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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第九章 侵犯者の胎動編
232/514

百八十九話 動く嵐、成長する母息子、一枚岩になれない人達

 アミッド帝国の北の属国、鉄の国マルムーク。名前の通り鉱山が多い国のある森で、シュナイダーは眉間に皺を刻んでいた。


「回収すれば手土産になるし、隠れ里に迷い込まれたら事だから放っておくわけにもいかないから仕方ないが……何で本格的に捨てると決めた、もうすぐ敵になる国の平和を守ってんだ、俺達?」

『げ、ゲギュゲギィ――』

「動くんじゃ、ねえ!」

 シュナイダーは騒ぎ出した細い布状の金属に全身をぐるぐる巻きにされている何かに、強烈な膝蹴りを叩きこんだ。


「シュナ、幾ら薄くてもそれはオリハルコンの封印だから、もっと本気で蹴らないと効かないと思うけど」

「本気で蹴ったら封印が解けて、欠片が宿主から逃げ出すだろ」

「分かっているなら蹴らないでよ、危ないでしょ」

 呆れた顔つきで言うリサーナに、シュナイダーがそう言い返す。そしてドルトンは半眼で二人のやり取りを眺めている。


「ところで、何で普通に宿主を殺して封印しねぇ? 生かしたまま封印するなんて、面倒でしかも危ないだろ。殺したくない相手って訳でも無いだろうによ」

 ドルトンの言う通り、暴走した【魔王の欠片】を封印する時は宿主を殺して体内の欠片を封印するのが通常の方法だ。宿主を生かしたまま封印する事は、まず無い。


 何故なら無意味で危険だからだ。欠片を宿主から生きたまま分離する方法が知られていないため、元の状態に戻せない。それに封印が長期間に及ぶと、結局宿主は死んでしまう。


 ついでに、この【魔王の欠片】に寄生された宿主の正体は人間ですら無く、遺跡に住みついていたらしいゴブリンである。当然面識も、縁も所縁も無い。

 それなのに何でそんな事をと問いかけるドルトンに、シュナイダーは答えた。


「お前が会ったヴァンダルーなら、宿主を生かしたまま欠片だけ取る事が出来るかもしれないだろ。だったら、失敗しても心が痛まないこの宿主で試すと丁度良いかと思ってな。

 俺が直接運ぶし、危ないと思ったらすぐ始末するから良いだろ」


 そこまでしても、ヴァンダルーが宿主を生かしたまま欠片を摘出する事に興味を持つかは不確実だが。ただ、ドルトンから聞く限り興味を持つだろうとシュナイダーは思っていた。


「じゃあ、それを背負ってゾッド達と合流しましょ。今どのあたりか分かる?」

「風の精霊によると……この山の向こう側で魔物の群れと戦っているらしいな。あいつ、深淵種ってのになってから調子が良いらしいな。よし、早速行って俺達も混ざろうぜ!」


「おいおい、この大荷物を抱えた俺に山道を走らせる気かよ。全く、膝の関節が痛むってのによ」

「……それってついさっき、オリハルコンで包んだ魔王の欠片の宿主に膝蹴りしたせいじゃないの?」


 こうしてシュナイダー達は【魔王の欠片】を回収し、魔物の暴走を鎮圧し、アミッド帝国側のヴィダの新種族の移住計画を進めるのだった。




 春になり初夏が近づくころ、ヴィダの神域で行われているダルシアの訓練は佳境に入っていた。

 既に弓や短剣、魔術等個別のスキルに関する訓練は終わり、教官であるダンピール出身の英霊ヴェルドや、ヴィダの寝所で眠っているエルペルを含めた原種吸血鬼達、ゴドウィンの祖母や父親の魔人族との実戦的な模擬戦へと移っていた。


『また負けちゃった……』

 そう言ってがっくりと肩を落とすダルシアに、ヴェルドは顔を引き攣らせて『当たり前だ』と言った。

『多少時間の感覚は早くなっているとは言っても、一年足らずの訓練で負けてたまるか。俺は元傭兵の英霊で、他の奴らは全員ランク13以上の神話級の化け物だぞ』


 そう、ダルシアが模擬戦で相手をしているのはS級冒険者でなければ真面に相手をする事が出来ない存在ばかりだ。それに模擬戦で勝てなかったからと言って、嘆く事は無い。

(寧ろ、実戦形式の模擬戦が出来る事自体を誇って欲しいもんだ)

