閑話29 ある元奴隷たちの決意
これはヴァンダルーが『ハイエナ』のゴゾロフのアジトを襲撃した数日後の話である。
エマは緊張のあまり乾いた喉を少しでも湿らせるため唾を飲み込もうとしたが、口内も乾ききっていたのでその行為に意味は無かった。
「お前達が新たな住人か……。いいだろう。原種吸血鬼にしてここの管理を司る我、エルペルがここのルールを教えてやる」
整列したエマ達の前に立っているのは、尊大な態度と口調をした白い肌と紅い瞳の美少年だった。
だがエマも含めて、その態度に不愉快さを覚えた者は誰もいない。何故なら目の前の線の細い、野良仕事などした事が無さそうな美少年は、本人が自己紹介したとおり原種吸血鬼なのだ。
エマもゴブリンやホーンラビットだったら見た事はある。だが、原種吸血鬼は彼女が知る魔物とは次元が異なる存在だ。
限りなく不死に近く、無限の魔力を持ち、鋼で出来た武具を飴細工のように捻り潰す。伝説に謳われる英雄でなければ、とても太刀打ちできない神代の時代から生きる化け物。
そうエマ達は巡教司祭が話す逸話や、吟遊詩人の歌から教えられてきた。
「いいか、何度でも教えてやるがよく聞け……まず朝六時起床、夜十時には消灯だ。朝食は七時に食堂へ移動して取る事になるので、その前に身支度と部屋の清掃を行う事。夕食は夜六時から八時の間、大浴場の使用は八時から九時まで。昼食は各自学校や職場体験先で取るが良い……つまみ食い、時間外の入浴、夜更かしには罰を与える」
そのエルペルが、エマ達がこれからしばらくの間暮らす事になる宿舎のルールを説明し始める。
「あ、あのっ、時間ってどこで確認すれば?」
「時計を見て確認するのだ。それと此処では朝六時から夜の九時まで三時間ごとに鐘がなる。それを聞き逃すな。……念のために聞くが、数字ぐらいは読めるだろうな?」
「あ、はい。小さな子供の中には読めないのもいるかもしれませんが」
その答えに満足したらしいエルペルは、背後の建物……エマ達がこれからしばらくの間生活する事になる宿舎を手で指した。
「貴様等はこの宿舎で夜に大声で叫ばず、備え付けの家具を壊さず、自分に宛がわれた部屋以外で就寝せず、部屋で酒を飲まず、賭け事もせず、規則正しい生活を過ごす事になるのだ……この管理人であるエルペルの眼が黒い内はな!」
「え、紅いじゃん?」
「黒い内と言ったのはそういう意味じゃない! 明日から通う学校でそういう事も教わって来るのだな!」
子供に指摘されたエルペルが怒り出し、慌てて子供の両親が謝り出す。
「すみません、すみません! どうかご容赦を!」
「……ふっ、まあいい。子供は元気で生意気なものだと神代から決まっているからな。それに我をよく見て、言葉をよく聞いていたと言う事でもある。
ウッズ、貴様にはこれをやろう」
そう子供の名前を呼びながらエルペルは外套の内側から乾いた大きな葉で包まれた何かを取り出した。エルペルは震え上がっている子供と親の前で、その何かを指でつまんで見せる。
「それは……?」
「我手製の干しイモだ。甘いぞぉ~。ウッズだけでは無く全員、一人一切れずつ受け取るが良い。それと部屋の鍵を配る。鍵は各世帯で管理し、紛失しないよう注意しろ」
「わ~い、干しイモだ!」
「待てっ、ちゃんと世帯ごとに並ばんか! 後鍵だけを持って行くな! 干しイモも受け取れ!」
「えっ? 私はもう大人ですけど良いのですか?」
「何だと貴様!? 我の干しイモが食えないと言うのか……ほ、干し杏の方が良かったのか?」
「ち、違いますっ、有りがたくいただきます!」
そしてエマも部屋の鍵と干しイモを受け取ったのだった。
ヴァンダルーは助けた奴隷や奴隷として売るために捕まえられていた者達の内、希望する者達をタロスヘイムに移住させる事にした。
だが、実際には彼に助けられた全ての者達がタロスヘイムへの移住を希望した。それは『ハイエナ』のゴゾロフの配下達は村を襲って人々を攫う時、略奪を終えて引き上げる前には家や田畑に火を放っていたからだ。
捕まえた村民達の逃げる意思を折るためにしていた事だが、その結果助けられた人達の帰る家や生活の糧を得る田畑が損なわれてしまっていた。勿論ゴゾロフ達から奪い返した財産はそれぞれ返却されたが……小さな村の住人達は元々そんなに裕福では無い。
