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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第一章 ミルグ盾国編
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二十三話 齢三歳を前にして気がつく真実と、敵の敵は敵

 涼しい朝の微風に、血の匂いが混じる爽やかな二月の朝。

「ウオォォォォォォ!」

 野太い雄叫びが響き渡った。オークやゴブリン、コボルトの死体から朝食に使う内臓を抜いて処理をしていたグール達が驚いて雄叫びの主を見ると、ヴィガロが朝日を仰いでいた。


「お、おい、ヴィガロがでかくなってないか?」

「まさか、ランクアップ!?」

 元々二メートルを超えていたヴィガロの身体が、一回り以上大きくなっていた。獅子の頭はより精悍に、牙は太く、力強く、四肢の筋肉はより発達しながらも柔軟さを維持していた。


 それはここ数百年この魔境に存在しなかった、グール達にとって伝説に等しい存在の姿を連想させた。

「狂戦士……グールバーサーカー!」

 ヴィガロは元々歴戦のグールバーバリアンだった。それが昨夜の激戦で同格の筈のオークジェネラルを複数、そして格上の筈のノーブルオークを倒した事で大量の経験値を手に入れると共に、スキルレベルを上昇させた事で、ランクアップ条件を満たしたのだ。


 伝説のグールタイラントには及ばないものの、たった一人で百人の人間の兵士を屠ったと言われるグールバーサーカーの誕生を目にしたグール達は、ヴィガロの名を称え歓声を上げた。





 その五分後、ヴァンダルーは朝一番で三人の美女から説教を受けていた。

 羨ましいと思う者もいるかもしれないが、それを彼に言えば「少なくとも、俺の業界ではご褒美じゃありません」と答えるだけだろう。


「良いか坊や、確かに坊やは儂らの頭じゃが、だからといって相手の頭と雌雄を決しなければならない訳ではないのじゃぞ」

「確かに私ではあのノーブルオークの相手では足手まといだったろうが、何もいきなり一人で飛び出さなくても良かったはずだ。仲間を引き連れ、最初から援護を受けて戦えばあんな危険な策に頼る必要は無かったんじゃないか?」


『そうよ、サムから聞いた時はお母さん気絶するかと思ったんだから! ヴァンダルー、あなたはまだ三歳にもなってない子供なのよ、幾らなんでも無茶をし過ぎよ!』

 一番強くヴァンダルーを叱っているダルシアの声や姿はヴァンダルーにしか認識できないので、ザディリスとバスディアにとっては二人で説教しているつもりなのだが。


「はい、すみません」

 言い訳せずに、ヴァンダルーは素直に謝った。確かに、今思い返してみると一人でブゴガンに突っ込んだのは無謀だった、もっと方法があったはずだと思ったからでもあるし、ザディリスやバスディア、そして誰よりもダルシアに心配をかけてしまったからだ。


 バスディアが言うように最初から皆でブゴガンに襲い掛かり、ヴァンダルーが足止めに専念している間にグール達の弓矢や投擲武器、攻撃魔術で延々攻撃するという手段なら、時間はかかってもブゴガンを無力化出来たのではないだろうか。

 その作戦を実行する前に、グール達の矢や投擲武器に【猛毒】をかけておけばなお良し。


 その上でブゴガンに誰も殺されないようにするのは難しかったが、難易度では実際にやった肉も胸骨も肺も切らせた作戦と、あまり変わらなかったかもしれない。


 一晩経って冷静になって考えると、そういう作戦もあったなと考えられるようになった。

 それに気がつかなかったのは、自覚は無かったが当時の自分は焦っていたのだろうとヴァンダルーは思った。

 まあ、それも久しぶりの実戦、それも大規模な戦いだったと思えば無理も無いと、これから長く続く説教に耐える為に自分を慰める。


『でも、それだけヴァンダルーがグールの皆の事を想っているって事だから、今回はこれぐらいで大目にみます。でも、次からあんな事はしないでね』

「だが、ヴァンに信頼してもらえるほど私達が強くなかったのも事実だ。実際私はあのノーブルオークに矢を放ったが、全て魔剣で切り払われてしまった。あれでは援護どころか隙を作る事も出来ない。