 そうヴェルドは内心で評価していた。生前のダルシアの実力なら、ヴェルドや原種吸血鬼達が振るった一撃を模擬戦用の武器で受け止めた衝撃に耐えられず、吹き飛ばされているだろう。


 それが実戦形式の模擬戦を何度も繰り返すまでになったのだから、驚愕に値する。

(魂だけでこれなんだから、あの肉体が完成したらどれくらいになるか分かったもんじゃないな)

 今『生命体の根源』から成長し、完成が迫っているダルシアの肉体。それに宿って完全に復活したら、本気を出さないと勝てないんじゃないだろうか? そんな予感をヴェルドは覚えていた。


 モンスターのペアレント、怪物の保護者相手に本気で勝負するつもりはそもそもないが。


『模擬戦が終わったら、次は魂の修行だ。そら、行って来い』

『そうですよ。おいでなさい、ダルシア。ヴェルド、あなたもどうです?』

『はい、ヴィダ様』

『謹んで遠慮申し上げます、我が女神』


 優しげに手招きする『生命と愛の女神』ヴィダの前に進みでるダルシア。ヴェルドはそれとは逆に、鮮やかにこの場から逃げて行く。いつもの事である。

『ところでヴィダ様これは……本当に魂の修行なのでしょうか?』

 そしてダルシアは何時ものようにヴィダと向い合せに座り、手を握り合いながら首を傾げた。


 この魂の修行では、こうしてヴィダと触れ合いながら他愛も無い話をする。それだけだ。

 世界を創った十一柱の大神の一柱にして、ダークエルフを含めた新種族達の母であるヴィダとこうして直接向かい合い、手に触れ言葉を交わす事は勿論光栄な事だ。

 しかし、修行とは違うような気がする。


『いいえ、これはとても大事な修行なのよ。そして、今の私が出来る最大の祝福でもあるの』

 しかし、ヴィダによるとこうしているだけでダルシアの魂は修業を修めている事になるらしい。

『こうして私と波長を合わせて……やっぱりあなたは難しい事を言うと変に意識してしまうから、自然体でいた方が良いわね。

 だから、考えないで感じるのよ』


 ダルシアとの同調に小さな乱れが発生した事に気がついたヴィダは説明するのを止め、そう助言した。

『は、はいっ』

 ダルシアもヴィダがそう言うのならと、感覚を研ぎ澄ませる。すると、温かなヴィダの存在感に包まれている様な気がした。


『ところで、最近のヴァンダルーは元気ですか? 今日も話しかけてくれたのだけど、最近は肉体じゃなくて霊体になっている事が続いているみたいで……』

 ヴァンダルーはダルシアがこうしてヴィダの神域で訓練を受けている事を知らないが、ヴァンダルーがカプセルの中のダルシアの肉体に話しかけた言葉は、彼女に届いている。


 なのでダルシアは自分がただの霊で無くなった後も、ヴァンダルーが何をしているのかは把握していた。……まさか魔王になってしまうとは驚いたが、元気なのは相変わらずな様なので安心していた。

 しかし、暫く前からヴァンダルーの声が肉体を通していない様な気がする。普段から【幽体離脱】や分身を作って活動する事が多い息子だが、少し妙に思えた。


『そうね、最近は……ちょっと元気にすくすく育ちすぎているみたいね』

 そして、実際何か起きているらしい。

『ええっ!? ヴァンダルーがパウヴィナちゃんみたいに大きく!?』

『そこまで育ってはいないわ! ただちょっと……身体の限界を超えちゃった感じ?』


『そうなんですか……それなら大丈夫ですね。ふぅ、皆が夢で見た巨大ヴァンダルーみたいになったのかと思って驚いてしまいました』

『安心してくれてよかったわ。見た目はそんなに大きくなっていないわ、数センチぐらいよ』




 神域でダルシアとヴィダがそんな話をしている頃、ヴァンダルーはエレオノーラの腕の中でぐったりとしていた。その左右にはベルモンドと、巨人種アンデッドにして旧タロスヘイムの英雄の一人である『癒しの聖女』ジーナがそれぞれ心配そうな顔で様子を見ている。


