百九十一話 あなたは成し遂げた
S級冒険者パーティー『暴虐の嵐』のメンバーで、その正体は原種吸血鬼(現在は深淵原種)のゾルコドリオを義理の父に持ち、彼自身と母親のレイチェルはまだ知らないが実の父はアミッド帝国現皇帝マシュクザール。
ヴィダ信者の隠れ里で生まれてから過ごし、これからはタロスヘイムで育つ事になる。
そんな複雑な身の上でありながら、ジーク少年自身は普通の人種である。ハーフエルフであるマシュクザールの血が混ざっているので、エルフのクオーターであり耳は若干尖っているが、意識して注目しなければ気にならない程度だ。
流星群が夜空を彩る事もなく、特別なユニークスキルを発現する事もなく人並みの苦労と祝福を受けて産まれた。レイチェルとゾッドが言うには、とても利発で賢いとの事だが、驚くほどの天才児と言う訳でも無い。
(んぅ……とうさん?)
そんな彼が眠りから、ふと目を覚ました。自分が逞しくも優しい腕の中に居る事に、安らぎを覚える。そのまま再び夢の中に戻りそうだったが、薄く開いた瞼の隙間に見慣れない物が映った。
(だれ……白?)
寝ぼけ眼に映ったのは、白い人物達だった。真ん中に不自然なほど白い顔をした少年と、その左右に半透明で淡く光っている少年が二人いる。
そしてぼんやりしていた視界がはっきりした瞬間、ジークの意識は弾けた。
「ん……んヴっ!?」
(ヴァンダルーっ!? 天宮博人で、アンデッドだったヴァンダルー!?)
そう、ジークもまたロドコルテによって送り込まれた転生者だったのだ。
彼の『地球』での名は田中仁。当時のヴァンダルーとは違うクラスの生徒で面識はほぼ無い。そして『オリジン』では【韋駄天】のチート能力を与えられた『ブレイバーズ』の一人。そして、【グングニル】の海藤カナタが【メタモル】の獅方院真理に殺された後に起きた混乱で、【ペルセウス】や【ウルズ】と同時期に死んだ。
そして他の二人同様にロドコルテの依頼を断って『ラムダ』に転生したのだが……一応、依頼を持ちかけられた際にヴァンダルーについて知らされていた。
その時見せられた姿を比べて幾分成長しているが、目の前にいるのは彼以外に無かった。
(こ、殺される!?)
反射的にジークはそう思い、ゾッドの腕の中で仰け反り出来る限りヴァンダルーから離れようとした。
「おお、よしよし。驚かせてしまいましたな」
「大丈夫だよ~、お姉ちゃんたちがいるからね~」
だが幸いな事に、ゾッドとメルディンがそうあやしながらヴァンダルーから遠ざけてくれた。
(何で、どうなってるんだ!? 僕はどうなって……はっ!? 口を閉じろ、僕!)
パニックに陥りかけたジークだったが、はっと気がついて迂闊な事を口走らないよう、歯を噛みしめて口を閉じた。
そしてあやされながらレイチェルが待っている所に運ばれているジークは、その間にこれまでの記憶と【韋駄天】の田中仁としての記憶を統合して、自分がどんな状況にあるのかをある程度察して……気が遠くなった。
(僕は、生き残れるんだろうか?)
そしてそのまま、眠りに落ちたのだった。
ヴァンダルーとの接触によって、本来の年齢より大分早く記憶が戻った事と、精神的なショックに幼い身体が耐えられなかったのだ。サルア・レッグストンと同じ症状である。
恐らく、目覚めた時には前世の記憶も忘れている事だろう。
「むっ、どうやら眠ったようですな。……妙なトラウマになって、ヴァンダルー殿が苦手にならないと良いのですが」
「この国には幾つもあるものね。彼の石像や小物が」
この新市街地に建立されているヴィダの祠にも小さな像が置かれている。更に、手乗りサイズのヴァンダルー像が、ヴィダ神殿出張所で販売されていた。
主に、何度も巨大ヴァンダルー像の建立を止められ、『ならば小さい像なら構いませんな!?』とヴィダ神殿の現神殿長ヌアザが彫った物である。
「何より、これから何度も本人と会う事になる筈。打ち解けられると良いのですが」
そう心配しているゾッドの言葉を、ジークが意識を失っているためロドコルテやその御使いの亜乱達は聞く事が出来なかった。
『またこのパターンかよ!』と亜乱が苛立ちを露わにしてロドコルテに怒鳴るが、既に諦めている彼は取り合わない。
【韋駄天】の田中仁がこの世界に転生した当時、【グングニル】の海藤カナタがヴァンダルーに敗れたばかりの頃は問題無かったはずなのだ。
ヴィダの新種族であるヴァンダルーと、相容れないだろうアミッド帝国皇帝マシュクザールの息子が転生先である事は。
