閑話26 その頃、それぞれ異なる転生者達の三グループは……
アサギとカナコ、両グループがヴァンダルーと話し合いをしている間、ロドコルテの神域ではロドコルテ自身は勿論、その御使いと成った【演算】の町田亜乱、【監察官】の島田泉、【オラクル】の円藤硬弥も事態を見守っていた。
とは言っても、ロドコルテと亜乱達の思惑は異なっている。
ロドコルテは話し合いが決裂して戦闘が始まり、アサギがヴァンダルーを倒す……可能性は低いが、情報収集に役立たないかと期待している。
亜乱達は逆に、戦闘が起こる事を恐れていた。カナコ達はどうなっても構わないが、アサギ達の魂が砕かれる事は避けたかったのである。
『やはり、もう構うなと伝えるべきじゃないか?』
『硬弥、その忠告をアサギが素直に聞くと思うか?』
『……無理だな』
仲間意識と思い込みが強く、熱血漢なアサギの存在は『オリジン』で転生者達を纏める上で大いに助かった。『地球』とは異なる環境で、自分が転生者である事を隠して生きて来た彼等にとって、『地球』で生きていた時と同じように接するアサギに助けられた仲間は多い。
……ムラカミやカナコ、それに見沼瞳等どうしてもアサギと合わなかった者達も、何人かいたが。
そして、明らかにヴァンダルーもアサギとは合わないタイプだと硬弥達は確信していた。
フェリーが沈没する時に運良く助かった、『地球』でまだ生きている元クラスメイトの記録を閲覧して見たが、その中に当時のアサギに構われている、彼の姿が在った。
アサギは気がついていなかったようだが、その時の彼の目は明らかに死んでいた。
『いっそ、彼に導かれた方がまだ良いかも。多分、無いと思うけれど』
泉がため息交じりにそう呟くが、すぐ『無いわね』と彼女自身がその可能性を打ち消してしまう。
転生者でも導かれる事は【ペルセウス】の鮫島悠里……サルア・レッグストンの例で分かっているが、それまでに時間がかかっていた。少し話しただけで導かれるような事は、無いだろう。
そもそも我の強いアサギがヴァンダルーに導かれるのか、かなり疑わしい。ヴァンダルーもアサギを導こうと積極的に話しをするとは思えない。
肉体を持たない御使いに昇華したのに緊張で胃が痛くなる思いをしながら事態の推移を見守っていると、アサギはショウコとテンドウを連れて、大人しく引き下がった。
『意外だな……戦闘に発展すると思ったのだが』
ロドコルテがそう呟くのが亜乱達には聞こえたが、彼等も同感だった。彼等が知っている以前のアサギなら、まだまだヴァンダルーに食い下がっていたはずで、その内ヴァンダルーの忍耐が限界に達するのではないかと予想していたからだ。
ちなみに、ロドコルテも亜乱達もアサギの要求をヴァンダルーが受け入れるとは全く考えていなかった。
『これでヴァンダルーに対する認識を改めたなら良いんだけど……』
そう言う亜乱達御使いも、そしてロドコルテもアサギが今まで見聞きした事や『記録』として閲覧する事は可能だ。
しかし未来で何を考え実行するのかは、予想するしかない。
ともかく、ヴァンダルーの影響下にある場所から離れた以上暫くは大丈夫だろう。
『レギオン……瞳について敢えて教えなかったのが良かったのかもしれないわね』
『そうだな。彼が『第八の導き』や瞳の今の状態について知っていたら、間違いなく激怒するだろう』
彼女達が人間では無く、肉で出来たマネキンを大雑把に球体の形に纏めた謎の融合生命体と化している事をアサギが知ったら、間違いなく激怒する。人間をこんな異形の化け物にするなんて、許される事では無いと。
激怒して、それをそのままヴァンダルーにぶつけるだろう。
『どんな経緯で彼女達がああなったのかは知らないが、多分ヴァンダルーが意図して行った訳じゃないし、彼女達の様子を見る限りそれに不満は無さそうだ』
『多分、ロドコルテの責任でしょうね。尤も、ヴァンダルーも別々の死体を繋ぎ合わせたアンデッドや、他にも色々としているから、誤解されても仕方がないと思うけれど』
そう言いながら、この件については引き続き教えないでおこうと頷き合う硬弥と泉。彼等の関心は、まだ残っているカナコ達から離れつつあった。
ロドコルテもヴァンダルーを止めようとしているアサギ達は兎も角、彼に取り入ろうとしているカナコ達には関心は無かった。
恐らく失敗するだろうが、殺され魂を砕かれても、転生者であり来世の予定が決まっていないため輪廻転生システムが受けるダメージは最小限で済む。
もし取り入る事に成功すれば、束の間の間は情報収集の手段として使えるだろうが、それでもやはり何れ導かれてしまうだろう。
「あたし達をヴィダの新種族、吸血鬼とかにすると良いと思います!」
だからカナコがこう言い出した時には驚いた。
『何だと?』
ロドコルテが驚き、カナコ達の様子に注目する。
『馬鹿な、輪廻転生に関する知識は『ラムダ』に転生する際に消したはず……ヴィダの新種族と化せば、導かれるのを待つよりも確実にヴィダ式輪廻転生システムに属せる事を、何故知っているのだ?
