百八十話 交渉可能であるというポーズ
「久しぶりだな、天宮。まあ、身体が無い魂だけの状態でなら一年前に顔を見ていると思うが」
そう苦笑いを浮かべる【メイジマッシャー】のアサギ・ミナミ。彼の後ろには【イフリータ】のショウコ・アカギ、そして【千里眼】のタツヤ・テンドウが続いた。
二人はアサギと違い、明らかに警戒した様子でレギオンを意識していた。
「……うげぇ。どうしてあんた達がここにいるんですか? 事前の取り決めでは、あたし達が彼に接触している間は不干渉の筈ですよ」
転生する前にロドコルテの神域で交わした約束では、ヴァンダルーと転生者が接触している間は結果が出るまで他の転生者は関わらない事になっていた。
それを破るなんてどう言うつもりだと責められても、アサギは気にした様子も無く答えた。
「元でもアイドルが出していい声じゃないな。
その約束はムラカミとしたもので、あいつ等から更に分離したお前等にまで気を遣ってやる必要は無い……なんて屁理屈を言うつもりはない。
天宮に気がつかれていなかったら、お前等の用件が終わるまで口を挟むつもりは無かった」
「だったら、出て来ないでそのまま消えてくれても良かったのに」
「無理言うな。素直に出て行かなかったら、敵だと勘違いされて攻撃されていただろ。なあ、天宮?」
『当たり前だ! お前達の間のルールなんて我々は知らん! 知っていたとしても、それに合わせてやる理由は無いのだからな!』
レギオンのワルキューレの言葉を聞いて、カナコはこの件でアサギを追及するのは止めた。内心では結局屁理屈じゃないかとアサギに文句を言いたかったが、ヴァンダルーの前で彼等と不毛な言い争いをしても自分達の印象まで悪くなるだけだと思ったからだ。
『それで、あなた達はどうしてここに来たの?』
「さっきはワルキューレで、今の声はプルートーか……。それはこいつ等が天宮に取り入ろうとしているって知ったからだ。それで自分達にとって都合の良い情報を捏造して伝えたり【ヴィーナス】の力で天宮を操ろうとしたりしないか、様子を見ていたんだ」
ロドコルテの御使いになった亜乱達から、【御使い降臨】を使用した時カナコの動向を知らされた浅黄達は、旧スキュラ自治区まで向かい、そこからテンドウの【千里眼】で彼女達を探し出した。そして、彼女達を見張っていたのだ。
その際、アサギ達は亜乱から「絶対にヴァンダルーと戦ったりするな」と強く忠告されている。アサギは元々彼を説得するつもりだったので気にはしなかった。何故そんなに念を押されるのか逆に首を傾げたぐらいだ。
ショウコとテンドウは忠告された時に嫌な予感を覚え、いざと成ったらアサギを何としても止めようと今も彼とヴァンダルーの動向に神経を尖らせている。
「そんなつもりはありませんでしたけど……疑われるのは自業自得ですしね」
一方カナコは口では殊勝な事を言ったが、内心では苦虫を噛み潰してしまったような気分だった。それぐらい彼女達にとってアサギ達がここに居合わせたのは不都合だったからだ。
自分達が『オリジン』で裏切った相手であるし、彼等はカナコ達が持っている情報を全て知っているからだ。
それどころか、こうして転生した後も御使いになった亜乱達から情報提供を受けられる彼等の方が、情報では優位に立っている。
『【メイジマッシャー】、私達がカナコ達の能力に対する対策を立てないで来ると思ったの?』
カナコの【ヴィーナス】の本当の力が感情や記憶のコピーと貼り付けである事を知らないヴァンダルー達だったが、精神に影響を及ぼす類の能力である事は察しがついていた。だからそれらの効果を受けないヴァンダルーとレギオンの二人で来たのだ。
更にカナコと一緒にいるメリッサのバリヤーを張る【アイギス】の能力も、結界を無効にする特性があるヴァンダルーの【魔王の欠片】を使えば、破る事が出来ると推測できた。
