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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第一章 ミルグ盾国編
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二十一話 無様にして滑稽な大将戦

 馬鹿で愚かで未熟な息子共の断末魔の叫びを聞くまで、ブゴガンは戦支度を終えていたが自身の玉座に腰を下ろしたままだった。

 何故なら彼は君臨する王だったからだ。戦場で働くのは王ではなく、手柄が欲しい息子共と配下、そして奴隷共の仕事だ。


 だからブゴガンは玉座に座り、不甲斐無い配下共を叱責し息子共にさっさと出撃するようにと命じるだけだった。

 そして玉座の間に配下も奴隷も居なくなり、息子共の全滅に気が付いた。

 その瞬間、ブゴガンの怒りは限界を超えた。


「ブガアアアアアアアアアア!」

 自慢の魔剣を抜き、玉座から立ち上がって走り出すと、そのまま他のオークの住まいよりは手間がかかっているがやはり粗末な家の壁を破壊した。

 砕け散る木片を弾き飛ばし、再び怒号を上げる。しかし、怒りは全く収まらない。


 馬鹿なオーク共をここまで増やすのにどれ程苦労したか。

 馬鹿で愚かで未熟だったとはいえ、息子共を作るのにどれ程時間がかかった事か。

 奴隷、女、武器、防具、あれやこれやを揃えるのだって楽では無かった。


 その苦労が一晩で無に帰そうとしている。

 とても我慢ならなかった。


 襲撃してきたグール共め! 男は皆殺しにし、女は残らず捕え奴らが殺した数だけオークを産ませてやる!


 そう怒り狂うブゴガンの視界に、恐ろしい勢いで飛んでくる何かが映った。

 しかし、ブゴガンはそれが自分の十メートル程前で止まるまで風景の一部としか認識しなかった。

 そしてその姿を確かに視認した今でも、こいつは何なのかと怒りも忘れて困惑した。


 伸ばし放題の髪も肌も白い、血の色の右目と紫紺の左目をした人種の子供に見える。一瞬、白いグールの幼い雌かと思ったが、髪の間から僅かに見える耳は尖っている。エルフの血が混じっているのか?


 そんな姿形よりブゴガンを困惑させたのは、その子供から何も感じなかった事だ。

 気配も、音も、臭いも、殺気も敵意も怯えも、何も感じない。

 これは幻覚ですと説明されたら、信じてしまいそうな程何も感じない。瞼を閉じたら、そのまま消えてなくなるのではないかとすら思える。


 そしてそれは宙に浮いたまま、戸惑うブゴガンの前に立ちはだかるように両腕を広げると、黒い魔力を纏った。

 ようやくブゴガンは気が付いた。これは敵だと。




 ノーブルオーク、ブゴガン。グールキング、ヴァンダルー。二人の開戦の様子は、酷く間の抜けたものだった。

 最初にヴァンダルーが黒い死属性の魔力を纏い、【停撃の結界】と【吸魔の結界】を発動させるまで、ブゴガンはぼんやりと彼を眺めていただけだったのだから。


「フゴ!」

 術が発動すると、ブゴガンは短く呪文を唱えた。するとヴァンダルーの下から土の槍が突然生えた。そのまま足から串刺しにしようとするが、穂先が【停撃の結界】に触れた途端ただの脆い土に戻ってしまう。

 【停撃の結界】と【吸魔の結界】は、あわせて使えば結界の外部からの攻撃からあらゆる力を奪う。電撃からは電気エネルギーを、炎からは熱エネルギーを、そして魔術からは魔力を奪う。


 ブゴガンの魔術も、あっさりと無効化されてしまった。

「ブフ、ブガァ!」

 それで結界の効果について悟ったのだろう。魔術よりは肉弾戦の方が効果ありと見て、ブゴガンは魔剣を構えた。


「ブガガ!」

 そして、次の瞬間にはヴァンダルーを間合いに納めていた。三メートルの横にも縦にも巨大な体からは想像できないスピードで、魔剣を振り下ろす。

 岩でも紙のように両断しそうな一撃は、だが【停撃の結界】に阻まれヴァンダルーに爪の先程の傷もつけられなかった。ブゴガンの思惑に反して、【停撃の結界】は魔力だけでは無く物体に込められた運動エネルギーまで吸収してしまうのだ。