まさか……与えた能力を使ったのか』
【デスサイズ】の近衛宮司が消滅した後、ロドコルテはこの神域で他の転生者達が自由に能力を使えるようにした。
神域で有効に使えるかは能力によって異なるが、使える状態に戻る事で生前の状態に近づき、それで考えが纏まり易くなるのではないか。そう思ったからだ。
特にカナコの【ヴィーナス】は記憶や感情を操る事が出来るので、役立つだろうと考えていた。
肉体が無い状態なので間違っても殺し合いは起きないし、自分も監視しているので問題も起きないだろう。そう考えていたのだが……。
『そうだ、能力に関しては監視していたはずだ。なら考えられるのは……』
自分の注意力を過信しているロドコルテが亜乱達に視線を向けるが、彼等もカナコの発言には驚いていた。
『俺達がカナコ達に『ヴィダの新種族になるとヴァンダルーに取り入り易くなる』と教えたんじゃないかと思っているなら、外れだぜ』
『御使いの私達が、あなたに隠れて神託を下せる訳が無いでしょう』
『そもそも、教える理由が無い。私達は彼女達に裏切られた側で、和解した訳でもない。彼女達は確かにムラカミから離反したが、だからと言って反省した訳でもない』
特に硬弥の言葉に説得力を感じたのか、ロドコルテは注意を彼等からカナコへと戻した。
『と言う事は、偶々ヴィダの新種族を纏めているヴァンダルーに取り入るには自分もヴィダの新種族に成った方が良いと考えただけか?
それとも……何らかの方法で私を出し抜いたのか?』
そう呟きながら、ロドコルテは思考をカナコが何故ヴィダの新種族化を言い出したのか、その理由を彼女の記録から探る事に意識を集中させた。
それを見ながら、亜乱達は静かに動揺していた。
ロドコルテが本格的に信用できない……いざと成れば、我が身可愛さで転生者達も世界も放り出す存在だと分かってから、何とか彼を出し抜けないかと考えを巡らせてきた。
だがその結果が出る前に、カナコがロドコルテを出し抜いた。それは衝撃と共に、敗北感を覚えるには十分な事実だった。
『『ブレイバーズ』じゃこれでも頭脳労働担当だったんだけどな……どうした、泉?』
肩を落とした亜乱がふと見ると、泉はあらぬ方向に視線を向けていた。
『いえ、何かに見られたような気がして……一瞬だけど、何かが見えたような……?』
『何か、て?』
『目のように見えたわ。人間のじゃなくて、獣の』
『気のせいや見間違い、ではないな。【監察官】の力で、そうした偽りは分かる筈だ』
『ええ、だから目のような何かを見たのは確実何だけれど……いいわ、この事は考えないようにしましょう。口に出すのは勿論禁止、出来るだけ早く忘れるのよ。……何かあるまでね』
自分達の思考は、ロドコルテに筒抜けなのだからと泉が言うと、亜乱達も頷いた。
だがこの「筒抜け」とは、ロドコルテが常に自分達の思考を見張っているという意味では無いと亜乱達は知っていた。
監視カメラの一つに、彼女達の思考が映し出されている様な状態だ。そしてロドコルテは、無数の監視カメラの映像が映し出されている警備室で、それらをモニターする事が出来る。
しかし、そのロドコルテが他の事に注目している間は彼女達への監視が疎かになる……かもしれない。
とりあえず三人は、一瞬だが見えた「獣の眼のような何か」が次に何らかの行動を起こすまで、その事をロドコルテに知られないように試みる事にしたのだった。
カナコ達がヴァンダルーの実験用ダンジョンで過ごしている頃、アサギ達三人は旧スキュラ自治区との境界線から、サウロン公爵領の都まで戻って来ていた。
そして中程度の宿屋に部屋を取ると、三人はその中の一室に集まって腰を下ろした。
「ここまで来れば、尾行も無いだろう。無いよな、テンドウ?」
「ああ。多分だけど」
【千里眼】のテンドウは、その力で自分達に尾行が付けられている事に気がついていた。そのため、彼等は足早に人目のある町まで戻ったのである。
