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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第九章 侵犯者の胎動編
241/514

百九十七話 聖母殺しの歩みと連れ去られる魔王

すみません、書き終わったらまた主人公の出番が少なくなっていました。

 ステータスシステムとシステムを司る『ステータスの神』、『ジョブの神』、『スキルの神』の生みの親である『時と術の魔神』リクレント。

 そのリクレントの隙を突いてステータスシステムに干渉した魔王グドゥラニスによって、正体不明の『ランクの神』が加えられ、魔物にもステータスシステムが実装された。


 その過程で、リクレントとグドゥラニス両者が意図的に設定した訳では無い『二つ名』と呼ばれるものがステータスに表示されるようになった。

 そんな神と魔王にとって正体不明の代物である『二つ名』だが、発生から十万年以上経つうちに人間達も経験則からある程度仕組みを理解した。


 『二つ名』はある程度の規模……少なくとも数千人以上から認知されている存在が、名づけられる事で獲得する事が出来る。大仰な『二つ名』程獲得し難く、発言力や知名度がある存在がその『二つ名』を認める事で獲得しやすくなる。


 例えば、『ハイエナ』の二つ名はそれなりの数の荒くれ者やその被害者になりうる一般人、取り締まる役人や冒険者達、合計数千人に認知されていれば容易に獲得する事が出来る。

 だが『大陸一の剣士』と言う二つ名の場合は、数万人、数十万人に認知されていても難しい。大陸を二分するような大国の支配者や、神にでも名付けられでもしない限り。


 そして『二つ名』を獲得する条件に関わる要素として、反作用というものがある。

 『二つ名』を持ち名声を得た者がそれに相応しい善人だったとしても、恨みというものは押し付けられるし、嫉妬や己の利益の為に、意図的に陥れるあらぬ噂が流れる事がある。


 特に特定の国家で活動している冒険者や、名のある騎士、軍を率いる将軍や軍師などがそれにさらされる。自国からは英雄と称えられるが、敵国からは兵隊にとられた親兄弟息子の仇と恨まれ、上げた戦果も悪事として認知される。


 だが、英雄達がそれらの悪名を『二つ名』として獲得する事は稀だ。何故なら、既に獲得している名声としての『二つ名』と、その認知が打ち消すからである。

 どのくらいの名声でどこまで悪名を打ち消す事が出来るのか、正確には分かっていない。だがこの反作用によって二百年前ミルグ盾国の英雄だった『氷神槍』のミハエルや、現代の『邪砕十五剣』の一人、『光速剣』のリッケルト・アミッド等は、敵対陣営からの悪名を『二つ名』として獲得する事は無かったのは事実である。


 尤も、日頃の行いから「そう呼ばれても仕方ない」と多くの者達に思われている場合はそうもいかないが。

 それが『迅雷』のシュナイダーが獲得した『種馬』や、『ヴィダの御子』であるヴァンダルーが獲得した『魔王』の二つ名である。


 しかし日頃の行いも品行方正なS級冒険者にして名誉貴族、ハインツは今まで数々の名声に護られ悪名の類がステータスに表示される事は無かった。


「な……何だって、私が『聖母殺し』!?」

 しかし、それもつい数秒前までだった。

 ダンジョン内にある『街』から、試練が設定されている階層への階段に向かおうとした時、不意に流れた脳内アナウンスが告げた内容に驚愕したハインツは、慌てて自身のステータスを確認した。


