても面倒そうだからです」


 ヴァンダルーが出来るのは、いわば廃材のリサイクルだ。リサイクルである以上、出来上がる木材は中古品である。地球なら再生木材と評してエコブームに乗れるかもしれないが、この機械文明どころか蒸気機関も無さそうなラムダでエコの価値がどれ程あるのか、そもそも人々にエコの概念があるのかも疑問だ。

 そんな中、ゴミから作られた中古品にどれくらいの値段が付くのか……。


 その上、これは【ゴーレム錬成】スキルを持っていないと出来ない事だ。これから習得する予定の錬金術を使ってマジックアイテムを作成し、ヴァンダルー以外も出来るようにするという事が出来ない。

 つまり、全部ヴァンダルー自身で行うしかない。


 結果、【ゴーレム錬成】スキルを使用したエコ木材で儲けようとすると、安い料金で長時間働かなければならなくなる可能性がある。

 それは贅沢コンプレックスを燻らせているヴァンダルーとしては、歓迎できない選択肢だった。


「まあ、地球にあった黒檀みたいな高級木材なら高い報酬が得られるかもしれないし、石材でも同じ事が出来るから、大理石で……ああ、でも石工ギルドとかあったら石材の出所を探られるかも。木材の方も木こりギルドとかあるかもしれないし……」


「人間の社会は複雑なようじゃな。坊や、悩むのはそれくらいにしよう、な?」

 頭を抱えて懊悩し始めたヴァンダルーを、ザディリスはそう言って宥めるのだった。

 因みに、人間社会では今現在ヴァンダルーが馬車を作っている材料のエント材は、杉や松等の通常の木材の十倍の値段で取引されているのだが、それが分かるのはまだまだ先の事だった。


《ヴァンダルーは、【大工】スキルを獲得しました! 【眷属強化】スキルのレベルが上昇しました!》


『坊ちゃん! 彼女達はお任せください!』

 そしてサムは、昨日の戦いで得た大量の経験値でランクアップしていた。

 ランク3のゴーストキャリッジが同格のオークは勿論、ランク5のオークジェネラル、そしてランク7のノーブルオーク、ブゴガンを轢き殺したのだ。さぞ莫大な経験値が彼に流れ込んだのだろう。