彼が物心つく頃には、アミッド帝国とタロスヘイムは戦争寸前の関係に……もしかしたら既に本格的な戦争状態に突入しているかもしれない。だから一度は依頼を断った【韋駄天】も逃れる事は出来ないと観念して、協力するだろうと期待したのだ。
だが予想外な事態が起きた。マシュクザールが田中仁の魂を宿す赤子を孕んだ女の記憶を改竄し、隠れヴィダの信者である『暴虐の嵐』の元に送り込んだのだ。しかし、それでもロドコルテは【韋駄天】本人の協力は望めなくても、彼が将来ヴァンダルーに近づけば情報収集が容易くなると期待していた。
『暴虐の嵐』に邪神や原種吸血鬼がいる事は驚いたが、転生者本人がミスをしなければ気がつかれる事は無いだろうと踏んでもいた。
……ヴァンダルーがシステムの垣根を越えて、ロドコルテのシステムからヴィダのシステムへ直接人々の魂を導く事が出来るようになるまでは。
こうなると、どうしようもない。
ロドコルテは転生者達に『運命』や『幸運』を与える事が出来る。しかし、それは「意図した、若しくは望ましい方向に事が進みやすくなる」と言う以上の意味は無い。絶対的な運命や幸運など、存在しない物を与える事は出来ない。
特に、ロドコルテの輪廻転生システムが司らない魂が存在する『ラムダ』のような世界では。
そのため、『暴虐の嵐』に保護されたジークはどうにもならない。多少は『運命』が妨害したかもしれないが、焼け石に水だ。彼等全員が多少の運命ぐらい易々と捻じ曲げるような規格外の実力者ばかりなのだから。
もしくは【韋駄天】の田中仁が前世以前からアンデッドの存在を許さない強い宗教意識を持っているか、ロドコルテに対して強固な信頼を寄せていれば別だっただろうが……望むべくもない。
だからロドコルテは【韋駄天】の田中仁……ジークに関してはずっと前から、【ペルセウス】の鮫島悠里……サルア・レッグストン以上に諦めていたのである。
当然、アサギやカナコ、ムラカミと言った他の転生者達にもジークが【韋駄天】である事は教えていない。
彼を救出しようとして失敗して死なれたら困るし、ジークが記憶と力を取り戻すのはまだ先の事だからヴァンダルー側に付いても障害にもならないからだ。
こうしてヴァンダルーは、気がつかないまま転生者をまた一人受け入れたのだった。
一方、その頃ヴァンダルーはシュナイダーやリサーナ、ドルトン。そしてグファドガーンが注目する中【魔王の欠片】の封印を解こうとしていた。
【魔王の欠片】を取り込み暴走させたゴブリンを、シュナイダーが殺さないように手加減して延々攻撃して弱ったところを薄い帯状のオリハルコンでミイラのように包んで宿主ごと封印した物で、まだ生きているはずだ。
実際、シュナイダーが背負って運んでいる間は時々もがき、呻き声を漏らしていたのだが……今はピクリともしない。
「もしかして、餓死しちまったか?」
「そう言えば、タロスヘイムに来た途端静かになったわね。封印してから一週間ぐらいたっているし……」
ドルトンとリサーナが大人しい【魔王の欠片】を訝しげに見つめる。しかしシュナイダーは首を横に振った。
「欠片毎に違いが大きいから一概には言えねぇが、欠片に乗っ取られた宿主は飲まず食わず、眠らず暴れ続けて宿主がダメになる前に、新しい宿主に寄生する。
記録によると、そのペースは宿主が大きな傷を負わなければ短くても一カ月より短い事は無いらしい。餓死や衰弱で死んだ訳じゃないだろう」
「封印する時、宿主のゴブリンが吐血してた気がしたけど」
「動けなくなるまで嬲られ続けるのは、宿主にとって大きな傷では無いのか?」
そうリサーナが、そしてグファドガーンまで疑問を呈する。身内以外からもツッコミを受けた事で具合が悪くなったのか、シュナイダーが顔を顰めてヴァンダルーに視線を向けると、彼は『生きてますよ』と答えた。
『心臓は欠片が暴走して肉体の構造が変化しているせいで動いていませんが、少なくとも【生命感知】の魔術に反応が有ります』
「だろっ!? 注意して手加減したからな! 加減が難しかったから時間がかかっただけで、別に嬲った訳じゃ無いんだぜ!」
安堵してそうまくしたてるシュナイダーに、宿主がかなり衰弱している事は……恐らく余命が一日を切っている事は黙っておくヴァンダルーだった。
『解けました』
そして、封印が解けた。ばらりとオリハルコンの帯が解け、奇怪な姿のゴブリンが姿を現す。