「ヴァンダルー様、本当に大丈夫なの? 休んでいた方が良いんじゃない?」

 瞼も半ば閉じていて、呼吸も浅い。首筋に指を当てて何度も脈拍を確認しないと、死んでいるのではないかと不安になる。


『いえ、別に病気や怪我をしたわけではありませんから』

 そんなエレオノーラに、肉体とは逆に元気に動き回る霊体のヴァンダルー達の一人がそう答えた。

『ただの成長痛、のようなものです』


 それがヴァンダルーの肉体がぐったりしている原因だった。邪悪な神々を喰らい、シャシュージャを訪ねた後、彼は全身から痛みを感じた。

 最初はただの筋肉痛かと思ったのだが、次の日には体が動かなくなっていたのだった。


『いやー、ビックリしましたよ。動こうとしても本当に動けないんですから』

『筋肉だけじゃなくて骨や腱も痛いし、それなのに元気ではあると言う良く分からない状態でしたからね』

『毒でも病気でも呪いでもないので、【消毒】や【殺菌】も効果がありませんでしたし』


「それで肉体が動かないので、こうして主に【幽体離脱】した霊体で働いていると」

 ベルモンドはそう言いながらため息を吐いた。

「私としては、身体が動かないのでしたら安静にしていてほしいのですが」

「私も同感よ。移住希望者がどれくらい来るのか知らないけど、そこまで頑張らなくてもと思うけど」


 二人の吸血鬼に、ヴァンダルーを診察した『癒しの聖女』ジーナは『むぅ』と呻いて渋面を浮かべた。

『酷い筋肉痛みたいなものだから無理はしない方が良い筈なんだけど……身体から霊体だけ出て作業するのは、無理な事なのかどうなのか。陛下君以外した事が無いからさっぱり分からないよ』


 ヴァンダルーが今行っているのは、シュナイダー率いる『暴虐の嵐』が連れてくる移住希望者を受け入れるためのタロスヘイムの増築工事であった。

 幾層もの城壁を移動させて土地を広げ、建物の材料である木材や石材を運び、建物を建築する。


 城壁の移動以外の建築工事では、ヴァンダルーだけでは無く職人達も働いている。しかし建材をゴーレムにして動かす等重機に相当する部分をヴァンダルーが担当しているので、彼が果たしている役割は大きい。

『でも、俺の十一歳の誕生日を過ぎた頃には来るみたいなんですよね。それまでに形ぐらいは作っておきたいんですよ。

 まさか、暫くクノッヘンや運河に浮かべたクワトロ号に泊まってもらう訳にもいかないでしょうし』


『おおおん?』

 ヴァンダルーの言葉に、近くを飛んで木材を運んでいるクノッヘンの分体が、「自分はそれでも構わないよ」と言うように鳴く。


 ランク11のボーンパレスに至ったクノッヘンの大きさは、タロスヘイムの城を既に超えている。形を整え家具を運び込めば、千世帯以上が楽に暮らせる集合住宅になれるだろう。

 幽霊船クワトロ号も、死海四船長以下船員たちに陸に上がってもらえばクノッヘン程ではないがそれなりの人数が暮らせるはずだ。


「確かに、移住希望者にいきなりアンデッドの中を仮宿にしろと言うのは酷でしょうね。クワトロはまだしも、クノッヘンは骨そのままだし」

『おぉん……』

「別にあなたが悪いって言っている訳じゃ無いわよ! 免疫の無い人達にはきついってだけで!」


 タロスヘイム国民は既に骸骨を見ても動揺しない程慣れているが、移住希望者たちはヴィダの新種族であってもこれまでアンデッドには馴染みが無い者達だ。見慣れると表情が無い為怖くない髑髏でも、怖がる可能性が高い。

