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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第八章 ザッカートの試練攻略編
213/514

百七十五話 幻でも許せないものがある

 中層の氷原や雪山の階層程寒くは無い、しかし氷が溶けない程度には冷えている冬国の薄曇りの階層。

 その八十五層にたどり着いたヴァンダルー達は入り口近くに佇む数十本の氷の柱を目にした。

『坊ちゃん、これが氷像の方だと思われます』

 サムが指し示した氷の柱をよくみると、柱では無く氷に覆われた人間だった。


 境界山脈内部の挑戦者が見たと言う、境界山脈外部の挑戦者の成れの果ては石像と氷像の二種類があった。この氷の柱の中で氷漬けにされているのが氷像の方だろう。

「そうですね。確か、目撃した人はグファドガーンが試練の警告、若しくはヒントの為に創った趣味の悪いオブジェだろうと考えたのでしたか」


 そう言いながら氷像の一つに近づき、氷を透かして見ると石像と同じように装備品の類は殆ど無い、下着姿同然の格好をしている。

 しかし石像と違って髪や瞳、肌の色は確認できる。


『でも、やっぱりここで凍死した訳では無いみたいですよ』

『こっちは火傷の痕がありますし、そっちは一見無傷のようですが首が切断されています』

 リタとサリアの言う通り、詳しく観察すると氷に覆われた死体にはこの階層で負ったとは思えない致命傷の痕があった。

 中には全身がバラバラに切断された後、それをパズルのように組み合わせてから氷で覆ったと思われる氷像もある。


 手の込んだ事である。どうやら、試練に関する警告かヒントだろうという推測は間違っていないようだ。


「記録によれば、この階層の試練は通称『誘惑の試練』でしたね」

 挑戦者がある程度進むと視界が霧に包まれ、背後から様々な幻聴が聞こえるという試練だ。ダンジョンの外にいるはずの親しい者や、既に死んでいるはずの家族等の声で、要約すると「そっちは危険だ」とか「戻っておいで」と話しかけられるのだ。


「そして、今までこの試練に挑む事が出来た境界山脈内部の挑戦者は二組。ですが突破した挑戦者は一人もいません」

 ゴドウィンを含めた挑戦者達から聞いた情報を纏めた書類を仕舞いながら、イリスはそう告げた。百年間、毎年挑戦し続けたが、到達できたのはこの階層までだった。


「どんな状態で敗退したのかは記録されているの?」

「二組とも誘惑に負けないように前に進んだそうですが……落とし穴の罠にかかったり、霧に紛れて近づいてきた魔物の不意打ちを受けたりしたそうです」

『なるほど、誘惑に抵抗するだけでは試練を突破できないのか』


 エレオノーラとアイラがイリスから聞いた情報から、この試練の悪辣さを推測して顔を顰めた。

「この八十五層に到達するまでにヴァンダルー様でも二カ月以上がかかっている。他の挑戦者なら三カ月以上かかってもおかしく……いいえ、かかるのが普通でしょうね。積み重なった肉体的、精神的疲労は小さくは無い筈よ。

