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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第九章 侵犯者の胎動編
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百九十九話 どちらもハードモード

 『ブレイバーズ』のリーダー、雨宮夫妻の家があるのは高級住宅街だ。当然治安は良く、監視カメラや最新のゴーレム警備システム(『地球』のドローンに近い)が採用されている。

 各家が常駐の警備員……軍隊経験者などを雇っている事も珍しくなく、この高級住宅街で泥棒や強盗を働こうとするのは、刑務所か棺桶に入りたい者だけだと言われていた。


 そんな昼間の住宅街の通りを、バンダーは後ろ向きに移動していた。通常時は実体を持たない彼は、音も無く地面の上を滑る様に動いている。まるで誰かに引っ張られているかのように。

(ここは『地球』の日本に相当する位置にある日本国……魔術が存在するファンタジーな世界の筈なのに、近未来SF映画の世界にしか見えませんね)


 頭部にカメラを搭載している警備用ゴーレムや、荷物の配送に来た自動運転システム搭載のゴーレムトラック等を眺めて、そう感じる。ゴーレムの部分をロボットに置き換えれば、本当にSFだ。実際機械も使われているので、魔術と科学のハイブリットと言える。


 だったら素直にロボットで良いのではないかとも思うが……残念な事にこの『オリジン』ではロボットと言う言葉は一般的には使われていない。『オリジン』のロボットとは、魔術を使われていない珍しいゴーレムを意味する専門用語である。


(魔術が存在する分、『地球』より文明が進歩しているのかもしれませんね。

 そうした世界の違いによるあれやこれやはともかく……やはり今の俺の本体はめー君になっているらしい)

 後ろ向きに足を動かさず進んでいるように見える(実際には冥以外には見えないのだが)バンダーだったが、実は自分の意思で動いている訳では無い。


 彼から見て約五十メートル後方の冥が乗ったベビーカーを、母親の雨宮成美が押すのに合わせて後方に引っ張られているのである。

 成美が何の抵抗も覚えていない様子なので、バンダーは段階を踏んで試みてみたが、全力で踏ん張ってもその場に止まるのは不可能だった。恐らく、【実体化】して地面に鉤爪を突き立て吸盤で吸着しようと、意味は無いだろう。


『さて、距離やゴーレムに搭載されている魔力センサーに俺が映るかどうかの検証は終わったし、後は……』

 バンダーは端が耳まである口を大きく開き、舌を伸ばした。続けて普段は髪に隠れている二本の触角も伸ばす。

 それぞれ十メートル以上先まで伸びたのを確認する。

 その後、一見するとコートのような飛膜を少し開き、【魔王の肺】と【魔王の口吻】、そして【魔王の角】を使った空気銃を発射する。


 発射された角は、はるか遠くに飛んで行った。勿論、実体の無い霊的な弾丸なので何かにぶつかる事は無い。

『俺自体はめー君から五十メートルまでしか離れられないけれど、そこから更に舌や触角を伸ばし、切り離した一部を発射する事は可能と。この分なら魔術でも同じ事が出来そうですね。