間違っても尾行を撒こうとか、撃退しようなんて事は考えなかった。何故なら『オリジン』とは違って、この世界には自分達では太刀打ちできない存在が幾らでもいると、経験から知っていたからだ。
勿論『オリジン』でもアサギ達は無敵だった訳では無い。しかし相手は近代兵器で武装した軍隊だったり、そうした武装集団を手駒に持つ大富豪や汚職政治家だったりと、個人で強かった訳では無い。
しかしこの『ラムダ』では、アサギ達の感覚では原始的な武装だけで彼等を圧倒する個人が存在する。
あの『謎の首狩り魔』もその一人だと、アサギは考えていた。
「テンドウの【千里眼】でも姿を直接確認できなかった奴だ、俺なんて全く気がつかなかった。ショウコの熱源探知にも引っかからなかった。この世界は化け物だらけだな」
「アサギ、あたしの熱源探知で首狩り魔が分からなかったのは、きっと奴がアンデッドだからだよ」
「それも含めて、化け物だらけだって事だ」
アサギはそう言いながら、ため息をついた。この世界に転生して来てから、彼は何度も敗北を経験している。
一度目は冒険者崩れのチンピラ同士の喧嘩を止めようとして、敗北した。実力では遥かにアサギの方が上だったのだが、チンピラ達が使った【格闘術】の武技が綺麗に入ったのである。
二度目の敗北はアンデッド化した魔術師、リッチとの戦いで。【メイジマッシャー】を使用してリッチの属性魔術を封じた時に、【無属性魔術】の【魔力弾】を受けて敗北した。
知識としては武技や無属性魔術の存在を知っていたのだが、実際の経験として知らなかったための油断であった。
だがそうした敗北を糧に、アサギは前世よりも幾分用心深くなっていた。ヴァンダルーに魂を砕く事を止めるよう要求しなかったのも、その為だ。
アサギがヴァンダルーを止めなくてはならないと思った理由が、彼が【デスサイズ】の魂を砕くところを見たのがきっかけだった。
輪廻転生システムに大きな悪影響を与える以上に、魂を消滅させるという殺害を超える行為に忌避感を覚えたのだ。
人が人を殺すだけでは無く、魂を消滅させる。それに値する罪とは何なのか、それが許される道理はあるのか、納得できなかったからだ。
何故それを伝えず、代わりに「死属性魔術を使うのを止めろ」と言ったのか。それはヴァンダルーが同意したとしても、彼なら砕く以外の方法で魂を捕えるための抜け道を編み出すだろうと思ったからだ。
魂を砕かずそのまま封印したり、記憶や人格など魂の一部だけを破壊したり、分割して一部だけ閉じ込めたり。
魂が実際にどんな構造をしていて、一部だけなら壊されても平気なのか、分割する事が可能なのか。アサギは知らない。
ロドコルテは転生者の魂は地上を彷徨ったり、アンデッド化したりせず、速やかに彼の神域に戻ると説明していた。
しかしアサギが「ロドコルテを信用するな」と言う亜乱達からのメッセージを受け取ってから、それほど時間はたっていない。
それにヴァンダルーが【グングニル】の海藤カナタの魂を砕いている以上、最低でも砕かれるのに十分な時間があると言う事になる。その時間があれば、砕く以外の事をするのにも十分なのかもしれない。
だから、魂を砕く事だけでは無く死属性魔術全体を使わないようにアサギは要求したのだ。
魂を砕くヴァンダルーの力は、明らかに死属性に関連がある。故に、死属性を使えないようにすればヴァンダルーは魂を砕く事が出来なくなる。
勿論、死者の尊厳を汚し弄ぶ事が許せないのも本音だが。
「でも【ペルセウス】……鮫島の安否は聞いておきたかったな」
「仕方ないだろう。俺達がサルア・レッグストンの事を知っている筈が無いんだ。それなのにあいつの名前を出したら、転生者だってばれて逆に危険かもしれない」
サルア・レッグストンが【ペルセウス】であり、彼が今この世界の家族と共にタロスヘイムで生活している事を、アサギ達は亜乱達から知らされていた。
しかしそれをヴァンダルーに知られたら、彼がどんな行動に出るか分からないためアサギ達は安否の確認もできなかった。
