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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第九章 侵犯者の胎動編
236/515

閑話27 ついに相対した勇者と魔王 そして深まる疑惑

予定では百九十三話を投稿するはずでしたが、書いているうちに主人公の出番が殆どなくなってしまったので、閑話27と変更させていただきます。申し訳ありません。

 全身が鱗に覆われ、首から頭部の代わりに無数の触手を生やした異形の巨大猿が押し寄せてくる。

「【滅魔輝真撃】!」

 それを、【英霊降臨】で能力値を強化したハインツの【輝神剣術】の武技が断ち割る。だが紫色の血を撒き散らして両断された同族に動揺もせず、残りの巨大猿達は彼に襲い掛かろうとする。


『■■■■■■■■■!!』

 人間の耳では聞き取る事が出来ない絶叫を上げた巨大猿が、異様に長い両腕をハインツに向かって振り上げた。

「ハインツ、雑魚に構うな! 【百輝轟拳】!」

 だが、それをジェニファーの拳の連続が弾き飛ばし、巨大猿の強固な鱗を貫く。


「ジェニファーの言う通りだ、お前はあの悪神に止めを刺せ! 俺のナイフや弓じゃ、あいつには威力が足りない!」

 エドガーが視線で指した向こうには、空を飛ぶ巨大で尚且つ異形な龍の姿が在った。全体的には手に似た形の、五本の頭を持つ単眼の悪神が、この階層のボスであった。


「分かった!」

「援護します。我が神ミルよ、その眠りの力を鎮めたまえ……【全能力覚醒】!」

 ダイアナが『眠りの女神』ミルに祈り、普段は眠っている力も覚醒させる付与魔術をハインツにかける。


 それに気がついたのか、悪神は五つの単眼に殺意を滾らせると牙が並ぶ口をハインツに向けて開く。そこに、彼等が使う清い輝きとは異なる邪な光が灯り、瞬く間に大きくなって行く。

「【極挑発】!」

 だがその殺意を、デライザの【炎輝盾術】の武技が強引に引き寄せた。


『GYAOOOOOOO!!』

 悪神の五つの顎から放たれた光弾が、女ドワーフの小柄な体に向けて放たれた。直撃すれば、現代の城塞程度なら瓦礫も残さず吹き飛ぶような威力の攻撃が五つ、避けようがない速さで迫る。


「【輝鋼壁】、【輝鋼体】! ふぅぅぅぅんっ!」

 だがオリハルコンの盾を掲げた彼女は、武技によって防御力と対魔防御力を同時に倍増させ、悪神の攻撃に耐え、その場に踏みとどまった。

 それが悪神の怒りを更に掻き立てたのか、【極挑発】の効果が無くなっているにもかかわらず再び光弾をデライザに向かって放とうとする。


「【限界超越】、【聖剣限界超越】……【極輝一閃】!」

 だが、注意をデライザに向けて過ぎていた。そのためマジックアイテムで空を駆け登ってきたハインツの剣を受け、左右に両断されてしまった。


『GYAAAAAA……WOoooooo!!』

 しかし悪神は左右に別れてもまだ無事な四つの頭で悪足掻きをしようと目論んだが、ハインツが返す刃で放った武技によって、全ての頭を叩き斬られてしまったのだった。




「今ので、四十九階層か。英霊達の雰囲気からすると、まだまだ終わりは見えないな」

「全くだ。寧ろ、ここからが本番だって言う感じだったな」

 悪神と共に出現した異形の巨大猿を倒し終えたハインツ達『五色の刃』は傷の手当を終え、五十層へと続く階段で軽食を取っていた。


 このダンジョンでは死ぬ度に無傷の状態で安全な『街』に戻らされるが、攻略している間は負った傷や失った体力等は自分達で回復しなければならない。階層を一つクリアする度に自刃でもして『街』に死に戻ると言う方法が最も効率がいいのかもしれないが……それを本気で実行する者はいなかった。

