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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第一章 ミルグ盾国編
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二十話 高貴な豚の鼻を叩き潰そう

「ウォォォォォ! 豚頭の臆病者共! 我の前に出る勇気も無いのか!」

 鬣を振り乱し、牙を剥いてヴィガロが咆哮を上げ罵声を飛ばす。その意味を理解している訳ではないだろうが、彼の前に立ちはだかるオークやゴブリン達が、怯えるように後ずさった。


 この戦いでもヴィガロの役目は、陽動だ。

 パッと見てグールの中でも上位だと分かるヴィガロが魔術使いの女も含めた十人の戦士を引きつれて、派手に暴れながら目についた敵を倒していく。その間にバスディアを含めた別働隊が囚われている女達を助ける作戦なのだ。

 人間相手にならすぐに陽動だとばれる、単純な作戦だ。しかし、魔物相手ならこの程度で通用する。


 魔物は共通して攻撃性が高い。自分達の領域で同族を殺しまくっているヴィガロ達に、どうしても意識が向いてしまう。特にオークは頭に血が上りやすい種族で、しかもジェネラルなどの士官格のオークが現れてもヴィガロがすぐに倒してしまい、他のオークを纏めるどころではない。


 オークテイマーという珍しいオークがウッドウルフやヒュージボア、ジャイアントパイソン等の魔物を嗾けて来たが、それも容易く撃破した。ヴァンダルーが連れているアンデッドとは、比べ物にならない弱さだった。


(我と同格の筈のオークジェネラル相手に、全く苦戦しない。我が強くなったというより、ヴァンダルーのお蔭だな)

 【眷属強化】スキルの効果に加え、与えられたマジックアイテムのバトルアックス。更に施された数々の援護魔術も、ヴァンダルーが魔力譲渡で魔術使い達の魔力を回復したから今も効果が持続している。


 そしてヴィガロ達と相性の悪いオークメイジやゴブリンメイジが出て来た時は、その度に何処からともなくヴァンダルーの放った黒い霧が飛んできてメイジを包み、魔術を封じていく。

 そのため、彼らは重傷者を出すどころか軽傷の一つも負わずに快勝を続けられていた。


 あんな子供に頼り切って情けないという気持ちが無いわけではないが、元々グールの社会は極端な実力主義だ。優れた者が上に立つのが当然。

 そしてヴィガロもヴァンダルーが自分よりも優れていると認めていた。


 純粋な筋力、身体能力なら間違いなくヴィガロ。戦いの技術でもヴィガロ。だが、魔術と魔力では圧倒的にヴァンダルー。そして何より上位者が持つべき【眷属強化】スキル。

 上に立つべき条件を全て満たしているのだから、ヴァンダルーが上に立つべきだ。


(我はグール百人の長の器、ヴァンダルーは我の上に在る器)

 そうヴィガロは納得していた。だが、やはり自分を情けないと思う気持ちがあるのも事実だ。今のままでは、ヴァンダルーの下に在る者として、いや、家族として情けないのではないかと。


「ブガアアアアアアア!」

 だからオークジェネラルを超える迫力の怒号を耳にした時、ヴィガロは口の両端を釣り上げた。


 現れたのは、二メートルを超えるヴィガロが小柄に見える程巨大な、鮮やかな金髪以外醜悪さと傲慢さで出来ているかのような、若いノーブルオーク。

 三メートルの高さに在る怒りに満ちていた瞳が、ヴィガロの姿を捉えた途端嘲りに緩んだ。


 目の前で群れている身の程知らずのチビ共を、使えない配下共に代わって蹴散らしてやろう。

 そう思っているのは明らかだ。


「ノーブルオークっ!」

「ヴィガロ、どうする!?」

 オークジェネラルのようなヴィガロと同格の相手ではなく、明らかに格上のノーブルオークの迫力に、グールの精鋭達も動揺を隠しきれなかった。


 ランク5のグールバーバリアンのヴィガロ、ランク6のノーブルオーク。数字が1違うだけでも、その差は大きい。お互いコンディションに問題無い状態で正面からの戦いに臨んだ場合、余程相性が悪くなければまずランクが高い方が勝つのが魔物同士の戦いだ。


 どんなに経験と技術を磨いても、狐が虎に正面から戦いを挑んで勝てるはずがない。ヴィガロ自身、以前戦ったら自分が負けるに決まっていると口にした事がある。


「どうするって? ……戦う!!」

 だが今は負ける気がしない!