「それで、これからどうする? ヴァンダルーを止めるためにムラカミ達と共闘するなんて言い出したら、俺は抜けるぞ」
「テンドウ、幾らなんでもそんな事考える訳無いだろ。あいつ等と共闘なんてしたら、背中の方が危ない」
テンドウに言われるまでも無く、未だにヴァンダルーを狙っているはずのムラカミ達との共闘、協力はあり得ない。カナコ達同様に、信用できない。
「そもそも、俺はヴァンダルーと戦いたい訳じゃ無い。ただ間違いを止めたいだけだ。
そのためには、あいつが死属性を捨てられる方法を先に考えるべきだと思う。ロドコルテの力を使わない、別の方法を」
「ロドコルテの力を使わない方法ね……確かに話し合いでも言っていたけど、そんな方法が本当にあるの? あたしは無いと思うけど」
「『オリジン』にあった魔術を使えない様に封印するマジックアイテムと、似たような物がこの世界にもあるだろうけれど、あいつにそれを使うのは絶対に無理だぞ。魔力の桁が違い過ぎる」
口々にそう否定的な意見を言うショウコとテンドウに、アサギは「あるはずだ」と力強く答えた。
「勿論根拠もある。二人とも、この世界の神話は覚えているか? 魔王グドゥラニスがバラバラに封印されたところだ。
魔王グドゥラニスの力は、神話で聞いた限り死属性の魔術に酷似している。だったら、その魔王を封印した方法を応用すれば、ヴァンダルーや『第八の導き』の死属性も封印できるかもしれない」
「それは……たしかに出来るかもしれない。少なくとも、【魔王の欠片】とその封印については事実なんだし」
驚きと共にテンドウはアサギの言葉に頷いた。実際ヴァンダルーは【魔王の欠片】を取り込んで、我が身の一部同然に使いこなしている。
それで彼が魔王に等しいのなら、魔王グドゥラニスに有効な封印はヴァンダルーにも有効かもしれない。
だがショウコは懐疑的なようだ。
「たしかにそうだけど、その封印をヴァンダルーは解いているじゃないか。それにあんたはあいつを倒すつもりは無いんだろ? バラバラにして封印してどうするのさ」
「確かにそうだが、別に同じ方法でヴァンダルーや『第八の導き』達を封印する訳じゃ無い。魔王の封印方法を調べて、それを応用してあいつの死属性だけを封印する方法が無いか考えるんだ。
そしてもし魔王の封印が応用可能で、死属性に対して有効だったらその方法を魔術師ギルドや他の国に広める」
「ちょっと待てっ、何で他の国に広めるなんて話に繋がるんだ!?」
驚くテンドウに、アサギは答えた。
「この世界を『オリジン』の二の舞にしないようにするためだ。
ヴァンダルーの死属性を封印する事が出来ても、死属性について権力者が知れば絶対に自分達も手に入れようとするだろ。それを防ぐために、死属性への対抗手段を広めるんだ」
『オリジン』では死属性を唯一持つ当時のヴァンダルーが死んだ後も、各国が裏で死属性の研究を続けていた。
それだけの有用性を死属性は持っている。実際、ヴァンダルーは死属性の力を使い一国の支配者にまで上り詰めた。
だからアサギは死属性を封印できる技術を各国に広め、この世界で死属性の研究競争が起こらないようにするべきだと考えたのだ。
そうして、後はこの世界の宗教関係者が死属性を禁忌の力だと指定すれば完全ではないが大丈夫だろうと。この世界では、『オリジン』よりずっと宗教の力が強い。
「……たしかに、六道の野郎が転生して来た時にも役立ちそうだね。あいつが死属性の研究を完成させられるとは思えないけど」
まだ『オリジン』で生きているはずのブレイバーズの幹部であり、裏で死属性魔術の研究を続けムラカミ達の裏で糸を引いていた男の名を出して、ショウコは頷いた。
「そうだな……本当に出来るかは分からないが、やってみるか」
テンドウも迷った末に頷いた。ヴァンダルーを恐れていた彼だが、それだけに対抗手段が見つかるかもしれない可能性は、魅力的に思えた。
マオのようにこの大陸から出て完全に関わりを断つと言う選択を忘れた訳ではない。しかし、それを選ぶにはテンドウから見たヴァンダルーの力が大きすぎたのだ。
