百九十三話 魔王は夢を見る
《【同時発動】、【鎧術】、【盾術】、【格闘術】、【装群術】、【欠片限界突破】スキルのレベルが上がりました!》
最近、ヴァンダルーはとても嫌な夢を見る事が続いていた。人生の目標の一つ、母ダルシアの復活を成し遂げたばかりで、【霊闘士】にジョブチェンジもして人生は順調だと言うのに、とてつもなく嫌な夢を見る。
それは誰かの夢に入って何か(加護)を渡すような夢でも無ければ、使い魔王に宿らせた分身の五感が紛れ込んだ訳でも無い。
あの憎き『蒼炎剣』のハインツ率いる『五色の刃』と殺し合う夢である。ただ、それだけなら別に嫌な夢では無いのだが……気に入らない点が幾つかあって、そのせいでヴァンダルーにとって不快な夢と化していた。
まず身体が自由に動かない。視線や、口でさえもヴァンダルーの意思が反映されない。彼が何をどう思っても、身体は誰かが勝手に動かしている。
まあ夢なのだから、それは仕方がないのかもしれない。だが、他の気に入らない点は『夢だから』と言う理由では納得しがたいものだった。
『何故君がここに出現したのか、私には分からない……何故魔王の欠片を宿しているのかも』
夢に現れたハインツ達は約四年前、ニアーキの町で遭遇した時やテーネシアと戦っていた時よりも若干老けていて、蒼い炎を出す魔剣はそのままだが、他の装備はより良いものに変わっているようだ。
その為か、レムルース越しに見ていた当時の彼等よりも夢に出て来るハインツ達は明らかに強かった。
当時は一対五でテーネシアを追い詰めるが逃亡を許す程度だったが、夢に出てきたハインツ達の実力なら逃がす余地を与えず確実に彼女を討ち取る事が可能だろう。
(その点も別に気に入らない訳じゃ無い。四年前よりも奴らが強くなっているのは、リアリティがあって寧ろ好感が持てる。
だけどまず納得がいかないのは……俺がこいつ等の仲間みたいな扱いを受けている事だ)
『……ククク』
『キヒヒヒッ』
ヴァンダルーがいうこいつ等とは、その原種吸血鬼テーネシアとグーバモンだった。激しく納得がいかない。
この二人を仲間と認識した事は勿論、共闘した事さえ一度も無いのに。
『だが、今日こそ倒させてもらう!』
覚悟を決めた顔つきのハインツと彼の仲間達が向かってくる。それに対して夢の中のヴァンダルーは、彼自身の意思とは裏腹にテーネシアとグーバモンの二人と連携しながら迎え撃った。
確かにベルモンドやエレオノーラに、テーネシアのライフデッドからパーツを移植した。ダルシアの新しい肉体には、グーバモンから回収した【破壊の魔眼】を素材の一つとして使った。
しかし、何故魂を砕いた敵共と夢の中とはいえ共闘しなければならないのか。
更に納得がいかないのは、夢の中の自分が現実の自分よりずっと弱いと言う事だ。
(【魔王の欠片】で主に使うのは血と角だけ。時々墨袋と吸盤がそこに加わる程度で、眼球や触角は使わない。【死霊魔術】は使えるけれど、レビア王女やオルビア自身は出せないし、【装群術】でピート達を呼べない。【死砲】や【虚砲】、【冥王魔術】や【虚王魔術】も使えない。
何より、他のスキルや能力値がずっと低い!)
夢の中でステータスを見た訳ではないが、夢の中の自分の動きは明らかに遅く、弱々しく、繰り出す技も拙い。
今なら使う事が出来る【格闘術】の上級武技も使わない。
それにどう言う訳か、【魂喰らい】が使えなくなっているようだった。ハインツやデライザ、ジェニファーに攻撃を当てた時も、魔力にダメージが入っている様子が無い。奴らが発動させた【英霊降臨】を、攻撃で妨害する事は出来るようだが、何かが砕けた音がするだけで実際に英霊の魂を砕いた手応えはないし、味も感じない。
一方、ハインツはヴァンダルーが観察していたテーネシアとの戦いの頃よりも、明らかに技量を増していた。能力値が高くなっているのは勿論、ヴァンダルーが知らない武技まで発動して襲い掛かってくる。
しかも……この夢をヴァンダルーが見るのは初めてでは無い。同じシチュエーションの夢を、何度も見ている。その度にヴァンダルー達はハインツ達を殺し、全滅させていた。
だが、夢を見る度にハインツ達『五色の刃』の面々は強くなって行った。正確には、力量その物が大きく上がった訳では無いのだろう。最初は攻撃してくるのを躊躇う素振りがあったのに、それが夢を見る度に無くなっていった。
そして昨日までの経験を活かして対策を練ったり、アイテムを用意して来たり……今見ている夢では、昨日は通用したはずの、【身体伸縮:舌】スキルの効果を活かした舌を使った【格闘術】の武技【舌鋒】の不意打ちが通じなくなっている。
【魔王の墨袋】の墨で創った人形を使ったフェイントも、あっさり見抜かれた。
明らかに奴らは経験から学習している。
ヴァンダルーに対してだけでは無く、テーネシアやグーバモンに対しても学習しているのか、魔眼や魔術による攻撃、【魔王の欠片】を使用した武技の一撃にも対応できるようになっていた。
それなのにテーネシアとグーバモン、そして夢の中のヴァンダルー自身は前日までの夢から何の学習もしていない。前の夢で見抜かれた隙を、今夜の夢でもそのままにして以前と同じように突かれて手傷を負っている。
(まるで、誰かにプログラムされた思考ルーチン通りにしか動けないゲームの敵にでもなったような気分だ。そしてハインツ達はプレイヤー側。
所詮は夢なのだから不条理で当たり前なのかもしれないけれど……夢の中でシミュレーションするにしても、仇側に有利過ぎませんか?)