 「グオウ」と獅子そのものの咆哮を上げて、ヴィガロはノーブルオークとの間合いを詰める。ノーブルオークはヴィガロを見下したまま、彼がヴァンダルーから受け取った斧よりも二回りは大きい斧を横薙ぎに振るう。


 当たれば首が飛ぶその一撃を、ヴィガロは地面に這うようにして避けた。鬣が少々持って行かれたのに怒りを覚えるが、それを燃やすより先に手足を三本使って横に飛ぶ。

「ブギイ!」

 ドンっと音を立てて、上を通り過ぎたはずの斧が降って来るからだ。


 本来斧はバランスが悪く、一度振ったら再び準備態勢を整えるのに時間がかかる。瞬時に整える事等不可能。しかしノーブルオークはそれを有り余る筋力で可能にしていた。

「ブオオオオオ!」

 技術ではなく筋力を拠り所にした斧の連続攻撃。それは一見隙だらけだが、その隙を突こうと回避から手を抜けばヴィガロはたちまちボロ雑巾にされてしまうだろう。


 だがそれをヴィガロは身軽に回避し続けた。

 片手で斧を持ったまま、もう片方の腕まで使って地面を掴み、蹴り、ノーブルオークの攻撃を回避し続ける。

 ノーブルオークの攻撃は一撃に込められた破壊力が凄まじく、筋力から生まれるスピードも速い。しかしその動きはいちいち派手で、しかも直線的。


 ヴィガロからすれば、「今からこうやって攻撃するからな」と説明してから斧を振っているように見えた。


「ガアアア!」

「ブヒヒィ!」

「ワウゥゥゥ!」

 ヴィガロとノーブルオーク、双方が引きつれていた戦士達が戦っている。

 ヴィガロはグールの戦闘言語によって戦況を把握していたが、ノーブルオークは眼の前のグールを相手にする事で頭がいっぱいになっていた。


 何故こいつに攻撃が当たらない!?

 偉大な父の息子の一人、最も力に優れたこのブギブリオが! 何故グール如きに攻撃を当てられない!?

 グール等我々ノーブルオークにとって雄はザコ、雌はただの肉壺に過ぎない! だというのに、配下や奴隷共の前で何故こんな恥をかかなければならん!