 済まないヴァン、私の未熟のせいで無茶をさせた」


「確かにのぉ。それに坊やのお蔭で儂らには一人の死人も出なかった。全て坊やがマジックアイテムを分け与え、スキルで強化し、魔力を譲渡し、敵のメイジを次々に無力化してくれたおかげじゃ。それを考えれば儂らは最初から坊やには無茶をさせておる。

 すまぬな、坊や」


「……え?」

 しかし、もっと怒られるかと思ったらダルシアは早々に許してくれ、バスディアやザディリスに至っては逆に謝られてしまった。

 驚くヴァンダルーだが、「――なんて言うと思ったか?」的などんでん返しも無いらしい。


「あの、もう良いんですか?」

 思わずそう聞くヴァンダルーに、ダルシア達は目を瞬かせた。

「そうじゃが……坊やも別に叱られたい訳ではないじゃろう?」

 なのに何故そんな事を聞くのかと困惑するザディリス達に、ヴァンダルーはつい深く考えず答えていた。


「そういう訳じゃないですけど、今まで叱られた時はもっと辛いか長い物だったので」

 ヴァンダルーのこれまでの人生は、地球とオリジンでは年長者に恵まれない人生だった。


 地球で彼を育てた伯父が彼を叱る時には、必ず暴力と怒鳴り声がセットで付いて来た。しかも外面を気にするので、その場では叱らず家に帰ってから叱るのだ。その上ヴァンダルーの言い分も聞かず、何故そうなったのかの原因も考えず、「二度とするな」と言う以外の改善点も指摘せず、叱った後これから如何すれば彼がそんな事をしなくなるのか考えもしない。

 止めは叱る理由が「親無しの分際で人並みの贅沢をしようだなんて、俺に面倒をかけるなんてフザケルな!」なのだから、怒りか恐怖しか覚えない。


 伯母が叱る時は、只管長かった。長々と暗い口調でグチグチと、何が言いたいのかさっぱり分からない事を延々言い続けるのだ。彼女の気が済むか、他の用事が出来るまで。酷い時は「あなたを叱るために時間を無駄にしたじゃない」と、数時間叱られ続けた。


 学校の教師は、何かトラブルがあるととりあえずヴァンダルーを、おざなりに叱った。トラブルを誰が起こしたのか、原因は何なのか考えるより、当時から挙動不審で暗い色の古い服ばかり着ている彼が悪い事にしておけば楽だったからだ。実際、それで小学校のクラスは纏まっていたから、それは学校では正しい事なのだろうとヴァンダルーは思っていた。

 その教訓から、中学高校では空気のような存在になって目立たず平和に過ごす事に成功した。


 そしてオリジンでは、「叱られる」という行為は「罰せられる」という意味に変化した。

 オリジンでのヴァンダルーはただの実験動物であり、彼を育てた研究者達にとっては教育ではなく調教する対象だったからだ。


 拳は電気ショックに代わり、説教は肺腑を抉るような言葉のナイフに変わった。勿論ヴァンダルーの言い分を聞く理由は無く、全て研究者の都合が優先される。

 時には理不尽な理由で痛みを受け続けた場合、魔力の質は変化するのか実験するという理由で電気ショックを流され、言いつけを守っても床の上で痙攣し続けた事もある。


 そうした経験というよりトラウマの結果、ヴァンダルーは誰かに怒られる事を極端に恐れるようになっていた。

 相手が殺しても構わないなら、殺したい相手なら、殺せる相手なら平気だ。戦いも怖くない、殺し合いもだ。しかし、そうでない相手から怒られ叱られるのは怖い。


 勿論ダルシアやザディリス、バスディアがかつての伯父や研究者達のような真似をするとは微塵も思っていない。しかし、思っていなくてもダメなのだ。


『ヴァンダルー……ごめんね、怖がらせてしまって本当にごめんなさいね』

 ヴァンダルーの過去を大まかにだが知っているダルシアは、過去彼に何があったのか大体察し、物理的には存在しないがヒヤリとする霊体の腕でひしっと抱きしめてくれた。


『そんな、母さんが謝る事じゃないよ』

 前世以前のトラウマなのだから、ダルシアにそれを注意するように心を砕けというのも酷だ。この世界で前世の記憶を持った子供を育てた経験のある母親は彼女が初めてなのだから、お手本も何も無いのだし。