 本当に死なない事が分かっていても痛みは本物だし、そんな異常な状態に慣れてしまったらこのダンジョンを出た後元の感覚を取り戻せるか自信が無かったからだ。


 そもそも、これは勇者ベルウッドを超えるための神の試練なのだ。そんな小狡いやり方は、試練を与えた神の期待に背く事になるだろう。


「ヨシュアは『まだまだだ』という感じだったが、皆はどうだ?」

「ゴーシュも似たような感じだった」

「フィルリエッタもそうだったと思います」


 ハインツ達が話しているのは、彼等が習得した【英霊降臨】で身に降ろした英霊達の事だった。三十階層で降臨して彼等の前に立ちはだかった英霊達は、その為の試練でもあったようだ。

 英霊は元人間と言う性質上、多くの御使いよりも強い自我を持っている。そのため、【英霊降臨】を使用すると英霊の意思を感じる事が出来た。


 会話と言う程では無く、何となく雰囲気が分かる程度のものだが。……因みに、英霊よりも更に力を持つ神の分霊を降ろした場合は、人間の精神では神の分霊の意思を理解しきる事が出来ず、余程その神との相性が良くなければ何もわからない。


「ルークの野郎は……なんだか俺の事を鼻で笑ってた気がする」

「あの英霊、何であんたのスキル発動に応えるんだろうね」

「敢えて厳しく接する事で、私達にはっぱをかけているのだろう。何にせよ、まだ次の階層で終わりという事は無さそうだな」


 ハインツ達は英霊達の雰囲気から、今自分達がいる階層がこのダンジョン全体でどれくらいの位置なのか推測しようとしたが、まだまだ最深部には程遠いようだと言う結論に落ち着いた。

 実際、体感的な難易度は英霊達と戦った三十階層よりも低い階層ばかりだ。……悪神が率いる強力な魔物の群れよりも強い英霊達が異常なのかもしれないが。


「だけど、多分半ばぐらいには来ていると思う」

 そう言ったデライザはオリハルコンの盾に付いた傷を指でなぞりながらそう言った。


「三十階層で英霊と戦って【英霊降臨】を習得した後、出て来たのは今まで魔術師ギルドや神殿の書庫の記録にも殆ど残っていなかったような魔物ばかり。

 多分、あれが魔王グドゥラニスとその配下の邪悪な神々が直接創った魔物だと思う」


「だろうな。さっき倒した巨大触手猿も、いったいどうやって生きてるのか見ただけじゃさっぱり分からなかったからな。武技で内臓を切り裂こうとしたら、腹の中全部肉だったんだぜ? 内臓がないぞうって、邪悪な神々のダジャレかね」


 エドガーが言う通り、魔物も生物である。ランクアップによって極端に外見が変化したり、特異な能力を生まれつき持っていたりするが、何かを食べて糧とし交配して子孫を残して種を維持するのは普通の生き物と同じだ。

 だが、あの魔物にはそれらしい器官が無かった。


「神話の時代、邪悪な神々は強力な勇者に対する戦力とするため、しばしば強力な代わりに戦闘以外に何もできない魔物を創りだしたと伝わっています。

 殆どが勇者やその従者達によって倒され、僅かな生き残りも子孫を残すどころか短時間しか生きられない肉体に創られていたため、魔王との戦いが終わった後は神々の記憶に残るだけとなったと記されていました」


 戦争中にしか出現しなかったため正式な名前も付けられず、研究もされなかった。ただただ創造主である邪悪な神々の都合で生まれ、消費されるだけの存在だったのだ。

「……そう聞くと、あれは本物では無く幻のような物だと分かっていても哀れだな。それに、魔物と言えど勝手な都合で生命を創り出し弄ぶ事が、どれだけ罪深い事なのかも分かる。

 ……ベルウッドもそれに気づいて思い悩んだのだろうか? アルダは、それを私達に教えるために?」


「ハインツ、脱線してるよ。デライザとエドガーが言いたいのは、そんな神代の時代の化け物と、悪神が障害として出現するような階層なんだから、あたし達はそこそこ深い所まで来たんじゃないかって事さ。そうだろ?」