 そこに親しい者からの誘惑……幻聴と分かりきっていても、簡単には振り切る事は出来ないでしょうね」


『しかも、誘惑を振り切っても霧に隠された罠や伏兵が待っている……事前の情報無しで試練に打ち勝てるのは【危険感知:死】の魔術を持つヴァンダルー様ぐらいだろう』

 精神力を試す試練かと思ったら、視界を塞いで罠と敵を配置して物理的な障害まである。


「ただの暗闇なら【闇視】で昼間同然に見渡せるのだけど……霧や煙はちょっとね」

 深淵種吸血鬼のエレオノーラとアンデッドであるアイラにとって闇は視界の妨げにはならない。しかし、空気中に物理的に存在する霧や煙を見通す事は出来ないのだった。

『グファドガーンが吸血鬼の挑戦者が来る事も想定していたのかもしれない……何、イリス? 先程から私と小娘を交互に見ているようだけれど』


「いえ、二人とも息があっていて頼もしいなと思って」

 二人の会話に感心していたイリスが正直にそう答えると、アイラとエレオノーラは目を瞬かせた。そして、無言のままお互いに向き直る。

 その様子を見ていたベルモンドは、荷物の中から小さな砂時計を取り出した。


「では……ファイト!」

 ベルモンドが腕を交差させて試合開始を宣言すると、アイラとエレオノーラは無言のまま取っ組み合いの喧嘩を開始した。

「なっ!? 何をしているのですか!?」

「円滑な人間関係を維持するための、肉体的コミュニケーションです。イリス、下がらないと巻き込まれますよ」


 驚くイリスに涼しい顔で応えるベルモンド。

「止めないで良いのですか!?」

「問題ありません。武器無し武技魔術無し、砂時計の砂が落ちきるまでの勝負ですから。……もし止めなければ、私が制圧します」

『イリス、競い合う以外の関係を築けない者達がおと……戦士にはいるのだ』


 ルールも決まっており、途中で言い直したが父であるジョージからの言葉もあって、イリスは「分かりました」と渋々引き下がった。しかし、ついつい争い続ける二人に目を向けてしまう。

『小娘ぇ~っ』

「年増ぁ~っ」

 両手で組み合って力比べをしているアイラとエレオノーラから、歴戦の騎士でも恐怖のあまり気絶しかねない殺気が放たれている。


 それは無いと分かっていても、殺し合いに発展するのではないかと気が気では無い。

『それで坊ちゃん、この氷像の方はどうします?』

「上にあった石像よりは数が少ないですけど、結局どれがハインツの仲間の死体なのか分からないのですよねー」

 一方、ヴァンダルー達はのほほんとした雰囲気で氷像の品定めをしていた。殺気も気に成らないらしい。


『うーん、この人だったかしら? 見覚えがあるような気が……あ、でもこっちだったような気も……たしかエルフの女の人で、金髪で……』

 そう言えば、生前捕まる前に一度顔を見た事があった。それを思い出したダルシアが先程から氷像を覗き込んでは記憶を手繰り寄せようとしているが、上手くいっていないようだ。


『……ヴァンダルー、瞳の色は何色だったかしら?』

「母さん、無理に思い出そうとしないで良いんですよ。覚えていなくても仕方ありません、マルティーナを見たのは一度だけでしょうし、近くで詳しく観察した訳でも無いでしょうから」

 しゅんと落ち込んだ様子のダルシアに、覚えていないのも無理は無いと慰めるヴァンダルー。


 実際、『五色の刃』の中でも精霊魔術師だったマルティーナは前衛では無く後衛だったはずで、ダルシアが捕まった際も彼女はハインツやデライザの後ろにいたはずだ。

 そして捕まった後ゴルダン高司祭によって拷問を受け、火刑に処された。それが約十年前の事である。彼女の記憶に残っているのは、拷問と火刑を執り行ったゴルダン高司祭や『五色の刃』の前衛達の方だろう。

 顔が思い出せなくても無理は無い。


 それにマルティーナが『ザッカートの試練』で死んだのも、ダルシアが死んでから何年か経ってからだ。エルフの成人女性は数年経った程度で容姿に変化は出ないが、髪型等は変わっているかもしれない。


『そうね、やっぱり無理だわ。私を捕まえた時と同じ装備をしていたら、思い出せたかもしれないけれど』

 そして氷に覆われた死体は装備を剥されほぼ下着姿なので、印象が益々変わり薄れた記憶とも結びつかないようだ。


『でもダルシア様、ギルドカードが見える氷像もありますよ』

 しかしサリアが言うように、石像と違ってギルドカードを片面だけだが確認する事が出来た。ギルドカードは裏面に所有者の任意でステータスを表示する事が出来るマジックアイテムだが、表面には名前と冒険者ギルドでの等級を表すアルファベットが描かれている。