 運動エネルギーとは、物体が動くための力だ。十キログラムのダンベルを動かすには、十キログラムのエネルギーが必要になる。その力も【停撃の結界】は吸収できるため、ブゴガンの魔剣は結界の内側に在るヴァンダルーに届く事は無い。

 柔らかい壁に阻まれたような妙な手応えに、ブゴガンは顔を歪める。


 顔の手前で止まった魔剣の向こうのブゴガンを、全く表情を動かさないまま見ながらヴァンダルーは思った。

(やばい、死ぬ)

 見た目にはヴァンダルーは鉄壁の守りに包まれているように見える。しかし、その鉄壁は何時までも持つわけではない。


(今の、武技も使っていない小手調べ程度の一撃を防ぐために魔力が五千は持って行かれた)

 ヴァンダルーの魔力は戦いが始まってから乱発しているため、既に五割を切っている。それでも五千万以上あるのだが……武技を使ったブゴガンの攻撃を一回防ぐのに数万……最悪数百万の魔力を持って行かれるかもしれない。


 勿論武技は使い手の魔力を消費するため無限に放てるものではない。しかしブゴガンは魔術も使えるので、奴の息子達よりずっと魔力量が多いはず。そしてスタミナはそれ以上だろう。

 魔力が切れ、結界が消えたらヴァンダルーにブゴガンの攻撃から逃れる術は無い。


(俺は弱いから)

 お前は強いか? そう聞かれたらヴァンダルーは「いいえ、弱いです」と答える。

 自分しか使えない死属性魔術が使える。

 一億を超える魔力を持っている。

 ダンピールだから二歳にして成人男性を超える身体能力を持っている。


 でも弱いのだ。


 このラムダ世界に存在する全ての者を強いか弱いかで分けた場合、間違いなくヴァンダルーは弱い方に分類される。

 死属性魔術は他の属性魔術と比べてとても限定的で、出来る事が限られる。【炎槍】や【土斧】、【空撃】のような直接相手にダメージを与える魔術が殆ど無い。防御は見ての通りだが、攻撃に転じられないのではいつか負ける。


 そして魔力が一億あろうが二億あろうが、生命力が無くなれば死ぬ。


 平均的な成人男性を超える程度しかない身体能力が、目の前の竜種に匹敵する化け物にどれほども通用する訳がない。


 だから弱いのだ。

 どんな状況でも通じる、不変の強さをヴァンダルーは持っていない。


 しかしだから諦めて死ぬという選択肢も無い。

「起きろ」

 まず、ブゴガンの足元の地面をゴーレムにして、足場を崩そうと試みた。動きを封じてバスディア達が来たら遠距離から延々死ぬまで攻撃してもらう作戦だ。


「ブッ!」

 しかし、ブゴガンは動き始めたアースゴーレム達をあっさりと踏み潰した。格闘術の武技、【蹴打】を込めた踏みつけで、一度に複数のゴーレムを砕いたのだ。

 時間稼ぎにしても、数万の魔力を使って数秒しか稼げないとは予想外だ。


 次にヴァンダルーが放ったのは、無属性魔術の【魔力弾】だ。これは魔力を球状に固め対象にぶつけるというシンプルで、しかし無属性であるためどんな敵にも確実にある程度の効果を期待できる術だ。

 魔力を一万程つぎ込んだ自分の身長程の【魔力弾】を狙いとタイミングをずらして連発し、そして止めに十万の魔力をつぎ込んだ特大の【魔力弾】を放つ。

 当たれば、幾らブゴガンが巨大とはいえ集落の端まで吹っ飛ばせるだろう。


 しかしそれをブゴガンは全て魔剣を使って防ぎきってみせた。

「ブオオオオオオオオオオオオオオ!」

 凄まじい速さで魔剣を操り、全ての【魔力弾】を弾いている。反応速度を上げる武技【即応】の更に上位の【超即応】、そして剣で魔術を弾くための防御用武技【魔弾撃】の連続使用を、魔剣の刃に魔力を通して強化しながら行う。