そのためタロスヘイムに移住しなければ最悪春を待たずに野垂れ死に。運良く生き残っても、今年の人頭税を払うために必死に働かなければ奴隷に逆戻りと言う過酷な状況に置かれていたのである。
そしてエマ達はタロスヘイムへ移住する事になったのだが、連れて行って直ぐに解散! と言う訳にはいかない。だからヴァンダルーは、「きっとこういう事になるだろうから」と予想して建てておいた宿舎でエマ達を暫くの間生活させ、タロスヘイムに慣れてもらいながら学校に通わせ、そして就職先を斡旋し、ついでに年齢によっては訓練も受けさせる事にしたのだ。
そしてエマが初めて通う事になった学校で教鞭をとったのは……学校で勉学を教授するより、練兵所で新兵を扱いているのが似合いそうな人物だった。
「あたしはゴーファ。あんた達より数年前にヴァンダルー陛下に助けられた奴隷さ。そしてこの前この学校を卒業したから、二重の意味で先輩って事になるね」
活発で明るい口調の、見るからに姉御肌そうな女性だ。ただ身長は二メートル強で、筋肉が発達した二の腕はエマの太腿より太そうだ。
「あ、あんたが勉強を教えてくれるってのか?」
ゴーファの迫力に圧倒されていた生徒たちの一人が、思わずそう尋ねた。
この教室には成人した大人しか集められておらず、子供は別の階の教室に集められている。カリキュラムに違いは無いのだが、大人が子供の前で変な見栄を張ったり、子供達の方が勉強できるからとプライドが傷つけられたりしないようにと気を使ったらしい。
「おや、あたしが不安かい?」
その大人に向かってゴーファはニヤリと笑うと、背後のエマが始めて見る黒板にチョークで数式を書いて見せた。
「じゃあ、この問題を答えられる奴はいるかい!?」
彼女が出題したのは、三ケタの割り算であった。特段難しい問題では無いのだが……エマも含めてすぐに答えられる者はいなかった。
「ならこれが読めるかい?」
次にゴーファが黒板に書いたのは、「限界突破」と言う漢字四文字だ。だがこれもやはり誰も答えられなかった。
この『ラムダ』ではステータスシステムが存在する関係で誰もが簡単な数学を習うし、識字率も『地球』の中世と比べると高い。
しかし小さな農村やスラム街の住人などの中には、そうした数学を習わず、平仮名と片仮名しか読めない者も少なくない。
そしてエマ達は小さな村出身で、税の計算や書類を書く必要がある村長一族以外勉学とは無縁だった。
「皆分からないようだね。だけど安心していいよ。あたしも特別頭が良かった訳じゃないが、出来るようになったんだ。あんた達だって真面目にやれば、一年か二年でこれぐらい分かるようになるからね。書類仕事が出来た方が稼げるからね」
そう言って歯を見せるゴーファに、彼女も出来たのだから自分達もと大人たちは奮起したのだった。
……半年後、ゴーファ先生は旧タロスヘイム時代からの英雄『剣王』ボークスの一人娘で、子供の頃に一通り勉学を習い終えていて、学校では昔習った勉学を習い直しただけだった事が判明するのだが。
もっとも、既にその頃には皆それなりに読み書き計算が出来る様になっていたので、学習意欲が落ちて困る事も無かったようだ。
学校に初めて登校した日の帰り、エマは自分と同じくらいから十歳前後ぐらいの年齢の少女達に囲まれているゴーファを見かけて立ち止まった。
「やっぱり人気者なんだ、ゴーファ先生」
そう思ってしばらく見ていたが、様子がおかしい。
「先生っ、あたし、もう十分大きくなりました!」
「私も! 獣人は十歳でも大人と同じくらい大きくなりますから!」
「オラ、小さいけどドワーフだからで、本当はもう大人だから……」
聞こえてくる言葉から推測したエマは、一瞬ゴーファは同性でずっと年下の少女達から迫られているのかと思った。
「だからアンデッドになりたいんです!」
「あんたらねっ、生きている内からアンデッドになりたがってどうすんだい!? 陛下にも止めろって言われたばっかりじゃないか!」
……性的にではなく、生的に迫られていたようだ。
「私達、ボークス様みたいな立派なアンデッドになりたいんです!」
「お願いしますっ、紹介してください!」
「頼むから勘弁しておくれよ! 親父を紹介しても意味ないって!」