肌の色や頭部の形状、細い手足等は普通のゴブリンと変わりない。だが胴体……より正確にいうなら肋骨が浮いて見える痩せた胸部が異常に巨大化して不気味な管が開いており、そこから呼吸をしている音が聞こえた。
不気味な管の生えた巨人種の胸部に、痩せて小さいゴブリンの部位をくっつけたような形状をしていた。
解放された【魔王の欠片】はアンバランスな肉体でよろりと立ち上がると、ゴブリンの顔で表せる限りの喜びを浮かべた。
『……ほん……た…い……我……を……合流……』
そのまま近づこうとする【魔王の欠片】をヴァンダルーは手で制して尋ねた。
『その宿主を生かしたまま、俺に合流する事は出来ますか?』
それに対して【魔王の欠片】は動きを止め、口笛のような呼吸音を管から幾度かさせた後に答えた。
『我に、知識、無し。我に、記憶、無し』
【魔王の欠片】は無数に切り裂かれた魔王グドゥラニスの肉片が復活しようと、それぞれ変化した物だ。一個の生命体とすらいえない存在である。あるのは集まって復活すると言う本能だけだ。
これは、宿主を生かしたまま欠片を吸収する方法を今回だけで見つけるのは難しいかもしれない。そう思ったヴァンダルーだったが、【魔王の欠片】は更に続けた。
『我の意思、本体の意思にあらず。本体の意思は、我の意思』
『なるほど。つまり、俺の意思で操れると。では、試してみましょう』
欠片の言葉をそのまま受け取ると、ヴァンダルーは【群体操作】スキルで操作しようと試みた。出来るだけ宿主の身体を傷つけず、元に戻すようなイメージで分離するように。
すると【魔王の欠片】は全身を小刻みに震わせて、呼吸管から黒い液体を吐き出した。
黒い液体は一塊になると正体不明の肉片に変わり、跳ねるようにしてヴァンダルーの手に飛び込み耳障りな音を立てながら一体化した。
《【魔王の肺】が合流しました!》
《【魔王】、【群体操作】、【群体思考】スキルのレベルが上がりました!》
どうやら、欠片は呼吸管や浮き袋では無く肺だったらしい。
「……大丈夫か? 見るからに健康に悪そうな色をした肉片が、かなりヤバイ音を立てて手から入っていったぞ?」
具合を確かめていると、シュナイダーが心配そうな顔をして覗き込んできた。見ると、ドルトンとリサーナも似たような顔をしている。
【魔王の欠片】を吸収する事はヴァンダルーにとっては幾度も経験したイベントだが、シュナイダー達にとっては初めて見る不気味な現象だったので、無理も無い。
エレオノーラも、ヴァンダルーが初めて【魔王の欠片】を取り込んだ時は、「ペッしなさい!」と吐かせようとしたものだし。
『俺は大丈夫です。ただ、宿主の方は結局助からないようですが』
そのヴァンダルーの言葉で気がついたのか、シュナイダー達が宿主だったゴブリンの方を見ると、まだ小刻みに繰り返し震えて……痙攣を続けていた。だが、それも徐々に間隔が開くようになり、動かなくなって行く。
「こりゃあ、失敗か?」
「失敗では無い」
ドルトンが死んでいくゴブリンを見て呟くが、すぐにグファドガーンが打ち消した。
「元々、このゴブリンは体が変異しすぎていたのだ。欠片が無くては命を維持する事が出来ない程に。胸部には肺以外の内臓は残っていないはず。
もし変異したのが四肢や皮膚なら……心臓が残っていれば、暫く生かす事も可能だっただろう」
「なるほど、そう言えば心音が聞こえないとか言ってたな。じゃあ、こいつは運が悪かったって事か」
ドルトンはそう納得すると、ナイフを抜いて……困ったような顔をした。
「それで、この死体はどうする? 始末した方が良いなら、魔術で焼くなりなんなりするが」
どうやら、普通のゴブリンにしているように討伐証明の耳を切り落とそうとして、境界山脈内部には冒険者ギルドが無いと言われた事を思い出したようだ。
『とりあえず、貴重な標本として買い取ります。変異した部分を戻せなかったと言う意味では、失敗していますから研究して今後に活かさないといけませんし。
あ、お金はこの国のルナ通貨で良いですか? アミッドと交換できないし、独自の金属を使用しているので出国する際は全額預けて貰う事になりますけど』
「いや、元々手土産のつもりで持ってきたから金は別にいいんだが……独自通貨は兎も角、独自の金属まで開発してるのか? 色々凄いな。
しかし、他の宿主の欠片まで操作できるなら、【魔王の欠片】を取り込んでいる敵相手にはお前なら無敵なんじゃないか?」
そうシュナイダーが言うが、ヴァンダルーは『そうでもないと思いますよ』と答えた。