 しかしヴァンダルーが前世の記憶を持っていると知らない二人には、間違った推測しか出来ない。

「坊や、今まで坊やの母親の事は詳しく聞いた事が無かったのじゃが……」

「どんな、人だったんだ? 普段はどんな様子で、ヴァンを怒る時はどうなった?」

 同情的な瞳と、歯切れの悪い口調。その様子を見て、ヴァンダルーは「あ、もしかして母さんが俺を虐待していたと思ったのでは?」と気が付いた。


「違います、違います、母さんじゃありません。丁度良いので事情を話しますけど、ヴィガロを呼んできていいですか?」

『ヴァンダルー、私の事は気にしなくて良いのよ。彼女達には私は見えないのだし』

「気にします。母さんが誤解されるのは、俺も悲しいから」

 ダルシアの事をザディリス達に誤解されるのが嫌だったし、元々彼女達に事情を話そうと思っていたのでヴァンダルーはこの機会に全てを話す事にした。




「なるほど、そんな事が……」

 ヴァンダルーが自分には前世と、更にその前の記憶があり、更にはそれらが異世界の物である事。更に自分と同じ、そして自分には無い常識を超えた能力を持つ者が百人、これからこの世界に転生してくる事を話すと、ザディリス達は驚きと、何故か納得を顔に浮かべた。


 信じてもらえないよりはいいのだが、あまりにもすんなりと信じてくれたので逆にヴァンダルーが困惑していると、彼女達は口々に納得した理由を言った。

「今までこの世界に無かった属性魔術を使う、魔力一億の子供じゃ。ダンピールである事を差し引いても、これぐらい非常識な来歴を持っている方が逆に常識的じゃ」


「それに、まだ三歳にならないのにヴァンはあまりに多くの事を知っている。サム達から教わったにしてもだ。

 それも前世からの知識だと聞けば納得できる」

「あー、二人の言う通りだ。我の言う事はもう無い」


「……ああ、そう言われるとそうかも」

「まあ、後百人坊やのような者が増えると言うのには驚いたが」

「魔力一億以上が百人か……」

 一億の魔力を持つ少年少女が冒険者や国に仕える騎士や魔術師になって、魔境で魔物狩りをする姿を想像して、深刻そうな顔つきで考え込むザディリスとバスディアだが、ヴァンダルーは首を横に振った。


「いや、多分魔力は俺よりもずっと少ないと思う」

「何? そうなのか?」

「はい。俺の魔力がこんなに多いのは、俺が何も持っていないからだから」


 ヴァンダルー以外の百人の転生者には、それぞれロドコルテからチート能力や属性魔術の適性が与えられている。ヴァンダルーの魔力が異常に多いのはその代わりなのだ。ロドコルテは『空枠』に魔力が宿るからだと言っていたが、その言葉を借りるなら、他の百人には『空枠』が存在しない事になる。

 彼らの枠はチート能力や属性魔術の適性で埋まり、『空枠』なんて存在しないはずだから。


 多分、殆どの者はこのラムダ世界の一流の魔術師の平均的な魔力である一万を多少超えるくらいではないだろうか。そのヴァンダルーの推測を口にすると、ザディリス達は小さく安堵の息を吐いた。

「そうか、それなら安心じゃな」

「いや、でもチート能力ですよ」

「儂は、その『ちーと能力』がどんな物なのかよく分からんが、魔力が一億ある時点で十分常識の埒外じゃよ、坊や」


 ザディリスの言う通り、この世界で一流と言われる魔術師でも魔力は一万を超える程度。超人や人外と評されるA級やS級冒険者、そういった超人でも倒せるか分からない強大な魔物、それ等でも魔力が十万あるかどうかだろう。

 一億を超える魔力なんて、それこそ神代の時代に存在した神や魔王と肩を並べる量なのだ。


「……そうですか? まあ、普通の属性魔術が使えれば、そうかも知れませんけど」

 しかし、その持ち主のヴァンダルーは相変わらずその実感が薄かった。戦闘で使い勝手の良い火属性や土属性の魔術が使えず、魔術の制御が激甘で術を一つ行使するだけで最低でも数千の魔力を使う彼にとって、自分の力はとてもチートと言える物ではないとしか認識出来なかったのだ。


『母さんね、ヴァンダルーはもっと自分に自信を持って良いと思うのよ?』

「うーん、善処します。

 それは兎も角、このまま俺がグールキングで居続けると皆に迷惑がかかるかもしれません。転生してくる連中は、人間以外の知的生物が存在しない世界しか知らないから何をするか分からない」