 何かの間違いではないかと思ったが、ステータスには『聖母殺し』が新たな二つ名としてしっかり表示されている。

「そんな……」


「おい、ハインツ、どうした? 聖母殺しってのはどう言う……っ!?」

「ハインツ、エドガーまでどうし――!? これは……もしかして二人とも?」

 ハインツに声をかけたエドガーと、デライザも相次いで驚愕を浮かべて黙り込む。


「おい、三人ともどうしたんだ?」

「何かあったのですか? ただならぬ様子ですが」

 ジェニファーとダイアナが困惑して尋ねると、ハインツ達は一瞬言葉に詰まり……顔を見合わせて頷いた後答えた。


「私と、恐らくエドガーとデライザの二人にも『聖母殺し』と言う二つ名がついた。ステータスを確認したが……聞き間違いや白昼夢では無いようだ」

「聖母殺しだって!? 聖母って、聖なる母って意味だよな? 完全な悪名じゃないか! ……っと、すまんっ」

 驚愕のあまり大声を出してしまったジェニファーが慌てて口を押えて謝る。しかしハインツ達は「大丈夫だ」と首を横に振った。


 ここはまだ試練がある階層に向かうための階段へ続く道の途中で、『街』の郊外に位置する。そのため大声を出せば、誰かの耳に届いてしまうかもしれない。しかし、この『街』は『法命神』アルダが『ベルウッドを継ぐ者が挑むべき試練』として創ったダンジョンの内部にある『街』だ。

 一年以上ここから各階層に通って来たハインツ達は、『街』の人間とも会話交流している。その交流から、彼らが遥かな過去……恐らく神代の時代に生きていた人々を再現した幻のような存在である事に気がついていた。


 つまり試練として出現する魔物や、原種吸血鬼、魔人族と同じ類の存在だ。

 だから『街』の人間がハインツ達『五色の刃』のスキャンダルを知ったとしても、それがダンジョンの外に漏れる事は無いだろう。


「そうか……ふぅ、焦った」

「だからと言って大声で話すような事ではありません。『聖母殺し』ですよ、邪神悪神の徒でもない限り誇れる事ではありません」

 安堵したジェニファーを、青い顔をしたダイアナが窘める。それだけ事態は深刻なのだ。


 『法命神』アルダを頂点とする通称アルダ教には、教皇や聖女と言う位はあっても聖母と言う位は無い。アルダ教の神々には男神が多く、それを祭る神殿も多くの場合父性社会であるためだ。

 だから多くの人々は『聖母』と聞けば、アルダ教以外の神を信仰する聖職者を思い浮かべる。特に『大地と匠の母神』ボティン、そうでなければ……『生命と愛の女神』ヴィダを。


 だから『聖母殺し』と言う二つ名は、ヴィダの新種族の存在を認めるアルダ融和派の旗頭であるハインツや、その仲間であるデライザやエドガーにとって致命的なスキャンダルになりかねない。

「待てよ、ダイアナ。ヴィダ神殿だって『聖母』って位はないし、昔はどうか知らないが今はそう呼ばれている聖人だっていないだろ」


 ジェニファーの言う通り、オルバウム選王国のヴィダとその従属神を奉じる神殿でも聖女と呼ばれる女性聖職者はいても、聖母と言う位は正式に採用されていない。

 そして現在では二つ名でも『聖母』と呼ばれる者はいないはずだ。そのためハインツ達が『聖母』を殺していない事は明らかなはずだ。


「ジェニファー、それはそうだ。だけど、問題は俺達が『聖母を殺した』と認知されているって事だ。それも、かなり大規模な集団か、もしかしたら神々に」

「そんな馬鹿な! ……いや、『二つ名』がステータスに表示されるって事は、そう言う事なのか」

 エドガーの説明に反射的に声を荒げた彼女だったが、すぐに否定できないと気がついて肩を落とした。


「だけど、いったいどんな集団なんだろ。少なくとも、オルバウム選王国と私達に加護をくれたアルダ教の神々と同じか、匹敵する規模か発言力があるなんて……アミッド帝国?」

「いや、それは無いだろう。私達は確かにアミッド帝国から活動の拠点を選王国に移した。帝国の人々から見れば良い気分はしないだろうが、だからと言って『聖母殺し』とは思われないだろう」


 ハインツの言う通り、幾らS級冒険者にまで上り詰めたハインツ達にアミッド帝国の人々が悪感情を向けても、活動する国を変えただけで『聖母殺し』にはならないだろう。

「少なくとも、ある集団にとっては『聖母』と呼ばれる存在を私達は殺したと言う事でしょう。心当たりはありませんが」


「そうだな……あたしにも無い。今まで倒したのは魔物が中心だし、アミッド帝国との戦争にも参加していない。まさか山賊や殺し屋に『聖母』なんて呼ばれている奴がいるとは思えないし」