【魔王の甲羅】を砕かれ【破壊の魔眼】を潰されたグーバモンが倒されるのを横目に見ながら、ヴァンダルーはそう愚痴を呟く。しかし、夢の中のハインツにはヴァンダルーの言葉は届かないようだ。
別に、夢の中でハインツやその仲間と会話したい訳では無い。ジェニファーとダイアナに『五色の刃』から抜けるよう一応声をかけるか、あのダンピールの少女セレンとはどんな関係なのか聞き出したいが、夢の中でやっても意味の無い事だ。
だが――
『現実の君も【魔王の欠片】を宿しているのだとしたら……君にどんな事情があっても、本当に私が殺させてしまった彼女の子供だとしても、私達は君を倒さなければならない。【魔王の欠片】を……放っておく訳にはいかないんだ!』
そう言って迷いを振り切ったように斬りかかって来るハインツに対して、言われっぱなしだと言うのは激しく不愉快だ。
特に、【魔王の血】で創った壁と【停撃の結界】を切り裂き、悪足掻きで放った【格闘術】の武技を軽く弾いたハインツの魔剣が身体に減り込んだ今は、そう感じる。
だが魔剣の刃がそのままヴァンダルーの胴体を袈裟懸けに切り裂く。がっくりと膝から……全身から力が抜けるのを感じる。視界の隅には、ばらばらになったテーネシアの欠片が転がっていた。再生する様子は無い。
どうやら、今夜の夢で遂にハインツ達は勝利を収めたようだ。
『……これが、ただの幻で現実とは違う事を心から祈っている』
そう言ってハインツはヴァンダルーから顔を逸らして、瞼を閉じた。そうだ、現実とは異なる。今負けた夢の中の自分より、現実の自分はもっと強くなっている。幾つもの魔王の欠片を吸収し、能力値とスキルレベルを上げている。ギュバルゾーの杖だってあるし、本物の仲間だっている。
こんな都合の良い展開には、絶対にさせない。
(必ず、殺してやる)
『必ず、殺してやる』
最期になって、ようやく口を動かせた気がしたけれど、ヴァンダルーの意識はそこで途絶えた。
《【高速再生】、【敏捷強化】、【限界超越】、【実体化】、【深淵】スキルのレベルが上がりました!》
《【霊体】が【魂魄体】に覚醒しました!》
《【砲術】が【魔王砲術】に覚醒しました!》
「っ!?」
ハインツが驚いてヴァンダルーに視線を戻した時には、彼は既に塵になって消える途中だった。
「ハインツ、大丈夫か?」
「あ、ああ、何でも無い」
声をかけて来たエドガーにそう答えるが、呆然とした様子でとても何でもないようには見えなかった。
五十階層に到達したハインツ達は、出現したヴァンダルーと二匹の原種吸血鬼に対して十回の敗北を繰り返した。
テーネシアと戦った時から約四年が経ち、あれからハインツは【導士】に覚醒し、全員がジョブチェンジを重ね、加護を得て、【英霊降臨】すら習得したと言うのに十回も負けたのだ。
それは現実ならあり得ないヴァンダルーと二匹の原種吸血鬼が高度な連携を発揮し、それが出来るのにハインツ達を倒す為なら仲間を切り捨てる事を一瞬も躊躇せず、また切り捨てられる事を当然とする非情さを発揮した事。
現実でテーネシアにあった油断やヒステリーが一切無くなり、グーバモン共々始終冷静で怒りや恐怖から判断ミスを犯さなかった事。【魔王の欠片】を発動した後ですら、始終理性を保っていた事。
そして何よりもヴァンダルーの異様さが原因だった。見た目は幼い少年なのに、無数の分身を創り出し、今まで見た事も聞いた事も無い魔術を駆使し、【魔王の欠片】を使いながら属性魔術(正確には死霊魔術だが)を駆使し、猛毒の唾液つきの舌を、何メートルも伸ばして攻撃してくる。
その上地面や壁、天井をゴーレムにしてくるのだ。今のハインツ達にとってゴーレム自体は武器を軽く一振りするだけで倒せるザコにすぎないが、突然足元が動き出したらどうしても体勢が崩される。
だが、ハインツがヴァンダルー達に十回も負け続けた最も大きな理由は、やはり精神的な問題だった。
かつて自分達が冒険者ギルドの依頼で捕まえ、アルダの高司祭に引き渡した魔女……ダンピールを産んだダークエルフの女性。その息子かもしれない少年を前にした事でハインツの四肢は震え、剣筋は鈍った。
その隙を突かれてきたのだ。昨日までは。
「本当に大丈夫ですか、ハインツ? 何度も言いましたし、あなた自身も分かっていると思いますが、あれはニアーキの冒険者ギルドで出会った少年ではありません。ただの幻です。
そしてもし本物の彼も【魔王の欠片】を、それも複数身に宿していたのなら……今と同じように倒さなければなりません。それは、正しい事です。そして、あなたの贖罪にもなるでしょう」