 この世界にはステータスやスキル等の地球やオリジンのゲームのようなシステムが存在する。だから連中がゲーム感覚で魔物を殺戮するかもしれない。


 いや、殺戮する対象が魔物なら別に良い。問題なのは、アミッド帝国で魔物扱いされているヴィダの新種族が対象になるかもしれない事。ヴィダの新種族であるという認知すらされていないグールは言うまでもない事だ。

 しかもヴァンダルーの仲間となれば、「ヒャッハー!」とばかりに女子供も見境なく蹂躙する可能性が否定できない。


 ヴァンダルーと他の百人は、冷静に考えれば明確に敵対している訳ではない。ロドコルテのミスや不幸な偶然が重なって、結果的に百人はヴァンダルーもオリジンに転生している事に最後まで気がつかず、そのままアンデッド化した彼に止めを刺してしまっただけで。


 しかしオリジンで止めを刺された後、ロドコルテの前でヴァンダルーが奴らを殺してやると宣言してしまったのでどうなるか分からない。幾ら同じ転生者だからといって、自分達を殺してやると喚く奴と仲良くなりたいかと聞かれればヴァンダルーだって首を横に振る。

 ロドコルテが今もヴァンダルーを見ていて、復讐するつもりが失せている事に気がついてくれれば良いのだが……望みは薄い。


『あの神、俺達が転生したオリジンの事も碌に見てなかったみたいだしな』

 見ていたのなら、少なくとも雨宮寛人達にヴァンダルーを助けるよう神託でも下してくれても良いはずだ。それが無かったのだから、期待は出来ない。


 なのでノーブルオーク率いるオークの大集落も消滅したし、さっさと称号を返還するべきだとヴァンダルーは思うのだが、ザディリス達の意見は違った。

「ふむ……確かにそうかもしれんが、その百人は一度に転生するのではなく、そのオリジンという世界で死んだ順に来るのじゃろう? じゃったらまだまだ先の話じゃし、一度に姿を現すにしても何人かしか来ないのではないか?」


 ヴァンダルーがオリジンで止めを刺された時、奴らは二十代前半に見えた。しかしどうやら軍事国家の秘密研究所に発生したアンデッドを退治するために派遣されるような、危険な仕事をしているようだ。

 だから、もしかしたら仕事で失敗してヴァンダルーが死んだ半年後や、一年後に死んでいる者もいるかもしれない。


 しかし、彼らはヴァンダルーが与えられなかったチート能力は勿論、魔術の適性や幸運、運命に守られている。そう簡単には死なないだろう。そしてオリジンの科学力は地球に無い魔術という技術のお蔭で、地球よりやや進んでいるようだった。


 なので、殺されたり癌等の重病にかかったりしなければ八十代、もしかしたら百年以上オリジンで生きるかもしれない。

 確かに、随分先の話だ。

 それに一度に何人も死ぬような事があるとも思えない。


「それに、何もその百人全員がアミッド帝国やその属国に生まれ変わるという訳でもあるまい。坊やが向かう山脈を越えた向こうに在る国かもしれんし、他の大陸かもしれん。人間の両親の下に生まれるとも限らん。

 もしかしたら、儂らグールや他のヴィダの新種族の腹から生まれるかもしれん」


「まあ、そうかも知れませんけど……」

 ザディリスの言う事は尤もなので、ヴァンダルーは先に何も続けられない。その彼に、バスディアが追い打ちをかけた。


「それに、その百人以外にも私達にとっての脅威は幾らでも存在する。もし人間達がこの魔境にB級やA級の冒険者を派遣して来たら、それだけで滅亡の危機だ。今回みたいに、他の魔境から高ランクの魔物がやって来て一大勢力を築くかもしれない。

 だから、その百人が転生して来てもヴァンダルーから離れなければならない理由にはならない」


 バスディアの言う通りで、彼女達グールはこの魔境では最大の勢力だ。しかし、ミルグ盾国が本気で上級冒険者を派遣すれば、一溜まりも無い程度の勢力なのだ。

「それに、ヴァンダルーが居なければ今回の戦いに勝てたかも怪しい。勝てたとしても、子供が産まれないのでは結局集落を維持できない。

 それで後数十年先の事に怯えて逃げる意味は無い」


「ま、まあ、それもそうかもしれませんけど」

 これも尤もで、ヴァンダルーは強く否定する事も主張を繰り返す事も出来ない。バスディア達グールにとって日常に脅威が存在するのが当然で、そのため脅威を避けるよりも生き延びるために戦う、脅威に怯えるよりも備えるのが当たり前なのだ。


