百八十五話 すれ違う神々
現れた女性の巨人は足元で逃げ惑う魔物を火炎樹ごと蹴散らし、クワトロ号に向かってまっすぐ進んでくる。
凛々しい美貌に、全身から漂う神々しさ。歩く度に揺れる地面と、その巨大さに気がつかなければ……いや、気がついても女神のようだと評するしかない。
『我が名は、『月の巨人』ディアナ。『巨人神』ゼーノの子の一人。汝らが、ヴィダの御子にして新たな勇者とその仲間達か?』
そして火炎樹の森の縁に立った巨人、ディアナはそう問いかけてきた。それは穏やかな口調でなされたが、オニワカやカナコ達、クワトロ号は気圧されてしまい、無意識に後ずさってしまう。
「はい! 俺がその『勇者』の! ヴァンダルーです! 『勇者』の!」
ただヴァンダルーは、『魔王』ではなく『勇者』と呼んでくれた事が余程嬉しかったのか、クワトロ号から身を乗り出してディアナに答えた。勇者のと、二回言ったのは大事な事だからである。
『普通に話してくれれば聞こえるから。そんな船から乗り出して叫ばなくてもいい。ほら、危ないから止めなさい』
そのヴァンダルーが毒の海に落ちないように注意してから、コホンと咳払いをしたディアナは再び厳かに話しだした。
『汝らの事はヴィダの忠実な使徒、シュナイダー達から聞き及んでいる。我々は汝らの訪問を心から歓迎しよう』
リオーとクワトロ号を装備したヴァンダルーは、レギオンと共にタロスヘイムに帰ったカナコ達以外の仲間と共にディアナの両手の中に居た。
『汝らが歩くのに合わせていると、数か月はかかるからな』
『暗海の邪神』ギュバルゾーに勝るとも劣らない巨体のディアナが歩く度に樹や岩が砕け、魔物が逃げ惑う。足元がどんな環境の魔境でも、彼女の歩みは乱れる様子は無い。
「単純な距離だけの問題では無さそうですね」
『うむ。奴と……シュナイダー達から聞いたが、汝らが魔大陸と呼ぶここは人間達が住む大陸と比べて過酷な環境の魔境が乱立し、出現する魔物もまずダンジョンの中でしか出現しない強力な個体ばかりらしい。
ここは大陸の端だからそれ程ではないが、奥はランク10の魔物が普通に群れている』
「ランク10が普通……群……」
境界山脈内部でも、ダンジョンの外ではランク10の魔物は山脈の上空に巣食うハリケーンドラゴンなど、限られた個体だけなのにと、オニワカは呆然とする。
彼女の様子に、ディアナは苦笑いを浮かべた。
『だいたいの原因は『解放の悪神』ラヴォヴィファードだ。あの悪神が、魔物のランクアップを促して他の邪神や悪神との覇権争いに利用したり、我々にちょっかいをかけて来たりしたせいでこの大陸は他の地より危険になってしまった。
だが奴がいなくなった今、徐々にだが高位の魔物の数は減りつつある。後百年もかからず落ち着くだろう……先の日蝕で、また更に荒れたが』
他の邪神悪神を倒してこの魔大陸を牛耳っていたラヴォヴィファードが排除された事で、これでも以前よりは安全になっているらしい。
『ただ、それで汝達には負担をかける結果になってしまったようだな。あの駄龍からだいたいの事情は聞いている……ザンタークからも言葉があると思うが、我からも詫びよう。すまなかった』
そのラヴォヴィファードが魔大陸から逃げ出した結果、境界山脈内部で当時帝国だったノーブルオークの国のブギータス皇子を唆し、大きな戦が起きてしまった。
勿論、全てラヴォヴィファードが行った事だが、逃亡を許してしまったディアナは責任を感じているようだ。