【魔王の欠片】に寄生された者は、誰であっても最終的には正気を失い他の欠片を求めて暴走する。特に複数の欠片に寄生された者はより早く暴走に至り、その際の脅威も大きくなる。
他者が出来るのは、寄生された者達を少しでも早く殺してやる事だけだ。……それが人間社会の常識だった。
「……分かっては、いる。だから、現実とは違う事を祈っていたんだ」
ダイアナの言葉に、ハインツは何とかそう声を絞り出した。そんな様子の彼に、ジェニファーとデライザがわざとらしくならない程度に明るく声をかけた。
「ダイアナはそうは言うけど、あたしにはあれが本物とはとても思えないよ。だってそうだろう? 何処の世界にあたし達でも知らない魔術や妙な属性魔術を使って、無数の分身を作って舌が蛙みたいに伸びるダンピールがいるのさ。しかも、あれは全部魔王の欠片とは別の力らしいじゃないか。
絶対ないって」
「偶然【魔王の血】の欠片を見つけて寄生されたって可能性は、零じゃないと思う。でも他は幾らなんでもあり得ないと思うよ。
他にも欠片を持っていた事もだけど……どんなに才能があっても、あの歳であれほどの魔術を【詠唱破棄】で使いこなすなんて……周囲の壁や柱を自在にゴーレムにするなんて、伝説に残るような大魔術師だって無理よ」
二人には、どうしてもあのヴァンダルーが現実にも存在するとは考えられないようだった。少なくとも、ハインツが考えている魔女、ダークエルフの息子がニアーキの町で出会ったダンピール。
「よし、一休みしたら次の階層に……うぐっ!」
ようやく意識をヴァンダルーから切り替えたハインツが指示を出しながら歩き出したが、すぐに苦しげに呻きよろめいた。
「どうしたのです、ハインツ!?」
「そ、それが……どうやら、彼は致命傷を受けた時、自分の血を毒に変化させていたらしい……」
「あのガキっ! 幻の癖になんて手を使いやがるんだ!」
「ダイアナっ、解毒! ここでハインツが死に戻りしたら、また明日もここからスタートかもしれない!」
ヴァンダルーの置き土産で瀕死になったハインツを何とか解毒して、次の階層の入り口まで向かう【五色の刃】一行。
それを見守りながら、『記録の神』キュラトスは試みが上手くいっていない事を残念に思っていた。
彼はまだ生存していると言う理由で、原種吸血鬼ビルカインを再現しなかった。だがヴァンダルーは生存し、こうしている間にも変貌し、変異し続けている可能性があるのに再現した。それは『五色の刃』に認識させるためだった。ヴァンダルーが原種吸血鬼同様、いやそれ以上の悪である事を。
ハインツ達が保護しているダンピールの少女セレンとは違い、命を弄び死者の尊厳を汚し、世界を危うくする存在であると教えるためだった。
故に一回目の戦いでは【魔王の欠片】を最初に発動させた。ヴァンダルーが欠片を身に宿している事を印象付け、彼等が一度は逃したテーネシアから角の欠片を奪った張本人であると気がつかせるために。
だが、ハインツ達の認識を完全に改めさせるには至らなかったようだ。
『六十五階層の試練もある故に、焦る必要は無い。もしそれでも迷いを持つようなら、ミルグ盾国の遠征軍とタロスヘイムの戦いを再現し、それを見せると言う手もある。そして最後は……』
キュラトスは記録を司る神だ。記録されたヴァンダルーの邪悪さをハインツ達に見せる事は、造作も無い。
それがハインツ達五人にとって心地良いものでないのは、理解している。だが必要な事なのだ。
『彼等は我が主アルダでも足を踏み入れる事が出来ない『罪の迷宮』、そこで眠るベルウッドを目覚めさせなければならないのだから。
だが……あれはただの偶然か?』
キュラトスは若干訝しく思っていた。消滅した後も残る罠を仕掛けるような戦法を、自分は再現したヴァンダルーにプログラムしただろうかと。
だが、自分の血を魔術で猛毒に変化させる事自体はそれまでも行っていたので、今回はそれが偶然消滅する寸前に実行されたのだろうと考え直し、ハインツ達を更に鍛えるための五十一階層以降の試練の構成について思案する事に集中するのだった。
「それは嫌なというか、怖い夢ですね」
ダルシアによってカオスエルフに変化したカナコは、起きたばかりのヴァンダルーから彼がここ最近見ている夢について聞きだし、そう感想を口にした。
「……怖いとは感じませんでしたけど?」
『いや、私達も聞いた時は怖いと思ったぞ!』
