百七十四話 門を潜る者達と、前にすら立てない者達
六十八階層の試練。攻略者が二手に分かれて進むと、それぞれの部屋にランク13のデーモンの形をしたゴーレム、オリハルコンデビルスタチューが一体出現する。
それを誤差十秒以内、つまりほぼ同じタイミングで倒さなければならない試練。失敗すれば、オリハルコンゴーレムは無限に再生し続ける。
『水と知識の女神』ペリアから勇者ソルダが受け取った力の一つ、『自分と仲間の意識や知識、経験を同調させ共有する』能力を参考にした試練だと思われる。この力をソルダは知識と経験を共有して技術開発に役立てるだけでは無く、実際の戦闘指揮でも役立てていたと『ヴィダの寝所』の記録にはあった。
勿論、ソルダと同じ力が無くても……それぞれの部屋でオリハルコンデビルスタチューを何度でも延々倒し続ける事が出来れば、何時かタイミングが合い試練を通過する事が出来るだろう。
『ついに来たオリハルコン製ゴーレムとの戦い! いつかの借りを返してやらぁぁぁ!』
『おおおおおおおん!』
『ヂュオオオオオオ!』
「一応言っておくけど、それは別像よ!」
タロスヘイムの王城地下でヴィダの遺産を守っていたオリハルコン製のドラゴンゴーレムに苦戦したボークスやクノッヘン、骨人がエレオノーラのツッコミを受けつつ猛然とオリハルコンデビルスタチューに襲い掛かる。
女神謹製のゴーレムより数段劣るため、オリハルコンデビルスタチューはクノッヘンの骨に纏わりつかれて動きが鈍くなったところに、骨人の刃にボークスやエレオノーラの魔王の欠片製の魔剣によって切断されバラバラにされてしまった。
オリハルコンデビルスタチューが完全に機能を停止する前に、後方で戦況を見守っていたヴァンダルーの分身と肉体は言った。
『今です』
「十秒以内に止めを刺してください」
『マジ、カル!』
「足止めはお任せを」
『『『ラララ~♪』』』
「いつかの借りを返してやる!」
ベルモンドが『魔王の体毛』で紡いだ糸でオリハルコンデビルスタチューの動きを牽制し、そこにヤマタの音波攻撃とラピエサージュの死鉄を纏った拳の一撃、そして死鉄製の新しい斧を構えたヴィガロが特攻を敢行する。
ヴィガロの斧は液体に戻り、一瞬で四振りに分裂し、それぞれの手に握られた。
「【死烈斧刃】!」
【獅死斧術】の武技を発動させて、一気に畳みかける。
『ウオォォォォ……』
空間を埋め尽くす激しい斬撃に耐えきれず、オリハルコンデビルスタチューはバラバラになって機能を停止した。
「再生は、しないな?」
『ウオオオオ! 勝ったぜ!』
それぞれの部屋で歓声を上げる仲間達に、肉体と霊体それぞれのヴァンダルーが頷く。
『では、オリハルコンを回収して先に進みましょうか』
「確か、この部屋の先の通路で合流できるはずです」
ヴァンダルーと霊体の分身は、常に記憶と意思を共有している。そのため、タイミングを合わせる事は難しくなかったのだった。
次の六十九階層の試練では、精神力が試される。全ての壁や天井、床には見ただけで脳に錯覚を生じさせ方向感覚を狂わせる装飾が施され、何処からともなく恐怖心や苛立ちを煽る耳障りな音が響き、空気にすら精神を苛む臭いが漂っている。
しかも、階層全体が迷路になっている上に精神の無いゴーレム系の魔物が行く手を遮る。
『時と術の魔神』リクレントから勇者アークが受け取った能力の一つ、『幻術や毒物を含めた外部からの精神的な効果を受けない』を参考にした試練だろう。
この試練も、精神的な耐性スキルやマジックアイテム等を活用すれば同じ能力が無くても攻略する事が可能だ。
『迷路が面倒です。一直線に進めませんか?』
『ゴーレムもウザイ~。後変な臭い~。坊ちゃん、何とかなりません?』
「壁を【迷宮創造】スキルで退ける事は出来ますけど、この階層の何処に出口があるのか分からないのであまり意味がありません。どうやら、俺達がある程度進まないと出口が出現しない仕組みのようです。
臭いの方は【消臭】しても、またすぐ臭いが発生するようなのでやっぱり無駄かなと」
