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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第八章 ザッカートの試練攻略編
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百七十三話 虚像の自分

 『迷宮の邪神』グファドガーンは『ザッカートの試練』の最奥に座したまま、ただ静かにヴァンダルーの行動を見守っていた。

 自身が創り出したダンジョンに籠もる彼には、ロドコルテがこの世界を切り捨てようとした事も、そしてそれに失敗した事にも気がついていない。


 だが彼の身体は小刻みに震えていた。


『私が配置した全ての試練が、全て想定とは異なる方法で攻略されていく。生成した魔物は為す術も無く蹂躙され、配置した罠は全て踏み潰されている……!』

 ヴァンダルーは自重しているつもりだったのだが、グファドガーンから見れば既に十分やらかしていたらしい。


 境界山脈からの挑戦者は生かして帰しているため、上層の謎掛けは早い段階で完璧な回答を知っている挑戦者ばかりに成った。

 中層の厳しい環境や、入った時は平和だが時限式のトラップを仕掛けたビーチ等の階層では、数十年前から抜けて来る者が一定数出る様になった。


 しかし上層の迷路代わりのボーンウォールを手懐けたり、魔物の出番が無い程自然を破壊したり、そんな方法で攻略した者はそういない。

 厳しい筈の中層も、一日一層以上攻略している。境界山脈内部の挑戦者だとしても、例年なら何人か脱落者が出る頃なのだが、それも無い。


 それを可能にしているのは、グファドガーンにとっても未知のスキルやジョブの効果に【魔王の欠片】、それにあの馬車のアンデッドだろう。

 厳しい環境をものともしない居住性に、魔物の素材だけでは無く【魔王の欠片】で生成した物を素材にするという驚異の行動。アンデッドをテイムできる、常識を超えた力。

 何より、際限が無いように見える強力な戦力。


 それらを全て封印でもしない限り、通常の挑戦者らしい攻略は不可能だろう。元々、ヴァンダルーは試練の対象として不適格なのだ。

 陸に仕掛けた罠で、大海を泳ぐサメを捕らえようとするような物だ。異なり過ぎていてどうしようもないのである。


 それを認めつつも、衝動に突き動かされるままグファドガーンは叫んだ。

『素晴らしい! それでこそ想定を越える行動で大神すら翻弄したザッカートだ!』

 もし彼が肉の身体を持っていたら頬は紅潮し、目からは喜びの涙が迸っただろう。それほどグファドガーンはヴァンダルーの、ザッカートらしい行動に感動していた。


 グファドガーンも、最初から『ザッカートの試練』の各階層を裏回答で攻略する存在を期待していた訳では無い。

 これらの試練を越えられた者こそ、ザッカートの後継者に相応しい。そんな思いと共に創り上げたのだ。だから、模範解答でも最奥まで辿り着けばザッカートの後継者として認めるつもりだった。


 それが『法命神』を自称するアルダや、アルダに与する神々の手の者であっても。まずは真実を告げ、翻心を促すつもりだった。そうでなければ魔王軍の一員だった自分達に声をかけ、機会を与えた勇者ザッカートの使徒として相応しくない。


 ……それでも受け入れずグファドガーン本人や、彼自身よりも貴重なザッカートの遺産を傷つけようとするなら抹殺するしかないが。


 しかしこの『ザッカートの試練』を創り上げてから、百年。多くの挑戦者達は上層で敗退し、境界山脈の挑戦者達も下層を越える者はいなかった。

 約百年前にリクレントから受け取った神託、それをグファドガーンは『ザッカートの後継者が現れる』という預言だと解釈していたのだが、それが間違いなのではないかと思う事も多くなっていた。


 そんな中、見込みがあると感じたのは二組。一組目は神の感覚では少し前に挑戦した四人組の一団。『五色の刃』と言う連中だった。

 最初はアルダに祈りを捧げる、勘違い挑戦者だとしか思わなかった。しかし、あらゆる試練に間違いながらも力技だけで攻略していく姿は、ある意味では想定外だった。


 武力に優れた境界山脈の挑戦者達でも、あれほど頭を使わず、若しくは間違った方向に使いながら挑戦し続けた者は彼等しかいない。境界山脈外の、アルダ信者の挑戦者では最も深くまで攻略したのも驚嘆に値する。