「あの、ゴーファ先生、これは一体?」
エマが遠慮気味に声をかけると、彼女に気がついたゴーファは額に手を当てて呻いた。
「あんた達が騒ぐからこの前移住してきた子まで来ちゃったじゃないか。変な誤解をされたらどうするんだい、全く。
ああ、気にしないでいいよ。この子達はある意味あたしの同期達さ」
ゴーファを囲んでいる少女達は、ゴーファと一緒にヴァンダルーにハートナー公爵領の奴隷鉱山から助けられた元奴隷達だった。
鉱山では狭い坑道の採掘に使うため小さい子供の奴隷に需要が在り、鉱山以外では小さい子供の奴隷は需要が少ない。そのため娼婦等に使えない年齢の少女や男児の奴隷の多くが奴隷鉱山へ送り込まれていたのだ。
きつい肉体労働と日替わりで死んでいく仲間達。明日は自分の番かもしれない。そんな環境で彼女達の瞳は濁っていき……そこでヴァンダルーに運良く助けられた。
その結果、彼女達はヴァンダルーがやや困るほど熱狂的なヴァンダルー教徒となったのである。
「それで、アンデッドですか?」
「はい、アンデッドになってランクアップしてあの方の役に立つんです」
「リタさんやサリアさんのような、立派なメイドになりたいんです」
エマに瞳を……何処か濁っている様な気もするが、輝かせて応える少女達。
「……メイドはアンデッドにならなくてもなれると思うけどねぇ。せめてグールとか吸血鬼とか、他のヴィダの新種族になる道もあるんじゃないのかい。獣人のあんたは兎も角」
「ザディリス様には断られました。もうちょっと、せめて二十歳近くになるまで待った方が良いと……」
「将来小さな胸を痛める事になるって……オラ達の事を思って言ってくれたのは分かるけど、これから更に何年もなんて待てねぇっ!」
どうやら既にザディリスには相談済みだったらしい。
「それはザディリスの忠告が正しいよ。吸血鬼の方も、皆同じ事を言うだろうしね。
確かにあの皇帝陛下はあたし達を助けてくれたが、それは別にあたし達の人生を捧げて恩返しするのを期待しての事じゃないよ。特に、あんた達は子供なんだから。
この国で日々健やかに育ってくれれば、それで十分だって本人も言ってたじゃないか」
「それはそうなんですが……私達も何かしたいんです!」
「むぅ、これが若さって奴なのか、十代前半にかかる病気なのか……ああ、あんたはそろそろ帰らないと管理人が心配して迎えに来るよ。門限破りの罰は尻叩きだから、早く帰りな」
どうやらエルペルが下す罰は、お尻ペンペンであるらしい。まあ、十万年以上生きている彼から見れば人種は全員幼子のようなものなのだろうが。
「い、今すぐ帰ります! ありがとうございました!」
しかしこの歳でそれは恥ずかしいと、エマは慌てて宿舎に帰るのだった。
「……アンデッド、か」
そう小さく呟いて。
そして移住して三日が経った頃、エマは自分の部屋で寝るまでの時間を一人で過ごしていた。
「……どうしよう」
ここ数日の内に起きた変化は、あまりに大きかった。
部屋の広さは一人のエマには十分なほど広く、そして家具は貴族にでもなったのかと勘違いする程豪華だ。
藁とは比べ物にならない程柔らかいベッド、短く「ライト」と言えば光るマジックアイテムの照明、クローゼットの中には村には無かった鮮やかな色に染められた冬服が五着。
それに暖房機。どういう仕組みなのかエマは知らないが、金属の管の中をお湯が通っていて、それで冬の間は部屋を暖めてくれるらしい。
ここはエマが暮らしていた村より多少南に在るらしいが寒いので、とてもありがたい。……村にもあったら薪集めで苦労する事も無かっただろうに。
食事も一日に三度、美味しいものばかりが出される。ただのスープでさえ、「ダシ」と言う物が効いているそうで、とても美味しいのだ。
だからこの待遇に不満は無い。寧ろ申し訳なくなってくるぐらいだ。何せ、エマは何もしていないのだ。ただ襲われ、両親を殺され、捕まって馬車に乗せられ、そこでただ助けられた。それだけだ。
「……てっきり下働きとか、きつい仕事をするもんだと思ってた」
エマは行く当てがないなら、タロスヘイムと言う聞いた事も無い国に移住しないかと聞いた時、ヴァンダルーは労働力を欲しているのだろうかと思った。