「駄龍? ……お気になさらず、その言葉で十分です。それより、日蝕で荒れたとは?」
『アルダが起こした……正確には、光と生命属性の管理に手を抜く事で太陽を陰らせて起こした『日蝕』の影響で、魔王軍残党の封印の幾つかが緩んだのだ』
どうやら『暗海の邪神』ギュバルゾー以外にも、復活した神が存在したらしい。
『バーンガイア大陸は奴の膝元故に『日蝕』に際しても注意していたのだろうが……他は目が行き届かなかったのか、それとも故意か。神々が施した封印が弱まってしまった。
魔王軍との戦いで神を封じる際は複数の大神の神威が施されていたのだが……今世界の管理を行っているのはアルダ一柱だけ故に』
そのアルダが『日蝕』を起こす為に世界の管理から手を抜いたため、封印まで緩んでしまったらしい。勿論、全ての邪神悪神の封印が解けた訳ではない。
しかしこの魔大陸やその周辺の海域には、魔王グドゥラニスが当時「破れて封印されるような弱卒に用は無い」と放置した封印や、ディアナ達が直接倒した場合やラヴォヴィファードとの戦いに敗れて弱った隙を突いて施した封印が幾つもある。
それらが一斉に緩んだせいで、大変だったらしい。
『お蔭で大忙しだ。多くはそう強い神格では無かったから大事には至っていないが……汝らを迎える担当も本来なら昼と夜の二交代制なのだが、昼担当のティアマトが逃げようとした悪神を封印するのに体力を消費して眠りこけてしまって、夜まで待たせる事になってしまった。
何のつもりで『日蝕』を起こしたのかは知らないが、アルダも傍迷惑な事だ』
「恐らく、それがアルダの狙いの一つだったのだろう」
それまで黙ってディアナの言葉を聞いていたグファドガーンが、不意にそう口を開いた。
「境界山脈内部を除いたバーンガイア大陸では直接被害を受けないようにする一方、お前達を封印が解けた邪神悪神の対処に追わせて消耗させる。
多少人間達に被害が出ても、アルダを含めた神々の支援を受けた英雄達が対処する事で、信仰集めと英雄達の強化を同時に行えば、収支はあう。考えていたほど上手くはいかなかったようだが」
そう推測を口にするグファドガーンに、ディアナは思わず目を丸くして聞き返した。
『汝は……もしかしてグファドガーン、なのか?』
「そうだが、気がついていなかったのか?」
どうやらディアナは、可憐な美少女エルフの姿の憑代に宿っているグファドガーンに、今まで気がついていなかったようだ。
「だとすれば、私としては喜ぶべき事だ。この憑代の完成度が、神の目も欺ける程高いと言う事なのだから。
私は、美少女を求めるザッカートの遺志により沿う事が出来るだろう」
『……いや、エルフの少女に似た妙なのがいるなとは気がついていたのだが……言っては悪いが我から見るとお前達は奇妙な者が多いのだ』
ノーブルオークハーフのパウヴィナに、奇妙なランクアップを遂げているゴースト達や、アンデッドなのに理性的な骨人に、誰よりも気配と存在感が奇妙なヴァンダルー。先程まで口を閉じていたグファドガーンの存在はそうした面々の間に埋没していたらしい。
『何よりあのグファドガーンが……いや、それよりザッカートの遺志とはどう言う意味なのだ?』
「あ、今はこの話題に触れないでください。ザンターク達と会った時に改めて説明するので」
困惑と驚きを隠そうとせず聞き返すディアナを、ヴァンダルーがそう言って止める。彼女以外にも今のグファドガーンの姿に驚く神々は多いだろうから、その度に説明を繰り返す手間を省きたかったのだ。
