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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第九章 侵犯者の胎動編
242/514

百九十八話 冬は出会いと分離の季節

 『地球の神』、それは独立した個別の神格では無く、異なる国の神と悪魔、更に妖怪や妖精、都市伝説等々の集合体である。

 『神』と言う大元から『地球』の人間達の信仰や畏れ等を支えに、枝別れした存在だ。


 それだけに意見の集約が出来ず、力はあるが地上に影響を及ぼす事は滅多に出来ない。神の真横に悪魔が常に存在しているような状況の為、お互いに牽制しあって結果何もできない事が多いからだ。

 唯一の例外がズルワーンとの交渉の結果、ヴァンダルーに地球の神の約半分が加護を与えた事だ。


 そんな『地球の神』を、ズルワーンはヴァンダルーに会わせたいと言う。

『一体何故? 確かに加護は受けていますが、半分くらいは俺を応援したくないと言っていたのでは?』

 『地球』で生きていた頃から考えると、ヴァンダルーの言動は大分変化している。そのため、受け入れられなくても仕方ないだろと彼も思っていたのだが。


『まあ、会って見れば分かるって』

 ズルワーンはそう言うと、不思議な場所に案内した。そこでは、ヴァンダルーも知っている地球の神秘的な存在が無数に集まって何か議論をしたり、喧嘩をしていたりしていた。

 神に仏に悪魔に妖怪が数万以上も。中々壮観な眺めだ……あ、河童と口裂け女がいる。


『おお、よくぞ来られた。反対派の諦めの悪さに辟易していたのだよ』

『しまったっ、間に合わなかったか!』

『良いタイミングだ! お陰で論戦は俺たち賛成派の勝ち逃げだぜぇ!』

 一部の神々がほぼ口喧嘩と化していた議論を取りやめて、ヴァンダルー達を迎える。


 ヴァンダルー達に対して様々な反応を示す地球の神達。彼等の多くはヴァンダルーに対して友好的で、敵対的な態度を見せる者は極僅かだった。


 そして彼等の話とは、ヴァンダルーに既に加護を与えた冥神達以外の神が、改めて加護を送りたいという事だった。どう言う事かと尋ねると、どうやらヴァンダルーは無意識のうちに『地球の神』に影響を与えていたらしい。

 『地球の神』の内、死者や死後の世界に関係する神々、いわゆる冥神はヴァンダルーに加護を与える事で彼と繋がった。


 だが冥神達は『地球の神』の一部……およそ半分だ。そのため当初ヴァンダルーに加護を与えたくないと拒否していた神も、間接的にヴァンダルーと繋がってしまった。

 そして徐々に冥神達を通して影響を受け、浸食されたのだ。


『別に我々全体の神格が変化したとか、そう言う事では無い。今も貴殿の行動は認めがたいと思っている』

『しかしズルワーン殿がしつこく説得を続けるうちに、こいつを含めた石頭共もこう思うようになったのさ。『異世界なら別に良いか』と』

『異世界で何が起ころうと、地球の迷える子羊たちには何の影響も無いからだそうだ』


『そう考えると、加護によってできた繋がりを通して見るあなたの異世界の冒険は、とても愉快だわ。我々は今までこの地球しか見た事が無かったから、尚更そう感じたのかもしれないわね』

 つまり、『地球の神』にとってヴァンダルーの行動は格好の娯楽だったらしい。『地球の神』の中には剣と魔法の世界を夢見る人間の思いから産まれた神格もいるので、『ラムダ』での冒険はそんな神格達の好奇心を大いに刺激したのだろう。