『うん、瞳ちゃんも怖いと思ったって言ってたよ』
「でしょう、怖いですよね」
ヴァンダルーは数度瞬きをした後に怖いとは感じなかったと否定したが、複数の同意を得たカナコは腰に手を当ててまくしたてた。
「だって、最初は弱かった相手が夢を見る度にだんだん強くなって、最後は自分を殺す夢ですよ。悪夢じゃないですか! もう怪談の類ですよ!」
「なるほど。そう考えると、確かに怖い夢ですね」
「……想像して分かっただけで、理解して納得はしていない様子ですね、お兄ちゃん?」
「ええ、まあ。所詮夢ですから」
半眼になったカナコの発言を一部無視しつつ、ヴァンダルーはそう頷いた。
自分が傷つき最後には死ぬ夢。それがどんなに生々しくリアリティ溢れる夢だったとしても、ヴァンダルーは恐怖を感じない。何故なら、彼が常時発動している【危険感知:死】に反応が無いからだ。
あらゆる死の危険を感知する魔術に反応が無いのなら、どんなに凄惨な死を夢で経験しても、本当に死ぬわけでは無い。それを確信しているため、ヴァンダルーは不愉快に感じても恐怖は覚え無かったのだ。
「これが母さんや皆がハインツに殺される夢だったら、【危険感知:死】に反応が無くても冷静ではいられなかったでしょうけれど」
それに夢の中で死ぬのが自分と、仲間どころか敵や仇だったテーネシアやグーバモンだけなのも大きかった。二人が夢の中でどんなに無残な死を遂げようと、ヴァンダルーは何も感じない。
これがダルシアやエレオノーラ、ザディリス、ボークス等だったら今のように平然とはしていなかっただろうけれど。
「……お兄ちゃん、その皆の中にあたしは入ってます?」
ヴァンダルーの言葉を聞き、やや躊躇った後カナコはそう尋ねた。彼女の発言の一部を無視して、彼は即答する。
「入っていない訳が無いでしょう。カナコ、あなたは俺の仲間でこのタロスヘイムの国民です」
「あ、ありがとうございます、お兄ちゃ~んっ!」
カナコは感激した様子でレギオンに抱きつくと、彼女達の中に埋もれて顔だけ出ているヴァンダルーに頬ずりを始める。
『ヴァンダルー、私達はどうなの?』
『グルルルルル?』
『あたし等はどうなんだい?』
しかし、カナコに触発されたのかイシスやベルセルク、バーバヤガー達が動きだし、カナコの上半身もレギオン達の中に埋もれてしまうのだった。
一分後、下半身だけで激しいダンスを踊っている事に気がついたレギオンに解放されたカナコは、肩を上下させながら口を開いた。
「それでお兄ちゃん、こうしてあたしが寝起きのお兄ちゃんを起こしに来る妹と言うあざといイベントをしに来たのは、訳があります」
「……そんなイベントでしたっけ?」
そうヴァンダルーに聞き返されたカナコは、すっと視線を逸らした。
『私達とヴァンダルーが一緒に寝ていたら、カナコが入って来たのよね』
『私達を見て、ヒャアっと悲鳴を上げていたのは誰だ!?』
「仕方ないじゃないですか! 誰でもお兄ちゃんが首までレギオンに埋まっているのを見たら驚きますよ!」
そう堪らず叫んだカナコが言うように、最近嫌な夢ばかり見ていたヴァンダルーはレギオンと一緒に寝ていたのである。……首から上以外彼女達に埋まって。
因みに昨日はパッチワークヒュドラゾンビのヤマタと、一昨日はゲヘナビーの巣で幼虫達と一緒に眠っている。逆抱き枕といった感じである。
「ああ、夢の事は母さんには内緒ですよ。つまらない事で母さんを心配させたくありませんから」
「はいはい。それで用件ですが、そのダルシアママにも専用の変身杖を作ってもらえないかな~っと、お兄ちゃんにお願いするためのご機嫌取りに来ました」
『……ヴァンダルーは、寝起きに少し媚びを売られたぐらいじゃ平常運転だと思うけど』
『シェイドの言う通りだね。特に、君の媚びは何時でも売っているから』
「うぅっ、安い女になってしまいました……!」
「ところで、そろそろスルーするのが難しくなってきたので聞きますが、何故俺をお兄ちゃんと呼ぶのです?」
シェイドと閻魔に言われて項垂れているカナコに聞くと、その途端元気になった彼女は解説を始めた。
「それはですね、あたしはダルシアさんにカオスエルフ化して貰ったじゃないですか。骨格がオリハルコンに変わる事はありませんでしたけど、お蔭で【暗視】が【闇視】に変わったり、【高速再生】スキルを獲得したり、【混沌】で身体の一部を変形や変色させられるようになったり……それで、ヴィダの新種族化を行った相手と変化した人は親子のような関係になるって前言っていたでしょう?