 ……もしかしたら兵士や戦士として見慣れている者もいるかもしれないが、そう言った者達は別の意味で落ち着かないだろう。


「旦那様、新市街地の増設を急ぐのは、移住希望者の中にタロスヘイムを視察しに来られる、ダルシア様の出身のダークエルフの隠れ里の関係者もいるからですか?」

 ベルモンドの質問に、ヴァンダルーは特に隠すことなく答えた。

『それもあります。タロスヘイムの優位性をアピールしないといけませんからね』


 ヴィダの新種族には【冥魔創道誘引】スキルによる魅了の効果を及ぼす事が出来るヴァンダルーだが、魔物にルーツを持たないヴィダの新種族に対しては、他よりも効果が弱い。

 そのため、母の出身地のダークエルフ達に気に入ってもらえるかやや神経質になっているようだ。


 ベルモンドやエレオノーラは、そこまで気を使わなくても良いだろうにと思うのだが……アンデッド関連さえ乗り越えられれば、このタロスヘイム程インフラが整い治安が良く食生活と娯楽が充実し、しかも税金の安い国は無いのだから。


『でも、職人の人達に負担をかけるつもりは無いので、全てが完成するのは移住希望者の第一陣が到着した後になる予定ですが』

「……工事している所を見て貰うのも良いかもしれないわね。アンデッドに親しみをもってもらえるかも」


『なるほど。それは良いかもしれません』

 ヴァンダルーがゴーレム化させ移動させる以外にも、クノッヘンを始めとしたアンデッド達が資材を運んでいる。疲れ知らずの彼等の力をアピールするには、建築工事は丁度良い。


「フハハハハ! さあ、勇士達よ、石材を運ぶのだ!」

 そう思うヴァンダルーの背後をレギオンのワルキューレが、彼女が勇士達と呼ぶゾンビ達を率いて通り過ぎて行く。『ザッカートの試練』で回収した挑戦者のうち浅い階層で敗退した有象無象の死体から創られたイシス手製のゾンビ達は、彼女の指揮に従い黙々と石材を運んでいる。


(流石にあれを見て奴隷を連想することは無い……と思いたいですね。尤も、ワルキューレが本来の姿に戻っていれば、それどころでは無くなるでしょうけれど)

 あさっての方向に逸れかけた思考を修正すると、ベルモンドは話を戻した。


「……では、適度に休んで頂けるそうなのでもう良いでしょう。身体を動かせないのが、やはり心配ではありますが」

「そうね……ジーナ、何とか出来ないの? あなた、筋肉だけじゃなくて癒しの聖女でもあるんでしょう」


『『癒しの聖女』の方が先なんだけどね。でも、私の【命王魔術】の治癒でも精々痛みを和らげることしか出来ないよ。成長期を止める魔術なんて知らないし、知っていても使えないし。

 陛下君の【状態異常無効】も効果が無いんでしょう?』


 ベルモンドとエレオノーラ達からすると、成長痛で体が動けなくなるなんて事は聞いた事が無いので、ヴァンダルーの身に何か良くない事が起きているのではないかと不安で仕方ないのだ。

 しかし、治癒魔術が得意なジーナもどうしようもないと言って、ヴァンダルーに同意を求めた。


『はい、【状態異常無効】スキルは効果を発揮していません。今俺の身に起きている事は。病気でもなんでもないんですよ。ただ、今までにないパターンの成長痛であると言うだけですから。

 痛みを和らげても、【無痛】で感じ無くしても筋肉の状態が戻る訳じゃ無いので動けないままでしょうし』


 今現在、ヴァンダルーの肉体は第二次成長期を迎え急速に変化していた。骨が軋み、筋肉繊維が崩壊し、【高速再生】スキルの効果で再構成される事を繰り返している。内臓にも変化が起きているかもしれない。