 その戦闘能力は……戦闘能力だけは確かだった。


 だが結局は中層で引き返し、雪山の階層で一人喪って撤退して行った。しかし生きて外に出た境界山脈外の挑戦者は彼等が初めてだったので、鮮明に記憶に残っている。


 しかしグファドガーンはその『五色の刃』よりも二組目のヴァンダルー一行に期待をかけていた。

『彼等に比べれば奴等は石ころに過ぎない。ああ……ザッカートよ』

 グファドガーンにとって、ヴァンダルーがアンデッドを操り【魔王の欠片】を自在に使う事は問題では無かった。


 彼がザッカートであるかもしれない。それだけで、あらゆる物事がどうでもよくなる。


 今すぐにでも彼の元に参じたい。そう思うが、まだ早い。ザッカート曰く、「作った物は最後まで慎重に試さなければならない」のだ。この『ザッカートの試練』を作った以上、最後まで慎重に挑戦者を試さなければならない。

 だがもうすぐヴァンダルー達は下層に到達する。ザッカート達が神から与えられた能力や思想、成した事に直接かかわる問題を設置した階層に。


 その前に設置した補給場所は彼等にはあまり意味は無いかもしれないが、ザッカートの後継ならば必ずや何かしら活かすだろう。


『おおザッカートよ、この愚かなる使徒に全てを与えたまえ……』




 恐らく下層だと思われる階層の入り口で、ヴァンダルーは腕を組んで唸っていた。

「うーん、ここって情報では『補給所』だったはずですよね?」

「そのはずだが……これは一体?」

 挑戦者達から聞いた情報を纏めた書類を手に持ったイリスは、目の前の光景と『補給所』という言葉が結びつかずに首と尻尾の先端を傾げていた。


「まるで、店主のいない安売り市ね」

『それも、掘り出し物があらかた売れた後っぽい感じっすねぇ』

 エレオノーラとキンバリーがそう評すのも納得なほど、補給所は残念な品揃えだった。


 『補給所』には一見すると店主のいない市場のような空間に、明らかに中古品と思われる傷だらけの武具やマジックアイテムが陳列されている。

 他にも中途半端に膨らんだ水袋や、半分くらい齧られた干し肉、誰の物なのか不明だが血で染まったパン等もある。


 それらをざっと見回してサムは言った。

『どうやら、このダンジョンの落とし物や死んだ挑戦者達が持っていた装備品や物資のようですな』

 ダンジョンでは魔物や罠以外にも、様々な物資が生成される。山や森、湖等の内装を形作るための自然物や、宝箱に入っている武具や財宝などだ。


 しかし、当たり前だが中古品を生成する事は出来ない。番人である魔物に持たせる事で、挑戦者が手にする時には結果的に中古品になっている事はあるが。

 なので、基本的にダンジョンで手に入る中古品は他の挑戦者の持ち物だった物に成る。


「『ザッカートの試練』は百年前から世界を転々としてきたダンジョンで、境界山脈外で挑戦した者達は基本的には死んでいるのですから、その遺品は膨大になる訳ですか。

 しかし、役立ちそうな物はほとんど残っていない様に見えますが」


 ベルモンドが並べられている剣の中から、適当に一振り手に取って見てみる。

 肉厚で見るからに重そうな剣身だが、どうやら柔軟性に優れたダマスカス鋼で作られているらしい。重さは見た目通りだが、振ると剣が伸びるような効果を持っている魔剣なのかもしれない。

 ……その剣身が半ばで切断されているので、本来の機能を発揮できそうにない。しかも、切っ先の方が見当たらない為ヴァンダルーでも修理できそうにない。


 これらの中古品の前の持ち主は『ザッカートの試練』の激戦を戦い、夢半ばで命を落とした者達だ。よって、装備品や物資は相応に傷んでいる。

 ベルモンドが手に取った剣のように半ばで折れているのはまだ良い方で、柄しかない短剣や穂先しかない槍、破片しか残っていない盾か鎧の残骸等もある。


「しかも過去の挑戦者が持って行ったのか、価値のある物はほとんど残っていませんわね」

 タレアが残った中古品とガラクタを見回して、そう評価した。

 敗れたとは言え、危険な難関として知られている『ザッカートの試練』に挑んだ挑戦者達が身につけていた装備だ。貴重な材料を優れた技術で加工した上級のマジックアイテムが少なくない。