「それよりも、あなたは『太陽の巨人』タロスと何か関係があるのですか? タロスヘイムに残っていた記録にはあなたの名が無かったので、俺達の知識には無いのですが」
話題を逸らす意味もあるが、『月の巨人』というディアナの尊称を聞いた時から気になっていた事を尋ねる。
『そうだ。我は『太陽の巨人』タロスの双子の妹だ。
我も含めた神代の時代に創られた巨人は、巨人の始祖にして大神たる『巨人神』ゼーノの子に当たるが、我とタロスは同時に誕生した。ゼーノは太陽から温もりを、月からは光を手に取り、私達双子にそれぞれ片方ずつ与えたのだ』
特に粘る事なく話題を変えようとするヴァンダルーの質問に答えると、彼の背後に憑いているレビア王女に慈しむような笑みを向けた。
『故に、我は全ての巨人種の叔母と言う事になる。十万年前の戦いでは、我もタロスと共に戦ったが……汝らには我らの力が及ばなかったせいで苦労を掛けたな』
声をかけられたセイタンプロメテウスゴーストにランクアップしたレビア王女は慌てて姿を現し、黒さを含んだオレンジの炎を纏ったまま深々と頭を下げた。
『い、いえっ、そんな、勿体ないお言葉です! でも……いつかタロスヘイムに来て皆を労って頂ければ、きっと喜ぶと思います』
『ああ、何れ必ず。汝はゴーストとなった事で、より我が兄に近くなったようだな』
炎を衣装のように纏っているレビア王女に、ディアナは『汝と、汝の同胞に祝福を』と微笑を深くした。
ディアナがヴァンダルー達を連れて来たのは、一見すると禍々しい岩と溶岩の池ばかりが広がる死の大地だった。
だがどう言う訳か大気には火山性ガス等毒性のある物質は含まれていないようだ。勿論暑くはあるが、それも耐えられない程では無かった。
熱エネルギーを吸収して冷たい炎を燃やす【鬼火】を幾つか灯せば、適温になるだろう。
「恐らく、周囲の溶岩が火山活動ではなくザンタークの影響で生じた物だからでしょう」
それをヴァンダルーが疑問に思っていると、グファドガーンがそう推測した。
「なるほど……これが大神の力か。しかし、それだけではなさそうだ」
「その通りだ。ここは半ばザンタークの神域と変化している。邪神と悪神と融合し、異なる存在になってしまい元の神域に戻れなくなったと十万年前に聞いている。今は、この魔大陸の一部を神域化させているのだろう。……その分無理をしているように見えるが」
大陸全てがダンジョンの内部並みに魔力で汚染されている魔大陸であり、三分の二が邪悪な神と化しているザンタークだからこそ出来る苦肉の策だろうと、グファドガーンは推測した。
「ほほぅ、これは歴史的な大発見だ」
汗で全身を濡らしたルチリアーノが、そうしないと気を失うというようにメモを取りながらそう言う。
彼でも気圧され、緊張のあまり汗が止まらなくなるほどの存在が此処では集まっていたからだ。
竜人の女性を巨大にしたような龍、『山妃龍神』ティアマト。頭が二つある巨大な鳥、『鳥の獣王』ラファズ。それに巨人と見紛うばかりの巨体に毛皮を纏い仮面を被った鬼人の始祖に、逆に人種と同じ程度の小さな体格ながら凄まじい存在感を放つ魔人族の始祖。
他にも幾柱もの神や、その眷属が集まっている。
中でも別格なのが、淡い輝きを全身から放つ冒険家風の格好をした男。そして岩山と一体化したような姿で腰掛けた、厳めしい顔つきのまま瞼を固く閉じた男神だった。
……別の意味で格が違う存在として、何故か通常よりやや大きい程度のワイバーンが冒険家風の男の横で始終震えているのだが、あれは何だろうか?