『それは見たけれど、マルティーナって名前が書かれたカードを持っている人はいないみたいよ?』

『確かに、カードを持っていない人もいますね。ギルドカードが壊れていたり、無かったり、埋まっていて見えなかったりする人もいますし』


「運悪く切断面の間に入り込んじゃったようですね」

『埋まっているのが胸の谷間だったらまだ良いのに~』

「でも、確認できる氷像は低くてもC級、殆どはBかAですね」


 嘆くリタに構わず分身を出して全ての氷像をざっと確認したヴァンダルーは、確認できる者達のほぼ全てが上位の冒険者である事に気がついた。

 恐らくギルドカードを確認不能な者達も上位の冒険者や、それに並ぶ実力を持っていた騎士や傭兵だろう。


『像の数の違いから推測すると、上の石像にされた挑戦者は上層ですぐ死んだ弱い者。ここにある氷像がある程度まで進んだ、強い者の死体なのかもしれませんね』

『アンデッドにするわけでもないのに何故分けているのかは分かりませんが』

「グファドガーンなりに死者へ敬意を表したのか、特に意味などないのか」

『そして結局霊は居ない』


 色々と推測するが、重要なのはやはり霊が一体も居ない事である。お蔭で、やはりどれがハインツの仲間のエルフの女精霊使い、マルティーナなのか確認できない。

 氷像にはエルフの女性が五人いるのだ。


「エルフは人種より絶対数が少ない筈なのだけど……結構いるのね」

『魔術的な素質は人種よりもエルフの方が上で、長命なので経験を長く積む事が出来る。だから上位の冒険者では人種とエルフの割合はそう変わらないと、千年ぐらい前に聞いた覚えがあるわね』


 砂時計の砂が落ち切ったので喧嘩を止めたエレオノーラとアイラが、何事も無いように会話に加わった。

 イリスはその後ろ姿を見て、やはり二人とも仲が良いのではないだろうかと思ったが今度は黙っている事にした。また喧嘩が始まる予感がしたからである。


「旦那様、どうしますか? 五人分ならそれほどかさばりませんし、詳しく観察すればもっと絞り込めると思いますが」

 ベルモンドが、氷像の手や体つきを見ながらそう提案する。


「……止めておきましょう。この先の試練で氷像が傷つかないようにするのは面倒ですし」

 『ザッカートの試練』に挑む前は見つけたら持って行こうと思ったヴァンダルーだが、実際に挑んでみると想定していたよりもこのダンジョンの難易度はやや高かった。

 それにこの階層から下は事前の情報が全く無い未知の領域だ。余分な荷物は持って行かない方が良いだろう。


 帰りにグファドガーンに頼めば貰えるかもしれないし。


『仲間……』

『ツギハギ……?』

「試練が終わったら増やしますから、ね?」

 継接ぎ仲間が増える事に期待していたラピエサージュとヤマタがしょんぼりとしたが、ここは妥協せず進む事にした。


「とりあえず、俺を先頭にしてアンデッドと【精神汚染】のある人だけ外に出て進みましょう」

 気を取り直し、幻聴の効果を受け辛い者のみで試練に挑戦する事にする。そうして氷像群を越えて数歩進むと、途端に霧が立ち込めてヴァンダルー達の視界を塞ぐ。


「――――。【叫喚】スキルで出した声の反射で、敵の大体の位置が分かりますね。えーと……ベルモンド、俺の指差した方向に切断糸」

「畏まりました」

 蝙蝠が暗闇で虫を捕える様に、ヴァンダルーが離れた場所に潜んでいる敵を発見し、ベルモンドが操る糸が始末していく。


 彼女が細い指を躍らせる度に、霧の向こうで『GAっ!?』と言う短い悲鳴と複数の濡れた何かが地面に落ちる音がする。

「流石【クノイチ】。今度鉢金や手裏剣、網タイツを作りましょう」

「旦那様……たしかに【クノイチ】のジョブに就いていましたが、網タイツは頂いても着ける機会が無いと思うのですが」


 普段から燕尾服などを着ていて脚を出さないベルモンドが、首を傾げる。そもそも何故網タイツなのか。いや、ザナルパドナのエンプーサクノイチ達も着けていたから、様式美なのかもしれない。なら服の下からでも穿くべきだろうか?

 そう考えながらも糸を操って障害を排除していく。


『……私達だけなら、罠にさえ気を付ければ簡単に済むかもしれない』

『アイラ、回れ右してダッシュ』

『はっ――はう゛っ!?』

「アイラ、それは幻聴です」


 反射的に幻聴のヴァンダルーの命令に従って、回れ右して入り口に向かってダッシュしようとしたアイラを、彼女の鎖を掴んで止める。

「ふぅ、ヴァンダルー様の声が本物かどうかも分からないなんて僕失格ね」

『エレオノーラ、こっちに来てください』

「はいヴァンダルー様!」


「……こうなるんじゃないだろうかと思いました」

 伸ばした舌をエレオノーラの腕に巻き付けて止めながら、ヴァンダルーはそう零した。

 どうやら、精神的な効果を受けにくくてもあまり関係無いらしい。しかも、この階層の試練はアンデッドにも課されるようだ。


『ヴァンダルー、早く戻ってきて。こっちよ』

『そうだよ、ヴァン。そっちは危ないよ』

『ダメよ、ヴァンダルーっ! その声は私じゃないわ! それにパウヴィナちゃんは今サムさんの荷台にいる筈よ!』

「母さんの声がステレオで聞こえる。とりあえず落とし穴が一つ、二つ、トラバサミが一つ」

 どうやらこの階層の幻聴は心に直接響く精神的な状態異常ではなく、耳から聞こえる普通の、そして本物そっくりな音声であるようだ。これでは【精神汚染】も【異形精神】も効果を発揮しない。