 では……戻りましょうか』


 身を翻したバンダーは、五十メートル先のめー君ともう一人の自分の元に戻る。その速度は凄まじく早く、走っている車にも追いつけそうだ。


『この速さもどうなっているんでしょうね? 本体の能力値がそのまま採用されているんでしょうか? ただいま、めー君、もう一人の俺』

「ばんだー」

『お帰り、もう一人の俺。じゃあ、元に戻りましょう』

 ベビーカーの中できゃっきゃと楽しそうな様子の冥だったが、霊的な存在である事を活かして分裂していたバンダーが一人に戻ると、しゅんとしてしまった。


「あぶぅ……ばんだー……」

『めー君、一人に減ったんじゃなくて元に戻っただけだから、ね?』

「奥様、今朝から冥ちゃんが時々言っている『ばんだー』ってなんの事だかわかりますか?」

「それが、良く分からないのよ。多分パンダの事だと思うけど……」

 冥は今、雨宮成美とお手伝いさん兼ベビーシッターの女性に連れられて公園に向かっているところだった。ちなみに、長男の博は友達の家に遊びに行っている。


「う~」

『めー君、外やこの人……お母さん達がいる間は抱っこできないのですよ。驚かせてしまうから』

 雨宮成美をそう呼ぶ事に違和感を覚えるバンダーだったが、冥の前で実の両親に隔意がある様子を見せたくなかったので苦労していた。

 さっさと吹っ切れないといけないのだが、まだ冥に憑いて一日と経っていない状態では無理だ。


「じゃあ、冥ちゃんにはパンダが見えているのかもしれませんね。この前はワンちゃんが見えていたみたいでしたし」

「そうね、子供には大人とは違う風景が見えるって言うし、冥には今までもそう言う事があったから」

 ただ成美とベビーシッターの二人の疑問は解決したようだ。深刻に悩まなかったのはバンダーにとってありがたい。


 そうこうしている間に公園に着いた。流石に滑り台やジャングルジム等の遊具は『地球』や『オリジン』でも変わりは無いようだ。

 ただ一歳の冥がそれらの遊具で遊ぶ事は、まだない。成美とベビーシッターの女性が公園に来ていたママ友やベビーシッターと会話して子育てに関する情報交換をしている間ベビーカーで昼寝をするのが殆どだ。


「うちの子はやんちゃだからもう大変で、身体が持たないわ」

「やっぱり男の子は大変ね。でもうちの博ったらゲームに夢中で……」

「そう言えば最近のゲームって、外に出ないと遊べないって聞いたけど――」



『平和ですねー。やはり俺がヴァンダルー本体ではないせいで【冥魔創道誘引】の効果が抑えられているのか、霊が寄って来る事もあまりありませんし』

「わんわん~」

『めー君、あれはワンワンだった存在です。特に良くない雰囲気なので、声をかけたら危ないですよ』


 そう言いながら、バンダーは成美の顔を見ながら、彼女と話している主婦の一人に向かって、無造作に腕を突っ込んだ。

「うっ? ……変ね、疲れが出たのかしら?」

 小さく呻いて戸惑う主婦の身体に突き入れた腕を、中身を探りながら動かす。


『既に全身霊体ですからこのまま……特に異常無し。次……神経の炎症、お薬出しときますね。次……深刻そうな肩凝りですね。解しておきますからお大事に』

 次々に主婦の身体に腕を突き入れ、霊体による診察をする。そして腕と同じように舌を彼女達の身体に挿入した後、極一部だけ【実体化】。患部に適切な薬品成分を分泌し、簡単な治療を行っていく。


 それが終わると、バンダーは短く呻いたり、急に腰の具合が良くなったり、「肩があぁぁっ」と喘いでよろめくママ友たちに戸惑っている成美をじっと観察する。



「皆さん大丈夫ですか!?」

 どうやら成美は、バンダーの行動に気がついてはいないようだ。

『魔術を使わなければ、この距離でも気がつかないか。じゃあ、暫くはスキルと欠片の力を中心にして行動すれば平気ですね』


 【魔王の副脳】と【魔王の神経】を使って他人の肉体を乗っ取る寄生型使い魔王は、スキルの使用に大きな制限を受けるが、バンダーはヴァンダルー本体の魂の欠片を使って創られた存在だ。