ただ人間と異なる五感を持つリビングアーマー系のアンデッドであるリタとサリアや、精神構造が人間と異なる【異形精神】スキルの持ち主であるヴァンダルーにとっては、ゴーレムが出現するだけの迷路でしかない。
迷路もそう大きく無かったので、左手で壁に触れながら進む事で一時間もかからず出口に辿り着く事が出来た。
七十階層の試練は、何と図画工作だった。
部屋に入ると壁に【光属性魔術】を利用したと思われる映像が映し出される。その映像では職人らしい人物が生産系スキルを使って石像を彫り、粘土を捏ねて壺を作り、穴の空いた鍋を修理している。
その映像と同じ事をそれぞれの部屋に置かれている材料で行わなければならない。失敗すると上の補給所に強制転移させられて虚像の試練からやり直しである。
これは『大地と匠の母神』ボティンから勇者ヒルウィロウが受け取った力の一つ、『目にした生産系スキルを一日コピーする事が出来る』という能力を参考にした試練だ。
この試練も能力が無くても、生産系スキルを高いレベルで持つ者が複数いればクリアする事ができる。
「じゃあ、次の階層に進みましょうか」
「意外と大した事ありませんでしたわね」
そしてヴァンダルーは【ゴーレム創成】スキルに統合されているが、生産系スキルを複数持っている。普段はサムの荷台で待機しているタレアも、この階層では大活躍だった。
七十一階層、この階層の試練は何と農業である。
一抱えほどの大きさの壺一杯に詰まった穀物の種子を地面に植え、収穫を得なくてはならない。
種子の中には生命力の強弱や、期待出来る収穫量が違う品種の種子が混ざっている。それを知識や直感、生命属性魔術で見抜いて選別し、更に何らかの方法で成長を促進させなければならない。
これは『生命と愛の女神』ヴィダから勇者ザッカートが受け取った加護、五感の強化や高い生命属性魔術への適性を参考にした試練である。
これは六十八層から今までの試練で最も簡単だ。生命属性魔術の達人か、時間属性魔術の超達人がいればすぐクリアできる。……ザッカートの後継者を選ぶためのダンジョンに挑戦する以上、生命属性魔術の達人をメンバーに加えるのは、当たり前の事だ。
ヴァンダルーの場合、種子の中から【生命感知】で反応が比較的強そうな種子を幾つか選んで飲み込み、【装群術】に統合された【装植術】スキルの効果で急速成長させれば良い。
「……この穀物、米の原種かな? ちょっと持って帰りましょう」
資料的に貴重だったのと、スキュラの居住地で栽培している米の品種改良に役立つかもしれないので幾つかは体内に取り込んだまま進むヴァンダルーだった。
そして進んだ七十二層。境界山脈外で挑戦しダンジョン内で死亡した挑戦者達らしい像が、飾られている階層だ。
巨大で艶やかに研磨された石造りの門には、「価値無き英雄を選びし神に祈りし者達よ、ここまで進んだ見返りに先達の末路を焼きつけよ」と刻まれている。
その言葉通り門の周りには無数の石像が立ち並んでいる。そして門や壁にレリーフのように、胸像や頭部や手足だけの像が飾られている。
そのどれもが精巧に作られている。頭部を観察すれば耳の穴や、口内の舌や歯までしっかり作られている。何よりその表情が、恐怖や苦痛に歪んだ顔がただの創作物とは思えない迫力を放っている。
まるで生命を失った直後の死者を、そのままの状態で石化させたかのようだ。
「恐らく、勘違いしてここまで進んできたアルダ信者の心を圧し折ろうと言う、グファドガーンの演出なのだろうね」
そんな長時間見ていると精神を病みそうな石像群を観察し、スケッチしながらルチリアーノは評した。
「しかし、どんな理由で石化しているのだろうか? 【石化の魔眼】は生物にしか効果が無い筈であるし、やはり呪いか土属性魔術か? それともこれは単に死体の外見そっくりに作られただけの石像なのか?」
「ルチリアーノには怖がらせる効果は無いみたいだね」
腹部が破れて内臓が露出した惨い状態の石像をスケッチしながら独り言を呟くルチリアーノの後頭部を見下ろしながら、パウヴィナはそう言った。
『皆、怖がってな゛あぃ、よ』