だからダルシアママで、あなたはお兄ちゃんです」
「……無理しなくても良いんですよ? 元クラスメイトのカナコさん」
「いや、そこまで無理をしているつもりは無いんですけど。あ、もしかして兄さんとか兄君とかの方が良いですか?」
「良くないです」
ヴァンダルーは即座に首を横に振った。
「そうですか? でもアニキとか兄上だとあたしのキャラクター性的に……」
「名前で呼んでください」
「う~ん、そうですか。ヴァンダルーも第二次成長期に入ってそろそろ思春期ですから、これから女の人が倍増しそうなので、少しでも存在感をアピールしておこうと思ったんですが」
どうやら、カナコが心配しているのは竜人国の四老竜達と似たような事だったらしい。
「流石に倍増は無いと思います。竜人国の人達も先延ばしにしてくれましたし」
『でもヴァンダルー、シュナイダーやドルトン達がアミッド帝国側のヴィダの新種族の隠れ里を回っているから、その関係で増えるんじゃない?』
そう言うヴァンダルーだが、プルートーの言葉も尤もだった。流石に隠れ里毎に一人立候補者が選出されるような事は無いだろうけれど。
「……それで母さん専用の変身杖でしたね。何故作って母さんに渡して欲しいのかは、大体予想がつくので聞きませんが」
「ですよね」
強引に話を戻したヴァンダルーに、カナコは悪びれもせず頷く。『ヴィダの化身』として復活したダルシアは今、境界山脈内部の国々で熱狂的な人気を獲得していた。
各国の神殿ではヴィダの神像の横にダルシアの像を建立する動きが在り、まだ復活したばかりという事で遠慮されているが、暫く経ったら是非講演会なりお祭りなりなんなりに来て欲しいという申し出が幾つも来ている。
ダルシアの復活をゴブリン通信機で知ったシュナイダーも、「どうしても俺達で説得しきれない隠れ里には、ヴァンダルーとダルシアの二人かどちらかに足を運んでもらう事になるかもしれねぇ」と言っていた。
それぐらい女神の化身がもたらすインパクトは大きい。そのダルシアが変身杖を持つようになれば、魔法少女の人気は子供や一部のファンだけではなく、境界山脈内部の全ての人々に……もしかしたら外部のヴィダの新種族、更には人間社会のヴィダ信者全体に波及する可能性まである。
これをカナコが見逃す筈は無かった。
「と言う事は、やっぱりダメですか。まあ、仕方ありませんよね」
「ええ、まだ母さんが復活してから時間が経っていないので、完成まで後暫くかかります」
「そうですよね。幾ら変身杖が高性能でも、見世物にするような真似は許さ……許すんですか!?」
実はダメで元々と言う気持ちで頼みに来たカナコは、ヴァンダルーが既にダルシア用変身杖の製造に着手していると聞いて、ギョッとした様子で聞き返した。
「カナコ、俺が皇帝である時点で、復活した母さんが注目を浴びるのは分りきった事じゃないですか。それに変身杖は液体金属で出来た衣服型の鎧兼魔術の補助具、『オリジン』で言う媒体です。いかがわしいものではありません」
ヴァンダルーの変身杖に関する認識は、その通りだった。確かに変形後の衣服の形状は、『地球』の基準から見るとやや露出度が高いかもしれない。
しかし、ザディリスやザンディアの服は元々露出度が高かった。ダルシアも、ダークエルフだった頃の格好は身体の線が服の上から分かる格好だった。
なので、ヴァンダルーもあまり気にしてなかった。……あまり布の面積を大きくすると、液体金属なのでその分重くなるし、繊維の結合を維持するのが難しくなるという技術的な問題もあったが。
だからダルシアに変身杖を渡す事は特に抵抗は覚えていなかった。寧ろ、母さんの一張羅を新調しようという感覚で作っている。
「じゃあ、良いんですか? ダルシアママが【魔法少女】になっても?」
「そのジョブを選ぶかどうかは母さんの自由ですし、変身杖も使うかどうかは母さん次第です。
度の強いマザコンである俺としては、母さんにより良い装備を揃えようとするのは当然でしょう」