ダグの念動力【ヘカトンケイル】も、彼が認識できない病原菌を【病魔】のジョブ効果と【冥王魔術】で作れば問題無い。
そして手紙に名前のあった三人以外の者が隠れ潜んでいた場合に備えて、『王殺し』のスレイガーを始めとした戦力を用意している。周囲と、ヴァンダルーの体内に。
なので余計な御世話だとレギオンの声に混じる険が強くなるが、それを誤解したのかカナコ達がやや慌てて口を開いた。
「念のために言っておきますけど、こいつ等と手を組んであなたを嘘の手紙で誘き出したとか、そんなつもりはありませんから」
「本当よ。確かに、結果的にはあいつ等を連れて来た事になるけど……その点は謝るわ」
しかし、ヴァンダルーとレギオンは「それは分かっています」と彼女達の言葉に頷いた。
「そんな様子は在りませんでしたからね」
『あたし達は、あの三人が隠れている事に最初から気がついていたさ』
『だから暫く話して様子を見たが、組んでいる訳では無さそうだと思った』
カナコ達に話しかける前に、アサギ達三人が彼女達を見張るように隠れている事にもヴァンダルー達は気がついていた。
その上で、もしも罠だった場合も考えて準備してから話しかけたのだ。
『改めて警告だ、妙な事はするな。お前達の周りには、噂になっている首狩り魔以外にも無数の戦力が配置されている。二度も首を落とされたくは無いだろう?』
レギオンから順に発せられたバーバヤガーやエレシュキガル、そしてゴースト、自分達が前世で殺し合った相手の声に、アサギ達三人はそれぞれ表情に苦さや怒りを滲ませたり、顔色を青くしたり、それぞれ反応を露わにした。
『妙な事の中には、あなた達がお互いに争う事も含まれているからそのつもりで。ヴァンダルーは、話を聞くつもりでここに来たのよ。それを邪魔する者は排除するわ。
それでカナコ達の用件はもう聞いたけど、【メイジマッシャー】の用件は彼女達を見張るだけなの?』
プルートーに促されたアサギは、「勿論他にもある」と言ってヴァンダルーに向き直った。
「天宮、俺はお前を止めに――」
「違います」
だがその彼の声を、ヴァンダルーは遮った。
「違うって何がだ、天宮? 俺はお前を本当に止めに来たんだぞ」
「俺は天宮博人ではありません。今の俺は、ヴァンダルー・ザッカートです」
それまでアサギに視線を合わせず、話しかけられても答えなかったヴァンダルーは、観念して彼にそう告げた。出来ればこれくらい言わなくても察して欲しいと思っていたのだが。
「何を言っているんだ、お前は俺達の仲間の天宮博人だ。そうだろう?」
怪訝そうな顔でそう聞き返すアサギに、ヴァンダルーは肩を落とした。
「確かに俺は『天宮博人』でした。しかしそれは三十年以上前の事ですし、もうその名前に愛着はありません。以後、俺の事はヴァンダルーと呼んでください。
あと、俺はお前達の仲間ではありません」
今のヴァンダルーにとって「天宮博人」の名前は、既に自分の名前だと思えない程思い入れの無いものだった。
過去を否定するつもりは無いし、無理に忘れ去ろうとも思わない。しかしその名前で呼ばれる事に、違和感を覚えてどうしようもないのだ。
「お前……本気で言ってるのか? 異世界に転生したからって、お前が『地球』で天宮だった事は――」
「アサギ、彼はヴァンダルーだ。それで良いだろ」
「あたし達は転生しても殆ど名前が変わらなかったけど、彼は違う。色々あるんだよ、きっと」
怒鳴りかけたアサギを、テンドウとショウコが宥めて冷静になるよう促す。それでとりあえずは納得したのか、一端黙って呼吸を整えてから、再度口を開いた。
「分かった。ヴァンダルー、で良いんだな? 何で姓がザッカートなのか気にはなるが……それは一先ず置いておく。
ヴァンダルー、俺達はお前を止めに来たんだ。死属性の魔術を使うのを止めるんだ、出来れば今すぐにでも」
「無理です。他に用件はありますか?」