しかし死体の石像に恐怖を覚えていないのはルチリアーノだけではなく、ほぼ全員だった。ヴァンダルーの仲間をしていれば死体には慣れる、そもそも自分自身や仲間がアンデッドだ。直ぐに動揺しなくなる。
「ちょっと可哀そうかな~とは思うかな。それに、顔が半分潰れている様なのは、流石にきついよ」
「……人種やエルフの死体を見ると、どうしても『無力な民に犠牲が出た』ように見えてしまうな」
流石にそこまで慣れていないプリベルや、人種とエルフ、ドワーフは基本的に非戦闘員である境界山脈内部で育ったギザニアは、顔色が優れないが。
「それで旦那様、どうですか?」
本当に死体が石化した物なのか、調べていたヴァンダルーに声をかけるベルモンド。蟹に尻尾を挟まれると驚いて悲鳴を上げる彼女だが、石像群には何も感じ無いようだ。
「九割がた、死体が石化した物だと思います」
【霊体化】で霊体にした腕を使って石像の内部を探ったヴァンダルーは、そう答えた。
「傷口だけでは無く、無事な部分の内側の作りも人体を精巧に再現しています。骨や脳、血管まで。魔術で作った精巧な複製の可能性もありますが、そこまでして偽物を作る理由は無いでしょうし。……俺の【ゴーレム創成】スキルでも毛細血管まで再現するのは至難の業ですからね」
「流石にそれは考え過ぎかと。他に、九割しか確信が持てない理由はございますか?」
「この石像が死体だったとしたら、漂っているはずの霊が一人も存在しないからです」
石像を見ると、ダンジョンの魔物や罠によって惨たらしく命を奪われている。だとしたら、どれくらい生前の記憶や人格を保っているかは兎も角、霊が漂っていないのは不自然だ。
『そうか? 坊主の周りに蚊柱みたいに漂ってるじゃねぇか』
『ボークスさんの言うように、『ザッカートの試練』に入った時からずっとヴァンダルーの周りには霊の皆が沢山憑いているわ』
「ボークス、母さん、それはダンジョンに入る前から俺に憑いている霊です」
アンデッドであるボークスや霊のダルシアには、霊の姿が見える。ただヴァンダルーの周囲には、常に数え切れない程の霊が漂っているので、石像にされた死体の霊かそうでないか見分けがつかなかったようだ。
ヴァンダルーに言われて思い返すと、確かにとボークスが呟く。
『言われてみれば、確かに坊主の周り以外で霊を見てねェな』
『そうですか? 魔物の霊ならそこそこ見た覚えがありますけど』
『姉さん、それは私達が倒した魔物の霊ですよ。新しい階層に入ったばかりで魔物とまだ戦っていない時は、一匹も見ていません』
『でもリタ、それはダンジョンじゃ普通の事じゃない』
『ザッカートの試練』以外のダンジョンでも、各階層では多くの魔物が配置されている。それらは増え過ぎるとお互いに殺し合いを始めるのだが、魔物は人間のように強い怨念や生への未練を残しにくいのですぐに輪廻の輪に還ってしまう。精神支配を受けているダンジョンの魔物なら、尚更だ。
だから先に他の攻略者がいるか、通り過ぎた直後でもない限り霊が一匹も漂っていない事も珍しくは無い。
「サリア、でもこれだけ多くの挑戦者が死んでいるのですから、その霊が漂っていてもおかしくないと思うのですよ」
石像は数え切れない程在り、また五体がバラバラになっている者も多いので正確な数は分からない。しかし千人分程は有りそうだ。
人間の霊は魔物と違い強い怨念や未練を残しやすいため、数百年以上輪廻の輪に還らず現世に留まる事がある。挑戦者達のように志半ばで命を奪われたのなら、その未練は軽く無い筈だ。
『でもヴァンダルー様、一撃で頭部を破壊されるか不意を打たれて一撃で致命傷を負った場合は、その限りでは無いのでは?』
「あ、その可能性もありますね」
アイラが指摘する通り、気がつく間も無く死ぬと怨念や未練を持つ前に輪廻に還る事がある。石像を見てみると一撃で即死したらしい像も少なくない。
「でも補給所に並んでいた物品にあれだけ怨念が残っていたのですから、全てがそうとも考えられませんし。まあ、身に着けていた物品に全ての怨念を込めた後、霊本体は軽やかに輪廻の輪に還った可能性もありますけど」