だから移住したら次の日から働いたり、未婚の男と引き合わされたり、そうした扱いが待っているのだろうと思って覚悟していた。……別にヴァンダルー達が悪い人だと思ったからではない。それぐらいが普通だと思っていただけだ。
この世界では『人権』と言う概念が薄い。全く無いわけではないが明文化されておらず、『地球』と比べれば無いも同然だ。
だから山賊や人身売買組織から違法奴隷が救助された場合、奴隷から解放される以外の援助は多くの場合頼りないものだ。
近くの町や村で攫われた場合、そこが健在なら送り届けてくれるかもしれない。怪我をしていればとりあえず治療してくれるし、数日の間保護してくれるかもしれない。
だが多くの場合それぐらいだ。エマのように身寄りのない者を長期間保護し、職を斡旋するなんてほとんどない。
違法奴隷の境遇から救い出されたが、身寄りも財産も無い上に職を見つける事も出来ず、結局合法的な奴隷に身を落としたなんて話は幾らでもある。
それでもまだマシな方で、昔に滅びた国だが捕まっていた人々は犯罪者の「財産」であるため、領主が徴収するなんて法がまかり通っていた時もあったらしい。
だからエマは戸惑い、そして居心地の悪さを覚えていた。この国は、確かに奇妙だ。当たり前のように魔物やアンデッドが行き交い、人間のように振る舞っている。宿舎の管理人であるエルペルのように人間そっくりな者も少なくないが、スケルトンやリッチ等一目で生きている人じゃないと分かるアンデッドも多いし、時々人間大の黒い蟲や、空飛ぶ眼球も見かける。
そうした者達にまだ慣れない元奴隷も多いが、エマはもうスケルトンぐらいでは驚かなくなっていた。だから思うのだ。他の奇妙な住人達に慣れたらこの国は楽園に等しいのではないだろうかと。
「別に働かなくても食べていける訳じゃないけど、あのまま何事も無く村で生きていくよりずっと恵まれた暮らしが出来ると思うし……本当にいいの? 私なんかが。何かしたわけじゃないのに」
そう部屋で漏らしたエマの疑問は、二日後確信に変わった。両親と再会したのだ。
『おおぉ……エマぁぁぁ……』
『無事だったのね。本当によかったわ』
「父さんっ? か、母さん?」
両親にとってエマは子供が中々出来なかった自分たちにやっと出来た一人娘で……つまり二人は村が襲われた時既にそれなりに歳をとっていた。そのため、人狩り達に商品価値なしと見なされ殺されてしまったのだ。
そしてヴァンダルーが襲われた村の跡地に行って、エマの両親を含めて残っていた霊を集めて来たのだ。
『ご家族とも相談して正常な輪廻に還るか、アンデッド化するか、魔物に疑似転生する等進路を決めてください。アンデッド化の場合は本人の人格が最も残りやすいです。疑似転生は、場合によっては全て忘れてしまう事もあります』
疑似本体型使い魔王がそう説明するのを聞きながら、もう会えないと思っていた両親との再会をエマは喜んだ。
そしてこの時彼女は決心を固めたのだ。
王城の地上一階で、ルチリアーノは殆ど見覚えが無い少女達に言った。
「久しぶりだが、元気な様で何よりだ。元奴隷仲間として、とても嬉しいよ」
「はい、お久しぶりです。ルチリアーノさん」
少女達の方も殆どルチリアーノの事を覚えていなかったのだろう。言葉とは裏腹に懐かしそうな様子は殆ど無い。
ルチリアーノもハートナー公爵領で貴族のお家騒動に巻き込まれ、冤罪で犯罪奴隷に落され奴隷鉱山で働かされていた。だから少女達とは元奴隷仲間ではある。
しかし彼と少女達では働いていた場所も入れられていた監房も異なるため、馴染みは無かった。
そしてヴァンダルーに助けられた後も、ルチリアーノは彼に弟子入りし王城を出入りする様になり……殆ど地下工房に住みつくような生活をしているため彼女達と交流することもなかったのだ。
ルチリアーノは自分がこのタロスヘイムの中でも奇人変人の類である事を自覚していた為、意識して交流を避けてきた面もあるのだが。
「ゴーファから話は聞いているよ。君達は遂に彼女から音を上げさせ、見事私を引きずり出した訳だが……流石にアンデッドになるのはどうかと私も思うよ? もっと別の道に進む事を推奨する」
そう言うと少女の一人が落胆と驚きを露わにして口を開いた。