 ただ、そうした価値ある物は過去何度かここまで到達した挑戦者達が持ち出していた。境界山脈内部の挑戦者でも中層を突破できる者は少ないのだが、ほとんど残っていない。

「そう言えば、傷物ばかりだが見た事も無い技法で作られているアイテムが補給所に在ったので、持ち出す事にしたと、何人か言っていたような……」


 どうやら、この補給場は境界山脈外の技術を手に入れるためにも役立っていたらしい。グファドガーンがそこまで意図していたかは不明だが。


『じゃあ、持って行く物は何も無いのかしら?』

「そうだな、間に合わせの武具は必要ないし、他の物資もまだ十分な量がある。食料も……特別味が良い訳では無いようだし」

 食べかけではないパンを一口食べて味を確かめたバスディアが、ダルシアに答える。保存用に硬く焼かれたパンは、見た目通り硬いパンの味だった。


「た、食べましたの? 何時の物か、それこそ数十年前の物かもしれないのですわよ、それ?」

「ああ、カビていなかったからヴァンとは違うが魔術で保存していたのだろう。匂いも味も普通……ん? このパンだけ少し美味い?」

「……バスディア殿、それは血の味だと思うでござるよ」


 兎も角、食料も普通の保存食ばかりの様だ。新鮮な食料を持ちこんでいるヴァンダルー達には、必要は無い。

『じゃあ、折角だけどこのまま進もうかしら……あら? ヴァンダルー?』

「母さん、皆、結構掘り出し物が在りますよ」

 そう言ってヴァンダルーが手に取っているのは、胴体部分に大穴があいた皮鎧だった。


「ヴァンダルー様、私には新人冒険者が身につけるような、安物の皮鎧の残骸に見えるけれど?」

 エレオノーラの目には、ただのゴミにしか見えないようだったが、ヴァンダルーの目には違って見えた。

「いいえ、エレオノーラ。この皮鎧には持ち主の残留思念が、強い怨念となって残っています。この補給所に施された物品を保存する仕組みが、残留思念にも有効だったからでしょう。何年も何十年も損なわれる事無く、醸成された強い憎しみ、哀しみ、恨み、絶望……俺が少し魔力を流すだけで、呪いのアイテムとして完成しそうな程です」


 ヴァンダルーの言葉に、思わず補給所に並ぶ品から一歩離れる一同。いや、アンデッドであるサリアやリタ、アイラは平気な顔をしているが。

『つまり死属性のマジックアイテムを作る時の触媒として役立つのね?』

『なるほど、じゃあ持って行きましょうか』

「そうですね、出来るだけ惨たらしく破壊されていて、出来れば血が付いている物を選んで持って行きましょう」


「ヴァン、このパンは大丈夫だろうか?」

「大丈夫です、カビは生えていません」

 こうしてヴァンダルーは素材に成る品を幾つも回収し、仲間達を出来るだけ装備して先に進んだ。……次の試練では、人数は少なければ少ない程難易度が下がるからだ。




 下層では再び上層と同じような謎掛けや試験が課せられる。それらはザッカート達がそれぞれの神に与えられた力や、成した偉業、それに思想を参考にした物だ。

 その難易度は高く、中層を突破した猛者達も下層で次々に脱落していくのが今までの常だった。


 特に補給所の奥、扉を越えた先にある最初の試練は難関で知られていた。


 全てが鏡で構成された部屋で、ヴァンダルーは自分の虚像と向かい合っていた。

「初めまして、俺」

『こちらこそ初めまして、俺』


 最初の試練、それは自分との対決である。

 ザッカートの「人生とは自分との戦いである」や、ヒルウィロウの「人の中には天使の自分と悪魔の自分がいる」と言う言葉を参考にした試練だ。


 挑戦者は虚像の自分自身と問答をした後戦い勝たなければならない。

 虚像は挑戦者の記憶と人格をコピーした存在であるため、問答では容赦無く心を抉り、そして挑戦者が精神的なダメージを受ける度にその戦闘能力は上昇する。


 挑戦者が問答を乗り越える精神的な強さを見せつければ虚像は逆に力を失い、後の戦いでたちまち破れ去るだろう。だがもし挑戦者の心が折れれば、最強の敵として立ち塞がる事になる。