『……そんな霊はちょっと嫌ね』
『検死出来れば、一撃で即死したのかそうじゃないのか分かるんだけど、石化していては難しいわね』
レギオンのイシスが石像の一つを撫でながら、こう続けた。
『だとしても、全く無いのは不自然じゃない? 今迄は殺された場所じゃなくて、死体が保管されている場所にいるのかと思ったけれど、ここには虫の霊すらいないし』
『それなら、グファドガーンさんが霊だけ別の場所に集めているのか、それとも勝手にアンデッド化されたら試練の邪魔だから浄化しているのかもしれないわね。
とりあえず、いないものは仕方ないわ』
そしてダルシアがそう結んだ。確かに、いないものは仕方ない。
『それで坊ちゃん、どうします? マルティーナと言う女エルフの石像を探しますか?』
サムがそう本題に話を戻した。ヴァンダルーが挑戦者達の死体が保存されている場所に興味があったのは、『五色の刃』のメンバーだったエルフの女精霊使い、マルティーナの死体を利用したかったからだ。そしてここには死体が変化したと思われる石像が、千人分ぐらいある。
「……個人的な意見じゃが、見つかる可能性は低そうじゃぞ? 首から上が無い石像も少なくないしの」
しかしザディリスが言うように、ざっと見ても頭部の損傷のせいで人種なのかエルフなのかすぐには見分けられない石像も多い。
比率的にはエルフで女の冒険者と言うのは少数派であるし、ドワーフや獣人種とは明確に見分ける事が出来る。人種とも、解剖して詳しく調べれば首から下しか無くても判別できる。
特に、ここにある石像の比率は人種やドワーフ、獣人種の男の順で多いようだ。数を十数体まで絞る事は難しくないだろう。
「そうですね、難しそうだからここでの回収は諦めましょうか」
しかし、十数体まで数を絞った後が問題だ。それ以上選別する判断基準が殆ど無いのである。
『確か陛下君、声は聞いた事があるけど顔は知らないんだよね?』
そう、ヴァンダルーはマルティーナらしい女の声を虫アンデッド越しに聞いた事が一度あるだけで、顔を直接見た事が無かったのだ!
「はい。伝聞でどんな顔をしているかは聞いた事がありますけど……黄金を溶かしたような髪、宝石のような青い瞳とか、白磁のような肌とか、ほっそりとした肢体とか、豊満な体つきとか」
『伝聞、特に王侯貴族と英雄の類の伝聞は当てに成らないからね~。手足が細くて体つきが豊満って、本当だったら怖いし』
ザンディアが言うように、伝聞はやはり参考に成らない。その中で唯一当てにできそうなのは髪と瞳の色だ。
「金髪と青い瞳というのも、参考にはならないな。今は全て石色だ」
だが石化している今は当てに出来ないと、バスティアが嘆く。
『所持品でも見分けるのは無理だよね。首から下げているギルドの登録証も石化して肌に張り付いているし』
オルビアがそう言いながら、半裸に近い格好で石化している女エルフの石像を見て肩を落とす。
……上に挑戦者達の所持品らしい物品を集めた補給場があった事からも明らかだが、ここの石像は全ての武具や装身具、荷物を外された状態だった。
石像たちは流石に全裸では無く、鎧の下に着る薄着や下着は身に付けている。
グファドガーンも全裸に剥くのは気が引けたのか、それともマジックアイテムでも無い他人の下着を補給所に並べるのは躊躇いがあったのか、ただ面倒だったのかは定かではない。
ただ下着に名前でも刺繍されていない限り、見分けるのは不可能だろう。
一応冒険者時代にミルグ盾国で活動していたルチリアーノに皆の視線が集中するが、彼は眉を顰めて首を横に振った。彼も直接マルティーナを見た事は無いらしい。
「じゃあ、最後に一応試しましょうか」
適当な石像に手を伸ばしたヴァンダルーは、【冥王魔術】で石化を解除して元の死体に戻せないかと試してみる。すると、彼が触れている部分から徐々に冷たく硬い石像が、冷たいけど人体の柔らかさに戻って行く。
仲間達が「おおっ!?」と目を見張るが、ある程度の範囲が人体に戻ったところで進んでいた解除が止まり、再び石に成ってしまった。