 ダイアナの言葉にジェニファーも記憶を掘り起こすが、それらしい心当たりは無い。


「聖母って事はやっぱり女だから……テーネシアは? あの女原種吸血鬼」

 今まで自分達が倒した女の大物と言う条件で記憶を探ったデライザが、かつて倒した原種吸血鬼テーネシアの事を思い出した。


 正確には、彼女達は何処かから逃げ出してきたテーネシアに止めを刺しただけだが、世間的には倒したと認知されている。

 しかしエドガーはげんなりした顔で首を横に振った。


「デライザ、それは無いだろ。確かにあいつは女だったし、吸血鬼って意味では子沢山だったろうし、『悦命の邪神』を奉じる吸血鬼の組織だったら規模や発言力でももしかしたらって気はするが……聖母は無理だろ、あれに」

「まあ、それもそうね」

 エドガーの言う通り、テーネシアには『悪女』と言うイメージはあっても『聖母』としてのイメージは欠片も無かった。


「でも、他は……まさかあの女魔人とか? 確か悪神の信者で『暗黒の聖女』とか名乗っていたけど」

「あいつには逃げられただろ。他には……退治した鬼人の群れには女はいなかったと思うし、吸血鬼はテーネシアとその一党以降は、小者を何人か退治しただけだしな」

 しかし他に心当たりは思い当たらなかった。


「心当たりなら、一人ある」

 しかしそれまで黙って考え込んでいる様子だったハインツが、そう言い出した。その眉間には深い皺が刻まれており、その心当たりを、内心では否定したいのを抑えているのは明らかだ。


 その様子にエドガーは「まさかとは思うが」と溜息を吐いた。

「あのミルグ盾国の小さな町で捕まえた、ダークエルフの女なんて言わないだろうな? 言っておくが、あれは絶対違うぞ」

「何故そう思う?」


「何故って、当たり前だろ。確かに悪い事をしたと思うし、あれは悲劇だったと俺だって思ってる。セレンを育てるようになってからは、尚更だ。

 だがあのダークエルフはミルグ盾国では『魔女』として知られているし、選王国側でだって悲劇の母親ではあっても、『聖母』とは呼ばれてないだろ」


「彼女の出身地であるダークエルフの隠れ里で、彼女が『聖母』と呼ばれていたら別かもしれませんが……その様子では、そうでは無かったようですね」

 直接ダークエルフ……ダルシアを知らないダイアナが尋ねるが、エドガーとハインツの顔を見て違うと判断した。


 ハインツ達も当時のダルシアのステータスを見た訳ではないし、聖母と呼ばれるための条件に高い戦闘能力があるとは思えない。しかし、当時の彼女がそんな大物なら他のダークエルフやヴィダの新種族の護衛が複数就いていただろう。


 だからダルシアを冒険者ギルドの依頼で捕まえた事は、『聖母殺し』の悪名とは関係無い。

「根拠があるんだ、エドガー。『聖母殺し』の二つ名が付いたのは、私と君、そしてデライザの三人だけだ。ジェニファーとダイアナにはついていない」

 しかしハインツの指摘に、言われた四人がはっとして顔を見合わせる。確かにジェニファーとダイアナのステータスには、今も『聖母殺し』の二つ名は表示されていない。


「ハインツ、それは二人が『五色の刃』に入る前に聖母に該当する人物を私達が殺したって根拠にしかならないわ。それがあのダルシアってダークエルフとは限らないはずよ。

 ……まあ、他の心当たりも無いけど」


 本当に心当たりが無い為、デライザの声は歯切れが悪かった。当時の彼女やハインツ達、旧『五色の刃』は注目の若手として有名だったし、特にハインツは今も持っている蒼い炎を剣身から発する魔剣を手にしたB級冒険者として知られていた。


 しかし実力は今とは比べ物にならず、功績も若手の冒険者としては凄いが、S級冒険者『迅雷』のシュナイダーと比べればあまりに小さい物ばかりだった。

 当然倒した敵にも大物はいない。


 だがハインツは苦い顔つきのまま、こう反論した。

「デライザ、皆、たしかにあの人は私達に捕まった当時は『聖母』とは呼ばれていなかったかもしれない。だが、死後『聖母』と呼ばれるようになっていたらどうだろうか?