 ジェニファーの言葉に二人はそうだと頷いた。


「まあ、ベルウッド達勇者はあんな化け物を普通に……D級冒険者がコボルトでも狩るような感覚で蹴散らして、邪悪な神でも弱い奴なら苦戦しないで勝てたらしいけど。

 でも多分、半分くらいには来ていると思いたいね」


「そうだな。あの悪神がどれくらいの存在か分かれば、その目安にもなりそうだが……ダイアナ、知らないか?」

「残念ながら、私の知識にはありません。名乗りもしませんでしたし」

 ダイアナは、あの五つの頭を持つ単眼の龍の悪神……『五悪龍神』フィディルグについて知らなかった。


「魔王配下の邪神悪神の中には、敢えて記録に残されなかった存在も幾つかあったそうです。名を残す事で、逆に畏怖を集めそれが力に成らないようにと。

 ただ、そうした神は力の弱い存在が殆どだと聞いていますが」

「実はあの悪神は例外で、高位の神……なんて事は無さそうだな」

「当たり前だよ。そんな高位の神相手に大した怪我もせず勝てるなら、もっと早く深い階層に行けるさ」


 ジェニファーの言葉に「だよな」と返して肩を落とすエドガーと、そんな様子に口元を緩めるハインツ達。彼等も自分達は強くなっていると言う自覚はある。

 このダンジョンに入る前は殆ど遭遇する事が無くなっていた、自分達が全力を出さなくては勝てない相手が、幾らでも出現するこの環境。


 三十階層では、【御使い降臨】スキルを獲得した者でも千人に一人しか至れないと言われている上位スキル、【英霊降臨】をハインツ以外のメンバーも獲得した。

 そして三十階層をクリアしてから更に二回ジョブチェンジを重ねている。


 今の自分達なら、あの『ザッカートの試練』に打ち勝つ事も不可能ではないだろう。そう思うが、未だこのダンジョンを創りだした神々の意図をハインツは読みかねていた。


(我々を魔王との戦いでも通用するような戦士にしたいのか? 確かに魔王が復活すると言う噂はあったが……だとしても何故ダンジョンを創り私達の前に出現させてまで? それに、『ベルウッドを継ぐ者』とあったはずだが)


 だがいくら考えても答えは出ない。それはこの階段の先にあるに違いないと信じて、休憩を終えたハインツ達は五十層に進んだ。


「ここは……何処かの地下神殿か、遺跡を模しているのか?」

 そこは薄暗く、太い石造りの柱が際限なく立ち並ぶ何処かだった。これまでこのダンジョンの内装は、出現する魔物が大型である事が多かったので屋外が多かったのだが、急な変化にハインツ達は若干困惑する。


 そして、柱の影から三人の人影が現れた事で困惑は大きくなった。英霊達を除けば、最近人型から大きく逸脱する敵とばかり戦っていたからだ。しかもどの人影も強そうには全く見ない。

 だが人影が近づいて来るにつれ、その姿がはっきり見えるようになった瞬間、困惑は警戒に変わった。


「おい、あれはあいつじゃ無いか!? 俺達が止めを刺したあの原種吸血鬼テーネシア!」

 豊満な身体をスリットの多い服に包んだ、色気過剰な毒婦。原種吸血鬼テーネシアが、あのヒステリックな性格だけおいて来たかのように、無表情に佇んでいる。


「なら、そこの横にいるはグーバモンか? 目の大きい枯れ木のように痩せた老人って特徴は、記録に残っている通りだけど」

「ですが、噂では何者かに倒されたと聞いています。尤も、どうせ本物では無いのでしょうけれど」

 デライザとダイアナに視線を向けられた老人……原種吸血鬼グーバモンも、何も答えない。まるで精巧に出来た人形のようだ。


「じゃあ、このガキがヒヒリュシュカカを奉じる原種吸血鬼最後の一人、ビルカイン……な訳は無いよね。ちょっとだけど、見覚えがある」

 そして最後の一人は、最も小さかった。


 生気を感じさせない白い髪と虚ろなオッドアイ、屍蠟のような肌をしたダンピールの少年。

「ヴァンダルー……何故、君がこのダンジョンに出現するんだ?」

 ハインツ達とはニアーキの町で一度出会ったきりだが、忘れた事は無かった。他の魔物や先程の悪神同様本物ではないだろうと気がつきつつも、思わず問いかけてしまうハインツ。