「ブガアアアアアアアアアアアアア!」

 怒りと苛立ちに任せて、ノーブルオークは武技【両断】を放った。2レベルの武技だが人種が使っても木を一撃で斬り倒す威力があり、ノーブルオークが使えば岩をも砕く。

 しかし、威力が上がる分動きがより大きくなり、攻撃後の隙は更に大きい。


 ヴィガロはそれを避けると、遂に掴んだ反撃のチャンスを大いに生かした。

「【鞭斧】!」

 ぐにゃりと、ヴィガロの長い腕が鞭のように撓った。


「ブオ!?」

 咄嗟にのけ反って避けようとしたノーブルオークだったが、ヴィガロの長い腕は再び撓り斧が右腕を深く斬り裂く。

「ガアアアアア!」

 更にヴィガロは右手をバトルアックスの柄から離した。そして空中に放り出されたバトルアックスを、左手で掴む、


 そして再び武技を発動。

「ブッ、ブヒイィーッ!」

 首を狙ってくる斧を、ノーブルオークは自分の斧で跳ね上げるようにして弾く。しかし、弾かれたヴィガロの腕が翻り、ノーブルオークが意識していなかった右足を切断する。

 堪らず横倒しに倒れ込むノーブルオークの首に、今度こそヴィガロの斧が深々と食い込み、そのまま切断した。


 腕の柔軟性を高め鞭のように振るう【鞭斧】と、そのまま連続で攻撃する【三連鞭斧】。腕が脚より長いグールの男にのみ伝わる武技だ。

「ウオォォォォォォォ! 次は誰だ!」

 悲鳴を上げた時の顔のまま転がっているノーブルオークの首を踏みつけ、勝鬨を上げるヴィガロの恐ろしい姿と吠え声にオーク達の士気は崩壊し、我先にと逃げ出すが……足の遅いオークが逃げ切れるはずもない。

 その頃にはあらかた倒されていたゴブリンやコボルト同様に、主人の後を追う事になった。


「グルルル、どうだ、ヴァンダルー。お前の家族は強いぞ!!」

 自分達を家族と呼び、関わらなくていい戦いに関わって、それどころかキングを名乗り、今も一番働いている子供に誇れる戦果を上げずして何が若長か、何が戦士か。

 バシャバシャと降り注ぐ血の雨を浴びるヴィガロは、誇りを込めて咆哮を上げた。




 ブゴガンの第三子、ブディビスは己の美貌と弓の腕に絶対の自信があった。

 他の兄弟たちのように接近戦は得意ではなかったが、真に高貴な者は下賤な獲物とぶつかり合って返り血を浴びるような無様を晒さず、遠くから優雅に射殺すものだと考えていた。


「ブゴッ、ブヒヒイーッ!?」

 雌グールに率いられた集団が居ると報告を受けた時も、ブディビスは自分に相応しい獲物だとしか考えなかった。

 その集団には雌グールが多いそうだから、捕えて自分が気に入った雌以外で見目が良い物は父に献上し、それ以外は配下共に下げ渡せば他の兄弟達よりも優位に立てる、その程度の認識だった。


「ブヒィィィィ! ブギャアアアアアアア!」

 油断したつもりは無かった。自分の代わりに前衛を務める栄誉を与えるオークナイトを五匹、オークを十匹、そして雑兵のゴブリンを三十匹引き連れて行った。


 最初は上手くいっていた。ザディリスの護衛の戦士達だけではブディビスの配下を止めきれず、ブディビスのフルプレートアーマーを纏った冒険者の身体も貫通する矢も、グール達を指揮している雌グールが風の魔術で何とか凌いでいる状態だった。


 このまま五分も経てば雌グール達の魔力が切れ、押し切れる。ブディビスは勝利を確信した。

 そして五分がとっくに過ぎたが、雌グール達の魔力は一向に切れる様子がない。


「グオオオオオオオオオ!」

「ゲエェェェェェ!」

 それどころか側面からアンデッドの一団が襲い掛かって来た。ロトンビーストの毒のブレスに、ファントムバードの霊翼の射撃が降り注ぎ、ブディビスとその配下達に動揺が走る。


 その隙に雌グール達が盛り返し、更にブディビス達は動揺し、そこにロトンビースト達が雪崩込んできた。

 とっくに魔力が尽きているはずの雌グールは、今もブディビスに向かって魔術を放ち、雌グール達を押し切っているはずの配下は逆に押し切られ血だらけで痙攣している。


「ブヒィィィィィ! ブギブリオ! ブボービオ! ブオオオ!」

 美しいと自惚れていた顔を歪ませ、内心見下していた兄弟達と侮っていた父親に助けを求めるブディビス。だが、彼に与えられるのは助けに駆け付けた肉親の手ではなく、死神の手だ。