『そう言う訳だ。我々の加護を受け取るが良い』

『ありがとうございます』

 尊大な物言いで光る球体を渡して来る『地球の神』神格に、ヴァンダルーは頭部を下げて加護を受け取った。


『ところで、ついでにコーラのレシピと地球の諸々に関する知識も教えてもらえませんか?』

『……何故そこまで炭酸飲料のレシピを求める? まあ、良いだろう。異世界で作る分には、地球の企業の権益を侵す事は無いだろうし』


『ただ他の知識に関しては完全にとはいかぬ。汝の魂魄は外から手を加えられる事に対して抵抗力が強すぎる。

 教えはするが、九割以上は忘れると思え』

『それに、俺達が与えるのはあくまで『地球』での知識だ。物理法則が違うそっちの世界で同じ事が出来るとは限らんぞ。注意するんだな』


 こうしてヴァンダルーは『地球の神』の完全な加護と、コーラのレシピ。そして地球の諸々の知識の極一部を手に入れたのだった。




 『地球の神』から加護と知識を受け取った直後、ヴァンダルーは再びズルワーンに咥えられて空間を移動した。

『ここが『オリジン』ですか? 見分けがつきにくいですが』

 『地球』とほぼ同じ惑星を宇宙空間から眺めて、ヴァンダルーは呟いた。


『然り。『地球』と『オリジン』は似ている故、此処からでは小さな地形の相違点でしか見分ける事は出来ないのだ』

 『オリジン』は『地球』と違って魔術が存在し、歴史的に第二次世界大戦が起きていない等相違点は大きいが、宇宙から眺める分には違いは殆ど無い。


『来たついでに六道にあまりやり過ぎると来世で酷い事になるぞと忠告したり、雨宮に六道が裏切り者だと教えたりするのは……拙いでしょうね』

『ロドコルテに気がつかれるから、ちょっと難しいかな。後、彼等が君の今のその姿を見て無事でいられるか分からないし……地上に降臨するのはマジ止めて』


 高層ビル並みの大きさ以外にも、ヴァンダルーの魂は無数の【魔王の欠片】が入り交じり、今までよりも更に名状しがたい形状になっていた。

 ズルワーン達としてはロドコルテに自分達の行動がばれ、今後の暗躍がしにくくなる事もそうだが、ヴァンダルーが『オリジン』で狂人を量産する事も避けたい。


『それに、姿を見せても約十年前のように攻撃される可能性の方が高いだろう。あの時より今の君の姿は異形と化しているのだから』

 ヴァンダルーの二度目の人生が終わった時の事を指して言うリクレント。確かに、あの時はまだ人の形をしていたが、今は人型をしているだけだ。


 ロドコルテにばれる危険を冒して忠告しに行ってそれでは、骨折り損にも程がある。

『それもそうですか』

『しかし、君にとって彼等は忠告に値するような人物なのか? 眼中に無いものとばかり思ったが』


 リクレントに尋ねられたヴァンダルーは、『いいえ、六道や雨宮本人はどうでもいいです』と答えた。

 本当に別にどうでもいいのだ。この『オリジン』の二度目の人生で彼等がどんな生き方をしようと、結局はロドコルテの元に行き、自分を殺すように依頼されて『ラムダ』に転生する事は変わらない。


 それで彼等がロドコルテの依頼を受けるとは限らない。ヴァンダルーに関わらないように何処かに逃げるかもしれないし、逆にカナコのように近づいてくるかもしれない。アサギのように、斜め下の行動に出る可能性もある。