 既に死亡している人物に称号が与えられる事は、歴史上珍しくは無い筈だ」


「それはそうだけど、そう言うのは戦争で戦死した騎士や貴族とか、命と引き換えに災害指定種を倒した冒険者とか、そう言う人に権力者が贈るものよ。

 だから――」


「その権力者に、彼女の息子がなっていたとしたらどうだろうか。あのダークエルフ……ダルシアと、吸血鬼のヴァレンの間に生まれたダンピール、ニアーキの町に現れたヴァンダルーが」

 デライザの言葉を遮って発せられたハインツの言葉に、皆が押し黙った。普段ならすぐに「そんな訳が無い」と言い返したし、エドガーは噴き出したかもしれない。


 しかし五十階層で原種吸血鬼と同時に出現したヴァンダルーの姿を、魔王の欠片を二つ、いや正確には四つ操り異様な魔術を駆使して攻撃してくる彼を全員が見ている。

 あの時は敵を動揺させるために外見を変える魔物じゃないかと言ったエドガーの推測……今にして思えば、現実逃避に納得していた。


 だが、ハインツの推測を聞いた後だともう現実逃避に説得力を感じる事は出来なかった。


「……たしかに、あの強さなら子供でも魔物や邪神派の吸血鬼を率いる事が出来るかもな。テーネシアが逃げ出した相手も、マジで奴なのかもしれない」

「このダンジョンで、恐らく神が彼の幻を出現させたのは偶然じゃ無かったって事か。このタイミングで『聖母殺し』なんて二つ名をハインツ達に付けてくるって事は」


「そうだ。ヴァンダルー、彼は今も生きていて更に強くなっている。彼がただ私への復讐だけを考えているのか、もっと大きなことをしようとしているのかは分からないが……それは神々やこの世界にとって害悪になりかねない。そうアルダは考えているから、試練の一つとして彼を出現させたんだろう。

 この推測が正解なら、この先にもう一度敵として現れるはずだ」


 ハインツは何時の間にか浮かんでいた冷や汗を拭って、階段に向かって止まっていた足を動かした。

「行こう、そしてもし彼が再び現れたら、私達はそれが幻でも確かめなければならない」




 明るい青に包まれた神域で、幾柱もの神々が囁き合っていた。

『輪廻転生の神がもたらした凶報は、事実であったらしい』

『まさか、ズルワーン様とリクレント様とあろう者がアルダ様では無くヴィダに付くとは……信じられぬ』


『魔王に傷を負わされた際に毒でも受けて、狂われてしまったのだろうか。ザンタークのように』

『いや、正気のままかもしれん』

『何を馬鹿な事を。正気のままなら、何故アルダ様に協力しない!』


『神代の時代よりズルワーン様は破戒で知られた方と聞いている。リクレント様も事を善悪では無く、他の基準で見る方らしいではないか。その方々が同じ大神とは言え、アルダ様と同じお考えとは限らん』

『貴公、何と恐れ多い事を! 大神であればこそこの世界の事を考えて当然ではないか! 事実、魔王グドゥラニスとの戦いではズルワーン様もリクレント様も、アルダ様と共に力を合わせて戦ったのですよ!』


『ならば聞くが、何故十万年前の戦いでお二方の従属神達はあのような行動をとったのだ!? 人格がある神は殆どがヴィダの戦列に加わり、それ以外は各々の神域に引き籠り、この大事に至っても属性の管理が最優先故と顔も出そうとしないではないか!』


『結構な事だ』

 白熱した神々の議論を、それまで神域の奥で黙っていた神が遮った。

『パーグタルタ殿』

 十万年前の戦い以後に神になった、若い神々が畏怖と困惑を込めて振り返る。アルダに命じられ『水と知識の女神』ペリアが眠る地を監視し、ヴァンダルーから守るよう命じられた彼等が最初に挨拶を交わした時より、一言も言葉を発しなかった彼女が、何故急に話しかけて来たのか分からなかったのだろう。


 『流れの女神』パーグタルタ。ペリアが最初に創った御使いから女神に昇華した、腹心中の腹心。魔王との戦いで傷つき眠りについたペリアを守るため、『流れの女神』でありながら当時からこの場を動かず守りについている古参の従属神だ。