 そのハインツに向かってヴァンダルーや原種吸血鬼達は、口を開いた。

「【魔王の角】、発動」

「【魔王の甲羅】、発動じゃ」

「【魔王の血】及び【角】、発動」




 『五色の刃』が挑んでいるダンジョンの主な管理と運用を行っている『法命神』アルダの従属神、『記録の神』キュラトスは自身の象徴であり神威でもある書物を開いたまま、ハインツ達の様子を見ていた。

『ハインツ達自身の記録から再現した原種吸血鬼テーネシア、そして堕ちる前の『解放の姫騎士』の記録から再現した原種吸血鬼グーバモンと、当時のヴァンダルーか』

 そこに、アルダが現れた。


『はい。原種吸血鬼二人は一人一人では既にハインツ達五人の敵ではありませんので……ヴァンダルーの異常さを際立たせるために、同じ階層に出現させました。

 尤も、当時の本物よりも私が再現したヴァンダルーの方が苛烈な戦い方をするでしょうから、ハインツ達も楽には勝てないでしょう』


 キュラトスの記録で再現したヴァンダルー達には、本来の人格までは再現されていない。英霊達のように本物が降臨している訳でもないので、所詮は人形である。

 だが、その為再現されたヴァンダルーには本人が持つ甘さが無い。共に戦う仲間に遠慮せず攻撃を行い、当時は使わなかった毒や病原菌を創り出す魔術も用いるだろう。

 当然、【死霊魔術】も再現されている。


『もう一人の原種吸血鬼、ビルカインは再現しないのか? 確か、遥か昔のものだが記録が残っているはずだが』

『奴はまだ生存していますので。ここで昔の記録から現在よりも幾分弱いかもしれない昔の情報を基に再現してしまうと、ハインツ達が後に本物と出会った時に先入観を与えてしまうかもしれません。なので、省きました』


『なるほど……汝の神威は見事なものだな。汝がいなければ、このダンジョンでハインツ達の成長を促す試みは上手くいかなかっただろう』

 そう労うアルダに、キュラトスは『いえ』と首を横に振った。


『この特殊なダンジョンの中でなければ、よく出来た幻を創り出すだけの神威でございます。神代の時代の戦いと同様、これから始まる新たな魔王との戦いの役に立てない分、今骨を折っているだけです』

 キュラトスは自身の神殿も無く、独立した信者すら殆ど居ない『記録の神』だ。神代の時代から多くの知識を記録し続けているが、戦いに関する権能は一つももっていない。


 彼はそんな自分の力の使い所はここしかないと確信していた。


『この後は五十一階層から再び魔王軍の魔物や邪悪な神々をぶつけ、六十層からは記録したヴァンダルーの僕を主に配置します。六十五層には、『五頭蛇』のエルヴィーンを倒した当時のヴァンダルーを。そして六十六階層からは神代の時代の魔王軍とヴィダ派、『暴虐の嵐』や『真なる』ランドルフを配置する予定です』


『……いささか難易度が高いのではないかと思う事は、禁物であったな』

 キュラトスが並べた者達は、ダンジョンを出た時ハインツ達の前に立ち塞がり、彼等が倒さなければならない敵だ。特に隠れヴィダ信者の『暴虐の嵐』は、ある意味ヴァンダルー以上の脅威になりかねない。