 ただそれは彼等の性格や心情によって変わるだろうし、それを短時間、一度か二度話した程度で変えられるとは思えない。


 そもそもヴァンダルーは既に『オリジン』での人生は終えているのだ。ほかならぬ、雨宮達転生者の手で。

 そうである以上、転生者達が『オリジン』でどんな人生を送り、その身に災いが降りかかろうがそれは彼の関知するところでは無い。


『ただ、プルートーが見逃した……助けた雨宮成美の子供の将来が少し気になっただけです』

 しかし、プルートーが成美を殺そうとしてそれが出来なかった原因、その時彼女の中に宿っていた子供については少し気になっていた。

 彼女が一度目の人生で……二度目があると知っていた訳でもないのに、本懐を遂げるのを諦めてまで助けた子供だ。


 折角助かったのだから、出来れば健やかに育って欲しい。

 カナコ達によると、彼女達が死んだ施設にヴァンダルーを実験動物にしていた研究者達の生き残りも集められていたらしい。だから彼女達とほぼ同時に、全員死んだはずだ。

 それを考えると、ヴァンダルーが『オリジン』で関心があるのは雨宮夫妻の二人目の子供ぐらいだ。


『でも、後はご両親に頑張ってもらいましょう。

 じゃあ、『オリジン』の神の所に連れて行ってください』

 気分を切り替えてズルワーンに頼むと、彼は『地球』の時と同じように不思議な場所にヴァンダルーを連れて行った。


 『オリジンの神』も『地球の神』と同じ無数の神格を持つ群体の神だが、その神格の数はずっと少ない。やはり魔術が存在するためか、『オリジン』の人間の自然や神秘に対する考え方は『地球』とは違うのかもしれない。

 『地球』なら何か不思議な事が起こると、「妖精の悪戯」や「妖怪の仕業」、「幽霊の祟り」となり、畏れから新たな神格が生まれる。


 しかし『オリジン』では「何者かの魔術」や、「偶然魔術的な効果が発揮されたのかもしれない」と、魔術で物事を推測するため、神格が生まれないのかもしれない。

『とりあえず、あいつらはいないようですね』

 だが実在する英雄や偉人が神格化する事はある。しかし『ブレイバーズ』の面々は幸いにも神格化していなかったようだ。


 もし、神格化していたら面倒な事になるところだった。

『まあ、雨宮寛人は本人が生きているからね。でもほら、君の知っている顔ならここにいるよ』

『ああ、ようやくお会いできました』

 ズルワーンが指した所に、ヴァンダルーは最近になって見るようになった姿が在る事に気がついた。


 黒い髪と瞳をした、病的に白い肌の少女。

『プルートー?』

 『オリジンの神』の中に居たのは、最近前世での姿に変身出来るようになったプルートーだった。


『はい、私はプルートーです』

 彼女はヴァンダルーに恭しく一礼して、こう続けた。

『ですが、本物のプルートーではありません。この『オリジン』の人間達の信仰や祈りによって生まれた、『オリジンの神』の神格としてのプルートーです』


 『第八の導き』は、プルートーに死の力を集める為やスポンサーの獲得、そして『ブレイバーズ』や国際機関に嫌がらせを行うため、慈善事業を行っていた。普通なら死を免れない病人をジャックがプルートーの元に運び、彼等から『死』を吸い取って治療していたのだ。


 プルートー達からしてみれば完全な善意とは言えない下心あっての行為だが、命を救われた当人やその家族から見れば救いの女神である事に違いは無い。

 それも失われたはずの死属性の魔術を使う、歳を取らない神秘的な美少女が行ったのだから、プルートー達が想像していたより大勢の崇拝者が現れた。


 そして、プルートーを含めた『第八の導き』のメンバー全員が死亡した後も崇拝者達は残り、死してカリスマとなったためか崇拝者は増え続けていた。

『その信仰が私を『オリジンの神』として生じさせたのです。そのため私はプルートー本人では無く、『オリジン』の人間達が想像するプルートーと言う事になります』


『なるほど。それで少し様子が違うんですね』

 ヴァンダルーから見て目の前のプルートーは、本物の彼女とは少し言動が異なっていた。その違いは、目の前のプルートーは素の彼女を知らない崇拝者のイメージから作られた存在である事が原因のようだ。


『それで、我々が加護を与えたレギオンとの繋がりを経由して、同じく加護を与えていたズルワーン殿とリクレント殿に頼んであなたをお呼びしたのは、今後【アバロン】の六道聖がこの世界に大きな影響を与える場合、対処するため雨宮寛人を利用する事を我々が決めたからです』