『自覚があるからって、態々口に出さなくても良いのに……』
「じゃあ、変身杖が出来たら頑張ってステージに誘いますね!」
ダルシアの魔法少女化と、ステージデビューの可能性が発生したようだ。
「ところでメリッサはどうしたんですか?」
「そんな! あたしよりメリッサが良いんですか!?」
「いいえ、そう言う訳じゃありません。ただ、一緒に居ないのが珍しいなと思って聞いただけですよ」
『今日のメリッサは、ダグと一緒に買い物だよ。肌の色が変わったから、新しい服を買いたいんだって。後、ダグがヴァンダルーの血を飲んでも人間のままだった事を慰める食事会だって。ジャックは、ただのデートだと思うけど』
『そうね、ジャック。メリッサとダグはデートに出かけたのよ』
どうやら、二人は二人で忙しいらしい。そう言えば、カナコはアイドル活動にメリッサを誘ってはいなかったと、ヴァンダルーは気がついた。
成り行きで組んで思ったよりもウマがあった仲間でも、プライベートは分けているのかもしれない。
因みに、ダグはルチリアーノと一緒にヴァンダルーの血を飲んで人種から新たな種族に変異しないか挑戦したのだが、失敗に終わっていた。
原種吸血鬼が人間を貴種吸血鬼にする時の儀式を再現したのだが、月光を浴びながらヴァンダルーの血を飲んでも二人の種族が変化する事は無かったのだ。
ヴァンダルーから言わせると、当たり前の事なのだが。寧ろ、何故変化すると思ったのかと聞きたい。
「ダグとメリッサのデートは兎も角、ダルシアママは何処ですか? 早速ユニットに誘おうと思うんですけど」
「朝方までダンジョンでレベリングして新しい身体の具合を確かめ、今はレベルが百になったので探索者ギルドのジョブチェンジ部屋の中に居ますね。ちょっと、ジョブ選びで迷っているようです」
その頃、使い魔王を部屋の外に待たせているダルシアは、ヴァンダルーの予想通りジョブ選びで迷っていた。
「困ったわね……こんなに沢山出るなんて、どうしましょう?」
復活した事でジョブ履歴がリセットされたダルシアが水晶に触れると、脳内にジョブチェンジ可能なジョブが数え切れない程表示され、その数は彼女の想定を遥かに上回っていた。
各種見習いジョブに、魔術師系ジョブ、戦士系ジョブ、それに生産系ジョブまで何種類もある。流石にヴァンダルーが出現させた特異なジョブや、【導士】等特殊なジョブは出ていないが、ダルシアの知識に無いジョブも多い。
これはダルシアの能力値やスキル等が高く、最初のジョブチェンジをする前の段階で、複数のジョブのジョブチェンジ可能になる条件を満たしていた事、そして何よりヴァンダルーと違い【既存ジョブ不能】の呪いを受けていない事が関係していた。
「【霊闘士】もあるのね。ヴァンダルーはもうこのジョブにジョブチェンジしたから大丈夫……他にヴァンダルーが未だ就いていないジョブは、無さそうね」
【既存ジョブ不能】の呪いが、どの時点で既存のジョブと見なすのかは不明だが、実際に誰かがジョブに就いたら確実にヴァンダルーはそのジョブに就けなくなる。それを心配したダルシアは、ヴァンダルーから彼が現時点で就く事が可能なジョブの一覧を聞き出していた。
「この前【霊闘士】にジョブチェンジする時に増えた【荒御魂】とか【冥群砲士】も無いわね。
じゃあ、後はここから私のジョブを選ぶだけだけど……どうしましょう? やっぱり手堅く【魔術師】から? それとも上位スキルのレベルを伸ばせるようなジョブを選ぶべき? まだ上位スキルに覚醒していない水属性や風属性を伸ばすのも……私、【鎧術】や【盾術】はまだ覚えていないし、それとも【再生の魔眼】の扱いに習熟するためにも、【魔眼使い】かしら」
以前は得意だった【精霊魔術】スキルは、ヴィダの神域でも本物の精霊はいなかったので再現された疑似精霊でしか訓練できなかったため2レベルしかない。水と風属性の魔術スキルは10レベルだが、まだ上位スキルに覚醒していない。そうした長所を伸ばすべきだろうか?