『そうかしら、全然違うように聞こえるけど?』

『はっはっはっは! 我々の忠誠と信仰の勝利だな!』

『ワルキューレ、単に僕たちに耳が無いからじゃないかな?』

『そもそも俺達って、どうやって音を認識しているんだろうね』


 唯一レギオンだけは本物の声と幻聴を聞き分けられるらしい。当人達が言っているように、耳に該当する器官が無いからだろう。

 ただ先頭のヴァンダルーが罠を避け、敵を事前に排除するので進み続ける事に支障は無い。


(下に進む階段が無い?)

 だが先に進むヴァンダルーは、【迷宮創造】スキルでダンジョンの構造を何度解析しても下に向かうための出口が無い事を疑問に思っていた。

 ある程度階層を進まないと現れないのだろうか?


 それもあり得るが、既に回避して通り過ぎたはずの落とし穴が消えている事にふと気がついて足を止めた。

「……視界は塞がれ、前方には終りの見えない罠と敵。幻聴は『こっち』、『そっちは危ない』。つまり、後ろだ、前は危ない。

 皆、回れ右。幻聴の言う事が正しい」


 そう言うと、ヴァンダルーはその場で身を翻す。彼の突然の行動にベルモンド達は揃って困惑したが、確信を持っている様子の主に彼女達が逆らう事は無かった。

 しかし注意して入口に戻るヴァンダルーに続くが、もう落とし穴も敵も配置されていなかった。霧は何時の間にか晴れ、氷像群の後ろにこの階層に入って来た時は無かった下に続く階段が出現していた。


「これは、一体?」

 困惑するベルモンドに、ヴァンダルーは答えた。

「俺も今まで忘れていたのですが……ザッカートの言葉に『時には人の忠告を素直に聞こう』ってありました。多分、それでしょう」


 この階層の氷像……入口に背を向けて凍り付いている姿は、『前に進むと失敗する』と言う警告。そして幻聴の内容は、真実の忠告だったのである。


「な、何て素直にひねくれた試練なのでしょう……」

 思わず頬を引き攣らせるベルモンド。『試練』と銘打ったダンジョンで、一度進んだ後明らかに幻聴と分かる声に従って後戻りする。

 そう簡単に出来る判断では無い。


「同感だわ。趣味が悪いわね……まあ、別に良いけど」

『今回は、大目に見てあげるわ』

 どことなく嬉しそうにそれぞれ手首と鎖に触れるエレオノーラとアイラ。


「まあ、挑戦者に試練を課すダンジョンですし、趣味が悪いのは承知の上で挑まないと。文句を言うのも筋違いでしょう」

 ヴァンダルーはそう言うと、次の階層に繋がる階段に向かって歩き出した。




《【叫喚】スキルのレベルが上がりました!》




 『ザッカートの試練』九十五階層。ここでヴァンダルーは八十五層で言った前言を翻したくなった。

 この階層の試練は、挑戦者が最も恐怖を覚える光景を幻として映し出すというものだった。

「ヴァン、大丈夫?」

 ただ虚像の試練を受けていないパウヴィナ達は幻を見なかった。恐らく、虚像を創る際コピーした人格と記憶を参考にして幻を映し出すのだろう。


『ヴァンダルー、何かがあるの? いいえ、見ているの?』

 レギオンは一応試験を受けたが、幻を見ていなかった。どうやら複数の魂が融合した状態の彼女達が何を最も恐れるのか、判断が付けられなかったらしい。


「……ちょっと待っていてください」

 唯一幻を見ているヴァンダルーの目には、炎に包まれ倒れ伏す国民や友達、仲間達。それを成しただろうハインツやアルダの信者達が笑っている光景が映っていた。

 彼等は爽やかに、若しくは安堵して微笑んでいた。


 「これで正義は成された。世界は救われる」と。


 幻である事は分かる。【異形精神】の効果なのか幻は薄っぺらく、聞こえるハインツ達の声にはノイズが混じり、リアリティに欠けるからだ。

 本当なら炎の熱さや血の臭い等も感じるのかもしれないが、それも無い。


 明確な偽物だ。幻を見破って恐怖を克服する主旨の試練なら、これでめでたく合格だ。実に簡単である。

 だが、甚だ気に食わない!