 そのため【実体化】スキルを使えば、大体のスキルを使う事が出来るだろう。


『ユニークスキルまで使う事が出来るかは分かりませんが。でも流石に試す為だけに他人を洗脳したり、魂を喰ったりするのはやり過ぎでしょうし』

「ばんだー、まま、ずぶー?」


「ママがどうしたの、冥?」

『お母さんには緊急に治療が必要な時以外、腕や舌を突っ込んだりしませんよ。流石に気がつかれるかもしれないし』


 そんな会話を成美越しにしていると、事件が起こった。良くない雰囲気の犬だった存在……犬の霊が突然飛び上がって、ジャングルジムで遊んでいた子供に噛みついたのだ。

『ぐる゛る゛る゛ぅっ!』

 いくらここが治安の良い高級住宅街でも、霊的な存在までは取り締まれない。しかし本格的な悪霊、ゴーストとして生者の前に姿を現し、呪ったり実体化して噛みついたりといった事が出来るようになるずっと前の段階だ。


 噛みつかれても傷つく事は無い。ちょっと足が滑る程度の、何て事はない不幸が起きるだけだ。

「わっ!?」

 しかし噛みつかれた子供はタイミング悪くジャングルジムを登っている途中だったので、足を滑らせて落ちそうになる。しかも、咄嗟にジャングルジムに掴まろうとして体勢を崩してしまった。


「わぁ~っ!」

 そして落ちた。後頭部を下にして。

 時間にして数秒の出来事なので、勿論その子供の親も成美も間に合わない。と言っても、ジャングルジムはそれ程高くは無い。体重の軽い子供がそこから落ちて後頭部を打っても、たんこぶが出来る程度で意外と平気かもしれない。


『ぎゃいんっ!?』

「っ!? ……?」

『でも、下手すると死んじゃいますからね』

 その数秒の出来事に、犬の霊を蹴散らして間に合ったバンダーは、柔らかい脂肪を増やし更に衝撃を吸収する体毛で包んだ手を子供の後頭部と地面の間に差し入れたまま、そう呟いた。


 落ちる瞬間に、その手だけを【実体化】させたのである。


 異変に気がついた子供の母親が駆け寄って来た。痛みが無く後頭部に触れたもこもことした柔らかい感触に戸惑う子供を抱き上げて、怪我をしてないか確認している。


「ばんだーっ♪」

 それと交代で戻ってきたバンダーをはしゃいだ様子の冥が迎える。

「打ち所が良かったみたいね。怪我が無くてよかったわ」

「ええ、本当に」

 子供に怪我が無さそうな事に安堵する成美達の様子を見て、バンダーはなるほどと呟いた。


『やはり欠片を操作するだけなら、雨宮成美にも感知されないみたいですね』

 バンダーにとって最優先すべきは冥だ。更に、冥以外には自分の存在は出来るだけ隠し通さなければならないとも思っている。他人の命を守る事でも、ましてや正義の実践でも無い。


 しかしそれは冥以外の誰も助けず、何もしないで見捨てると言う事では無い。

『力ある者には責任が伴う……なんて考え方は嫌いですし、めー君に教えるつもりはありません。ですが簡単に人を助けられるのに、それをしない俺の姿を見せ続けるのは教育上問題です。これから彼女が身に付けるべき社会的道徳や情緒、他人に共感する能力の発達に大きな障害になるかもしれない』


 誰にでも優しい博愛主義者になる必要は無いが、出来れば明るくて人を思いやれる女の子に育ってほしい。

 ……単にヴァンダルーと同じ性格のバンダーが、見捨てるのに抵抗を覚えるからという事もあるが。


『それに、どうせ俺の存在はかなり高い確率で数年内にばれますからね』

 そう言って溜め息をつくバンダーが見つめるのは冥の母親、雨宮成美……他人と精神的に繋がり記憶や五感を共有できる【エンジェル】の能力を持つ転生者だ。


 カナコ達から聞いた彼女の力を冥に使えば、バンダーの存在はあっさりばれる。

 成美も無意味に娘に力を使う事は無いだろうが……娘にしか見えない謎の友達の存在に疑問を覚えれば使うだろう。


 そうならない場合もあるが……今度は冥の特異性に周囲の人間は気がつくはずだ。

「ワンワン?」

『大丈夫、悪いワンワンは俺が脅かしたら何処かに逃げて行ったから』

 彼女は死属性の適性を持っていて、しかも霊的な存在が見える。


 プルートーの力を胎児の状態で受けたのが原因なのか、冥は『オリジン』ではもう一人もいないはずの死属性の適性を持っている。何故そうなったのかバンダーには分からないが、事実は事実である。