その場違いなワイバーンも気になった一行だが、それを態度で示す前に右半身は黒い砂鉄のような物に覆われ、左半身はやはり黒い靄のような物を漂わせている男神……『炎と破壊の戦神』ザンタークは、突然かっと目を見開きゾロリと牙の生えた口を開いた。
『■■■■■■■■■~っ!』
まるで嵐のように激しい、物理的な圧力を伴った叫び声にヴァンダルーでも身を固くした。
ただ、何て叫ばれたのか意味が全く分からない。
「も、申し訳ない!?」
『ボスっ、もしかしてまず膝を突くとか、祈りを捧げるとか、供え物をするとか、やるべきだったんじゃぁ?』
「ヴァン、何で怒られたんだろう?」
叫び声の迫力に押されて、ルチリアーノは反射的にメモを取るのを止めて平伏し、キンバリーは狼狽し、パウヴィナは困惑している。
『坊ちゃん、どうしましょう!?』
『ギュバルゾーのトロをお供えしますか!?』
「落ち着いて、サリアはトロをしまって、皆驚いているから。そもそも、俺達は怒られたのでしょうか?」
慌てふためく皆を落ち着かせようとするヴァンダルーだが、彼も困惑していた。異形の邪神悪神を見慣れている彼は、ザンタークが怒っているようには感じなかったのだ。
ただ、地の顔つきが厳めしく声が大きいだけのように思える。
しかし叫び声の意味までは分からない。すると、顔を顰めた魔人族の始祖が緊張して顔を強張らせている冒険家風の男の肩を叩く。
『あ、ああ。親父は……ザンタークは『よくぞ来てくれた、勇者の魂の欠片を持つヴィダの御子よ』って言ったんだ。怒っている訳じゃない』
どうやら、彼には……英雄神ファーマウンにはザンタークの叫び声の意味が分かるらしい。
再びザンタークが叫ぶが、今度はすぐにファーマウンが通訳する。どうやらザンタークは『魔塵の邪神』と『邪闇の悪神』と融合したために、以前のように意思を伝える事が出来なくなってしまい、他の神の通訳が必要な状態らしい。
『歓迎しよう……とは言っても、岩や溶岩ばかりのこの地では大した事も出来ないがって、痛た!? 今のはザンタークの言葉だ!』
『それは分かっているが、貴様の口を通して聞くとつい反射的に手が動く。話の邪魔をしてすまない、親父殿、そして客人よ』
通訳の途中でファーマウンを殴った魔人族の始祖が、彼以外に謝って元いた位置より後ろに下がる。周囲の神々は魔人族の始祖に窘めるような視線を向けるが、ファーマウンに同情する様子は見られなかった。
この事からもファーマウンと彼等の関係は和解ではなく、休戦状態でしかない事が分かる。
尤も、約十万年前から続くヴィダ派とアルダ勢力の戦いと確執を考えれば、休戦しているだけでも十分すぎるのかもしれない。
魔人族の始祖や他の神々にとって、ファーマウンは自分達の親兄弟を傷つけ、多くの子を殺した敵の主戦力だった一人だ。主にザンタークと戦っていたので、彼自身の手によって傷つき倒れた者は残り二人の戦闘系勇者と比べれば少ない。
しかし、もし彼が自らを勇者に選んだザンタークの味方で在り続けたら、そうでなくてもせめてあの戦いに参加していなければ。そう考えれば、過去の因縁を忘れる事は出来ないのだろう。
そんな様子の神々を見つめるザンタークの口元に苦笑いが浮かんだようにヴァンダルーには見えたが、錯覚だったかもしれない。
『■■■■■■~! ■■■、■■、■■■■!』
『汝と共に再びアルダと一戦交えたいが、残念ながら我々は今しばらく動く事は出来ない。先の日蝕で魔王軍残党の封印の内一部が弱った事もあるが、この魔大陸を放置すれば魔物は増え続け魔境は際限なく広がって海を渡り、早ければ数年でバーンガイア大陸に到達してしまうかもしれないからだ。
ザンターク、少しペースを抑えてくれ。一つの言葉に込める意味をもっと少なくしてくれないと、言葉じゃ間に合わない!』
どうやらザンタークの叫びには圧縮され密度を増した情報が含まれているようで、ファーマウンは苦労しながら通訳をしていた。