「……俺は、真剣に言っているんだ。もっとよく考えてくれ」
「……もっとよく考えてから言ってくれ、っと俺はあんたに言いたいです」
何かに耐えるように肩を震わせるアサギと、その後ろで「やっぱりな」と言いたげな顔をしている二人。それを見るヴァンダルーも、見た目は無表情で泰然としているようにしか見えないが、実際は苛立ちと精神的な疲労感に耐えていた。
内心このまま戦った方が楽なのではないかと思うが、それをするとまだ『オリジン』で生きている転生者達がこの『ラムダ』に生まれ変わって来る時に、面倒な事になりかねない。
まだ話し合いの形が保たれているし、アサギとヴァンダルーはただ意見と価値観が対立しているだけだ。
それだけの理由でヴァンダルーがアサギを排除しようとすれば、彼の方が悪者に成ってしまう。
そのためヴァンダルーがストレスに耐えている間、アサギもそれなりに考えたらしい。「もしかして」と呟いた後、彼に向かって頭を下げた。
「『オリジン』で助けられなかった事、気がついてやれなかった事を恨んでいるならすまなかった。今更何を言っても言い訳になるが……俺達は本当にお前が転生していると知らなかったんだ」
どうやら、ヴァンダルーの自分に対する態度の原因が前世の因縁に在ると考えたようだ。
「そうだ、まず謝るべきだった」
「本当にすまない。もっと早く気がついていれば、あんな事には成らなかったのに」
「すみません。必死だったので謝罪が遅れました」
「ああ、すまない」
それで気がついたのか、ショウコとテンドウ、それまで様子を見ていたカナコ達まで頭を下げて謝罪の言葉を述べる。
その彼等に、ヴァンダルーはゆるゆると首を横に振った。
「前世の俺の事はどうでもいいです。面倒なので、忘れてください」
そう告げると、頭を下げたアサギ達は頭を上げ、驚いた顔を彼に見せた。
「どうでもいいって、あんなに恨んでたんじゃないのか? 俺達の事を殺してやるって」
思わずそう尋ねるダグから、ヴァンダルーは反射的に視線を逸らした。
「『オリジン』で死んだ直後、ロドコルテの前で喚いた事を言っているのなら本当に忘れてください。
あれは、精神が高ぶって半ば以上正気を失った状態で口走った恨み言なので」
冷静さを取り戻した後改めて考えてみると、最も悪いのはヴァンダルーに何も与えず転生させたロドコルテであって、転生者達では無かったと分かった。
勿論、だからと言って転生者達に対して恨みが無いわけではないが……しかしあれから十年以上経っている。その間様々な出来事があり、ヴァンダルーの立場も大きく変化している。
そのため転生者達が前世の自分を助けず、殺した事はヴァンダルーの中では大きな事では無くなっていた。単に、転生者達を積極的に探し出して殺して回るほど暇では無いという理由が最も強いが。
「そう、だったのか? いや、そう言ってもらえると助かるけど」
似たような事は大分前に【グングニル】の海藤カナタに対しても言ったはずだが、彼等に伝わっていなかったのか、それともカナタを油断させるために言った嘘だと解釈したのか、ダグは驚きと戸惑いが混じった表情で首を傾げる。
「そうなのですよ。あ、もしかしてあなた達に話すと他の転生者にも伝わったりします? もしもし、俺を殺した事やあなた達の存在自体も、どうでもいいとしか思っていませんからねー。態々謝りに来られる方が迷惑ですからねー」
「うお!? 近いっ、近いって!」
『ヴァンダルー、落ち着いて。彼の目はカメラのレンズじゃないわ』
【飛行】で飛んで、他の転生者に伝えるためにダグに迫るヴァンダルーと、間近に迫る死んだ魚のような瞳に怯えて仰け反るダグ、そして諌めるレギオン。一見してコミカルなやり取りだが、それを聞いているカナコやテンドウはとても笑う事は出来なかった。
(存在自体どうでもいいって……許した訳じゃなくて、単に無関心なだけですよね!?)