 それがどれくらいのものなのかは分からない。プルートー達のように、魔術を一つだけ特殊能力のように使えるだけなのか、ヴァンダルーのように【死属性魅了】まで獲得して複数の魔術を取得し使う事が出来るのか。


 しかし、それが判明すれば世界中が彼女に注目する。【ブレイバー】の雨宮寛人と【エンジェル】の成美の娘である以上、いきなり捕まる事は無いだろうが……死属性魔術を習得する事を目的にしている【アバロン】の六道聖が黙っている事は無いだろう。


 その結果起こるトラブルによって、やはりバンダーの存在は明らかになるだろう。


『俺よ……別に恨む訳じゃないけど、こっちも状況がハードです』

「ばんだー」

『ところでめー君、めー君ではなく冥ちゃんと呼んだ方がよくないですか?』


「う……うぅ~っ」

「どうしたの、冥? 急に泣きそうになって……お腹が減ったの? 眠い?」

『分かりました、これからもめー君と呼びますね。ほーら、触角ですよー』




 ロドコルテの御使いに、つまり天使になってから数年が経った町田亜乱や島田泉、そして円藤硬弥は、輪廻転生システムのメンテナンスをある程度行う事が出来るようになっていた。

 本格的な調整は無理だが、発生したエラーを解決する程度は出来る。その程度だ。


『何とか鎮まったわね』

『まさか『オリジン』の方でエラーが起きるとは……アンデッドの大量発生でもあったのか?』

 そのお蔭で、突然エラーを起こした輪廻転生システムのメンテナンスを行う事が出来た。


『もしアンデッドの大量発生なら一大事だがその様子は無いよ。六道の記録を見ても、死属性の実験を行った様子はない』

『じゃあ、いったい何が起きたの? 『オリジン』にはヴァンダルーはいないのよ』


 輪廻転生システムに重篤なエラーやバグを起こさせる原因は、ヴァンダルー。ロドコルテだけでは無く、泉達にもそんな認識があった。

 ロドコルテのシステムは本来完成度が高く、定期的にメンテナンスさえしていればヴァンダルー以外の原因でエラーやバグが起きる事は無いのだ。


『そうだよな、幾らあいつでも異世界から異世界に飛び回るなんて事は……前言撤回。おい、ジョゼフの記録を見て見ろ』

『何かおかしい事でもあったのか? 確かに急に不眠症や幻聴幻覚が快方に向かったのは、大きな事だと思うが』

『違う、夢だ。夢の記録を見て見ろ!』


『夢?』

 ロドコルテの輪廻転生システムを通して見る人々の記録には、個人が見た夢の記録も含まれている。ただ、不安定で理不尽な夢の記録だ、ロドコルテは勿論、泉達も滅多に見る事は無かった。