「むー、どうやら石化される呪いが常にかかっているようです。全身を死体に戻しても呪いが解けるかもわかりませんし、諦めましょう」
『そうですか。幾つか私の荷台に乗せますか?』
数十体分までしか数を絞れなくても、サムの荷台に乗せて運ぶ事は出来る。
「それもやめましょう。重いし嵩張るし、面倒ですし。帰りに余裕があったら運びましょう」
しかし、時間がかかりそうだったので止めて門を開けて進んだのだった。
そしてこの階層では、霧の中で人間の恐怖を抱かせるオーラを常に纏うフォビアデーモンやその上位種と戦いながら進まなければならないと言う試練だったのだが……ヴァンダルー達によって瞬く間に殲滅されたのだった。
人間の精神構造をしていないヴァンダルーや、アンデッドには恐怖のオーラは殆ど効果が無い。それどころか【恐怖のオーラ】スキルを発動させる事で、逆に気配を鮮明にしてしまい霧の向こうから「俺はここにいるぞ!」と叫ぶようなものであるため、格好の的でしかなかった。
ファゾン公爵領にある魔境の一つで、ハインツ達『五色の刃』は『ザッカートの試練』を待っていた。
既に準備は整え終わっている。
ほぼ無限に荷物を収納できるアイテムボックスには食料や生活必需品、予備の武具やポーションに魔晶石、ダンジョン内の厳しい環境に対して有効な防寒着やマジックアイテムが揃えられている。
特に食料と水は一年分ほどあり、前回のようにダンジョン内部で苦労する心配は無い。
勿論、『ザッカートの試練』を攻略するための実力も、そして前回よりも深い階層の試練を攻略するための知識と知恵も蓄えてきた。
当時四人だったハインツ達はマルティーナを喪い三人になったが、頼りに成る仲間を増やして五人。それも、暴走した【魔王の欠片】を封印できる力を持っている。
もし原種吸血鬼テーネシアと今再び戦ったとしたら、今度は勝つ事が出来るだろう。そう確信している。
知識と知恵も、魔術師ギルドやアルダ神殿、そして選王国の書庫で魔王を倒したベルウッド達、三勇者だけでは無くあまり伝説や伝承が残っていないアークやソルダ、ヒルウィロウ等の勇者に関する事も調べた。
魔物の加工法を自らが創立した冒険者ギルドで広めたファーマウン・ゴルドだが、その大元はアーク達四人の功績だった等、意外な真実を知る事が出来た。
ただ、『堕ちた勇者』と恐れられるザッカートに関する伝説や伝承、その功績は殆ど残されていなかった。ベルウッドの後継者となるためにザッカートに挑む。そんな趣旨だろうと『ザッカートの試練』に関して考えているハインツ達としては、何よりも彼について詳しく調べたかったのだが。
「準備は万端整った……はずだが、どうしたものかな」
熱い夏の太陽の下、ハインツはそう言いながらため息をついた。そのまま視線を手の中の『ザッカートの試練』が次に出現する場所を探知する事が出来るマジックアイテム、『試練の探索者』へ向ける。
それは、相変わらず谷の壁面を指していた。
約二カ月前、まだ初夏だった頃からずっと変化が無い。
「どうしたもこうしたも、待つしかないじゃないか。腕が鈍らないように気を付けながら」
ハインツの背中に格闘士のジェニファーが声をかけた。
「まさか、待ちくたびれたから止めるなんて言わないだろ?」
「当たり前だ」
そう言いながら振り返ると、ジェニファーの顔と彼女の後ろに広がる即席のキャンプ村が視界に入った。
「ここまで引っ張り回しておいて、そんな理由で止めるなんて言ったら君に殴られそうだ」
「殴りはしないよ、蹴り上げはするけど。
その『試練の探索者』が壊れている訳じゃ無いんだろう?」
「ああ、この二カ月の間に何度か調べてもらった。正常に動いているよ」
「なら後は昨日までと同じように、『ザッカートの試練』が現れるまで待つだけですね」
そう言いながらエルフの女神官、ダイアナが濡れた髪を拭きながら現れた。
「夏の沐浴は良いものですよ、ハインツも汗を流して来たら如何ですか? 今はデライザとセレンが使っているので、その次になりますけど」
「……沐浴場まで作ったのか。後一カ月もあれば、魔境を開拓して本格的な建設工事が始まりそうだな」