「ええいっ、喧しい! 【大風刃】!」

 ザディリスが魔術で作りだした大剣に等しい巨大な風の刃が、見苦しく逃げようとしていたブディビスを上下に断ち切る。

 下半身は上半身を置いたまま数歩進んだが、力尽きて内臓を零しながら遂に倒れた。


「ふぅ……思いの外大したことはなかったが、耳に突き刺さるような声で鳴く喧しい奴じゃった。

 坊や、もう大丈夫じゃよ」

 ザディリスが息をつくと、するりと彼女の肩に貼り付いていた半透明の細い紐のような物が離れる。彼女に魔力を譲渡していた、ヴァンダルーの霊体だ。


 どうやら骨鳥達にくっつけて運ばせていたらしい。

 それを見送らず、ザディリスは杖を高く掲げた。

「皆よ! 敵は残り僅かじゃ! だが抜かるでないぞ!」




 時間を僅かに巻き戻して……。


 バスディアを含めたグールの戦士達の一団は、グールの女達を捕えていた建物の占領を手早く終えていた。

 ここにも見張りのオークは居たが、それは捕えた女達が逃げないようにというよりもオーク達が女達に無茶をしないか見張っているのが主な仕事だったので、同族殺しに発展しないよう大した武装はしていなかった。


 そして子孫繁栄に励みに来ていたオークの武装は更に貧弱で、素裸同然だった。

 外壁のウッドゴーレム化で集落が大混乱に陥って、建物からほとんどのオークが逃げ出そうとして、逆に普段我慢させられていたのかゴブリンや地位の低いオークが中に入ろうとして大渋滞を引き起こしている時にバスディア達が突入したので、戦いらしい戦いに発展する前に決着が付いた。


 建物の中は酷い有様だった。オークメイジかノーブルオークの魔術なのだろう、【怪力】スキルを持つ女グールを捕えるために、彼女達の身体は岩に半ば埋められ身動きが取れないようにされ、更に嬲られたのか鞭の傷跡が幾つも付いていた。

 そうされていない女もいたが彼女達は手足を故意に折られるなど、酷さは変わらなかった。


 人種に比べてずっと優れたグールの生命力なら、酷い扱いをされてもオークの仔を産む装置として問題無く機能する。だからこその待遇なのだろう。

 同じ建物に居た人種の女……恐らく冒険者はもっとマシな様子だったので、その予想はきっと正しい。尤も、彼女達の現状を見ると、とても口にできる推測ではないが。


 グールの女達の大部分は元々魔物に近い価値観をしているためか、心に深い傷を負っていても廃人にまではなっていない。

「この女達はどうするか……」

 しかし人間の女達はすっかり壊れているように見えた。光の無い瞳で、死体のようにぐったりとしている。


 その姿には本来は敵同士とは言え、同じ女として同情せずにいられない。

 何とかしてやりたいが……。

「グルルルルル!」

 仲間が発した戦闘言語を聞いて、バスディアは思考を切り替えた。


 その意味は、『強敵が近づいている』だった。

「ブオオオオオオ!」

 建物の表に出たバスディアが見たのは、牙を剥いて怒りを露わにしているノーブルオークと、その周囲を守る盾を構えたオークナイトだった。


「グルルルルルルーッ!」

 仲間が躊躇わず救援を呼ぶ。この場にいる戦士達はバスディアも含めて突出した戦闘能力の持ち主は居ない。オークナイトだけなら十分に勝てるが、ノーブルオークの相手は厳しい。

 援護魔術と武装の差を考慮しても、ランク3から4の集団がランク6のノーブルオークが率いるランク4のオークナイト十匹に勝てるはずがないのだ。


 寧ろ、普通なら一方的に蹂躙される。


「ここの長はまさかそんな戦力を、ここに女を取り戻すために寄越したのか? 普通なら、ヴィガロ達の所に行くと思うが」

 傲然と自分達を見下すノーブルオークの姿に思わずそう漏らすバスディア。実際、ここに彼女達が留まっているのはノーブルオークやその配下が妙な悪知恵を働かせて、捕えた女グール達を人質にしないように守るためだった。