「なるほど、事情は分かりました。それでこちらの事情なのですが、ヴィダを封印していたアルダの神威を破壊しました」
ヴァンダルーがそれを伝えると、神々がざわめいた。
『母上が復活……いや、意識を取り戻されたのか!?』
『いつか再びとお慕い続けていたが、それが叶うのか』
『クエェェェ!』
ヴィダの直系の子である魔人族と鬼人の始祖が驚愕と喜びに打ち震え、ティアマトが陶酔も露わに尻尾をくねらせ、ラファズが翼を広げて鳴き声を上げる。
ザンタークも天を仰いで咆哮を……いや、嬉しげな笑い声を上げた。
『予想を超える吉報をもたらしてくれた。我が姉にして妹、子供らの母を解放してくれた事に感謝……そんなに早口じゃ、俺も聞き取れないぞ。
……受け取る価値は無いかもしれないが、俺からも心からの感謝を』
ファーマウンは肩から力を抜き、安堵した様子でそう述べると腰を折り、深々と頭を下げた。
「いえ、謹んで受け取らせていただきます」
対してヴァンダルーも、出来るだけ礼儀正しく見えるように頭を下げる。その彼の対応にファーマウンは驚いたような顔をして顔を上げた。
しかし、ヴァンダルーが気になったのはやはりワイバーンの方だった。他の神々が喜んでいるのに、何故か彼だけは死んだ目で涙を流しながら『もうダメだ……終わりだ……』と呟いている。言葉を話すという事は、ワイバーンの上位種なのだろうか?
(もしかして、ワイバーンではないのかな? シャシュージャにちょっと似ているかも)
タロスヘイムの南にある、今ではリザードマンとその変異種のアーマーン、そしてスキュラ族の主な居住地である大沼沢地。そこに住むリザードマン達の纏め役で、かつて捨てられた子犬のような瞳で泣き落とされた彼を、ヴァンダルーは思い出した。
そう言えば今年に入ってからまだ一度も会っていないので、アーマーン達の成長やカプリコーン牧場の視察も兼ねて、今度大沼沢地を訪ねてみよう。
そんな風に思う。
「ヴァンダルーよ、ザンタークは『だがそれではますます我々は動けない。アルダが十万年前のように攻めて来たなら兎も角』と言っているようです」
いよいよ通訳が間に合わなくなったらしいファーマウンに代わって、グファドガーンがそう訳する。
「ますます動けないと言うのは、自分達が大きな動きをするとアルダに察知され、なし崩し的に神と神の戦いに発展すると困るとか、そう言う理由でしょうか?」
「それもあると思われますが、やはり世界の管理に関する問題かと。アルダ共と戦い勝つ事が出来ても、その後属性の管理を維持できなければ、世界は荒廃し最悪の場合滅びる事になるので」
グファドガーンがザンタークの言葉を訳するまでもなく、神々が抱えている事情についてヴァンダルーに説明する。
この『ラムダ』世界は、神々が土水火風と時間と空間、そして光と生命の八つの属性を管理する事で維持されている。その管理に不具合が起これば、世界は乱れそれが続くと最終的に崩壊してしまう。
今は『法命神』アルダが本来の光属性に加えてヴィダの生命属性の管理を行い、魔王に滅ぼされた『風と芸術の神』シザリオンの代わりに英雄神ナインロードが風属性の管理を、ザンタークに代わって英雄神ファーマウン・ゴルドが火属性の管理を従属神達の補佐を受けながら行っている。
そして残りの四つの属性の管理は、時間と空間はリクレントとズルワーンが残した従属神達が行っている。しかし土と水は魔王との戦いを生き残った従属神達以外にも、戦いの後にアルダが神に昇華させた者達も加わって維持されている。
離反したファーマウンが管理する火属性を抜いても、五つの属性の管理がアルダ勢力の神々の手によって行われているのが今の状況だ。
「なるほど。今の状況でもしアルダ勢力に勝利できても、その後の属性の管理まで手が回るか微妙と言う事ですか」
ヴァンダルーが思い至ったのが、ザンタークが抱えるジレンマだった。
今属性の管理に関わっていない魔王軍からヴィダ派に鞍替えした邪神悪神の力を借りれば何とかなるとヴィダやリクレントは考えているが、ザンタークはそれでは足りないと推測していた。