「……【死砲】」

 幻のハインツに向かって、【冥王魔術】の【死砲】、凝縮した【死弾】を放つ。直撃すればS級冒険者に匹敵する者でも生命力を奪い尽くされ一溜りも無い魔術が命中するが、幻故に効果は無い。

 幻のハインツは、笑い続けている。


「ヴァンダルー様!? 落ち着いてっ!」

「エレオノーラ、俺はとても落ち着いています。いえ、錯乱しています。考えてみれば、生命無き幻に【死砲】を撃ち込むなんて、冷静でない証拠ですね」


(落ち着け、幻を打ち消すにはどうすれば良いのか? ……やはり物理的な攻撃力が必要か。【炎獄死】の熱と爆発は効果があるかもしれないけれど、こっちまで爆風が来たら危ない。

 では、死霊魔術か)


 黒い髑髏の炎弾、【骸炎獄滅弾】を放つが、レビア王女はそのまま幻を突き抜けて行ってしまった。その後「ギャアアア!?」と言う断末魔の悲鳴が響き、暫くしてから困惑した様子の彼女が戻ってきた。

『陛下~、何を焼けばいいのか分かりません。向こうにいたデーモンであっていましたか?』

「すみません、この幻が俺にしか見えていないのを忘れていました」

 どうやら、まだ冷静になれていないようだと反省して、しかし【骸炎獄滅弾】は幻に触れはしたので完全に当たらなかった訳では無いと気がつく。


 しかし、幻は少し揺らいだだけだ。他の、もっと有効な攻撃手段がいる。

(なら【魔王の欠片】か?)


 そう考え、幻に向かって【魔王の角】や【魔王の甲羅】を投擲し、【魔王の血】で作った銃身を使う【砲術】、【魔王の眼球】と【魔王の発光器官】を組み合わせた光線も放つ。

 しかしどれも幻を突きぬけてしまい、遠くから轟音と配置されていた魔物の物らしい断末魔の絶叫が聞こえて来たが、幻影はやはり少し揺らいだだけだ。


『おいっ、全員少し下がるぞ! 坊主が冷静に切れてやがる!』

『こうなっては止りませんからな』

『ヴァンダルー、ほどほどにね!』

 ボークスとサムが自分達には見えない幻に向かって攻撃し続けるヴァンダルーから、若干の距離を取る。その間、ヴァンダルーは再び攻撃するのを止めて考え込んでいた。


(物理的な攻撃力は効果が無い訳じゃ無いけれど、やはり魔術じゃないとダメなのかな? でも他には無属性魔術の【魔力弾】しか無い……いや、いける)

 【魔力弾】の死属性魔術版の【死弾】を纏めて、【死砲】に出来たのだ。なら【魔力弾】も収束する事で、射程距離と威力を改良する事が出来るはずだ。


「【幽体離脱】、【限界超越】……」

 霊体の頭部を増やし、更に分裂。【並列思考】、【高速思考】、更に【限界超越】スキルを発動。

 すぐに拡散する無属性の魔力を極限まで指先に収束させる。しかし、中々上手く行かない。爆ぜるような音を立てながら、すぐ拡散しようとする。


 幻の中では、変わらずハインツが他のアルダ信者と笑っている。ヴァンダルーと親しいタロスヘイムの民が倒れているのに、それを顧みない。

「幻であっても、これをそのままにはしておけない」




《【無属性魔術】スキルのレベルが上がりました!》

《【無属性魔術】が【虚王魔術】に、【異形精神】が【異貌魂魄】スキルに覚醒しました!》




 一気にどの属性にも染まっていない無属性の魔力が指先に収束し、その圧力によってヴァンダルーの腕の毛細血管が破裂した。

「安直ですが【虚砲】とでも名付けましょうか」

 そして、それを幻に向かって放った。


 エレオノーラ達の驚愕の視線を背に受けながら放った【虚砲】は反動でヴァンダルーの手を砕き、幻を掻き消し、圧倒的な力で空間を歪めながら『ザッカートの試練』の天井に突き刺さった。そして、そのまま天井を砕いて貫通した!