 死属性を手に入れるための研究を秘密裏に進めている六道聖は、今後過激な行動に出る可能性が大きい。その結果発生する死者が数千人、数万人ぐらいなら幾ら『オリジンの神』がロドコルテに憤りを覚えていても、プルートーが加わっていても、動く事は無かっただろう。


 『地球』と似た世界である『オリジン』は幾度も災害や紛争、戦争を経験してきた。数千人や数万人の命が失われる事が幾度もあった。

 その悲劇の最中、天から輝きと共に神々が現れ人々を救済した事は一度も無い。


 様々な神の集合体である『オリジンの神』にとって、人間同士のぶつかり合いはそのまま己を奉じる者同士のぶつかり合いとなり、結果神々同士でも意見の相違が生まれ動く事が出来ないからである。

 だが【アバロン】の六道聖はその例外だった。


『彼のやろうとしている事によって生まれる被害は、最悪の場合この世界を滅ぼしかねません。彼の研究が、正しければですが』

『六道聖の研究は、それ程危険なのですか?』

『はい。本当に実現できるのかは分かりませんし、途中で死属性の魔力を扱いきれなくなって自滅するかもしれませんが……その場合でも、『オリジン』の総人口は三分の二程に減るでしょう』


 どうやら六道聖の研究は相当危険なものらしい。プルートーからそこまで聞いていなかったのか、ズルワーンとリクレントも思わず息を飲んだ。

『そこまで危険ならロドコルテも止めそうなものだが……この世界の人間達は輪廻転生を司る奴に取っても力の源の一つの筈だ。

 だが、そんな様子は無かったのだな?』


 リクレントに問われたズルワーンは、四つの頭全てを横に振った。

『無かった。事態の深刻さに気がついていないのか、雨宮寛人が止めるだろうと楽観視しているのか、ギリギリまで待って介入するつもりなのかは分からないが、今まで何もしなかった事を考えると――』

『どちらにせよ、我々はもうロドコルテを信頼も信用も出来ない。その意見で一致しています。そのため、六道聖を止める為に雨宮寛人達『ブレイバーズ』を援助する事で利用するつもりです』


 どうやらプルートーを含めた『オリジンの神』は、もうロドコルテに断りを入れるつもりも無いらしい。勝手に雨宮寛人達を援助して、被害が大きくならない内に六道聖が破滅する様に仕組むようだ。


 だがそれまで静かな決意を瞳に宿していたプルートーの顔が、急に顰められた。

『私個人としては奴らに、一時的と言え加護を与え、奴らを援護するために奇跡を起こすなんて真似は気にくわないのですが……我々には地上で行動する分霊や英霊に相当する存在がいないので、実行戦力として奴らを利用しなくてはならないのです。

 お許しください』


『それは別に構わないのですが……神様が世界を守ろうとするのは当然の事ですし』

『いえ、それが……利用し終わったら加護は取り上げるつもりですが、もし六道聖を止める最中に加護を与えた転生者達が死亡した場合、加護を持ったままロドコルテの神域へと行ってしまって加護を取り上げられなくなる可能性があるのです。

 それをお伝えしようと思いまして』


 つまり、ロドコルテの依頼を受けるか、アサギと似たような事を考える転生者に、オリジンの神の加護がついている可能性があるらしい。

『なるほど。その場合、魂を喰らうとあなた達にまでダメージが入ってしまう訳ですね』

 そうした転生者の魂をヴァンダルーが喰らうと、転生者の魂に付加された『オリジンの神』の加護――力の一部も喰われてしまい。それなりのダメージを受けてしまう。


 プルートーはそれを避けたいらしい。

『それでリクレント殿と相談した結果、恐縮ですが我々の加護を『アンデッド』……ヴァンダルーに受けて頂き、その繋がりを通じて転生者の魂が喰われるときに加護を回収するのが良いだろうと言う事になりました。