滅ぼされなかった大神の内ヴィダとリクレント、ズルワーンは復活したがとても完全な状態とは言い難く、ペリアとボティンは未だ戻らない。
自分がアルダのように他の属性の管理を行う事も考えたが、彼はヴィダ派の主要戦力である。敵からも注目されており、戦いで予想以上の消耗を強いられる可能性もある。
厳しい戦いに勝利した結果、「世界が後戻りできない程荒廃し、最終的に滅びました」では意味がないのだ。
「難しい問題だね。ヴァン、何とか出来る?」
「パウヴィナ、流石に神様の事情は俺の手に余ります。封印や呪いを解くとか、ヴィダの宗教関係者として布教活動に励むとかなら、何とか」
『主よ、アンデッドを量産しそれらにヴィダ派の神々を信仰するよう命じ、信者を増やすのを加速させては?』
『今までも行っている事ですし、劇的に状況が変わる事はないでしょうが、継続は力と言いますし』
世界全体の管理という個人の目線では、特に情報科学が発達していないこの世界の人々にはスケールの大きい事情を知ったパウヴィナや骨人達は、完全に分かった訳ではないが各々理解力が及んだ範囲でそう提案する。
ヴァンダルー自身も神ならぬ身なので「属性の管理」の難易度や、必要な神々の数や力について理解は出来ていない。漠然と、簡単ではないだろうなとイメージできる程度だ。
ただ、この手の話は『海の神』トリスタンにもされたので、神には神の事情があるのだと納得する事にしている。
しかしこうしてヴァンダルー達が言葉を交わしているのは、先程からザンターク達が話しかけてこないからだった。考え込んでいるか、近くの神と囁き合っているのだろうとヴァンダルーは思っていたが、そうではなかった。
『もしや、グファドガーンか?』
『あの姿……てっきり男神だと思っていたが、かの邪神は女神だったのか?』
どうやら、ザンタークの言葉を訳せる少女の正体がグファドガーンである事に気がついて、驚愕のあまり絶句していたらしい。
「ディアナも最初は気がつかなかったが……この寄り代の完成度は、私の想定を遥かに越えるものだったようだ。まさかザンタークの目すら欺く事に成功するとは」
顎が落ちんばかりに驚いているザンタークの顔を見て、やはり満足そうに何度も頷くグファドガーン。
「あ、事情は俺から説明しますね。これはちょっとした誤解が原因で――」
ザッカートが誤解されないよう、ザンターク達に事情の説明を始めるヴァンダルーだったが、その時よろめくような足取りでワイバーンが彼に近づいてきた。
『た、頼む……いえ……お願いです……』
反射的にヴァンダルーの前に出ようとしたサリアとリタに対して、躊躇う程弱々しい声をワイバーンは絞り出すと、骨格上難しいだろうに地面に膝を突き、彼に向かって頭を垂れる。
『喰うのだけは……魂を砕くのだけは、どうかお許しください』
「いや、別に今空腹ではないですし、食料にも困っていないので食べませんから。と言うか、あなたは誰でしょうか?」
『ル……ルヴェズフォル。『暴邪龍神』ルヴェズフォルだ……です』
ワイバーンの正体は、当然だがヴァンダルー達に分霊を砕かれ境界山脈から逃げ出す途中でシュナイダー達『暴虐の嵐』によって袋叩きにされた後、封印によってワイバーンの姿にされたルヴェズフォルだった。彼は恐怖と緊張の限界に達し、せめて魂を砕くのだけは許して欲しいと命乞いを始めたのである。
シュナイダー達に魔大陸に置いて行かれ、ティアマトに散々叱責と説教をされ、しかも復活した直後倒されたギュバルゾーの肉片を食材としても保存しているヴァンダルーがやって来た。そしてヴィダが復活したと言う。
ヴィダ派が力を取り戻しつつある現状では、自分の力など然したる価値は無いと思ったルヴェズフォルには、このままでは自分も食材と素材にするために魂を喰われる。そうとしか考えられなかった。
彼が封印し、信者であるリザードマン達を奪った『五悪龍神』フィディルグは悪神の中でも下の方で、ヴィダ派としても重要な存在では無い。