『咎めている訳では無い。神にも気晴らしは必要だ。それに若い者が好奇心旺盛なのは世の常であるし、活発な議論は己の見識を深める。続けられよ』

 その言葉で、遠まわしに口喧嘩は止め冷静になるようにと咎められた事を察した若い神々は、不気味げに押し黙り、視線を彷徨わせる。


 同じ従属神同志と言えど、パーグタルタはアルダにとってのキュラトスに相当する神だ。単独では信仰されなくても、ペリアを祭る神殿には必ず彼女の神像やレリーフも祭られている。

 彼等とは格が違うのだ。


 その反応を見たパーグタルタは、静かに若い神々に話しかけた。

『汝らが不安がるのも理解できる。聞けば、『太陽の巨人』タロスが復活したそうではないか』

『は、はい。見張りをしていた神によると、原種吸血鬼共が冒涜的な儀式を行い、程なくしてタロスが咆哮を上げながら大地の中から復活したとか』


『首にはまだナインロード様の鞭の痕があったが、完全に復活している様子だったとか。しかし、やはり十万年前と同じくヴィダの色香に惑わされたままらしく、境界山脈内部に留まり自身の神域を展開したと聞いております』

 パーグタルタに促されたように、若い神々の口は徐々に開き、舌が滑らかに動くようになっていった。


 それによると、アルダ勢力の神々は原種吸血鬼達の冒涜的な儀式によってタロスが復活し、同時に原種吸血鬼達も【日光耐性】スキルか何かを獲得して日光を克服したと言う事になっていた。

 実際には、復活したタロスが頭上で行われていたドラガンやエルペル達の馬鹿騒ぎに怒って、『いい加減にせんかい! 頭の上で騒がれたら儂が何時まで経っても出られんだろうが!』と怒鳴りながら現れただけだったのだが。


 勿論、深淵原種となったドラガン達が日光を克服した理由も真実とは異なっている。

 だが復活したヴィダの元に戦力が戻りつつあるのは事実だ。それに十万年前の戦いを知らない若い神々は動揺しているのだ。


 その動揺をパーグタルタに指摘された若い神々は、気がつけばそれまで碌に会話も交わしてこなかった彼女に対して訴え、相談する様に次々に話し始めていた。

『この分では魔大陸の方もどうなっているか。タロスが復活したと言う事は、より軽い傷しか受けていないはずのディアナやティアマト等も既に復活している筈。ファーマウン様……ファーマウンも、アルダ様の元に戻る様子は無い』


『それにアルダ様は我々に何かを隠している。ロドコルテから聞かされたヴァンダルーに関する情報に、酷く動揺していたらしい。アルダ様が動揺すると言う事は、余程の事に違いない』

『私の聞いた噂では、動揺では無く怒り狂っていたと聞いたが……ヴァンダルーはロドコルテによって異世界から転生した転生者であり、奴以外にも約百人の転生者がこれからこの世界にやって来ると聞いて、それに激怒しただけではないのか?』


『勇者と同じ異世界からの……しかし『地球』か。あのヴァンダルーが生まれた世界ということは、神を畏れぬ冒涜的な精神の持ち主ばかりが暮らす魔界のような世界なのだろうな』