 受けて頂けますか?』


『返事をする前に確認しますが、もし加護を得ている転生者が俺を殺そうとせずに姿を消すか、俺に降って来た場合はどうしましょう?』

『その場合はそのままで構いません。無理に加護を全て回収しなければならない訳では無いですから』

 敵では無い存在の魂まで喰らわなくても良いと聞いて、ヴァンダルーはほっと胸を撫で下ろした。


『では、有りがたく受け取ります』


『お許しいただき、ありがとうございます。偉大なる『アンデッド』、ヴァンダルー様』

『では、ついでのようでありがたみも薄いだろうが、我々の加護も受け取ってもらおうか』

『もうアルダに隠す意味も無くなったし』

 そしてヴァンダルーはもう一人のプルートーから『オリジンの神』の加護を、そしてリクレントとズルワーンからも加護を受け取った。




《【地球の冥神の加護】が、【地球の神の加護】に変化しました!》

《【オリジンの神の加護】、【リクレントの加護】、【ズルワーンの加護】を獲得しました!》




 そしてヴァンダルーはまだ夢の中にいた。

『そのまま暫く夢を見ていれば目覚めるし、君の身体はグファドガーンが動かして行列に並んでいるから心配しないで待ってて』

 そう言ってズルワーンとリクレントは去っていった。どうやら、迎えに来ても送ってはくれないらしい。


『途中、縁があれば出会う者もいるかもしれない。その者をどうするかは、汝の裁量一つだ』

 そうリクレントが言っていたので、ただ送らなかっただけでは無いらしいが。しかし、出会う者とは誰の事だろうか?


『夢の中で俺が会うのは、大体知り合いだけなんですが……『オリジン』や『地球』に知り合いっていましたっけ?』

 そんな事を考えながら、ヴァンダルーはのんびりと進んでいた。結局、誰にも出会わず目覚めるのでないだろうか。そう思った途端、小さい何かを見つけた。


『……?』

 きょとんとした様子でこちらを振り返る、猫や中型の犬ぐらいの真っ黒い何かにヴァンダルーも戸惑った。

 今迄夢の中で出会った者達は、大体現実と同じ姿をしていたからだ。黒い何かなんて漠然とした姿の者はいなかった。


 暫しお互いに困惑したまま見つめ合うヴァンダルーと黒い何か。しかし、先に困惑から脱したのは黒い何かだった。

『あぁ~っ』

 甲高い声を上げたと思ったら立ち上がり、よたよたとヴァンダルーに駆け寄ったのだ。


 そのままヴァンダルーの身体のそこかしこから生えた角や瘤を掴んで、登ろうとしてくる黒い何か。その様子を見て彼は黒い何かの正体に気がついた。

『ああ、赤ちゃんか。自分に対する認識がしっかりしていないから、そんな姿になっているのか。流石に夢の中にまで親御さんはいないみたいですね』


 正体に気がついたものの、黒い何か……赤ん坊を持て余して周囲を見回すが、保護者らしい人の姿は無い。

 まさか乱暴に振りほどいて進む訳にもいかないので、あやしながら進む事にした。……因みに、何処に向かって進んでいるのか、進む必要があるのかは、ヴァンダルー本人にも分かっていない。


 夢で曖昧になった思考の結果である。

『めっ? めっ?』

『そうです、それは目だから指を突っ込まないでくださいねー』

『にょろ?』

『それは触角です。あまり引っ張らないでー。夢の中だからか、現実よりずっと力が強いですね』


 黒い赤ちゃんは、ヴァンダルーの身体の各所にある目を指で突いたり、伸びている触角をひっぱったり、楽しそうに遊んでいる。中々アグレッシブな赤ちゃんである。

『でも少し話せるようですし、一歳から二歳ぐらいでしょうか。お名前は言えますか?』

『めー』

『めー君ですか』


 やんちゃで物怖じしない様子だったので男の子だろうと、ヴァンダルーは予想して君付けて呼ぶことにした。

『俺はヴァンダルーです』

『バンダルー?』

『そうそう、バンダルー』

 顔のパーツは何一つ見当たらないが、舌足らずな口調で発音するめー君に合わせるヴァンダルー。


 そうしながらこの子は何者だろうかと考えるが……夢の中だからか思考が纏まらない。

(まあ、起きた時考えましょう)