 アンデッドや異形の魔物を使役するヴァンダルーと違い、『暴虐の嵐』の表の顔は破天荒である事を除けば真っ当な冒険者だ。


 そしてその破天荒な部分……程度が低く為政者として無能な貴族や悪徳商人をその場で成敗する様子は、一般大衆に支持されている。

 もし彼がヴィダ信者であり、メンバーに原種吸血鬼やダークエルフがいる事を公にしたとしても、彼を支持する事を止めない者も出るだろう。

 アミッド帝国の勢力圏の人間の全員が熱狂的なアルダ信者と言う訳でもないのだから。


 『真なる』ランドルフは別にヴィダ信者と言う訳ではないのだが……事が起こった時どう動くか分からない男だ。昔は見所のある若者だったが、今は見る影もない。

 一度ハインツ達がいるダンジョンの周辺に姿を現したと、周囲を警戒している神々から報告があったが、その時も何をするでもなくダンジョンを遠目に見ただけで、すぐ姿を消したそうだ。


 やはり、今の彼は昔と違い枯れ果ててしまったのだろう。戦力として当てにならない以上、シュナイダー同様にハインツ達の障害として利用させてもらう。

 それにハインツ達には今までのヴァンダルーの成長……変異を考えれば、『真なる』ランドルフと『暴虐の嵐』の全員を加え、更に最新の記録から再現したヴァンダルーを纏めて倒せるぐらいになってもらわなければならないのだから。


『それよりも、他の英雄候補はどうなのです。ハインツ達のように試練を課すことが出来ない彼等の方が、私は心配です』

 アルダの従属神やアルダ勢力に転向した『兵の神』ザレス達が選び、加護を与えた英雄達。彼等は将来ハインツ達と共にヴァンダルーと戦うための戦力であった。


 だが、数が多すぎて一人一人にハインツのように特製のダンジョンで試練を与える事は出来ない。如何にアルダが大神であったとしても、力には限度があるのだ。


『概ね順調のようだ。来たるべき決戦の時までに、多くの者が英雄に相応しい実力に至るだろう。……『兵の神』ザレスの英雄はやや遅れているが』

『暴走した【魔王の欠片】を封印した若者の事ですか。彼は、ある意味不運でしたな』


 このままでは死んでしまうとザレスが分霊とアーティファクトを直接遣わしたが、彼には素質はあってもまだ実力は平均的な衛兵程度。D級冒険者にも劣っていた。そのため降臨したザレスの分霊に耐えきれず、全身筋肉痛になった挙句、十数カ所の疲労骨折を負ってしまった。

 勿論、無理をしたザレス本体も予定より力を使ってしまった。


 意識は数日で戻ったようだが、他の英雄候補に比べて大きく出遅れる事になった。


『しかし失うよりはずっと良い結果でしょう。他の候補者を探す時間は殆ど無いのですから。

 境界山脈内部の様子は変わりありませんか?』

『そのように聞いている。ただ、やはりヴィダが復活したのは事実のようだ』

 境界山脈内部には結界が張られており、アルダを含めた神々は遠くから眺める事しか出来ない。神の目ならば、雲の上からでも地上の様子を克明に見る事が可能なのだが、結界のせいでほとんど見る事が出来ない。


 ……特に、タロスヘイムの場合長時間見つめると弱い御使いや時には英霊までも精神に異常を訴える事があるので、それすらおぼつかない。


 だが、境界山脈外部の動きは詳細に分かる。

 『ヴィダの加護を獲得したという者達が、オルバウム選王国や大陸外のヴィダ信者の中に何人かいる。中には、神託を受けたと言う者も。幾つかは騙りだろうが、全てでは無いだろう』


『やはり、あの時御身が流した血はヴィダを罰した神威が破られた影響でしたか』

『認めがたい事態ではあるが、解放された後も力を順調に……順調すぎる程の勢いで回復させているようだ』

 ベルウッドとアルダ自身によって傷つき、弱った上で『法の杭』の神威を何本も施したのだ。しかも、人間社会のヴィダ信者は少数派に落ちぶれている。もし神威が破られてヴィダが解放されても、彼女は短くとも百年は他人に加護を与える事は出来ないはずだった。


 それこそ、転生する前の魂を引き寄せて自らの血肉を用いて加護を与えるような真似でもしない限り。


 それが十年と経たず加護を、数人とは言え与えているのだ。自らの健在を信者達に伝え、信仰を再び盛り上げようして無理をしているのだろうが、アルダの計算だとその無理すら出来ないはずだったのだ。