 話題が『地球』についてまで及んだところで、議論を見守っていたパーグタルタは再び口を開いた。


『汝らが不安を覚えるのも尤もだ。主たるアルダ様が動揺なさっているのだからな。

 だが落ち着くのだ、ヴィダ派の戦力は確かに整いつつある。何時かは十万年前と同じか、それを超えるかもしれない。だがそれは何百年、何千年も先の事では無いのか?』


 アルダの神威から解放されヴィダは復活した。これからはヴィダ信者の魂から御使いや英霊が増えていく事になるだろう。

 原種吸血鬼や他のヴィダの新種族の始祖や強力な個体も復活し、活動を再開した。

 大神の内二柱がヴィダの味方になり、ヴァンダルーはオルバウム選王国で暗躍している。


 だが、ヴィダ達大神は何れも傷ついており完全復活とは言えない状態。新たな御使いや英霊もすぐに集まる訳では無い。

 そして吸血鬼の始祖を始めとして、十万年前にアルダ勢力の手で葬った者や、封印した者も数多い。それは決して戻らない。


『対してアルダ様はベルウッドを継ぐ器と噂される次代の勇者を育て、彼にベルウッド自身も目覚めさせようとしているとか。

それに他の神々はそれぞれの英雄を見出し、育てている。我はここの守りに専念するため参加してはいないし、間違えれば粗製乱造に陥るが皆ならそうもなるまい。

 更に、どう言う風の吹き回しかあのロドコルテがこれからは全面的に協力するそうではないか』


『言われてみれば、その通りだ。大神の数で考えれば狂ったザンタークを入れてヴィダ側は四柱だが、正常な状態の大神は一柱もいない』

『それに対して我々は着実に戦力を増している。新たな魔王ヴァンダルーは確かに脅威だが、所詮は人。英雄神ベルウッドが完全復活すれば、恐れるに足らない』


『そうだ、そうだ。聞いた限りロドコルテがどれ程頼りになるかは分からないが、ペリア様が復活なされれば我々は更に盤石となる。そうですな、パーグタルタ殿』

 期待に顔が輝いている若い神々に、パーグタルタは頷いた。その仕草は若い神々にはとても頼もしく映った。


『我が主が復活した暁には、この世界の為に再び尽力してくださることだろう』

『おお、それでこそ神々一の見識を誇ると称えられる女神』

『ペリア様の知識は、兄弟たちの裏切りに心を痛めるアルダ様の何よりの助けと成りましょう』

 若い神々はそうペリアを讃え、『ならば、何としてもここを守らねば』と気分を一新して監視と護衛の仕事に戻っていく。


 気晴らしは大成功の様だ。


 それを微笑んで見送るパーグタルタは、矛と盾を持って定位置に戻った。

(感情のある存在の考える事は複雑故、誘導するのは面倒だが、奴らは単純で良い。ペリア様の護衛としてはいてもいなくても変わらないが、お蔭で外の世界の事がよく解る)

 その際、微笑を浮かべたまま無機質な視線を若い神々に送る。


(どうやら、情報は正しいようだ。我が真なる主よ、我が声は届いておられますか?)

 パーグタルタにとって、アルダは主ではない。形式上敬意を表しはするが、所詮余所の神である。

 そもそも、アルダが複数の属性の神々を束ねている現状が不自然で歪なのだ。


 その不自然さと歪さに気がつかない若い神々に、パーグタルタは何も思わない。人であれ神であれ、楽な方に流れるのが常だからだ。

 パーグタルタ自身も例外では無い。


(我が真なる主よ、我が流れは主の指し示す方向へ向かうでしょう)




 『太陽の巨人』タロスが復活し、『夢現に見ていた。滅びたはずのこの国を建て直し、我が子等を救ってくれた事を心から感謝するが……流石に儂の頭の上で騒ぐのは勘弁してくれ』と言われてから十日。