『さっき上手く行ったのは宿主の意思が欠片に飲み込まれて、存在しなかったからです。宿主の意識が健在で、欠片をコントロールしている場合だと、俺が操作する事は不可能でしょう。多少なら影響を与えられるかもしれませんが』
ブギータスを寄り代に降臨した『解放の悪神』ラヴォヴィファードや、原種吸血鬼テーネシアやグーバモン等のように、【魔王侵食度】のレベルが10に至っていない相手には欠片の操作を行う事は難しいだろうとヴァンダルーは推測していた。
精々普段より侵食するペースを速めるとか、宿主の意識を少しかき回せる程度だろう。
「そうか。中々上手くはいかないもんだな」
「……いや、十分嫌な攻撃だと思うわよ、それ」
制御が難しい欠片を発動している間に、多少影響を与えられる。敵からしてみれば、かなり有効な妨害だろう。
そうリサーナは思うのだが、ゴブリンの死体を運び始めたヴァンダルーとシュナイダーには、やはりあまり有効には思えなかったらしい。
こうしてシュナイダー達が合流した後も、ヴァンダルー達は活発に動き続けていた。
特定の階層では魔物が一匹も出現せず、海や高原や草原の階層でリゾートや農業や漁業に集中する事が出来るダンジョンも完成した。魔物が出ない階層以外では逆に魔物の出現率が増加し、通常のダンジョンより頻繁に魔物の間引きを行わなければならないが、それは探索者ギルドの依頼を受けた探索者達や、ヴァンダルーの魔物達の活躍で安定して運用する目途が立っていた。
「ギュオオオオオオオオオオオ♪」
特に広大な餌場が与えられたヒュージグラトニーワームは、大活躍であったと言う。
ちなみに、『ザッカートの試練』でテイムされたデーモン達もヴァンダルーが創ったダンジョンで過ごしている。
魔大陸での開拓も進んでいる。『剣王』ボークスや、最近『最強の木人』に続いて『元祖木人』と言う二つ名を獲得してしまった『氷神槍』のミハエル、『死斧王』の二つ名を獲得したヴィガロ達の活躍により、魔物の間引きも進んだ。
『魔人王』ゴドウィンが魔人族の始祖に、鬼人国の王テンマが鬼人の始祖に挨拶に行き、竜人国の使者はティアマトから自国の守護龍達への叱責……『例の件について他の国より出遅れているのは何故じゃ?』……を預かって戻り、留学中のオニワカが順調にランクアップとジョブチェンジを重ねていた。
ただ魔大陸に幾つもあるダンジョンの多くはC級で、A級ダンジョンは確認できたのはまだ三つしかない事が明らかになった。これはラヴォヴィファードやダルグゾボン等が百年前まで魔大陸を主に支配していた魔王軍残党が、己の信者や手駒を増やすためにダンジョンで頻繁に魔物を吐き出させていたせいで、ダンジョンがあまり成長できなかったためらしい。
ボークスやゴドウィン等一部の者達にとっては物足りない結果だったが……C級ダンジョンが確認できただけで三百以上ある時点で、人間社会と比べればとんでもない人外魔境である。
しかも、D級以下のダンジョンは数えるほどしか存在しなかった。これは地上に広がる魔境に生息する魔物が最も弱くてもランク4である事が関係していると思われる。
魔王軍残党は、地上の魔境に生息する魔物と同じかそれより弱い魔物しかいないD級以下のダンジョンに干渉せず、放置された結果C級まで成長したのだろうと推測された。
この普通の冒険者ギルドなら新人が育つ前に死に絶えそうな環境で、戦士団を代々維持している魔竜人や鬼竜人、グールアマゾネス達がどれ程強力で、尚且つ不断の努力を続けて来たかが分かるというものだ。
まだ確認できていない地域も多いので、魔大陸が境界山脈内部のように、それなりまで危険度が落ちるのは相当先の事になりそうだ。
シュナイダー達『暴虐の嵐』は『ヴィダの寝所』に詣で、沼沢地の泥湯温泉を堪能する等タロスヘイムや境界山脈内部の国々をざっと見て回り、そして再びタロスヘイムに戻ってきてヴァンダルーとこのような会話を交わした。
「女神もいるし、境界山脈内部の方が安全で暮らし易そうではあるんだが……やっぱり自分が生まれ先祖代々守ってきた土地を捨てがたいって奴等も多くてよ。それは当然だから別に良いんだが、長老連中の中にはお前さんの存在を信じていない奴もいてな。
そいつらを説得してくる」
「境界山脈の向こうにヴィダの新種族の楽園があるっておとぎ話は、結構昔からあったみたいだからね。最近それが現実になって、しかも上位の空間属性魔術で楽に行く事が出来るなんて、とても信じられないんだって」