「そんな……普通の人みたいなことを言って誤魔化さないでください!」
「いやいや、幾ら私が奇人変人でも全ての言動がイカレポンチだと思うのは、酷い誤解だと思うよ」
基本的にルチリアーノは、マッドサイエンティスト然とした性格をしている。必要があれば真人間らしく振舞う事も出来るが、実際は山賊等で人体実験をする事を躊躇わない。そして生きている人間よりアンデッドに興味がある。
生まれてこの方女性の裸体を見るために覗きを働いた事は無いが、巨人種の英雄アンデッドであるザンディアやジーナの肌、そして何より内部の様子を見ようとヴァンダルーの手術風景を覗こうと試みた筋金入りの変人である。
だが、生きている少女達がアンデッド化したがるのを止めるぐらいの良識は流石に持ち合わせていた。
「専門家として言わせてもらうが、強いアンデッドになるには強い恨みや未練が必要だ。君達のように自ら望んでアンデッドになった事例の記録は極僅かしか残っていないが……何人かの魔術師が研究の結果ハイリッチやエルダーリッチ等になった以外は、ほぼ失敗し、ただのリビングデッド、ランク1の動くだけの屍となったそうだよ。
君達もそれは望んでいないだろう?」
「それは……だども……」
ルチリアーノの説明に、動揺する少女達。
「それにアンデッドになってからランクアップするつもりなら、生きたまま研鑽を積んでも同じだと思うがね。アンデッドの方が生者より成長速度が速いように見えるかもしれないが、生者の力も悲観したものでは無いと思うがね」
「確かにそうかもしれません」
ルチリアーノの説得に彼女達の代表格の少女も、一理あると頷いた。しかし顔を上げると同時に口を開いた。
「ですが、人種やドワーフでいるよりもそれ以外の種族になった方があの方に近づける気がするんです」
「あたしは獣人だけど、同じ意見です」
「むぅ、意外なほど師匠の導きの本質を理解してるな……利口で厄介な子供等め」
彼女達の言葉が正しい事を知っているルチリアーノは、眉を顰めて唸った。彼女等は誰に説明された訳でもないのに、直感的にヴァンダルーの導きの本質を理解している。
ヴァンダルーの導きは「冥魔創道」……人間も導くが、人間よりも魔物を、それも死に近い魔物やアンデッドの方がより作用する。生者に対しての憎悪と食欲しか持っていなかった下等なアンデッドが、それらを捨て去る事も厭わない程の影響を与えるのだから、確実だ。
(しかし、より導かれるためにと言う理由で種族を変えたいとまで望むのは彼女達ぐらいだ。やはり生きた屍に等しい状態で魅了され、その後生者として健康な状態に戻って死から遠ざかったため導き的な物が前よりも減ったせいか?)
そう推測したルチリアーノは、少女達を説得するのを諦めた。自分の推測が正しいなら、彼女達を理論で説得するのは不可能だからだ。
寧ろ下手に拒絶すると、近い将来思いつめて自殺騒ぎを起こすか、吸血鬼になるため貴種吸血鬼を襲撃して血を奪おうとするかもしれない。
しかし不思議なのは――
「彼女等の事は分かった……と言うか諦めたのだが、何故君までいるのかね? たしか、君は新顔の筈だが」
少女達にエマが混じっている事だった。
「私も、強くなりたいからです」
「……いや、だから普通に強くなる方法ではだめなのかね。国民皆兵訓練なら、一カ月もすれば受けられると思うが」
タロスヘイムは国民皆兵制度……国民全員に他国の平均的な兵士一人を返り討ちに出来る戦闘力を、身に付けさせる制度を採用している。
リビングアーマーを着てクロスボウや槍の訓練を行い、【弓術】や【槍術】スキルを2レベルまで獲得するのだ。
「その事は聞きました。でも、それじゃ足りないんです。だって……私は本当に何もしていないんです! あの馬車に乗せられて目の前で女の子が殺されそうになったあの時も、見ていただけで……怖くて動けなかった!」
エマはヴァンダルーが潜り込んでいた馬車に乗っていた一人だった。そして彼が幼い少女を助けた場面に居合わせたのだ。
一見すると自分よりか弱そうな少年が少女を助け……舌を伸ばして悪漢の耳の穴を貫いて脳を一部破壊して身体を乗っ取ると言う異様な手段だったが、助けた。
その間エマは少女の兄のように悪漢を止めようともせず、怯えて、自分が標的にならないよう縮こまっていただけだった。