 一流を超える腕前の剣士でも難しい事をやってのける姿に、ヴァンダルーは驚愕を覚えた。あの息子(ブボービオ)の父親の癖に、何故ここまで強いのかと。


 弾かれた【魔力弾】は込められた魔力に比べて【魔術制御】スキルのレベルが低いので、すぐに魔力が拡散してしまうため、周りの地形が変わるような事は無い。何故かブゴガンが出て来た家から【生命感知】の術に動かない反応があるため、元々射線を考えて撃ってはいたのだが。


「ブオワ!!」

 全ての【魔力弾】を弾くと、ブゴガンは勢いそのままにぶおんと魔剣を振りかぶり、武技【十文字斬り】を発動。ゴボンと【停撃の結界】が奇妙な音を立てた。


 魔剣に込められた破壊力をすぐには吸収しきれず、結界の半ばまで斬り込まれたのだ。

(これは気を抜けないな)

 今ので決着を付けるつもりだったらしいブゴガンの目が見開かれているのを見ながら、ヴァンダルーは【停撃の結界】に魔力を注ぎ修復し、更に強化する。


 今の【十文字斬り】で、並の騎士や冒険者なら身体を四つに切り分けられて死んでいる。しかも【十文字斬り】は先程使った【超即応】より必要スキルレベルの低い武技だ。ブゴガンは、まだまだ威力の高い武技が使える。

(いきなり本気を出されたら死んでいたかも)

 ほぼ全ての攻撃から身を守ってくれる【停撃の結界】だが、破る方法はある。結界が吸収しきれない大エネルギーを一点に叩きこみ、一撃で術者を倒すという物語で主人公が敵役に対して行うゴリ押しだ。


 そういうよく在る展開は地球で生きていた時から大好きだが、問題はされる側なのが自分で、ブゴガンにはそれが可能かもしれないという点である。

 こんな所で、母の敵討ちも復活も果たさずノーブルオークの野望の礎になるなんて、真っ平だ。


 何とか殺す手段を考えなくてはならない。ならばと、ヴァンダルーはブゴガンの背後にレムルースを配置する。

 そして殺気を放たせるのに一瞬遅らせて【魔力弾】を放つ。


「ブギィッ!?」

 レムルースが弾け、ブゴガンの背後に強烈な殺気が発生する。それはたとえ目の前に敵がいたとしても無視できるものでは無い。殺気に敏感で、戦士として優秀であればある程体が勝手に反応してしまう。

 そこを【魔力弾】でハチの巣にするという単純で、効果的な作戦の筈だったのだが……。


 ブゴガンは再び【超即応】を使用して反応速度を上昇、更に柔軟にして強靭な上半身をフル活用して変幻自在の攻撃を行う武技、【剣舞】でレムルースが殺気を放った背後と、正面から迫る【魔力弾】の両方に攻撃を行う。

「ブガガガガガガガガガ!」

 月明かりを反射して煌めく魔剣が、四方八方に閃き黒い球体を切り裂く様は美しいといえた。事実、ヴァンダルーの目には星が煌めいているようにしか見えなかった。


 そして死の予感。咄嗟に【停撃の結界】を厚くする。

「ガガア!」

 そしてブゴガンはそのまま魔剣の切っ先をヴァンダルーに向け、【貫通突き】を放つ。後数ミリで冷たい剣が触れるところだった。【危険感知:死】が無ければ、ヴァンダルーには反応できない速さだった。

 まさかレムルースの殺気と【魔力弾】に対処した上更に攻撃まで仕掛けて来るとは、ブゴガンの戦闘能力はヴァンダルーの予想を超えている。


(こうなると、俺に出来る殺害手段は――)