(好きの反対は無関心って言うが、正にそれだな)
ヴァンダルーの言葉が寛容からでは無く、無関心からだと気がついたからだ。
「アサギ、やっぱり諦めた方がいい。このまま引き上げよう」
テンドウはそうアサギに耳打ちした。しかし、彼はそれで納得するような男では無かった。
「いや、『オリジン』の時とは状況が違う。俺は今度こそあいつを、言葉で止める」
テンドウの忠告に耳を貸さず、アサギはダグとじゃれているように見えるヴァンダルーに話しかけ、強引に説得を再開した。
「ヴァンダルー、聞いてくれ! 状況はお前が考えているよりも悪くなっている! このままだとお前のせいで、この世界が大変な事になる!」
「……まあ、そうでしょうね」
「気がついていたのか!?」
「俺が今まで何をして、何と戦って倒して来たと思っているんですか」
平坦な声からでも感じられるほど、怠そうな様子でヴァンダルーは答えた。
滅ぼされていたタロスヘイムの復興に、この旧スキュラ自治区の占領。そして何より『法命神』アルダの神威で封じられていた『生命と愛の女神』ヴィダの解放。そして『ザッカートの試練』攻略による勇者ザッカートの姓を継承。
倒した相手もアルダ信者のゴルダン高司祭に、アミッド帝国の『邪砕十五剣』を四名。オルバウム選王国側ではハートナー公爵領の騎士団と、サウロン公爵領を取り返そうと戦っていたレジスタンス組織を一つ。
神々ではテーネシアとグーバモンの原種吸血鬼二柱に、『解放の悪神』ラヴォヴィファード。後、名前も知らない神を一柱程食べているらしい。
境界山脈の外部にまで影響が出ているだろう事をざっと上げただけで、この数である。流石のヴァンダルーも、これで大変な事にならないと思う程暢気では無かった。
尤も、アサギ達転生者は全てを知っている訳ではない。ヴィダの復活や『ザッカートの試練』攻略等は、まだ察しているかも怪しい。
「分かっているなら、何で止めない!? このままだと冗談抜きでお前は世界を敵に回す事になる! この世界の神と人々はアンデッドを創り出し操るお前を認めないぞ!」
アサギが危機感を覚え、訴えるのは彼が一年と数か月オルバウム選王国で、この世界の人間社会で過ごした経験から推測した事だ。
この世界で最も多くの人間が信仰する『法命神』アルダを頂点としたアルダ教は勿論、少数派のヴィダ信者達もアンデッドの存在は許容していない。それどころか、私欲からアンデッドを創り出し操り死者を冒涜する行為は、どの神殿でも邪悪な行いだと教えている。
ヴァンダルーの死属性魔術がどれ程有用でも、アンデッドを僕に使っている限り人々は彼を受け入れる事は無い。
そしてこの推測は、意外な事にそう的外れでは無い。アミッド帝国の皇帝マシュクザールも、ヴァンダルーの今後について、近い推測をしているからだ。
アサギの推測はアンデッドに対する人々の心情的な要因に基づいており、マシュクザールの推測はヴァンダルーのこれまでの行動と、人間社会の国々との相性の悪さに基づいているなどの違いはあるが。
「幾らお前が桁外れな魔力を持っていたとしても、世界中を敵に回したら絶対に勝てないぞ! お前が欠片を取り込んでいる魔王だって、それで負けたんだ!」
実際、今のヴァンダルーよりも強大な力を持っていたはずの魔王グドゥラニスは、十一柱の大神の内四柱を滅ぼし、大陸一つを汚染し尽くし、勇者の内四人を砕き、人類を絶滅寸前まで追い込んだが、残った勇者三人に討ちとられたのだ。
「だから、それは分かっています。俺は世界全体を敵に回さないようにしていますよ」
そう言うヴァンダルーがアサギを、話し合いの姿勢が崩れない間は彼を攻撃しないのはそのためだ。
自分と意見が異なる、価値観が違う、宗教や宗派が別。たったそれだけの理由で他者を殺すような危険人物が、もし世界有数の強大な力の持ち主だったら。
世界中の人々は危険人物を排除するために必死になるだろう。
しかし強大な力の持ち主でも、話し合いが成立する相手ならそうはならないはずだ。どうしても分かり合えない者もいるだろうが、それでも争いにまで発展する事は少ない筈だ。