「そもそも、ヴァンが私達から離れてもその百人が魔物狩りを始めたら同じ事だと思うぞ。それを考えたら、寧ろヴァンが居る方が安心だ」

「っ!? それは思いつかなかった……!」

 思わず絶句して驚くヴァンダルー。実際、別に転生してくる百人はヴァンダルーが関わっていなくても魔物を大々的に狩る可能性は高い。


 なんたって奴等には力があり、このラムダで魔物は悪なのだ。正義感を満足させるためや、単純に手っ取り早く金と名誉を手に入れるために魔物を狩る可能性は高い。


 衝撃を受けているヴァンダルーに、彼の意見を翻させる決定的な意見を告げたのは意外な事にヴィガロだった。

「そもそもヴァンダルー、そいつらはそれほど強くないだろう」

 思わず唖然としてしまうヴィガロの一言。強くないだろうって、そんな事ない。常識を超えて強力で、ずるとしか思えないくらい強大。そんな百人を、強くないだろうなんて。


「と、当然強いに決まっているじゃないですか。きっと俺よりずっとっ」

「だが、そいつらは死ぬんだろう? だったらお前なら殺せる」

 当然だよなと言わんばかりのヴィガロに、ヴァンダルーは反射的に反論しようとする。


「そんな訳が――あっ!」

 そして、はっと気が付いた。そうだ、奴らは確実に死ぬのだ。

 ロドコルテは、ヴァンダルー以外の百人にチート能力を与えた。

 幸運を与えて守った。

 運命を与えて導いた。


 しかし、ロドコルテの狙いは地球で死んだ彼らを使ってラムダを発展させる事で。その前にオリジンに転生させたのは経験を積ませるためでしかない。

 だから、オリジンで『死んだ』順にラムダに転生するよう仕組んである。


 だから、死ななければ困るのだ。オリジンで死ななければ、何時まで経ってもラムダに送り込めないから。

 なので、ロドコルテが奴らに与えたチート能力には、絶対死なない、殺されないというような能力は含まれていない。


 絶大な攻撃力を手に入れるチート能力を持っているかもしれないが、防御力が普通なら殺せる。

 超高速で動けるかもしれないが、【業病】で病気にしてしまえば殺せる。

 切断された手足を新しく生やせるような高速再生能力を持っているかもしれないが、脳や心臓を一撃で同時に破壊すればきっと殺せる。

 絶対的な防御能力を持っているかもしれないが、【老化】させれば老衰で殺せる。


 どれもこれも簡単ではない。きっと難しいし、命懸けの戦いになるだろう。

 だが、ヴァンダルーは死属性魔術師だ。極めれば死を齎すのも遠ざけるのも自由自在の魔術の使い手だ。相手が何時か死ぬ生き物である以上殺す手段は必ず存在し、ヴァンダルーにはそれを実行して完遂する手段があるはずだ。


「こんな根本的な事に、なんで今まで気がつかなかったんだろう……」

「自分に無い物を持っている者を怖がるのは当然じゃろう」

「それに、一度お前を殺しているのだろう。勝てないと思い込んでも無理は無いと我も思うぞ」

 思わず膝を突くヴァンダルーに、彼が百人の転生者を恐れていた理由を言い当てるザディリスとヴィガロ。


「生まれ出でてから三年近く考えていたのに、気がつかなかった。指摘してくれたお蔭で、未来に希望が増えました。ありがとうございます」

「おう、お前と仲間で居た方が我達は助かる。気にするな」

 もうキングの称号を返上すると言いださなければ、それで良いとヴィガロは満足そうに昨日より大きくなった牙を剥き出しにして笑った。


「まあ、冒険者や貴族になるのには儂らの方が邪魔になるかもしれんがな」

「その時はテイムしたとか言い張ります。それでダメなら無視できない程の功績を打ち立ててやります」

「おお、吹っ切れたな、ヴァン」

 自分でもチート能力持ちを殺せる。そう思い至ったヴァンダルーの人生の悩みは半減し、頭の中はすっきりとしていた。


 ゴルダン高司祭やハインツといった仇を討つ等の目標はそのままだが、このまま強くなれば実現可能だと確信できる。地球やオリジンなら兎も角、この世界には見てわかるスキルが有り、更に自分には魔力が一億以上ある。この魔力を使いこなせるようになれば、敵討ちもチート殺しも可能なはずだ。