 空気中に【業病】で作った病原菌をばら撒く? 却下。病気に感染して発病するまでには時間がかかる。その前にヴァンダルーの魔力が切れる。


 【猛毒】で毒を作り、盛る? どうやって? 何らかの方法で傷つけて傷口に塗るのが一番簡単だが、そもそも傷つけるのが難しい。


 ゴーレムで攪乱? やってみよう。


 舌打ちして魔剣を引き戻すブゴガンが再び攻撃を仕掛けて来る前に、ヴァンダルーは【飛行】を駆使して後ろに下がりながら、「起きろ」と呟いた。

『オオオオオオオオオン!』

『ギシイィィィィィィィィィ!』

 背後からアースゴーレムが、周囲に散乱した瓦礫からウッドゴーレムが、ついでに近くに落ちていたゴブリンやコボルトの死体で作ったリビングデッドが動き出した。


 そして同時にブゴガンの足元の地面もアースゴーレムにして足場を崩そうと試み、更に【魔力弾】とレムルースの殺気も放つ。

「ブガアァ!!」

 そんなヴァンダルーをブゴガンは追ってくる。

 【剣舞】でゴーレムも【魔力弾】も切り裂いて、足元のゴーレムを【蹴打】で踏み潰しながら。


 ブゴガンは【蹴打】を一歩踏み出す度に放っている。地面を崩される事を警戒しているのだろうが、ブゴガンが地面を踏みつける度にズドンズドンと地面が本当に揺れる。


 これはどちらが先に体力と魔力を使い果たすかの勝負になるかとヴァンダルーが思った時、「撃て!」『坊ちゃん!』と仲間達の声が聞こえた。

 途端ブゴガンに殺到する矢や槍、毒のブレス、霊体の羽、炎や石の矢、氷や風の塊。

 ザディリス達が来てくれたようだ。


「ガアアアアア!」

 豪奢な鎧や強靭な筋肉、そして魔剣を使ってブゴガンはザディリス達の援護攻撃を弾く。なんと毒のブレスや魔術まで魔剣で斬り散らし、無傷ではないが掠り傷程度のダメージしか負っていない。


(拙い……拙い状況だ)

 決定打を与える方法が無いまま、皆が集まってきてしまった。ブゴガンは何故かヴァンダルーを殺す事に拘っているが、逃げに転じたら追えるか? いや、最悪なのはブゴガンがヴァンダルー以外に狙いを変える事だ。

 狙われた者は、まず生き残る事は出来ない。


(皆が殺されるのはダメだ)

 ダルシアのように霊として地上にとどめる事は出来るかもしれない。サム達アンデッドも、魂さえ無事なら容れ物を修理すれば大丈夫かもしれない。

 しかし、あの魔剣に霊体を傷つける機能があればどうだろうか?


 それはダメだ、絶対にダメだ。とても許容できない、許せない。

 その前にこいつを殺さなくてはならない。

 だが、どうやって殺す? どうすればこいつの異常な守りを突破して、致命的な傷を負わせられる?


 頭から湯気が出るほど思考していると、はっと気が付いた。ブゴガンが回避も防御もしない、そんな方法を思いついた。

 簡単な事だった。特別な事では無い。

 自分が致命傷を負えば、それで良かったのだ。


 意図的に薄くした【停撃の結界】を破って、ブゴガンの魔剣がヴァンダルーの胴体を袈裟懸けに切り裂いた。




 ヴァンダルーは気が付いていなかったが、一見攻め続けているブゴガンにも余裕は無かった。寧ろ、ブゴガンの主観では追い詰められていたのは、彼の方だった。


 目の前にいるのは正体不明の敵で気配が全く無く、しかも殺気を放たずに致命的な一撃を連続で放ってくる。

 ヴァンダルーが気軽に放つ【魔力弾】に込められた魔力は、最低でも一流の魔術師が全身全霊をかけて放つ魔術に等しい。魔力のコントロールが甘いせいで威力が落ちているが、それでも直撃すればブゴガンの骨を砕き内臓を幾つか破裂させるぐらいの威力がある。