『恐らく、ヴァンダルーだろう。奴が境界山脈内部のヴィダの新種族を纏め上げ、更に創りだしたアンデッドや魔物にヴィダを信仰させ、その力としているのだ』


『栄えある大神の一柱とあろう者が……今や忌まわしき邪悪な神々と同類とは。やはり、奴が狂わせたのでしょうか?』

 キュラトスはやるせないと目を伏せ、そう誰ともなく尋ねる。彼の言う奴……ヴィダが選んだ勇者ザッカートの事を思い出して、アルダは「分からん」と首を横に振った。


『汝の記録にもある通り、かの者は最初奇抜な発想こそあったが邪悪では無かった。寧ろ仲間同士の和を保とうとする傾向があったが……いつの頃からかベルウッド達と衝突するようになり、その行動に歯止めが効かなくなった。

 ヴィダは彼の者を喪った時から狂ってしまったのかと考えていたが、思えばその前から既にザッカートに惑わされていたのかもしれんな』


 だとすれば恐ろしい事だ。当人に自覚があったかは分からないが、ただの人間がキュラトスの記録にも残らない程密やかに、そして巧みにヴィダを含めた多くの神々や邪悪な神まで惑わせてしまったのだから。


『主よ、境界山脈内部での動きについてご報告がございます』

 その時、現れた御使いが一礼すると報告を述べ始めた。

『境界山脈内部タロスヘイムにて見た事も無い魔物が配置されています。それに何か、大掛かりな祝い事があったようです。周囲を警戒している異様な魔物共以外の、ヴィダの新種族や悍ましいアンデッドや魔物も騒ぎ、何かを空に向かって放り投げています』


 結界に阻まれているせいとは言え、不確かな報告にアルダは内心顔を顰めながら思考を現在に戻した。

『軍の出立式では無いのだな?』

『確かな事は言えませぬが、恐らくは。軍らしきものが編成されている様子はありません』


『キュラトス、ヴィダの祭日や祭は今日だったか?』

『……いえ、特には無い筈です。ですが、私には境界山脈内部にヴィダの新種族が逃げ込んだ後の記録が無いので、新たに定められた祭日である可能性があります』


 それもそうかと、キュラトスの意見にアルダは納得しそうになった。神々にとって祭とは重要な事柄だ。日々変わる事の無い信仰を維持するには欠かせない。

 だが、ふとある事が気になった。


『……何かを放り投げている? その何かについて、詳しく説明せよ』

 『ラムダ』の祭りで行われる演出は、魔術を用いて花びらを風に乗せて撒いたり、色をつけた光で建造物の壁や夜空を彩る事が多い。空に向かって大きな音が出る魔術を打ち上げるのもポピュラーな演出だ。しかし、そんなありふれた事を指して御使いが「何か」と言うだろうかと。


 そう求められた御使いも、やはり理解していないらしい。

『それが……奴らが投げているのは人の頭とほぼ同じ程度の球体で、打ち上げると空中で爆発し夜空に音と珍しい色の炎を発生させるマジックアイテムのようです。結界の外からなので、どのような代物なのかは分かりませんが。

 ただ、以前も何人かの人間が爆発する球体の威力を試している様子を確認した方がいるので、それではないかと』


『どうやら兵器として造ったマジックアイテムを祭の演出として使っているようですな、アルダよ』

 そうキュラトスは纏めたが、御使いの話にアルダの古い記憶が刺激された。

『まさか……花火。火薬だと言うのか?』

 思わずアルダがそう漏らした呟きを聞いたキュラトスは、愕然とした。


『ハナビ? 主よ、ハナビとは――』

『今聞いた全ての事を口にする事を禁ずる! 下がれ! 疾く、下がるのだ!』

 聞き返そうとした御使いの言葉を遮ったキュラトスは強く口止めをすると、此処から去るように厳命する。御使いは慌てて『御意!』と叫んで姿を消した。


 それを確認してから、キュラトスはアルダに問いかけた。

『我が主アルダよ、みだりに禁忌を口にするとはあなたらしくもない。まさか、ヴァンダルーが火薬を……勇者ベルウッドが、世界で最も忌むべき発明と評した火薬までも創りだしたと言うのですか?』