それとも接近戦でも戦えるよう上位スキルの覚醒を目指して武術系のジョブに就くか、【神鉄骨格】の耐久力を活かす為に守護戦士に就いて【鎧術】や【盾術】の獲得……短所を補うべきか。
また第三の選択肢として、【魔眼使い】も良いかもしれない。
グーバモンから移植した【破壊の魔眼】はダルシアの肉体が再構成される際に【再生の魔眼】という正反対の性質の魔眼に変化していた。原因は分からないが、『生命体の根源』にヴァンダルーの様々な素材を混ぜたせいか、それともダルシアの精神が『生命と愛の女神』ヴィダの神域に行っていたためか、それらすべてが関係した結果だろう。
その魔眼の扱いに習熟するのはどうだろうかと、ダルシアは思った。見つめた物を再生する事が出来るこの魔眼は他者の治療だけでは無く、様々なものに使う事が可能だからだ。
暫く見つめるだけで割れた花瓶や破れた絵、折れた剣等は元通りになるし、ある程度なら破片が足りなくても再生できる。……流石にオリハルコンの破片から残りのオリハルコンを再生して、素材を無限に手に入れるような事は出来ないが。
しかしそれも【再生の魔眼】の扱いに習熟すれば、多少は可能になるかもしれない。
「でもやっぱり…う~ん」
あれもこれもと目移りして、なかなか決まらない。ダークエルフだった頃は、これ程沢山のジョブが出た事は無かったので迷う事は無かったのだが……。
「でもジョブチェンジ可能なジョブが出るだけ幸せよね。冒険者ギルドではジョブが出なくてジョブチェンジ出来ない人が苦労しているって話も聞いたし……でも魔術系と武術系、両方のスキルに補正がかかりそうなジョブは無いかしら?
ヴァンダルーが選王国に行く時には、私も力になりたいし」
近々……とは言っても、恐らく来年になってからだろうがヴァンダルーはオルバウム選王国に行く。
その目的はこれまで幾度か失敗している選王国での味方作り、そして商業ギルド等に登録する事での身分を手に入れ社会的立場を確保し、諜報活動の拠点作り……そして彼を狙っているらしいムラカミ達転生者の始末。原種吸血鬼ビルカインも、出来れば消しておきたい。
後、『ヴィダの御子』として選王国のヴィダ信者を纏められるなら、纏めておきたいとヴァンダルーはダルシアに説明していた。尤も、あまり期待していない様子だったが。
「私とヴァンダルーの身体が安定して、『ヴィダの寝所』で眠っていた原種吸血鬼の皆から【魔王の欠片】を受け取ってからだから……やっぱり来年の頭かしら。その時には、ヴァンダルーと一緒に戦えるようになっておきたいのよね。機会があるかは、分からないけど」
ヴァンダルーがタロスヘイムに居ない間、もしかしたらシュナイダー達『暴虐の嵐』からヴィダの新種族達を説得するための協力要請が来るかもしれない。
ダルシアの生まれ故郷である里を含めたダークエルフの隠れ里、それを総括する長老衆の説得に難儀しているからだ。
実はダルシアは、その長老衆の一人と血が繋がっている。向こうからすれば何十何百といる子孫の一人でしかなく、物心がつく前に一度会った事がある程度の仲だが繋がりは繋がりである。
まあ、シュナイダーやドルトンが期待しているのは『ヴィダの化身』としての力の方だと思うが。
「出来ればその時にはヴァンダルーも連れて、父さんや母さん達に会わせたいけれど。あ、いけない。今はそれよりジョブを選ばないと」
都合の良いジョブは無いだろうかと、再び探し始めるダルシア。だが中々そんなジョブは見つからない。
やはり幅広く補正がかかるジョブを何度か経験するか、それとも一度ジョブチェンジするのを止めてヴァンダルー達に相談しようか。
そう思った彼女だったが、一つのジョブに目が留まった。
「……【魔法少女】。ザディリスさんやカナコちゃんが就いているジョブで、確か魔術系スキルだけじゃなくて、武術系スキルにも補正がかかるらしいジョブよね。それに、周囲の皆からの人気も集めやすいみたいだし……女神様の化身としてのお仕事の役にも立つかしら?