 人生の先にあった無数の山と谷の険しさが、緩和されたようだった。

 そんなすっきりとした気分のヴァンダルーは、朝になったら言おうと思っていたがまだ言っていなかった事を思い出した。


「あ、そういえば人間もこのオークの大集落を討伐するための準備を進めていて、昨日俺達が退治した事を知られたんですが、どうしましょうか?」

「坊や……そっちの方が差し迫った危機じゃ」


 会議続行の模様。




 顔色の悪いルチリアーノは、早朝から緊張を強いられていた。

「報告は、以上です」

 彼が膝を突いて報告を述べる先に居るのは、雇い主である髭貴族のベルノー・バルチェス子爵に、ずらりと並んだ騎士達。


 そして、上座に座った中年と壮年の間の年頃の男。中肉中背で、戦闘が専門ではないにしてもルチリアーノのように、貴族からの指名依頼を何度も受けてきた冒険者が緊張するような相手では無い。

 しかし、ルチリアーノは彼の前に立つ度に背筋が寒くなるような、嫌な緊張感を味わっていた。


「その報告は、事実なのだな?」

「はい。パルパペック軍務卿」

 男の名は、トーマス・パルパペック軍務卿。爵位こそ伯爵だが、それはこのミルグ盾国がアミッド帝国の属国であるため、属国の王族は帝国の侯爵であると位置づけられているためだ。


 もし、ミルグ盾国が属国ではなく独立国なら侯爵位であっても……公爵であってもおかしくない程の手腕と、実績を持つ実力派の軍務卿。

 彼がその地位に就いてからミルグ盾国はオルバウム選王国からの攻撃に耐え、治安を向上させ、冒険者と連携して魔物が魔境から溢れ出す大氾濫を幾度も未然に防いできた。


「なるほど。ノーブルオークが全滅し、その配下も散り散りにか……」

「非常に喜ばしいですな、軍務卿殿」

 本当に嬉しそうなバルチェス子爵が、パルパペック軍務卿に笑顔を見せる。心なしか自慢のカイゼル髭の艶まで増したように見える。


 彼は大量の税金を使って大勢の冒険者を雇い、更に兵士や騎士も送り込んで犠牲が出るだろう討伐隊を派遣しなくて済みそうで、ほっとしているのだろう。

 下の者を何人でも使い捨てにしそうなイメージが強い貴族だが、そんな事を平気で出来るのは余程の暗愚だけだ。ある程度の能力を持っている貴族なら、犠牲が出る事は避けようとする。


 兵士は領地の治安維持に必要だし、死傷したからと言って即座に代わりの人員が手に入る訳でもない。武装を支給すれば良い臨時雇いの警備兵とは違うのだ。正規兵にはそれなりの練度と、忠誠心が求められる。

 代々貴族に仕える騎士なら尚更で、無駄に消耗させれば騎士爵家そのものから愛想を尽かされて他の貴族に主君替えされるという醜態を晒しかねない。


 普段は下々の者である民草から徴兵した兵でも、犠牲は少ない方が良い。働き手である若者が大勢死ねば当然領地の生産力が落ち、深刻な経済問題に発展しかねない。しかも領民からの不満も溜まると良い事が無い。


 冒険者の場合はやや特殊で、基本的には全て自己責任の職業なので十人や二十人程度犠牲が出ても、バルチェス子爵領のような大きな町なら、何処にも悪影響は出ない。それに、毎年ミルグ盾国だけでも数百人の冒険者が犠牲になっているのだ。それでも誰も為政者の責任だとは言わない。

 しかしそれも国全体での話で、一定の地域の冒険者の数が急激に減り過ぎると魔境での魔物の間引きに影響が出るし、冒険者が集めて来る魔物の素材等が手に入らず、魔物対策や経済に影響が出てしまう。