 思考を放棄したヴァンダルーは、自分の身体でアスレチック遊びをするめー君をあやしながら、進んだ。


『■■■■■■』

 暫く進むと、今度はのっぺらぼうに出会った。

『おや、地球の神様の一部ののっぺらぼうさん……じゃないですね』

 白い全身タイツを着た性別不明の人影は、ヴァンダルーが話しかけても反応する様子もなく、何かを呟き続けている。


 自分に対する認識がはっきりしていない赤ん坊でもないのに、顔どころか性別すら分からない精神状態で彷徨っているとは、かなり深刻な状態だ。

『しろ』

『そうですね。夢の中でも【精神侵食】スキルが使えるでしょうか?』


 夢であったのも何かの縁だろうと、ヴァンダルーは白い人影に腕を伸ばし掌で出来るだけ優しく包んだ。

『あなたは誰だ?』

 そして掌の内側に無数の目と口を生じさせ、問いかける。


『■■■■』

『あなたは誰だ?』

 『誰だ?』『何者だ?』『何だ?』……繰り返し、繰り返し質問し続ける。すると、不明瞭な呟きを続けるだけだった白い人影に変化が生じた。


『■■■■■……わ……私は……誰だ?』

 白い人影の何も無かった顔に口が出来、意味の分かる言葉を呟き、姿が変化していく。

 だがその姿は一定にならず、輪郭は男性から女性に、女性から男性にと変化し続けている。


 その様子をめー君は不思議そうに眺めた後、ヴァンダルーを見上げる。その様子から、「治ってないよ?」と言っているようだ。

『やっぱり一度だけでは治りませんね。無理をすると精神が本格的に崩壊しますし、また会えるとは限らないし……薬代わりに出しておきましょうか』

 ヴァンダルーはそう言うと、掌にある二つの目と口を一つ千切り、白い人影にくっつけた。


 これであの目と口が、白い人影に質問し続けてくれるだろう。

『私……私は……』

 そして白い人影を放す。すると白い人影は頼りない足取りで何処かに向かって歩いて行った。


『しろー?』

『あの人とはここでお別れみたいですね』

 やはり夢だからか、何故か追う気にはならず。そのままヴァンダルーはめー君を乗せたまま歩き続けた。

 途中何故だかわからないが、大勢の人達に周りを囲まれて謎の祈りを捧げられたり、白い人影程では無かったが病んだ様子の人達が通りすがったので、それを【精神侵食】スキルで助けたりした。


『……最初は誰とも会わないんじゃないかと思っていましたが、意外と出会いますね』


 そうこうしていると、それまで歩いていた地面とは違う色の地面との境界線に出た。

『どうやら、めー君ともここでお別れみたいですね』

 感覚的に、此処が夢の終わりなのだろうと分かったヴァンダルーがそう言うと、めー君は『やーっ』と言って彼の身体にくっついた。


『そう言ってくれるのは嬉しいですが、夢は醒めるものですし……じゃあ、めー君にも上げましょう』

 そう言ってヴァンダルーはめー君が掴んでいるのと同じ角や骨、気に入っている様子の目や触角を引き千切り始めた。


『むーっ』

 しかし、めー君はそれだけでは満足できないらしくペチペチとヴァンダルーを叩いて不満を訴える。

 その度にヴァンダルーは他の部位を引き千切って行く。そして小さな山になったそれらを捏ねて人形を作った。そしてめー君の背後に彼よりも大きな、しかしヴァンダルーよりもずっと小さい、もう一人のヴァンダルーが出来上がっていた。