 お蔭でタレアが付けた物騒なスパイクが荷台にすっかり融合し、ランク4のブラッドキャリッジになっていた。

 そしてランクアップと同時に獲得したスキル、【サイズ変更】と【快適維持】によって特に弱っていた女達を運ぶ役に立っていた。


 【サイズ変更】は身体の大きさを変更するスキルで、本来三頭立ての馬車であるサムの荷台を大きくして四頭立てにしたり、小さくなって二頭立てサイズになったり出来る。

 【快適維持】は周囲の環境に関わらず荷台の中を快適に保つ事が出来るようになるスキルだ。


 そして元々持っていた【衝撃耐性】スキルのお蔭で、普通に進む分には振動は全くない。

 物騒な種族になったが、ますます利便性が増すサムだった。


 昨日の戦いで得た経験値によって、ヴィガロやサム以外にも多くのグールがグールウォーリアーやグールグラップラーにランクアップしていた。

 ヴァンダルーの配下ではサリアとリタ、そして骨鳥がランクアップしている。


 ただサリアとリタの種族名はランクアップしたのに変化せず、リビングハイレグアーマーとリビングビキニアーマーのままだった。

 これは多分、宿っている鎧の能力を二人は発揮しきれていない状態だったが、それが経験を積んである程度発揮できるようになったという事だろう。

 種族名に変化が無いのは、成長はしたがまだ完全に鎧に見合っていないという事か。


『早く高位の魔物になって、坊ちゃんに肉と骨も切らせて骨を断つような事をさせないで済む、立派なメイドになりたいです!』

『それはメイドじゃないって坊ちゃんが言いたいのは分かります。でも、私もリタも本気ですから!』


 どうやら二人は、血塗れで地面に倒れる胴体が切断されかけていたヴァンダルーの姿に大きなショックを受けたようだ。

 だから自分達がより強くならなくてはと、志を新たにしてくれたようだ。頼もしい限りである。


『グエエエエエ』

 骨鳥はランク4のスペクターバードにランクアップした。骨を包んでいた霊体の輝きは益々増し、遠目には光り輝く縁起の良い鳥に見える。

 しかし、地方によってはこの魔物の出現は凶兆だと考えられているらしい。そのような地方がオルバウム選王国に無い事を願うばかりだ。


 そしてグールの集落に戻る時に問題になる、一番大量の荷物……戦利品である敵の死体の運送だが、これは一番楽に済んだ。

 何せ、戦利品自身に歩かせればいいのだから。


『ぶふう゛うぅ』

『……ぎぃ……ぶぎぃい……』

 血抜きをした後【鮮度維持】の術で腐敗を停止した状態のオークやコボルト、調教されていた魔獣の死体を、ゾンビにすれば態々運ぶ手間は要らない。


 それどころか、生前使っていた武器や鎧、冒険者から奪った所持品を手に持たせれば荷物から運搬手段に早変わり。

 ゾンビと言っても腐敗を死属性魔術で停止しているから、肉も内臓も死んで一晩も経っていない新鮮ピチピチの状態が維持されている。


 だから集落に戻ったら死体に宿した霊を抜いて、ゾンビからただの死体に戻せば素材を取ったり肉を食べたりするのに問題は無い。

 しかし魔物はそれを知らないので、獲物では無くゾンビとしか認識できず積極的に襲わない。だから他の魔物に盗まれないように警備しなくてもいい。


 問題点は足が遅い事だが、今は弱ったグールの女達を運ばなければならないので足が遅くても構わない。

「これからは狩りで狩った獲物を、皆ヴァンダルーにゾンビにしてもらえば運ぶのが楽だな!」

 そうヴィガロ達にも大好評だった。


 『ぶごぉ……』と呻き声を漏らしながら歩くブゴガンのゾンビを気にせず、ザディリスに宥められ気を取り直したヴァンダルーは歩いていた。

 サムや他の馬車に彼が乗れない程スペースが無い訳ではない。もうすぐ三歳になる事だしそろそろ体力作りをしたい考えからだった。


『ねぇ、ヴァンダルー。お母さんもアンデッドやゴーレムになるのってどうかしら?

 それで強くなってヴァンダルーと一緒に戦うの。素敵だと思わない?』

「気持ちは嬉しいけど、それはちょっと。あまり長い間同じ入れ物に入っていると、霊の形が変わってしまうから生き返す時どうなるか分からなくなるよ」


 元々は他の生き物だった霊でも、特定の入れ物に長い間入っていると霊の形が入れ物と同じ形になってしまう。

 例えば、サムは元々人種の男性だったが、今彼が宿っている馬車の荷台から彼の霊を抜けば、その姿は生前の彼では無く、馬車の荷台に変わっている事だろう。


 それほど肉体を喪った霊体とは変化しやすい。形を保ち続けるには、強い怨念や憎しみ、未練が必要不可欠。

「それで、母さんには怨念や憎しみが殆ど無いから、宿った入れ物にすぐ影響を受けちゃうと思う。だからやめておいた方がいいよ」


 正直に言えば、ヴァンダルーにはそれが信じられなかった。ダルシアが憎しみも恨みも殆ど持っていない事が。

 何故あれほど惨い殺され方をして、憎しみや恨みに囚われずにいられるのか。

 一度直接聞いてみたが、「ヴァンダルーがしっかり生きてくれてるから」としか教えてくれない。


『そうかー、じゃあその代わりにもうあんな、肉も骨も切らせて骨を断つような事、しないでね』

 そう言って心配してくれる母が自分を殺した者共に恨みをあまり持たない理由が、言葉通り自分が生きているからなら、彼女を殺した連中への復讐心が一層滾ろうというものだ。


『もうすぐやって来る討伐隊の人達相手にも、危ない事しないでね』

 だが今はその時じゃない。まだまだずっとずっと、その時じゃない。そうヴァンダルーは復讐心を心の底に沈める。


「うん、約束する。危ない事はしないよ」




・名前:(骨鳥)

・ランク:4

・種族:スペクターバード

・レベル:37


・パッシブスキル

闇視

霊体:3Lv(UP!)

怪力:2Lv


・アクティブスキル

忍び足:1Lv

高速飛行:2Lv(UP!)

射出:2Lv(NEW!)




・名前:サム

・ランク:4

・種族:ブラッドキャリッジ

・レベル:72


・パッシブスキル

霊体:3Lv

怪力:3Lv

悪路走行:2Lv

衝撃耐性:2Lv

精密駆動:3Lv

快適維持:1Lv(NEW!)


・アクティブスキル

忍び足:1Lv

高速走行:1Lv

突撃:2Lv(UP!)

サイズ変更:1Lv(NEW!)




・魔物解説 ブラッドキャリッジ


 主に戦場で敵兵や味方の血で真っ赤に染まるほど、数え切れない程多くの死と怨念に塗れた戦車がアンデッド化した存在であるブラッドチャリオット……のキャリッジ版。

 通常、ただの馬車の荷台が数え切れない程の死と怨念に塗れる事は無いので、サムがラムダで初めて発生した個体かもしれない。


 ブラッドチャリオットは殺人衝動しか持たず、生者を轢き殺す事しか考えない危険なアンデッドで空いているスペースがあっても誰かを乗せる事は無い。

 しかし、サムは人(主にヴァンダルー)を乗せる事を前提としており、更に快適に過ごせるようにと心を砕き、これからの山脈越えの邪魔にならないようにと夜な夜な【精密駆動】の訓練をしていたためか、【快適維持】と【サイズ変更】というスキルを獲得している。


 更に戦闘能力も、タレアによって追加されたスパイクや装甲によって強化されている。尚、ランクアップ時にこれらの追加装備はサムの本体である荷台と融合している。

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