 勿論、通常なら動けなくなるほど激しい成長痛なんて起こるはずがない。たとえ、ダンピールだったとしてもだ。

 だが、ヴァンダルーは彼以外のダンピールと比べても普通では無かった。

 彼は今就いている【魔砲士】を含めて、十九のジョブを経験している少年ダンピールだ。このジョブの数は、並のA級冒険者を軽く越えている。


 ヴァンダルー達は誰も知らないが、S級冒険者の【蒼炎剣】のハインツよりもずっと多い。


 その割には、今までヴァンダルーの魔力以外の能力値は不自然に低かった。それは彼の身体が幼すぎたため能力値の成長が抑えられていた為だ。

 類似した現象は、以前から知られてはいた。王侯貴族や腕利きの冒険者の子弟の中には、幼いころから弱らせた魔物に止めを刺すなどしてレベリングを施される者がいる。


 そうした子供達の能力値はレベルが上がっても、大人と比べて成長率が低かった。そして第二次性徴期を迎える頃に、突然痛みと共に能力値が成長するのだ。

 それと同じ事がヴァンダルーにも起きているのだろうと、彼を診断した『癒しの聖女』ジーナは結論付けた。


『レビア王女とザンディアも子供の頃のレベリングはやっていたから。最初のジョブチェンジをするまでだったから、本当にちょっとだけだけど。

 でも陛下君の場合ジョブの数が多すぎたみたい』


 今までの歴史上、十九ものジョブをヴァンダルーの歳で経験した人間は存在しない。その分今まで抑制されていた成長が一気に、彼の身体で起きているのだ。

 これが終わった時、ヴァンダルーの魔力以外の能力値は数倍になる事だろう。


 しかし、その為この状況に対して有効な治療法が存在しないのも確かだった。何せ、これはただ急速に成長しているだけだ。

『治癒魔術で破れた筋肉繊維を治す事はできるけど、陛下君の場合自前の【高速再生】スキルでも間に合わないくらい破れるのと再生を繰り返しているから、意味が無いと思うんだよね。成長痛が治まる前に、私の魔力が無くなっちゃうよ』


『【状態異常無効】も、この場合は効果を発揮しないみたいです。普通に成長しているだけですからね』

 ヴァンダルーが邪神悪神の魂を喰らった結果【状態異常耐性】から覚醒した【状態異常無効】スキルは、その名の通り異常な状態を無効にする事が出来る、強力な効果を持つ。


 このスキルの前には、あらゆる病毒は無効化され、呪いであってもほぼ効果を発揮しない。外部から精神に干渉されても、影響を受ける事はない。

 だが、異常では無い状態は無効化されない。


 痛みや疲労や眠気に耐えられるようになるが、感じなくなる訳では無い。それらを全く感じなくなったら、それこそ状態異常というものだろう。

 【状態異常無効】は外部的な要因で起こる事に効果を発するが、内部的な要因には効果は不完全、若しくは完全に発揮されないスキルのようだ。


『因みに、ロドコルテからかけられている呪いにも効果を発揮されないようです』

「やはり、神が直接かけた呪いには無理ですか」

『いえ、多分生まれる前に呪われたせいで、呪われている状態が正常だと認識されているのだと思います』


 ちなみに、『法命神』アルダの神威も砕いて解く事が出来るヴァンダルーも、自分にかけられているロドコルテの呪いを解く事は出来ない。呪いが肉体ではなく魂に直接かけられているので、手が出せないのだ。


 呪いを解除するために自分の魂を砕くわけにいかない以上、どうしようもない。それにもし将来魂の極一部だけを砕く精密な技術を手に入れる事が出来たとしても、やらないだろう。

 穴だらけの呪いを解除するために、廃人と化す危険がある施術をするのは割に合わないからだ。


「しかし、その状態でこの仕事の量はやはり負担が大きいのでは? 出来れば、幾つか優先順位が低い仕事は後にまわすべきかと思いますが」

「そうね、例えば私やベルモンドの専用装備とか」

『いえ、二人用の変身杖は、後デザインを決めるだけですから、衣装合わせをしてくれればそれ程時間はかからずにできますよ』


「後回しにしてください」

「ええ、そうするべきよ」

 今タロスヘイムの若年層に人気な液体金属製の変身杖の完成を少しでも遅らせようとする二人。機能には自信があるし、デザインについてはちゃんと意見を聞くつもりなのにと思いつつ、ヴァンダルーは二人に勧めるのを今は諦める事にした。


『ザンディアとパウヴィナちゃんの分は出来たんだよね? 私のは?』

『調整中なので、もうちょっと待ってください』

 変身杖は一本一本がオーダーメイドなので、創るのに時間がかかるのだ。試作品のメタルスーツモドキなら、そう時間はかからないのだが。


『とりあえず、成長痛が治まるまで栄養を取りながら待つしかないですね』

「それしかありませんか。では旦那様、私の血をもう少し如何ですか?」

「ベルモンドっ! あなたの血はついさっきヴァンダルー様に捧げたばかりじゃない。今度は私の番よ!」

「あなたには旦那様を抱き支えると言う役目があるではありませんか、エレオノーラ」

『う~ん、ゾンビの血じゃ駄目だろうしなぁ……』


 身体を少し動かすのも辛い今のヴァンダルーが栄養を取るためには、流動食……つまり血しかない。それを自分が捧げようと眼光で火花を散らしながら言い争う二人と、加われなくて寂しそうにするジーナ。そこに闇夜騎士団団長でヴァンパイアゾンビ、『蝕帝の猟犬』アイラが大きなワゴンを押して現れた。