『早速ですが、もっと真剣に魔眼対策を行うべきでは? グーバモンの『破壊の魔眼』を受けた事を忘れた訳では無いでしょうに』

「うーん、エレオノーラの『魅了の魔眼』やベルモンドに移植した『石化の魔眼』で耐性をつけようとしているのですけど、上手く行かなくて。【異形精神】と【状態異常耐性】で打ち消しちゃうみたいなのですよね。

 俺なら知っているでしょうに」


『まあ、確かに知っていますけど。後は、幾ら切なげな目をしていたからって、ヒュージグラトニーワームをテイムしなくてもよかったのでは? あれで攻略の難易度が上がったじゃないですか』

「むぅ、あの目を俺が無視できると思いますか。俺よ?」

『まあ、無理でしょうね。俺だし』


 何処か穏やかな、日向で昔からの知り合い同士交流を深めている様な空気を漂わせてヴァンダルーと虚像のヴァンダルーは、会話を続けていた。

 この試練では多くの場合激しい口論に発展したり、そうでなければ始終虚像を否定し拒絶したり、逆に涙を流しながら自分自身を許し受け入れたりと、普段どんなに冷静でも胸の内に秘めた情動が暴かれるのだが……。


『ところで、母さんを生き返らせた後のプランに不安は無いのですか、俺よ?』

「とりあえず、シュナイダーさん達と一度会って、その後魔大陸に行ってザンタークに会ってファーマウン・ゴルドに文句を言うつもりですが、不備がありますかね?」


『不備は無いですけど、ハインツはどうするんです? あれが信じるアルダは死者の蘇生を認めるイメージが無いですよ。秩序を乱すーって』

「ですよねー。地球でもそう言うのが多かったし。アルダの教義が認めない以上、ハインツ達も認めないでしょうし、やはり殺さないと。出来れば、暗殺か謀殺で」


『それが望ましいですね。ところで、そろそろ戦いますか?』

「もうですか? 以前の挑戦者が受けたような禅問答的な事を聞かれるかと思っていたのですが」

『必要無いでしょう。何を言っても変わらないのですし』

 虚像は何と役目を放棄していた。何故なら意味が無い事だと分かっていたからである。


 ヴァンダルーに人を殺す事の是非を尋ねても、「状況と相手に寄りけり」と答えるだろうし、正義とは何だと尋ねても、「不確かな物」としか答えない。そして、虚像が何を言っても「そういう場合もありますね」としか言わない。


 復讐の是非については、虚像ですら肯定している。自分から奪った者を滅ぼす事で、これ以上奪われる可能性を零に出来る。幸福な人生を歩むために必要な、生産的な行為である。

 町田亜乱や島田泉達他の転生者が問題視する死者をアンデッドにする事も、ヴァンダルーにとってはおかしい事では無い。死者はヴァンダルーの味方であり、その味方を増やしているだけだ。

 それに信仰対象であるヴィダ達から間違っていないと保証されたので、気に病む事では無い。


『でもまあ、一回くらいはやりましょうか。死とは?』

 しかし、虚像も質問する価値がありそうな事を思いついたらしい。自らが使う属性についての質問を投げかけた。もう一人の自分との問答に相応しいテーマだ。


 それに対してヴァンダルーは少し考えた後答えた。

「生者から死者に変化する事。不可逆である事が正しいとされている、俺が司り、俺が覆すべき現象。

 つまり、好きなようにやってやります」

 ヴァンダルーにとって死は絶対でも神聖でもなんでもない。ただの現象である。


 故にダルシアを復活させる事に何の疑問も持ってはいない。


『やはり無駄でしたねー。じゃあ、やりますか』

 そう言いながら、虚像のヴァンダルーは鏡から音も無く抜け出す。その姿はやはりヴァンダルーそっくりだ。


『でも問答では心は揺るがず、しかも俺の場合コピー出来ない物が多すぎて……正直、今の俺ってザコですよ』

「死属性魔術や【魔王の欠片】は無理ですか?」

『無理です。もっと言うと【装群術】も【死霊魔術】も無理です。コピーできるのは、鏡に映った俺だけなので映っていない仲間は……テイムした魔物のようにこのダンジョンに挑戦者と見なされない存在はコピーできません』