アミッド帝国側のヴィダの新種族達は迫害から身を守るために隠れ住んでいた者達や、町で貧困層や奴隷として暮らしていた者が多いので、警戒心が強い者も多い。そうした者達はヴァンダルーの出現と移住の誘いは、美味すぎる話として疑われているらしい。
『前者の人達には、直接移住しなくても、連絡がつくように通信機を置いてくれて、緊急用の小規模ダンジョンを創る許可をくれれば問題ないと伝えてください。
俺達の事を疑う後者の人達には、良ければ俺や皆で説得しましょうか? 俺本人じゃなくて、使い魔や使者を派遣する事になるかもしれませんが』
そうヴァンダルーが提案すると、二人はその使い魔……【魔王の欠片】を使用した奇怪な生命体群や、恐らく使者に任命されるだろうグファドガーンや、ザディリスやバスディア、エレオノーラなどの事を思い浮かべた。
「……まあ、出来るだけ俺達で説得する。俺達で、説得する」
「そうね、彼等とは長い付き合いだから私達に任せて。くれぐれも、私達に任せて」
こうしてゴブリン通信機の予備を幾つか受け取って、『暴虐の嵐』はアミッド帝国の勢力圏に戻って行った。
ちなみに、ヴァンダルーがまだ成長痛で動けないため彼等から【格闘術】や【筋術】等の訓練を受ける事は出来なかった。
再びタロスヘイムに視線を戻すと、カナコ達が黒色火薬作りを完成させた。魔大陸のザンタークの神域と化していた溶岩地帯から硫黄(に似た物質)を、ヴァンダルーが【経年】で排泄物や死体から作った硝石を、そして木炭を混ぜ合わせて完成させたのである。
『地球』や『オリジン』とは必要な配合比率が微妙に異なっていて、大変だったらしい。これでグファドガーンが保管していた火薬が無くなっても花火を作る事が出来る。
その過程でダグは【念動力士】と言う新ジョブを発見した。恐らく魔術の【念動】ではなく、彼が持つ【ヘカトンケイル】の念動力を主に使い続けた事で出現したジョブだろう。
完成した黒色火薬の爆発力はグファドガーンが管理していた、初代ザッカートが創り上げた物よりも若干劣る物で、正面から兵器として使うにはやはり力不足だった。十分な量を使った爆弾でも、ランク3のオークに致命傷を与える事は出来ても、ランク5以上の魔物には軽傷しか与えられなかったのである。
金属片を混ぜる等工夫すれば殺傷力を高められるだろうが、ランク6以上には効かないだろう。
実際、レッサーデーモンには金属片を混ぜても、魔力を伴わない爆発に狼狽えただけでほぼ無傷だった。
ただ製作過程に魔力を使っていないため感知されにくく、爆発を起こすマジックアイテムより安価に作る事が出来るため対人間の防衛兵器として城壁に配備したり、ゴーレムに組み込んで敵陣に特攻してそのまま爆発する自爆ゴーレムを作ったりする予定である。
後、大砲を造って問題無ければクワトロ号に設置する予定である。四分の一でも海賊船なのだから、大砲はつきものだろう。
それとかんしゃく玉を魔物避けに使うアイディアは、多くの場合で有効だった。
そして何より、完成した花火はタロスヘイムの夜空を鮮やかに染め、多くの人々を魅了した。
この功績でカナコ達三人は信用を勝ち取り(実際には、火薬が完成する前から既に信用されていたのだが)、自由な活動が許されるようになった。
許されるようになったのだが……彼女達は自分達の意思でそれまでの立場に留まっている。
「……本当に何故留まっているんですか?」
「それが上司の僕達にも良く分からないんだ。僕達にそれ程人望があるとは思えないんだけど」
王城地下の工房で、ヴァンダルーはようやく動かせるようになってきた身体で首を傾げた。レギオンの閻魔も、不思議そうにカナコ達を眺めている。
「いや、そう不思議がられても別に大層な理由は無いぜ。グファドガーンみたいに心から忠誠を誓ったとか、部下として惚れ込んだとかじゃないし」
ルチリアーノから頼まれた雑用……実験中のサンプルに餌をやりながらダグがそう答える。
「それは分かっています。……グファドガーンは一人で十分です」
ダグ達の態度はあまり変わっていない。時と場所によってはちゃんと畏まってヴァンダルーを陛下と呼び、レギオンの部下らしい振る舞いをするが、それ以外はいつもの口調で話している。
「ただ自由になったって言っても……閻魔、あなた達上司兼監視役がこれまで私達をあんまり自由にするものだから、特に解放感も無いのよね。これまでも給与休暇ありで、花火作りで行き詰っていた時気晴らしに町へ連れ出したり、同伴でダンジョンを攻略したり」