ヴァンダルーはそう考えているのである。……その結果が今の世界情勢なのが、微妙なところだが。
「それじゃあ足りないんだ。死属性は確かに便利かもしれない、『オリジン』では大勢の人がそれで助かった。だが、死人を弄ぶような真似を認める奴は――」
『アサギ君、あなたが思っているより認める人はいるわよ』
しかしレギオンからそれを真っ向から否定する発言がなされた。
「……ヴァンダルーを狂信しているお前達の言葉は信用できない。それにこれは、地球から『転生』してきた者同士の話しだ。悪いが、少し黙って――」
「ちょっと待って!」
アサギが口を挟んだレギオンに黙るように言ったのを、メリッサが遮った。邪魔されて苛立ちを覚えた様子のアサギだったが、続く彼女の言葉でそれどころではなくなった。
「その声、もしかして瞳? 【ゲイザー】の見沼瞳なの!?」
『そうよ、メリッサ。今まで皆に任せて黙っていたけど、私も最初からここにいて話はずっと聞いていたわ。
アサギ君、私も話しに加わって良いわよね。私も『地球』から転生してきたんだし』
そうフードの奥から自分に向けて発せられた言葉に、アサギは驚いた表情のまま「ああ」と頷いた。どうやら彼等は、『第八の導き』のメンバーばかり発言していたので、レギオンの中に瞳が含まれている事に気がつかなかったらしい。
『じゃあ、続けるけれど……アサギ君、ヴァンダルーのしている事を認めている神様も結構いるのよ』
「神様が!? アンデッドを創り操る事をか!?」
『そうよ。有名どころだと、ヴィダとかリクレントとかズルワーンとか……基本的にヴィダの派閥にいる神様は、皆ヴァンダルーの味方だと思って良いわ』
「……大物ばかりだな。でも何でそこまで断言できるんだ? 神様の意思なんて、実際に会いでもしないと分からないだろ」
『私は会っていないけど、ヴァンダルーは会ったのよ。ね?』
「はい、会いました。そして直接質問して確認しました」
瞳とヴァンダルーが境界山脈内部では既に知れ渡っている事実を伝えると、アサギ達は驚きで目を丸くした。
輪廻転生の神であるロドコルテの神域で彼と何度も会って言葉を交わしている彼等だが、それは例外で基本的に神々とは会いたくても会えるものでは無い。そんな認識があったようだ。
そしてその認識は概ね正しい。この世界では『地球』よりも神の存在が近いが、選ばれた聖職者でも神々の声を神託の形で一方的に聞くだけだ。直接会って言葉を交わす機会など、自身が死後御使いや英霊にでも昇華しないかぎりあるものではない。それが常識だ。
だがヴァンダルーはその常識に当てはまらないのだ。
「プルートー達の魂をズルワーンとリクレントがロドコルテに渡さなかった時点で、神様の幾柱かは俺達を認めていると察せられると思うけれど……まあ、ロドコルテが全てを教えるとは限らないだろうから、責めないでおきましょうか。
俺も、神々の事情を全て知っている訳じゃ無いですし」
「いや、でも今まで俺が話を聞いたヴィダ神殿じゃそんな事一言も……」
『この世界でも神様は、全ての神殿の神官と何時でも正確に意思疎通が図れる訳じゃ無いの。ヴィダ神殿が変わるとしても、もう少し時間がかかると思うわ』
「そ、それもそう、なのか?」
『アサギ君……【メイジマッシャー】、これでヴァンダルーが世界全てを敵に回す事は無いって分かってくれた? 信じられないならそれで構わないけど』
そう言われたアサギは、正直に言えば半信半疑だった。出来ればどのような経緯で神々に会い、そして具体的にどんな話をしたのか聞きたかったが……。
「あたし達は信じます! っと、言う訳で改めて亡命をお願いしたいんですが」
「亡命と言うか、この場合移住ですよね。それには一つ提案があるのですが、聞いてもらえます?」
だが、カナコ達は少しでも隙があると割って入って話を変えようとし、しかもヴァンダルーまで彼女達に対応しようするため、詳しく話を聞きだす余裕は無かった。