 実際、魔剣で弾く度にブゴガンの腕には受け流しきれない衝撃が伝わり、無視できない負荷が手首にかかっている。それに後どれくらい耐え続ける事が出来るか。


 しかも姿が見えないが強烈な殺気を放つ正体不明の敵に、突然動き出す地面や瓦礫、アンデッド化する死体。魔術で対処しようにも、自分の身を覆うこの妙な黒い何かのせいで魔力を体外に出す事が出来ず術が使えない。

 仕方なく武技を連発して魔力と体力、そして何よりも気力と精神力を振り絞って対処しながら攻撃しているところに、敵の増援だ。

 ふざけるなと叫びたくなるほど希望の見えない状況。


 勿論ヴァンダルー以外の敵を狙う事や、逃げに転じるのは論外だ。

 目の前の敵を視界から外したら、あの【魔力弾】をどうやって防げというのだ。視覚に収めていても見失いかねない、この気配を完全に殺している敵から。

 背中を向けたら最後、【魔力弾】の直撃を喰らって死ぬ。


 ブゴガンが何より恐ろしく思ったのは、ヴァンダルーの『表情』だった。じっと、自分を見つめる瞳。それはとても無機質で、何の感情も浮かんでいない。

 疲労も、恐怖も、焦りも、何も無い。


 そのヴァンダルーの様子を、ブゴガンは余裕だと解釈していた。こいつはあと一時間でも一日でも、戦いを続ける事が出来るのではないか、今のまま有効打を打てずにいれば自分は力尽き、殺されるのではないか。

 敗北と死がブゴガンの目には見えていた。


「ブガアアア!」

 自分だけが一方的に追い詰められていると思い込んだブゴガンは、生き残るには何とかヴァンダルーを殺しその後残っている体力でグール達を蹴散らして逃走するしかないと思った。


 そして何度目かの一撃が、ヴァンダルーの身体に届いた。胴体を両断する程深くは無かったが、手応えで肋骨や胸骨を断ち内臓に刃が届いている事を確信したブゴガンは、思わず口の端を釣り上げる。

「ヴァン!?」

「坊やっ!」

 グール達の悲鳴を聞きながら、ブゴガンは自分の勝利を確信した。


 大分体力も魔力も消費したが、まだ四分の一は残っている。格下どもを蹴散らすのには十分だ。出来れば皆殺しにしてやりたいが、それは後だ。自分が生き残る事さえできれば、また王国を築く事が出来る。配下と奴隷を集め、息子を作り、今度こそ最強の王国をつくるのだ。


 顔に飛び散った、存外温かい返り血をぺろりと舐めて……ガクンとブゴガンは膝を突いた。




(上手くいった。いい具合に血が飛び散ってくれて助かった)

 地面に落ちたヴァンダルーは、肺が斬られて呼吸できないため黙ったまま傷を治しながら膝を突いたブゴガンを眺めていた。

 斬られた瞬間心臓や脊椎を【霊体化】で霊体にして、背中から逃がしたため手足は動く。出血量が多いのでやや厳しいが、窒息しない内は死なない。


 傷口を治すための無属性魔術の【治癒力強化】に魔力を数十万つぎ込み、肺を最優先に修復。ブゴガンの得物が切れ味の鋭い魔剣で本当に良かった。切り口が綺麗なお蔭で傷を楽に修復できる。

「ゴフッ!」

「坊や、動くなっ! いま手当てする!」

「ウオオオオ! この豚が、ヴァンダルーの仇だ!」


『待って、気管に入った血を吐いただけだから。後数分で呼吸できるようになるから。あとヴィガロ、俺は死んでない』

『坊ちゃん、思念での会話は私たちにしか届きませんよ』

『それは知ってるけど』

「サムっ、ヴァンはなんて言っているんだ!?」


『あー、皆さん大丈夫です。坊ちゃんの傷はもう少しで治ります』


 ヴァンダルーが実行した作戦は、自力で何とか治せる程度に深い傷を負い、その傷口から噴き出る大量の血液を【猛毒】で毒物と化し、ブゴガンにかけるという策だった。


 ブゴガンも敵の返り血が毒になっているとは思わず、皮膚から浸透する強力な毒と化しているヴァンダルーの血液を顔面に浴び、更にはベロリと舌で舐め取って飲んでしまった。

 手足の痙攣、意識障害、視界の混濁、止めに心臓発作。これでもかと強力にした毒の血液の効果で、ブゴガンは魔剣を持っている事すらできず、膝を突いたまま立ち上がれず、ついには倒れる。