 これから攻略しなければならない下の階層に当たらない様に角度を付けて撃ったのが、ヴァンダルーが冷静だった証拠かもしれない。


 跡形も無く吹き飛んだ幻と、ぽっかりと穴が空いた天井にヴァンダルーは、ひしゃげた手を強引に元の形に戻しつつ満足気に頷いて……全ての魔力を使い切ったため、ばったりと倒れ伏した。




 その瞬間、特殊な空間内に存在する『ザッカートの試練』全体が揺らいだ。

『おおぉっ、おおおおっ! おおおおおおおおお!?』

 『迷宮の邪神』グファドガーンは畏れ戦き、悲鳴のような咆哮を上げながら必死にダンジョンの維持に力を振り搾らなければならなかった。


 一体何が起こったのか。まさか『法命神』アルダが強引に地上に降臨し、境界山脈を駆け上がり結界を蹴り破って、力の大部分を消費する事と引き換えに『ザッカートの試練』を破壊しようと試みたのだろうか?


 いや、この強大な力はダンジョンの内部で発生したものだ。

 現在ダンジョン内部に存在する者の中で、これほどの……『迷宮の邪神』たるグファドガーンが直接管理するダンジョンに大きな損傷を与えるような、凄まじい力の持ち主。

 それは、ヴァンダルー以外に無い。


『おおぉ、ザッカートよっ! 我が主よ!』

 神ならぬ身でこれ程の力を発する事が出来るとは、流石ザッカートの後継者に成らんとする者。グファドガーンの中で力への畏怖は消えなかったが、それを上回る胸の高鳴りが彼を支配していた。


 自ら配置した試練によって、ヴァンダルーがこれ程の力を振るう何かを……怒りや恐怖を覚えた事に恐れを覚えるが、それさえもグファドガーンにとっては胸の内の虚無感を埋めてくれるものでしかなかった。




 ストレスの無い、軽やかな気分でヴァンダルーは夢を見ていた。

 鼻歌を歌いながら転がり回っても良いくらい、機嫌は良い。

 しかし、ふと気がつくと周囲には自分の欠片がいっぱい落ちている。多分、【虚砲】を撃った事で霊的なサムシングが飛び散ったのだろう。


 散らかしておくと落ち着かないので拾って一か所に集める。そして欠片が自分に戻らないかとくっつけてみるが、それは無理だった。

『そうだ、ヴィガロ達にあげた様に皆に分けよう』

 そう思いついたヴァンダルーは、自分の欠片を分ける相手を探して這いずり始めた。……多分次に夢を見る頃には欠片に成った足も戻っている事だろう。




「無茶をしてすみません」

 魔力を使い果たしたが、レベル10の【魔力自動回復】スキルとレベル3の【魔力回復速度上昇】スキルの相乗効果によって、ヴァンダルーは一時間程で目を覚ました。


 その後何故か脚が二本ともある事を一通り喜んだあと、ヴァンダルーは皆に事情を話して謝ったのだった。


「幻である事は分かっていたし、本当にハインツ達がタロスヘイムを襲撃しても簡単に幻通りの展開に成らない様に色々工夫してきたし、ミハエル達が残っている事も忘れてはいませんでした。

 ですが我慢できませんでした」


『そこまで自覚している奴を、俺はどう言って叱れば良いんだ?』

「むぅ~、まあ次は我慢するのじゃよ。もしくは、もっと上手くやる事じゃ」

 反省するヴァンダルーに、微妙な顔つきで反省を促すボークスとザディリス。結果的には全員無事なのだが、冒さなくてもいいリスクをダンジョン内で冒すのは褒められた事では無い。


 しかしこの階層に配置された敵は既にヴァンダルー自身の攻撃によって殲滅されているし、彼が暫く気絶しても問題無い程、周囲には戦力が整っている。

 それに、ヴァンダルーが狂っている事は彼について来ている仲間全員が知っている。今更それを注意しても、仕方ない。


 なのだが「気にするなよ」と簡単に済ませて良いものか? 