『ヴァンダルー様、お食事を持ってまいりました』

 エレオノーラとベルモンドに対して得意気に微笑むアイラが運んできたワゴンの上には、大量の肉が乗せられていた。大型の魔物から切り出し、焼いたり煮込んだりした物で食欲を刺激する良い香りを放っている。


「ちょっと、どの肉もヴァンダルー様の頭より大きいじゃないの」

「もっと小さく切れたでしょうに。今からでも刻んだ方が良いのでは?」

『おだまり、どれもヴァンダルー様のリクエストよ。さあ、ヴァンダルー様♪』


 呆れる二人を一蹴して、アイラはヴァンダルーに肉塊料理を勧める。しかし普段なら兎も角、今の彼には分厚い肉を咀嚼する力は無いのではないかと思われた。

『ありがとう、アイラ。頂きます』

 しかし霊体のヴァンダルーがそう言うと、エレオノーラの腕の中のヴァンダルーの肉体から何本もの黒い血管が蔓のように伸び、絡まり合って束になると先端が二つに割れて牙を備えた顎が出現した。


 そして赤黒い大蛇と化したヴァンダルーの一部が、肉塊に齧りつき食事を始める。

「旦那様、もしかして【魔王の欠片】は普通に発動できるのですか?」

『はい。【魔王の欠片】は成長期で成長しませんからね』


「だとすると、思ったより不自由は無いかもしれないわね。ヴァンダルー様の身体を移動させる時には【魔王の節足】等を使えば良いんだし」

 そう言うエレオノーラだったが、ヴァンダルーの身体を離そうとはしないのだった。


『まあ、【魔王の欠片】も【幽体離脱】も使っている間は魔力を使うから、身体が動く事にこした事はないですけどね』

『ふふ、存分にお食べ下さい、ヴァンダルー様。ところで、この方法で食べても味は分かるのですか?』

『ええ、【魔王の舌】がありますから』


 アイラが肉塊を食べさせている顎の中には【魔王の舌】があるので、このペースで食べていてもちゃんと味わっているようだ。

しかしそれでも食欲は異常なほど旺盛なようで、ヴァンダルーの体積を明らかに超えていた肉塊料理は食べつくされてしまった。

『では、お代わりを狩って来ますね!』


「それには及ばんっ! 肉を狩って来たぞ、ヴァンダルー!」

 そこに現れたのは、大きな肉塊を乗せた荷車を押すヴィガロだった。

『ヴィガロか……丁度いいタイミングで余計な真似を』

 ヴァンダルーの食欲を満足させたいが、出来ればそれは自分が供した料理が良いのに。そんなアイラの葛藤を無視して、ヴィガロは血抜きをして解体したばかりの肉をそのままヴァンダルーに勧める。


『頂きます』

 それをヴァンダルーが発動している【魔王の顎】は骨を噛み砕きながらさっきまでと同じペースで喰らっていく。


「暫くこういう事が続きそうですね。私の血でも、旦那様の成長痛には効果が無かった以上、肉や骨の方が良いのかもしれません。

 では旦那様、私も食材の調達に行ってまいります」

 ヴィガロが持ってきた大量の肉を食べきっても、まだヴァンダルーは満足しそうにないと思ったベルモンドが自ら肉を調達しようと、この場を離れようとする。


『あなたも付いて行ったら? 腕が鈍るわよ、小娘。その間ヴァンダルー様のお世話は私がするわ』

「あんたの狙いは見え見えだけれど、いいわ。ヴァンダルー様に料理を食べさせるのも、魅力的だし」

『じゃあ、ついでに私も行こうかな。ボークスは家族サービス中で、ザンディアはザディリスとあのカナコって新しく来た子と何かやってるし』


 それを引き留め一緒に行くように言ったアイラに、エレオノーラは大人しくヴァンダルーの身体を渡すのだった。当然のように、ヴァンダルー本人の意思は誰も尋ねない。


 だがその時本人が口を開いた。

『じゃあ、ついでに俺も行きましょう。霊体のままだと長時間遠距離で活動するのは難しいので、適当に入れ物を作って』

 しかし苦情では無かった。


 至福の表情をしているアイラの腕の中のヴァンダルーから新たに【魔王の欠片】が発動し、一抱えほどもある亀の甲羅から、本来足が出る個所からはそれぞれ数本の細い節足が生え、頭が出る穴には巨大な眼球が嵌っているという異形の生物が産みだされた。