 だが亜乱に言われて記録を見た泉と硬弥は、絶句して硬直した。

 ジョゼフの夢の記録はその時だけとても明瞭で、細部まで見分ける事が出来てしまう、無数の人体や魔王の欠片で構成された身体の巨人の姿が在った。


『これは……何だ? 姿の割に、何と言うか……』

『ジョゼフをとても気遣っているように見えるわね。この甲高い鳴き声は……言葉なの?』

 どうにか思考を再開させた二人は、異形の巨人に関して分析しようとした。ただジョゼフが凄まじい悪夢を見ただけでは無い。それにしては、この巨人の存在感は異常だ。


 誰もすぐにその正体がヴァンダルーだとは気がつかなかった。それまでロドコルテもそうだが、人間が起きている間の記録ばかり見て、夢の記録はほとんど見なかったからだ。

 しかし、推理を繰り返していく内に彼以外には無いだろうと言う確信が深まっていった。


『……多分、ヴァンダルーだ。六道の実験に使われている被害者の記録も見てみたが、被害者たちもジョゼフと同じ夜、同じ夢を見ている。【メタモル】もだ』

『これがヴァンダルー? 『ラムダ』に転生する前は、死属性の魔力を纏っている事以外は人の姿形をしていたと聞いたけど……待って、じゃあさっきまでのエラーはジョゼフ達の魂が導かれたからなの?』


 『ラムダ』と同じ事が『オリジン』でも起きたのかと驚く泉だったが、硬弥が『いや、まだ導かれてはいない』と答えた。

『ジョゼフたちが導かれたなら、私達は彼の記録をもう見る事が出来なくなっているはずだ。だから、まだそれは無い。恐らく、カナコ達のように複数回の接触が必要なんだろう。

 だから次に同じ事が起きなければ、ジョゼフ達はロドコルテの輪廻転生システムに留まるはずだ』


『次、か』

 その次は絶対に、起きる。そう硬弥と亜乱は確信していた。一度異世界の人間の夢に現れたのだから、それを妨害出来る存在がいない以上、ヴァンダルーがまた同じようにジョゼフや真理達の夢に出る可能性が高い事は明らかだった。


 それを察していてもどうする事も出来ず、更にジョゼフや真理……特に真理にとっては導かれた方が幸せだろう事も分かるので、亜乱は自虐的な笑みを浮かべた。

 いっそ毎夜毎夜夢に出てくれないかなと。


『まって、ならエラーは何故起こったの? ジョゼフ達が影響を受けただけでまだ導かれていないなら、エラーは起きないはずよ』

 だがそんな笑みは泉の言葉を聞いて吹き飛んだ。


『確かにそうだ。もしかしたら誰か導かれた奴がいるのか』

『転生者じゃない。記録を見る事が出来るのは、もう全員確認してある。プルートーのファンの方か?』

『その辺りはロドコルテも注意を払ってなかったから、どれくらいいるのかも分からないものね。確認するわ』


 システムを使って調べ出す亜乱達だったが、プルートー達『第八の導き』を信奉する者達の記録は全員見る事が出来た。

 なら一体誰が導かれたのか。手がかりを無くした亜乱達は、ジョゼフ達の夢の記録を改めて見直した。

 すると【メタモル】の獅方院真理の夢に行きついた。


『もしかしたら、ヴァンダルーは誰かと会話しているんじゃないのか? この黒い何かと』

『これは、子供か? 子供……もしかしたら!』

 亜乱は慌てた様子である記録にアクセスしようとして……出来なくなっている事に気がついて確信した。


『硬弥、泉、誰が導かれたのか分かった。雨宮と成瀬、二人の娘の冥だ』

『そっちか。……たしかに、記録が見られなくなっているな』

『まさか彼女だなんて……ノーチェックだったわ』


 硬弥や泉達が『オリジン』で生きている者達の内、頻繁に様子を見ていたのは自分達と同じ転生者と、その周囲の関係者、そして『第八の導き』の崇拝者達の記録だ。冥は全くのノーチェックだったのである。

 冥も雨宮寛人と成美の子供である以上関係者でもあるが、何分まだ一歳だ。彼女自身の記録を見るより、両親である雨宮夫妻やベビーシッターの記録を見た方が情報を得やすかったのだ。