バーンガイア大陸から離れても、逃げ切れないのではないか。この世界で生きている限り、彼の気が変わって自分を殺しに来るんじゃないかと怯え続けなければならないのではないか。
そんな恐怖感と不安を覚え始めていたテンドウにとって、アサギの提案は光明に等しかった。
「よし、じゃあ二人とも納得してくれたしこの案で行こう。とは言っても、まだ手がかりは無いわけだが……まあ、遺跡探しでもするか。
……そんなに時間をかけていられないかも知れないが」
そう頷くアサギは嫌な予感を覚えていた。一国の支配者を自称するヴァンダルーが勢力を拡大し続ければ、何時かアミッド帝国やオルバウム選王国と本格的な戦争に、大陸全土を巻き込んだ大戦争が起こるのではないかと。
(そう成らないようにするためにも、死属性に対抗できる何かを見つけないとな。あいつも、死属性への対抗手段を他の国が持つ様になれば、慎重になるかもしれない。
少なくともあいつがサウロン公爵領から撤退して、山脈の中に籠もっていれば平和は保てるはずだ)
実際には、既に『法命神』アルダの勢力が動き始めており、もし仮にヴァンダルーが大人しく境界山脈の内部に立て籠もっても、下手をすれば世界全体を巻き込んだ戦乱に発展しかねないのだが……それをアサギは知らなかった。
ヴァンダルーが海で船を探している頃、『オリジン』の雨宮寛人は自宅で休日を過ごしていた。
『第八の導き』との戦いと、その後に起きた国防総省での大事件の後一年以上が過ぎ、世界情勢は大きく動いていた。
『第八の導き』のアジトに特殊部隊を派遣した国々と『ブレイバーズ』の関係は悪くなり、表面上は修復されたが実際は未だギクシャクしている。
合衆国では大統領が自ら職を辞して総選挙。政権が交代し、国防総省の再建に今も追われている。
国連では、死属性研究禁止条約を全加盟国が締結するべしとの機運が高まった。寛人も条約締結の為に動こうとしたが、ある人物の反対もあってそれは叶わず、条約も結局は破棄されてしまった。
「母さん、おじさんはまだ来ないの?」
「ふふ、博はおじさんが大好きなのね」
雨宮寛人と結婚し、成瀬から雨宮成美になった彼女は、長男の博に笑いかけた。
「そんなに慌てなくてもすぐ来るさ。あいつも、今日はオフの筈だから」
苦笑いをしながらそう息子に言う寛人は、返って来た言葉に少し動揺した。
「だって父さんっ、おじさんに会うの久しぶりなんだもん。父さんだってそうじゃないか」
「そう、だな。ああ、暫く父さんもプライベートじゃ会っていなかったな」
動揺を表情に出さないようすぐに押し殺すが、成美には気がつかれてしまったようだった。
そんな時、インターホンが来客を告げた。
久しぶりに雨宮家を訪れたおじさん……【アバロン】の六道聖は、口元に穏やかな笑みを浮かべていた。
「久しぶり、と言うのは変かな。仕事であっているし、お互いメディアで取り上げられる事も多いから」
「……そうだな」
「だが、分かって欲しい。あの死属性研究禁止条約に反対したのは、私なりに考えた結果なんだ」
条約に反対したある人物、それは現在『ブレイバーズ』の幹部達の中でも代表的な立場にある六道本人だった。
三波浅黄や円藤硬弥亡き今、最も信頼する彼の反対は、寛人にとって衝撃的だった。しかし、今では彼の言い分も分かる。
「国連の加盟国だけで禁止しても意味は無い。それどころか、非加盟国や大規模な犯罪組織が死属性の研究に手を出した時に備えて、対抗手段を用意するためにも全てを禁止する条約には賛成できない。そういう事だろう?」
「それに、私達はあくまでも一組織の人間だもの。政治家でも、為政者でも無いわ。国連の採決で否決されたのなら、私達が賛成してもしなくても結果は変わらなかったはずよ。
あなた達二人が気にする事じゃないわ」
寛人と成美、二人の言葉に六道は「分かってもらえて良かった」と言って笑った。
だが真実は違う。六道聖は自身が秘密裏に死属性研究を進める上で、条約が邪魔になるから反対したに過ぎない。