『ばんだーっ!』

 そのもう一人のヴァンダルーに、めー君ははしゃいだ様子で駆け寄って行く。


『じゃあ、めー君を頼みます。俺よ』

『大したことは出来ないと思いますが、やってみましょう。俺よ』

『では宝珠も付けましょう』

『それがあれば多少はマシになりますね。助かります』


 そして宝珠を受け取った小さなヴァンダルーは、片腕にめー君を抱きかかえたままヴァンダルーとは別の方向に向かって歩き去っていった。

 それを見送った後、ヴァンダルーは目覚めた。




《【冥魔創道誘引】スキルのレベルが上がりました!》




「ヴァンダルーよ、目覚めましたか?」

 気がつくと、ヴァンダルーはまだ行列に並んでいた。もうすぐ町の門に着くが、空の様子を見るとズルワーンに魂を連れて行かれてから一時間も経っていないようだ。


「ええ、おはようグファドガーン。身体を動かしてくれてありがとう」

 姿の見えないグファドガーンに、礼を言うヴァンダルー。どうやら彼女は空間の隙間から指なのか、それとも他の器官なのかは不明だが、それを伸ばして服の下から彼の肉体を人形のように操っていたようだ。


「勿体なきお言葉」

 平坦だが、何処か嬉しげな声と共に、肌に触れていた細長い何かが外れた。

 それと同時に、門を警備している衛兵が不審そうに声をかけて来る。


「なんだ、お前一人なのか? てっきり前か後ろの商人の丁稚か何かだと思ったんだが」

 衛兵の目には、フードのついたローブを被った十歳過ぎの子供が映っている。背負い袋一つしか荷物の無い、安全に旅が出来るとはとても思えない格好であるため、不審に見えたのだろう。


「はい。奉公に出ていた隊商が山賊に襲われて……俺は運良く逃げられたのですが、貧しい両親の元に戻る訳にもいかず、ここまで旅をしてきました」

 前もってマイルズやエレオノーラと相談して決めた嘘の経歴を話すと、衛兵が彼を見る目が不審から同情に変わった。


「そうか……それで、この町に来てどうするつもりだ?」

「はい、商業ギルドに行って仕事を探そうと思います。幸い、山賊が見逃したお金が少しありますし」

「分かった。これから大変だと思うが、生き残っただけでも御の字だ。俺達の世話にならないよう、頑張ってくれ。十五歳以下の子供は通行税が免除されるから行って良いぞ、モークシーによ――」


「おい、待て。顔も確認しないで通すつもりか? ガキだからって手を抜くな。

 さっさとフードを上げろ」

 若い衛兵の声を遮って、彼より年上の衛兵がヴァンダルーに顔を見せるよう要求してきた。その顔は職務に厳しい勤勉さ……では無く、いやらしい笑みが浮かんでいる。


 ただ言っている事は正しいので、ヴァンダルーはフードを上げて顔を見せた。ダンピールである事を隠す為、眼帯代わりの布は既に巻いてある。

「ほう、片目か。良くここまで無事だったもんだ。ところで……町の治安を守るために、不審者は入れちゃならないって決まりがあってな。この不審者ってのは、親のいない、仕事も無いガキも含まれてるんだ。ガキでも、生きていくためなら盗みやかっぱらいをしかねないからな」


「アッガー先輩、幾らなんでも――」

「黙ってろ、ケストっ。新米が俺に文句でもあるのか?」

 ケストと呼ばれた若い衛兵が止めようとするが、このアッガーと言う衛兵に睨まれると小さく呻いて引き下がった。

 どうやら新米衛兵のケストは、アッガーと言う先輩よりずっと立場が弱いらしい。


「だが、暫く生活できる金が在るなら話は別だ。大人以上に通行税を払う余裕があるとかな」

 そしてアッガーは手をヴァンダルーの前に伸ばして来る。どうやら彼は、ヴァンダルーが言った『山賊が見逃したお金』を持っていると聞いて、まだギルドにも登録していない無力な子供から賄賂を巻き上げに来たようだ。