ハインツの視線の先にあるキャンプ村は、最初はハインツ達が『ザッカートの試練』が出現するまで待つだけの小規模なものだった。
しかし二カ月もの間待ち続けている間に支援者達がハインツ達のサポートの為に滞在する様になり、S級冒険者で名誉貴族の彼等と顔を繋ごうと行商人が来るようになり、次第にキャンプが広がって行った。
その規模は既に小規模な村を越えている。ここは一応魔物がうようよしている危険な魔境なのだが。
「それも良いかもね。元々そんなに大きな魔境じゃないし、ダンジョンも無いし」
「ジェニファー達の暇つぶしで、魔物も大分少なくなりましたからね」
ずっと待ち続けている事に暇を持て余したハインツ達は何度か町に戻って過ごしていたのだが、長期間離れるのは落ち着かなかったし、この状態で他の依頼を受けたりダンジョンに潜る事は躊躇われた。
そのため暇つぶしにこの魔境の魔物を狩っていたのだ。その結果この魔境の、最大でもランク5程度の魔物がハインツ達に敵う訳も無いため、魔物は瞬く間に数を減らす事になった。
そのため、仮設キャンプ村は魔境の中なのに平和だった。それでも数日に一回はゴブリン等の知能の低い魔物が襲い掛かって来るが、ハインツの支持者や元アルダ過激派の犯罪奴隷達の手によって駆除されている。
「ファゾン公爵はもう開拓計画を練っているか、既に準備段階に入っているのかもしれませんね」
「『ザッカートの試練』から出て来たら、魔境じゃなくて完全な村になっているかもな」
「ハインツ、その事ですが……」
「言われなくても分かっている。……今何処に『ザッカートの試練』があるかは分からないが、私達以外の挑戦者がいる。しかも、最低でも一か月以上内部で生き残っている前の私達と同じか、それ以上の腕利きが」
『ザッカートの試練』は、内部に挑戦者が存在しなければ出現してから一カ月ほどで別の場所に【転移】する。
逆に言えば、内部に一人でも挑戦者が存在する限り何時までもその場所に留まり続ける。
次に『ザッカートの試練』が【転移】するだろうこの谷の壁面に、二カ月以上出現しないと言う事は誰かが挑戦中だという事だ。
「あたし達以外にも命知らずな奴がいたとはね。ハインツ達が警告してから、他の挑戦者は殆ど居ないって聞いていたんだけどね」
「一体誰なのでしょうね。B級以上の冒険者が動けば大体噂ぐらいには成りそうなのに」
「ダイアナ、B級じゃ足りないさ。一カ月以上中にいるって事は、A級以上の筈だ。そうだろ、ハインツ」
「……だと思う。後、最低でも一か月以上だ」
長ければ二カ月以上、もしかしたら三カ月近く『ザッカートの試練』内部で生き残っている……攻略を続けているのかもしれない。
それだけの時間生き延びているのなら、自分達が引き返す事になった四十二階の雪山の階層まで到達している頃だろうか。そう考えると、ハインツは複雑な感情に頭を悩ませた。
「……自分達で『ザッカートの試練』を攻略したい。だが、今何処かで試練に挑んでいる挑戦者の失敗を……死を願いたくは無い」
ハインツ達の前に『ザッカートの試練』が現れるという事は、今内部に居るだろう挑戦者が居なくなった時。それは高い確率で死を意味する。
「気にするなよ、そいつ等だって覚悟あっての事だ。それにあんた達が生還したんだ、死ぬとは限らないだろ」
「それは、そうだが……そうだな。アルダに祈ろう。彼等が生還する事を」
「そうですね。きっとアルダもそれを望んでいる事でしょう」
そう何処かに居る挑戦者達の生還を短く祈る三人だったが……祈られたアルダも挑戦者であるヴァンダルー達もそれを喜ばないだろうとは夢にも思わないのだった。
それどころかヴァンダルー達が既に雪山の階層よりもさらに下に在る氷原の階層を越え、下層に達しているとは完全に想定の外だった。
ハインツ達は、今日も現れるかもしれない『ザッカートの試練』を待ち続ける。
・名前:ラピエサージュ
・ランク:9
・種族:ノーライフキメラゾンビ
・レベル:0
・パッシブスキル
闇視
高速再生:9Lv(UP!)
猛毒分泌:尻尾:9Lv(UP!)
物理耐性:8Lv(UP!)