「ヴァン、めっ」

『次からは魔力を使い切らない様に、気を付けないとダメですからね。それと、罰としてベルモンドさんの血で回復するのはダメよ』

「くっ……そうですよ、旦那様。次はもっと上手くやるようにしましょう」


 悩むボークスとザディリスの横で、普段より強い口調のパウヴィナとダルシア、そして苦い顔つきで首筋に指を這わすベルモンドが叱っていた。

 それに二人が「それで良いのか!?」とはっとする。


「そうだ、めだぞ」

『うぉ、ヴィガロに先を越された!? いいか、坊主、めだ』

「うむ、めじゃよ、坊や」


『ボークス、それはどうなのかな?』

「母さん、幼い私を躾けた時の厳しさは何処へ行った?」


 妹分と娘がそれぞれ兄貴分と母に半眼を向けるが、ヴァンダルーへの説教は「め」だけで終わったようだ。


「はい、すみません。次からはもっと上手くやります。【虚王魔術】も【冥王魔術】同様に練習しないと」

 たが実際に深刻な事態に成った訳でも無く、ヴァンダルーが新たな上位スキルに覚醒するという収穫があったので長々と苦言を呈するのも何であろう。


「それよりも、魔術でダンジョンの階層を破壊するなんて……流石ヴァンダルー様ね」

『無属性魔術の上位スキルなんて聞いた事が無いわ。流石ヴァンダルー様』

『どれくらい凄い事なのかいまいち分からないけど、凄いわ』

「お説教中黙っていたのは『それ』だからかね?」


 基本的に自分達がイエスウーマンであると自覚しているエレオノーラやアイラ、レギオンは説教タイムが終わった途端、ヴァンダルーを褒めちぎり始めた。

 実際、歴史上類を見ない快挙ではあるのだが。


「ところで師匠、先程の魔術について説明して貰えないかね?」

「じゃあ、進みながら話しましょうか。もう、この階層には幻も魔物も、罠も無いようですし」




・名前:ベルモンド

・年齢:約一万歳(吸血鬼化当時18歳)

・二つ名:【テーネシアの愚犬】(解除!) 【蝕帝の忠犬】(NEW!)

・ランク:12

・種族:ヴァンパイアデューク (深淵種吸血鬼公爵 密林猿系獣人種)

・レベル:7

・ジョブ:クノイチマスター

ジョブレベル:5

ジョブ履歴:狩人見習い、見習い盗賊、盗賊、暗殺者、使用人、糸使い、ストリングマスター、尾獣戦士、魔術師、処刑士、クノイチ



・パッシブスキル

闇視

怪力:8Lv(UP!)

高速再生:8Lv(UP!)

状態異常耐性:8Lv(UP!)

自己超強化:隷属:1Lv(自己強化:隷属から覚醒)

魔力超回復:ダメージ:2Lv(UP!)

気配感知:9Lv(UP!)

直感:5Lv(UP!)

精神汚染:7Lv

身体強化:尻尾:6Lv(UP!)

糸装備時攻撃力強化:大(NEW!)

魔力増大:1Lv(NEW!)

自己強化:導き:5Lv(NEW!)


・アクティブスキル

業血:4Lv(UP!)

弓術:2Lv(UP!)

投擲術:3Lv(UP!)

短剣術:9Lv

風属性魔術:4Lv(UP!)

無属性魔術:2Lv(UP!)

魔術制御:4Lv(UP!)

高速飛行:3Lv(UP!)

忍び足:9Lv(UP!)

罠:7Lv(UP!)

解体:4Lv(UP!)

限界超越:3Lv(UP!)

家事:10Lv

操糸術:10Lv(UP!)

格闘術:6Lv(UP!)

暗殺術:4Lv(NEW!)

魔闘術:4Lv(NEW!)


・ユニークスキル

供物

石化の魔眼:5Lv(UP!)

ヴ■■■■■の加護(NEW!)




・種族解説:ヴァンパイアデューク ルチリアーノ著


 歴史上、数体しか発見されていないほぼ伝説の中の存在……のはずなのだが、師匠の弟子をしていると高い頻度で伝説を目にする事が出来る。

 各ギルドの資料では神に匹敵する、強大な力を持つ貴種吸血鬼である事以外記されていないだろうが、タロスヘイムでは観察し放題である。


 切断糸の技術は【糸装備時攻撃力強化:大】のパッシブスキルによって常時攻撃力が上昇し、更に不意打ちでは【暗殺術】の補正もかかる。そこに師匠が肉眼に見えにくくオリハルコンに匹敵する強度と粘りを持つ【魔王の体毛】製の糸を渡したのだから、彼女の標的にとっては始末が悪い。