「分かった、とりあえず信じる。だが、神だって判断を間違う事もある。このまま世界にとって異物である死属性の魔力を使い続けたら、取り返しがつかない事が起こるかもしれない。
あまみ……ヴァンダルー、お前だってアンデッドだけの王国で世界を征服しようとか、そんな事は考えてないんだろ?」
「はあ、それは勿論そうですけど」
ヴァンダルーはそう答えながら、アサギが何故死属性を無くすことに拘るのか考えていた。
そして推測した結果、彼の中の常識と宗教観がアンデッドの存在を認める事が出来ず、それが死属性への嫌悪に繋がっているのではないか。そして嫌悪から、死属性を大量殺戮兵器のような危険なものと同一視しているからではないかと思った。
(だとしたら、厄介だな。前半はどうしようもない話だし、後半も間違っている訳じゃ無い。ただ、俺の魔力の量なら、使える魔術が死属性以外の属性だったとしても、危険度は変わらなかったと思うけど)
今のヴァンダルーの魔力は五十億を超える。これだけあれば火属性なら地上に小さな太陽を創る事が出来ただろうし、水なら南国を氷原で覆い、風属性なら雷で空を満たし、土属性なら地殻変動を起こす事も可能だっただろう。光や生命だったとしても、危険度は同じようなものだったはずだ。
そして無属性の魔術でも空間を穿つ事が出来る。
つまりアサギの危惧は、ヴァンダルーが死属性魔術を使うのを止めても消えないのだ。
(説明しても理解してくれるか怪しいので、しませんけど。後、アンデッドの交配実験の事は黙っておこう)
「言っておきますが、死属性の魔術を使うのを止めろと言うのは無理です。俺個人だけではなく、俺が治める国に破綻しろと言うのと一緒ですから」
タロスヘイムのインフラや様々な産業は、ヴァンダルーの死属性魔術に頼っている。
タロスヘイムを守る城壁や建築物、そして工場で動いているのは全てゴーレムだ。城壁で外敵に備えているクロスボウはカースウェポン化している。
倉庫の食料が腐らず鮮度を維持しているのも、様々な発酵食品を製造しているのも、衛生状態を維持するための消毒液を作っているのも、街灯代わりの鬼火も、全て死属性の魔力で動くマジックアイテムだ。
それらが全て動かなくなれば、国家運営に大きな支障が出る。特にグールの場合、生殖能力と胎児の生存率を向上させるマジックアイテムが機能を停止すれば、種族を維持する事がまた難しくなってしまう。
アサギが要求している中に既存のアンデッドの排除も含まれている場合は、人口まで激減してしまう。
そんな事を要求されても応えられるはずが無く、どうしてもと迫られれば戦争か殺し合いに発展するしかない。
「そもそも、死属性を止めろと言いますが、具体的にどうしろと?」
魔術を使わないだけなら簡単だが、属性の適性は生理運動と同じだ。ヴァンダルーにとってアサギの要求は、永遠に汗をかくなと言っているのに等しい。実現はとても不可能だ。
「幾つか方法がある。まず、疑似的に死ぬ……仮死状態になってロドコルテの神域に行って他の属性の素質を――」
「あ、ロドコルテが関わる方法以外でお願いします」
「……やっぱりダメか」
アサギは前もってロドコルテから幾つか聞きだしていた、ヴァンダルーから死属性を封じる方法を説明しようとしたが、ヴァンダルーに拒否されてしまった。
似た名前の他人と間違える。そんなミスを犯したロドコルテを、ヴァンダルーが信用できるはずはない。そもそも自分を殺そうとしている神を警戒するのは、当然だろう。
「なら……今は仕方ないな」
アサギはそんなヴァンダルーを、この世界に転生した当初はロドコルテをもう一度だけ信じるよう説得するつもりだった。しかし、亜乱達からカナコの情報を聞いた時に教えられていたのだ。『ロドコルテを、絶対に信用するな』と、何度も。
ロドコルテがヴァンダルーを警戒するあまりに、『ラムダ』や『オリジン』を含めた複数の世界を輪廻転生を運行するシステムから切り離そうとした一件。