メリッサの言葉に、閻魔はフンと鼻を鳴らす。
「『オリジン』の頃から僕達はそうじゃないか。監視はするけど干渉はせず……君達が導きの効果を受けている間は、それで十分だと判断しただけだよ」
別に何もしていないと閻魔は主張するが、すぐにそれは否定された。
「いや、行き詰まっていた三人に気晴らしを提案して引率するのは十分干渉だよな?」
「ダンジョンでも援護してくれましたし」
「町では彼女達に昼ごはん奢ったと聞いていますが?」
ダグやカナコだけでは無く、ヴァンダルーにまで言われては誤魔化せないと思ったのか、閻魔は溜息をついた後……イザナミに交代した。
「あっ、逃げた!」
「丁度、もうすぐ交代の時間だったからねぇ。逃げた事には変わらないと思うけど」
イザナミはヴァンダルーの【精神侵食】の効果により、『オリジン』で改造手術を受ける前の自分の姿を思い出した。それが成長したらどんな形になるのかを想像した結果、彼女は日本人らしい黄色人種で二十歳前後に見える黒髪の女性の姿になっていた。
資料に記載されていた生年月日から計算すると『オリジン』での享年は十八歳だそうなので、大人っぽく見える容姿のようだ。太い眉が意思の強そうな印象を周囲に与えるが、人格そのものは以前と変わっていない。
後、やや長身で体つきが肉感的なのは、『オリジンで生きていた時より軽いと、身体のバランスが取れない』と本人が訴えたのと、『小柄だといざという時、ヨモツシコメやヨモツイクサにする材料が少なくて困るかもしれない』と言う主張の為だ。
「ただ照れるのも分かるよ。導きの効果で、導きの影響下にある者同士は親近感を抱くって言うのがあるそうだけれど、多分その影響だろうねぇ。前世ではお互い利用するだけだったあんた達が、現世では仲間のように思えるのさ。飴でも食べるかい?」
「あ、頂きます。それは嬉しいですけど……あなた達のいう仲間ってかなり重い意味ですよね?」
「一心同体、家族同然、死ぬも生きるも一緒。たったこれだけの意味だよ」
『オリジン』では自分達とそれ以外の人類全てを別の生き物と認識していた『第八の導き』のメンバー、現レギオンにとって仲間とはそれ程重い意味を持っている。仲間認定、即家族同然という判定だ。
「重い! かなり重いです! いや、あたし達も前世より親しみは感じてはいますが。
……話を戻しますけど、このレギオン達の部下を辞めるメリットがあたし達に無かっただけです!」
慈しみの視線を向けて来るイザナミから顔を逸らして、カナコはヴァンダルーにそう言った。
自由になってからアイドル活動……この世界では劇場で歌と踊りを披露する、変わった吟遊詩人扱いだが……を始めたカナコだが、今でもレギオンは何か指示を出す事は無く、活動に全く支障が出ていない。
それに部下でいる間は月給が支給されるし、食事が保証されている。ヴァンダルーの手料理が食べられる事もある。それに、ヴァンダルーの側近のレギオンの部下と言う肩書きは、タロスヘイムと境界山脈内部の国々ではかなりのステータスである。
これでは寧ろ、部下を止めるデメリットの方が大きい。
「それに、こんな高価な贈り物を受け取っては、もうお傍を離れられません♪ これのおかげでユニットも結成できましたし」
ヴァンダルーから贈られた変身杖を手に、カナコはそう言ってニコリと笑った。因みに、ユニットと言うのは同じ変身杖を持っているザディリスとザンディアの事だ。
「それはザディリスからあなた専用の物を作って渡すよう頼まれたから作ったので、他意は懐柔しようと言う下心以外あまり無いですよ。喜んでもらえたのは嬉しいですが」
「構いませんよ、めいっぱい利用しますから♪」
ヴァンダルーにしか作れない、そしてまだ数が少ない変身杖を贈られた。この事もカナコの活動に有利に働いている。
「後お金に関してですけど、安い基本給が気にならないぐらい火薬作りで貰っているから構いません」
「まさかこの世界でロイヤリティを保証されるとは思わなかったけど、お蔭でダグなら一生働かなくても食べて行けそうだしね」
「ええ、あたし達は無理でも、ダグなら一生安泰ですね」
「喧しいっ! 俺だけ人種だからってからかうなよ!」
転生する種族に人種を選んだダグの寿命は長くても百歳少々だが、エルフを選んだ二人は五百歳まで生きる事になる。この世界の「一生遊んで暮らせる金」に相当する金額は、種族によってだいぶ違うのだった。
「それにヴィダの新種族化するんだからな、俺も! そう言えばヴァンダルー、俺達が新種族化するのっていつになるんだ?」