 ブラッドポーションの増産体制や、タロス復活記念のダルシア達の講演、犯罪組織の乗っ取りが終わったのでヴァンダルーは目標に定めた町に正式に入ろうとしていた。


 しかし町の門に続く行列に並んでいる最中、ふと意識が遠のいた。そして次に気がつくと、ヴァンダルーはズルワーンの頭の一つに咥えられていた。

 ああ、白昼夢かと思ったが、そのまま何もせず何処かへ運ばれていく。

 すると星空のような風景を超えて着いた先で、懐かしい物が見えた。


 青い惑星、地球である。

 地図やテレビで見るのよりも雲が多いが、地球だろう。

『ちょっと会わせたい存在がいるんだ』

『その前にコーラのレシピを調べて来ても良いですか? 後、本場のチーズやブランド肉等の味を参考までに確かめてみたいのですが』


『うーん、それはちょっと。今の状態の君が地上に降臨すると君も地上も大変だし。特に、地上の人間達が大変』

 大怪獣、巨大ヴァンダルーが地上を闊歩する光景を想像したらしいズルワーンが小刻みに震える。

 それでヴァンダルーは、今の自分のサイズがズルワーンに比べれば小さいが、ちょっとした高層ビル並みに大きい事に気がついた。


『……じゃあ、いいです』

 流石に高層ビルサイズで日本に降りるのは憚られたので、未練はあるが諦める事にする。

『気になる者がいるなら、今どうなっているか見る事ぐらいは出来るが?』

 何時の間にかいたリクレントにそう声をかけられ、考えたヴァンダルーはふと気になる人物がいる事を思い出した。


 彼等は自分が死んでから約三十年、どうなったのだろうか。

『では、地球で俺が死ななければ住み込みで働く事になっていた企業と、俺を面接してくれた人がどうなっているのか教えてください』

『あはははっははっ! そっちか! てっきり好きなアイドルか俳優のその後だと思ったのに外れた! って、御免。放しちゃった』


『ズルワーン、幾ら魂だけとは言え宇宙空間に放り出すものでは無い』

 宇宙空間に放り出され、バタバタと手足を動かして静かに溺れているヴァンダルーをリクレントが掴んで支える。

『ヴァンダルー、君が就職するはずだった建設会社は健在のようだ。ただ君の面接を担当した当時主任だった人物は別会社に転職して、そこで部長にまで出世している。来年、定年退職だ』


 どうやら無事だったらしい。面接で自分の事を熱意があると褒めてくれた珍しい人だったので、記憶の片隅に引っかかっていたようなので、安否を知れたのは良かった。

『じゃあ、後は良いです。カナコ達は『地球』で死に別れた家族や友人の安否は、『ラムダ』に転生する前に調べたらしいですし』


 学級委員だった島田泉達がロドコルテの御使いになっていて、それで調べて貰ったらしい。……カナコ達は彼女達を前世で裏切った立場なので、かなり聞きにくかったらしいが。

 その話をしている時、彼女達が何度か言葉を濁した事があった事を思い出したヴァンダルーは気がついた。一応自分にも同じ家で生活している程度の意味しかないが、家族がいた事を。


 気がついたが、伯父夫婦や従兄弟の現状を聞く気にはならなかった。

(どうでもいいですし)

 本物の温かな家族がいる今、ヴァンダルーの中で彼らの存在は今まで以上にちっぽけなものになっていた。


(でも結局何かやり返した事も無いし……不幸になれと念じるくらいはしておこうかな)

『あ~、もし伯父家族の事を考えているなら、彼等は十分不幸だから呪うのは止めようか』

『こうしている分には気がつかないだろうが、この世界の輪廻転生はロドコルテの管轄だ。あまり派手な事は出来ない』


『え、俺が念じるのって派手な事なんですか?』

 念じるだけにしておこうと思ったら、ズルワーンとリクレントに止められた。思わず聞き返すと、合計七つの顔が上下に頷いている。

 どうやらこの状態のヴァンダルーは、他人の不幸を願う事は控えた方が良いらしい。


『『地球』は魔力が無いに等しいくらい薄いから、弱い呪詛でも抵抗できないだろうからね。

 じゃあ、そろそろ行こうか。まずは地球の神の所に、その後はオリジンの神の所にも』




・二つ名解説:聖母殺し


 聖母と崇められる存在を手にかけた罪人である事を示す二つ名。ドラゴンスレイヤーや巨人殺し等と違い、偉業に対する賞賛では無く、悪事に対して与えられた蔑称、悪名。罪を表す焼印である。


 そのため有利な効果は無い。強いて挙げれば所有者が殺した『聖母』に敵対していた存在や組織から一目置かれるなど、真っ当な生き方をしたいなら不必要なコネクション作りに役立つかもしれない。

 逆に不利な効果も特には無いが……この二つ名を獲得した時点で所有者は『聖母』を崇める者達から憎まれ、命を狙われている。そしてこの二つ名を得ている事を知った第三者も、所有者に対して良い感情は抱かないだろう。


 それが不利な効果とも言えるかもしれない。

7月3日に、198話を投稿する予定です。


一二三書房様でサーガフォレスト創刊2周年フェアが開催中です! 拙作「四度目は嫌な死属性魔術師」も創刊2周年記念SSペーパー特典で参加しております。

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5月15日に「四度目は嫌な死属性魔術師」の2巻が発売しました! もし見かけましたら手にとって頂けると幸いです。

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