しかしヴィダにとってフィディルグは仲間で、それに対して自分は裏切り者である。
例え服従を誓っても、生かしておくとは思えない。だからせめて封印で済ませて欲しいとただ願ったのである。
「……ああ、そう言えば。とりあえず、それは俺が判断する事ではないですね。フィディルグとシャシュージャの判断に任せます」
『ああ、やはり喰われる運命……は? フィディルグと、シャシュ?』
「はい、直接被害を受けたのは彼ですし。昔の事を言うのなら、裏切られたのはマルドゥークやティアマト、リオエン達でしょう?」
特に怒るでもなく、判決を拒否するヴァンダルーにルヴェズフォルは目を丸くした。
しかし、ヴァンダルーにとってルヴェズフォルは特別憎しみの対象と言う訳では無かった。それほど印象に残っていなかったのだ。ドルトンに彼が魔大陸に居る事を教えられていなければ、思い出さなかったかもしれない。
それに今の弱々しく震えている様子を見ると、怒りや侮蔑よりも憐憫を覚えてしまう。これがランク5のワイバーンの姿ではなく、ルヴェズフォル本来の龍の姿なら多少は変わったと思うが。
それでも直接被害を受けたフィディルグや、シャシュージャが「魂を喰うべきだ」と言うのなら、喰う事になるだろうが。
「そう言う事です。分かりましたか? では、すみませんが俺には重要な説明があるので――」
『えぇ!? ザッカートが美少女を!? ……あいつが……そんなそぶりはなかったのに……』
「あ、若干間に合わないかも」
『法命神』アルダによって創られたダンジョンの、古戦場を再現した階層で凄まじい気迫が込められた声が響いた。
『どうした!? その程度の腕では新たな魔王を倒すなど、夢のまた夢だぞ! それとも、ヴィダの新種族にすら安寧をもたらすと言う貴様の理想を諦めるか!?』
光り輝く武具を身に着け、背中に純白の翼を広げた騎士……アルダの英霊の一柱の言葉に、仲間達の先頭に立つ『蒼炎剣』のハインツは下がっていた腕と剣を構え直し、叫んだ。
「私は……いや、我々は諦めない!」
・名前:レビア
・ランク:11
・種族:セイタンプロメテウスゴースト
・レベル:60
・パッシブスキル
霊体:10Lv
精神汚染:5Lv
炎熱操作:10Lv
炎無効
実体化:10Lv(UP!)
魔力増強:9Lv(UP!)
自己強化:従属:10Lv
自己強化:魔王の血:7Lv(UP!)
自己強化:導き:3Lv(NEW!)
能力値強化:創造主:7Lv(NEW!)
・アクティブスキル
家事:5Lv
射出:10Lv
憑依:5Lv
忍び足:2Lv
遠隔操作:7Lv(UP!)
格闘術:3Lv(UP!)
盾術:3Lv
限界突破:6Lv(UP!)
恐怖のオーラ:8Lv(UP!)
火属性魔術:4Lv(NEW!)
・ユニークスキル
ヴァ■■■■の加護(NEW!)
・魔物解説:セイタンプロメテウスゴースト ルチリアーノ著
師匠によると、ある神話で人類に火を教えた神プロメテウスの名と魔王の名、両方を持つゴースト。もういっそ神霊とでも名乗れば良いのではないだろうか? まだランク11であるし、導きの効果で上昇している能力値を含めても、実際に名乗ると名前負けしてしまうのだが。
【自己強化:導き】や【能力値強化:創造主】等のスキルを獲得し、更に強力な存在となっている。妹のザンディアの指導で火属性の魔術も扱えるようになったが……【魔術制御】スキルを習得していないため、非常に危なっかしい。彼女自身は【炎無効】なので火属性魔術が暴発しても無傷で済むのだが、彼女の周囲に居る者、つまり師匠が主に巻き込まれている。
師匠も【魔術耐性】スキルを持っているし、結界で防ぐので火傷一つした事が無いらしいが。
『月の巨人』ディアナによると、彼女の双子の兄である『太陽の巨人』タロスに近づいているそうだ。
・名前:オルビア
・ランク:10
・種族:ケイオスブロードゴースト
・レベル:95
・パッシブスキル
霊体:10Lv(UP!)