魔術耐性:7Lv(UP!)
怪力:10Lv(UP!)
身体強化:全身:3Lv(NEW!)
能力値強化:創造主:5Lv(NEW!)
・アクティブスキル
帯電:7Lv(UP!)
高速飛行:5Lv(UP!)
格闘術:8Lv(UP!)
鞭術:4Lv(UP!)
限界突破:10Lv(UP!)
連携:3Lv(UP!)
遠隔操作:4Lv(NEW!)
裁縫:1Lv(NEW!)
鎧術:1Lv(NEW!)
・ユニークスキル
死者侵食(NEW!)
■ァ■■■■の加護(NEW!)
・魔物解説:ノーライフキメラゾンビ ルチリアーノ著
ネオパッチワークゾンビからランク7のグレートパッチワークゾンビ、ランク8のアブソリュートパッチワークゾンビを経て更にランク9にランクアップした事で誕生した存在。
種族名は、生命無き死体を繋ぎ合わせて作られた合成獣ゾンビという意味だと思われる。
単純に強くなっただけでは無く創造者である師匠が近くにいたり、師匠の指示を聞いている間能力値が上がる【能力値強化:創造主】スキルや、触れた死者を侵食し自分の一部として扱う事が出来る【死者侵食】のユニークスキルを獲得している。
【死者侵食】スキルの対象になるのは加工されていない(革製品や加工食品では無い)死体。アンデッドや魔物の骨や皮を加工した武具などは含まれないようだが、ラピエサージュに倒された者は即座に彼女の一部と化し【遠隔操作】スキルで操られる分身と化すだろう。
ただ魔法少女に近づいているか、それとも遠のいているのかの判断は私にはつかない。
何かの加護、若しくは似たユニークスキルを獲得したらしい。しかしどの神格から得たのかは、「よめ゛ない」と答えるばかりで、未だ不明である。
・名前:ヤマタ
・ランク:9
・種族:オロチ
・レベル:0
・パッシブスキル
闇視
怪力:7Lv(UP!)
猛毒分泌:牙:10Lv(UP!)
魔術耐性:4Lv(UP!)
水中適応
竜鱗:7Lv(UP!)
高速再生:10Lv(UP!)
身体伸縮:首:5Lv(UP!)
能力値強化:創造主:5Lv(NEW!)
・アクティブスキル
歌唱:4Lv(UP!)
舞踏:4Lv(UP!)
並列思考:7Lv(UP!)
叫喚:7Lv(UP!)
遠隔操作:6Lv(NEW!)
格闘術:4Lv(NEW!)
限界突破:7Lv(NEW!)
恐怖のオーラ:5Lv(NEW!)
魔術制御:1Lv(NEW!)
無属性魔術:2Lv(NEW!)
同時発動:3Lv(NEW!)
・ユニークスキル
■■ン■■■の加護(NEW!)
・魔物解説:オロチ ルチリアーノ著
勇者ヒルウィロウが残した資料にあった、ヤマタノオロチの名を一部持つ種族にランクアップしたヤマタ。ヤマタノオロチではなく、ヤマタがオロチ。
師匠によると地球の伝承にあるヤマタノオロチとヤマタは形状や首の数が異なっているらしい。まあ、ステータス関係の神々が異世界の伝承に詳しいとは思えないので、首の数や頭の形、そもそもアンデッドである事等の差異は考慮していないのかもしれない。
九つの頭部で【叫喚】スキルの音波攻撃を発し、【恐怖のオーラ】で見た者の精神を苛み、最近は【無属性魔術】も唱えられるようになっている。更にラピエサージュと同じ【能力値強化:創造主】スキルも獲得している。……最初に創ったのは原種吸血鬼のテーネシアなのだが、その後改造を施したので師匠が創造主という事になっているらしい。
単に、ヤマタがテーネシアの事を覚えていないだけかもしれないが。
一応魔術が使える為、現在変身杖を持つ者の中ではザディリスに次いで魔法少女に近い存在なのかもしれない。しかし、魔法少女とは一体どんな存在なのだろうか?
それと、彼女もラピエサージュのように加護に似たユニークスキルを獲得したらしいのだが……やはり読めないらしいのでそれがどんな神格から与えられたのかは不明である。
レビューを頂きました! とても嬉しいです、ありがとうございます。
3月1日に175話を投稿する予定です。