『あいつも意図的にやっている訳じゃないだろうが……どうする? ロドコルテの野郎は気がついてないはずだが』

『会談中だからね。……亜乱、ロドコルテは帰って来た後気がつくと思うか?』

『いや、俺達が言わない限り気がつかないだろうな。エラーはもう修正したし、導かれたのは転生者じゃなくてその娘だ。奴の関心の外だ』


 転生者が持つ能力は、魂由来の力だ。そのため血によって遺伝しない。

 肉体的な素質は普通に遺伝するし、『オリジン』では属性の適性は両親と重ならないが、魔術的な素質は遺伝が影響すると言う説が一般的だ。

 だが身体能力と魔術の素質はロドコルテにとっては重要では無い、あの神が重視するのは、能力である。


 実際、『オリジン』でも『ラムダ』でも身体能力と魔術の腕と素質だけなら転生者達より優れた者がいない訳じゃない。『迅雷』のシュナイダーや、『真なる』ランドルフ等がそのいい例だ。


 だから両親から優れた素質を受け継ぐかもしれないが、雨宮家の子供達博と冥にロドコルテは無関心だ。


『……じゃあ、黙っていましょう。あいつが帰って来た後私達の記録を事細かに調べたら、露見するけど』

『どうせそんな暇は無いだろ。もしかしたら、ジョゼフが導かれるまで気がつかないかもな』

 ロドコルテは、これから転生者を対ヴァンダルー用の戦力としてアルダ勢力に提供する。そのために、転生者達に言う事を聞かせるための仕掛けを施す筈だ。


 反抗的な転生者を記憶喪失――自分の事は名前以外思い出せないが、身に付けた格闘技や能力は使えると言う都合の良い状態――にして、転生先をアルダの神殿にする。そして大人の身体で転生した転生者は、何も分からないまま、アルダ教の聖職者に「おお、よくぞ参られた勇者よ!」と持ち上げられながら都合の良い勇者として刷り込まれる。

 そんな手段を実用化するために。


 ロドコルテ単独では、経験や技術だけを残して記憶を消すような器用な事は出来なかった。しかし、アルダ勢力の神々が協力するならそれも可能だ。

 転生者達がロドコルテの輪廻転生システムに属し続けているのなら。


『いっそのこと、みんな導いてくれると助かるんだけど……それを言うのは幾らなんでも厚顔無恥よね』

『俺達はあいつを殺した側だからな。六道は勿論、雨宮も絶対導かれないだろうし……』

『ともかく、今はシステムの理解を深める事に集中しよう。あまり私達が雨宮冥に注目していると、気がつかれかねない』




 『オリジン』でバンダー君が冥ちゃんを触角であやしている頃、『ラムダ』のヴァンダルーは若い獣人種の衛兵、ケストの勧め通り『ムクドリの宿』に部屋を取っていた。

 『ムクドリの宿』は新米冒険者や新人行商人、未熟な吟遊詩人等が主に利用する宿だ。売りは裏通りの木賃宿並の価格設定で、それなりに清潔な部屋に泊まる事が出来て、朝食にコップ一杯の水と硬いパンが出る事である。