精神汚染:6Lv
水属性無効
流体操作:1Lv(液体操作から覚醒!)
実体化:9Lv(UP!)
魔力増強:6Lv(UP!)
土属性耐性:7Lv(UP!)
自己強化:従属:1Lv(NEW!)
自己強化:魔王の血:3Lv(NEW!)
自己強化:導き:2Lv(NEW!)
能力値強化:創造主:2Lv(NEW!)
・アクティブスキル
格闘術:4Lv(UP!)
漁:3Lv
家事:3Lv(UP!)
舞踏:5Lv(UP!)
射出:9Lv(UP!)
遠隔操作:5Lv(UP!)
無属性魔術:1Lv
水属性魔術:5Lv(UP!)
土属性魔術:2Lv(UP!)
魔術制御:4Lv(UP!)
・ユニークスキル
メレベベイルの加護
■■ンダ■■の加護(NEW!)
・魔物解説:ケイオスブロードゴースト ルチリアーノ著
液体の色がさらに深みを増し、レビア王女と付き合ううちに【家事】スキルのレベルも上昇したオルビア。
名称がダークよりも物騒だが、今のところ形状に変化は無いようだ。
【液体操作】スキルの上位スキル、【流体操作】スキルによって更に自身を構成する、そして周囲の液体を巧みに操作する事が可能になった。流石に海や大河は不可能だが、鉄砲水の向きや勢いを操作する事も可能らしい。
水属性魔術よりも効率良く大量の液体を操作する事が可能なようだ。
沼沢地の水田で行われる今年の田植えに、このスキルを活用する事を考えているらしい。上位スキルの有効活用なのか、それとも無駄遣いなのか微妙なところだ。
・名前:キンバリー
・ランク:10
・種族:シュバルツブリッツゴースト
・レベル:3
・パッシブスキル
霊体:9Lv(UP!)
精神汚染:3Lv
風属性無効
雷体操作:9Lv(UP!)
実体化:7Lv(UP!)
直感:3Lv
魔力増大:4Lv(UP!)
自己強化:従属:5Lv(NEW!)
自己強化:魔王の血:1Lv(NEW!)
自己強化:導き:4Lv(NEW!)
能力値強化:創造主:4Lv(NEW!)
・アクティブスキル
忍び足:6Lv
罠:5Lv
射出:7Lv(UP!)
憑依:5Lv
遠隔操作:7Lv(UP!)
弓術:6Lv(UP!)
・ユニークスキル
■■■■ルーの加護(NEW!)
・魔物解説:シュバルツブリッツゴースト ルチリアーノ著
黒い稲妻を纏った、見るからに邪悪そうな姿をしたゴースト。当人はテンションが上がると「ヒャッハ~っ」と笑いだすため、どうしても悪そうに感じられる。しかし当然種族名にシュバルツとあっても、キンバリーの内面が腹黒く変化した訳では無く、ランクアップ前と性格は変わっていない。
ただ能力面では自己強化や能力値強化スキル、そして仮称「謎の加護」の効果もあって更に強力なゴーストとなっている。
勿論ラムダで初めて誕生した種族である。……ちなみに彼がランクアップしてから暫くの間、顔を合わせる度に彼にオンリーワンか確認された事を記しておく。
5月12日に186話を投稿する予定です。
5月15日に「四度目は嫌な死属性魔術師」の2巻が発売予定です。もし見かけましたら手にとって頂けると幸いです。