 それに冒険者は基本根無し草なので、無謀な依頼を冒険者に強いる領主が居ると噂になればそっぽを向かれかねない。そうなると領地の運営に長期的な支障が出る。


 よって犠牲は出ない、若しくは少ない方が良いのだ。勿論場合によっては、そんな犠牲を覚悟してでも行わなければならない事もあるのだが。例えば、町を狙うノーブルオーク率いる五百匹の魔物の群れを討伐するとか。


 それが無くなって、討伐部隊を組まなくて良くなったのならバルチェス子爵としては良い事でしかないのだ。強力な魔物を討伐した栄誉だとか、彼はそんな物は欲しくないのだろう。

 しかし、パルパペック軍務卿の意見は違うようだ。


「そうとも言っていられんよ、バルチェス子爵。討伐隊の規模を増やした方が良いか……いや、それよりも吸血鬼殺しで名高いゴルダン高司祭に助力を願うべきか」

「なっ!? 何故そうなるのです、軍務卿! 既にノーブルオークは死に絶え、脅威は去ったのですぞ!」


「脅威は去ったのではない。移ったのだよ、オークからグールに。

 ノーブルオーク率いる五百匹の魔物の群れを相手に勝利する、グールの群れ。ルチリアーノは確認していないが、恐らくグールメイジや……もしかしたらより上位のハイメイジやバーサーカーが居る可能性すらある。そんな集団が脅威にならないとでも?」


 パルパペック軍務卿の言う通り、人々にとってオークもグールも同じ魔物だ。違うのはグールには雌が居るので、そう頻繁に人間の女性を攫わない事と、グールは滅多に魔境から出てこない事だ。

 だがその違いを基に、バルチェス子爵側の騎士が異を唱えた。


「しかし軍務卿、今まで魔境の外で、それも群れ単位で活動するグールは確認されておりません。そこから推測すれば、グールの群れは魔境から出て来ないのではないでしょうか?」

「特にあの魔境のグールは、滅多に冒険者と戦う事すらしない比較的大人しい性質の群れのようです。それにノーブルオーク率いる群れはそこの冒険者の報告にもあったように、グールの雌を母体として使っていたのでしょう? 今回の出来事は、単なるオークに対するグールの報復なのでは?」


 ノーブルオークとその配下の群れを倒す力を持つグールの群れは、確かに脅威。だが、それは所詮魔境の中の生存競争に過ぎず、外に争いが広がる事は無い。

 こちらから見えないコップの中の争いに態々参加する必要が何処にあるのか。

 その意見に「確かに一理ある」とパルパペック軍務卿も頷いた。


「確かに、今までのグールならそうだろう。しかし、今までダンピールの子供を群れに置いたグールが存在したか?」

 だが、そう続けるとバルチェス子爵以下騎士達は「いえ、聞いた事もありません」としか言えなくなる。

「しかも、状況を考えるとそのダンピールがグールキングである可能性が濃厚……そうだな?」


「はい。状況を考えますと、恐らくそのダンピールがグールキング、ヴァンダルーである可能性は否定できません」

 それまで黙って控えていたルチリアーノは、「違っていても、私の責任じゃない」と言外に言いながら推測を述べた。


 ヴァンダルーが来るとグールが言っていた場所に現れたダンピールの子供。普通に考えれば、その子供がヴァンダルーという名前なのだろうと察せられる。そして、グールキングの名はヴァンダルーだと他のグールが言っていた。