「ダグ、それなんですが各国との話し合いが難航しているので、後十年ぐらい待ってください」
「長い!?」
「ぶっちゃけると、もうあなた達は信頼できるから新種族化しなくても良いかなって思っています」
「しかも持ちかけた本人がやる気を無くしてる!?」
驚くダグだが、彼等を新種族化する理由は導きを受けやすくする事や、ロドコルテからの影響を無くすことに有った。なので、実はもう行う理由が消滅していたのである。
「け、結構覚悟を決めていたんだが……」
「それだけ信頼されているって事だよ」
がっくりと項垂れるダグに、慰めの言葉をかけるイザナミ。そこにレポートを纏めて来たルチリアーノが姿を現した。
「師匠、生金を移植したアンデッドの生殖実験だが、結果を纏めておいたよ。
片方がアンデッドの場合は三世代先まで普通の生物として、両方がアンデッドの場合は両親のどちらかと同じ種族のアンデッドとして生まれ、成体になるまで普通の生物と同じように成長するようだ。
尚、子供がアンデッドの場合は生殖活動を行うには親と同じように生金を移植する必要があるようだ」
口頭でもざっと説明するルチリアーノから書類を受け取ったヴァンダルーは、それを見ながら今後の実験予定を考える。
「なるほど……次は人間で試しましょう。適当な山賊を生け捕りにして……女性の方はテーネシアのライフデッドを使うとサンプルと呼ぶには強力過ぎるダンピールが産まれそうなので、『ザッカートの試練』で手に入れた死体の残りを使いましょう」
また山賊に過酷な運命が課される事が決定したようだ。ボークスや、冒険者仲間で友達のカシム、それにレビア王女やザンディア、オルビアとの将来がかかっているので、実験に手を抜く事は出来ない。
「そうと決まれば話は早い、早速明日にでも境界山脈の外に山賊狩りにでも行こうじゃないか」
「いや、流石にすぐ見つかるほど山賊の生息数は多くないと思いますが――!」
その時、ヴァンダルーは脳裏に別の意思が降りて来るのを感じた。
『ご無沙汰しています、『生命と愛の女神』ヴィダ』
『うわ、神託を下そうとしたのに念話出来てる!? 何で!?』
ヴィダからの神託であった。ただ、本来は一方的にメッセージを送るだけの筈が、何故か双方向のコミュニケーションが成立しているが。
『でもまあ、我が子だしそんな不思議じゃないわよね。それにあまり長くは話せないようだから簡潔に伝えます。
我が子にしてあなたの母、ダルシアが今日復活します。おめでとう! あなたは女神でも不可能だった事を成し遂げたのよ!』
その祝福を最後に、ヴィダの意思が遠のいて行くのを感じる。だがヴァンダルーには、その余韻に浸る余裕は無かった。
「ルチリアーノ、山賊狩りの予定はキャンセルです。母さんが今日、復活します」
《【迷宮創造】スキルのレベルが上がりました!》
・名前:ゾルコドリオ(ゾッド)
・年齢:封印された年月も含めると約十万百四十歳(四十歳)
・二つ名:【筋肉王者】 【オリハルコンの肉体を持つ男】 【万能筋肉】 【爪牙不要】 【不撓不屈】 【謎のバーテンダー】 【魔大陸生還者】
・ランク:14
・種族:深淵原種吸血鬼
・レベル:95
・ジョブ:アヴェンジャー
・ジョブレベル:29
・ジョブ履歴:戦士、格闘士、筋術士、肉盾士、狂戦士、狂筋士、鋼筋術士、金剛筋術士、轟雷筋術士、暗闘筋戦士、守護筋士、神鉄筋術士、大工、バーテンダー
・パッシブスキル
超力:10Lv
無手時攻撃力増大:極大
防具未装備時防御力増大:極大
自己強化:信仰:10Lv
能力値強化:最前線:10Lv
闇視
超速再生:10Lv
魔術耐性:10Lv
状態異常耐性:10Lv
日光耐性:5Lv
リベンジ:アルダ勢力との戦い
・アクティブスキル
斧術:1Lv
格闘術:5Lv
剣術:1Lv
盾術:4Lv
無属性魔術:1Lv
連携:10Lv
極超筋術:10Lv
限界超越:10Lv
指揮:3Lv
御使い降臨:10Lv
業血:1Lv
大工:5Lv
土木:4Lv
料理:5Lv
・ユニークスキル
超筋肉
ヴィダの加護
■ァ■■■■の加護
『暴虐の嵐』の中で最も遅くメンバーに加わった、遅咲きのA級冒険者ゾッド。その正体は約十万年前に封印されていた原種吸血鬼ゾルコドリオである。
アミッド帝国側の人間社会では人種と偽っており、冒険者カードには名前と歳は括弧内の情報のみ表示されるようになっている。これはリサーナが籠絡したギルドマスターと、シュナイダーと親しい受付嬢の協力による純粋な違法行為である。