 万能に見える虚像によるコピーだが、やはりグファドガーンの力によって創られた仕掛けによるものだ。限界は存在する。

 尤も、通常は限界を越えるような事はまず無いのだが……ヴァンダルーの規格外さが分かるというものだ。


『そう言う訳で、止めをどうぞ。母さんの復活、頑張ってください』

 そう言って手招きする虚像に向かってヴァンダルーは鉤爪を伸ばし、そこで動きを止めた。

「どうにもやる気が起きません。やはり俺自身だからでしょうか? 普通は、自分自身に会うと憎み合うと思いますけど」


『意外とナルシストの気があったのかもしれませんね。しかしどうします、幾ら俺が俺でも俺が存在する限り俺は先に進めませんよ?』

「困りましたね、俺が俺だけに俺自身を攻撃するようで気分が悪い」

 暫く虚像と見つめ合い思案するヴァンダルーだが、やはりどうしても虚像を攻撃して進む気にはなれなかった。


「やはり俺自身だからか……俺は俺。俺の記憶と人格がある故に俺である」

『俺にも俺の記憶と人格がある。だけれど俺では無く虚像である』

「記憶と人格が在るのなら、俺と言える。姿形も同じなのだから。虚実の違いに意味はあるのだろうか?」

『真実は虚像であり、虚像が真実である? あり得なくもない。俺が俺であり、俺が俺であるのだから』


「『俺が俺で――』」

「俺である」

 そう言い終った時には、ヴァンダルーは一人になっていた。そしてやはり音も無く現れた扉を潜ると、そこは次の階層に向かうための階段だった。




《【冥魔創道誘引】、【導き:冥魔創道】、【遠隔操作】、【実体化】、【並列思考】、【高速思考】、【異形精神】、【精神侵食】のレベルが上がりました》




「終わりました」

 鏡張りの部屋を出て階段の踊り場でそう言った途端、【装群術】で体内に装備されていた者達が姿を現した。

『ヴァンダルーっ、大丈夫だった?』

「問題無しです、母さん」

『本当に? あの試練はドナネリス女王様達も苦戦したって言っていたから、心配したのよ?』


「いや、『でも陛下なら平気だろう』とドナネリス女王も続けていたじゃないですか」

 ヴァンダルーの常人とは異なる精神構造なら、この試練も簡単にクリアしてしまう気がする。そう言っていたドナネリス女王の勘は当たっていた。


「だけど、我々は本当に試練を受けなくて良かったのだろうか?」

 寄生虫を寄生させてヴァンダルーに装備される事で、試練をスルーしたイリスが浮かない顔で呟く。真面目な性格の彼女は、不正を行ったような後ろめたさを覚えているのだろう。


「仕方ないだろう。自分との問答と戦いなんて、乗り越えられる保証が無いぞ」

 イリスと同じように試練をスルーしたバスディアは気にした様子も無かった。因みに、試験をスルーしたのは彼女達だけでは無くほぼ全員である。

 補給場を通り過ぎる際、ヴァンダルーは寄生虫が寄生できないレギオンを除いた全員を体内に装備し、ゴースト達だけを連れて進んだからだ。


 あの試練は、鏡に映る実態を持った存在しか対象に成らない。よって、ヴァンダルーの体内に装備されている者達は試練の対象に成らないのだ。

「……バスディアもあっさりクリアしそうだと思うよ」

「そうでもないぞ、これでも悩んだり不安になったりしている。ジャダルは寂しがっていないだろうかとか」

「それは……どうなのだろうか?」


 虚像の自分自身と子育てに付いて問答をした後、戦う。勇者の後継者を決める試練として、それはいいのだろうか?


「だが危険なのは本当だ。試練の間は挑戦者ごとに個別の空間に隔離されるから、誰も助けには行けない。我もダンジョン攻略の最中でなければ、自分自身との戦いに興味があったが……」

 戦闘狂の気があるヴィガロも、安全策を取って試験をスルーしていた。


『俺達は最初から対象じゃないから、気楽なものだけどな』

「ギシャア」

 巨人種ゾンビのボークスや百足の魔物のピートがそう言い合う。この虚像の試練の対象は、ヴィダの新種族を含む人間と境界山脈内部で国を治めているノーブルオークやハイコボルト等、一部の魔物だけだった。

 それ以外の魔物やアンデッド等は鏡に映っても対象に成らない。


 勿論テイマーの挑戦者がテイムした魔物を連れ込む事は今迄に何度もあったのだが、このダンジョンはザッカートの後継者を見つけるための試練である。そのため、この虚像の試練の対象にはならないのだと推測されている。