 ベルモンドの姿を既に見据えていても、糸で不意打ちを受けて五体を切断される可能性があるのだから。


 【自己強化:隷属】が上位スキルに覚醒している点も驚きである。今まで【自己強化】の上位スキルである【自己超強化】スキルに覚醒した例は、幾つもある。だがその多くは使命や騎士道、救済や聖務等で、隷属が上位スキルに覚醒した例は聞いた事が無い。

 ……だからどうしたとは、敢えて言わないでおこう。


 因みにやはり最近加護を得たらしいが、例によって加護を与えた存在の名称が分からないようだ。

「もしかしたら……いえ、そんな。頭文字が同じだからと言ってそう判断するのは早計……自意識過剰というものです」

 そう本人は述べており、その頭文字も私には教えてくれなかった。


 まあ、大体察せる訳だが。


 因みに、現時点で弟子である私にはまだ謎の存在の加護は無い。




・名前:サリア

・ランク:10

・種族:リビングジェノサイドメイドアーマー

・レベル:89


・パッシブスキル

特殊五感

身体能力強化:10Lv(UP!)

水属性耐性:10Lv(UP!)

物理攻撃耐性:10Lv(UP!)

自己強化:従属:9Lv(UP!)

自己強化:殺業:9Lv(UP!)

殺業回復:8Lv(UP!)

能力値強化:創造主:5Lv(NEW!)

身体強化:霊体:4Lv(NEW!)

自己強化:導き:4Lv(NEW!)


・アクティブスキル

家事:6Lv(UP!)

槍斧術:10Lv(UP!)

連携:8Lv(UP!)

弓術:7Lv(UP!)

霊体:10Lv(UP!)

遠隔操作:10Lv(UP!)

鎧術:9Lv(UP!)

恐怖のオーラ:7Lv(UP!)

無属性魔術:3Lv(UP!)

魔術制御:4Lv(UP!)

水属性魔術:4Lv(UP!)

限界突破:2Lv(NEW!)


・ユニークスキル

■■■■ル■の加護(NEW!)




・名前:リタ

・ランク:10

・種族:リビングジェノサイドメイドアーマー

・レベル:92


・パッシブスキル

特殊五感

身体能力強化:10Lv(UP!)

火属性耐性:10Lv(UP!)

物理攻撃耐性:10Lv(UP!)

自己強化:従属:10Lv(UP!)

自己強化:殺業:8Lv(UP!)

殺業回復:9Lv(UP!)

能力値強化:創造主:5Lv(NEW!)

身体強化:霊体:4Lv(NEW!)

自己強化:導き:4Lv(NEW!)


・アクティブスキル

家事:4Lv

薙刀術:10Lv(UP!)

連携:9Lv(UP!)

弓術:7Lv(UP!)

投擲術:10Lv(UP!)

霊体:10Lv(UP!)

遠隔操作:9Lv(UP!)

鎧術:10Lv(UP!)

恐怖のオーラ:6Lv(UP!)

無属性魔術:2Lv(UP!)

魔術制御:2Lv(UP!)

火属性魔術:5Lv(UP!)

限界突破:2Lv(NEW!)


・ユニークスキル

■■■■ル■の加護(NEW!)




・魔物解説:リビングジェノサイドメイドアーマー ルチリアーノ著


 もう態々記す必要も無いかもしれないが、ラムダ史上初の魔物である。

 本当に元はただのメイドだったのかと思う程、見事な武術の技量を獲得しA級冒険者でも一人では相手に出来ない程の戦闘力を手に入れている。


 二人共【物理攻撃耐性】スキルが、そしてそれぞれ水属性と火属性の耐性スキルのレベルが10に到達し、鎧としてもアーティファクト級の防御力を誇っている。……外見からは、とても見えないだろうが。

 新たに【身体強化:霊体】と言うスキルを獲得したため、本来筋力などの補助でしかない霊体部分だけでも侮れない。しかし、霊体は身体に含まれるのだろうか?

 まあ、スキルになっているのだから含まれるのだろう。


 因みに、魔術の腕では妹のリタの方が上だがメイドの本分であるはずの家事ではサリアの方が上である。というか、リタが魔術の修行に力を入れ過ぎたようだ。


 そしてやはり最近恐らく同じ存在から加護を得たらしい。そしてやはり一部しか読み取れないそうだ。

 そろそろ師匠に直接聞いても良い頃のような気がする。

176話は、3月5日に投稿する予定です。

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