 アルダやベルウッドの教えでは、異世界の技術の殆どが否定されている。それはこの『ラムダ』世界独自の文化文明が発展する余地を守るための規則だが、中には世界その物を守るために禁忌に指定した技術もある。

 ベルウッドの世界で森を破壊し大気を汚染した蒸気機関、数々の戦争が起きる元になり大気や海洋を汚染した化石燃料の研究。そして、これが存在するばかりに無数の兵器が創りだされ数え切れない程の人命が奪われた最も忌むべき発明、火薬。


 勇者ザッカートが再現しようとした核とは違い、製作法さえ知っていれば勇者の特別な力が無くても量産する事が可能である事から、危険視された技術だ。


『ですが、如何にヴァンダルーと言えどこの世界で生まれた存在。火薬を一から創り出す事等不可能なのでは? いや、もしや『ザッカートの試練』に……ザッカートの遺産を守っているグファドガーンめが保管していたのかもしれませんな。奴は、それを見て創りだしたのやも』


 キュラトスはそう述べるが、アルダは恐ろしい可能性に気がついていた。

 突拍子もない行動と発想、他には無い特別な力、そして【導士】と異世界の技術。この組み合わせから推測される答えは、一つしかない。


『まさか、ヴァンダルーは異世界から召喚された存在なのか?』

 そう考えれば、ヴァンダルーがベルウッド達と同じだとしたら、彼の異常性も理解できる。

『そんなはずはありません、アルダよ! 奴はこの世界でダンピールとして生まれたと記録されています! 転生でもしてこない限り……いや、そんなまさか、異世界から勇者を召喚した事にあれほど苛立ちを露わにしたロドコルテが、そのような暴挙を我々に何の断りも無くするはずが……!』


 動揺しながらも、キュラトスとアルダは察してしまった。ロドコルテならやりかねないと。

 確かにロドコルテは勇者の召喚に反対した。しかし、その理由は「自らの輪廻転生システムが管轄していない世界の住人を召喚した」事であって、異世界の住人の召喚その物を咎めていた訳では無い。


 自らの輪廻転生システムの管轄内の異世界の魂をこの『ラムダ』世界に、恐らく前世の記憶や知識をそのまま維持した状態で転生させる事は、ロドコルテにとっては忌むべき事でもなんでもないのではないだろうか。


『まさかとは思うが……キュラトス、この話はまだ私と汝の間だけの事とせよ。騒がず、動くな』

『畏まりました。主よ』


 まだ推測にすぎず、証拠は何一つない。だが、もしこの推測が当たってしまえば、世界中の全ての子供が信用できなくなる。

『ロドコルテが転生者を送り込んだのか。そして、奴はヴァンダルーを使って何か企んでいるのか、それとも奴もヴァンダルーを制御しきれていないのか。

 まずは確認しなくてはなるまい』

6月13日に、今度こそ193話を投稿する予定です。


一二三書房様でサーガフォレスト創刊2周年フェアが開催中です! 拙作「四度目は嫌な死属性魔術師」も創刊2周年記念SSペーパー特典で参加しております。

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5月15日に「四度目は嫌な死属性魔術師」の2巻が発売しました! もし見かけましたら手にとって頂けると幸いです。

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― 新着の感想 ―
というかベルウッドのどこがそんないいんだろうか 神なんだから内面みたら小心者ってことくらい分かるだろうに
[気になる点] 鈴木信者になってる神々 [一言] 迷宮邪神ちゃんは半分ギャグだけどこっちは世界の責任者やってるんだから笑えないね 人間妄信してる自分を疑ってないのはベルウッドの能力なのかな
[一言] ヴァンダルーが転生なこと知らなかったんだ ロドコルテは異世界人を転生させることをアルダに知らせてなかったのかよ これはほかの神たちに嫌われても仕方ないな
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