 そして、大部屋で一泊十バウム。


 あの汚職衛兵のアッガーに渡した賄賂と同額である。

「何故でしょう、凄く損した気分です」

「……やっぱり肥料にするかい?」

「気のせいでした、全然損はしていません」


 耳の中から聞こえるアイゼンの声に小声で返答しながら、ヴァンダルーはそれらしく見えるよう形だけ整えた荷物を置く。

 ここは複数の客が雑魚寝する大部屋だが、まだ昼間であるためヴァンダルーしかいない。……いや、吟遊詩人らしい男が楽器を入れたケースと添い寝するように眠っている。


『幾ら勧められたからって、言われた通り安宿に泊まらなくても良かったんじゃない? この大部屋って名前の小部屋、アタシが脚を広げたらそれだけで一杯になっちゃうよ』

『そりゃあ、オルビアさんの脚は長くて八本もあるから……でも確かに天井が低いですね』

 スキュラや巨人種出身のゴーストであるオルビアやレビア王女が、それぞれの感想を述べる。


「勿論勧められたからじゃありません。浮浪児と間違えられないよう、念のために部屋を取っただけです」

 そしてヴァンダルーのような貧しい身なりの子供が怪しまれず泊まれる宿は、安宿だけだったのだ。

「とりあえず商業ギルドに登録するための準備を整えて、家を借りるまでの仮拠点です」


 目立たないようモークシーの町に入ったヴァンダルーだが、このままずっと目立たずにいようとは思っていない。

 商業ギルドに登録するために必要な商売を始める準備をして仮登録を済ませ、不動産屋でボロ小屋でも良いから家を買う。

 そして三か月間屋台で串焼きでも売って過ごすのである。


 普通に既存の商会に雇われて働くと自由が効かなくなるし、拠点が安宿ではオルビア達と気兼ねなく会話を楽しみ、マイルズやエレオノーラ達と会うのは難しい。

 そして、ムラカミ達が町中で仕掛けて来た時に宿に迷惑をかける。


 勿論社会的な立場が弱い事によって起きる信用問題は、マイルズ達からの情報と金銭によるゴリ押しで黙らせる。既に金さえあれば屋台を譲ってくれそうな男や、家を売ってくれる不動産屋の目星はついている。

 しかしそれらの事をまだ子供で身寄りが無い筈のヴァンダルーが行うと、何をどうしても目立つのだ。

 だから町に入った後は、ある程度目立っても仕方ないと考えていた。


「順調に事が進めば、泊まるのは今日だけで済むでしょう。三か月後には、人間社会での身分か、ムラカミとビルカインの首のどちらか、若しくは全てが手に入るでしょう」

「なるほど……では、早速屋台の購入に出かけるので? それとも一度タロスヘイムに戻ってジョブチェンジしますか?」

 ヴァンダルーは丁度モークシーの町に入った直後に『霊闘士』の百レベルに到達していた。恐らく、タロスヘイムの使い魔王が稼いだ経験の影響だろう。


「ジョブチェンジは商業ギルドでしようかと。ただ、その前に異世界の俺がどうなっているのか、交信できないか試してみようと思います」

 既に夢での出来事はグファドガーン達にざっと話してある。そこで分身を作り、そのまま別れた事も。


 それはヴァンダルーにとっては、「ここでお別れかもしれないし、寂しがっているから」と言う何気ない理由で行った事だったが……『迷宮の邪神』グファドガーンが絶句する程の事だったらしい。

「そうですね、至急確認すべきかと。何せ、魂を分けたのですから」

 そう、ヴァンダルーは分身……バンダーを作るのに自分の魂を分けたのである。常識なら、神々にしか出来ないはずの事をやってしまったのだ。


 ただヴァンダルーの調子に変化は無かった。ヴァンダルーはバラバラに砕かれた勇者四人分の魂をロドコルテが強引に一つに纏めた魂を持つため、多少魂を分けても平気だったのではないかと言うのがグファドガーン達の推測である。

「まあ、ステータスで魔力の最大値が一億程減っているのは確認しましたけどね。せめてそれが向こうの分身に行っていると良いんですが」


 【魔力増大】スキル分も含めると一億五千万も魔力が減った事を嘆きながら、ヴァンダルーは瞑想する様に目を閉じた。

「身体の方はよろしくお願いします」

 そして意識を集中する。


 だが、やはりいくら念じても呼びかけても『オリジン』に居るはずの分身を、ヴァンダルーは確認する事が出来なかった。

 しかし身体の感覚が薄くなって行くのを覚え、気がつくとヴァンダルーは見覚えのある山地に立っていた。


「……ここは『オリジン』じゃない。この世界の、旧スキュラ自治区」

 『オリジン』にも似たような場所はあるのかもしれない。しかし、見間違えようがなかった。確かにあの時の……『解放の姫騎士』イリスが致命傷を負わされ、『五頭蛇』のエルヴィーンを殺した場所だ。