(町に入った後、屋台をやるための資金を持っている事を不審に思われないようにと考えた嘘が、ちょっと仇になってしまった)

 資金自体は潤沢にある。タロスヘイムに移住したサウロン領の村人等からルナ貨と交換し、『ハイエナ』のゴゾロフのアジトから手に入れたバウム貨があるからだ。


 賄賂を渡すぐらいは何でも無い。しかし、金を持っていると目を付けられ続けるのも面倒だ。

(確か、この辺りの通行税は大人一人当たり五バウムだったな)

 そう思って、とりあえず懐から倍の十バウム貨をアッガーの手に握らせる。


「……いいだろう。ようこそ、俺達の町モークシーへ」

 ニタッと笑ってアッガーはヴァンダルーの前から退いた。

「宿なら門の近くにある『ムクドリの宿』が、安く泊まれる。食事はその近くの『ツバメの巣』亭だと腹いっぱい食べられるはずだ」

 そして門を通り抜ける途中でケストがそう小さく教えてくれる。同じく小さく礼を言って、ヴァンダルーはモークシーの町に入った。


 いきなりケチがついたが、活気のある良い街だ。下調べした通りに。

 実はヴァンダルーは数日前からこの町の中と外を、門を通らず出入りしている。『ハイエナ』のゴゾロフの上の犯罪組織の本部が此処に在ったためだ。


 既にそこはマイルズやアイラによって制圧されており、主だったメンバーは全て一通り情報を吐かせた後、アンデッドにしてある。彼等はゴゾロフと違って、暫くの間は使うかもしれないので簡単には終わりに出来ないのだ。

 そうした甲斐あって、このモークシーの町の裏社会はヴァンダルーが掌握したに等しい状況だ。……流石に賄賂をせびってくるような下っ端までは掌握できなかったが。


(掌握したのは上の方の人間だけで、下の構成員や構成員でない人までは把握できませんからね)

「……ヴァンダルーよ、あの人間の始末はいかがいたしますか?」

 空間の隙間からグファドガーンにそう尋ねられて、ヴァンダルーの思考は一瞬停止した。


「あのアッガーって言う衛兵の事ですよね? 何もしませんからね」

「……宜しいのですか? 私に命じて頂ければ、奴を死の迷宮で永遠に閉じ込める事も可能です。無論、証拠は残しません」

「いや、だからやりませんて」


『それじゃあ、アタシが殺っとく?』

「育ちざかりの子供達が、肉団子が食べたいって鳴いているの」

『養分……実が美味しくなるよぉ』

『プグプルルル』


 背後に憑いているオルビアや、体内に装備されているクインやアイゼン、キュールが被り直したフードの中の耳の周りから小さく出て、そう囁く。

「ですから、何もしませんよ。小悪党をいちいち始末していたら、あっという間に行方不明者の山ができてしまいます」

 被害はたったの十バウムなのだから。


『……そうかい? 何時でも言うんだよぉ』

 ヴァンダルーの言葉に納得したのか、それとも一旦様子を見ているだけかアイゼンがそう言ったのを最後にみんな引き去った。


「……悪質なクレーマーに目を付けられないと良いのですけど」

 下手をするとモークシーの町で発生した連続行方不明事件の中心人物になってしまう。ヴァンダルーはとりあえず、紹介してもらった『ムクドリの宿』に向かったのだった。

7月7日に、閑話28を投稿する予定です。



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― 新着の感想 ―
白いのに心当たりなかったけど、コメントのおかげで納得できた
第二子と、洗脳済みメタモルかなぁ? てか何気に最適解やんね。洗脳で自失してる人間に「お前は誰だ」を唱え続けるって。 身を結ぶとイイね。
[一言] 祝オリジンに進出 気にしてた子とメタモルかな
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