そんな無力で卑怯な自分が助けられ、両親ともアンデッド化してちょっと言葉が不自由になったけれど再会させてもらえた。そんな厚遇を受けているのが納得できない。それがエマの心理だった。
「……それで普通に感謝している時点で、君もかなりやられていると思うが。真っ当なアルダ信者が両親をアンデッドにされたら、怒り狂うか嘆き悲しむと思うよ」
「そうなんですか? 私の村にはボティン様の祠しか無かったので……」
「いや、ボティンの教えでも死者は大地に還るべきだと説いていたと思うが。それにアンデッドの気配を生者は本能的に恐れるものなのだがね。
兎も角、君の主張も考え過ぎだと思うよ。師匠の人助けは、師匠なりの理由があってやっている事だから」
ルチリアーノが見る限り、ヴァンダルーが人助けを行う主な理由は二つ。一つは仲間の為。彼が仲間と見なす者達の身内や知人が対象の時もあれば、何の縁も無いが仲間達が喜ぶだろうから助けている場合もある。
この範囲が異常に広い。何せヴァンダルーが仲間と見なす対象には神すら入っているのだ。
『生命と愛の女神』ヴィダが喜ぶだろうから目についた弱者を、大きな負担にならない範囲で助ける。この時点でちょっとした博愛に等しい。
そしてもう一つの理由が、ヴァンダルー自身の為だ。別に助けた相手から即物的な利益を得ようとしている訳では無い。彼自身の人間性や精神のバランスを維持する……人の側で居続けるための行為である。
このとても心情的な理由が、馬鹿に出来ない。もしヴァンダルーが情けを知らず、敵に成りうる存在……アルダ勢力の神々の信者やアミッド帝国の勢力圏の人間を積極的に殺し、他人を顧みない人格の持ち主だったら今ほど強かったか、そして生き残れたか分からないからだ。
ダルシアの息子として生まれた後、ザディリス達グールと出会って彼女達を助けなかったら、骨人達をただの駒として扱い続け使い捨てにしていたら、タロスヘイムを復興させず巨人種アンデッドを支配していたら……他のヴィダの新種族や人間達に手を差し伸べなかったら。
アルダ勢力に次代の魔王として危険視される事は無かっただろうが、レビア王女達を解放するために向かったハートナー公爵家の城の地下で【魔王の欠片】を取り込む事も無く、仲間を守るために研鑽を積む事も無く、転生者達や邪神派の吸血鬼にあっさりと殺されていたかもしれない。
ヴァンダルーは残酷だから強くなったのではない。狂っていても他人に情けをかけるから強くなったのである。この帝国同様に。
「それに、師匠は弱さに寛容だ。力の無い者の勇気を褒めるが、だからと言って臆病である事を責めてはいないだろう?」
「それはそうですけど……私が納得できないんです!」
「そうかね、分かった。もう面倒だから話を進めよう……幸いここに使い魔王はいないから師匠は止めないし、一人分ぐらい増えても問題無いだろう」
エマを説得するのが面倒になったルチリアーノは、説得できなかった場合に使うとヴァンダルーから許可を得ていたボトルを荷物から取り出した。
「それは……お酒ですか?」
「いや、師匠の血。ストレートだ」
ボトルの中身を聞いてエマと少女達は息を飲んだ。
「実は、師匠の血から作ったブラッドポーションを飲んだ実験動物が一斉に魔物化してね。それで人間も同じなのではないかと、私と他一名が師匠の血を飲んでみたのだが……前よりも夢で師匠に会うようになった事以外特に変化が無くてね。
それで、もしかしたら性別や年齢、種族や体質によって結果が変わるかもしれないと思ってね。君達がどうしてもというのなら、これの実験に付き合ってくれたまえ。ただ、まずは十五歳以上に限定させてもらうがね」
そう言いながらルチリアーノはボトルと同じように荷物から杯を取り出し、そこに血を注いでいく。本来なら鉄臭いはずの紅い液体から、エマの鼻腔は甘い香りを嗅いだ気がした。
「さて、どうするかね? 別に飲んだからと言って変化があるとは限らない訳だが……」
それから数日後エマは人種のままだったが、握り拳大の眼球を磨いては隣の肉片に埋め込む仕事をしている夢を見たらしい。
8月4日に閑話30 三度目で十分な元アイドル、8月8日に九章キャラクター紹介を投稿する予定です。