各国の要人や富豪、そして何人もの転生者達を従えている彼だが、流石に主だった国で死属性の研究が禁止されるのは都合が悪かったのだ。
条約が締結されれば、死属性の研究にも使える試薬や霊薬、マジックアイテムや分析機器の取引や輸出入の監視が厳しくなる。そこから計画が露見したら今までの苦労が水の泡だ。
(三波や円藤、それに天道が消えてくれたのは幸運だったな。お蔭でやり易くなった。やはり、私は運命に愛されている)
そのアサギが異世界に転生しており、硬弥が神域で今も苦々しく自分を見つめている事には思い至らず、六道は自分が特別なのだと確信していた。
「難しい話はここまでにしよう。成美、遅くなったけどこれは出産祝い」
綺麗に包装された箱を受け取って、成美は「ありがとう」と微笑んだ。寛人も肩からも力を抜き、元の友人同士のように六道に接する。
「おじさんっ、おれの分は!?」
「こら、博! 失礼な事を言うんじゃありません」
「ああ、博君の分はこっちだよ」
六道が少し小さめの袋を出すと、博はそれを受け取って「ありがとう!」と言って走り出す。成美は「待ちなさいっ、袋を開けるのはちゃんとお礼を言ってから!」と叱りながらそれを追い駆けて行く。
「悪いな、とんだやんちゃ坊主に育ってしまった」
「なに、元気なのはいい事さ。でも君にも、名前を貰った彼にも似なかったようだね」
「……ああ、そうらしい。僕は自分と似た名前の彼、天宮博人と会った事は無いから良く知らないのだけど」
「実は、私もよく覚えていないんだ。彼の事は」
寛人は会った事が無い……正確には、アンデッド化する前に会えなかった天宮博人に思いを馳せる。
六道も、言葉通り覚えていない天宮博人を想う振りをしながら、実際には寛人達を騙して今の関係を維持するための芝居も大変だと思っていた。
(人形に仕立てた【メタモル】だけに任せていると、本物の私の方が雨宮の『善良な親友』の演技の仕方を忘れてしまうからな)
そして芝居の続きとして、「そう言えば」と話題を変える。
「産まれた二人目の子供、娘さんだってね。名前は冥と聞いたけど……やはり?」
「ああ、プルートーと名付ける訳にはいかなかったから、それで和名に変えたんだ」
「そうか……『第八の導き』には、特にプルートーとバーバヤガーには未だにファンが多い。身辺には気を付けた方が良い。
ところで、もう属性診断は受けたのかい?」
科学と魔術が共存しているこの『オリジン』では、我が子がどんな属性の適性を持っているのか知る事は重要だ。そのため、幼い子供の頃に魔力を検査して素質を診断するのが先進国では常識である。
「いや、一歳になっていないからまだ受けていない。幼すぎると、魔力が弱くて検査機器でも分からない事が多いから」
「そう言えばそうだった。この国だと……たしか、検査は満三歳で受けるんだったかな?」
(プルートーの名前にあやかっても、死属性の素質がある筈は無い。私の気にし過ぎか)
六道がそう考えているその時、別の部屋に置かれたベビーベッドで横になっている冥の瞼がふと開いた。
「……」
露わになった目は、白目であるはずの部分も含めて全て漆黒だった。だが、瞬きをしたと思ったら普通の目に戻っていた。
そしてそのまま瞼を閉じて、再び眠り始めた。
この小さな、しかし異様な現象を見ている存在は、神ですらいなかった。
4月26日に182話を投稿する予定です。
●127話を修正して、転生者達全員の能力をロドコルテの神域で使えるようにしたと、以下のように修正しました。
『では、今手に入れた情報を元に引き続きどの選択肢を選ぶか考えて欲しい。ここで有効に使えるかは個人差があるだろうが、全員能力を使用可能にしておく。それも使って考えてほしい。魔力は自前の物を使ってもらうので、限りがあるだろうが』
絶句している転生者と御使いをその場に残して、ロドコルテは作業と思索に戻った。
●閑話25 日蝕が起きると預言された時期を一月に修正しました。