『……終わった』

 そこに、試練を終えたレギオンが転がって現れた。何時に無くテンションが低いが、激戦を潜り抜けて来たようには見えない。


「お疲れ様です。何かありましたか?」

『試練は、思っていた以上につまらなかった』

『見た目はそっくりなのが出て来たけど、意味のある言葉を言わなかったんだよ。ジャック達あんなに変じゃないよ』

『失礼な話さ。酔っ払ったプルートーだってあんなに変じゃなかったのにねぇ』

『あなたが飲み物にアルコールを混ぜたのよね、バーバヤガー……!』

『イザナミ、昔の事を掘り起こすんじゃないよっ!』


 どうやら、現れたレギオンの虚像はバグを起こしてしまったようだ。

 一つの身体に幾つもの魂が融合しているレギオンのような存在に、人間用の試練が対応できるはずもない。ヴァンダルーの時も、正常に働いているとは言えない状態であったのだし。


『まあ、簡単に倒せたからいいけど』

「そうですか、グファドガーンにはあった時にもっと汎用性を持たせた方が良いと言いましょうか。じゃあ、先に進みましょう」

 こうして下層での最初の試練をヴァンダルー達は突破したのだった。




・名前:レギオン

・年齢:1

・二つ名:【聖肉婦】

・ランク:10(UP!)

・種族:レギオンスター

・レベル:45

・ジョブ:暗殺者

・ジョブレベル:0

・ジョブ履歴:見習い魔術師、魔術師、見習い戦士、戦士、肉弾士、巨肉弾士、無属性魔術師、操肉士、盗賊


・パッシブスキル

精神汚染:7Lv

複合魂

魔術耐性:4Lv(UP!)

特殊五感

物理攻撃耐性:7Lv(UP!)

形状変化:7Lv(UP!)

超速再生:8Lv(UP!)

怪力:8Lv(UP!)

魔力増大:3Lv(UP!)

生命力強化:10Lv(UP!)

能力値強化:食肉:6Lv(UP!)

炎雷耐性:4Lv


・アクティブスキル

限定的死属性魔術:10Lv

サイズ変更:7Lv(UP!)

指揮:4Lv(UP!)

手術:7Lv(UP!

格闘術:8Lv(UP!)

短剣術:5Lv(UP!)

融合:2Lv

突撃:8Lv(UP!)

詠唱破棄:4Lv(UP!)

並列思考:9Lv(UP!)

遠隔操作:7Lv(UP!)

無属性魔術:5Lv(UP!)

魔術制御:5Lv

限界突破:4Lv(UP!)

高速走行:6Lv(UP!)

再生力強化:食肉:6Lv(UP!)

投擲術:3Lv(UP!)

料理:1Lv

暗殺術:2Lv

鍵開け:2Lv(NEW!)

暗闘術:1Lv(NEW!)

忍び足:2Lv(NEW!)

罠:1Lv(NEW!)



・ユニークスキル

オリジンの神の加護

ズルワーンの加護

リクレントの加護

ゲイザー:5Lv

侵食融合:1Lv

■■■ダ■■の加護(NEW!)




 人格の一つであるゴーストの記憶から彼の技術を学び直して、【操肉士】から【盗賊】、更に【暗殺者】にジョブチェンジした。レッグストン家に亡命を促す際ゴーストの力が役だったので、今後似たような事があった時により役に立てるようにと考えたかららしい。


 『ザッカートの試練』内ではジョブチェンジとランクアップを二度ずつ経験しており、光らないが星っぽい種族名になった。もし発光する様になったら、星と言うよりミラーボールのようだなと思っている。

 現在、全ての人格でヴァンダルーの意向に従い魔法少女を目指すべきか、終わりの無い論争を繰り広げている。まずヴァンダルーの意向であると言う点から間違っているのだが、論争の場が彼女達の精神内であるため誰も忠告してくれない。


 謎の加護は虚像の試練をクリアしたら何時の間にか獲得していた。何の神から受け取ったのかは分からないが。もしヴァンダルーの加護だったら大変栄誉な事だと考えている。

2月25日に174話を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] くっついた!良いね。自分との問答でくっつくなんて予想外の展開だった。
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