その詳細は輪廻転生に関わる事であったため、亜乱達は既に転生して『ラムダ』の人間と成っているアサギ達に伝える事は出来なかった。
だが、それまでは口にした約束は守って来たロドコルテが本格的に信用できなくなった事だけは教えようとしたのだ。
その亜乱達の忠告と、瞳からの情報。この二つからアサギは自分の考えを強行する意思を失っていたのだ。
(テンドウの言う通り、ここは引き下がった方が良いな。この世界の事をもっと調べて、ロドコルテの力を借りない死属性の封印方法を探して、それから改めて説得しないと良い返事は貰えそうにない)
ただ、死属性は存在してはならないという認識と、ヴァンダルーを説得すると言う目的を変化させてはいなかったが。
そんなアサギの胸の内を見抜けないヴァンダルーは、彼があっさり引き下がった事に首を傾げたが、何も言わなかった。
「だが、忠告はさせて貰う。ヴァンダルー、こいつ等を仲間にするのは止めておいた方が良い、俺達『ブレイバーズ』は勿論、プルートー達『第八の導き』も裏切った奴等だ。きっとお前の事も裏切るぞ」
「なっ!? 今度はこっちの事に口出しですか!?」
「テメェっ、自分が上手くいかなかったからってこっちの邪魔をする気かよ!」
いきなり矛先を向けられたカナコ達は反射的に言い返す。
『他人の足を引っ張ろうとするのは、みっともないわよ』
『大人としてどうなのかと思う』
「そうだそうだー」
そして、何とプルートーと瞳、そしてヴァンダルーもカナコ達の尻馬に乗った。
まさか裏切られた張本人であるレギオン達がそう出るとは思わなかったのか、アサギは勿論カナコ達も驚いて動きが止まる。
「ちょっと待ってくれ、何であんた達がそっちに着くの? そいつらにプルートーは裏切られたし、瞳は利用されたし、ヴァンダルーはどうでもいいって言っていたじゃないか」
口が動かないアサギの代わりにショウコがそう尋ねると、レギオン達は順々に答えた。
『確かに形としては、私達『第八の導き』は彼女達に裏切られたけど……別に恨んでないのよね』
『元々ムラカミやカナコ達が我々を裏切る事は知っていたからな! 結果その通りになっただけだぞ!』
『寧ろ、あんた達を誘き出して殺すのにとても有用だったからねぇ。感謝しても良いぐらいさ』
『プルートー達の死体を持って行かれたのは悔しいけど、恨むって感じじゃないな。僕達が皆死んだ後の話だし』
『グウ゛ルゥルルル』
「ええぇ? 恨まれないのは好都合ですけど意外過ぎて戸惑うんですけど?」
カナコがそう口に出すくらい、レギオン達は彼女達に対する恨み辛みは無かった。
『戸惑われても困るけど……前世でのあたし達の最終的な目的って、『手の込んだ自殺』だったからさ。出来るだけ心残りが無いように舞台を整えて、好きなだけ暴れて、あの世でまた会おうって。だから手伝ってくれたカナコやムラカミに恨みは無いのさ』
バーバヤガーの声でされる説明である程度理解できたのか、メリッサは「なるほど」と頷いた。
しかし、それなら何故『ブレイバーズ』だった自分達への対応に険があるのか。そんな疑問がテンドウの顔に浮かんだのに、瞳は気がついた。
『それとショウコ……【イフリータ】、【千里眼】、私の未来を見る【ゲイザー】の力を利用したのは『ブレイバーズ』も同じだから。その後ドラッグに手を出したのは、私自身が弱かったせいだけど。
カナコ達がそんな私を病室から連れ出してくれたお蔭で、プルートーの治療も受けられたし、ジャックにも会えたわ』
『だから瞳ちゃんとジャックには、ムラカミやカナコはキューピッドなんだよ。まあ、ヴァンダルーを殺そうとするなら許さないけどね!』
レギオンのカナコ達に対する好感度の微妙な高さは、そうした瞳とジャックの心理が関係しているからのようだ。
因みにヴァンダルーの態度はレギオン達に影響されているのと、アサギが『地球』の頃から苦手なだけだ。
『それに、殺し合った理由が違う。こいつ等は欲からあたし等を利用して殺そうとしたけど、あんた達は正義だとかそんなもんからだろ?