 精神を集中するあまり過去の記憶に入ってしまったのかと思ったヴァンダルーだったが、そうではない事に気がついた。

 何故なら、彼の周りにはあの時とは違う光景があったからだ。


『……』

 黒い巨大剣を肩に担いだ『剣王』ボークス、そして横には当時はまだアンデッド化していないはずの『王殺し』のスレイガーが首筋の縫い目を弄っている。


 その向こうには、当時ヴァンダルーが来た時には既に致命傷を負っていたはずのイリスが無傷の状態でレジスタンスの戦士やグール達と共に立っている。グールの中にはあの時いなかったはずのヴィガロ、ザディリス、バスディアまでいる。


 更にアイラと吸血鬼アンデッドで構成された闇夜騎士団、エレオノーラとベルモンド、マイルズ。最後にレギオンが浮かんでいた。

 皆、一言の言葉も発しようとはしない。


「これは一体……周囲に霊の一匹もいないし 皆も少し大きいし幾つか装備が古い。イリスは人種の頃の姿だし それに明らかに雰囲気が違いますし……違う、俺が十センチ以上小さいのか」

 ヴァンダルーは自分に対して無反応な皆や、普段は周囲に満ちている霊の姿が無い事に戸惑っていたが、ふと自分が縮んでいる事に気がついた。


「成長期前に戻っている……皆も丁度その頃か、更に幾分古い装備になっている。そう言えば、少し前これと似たような状態になる夢を見た」

 その時、山道の何も無い空間が揺らめくと、通路が出現した。


 それと同時にボークスが剣を構え、スレイガーが跳躍して姿を消し、アイラやエレオノーラ、ベルモンド、マイルズ、そしてレギオンが動き出し、イリスとレジスタンス、そしてグール達が飛び出す。


 そして出現した通路に淡い光を放つ五人の人影が現れた。先頭の剣士が叫ぶ。

「【百光万断ち】!」

 剣士……ハインツの放った、凄まじい連続した斬撃によってイリスやレジスタンスの面々が為す術も無く切り倒された。


 そしてまだ無事だったヴィガロ達に、ハインツの代わりに飛び出した女拳士のジェニファーや盾職のデライザ、そして斥候職のエドガーが飛び出していく。

「やっぱりここは団体さんか! あの首狩り魔もいるかもしれない、油断するなよ、エドガー!」


「それよりも、あの子がいる! ダイアナは私から離れないで!」

「こいつは、通路で【英霊降臨】を使っておいてよかったな。首狩り魔は任せろっ、ハインツ、確かめるのは良いが油断も躊躇もするなよ!」


 そう言いながら、彼女達はグールを蹴散らして行く。本物よりもずっと弱いヴィガロがデライザのメイスに臓物を潰され、バスディアはジェニファーの拳で頭を砕かれ、ザディリスは呪文を唱える暇も無くエドガーに喉を射抜かれて倒れる。


「……分かっている」

 そして苦しげな顔でそうエドガーに返事をしたハインツが、レジスタンスの生き残りを一撃で斬り倒した。

 それを眺めながら、ヴァンダルーは足元に転がって来たイリスの首を拾い上げた。

 角も無く肌も白い、やはり人間の頃のイリスだ。

「……本物そっくりな偽物ですね」


 そう、この切断面から血を垂らし、触れればまだ温もりが残っているイリスの生首は偽物である。

 何故ならハインツ達に彼女達が殺される時、【危険感知:死】に反応が無かった。何より、【導き】や謎の加護の繋がりを全く感じない。

 そして倒された今も、霊魂の姿が無い。


 つまりこれは魂も命も無い、精巧な偽物である。

 いつか夢で見たグーバモンやテーネシアと同じ……。


「気がつくのが遅れましたが、これがハインツ達の受けていると言う試練ですか。それで何故俺が試練の側に混じっているのかは謎ですが、こんな試練を出す神も受けているハインツも……不快極まりない」




《【深淵】スキルのレベルが上がりました!》

7月15日に、200話を投稿する予定です。

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