問題は私が少女じゃない事だけど……良いわよね。新しい身体になってから、まだ零歳なんだし」
そしてダルシアは【魔法少女】ジョブにジョブチェンジしたのだった。
遠く『ヴィダの寝所』で、『ちょっと待って! 魔法少女の女神とかそんなのにされそうなんだけれど~っ!?』とヴィダが声を上げていたかもしれないが、ダルシアの耳には届かないのだった。
・名前:ヴァンダルー・ザッカート
・種族:ダンピール(母:女神)
・年齢:11歳
・二つ名:【グールエンペラー】 【蝕帝】 【開拓地の守護者】 【ヴィダの御子】 【鱗帝】 【触帝】 【勇者】 【魔王】 【鬼帝】 【試練の攻略者】 【侵犯者】
・ジョブ:霊闘士
・レベル:7
・ジョブ履歴:死属性魔術師、ゴーレム錬成士、アンデッドテイマー、魂滅士、毒手使い、蟲使い、樹術士、魔導士、大敵、ゾンビメイカー、ゴーレム創成師、屍鬼官、魔王使い、冥導士、迷宮創造者、創導士、冥医、病魔、魔砲士
・能力値
生命力:96,431 (71,901UP!)
魔力 :4,129,403,625+(2,064,701,812) (合計 414,975,175UP)
力 :11,975 (9,641UP!)
敏捷 :8,440 (6,333UP!)
体力 :12,725 (9,716UP!)
知力 :14,446 (8,865UP!)
・パッシブスキル
怪力:10Lv(UP!)
高速再生:8L(UP!)
冥王魔術:4Lv
状態異常無効(状態異常耐性から覚醒!)
魔術耐性:9Lv(UP!)
闇視
冥魔創道誘引:6Lv(UP!)
詠唱破棄:7Lv
導き:冥魔創道:7Lv(UP!)
魔力自動回復:10Lv
従属強化:10Lv(UP!)
毒分泌(爪牙舌):10Lv(UP!)
敏捷強化:7Lv(UP!)
身体伸縮(舌):8Lv(UP!)
無手時攻撃力強化:大
身体強化(髪爪舌牙):9Lv(UP!)
糸精製:6Lv
魔力増大:5Lv
魔力回復速度上昇:5Lv
魔砲発動時攻撃力強化:中(UP!)
・アクティブスキル
業血:5Lv(UP!)
限界超越:5Lv(UP!)
ゴーレム創成:5Lv(UP!)
虚王魔術:2Lv
魔術制御:8Lv
料理:7Lv
錬金術:10Lv
格闘術:10Lv(UP!)
同時発動:10Lv(UP!)
手術:8Lv
実体化:10Lv(UP!)
連携:9Lv(UP!)
超速思考:1Lv(高速思考から覚醒!)
指揮:9Lv
操糸術:6Lv
投擲術:7Lv
叫喚:6Lv(UP!)
死霊魔術:8Lv
魔王砲術:1Lv(砲術から覚醒!)
鎧術:5Lv(UP!)
盾術:5Lv(UP!)
装群術:5Lv(UP!)
欠片限界突破:5Lv(UP!)
・ユニークスキル
神喰らい:5Lv(UP!)
異貌魂魄
精神侵食:8Lv
迷宮創造:2Lv(UP!)
魔王:2Lv(UP!)
深淵:6Lv(UP!)
神敵
魂喰らい:5Lv(UP!)
ヴィダの加護
地球の冥神の加護
群体思考:3Lv(UP!)
ザンタークの加護(NEW!)
群体操作:3Lv(遠隔操作から覚醒&UP!)
魂魄体:1Lv(霊体から覚醒!)
・魔王の欠片
血、角、吸盤、墨袋、甲羅、臭腺、発光器官、脂肪、顎(唇を統合)、眼球(水晶体、網膜を統合!)、口吻、体毛、外骨格、節足、触角、鉤爪、複眼(NEW!)、鰓(NEW!)、副脳(NEW!)、瘤(NEW!)、血管(NEW!)、舌(NEW!)、肺(NEW!)
・呪い
前世経験値持越し不能
既存ジョブ不能
経験値自力取得不能
・ジョブ解説 魔砲士 ルチリアーノ著
主に【魔王の欠片】で砲身や弾を作り、魔術や他の欠片の力で撃ち出す事に補正がかかるジョブのようだ。恐らく、火薬を動力に使った砲術を主に使う場合は、他のジョブが出現するものと思われる。【砲術士】とか、【銃士】とか。
能力値では体力や力が上がり易く、敏捷は上がり難いジョブのようだ。
このジョブからジョブチェンジする際に現れた【冥群砲士】は名称的にこのジョブの上位ジョブと思われるが……他にも混ざっていそうである。
6月17日に、194話を投稿する予定です。
一二三書房様でサーガフォレスト創刊2周年フェアが開催中です! 拙作「四度目は嫌な死属性魔術師」も創刊2周年記念SSペーパー特典で参加しております。
配布店舗等詳細は、一二三書房公式ホームページでご確認ください。
5月15日に「四度目は嫌な死属性魔術師」の2巻が発売しました! もし見かけましたら手にとって頂けると幸いです。