欲なら利害が一致する事もあるだろうけど、あんたの正義はあたし等の正義と一致しないだろうからね』
バーバヤガーの声でそう説明されると、アサギは肩を落として息を吐いた。
「……出来れば、二度もお前達と殺し合いはしたく無いしな。分かった、これ以上は口出しせずに引く事にする。
またな、ヴァンダルー」
そう一方的に言うと、アサギは身を翻して歩き去る。
「【デスサイズ】がお前を殺そうとしたあの時、俺はあいつらに利用されただけで加担する意思はなかった。信じてもらえるかはわからないが……。
アサギについては、出来るだけあんた達に関わらないよう説得してみるから、今は見逃してくれ。」
別れ際、テンドウはそう言ってから、ショウコは無言のままついて行った。
暗くなってきた山道を遠ざかっていく三人は気がついていないだろうが、その背後をスレイガー達が尾行している。
そしてしばらくたった後、ヴァンダルーは呟いた。
「あいつ、『またな』って言いましたよね? ……今からでも始末しちゃダメですかね?」
『それをやると、これから転生してくる『ブレイバーズ』の危機感を煽って団結して立ち向かってくる流れを促すだけじゃないかな?』
チート能力を持つ転生者達は、一人や数人までなら兎も角、訓練された部隊を構成されると非常に厄介だ。今アサギ一人を倒しても、それで残りの数十人が対ヴァンダルーの為に個人の心情を超えて団結されるのは避けたい。
出来れば、『オリジン』で揉めて分裂したままの状態を維持してくれるのが、最も都合が良い。
「そうですね……じゃあ、移住の話に戻りますけど」
閻魔の言葉に同意したヴァンダルーが視線をカナコに向けると、彼女は勢いよく手を上げた。
「その事で、是非提案したい事があります! 何故かは私にもわかりませんけど!」
「何でしょう?」
「あたし達をヴィダの新種族、吸血鬼とかにすると良いと思います!」
唐突なカナコの提案に、目を瞬かせるヴァンダルー。
「聞いていないわよ、カナコ!?」
「おい、どう言う事だ!?」
そしてメリッサとダグの二人も、この提案について何も知らなかったのか、慌ててカナコを問い詰めた。
「言っていませんでしたからね。ただ、この提案を受け入れてもらえると、あたし達は信用されやすくなる気がするんですよ。
詳しい訳は忘れましたけどね」
そう悪びれた様子も無く二人に、説明とも言えない説明を口にするカナコ。
「驚きました。実は、俺達は同じ事をあなた達に提案し、それを移住の条件にするつもりでした。吸血鬼じゃなくても構いませんけどね」
『話がスムーズで助かるわ』
そしてヴァンダルー達の言葉を聞いて、再びメリッサとダグは驚くのだった。
すみません、次話の投稿を八日後の四月十八日に遅らせていただきます。何度も遅らせてしまい、申し訳ありません。