魔王グドゥラニスが異世界から攻めて来る前、人種だった頃からヴィダの信者であり、当時はその筋力を活かして木こりや建築等肉体労働に励んでいた。
そして魔王軍との戦争が始まってからは、その筋力を活かして戦おうとしたのだが……何と武器を扱う才能が彼には備わっていなかった。『時と術の魔神』リクレントが実装したステータスシステムでも、それは変わらなかった。
辛うじて【格闘術】と【盾術】はそれなりに使えたが、それ以外はからっきしで、魔術の覚えも悪い。そのため戦争序盤では非戦闘員の護衛等後衛に回されていた。
しかし戦争中盤に異世界から召喚された勇者の一人、ソルダから筋肉に関する知識を授けられた直後開眼。【筋術】を編み出し、更に筋肉関係のジョブを発現させそれに就く事で、一気に超人への道を駆け上がった。
その戦いぶりは勇者達に次ぐ英雄の一人として称えられ、『大地と匠の母神』ボティンにすら「かの者には我でも鎧を授ける事は出来ない」と、『オリハルコンの肉体を持つ男』と言う二つ名を贈られる程であった。
魔王グドゥラニスが倒され戦争が終わった後は、他の信者達と同じくゾルコドリオもヴィダと行動を共にし、誕生した吸血鬼の真祖から祝福を受けて原種吸血鬼と成る。
ただ当時は既に魔王軍との戦いは終わり、魔王軍残党も身を潜ませていた。そのため、当時増え始めていた野良の魔物ぐらいしか外敵がおらず、ゾルコドリオを含めた原種吸血鬼達はヴィダの新種族達が暮らす新しい国造りに力を注ぐ事になる。
この時ゾルコドリオは【大工】ジョブに就き、戦争が起こる前のように肉体労働に従事した。原種吸血鬼になった事で強化された能力値、特に生命力を頼りに、日光に焼かれながら平然と建築工事を続けた為、普通なら習得出来ない【日光耐性】スキルを獲得した。
それも一段落して国が形になって来たので、好きな混合酒を提供する店でも始めようかと思って準備していた矢先に、アルダと勇者ベルウッド率いる軍勢が国を襲った。
その際も彼は最前線で戦い、筋術によって多くの敵を倒し、敵からの攻撃を耐え、最初に倒れ封印されたとされる。『不撓不屈』の二つ名は、この時ゾルコドリオの奮戦をアルダ勢力の神々と信者が称えた事で付けられたものである。
その後ヴィダからの神託の解釈を間違えたシュナイダーによって封印を解かれ、『暴虐の嵐』に加わった。……傍から見ると、戦士でも魔術師でも無い細身(非パンプアップ時)の中年から壮年の男が突然S級冒険者パーティーに入ったようにしか見えず、そうとう目立っている。『謎のバーテンダー』と言う二つ名が付いたのも、この時である。
勿論日常的に他の冒険者や傭兵、その他有象無象から絡まれ、難癖を付けられてきたが、基本的に彼が相手を手で軽く握れば解決できるので、大事には成らなかった。……素行は悪いが一流の傭兵の武器を握り砕き、腕を圧し折り、アイアンクローで頭を失神するまで締め上げたため、以後彼に直接絡む者はいない。
現在ではゾッドは筋力に関係するユニークスキルを持っているため、それに注目したシュナイダーにスカウトされたのだと解釈されている。
その後保護したレイチェルと心を通わせるようになり、彼女と結婚。ジークの義理の父親になった。
レイチェルのお腹の中にはゾルコドリオの血を引くダンピールがおり、その種族的な特性からその子も優れた筋力の持ち主になると思われる。
原種吸血鬼になってランク13になったのが十万年前なのに、なぜまだ14なのかと言うと、原種吸血鬼化した後の百年は戦闘では無く国造りに力を注ぎ、自分と同等以上の相手と戦ったのはアルダ勢力との戦いの一度きり。
その後シュナイダー達に封印を解かれた後は本格的に訓練と実戦を続けているが、それからまだ十年と経っていないため。
シュナイダーも最近まで獲得していなかった【御使い降臨】や【ヴィダの加護】を持っているが、ゾルコドリオがそれらを獲得したのはヴィダが健在だった魔王との戦争当時の事である。(そのため、ヴィダが復活するまで持っているだけで効果の無いスキルと化していた)
なお、彼も原種吸血鬼なので空を飛ぶ事は可能だが、滅多にそれを使う事は無い。何故なら、己の二本の足で走った方がずっと速いからである。
6月5日に192話を投稿する予定です。
5月15日に「四度目は嫌な死属性魔術師」の2巻が発売しました! もし見かけましたら手にとって頂けると幸いです。