 すると、グールキングはヴァンダルーという名のダンピールの子供であるという事になる。


 いくらダンピールとはいえ少年とも言えない幼児が大規模なグールの群れを率いるキングだとは、俄かには信じ難い。しかしそれを否定する材料も声も無い。

 その上で、パルパペック軍務卿は衝撃的な情報を公開した。


「実は、私はヴァンダルーというダンピールの子供が何者なのか、心当たりがある」

「何と!?」

「本当ですか、軍務卿!」

 パルパペック軍務卿に仕える騎士達ですら初耳だったのか、バルチェス子爵達と一緒にざわめく。ルチリアーノですら、思わず顔を上げて驚いた。


「約、三年前。吸血鬼の誘惑に屈したダークエルフの手配書が我が国に回って来たのは、バルチェス子爵も覚えていよう。そのダークエルフの名はダルシア。

 そして、これは私の手の者が念のためにと調査を進めていた過程で判明したのだが、ダークエルフを誘惑した吸血鬼の名はヴァレン。

 両親の名の一部を子供の名にするのは、珍しい話ではあるまい」


 ヴァレンとダルシアの息子だから、ヴァンダルー。この名前の付け方は、平民に多い。


「ですが、そのダンピールは塵に返されたのでは無かったのですか!?」

「いや、確か処刑されたのは母親のダークエルフのみだったはず。当時乳飲み子だったダンピールの死体は、遂に発見できなかったと……」

「何といい加減な! 神殿の者達はそんな雑な事で高い寄付金を要求するのか!?」


「だが、幾ら半吸血鬼とはいえ生後間もない乳飲み子が母親を亡くして生きて行けるはずが無い。名前はただの偶然では?」

「しかし、年齢も合う。偶然で済ませるには無理があるのでは?」


 狼狽し、推測を言い合う騎士達。それをパルパペック軍務卿の力のこもった声が遮った。

「憂慮すべきは、グールキングであるダンピール、ヴァンダルーがただ生き残るのを良しとせず、復讐の牙を研いでいる場合だ。

 その時、何が起こるのか。言うまでもないだろう」


 騎士達は一様に顔を強張らせて口を閉じた。特にバルチェス子爵の顔は青くなっている。

 自分達に恨みを募らせているダンピール率いる、強力なグールの大群。どう考えてもノーブルオーク率いるオークの大群よりも、脅威だ。


 オークは頭が悪く、たとえ上位種に率いられていても連携が雑で付け入る隙が多い。

 しかしグールはオークよりもずっと頭が良く、コボルト以上に連携して戦う事が得意な種族だ。それもメイジや上位種しか魔術の使えないオークとは違い、雌ならほぼ確実に魔術が使える。


 繁殖力こそオークに大きく劣るが、それはこの場にいる貴族や騎士達にとって意味の無い情報だった。

 五百匹以上のオークの大群に勝ったグールの群れなのだ、きっと同じか、少なくても四百以上の数がいるだろうと彼らは推測していたからだ。

 ……実際には、戦闘員はヴァンダルーと彼に従うアンデッドを含めてやっと二百程度なのだが。


 そんな大群が襲い掛かって来る時、まず牙を向けられるだろう最寄りの町の領主であるバルチェス子爵が、今にも卒倒しそうな様子になっても無理はないだろう。

「ぐ、軍務卿! どうかお力添えを!」

「勿論だともバルチェス子爵。早急に、そしてより規模の大きい討伐隊を組織し、グールとダンピールをあの魔境から根絶しようではないか」


 こうして地元領主から請われる形を維持したまま、より大きな討伐隊を組織する事になったパルパペック軍務卿。この討伐が成功したら、特に吸血鬼ハンターと名高いゴルダン高司祭が討ち漏らしたダンピールを討てたら、彼の名声はより高まる事だろう。


(そんな政治の裏側を推測するよりも、私は何とかしてここで抜け出さなければ!)

 もうあのダンピールの顔は見たくない。ルチリアーノはそう思いながら、雇い主から「下がってよい」との言葉を賜るまで待ち続けた。




・名前:ヴィガロ

・ランク:6

・種族:グールバーサーカー

・レベル:5

・ジョブ:無し

・ジョブレベル:100

・ジョブ履歴:無し

・年齢:168歳


・パッシブスキル

暗視

怪力:4Lv

痛覚耐性:4Lv

麻痺毒分泌(爪):1Lv


・アクティブスキル

斧術:5Lv(UP!)

格闘術:2Lv

指揮:3Lv

連携:2Lv




・名前:バスディア

・ランク:4

・種族:グールウォーリアー

・レベル:63

・ジョブ:無し

・ジョブレベル:100

・ジョブ履歴:無し

・年齢:26歳


・パッシブスキル

暗視

怪力:3Lv(UP!)

痛覚耐性:2Lv

麻痺毒分泌(爪):3Lv


・アクティブスキル

斧術:3Lv(UP!)

盾術:2Lv(UP!)

弓術:2Lv

投擲術:1Lv

忍び足:1Lv

連携:2Lv(UP!)


・状態異常

不妊

次回の投稿は、9月16日になります

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ヴァンダルーは、グールたちが倒した敵から経験値は奪えているのでしょうか? レベル上限に達しているから未だ判明していない状態だったので、気になりました
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