『まずはあのノーブルオークに止めを。後、坊ちゃんの血に触れないよう気を付けて――』

「がはぁぁぁ……」

「ヴィガローっ!?」

『む、毒が効かない我々がするべきでした。では、僭越ながら』


 サムが倒れ伏したブゴガンの首をゴリっと車輪で轢く。こうして野望に身を焦がしたノーブルオーク、ブゴガンは名誉も誇りも無い最期を遂げたのだった。


 グールキングとノーブルオークのお互いにお互いを過大評価し合った戦いは、こうして無様に終わったのだった。




 終わったのだったが、まだ仕事は残っていた。

「そういえば、戦争は終わった後の方が大変だと誰かが言っていました」

 いわゆる終戦処理である。


 最初にしたのは勿論ヴィガロに【無毒化】の術をかけて毒を消す事だったが。

 大量の血の匂いに誘われた魔物が集落跡に入って来ないように、比較的体力が残っているグールが見張りを担当。女グール達を中心に、囚われていた女グール達のケア。

 更に無事な建物の中を探索して残党がいないか調べる。そして今夜寝る寝床の準備。

 目が回るような忙しさだ。


 骨鳥をグールの集落へ伝令に出したヴァンダルーだって、体力も魔力も残り二割程だったが休んでいない。

「まったりとコクがあり、それでいて何時までも喉に絡みつくような後味のしつこい味でした」

 幸い、食料は新鮮な物が幾らでも転がっている。血抜きのついでにオークの血を飲んで体力と魔力を回復させて、動いていた。


 ヴァンダルーも明日には、破壊されただの木に戻って転がっているエント製の外壁を再度ゴーレムにする仕事が待っている。……それよりもキツイ事も待っていたが。


「坊や……今は忙しいから後回しじゃが、言いたい事がある」

「私もだ」

『恐らく、ダルシア様からもお話があるかと。今回の事を黙っている事は、流石に出来ませんので』


「……はい」

 肉も臓腑も骨も切らせて相手に毒を盛る作戦を実行した事は、結果的に成功したもののザディリス達を怒らせてしまったのだった。

『正直、怒られるのは怖いから嫌いなんだけど……』

 そう思いながらも、ヴィガロは作戦を知っても怒るどころか「ヴァンダルーは勇気があるな、それでこそ男だ」と褒めてくれたので、まだマシかもしれないと自分を慰める。


「ヴァンダルー、説教は明日にするとして人間の女達はどうすればいいか相談したいのじゃが」

「口止めした後町の近くで解放して終わり……には出来ない状態なんですね」

「ふーむ……町の近くで解放しても、そのままそこで死ぬまで座り込んでいそうな状態じゃ」

「なるほど」


 悪い魔物を倒したら、誰も彼もが幸せになってハッピーエンドとは行かないようだ。




・名前:ブゴガン

・ランク:7

・種族:ノーブルオークリーダー

・レベル:100


・パッシブスキル

怪力:4Lv

精力絶倫:3Lv

下位種族支配:3Lv


・アクティブスキル

剣術:6Lv

格闘術:4Lv

鎧術:5Lv

土属性魔術:4Lv

火属性魔術:3Lv

無属性魔術:2Lv

魔術制御:3Lv

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 一億の魔力がある設定ってなんか意味ある? 圧倒的な強みとして設定されているのに度々魔力切れ起こしてるので、余計滑稽さを煽る結果になってる それに過剰な魔力消費の原因は詠唱が出来なか…
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