 それにヴァンダルーの霊体の一人が宿る。

『これで、この蟲亀も俺自身に成りました。連れて行ってください』

「これは使い魔のようなものですか?」

『そんなような物ですね。【遠隔操作】スキルの訓練と、ベルモンドやエレオノーラが魔物を倒した時近くにいるのが本体では無く使い魔でも経験値が入るのかを試してくれます』


 蟲亀と名付けられた使い魔は、キシキシと外骨格を軋ませる。こうしてヴァンダルーの新しい使い魔によって、成長痛に苦しんでいる最中に更に経験値を得て成長するのだった。




《【群体思考】スキルのレベルが上がりました!》

《【遠隔操作】が【群体操作】スキルに、【高速思考】が【超速思考】スキルに覚醒しました!》




 その頃オルバウム選王国のある町の宿。ムラカミは仲間が泊まっているはずの部屋で、苦々しく呟いた。

「ゴトウダの奴、逃げたか」

 仲間の一人、【超感覚】の後藤田薫……カオル・ゴトウダの姿はベッドの中にあった。ムラカミや【シルフィード】のミサ、【オーディン】のアキラがいるにも関わらず穏やかに寝息を立てている。


 しかしムラカミがベッドを軽く蹴ると、彼女の姿は幻のように消えてしまった。光属性魔術と風属性魔術を組み合わせた高度な幻術だ。

 代わりに現れたのは、質の悪い紙に書かれた短いメッセージ。


『探さないでください』


「あの裏切り者め。どうしますセン……ムラカミさん。追いますか?」

「構わず放っておけ。カナコのようにヴァンダルーに寝返るなら厄介だが、そうじゃないだろうしな」

 ムラカミはそうアキラに答えつつ、ゴトウダの残したメモを握り潰した。




・名前:クノッヘン

・ランク:11

・種族:ボーンパレス

・レベル:45


・パッシブスキル

闇視

剛力:2Lv(UP!)

霊体:8Lv(UP!)

骨体操作:9Lv(UP!)

物理耐性:9Lv(UP!)

吸収回復(骨):8Lv

城塞形態:5Lv(UP!)

分体:7Lv(UP!)

能力値強化:城塞形態:5Lv(UP!)

能力値強化:創造主:2Lv(NEW!)

自己強化:導き:2Lv(NEW!)


・アクティブスキル

忍び足:2Lv

ブレス【毒】:8Lv(UP!)

高速飛行:6Lv

遠隔操作:10LV(UP!)

射出:8Lv

並列思考:5Lv(UP!)

建築:1Lv(NEW!)


・ユニークスキル

■■ンダル■の加護(NEW!)




・魔物解説:ボーンパレス ルチリアーノ著


 最近のタロスヘイムには、城が三つある。一つは師匠が住んでいて私もいる地下工房がある王城。二つ目が、ゲヘナビーの巣。そして三つ目がボーンパレスにランクアップしたクノッヘンである。

 フォート(砦)からパレス(城)になっただけと言えばそうだが、その違いは別種と呼ぶには十分すぎる。


 居住性も骨の組み方は、骨以外の資材を組み込む等クノッヘン独自の工夫で向上されており、『ザッカートの試練』の内部のような極端な環境下でなければ居住に耐えられるだろう。……話しかけると壁や天井が返事をし、四六時中骸骨と顔を合わせる生活に耐えられるならだが。


 ちなみに、私や師匠だけでは無くタロスヘイム国民なら全員耐えられるだろう。骸骨は慣れると無表情で怖くないし、我が国は世界で最も普段から髑髏を見かける国だから。

5月28日に190話を投稿する予定です。


5月15日に「四度目は嫌な死属性魔術師」の2巻が発売しました! もし見かけましたら手にとって頂けると幸いです。

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