 逆に言えば、それ以上のものはここには無いのだ。

 ここに居るバスディア達を倒しても、ヴィガロやザディリス、ヴァンダルーの部隊が自由に動いている内はノーブルオーク側にとって戦況が良くなる訳ではない。

 女達を奪い返したからと言って、多少士気は上がるだろうが戦力が増える訳でもない。


 だからバスディア達は放置して、ヴィガロやザディリスに纏めて戦力をぶつけるのが常道だろう。勿論、常道を知らないのが魔物だが、少なくともノーブルオーク程の知性があればその通りに行動するだろうと誰もが想像していた。


「ブフッ、ブフフフ」

 しかしバスディア達を見下す若いノーブルオーク……ブボービオは彼女達の想像を下回るノーブルオークだった。

 配下共や奴隷だけでは戦況を好転させる事は出来ないという認識はあったが、逆に言えば自分が出撃すれば勝てると根拠無く確信していた。


 それは彼の兄弟達も同じで、我先にと出撃し手柄を手に入れるためにそれぞれ配下を引き連れてバラバラに行動した。助け合おうなんて欠片も考えず、頭に在るのは自分以外の兄弟を蹴落とし父に取り入る事。


「グブブブ」

 そのためにブボービオが選んだのは、女の確保だった。ノーブルオークやオークには女が存在しない、単性種族。種の維持には、どうしても他種族の女が必要だ。

 だからこの集落のために女を取り返せば、大きく評価されるはずだ。


 そうブボービオは考えていた。戦いに勝つためではなく、自分が最小の労力で最大の手柄を手に入れる事しか頭に無い故の行動だった。

 常道から外れるのも当然である。


「ブオオオオオオ!」

 自慢の大剣の切っ先でバスディア達を指すと、オークナイト達が盾を構えたまま重心を低くして身構える。

「グル(突っ込んでくるぞ)!」

「ガルル(時間を稼げ)!」


 何とか救援が来るまで持ち堪えなければ。そう覚悟を決めるバスティア達に向かって、オークナイト十匹が同時に【シールドバッシュ】を発動して突っ込んで……行こうとした瞬間地面が動き出した。

『ウオオオオオオオンッ!』

 何と数十体のアースゴーレムと化した地面が、オークナイトの前に立ちはだかったのだ。


 だが脆い土人形如きで体重百キログラムを超えるオークナイトの【シールドバッシュ】を止められるはずが無い。一瞬で砕け散るはずだが……。

「ブギャアアアアア!?」

 オークナイト達はアースゴーレムに激突する前に、地面に開いた穴に足を引っかけて転倒した。


 アースゴーレムは地面の土から作られたので、当然地面にはアースゴーレムの体積分の穴が空く。

 そして転倒したオークナイト達の上に、起き上がったばかりのアースゴーレム達が倒れ込み、生き埋めにしていく。


「…………」

「…………」

 予想を超える展開に、思わず無言のまま硬直するバスディア達とブボービオ。


「思った以上に効果的でしたね、ゴーレム式即席落とし穴」

『おお、なんと恐ろしい技。流石は坊ちゃん』

『しかも埋葬まで済ませちゃいましたね。後で掘り起こすんでしょうけど』

 ガラガラと車輪が回る音を立てて、サムに乗ったヴァンダルーが姿を現した。


「ヴぁ、ヴァン?」

「はい俺です。あ、まだノーブルオークは残っているので、油断なく行きましょう」

「そ、そうだな」

「それにまだ敵の頭も健在なので、さくっと倒してください」

「それもそうだ……ちょっと待ってくれ、私が倒すのか!?」


「はい、経験値的な意味で」

 驚き慌てるバスディアに、当然という態度でブボービオを倒す事を要求するヴァンダルー。

「大丈夫です、援護しますから」

「いや、援護があっても私がノーブルオークを倒すのは無理だと思うぞ!?」


「無理だと思うから無理なんだと、精神論を振りかざす成果至上主義のクソ博士も言ってました」

「それはその言葉に倣って良いのか!?」

「でも、本当に脳味噌立ち腐れのバカ博士だったんですよ」

 実験動物扱いするなら、実験の結果が伴わない場合責任を負うのは自分だろうに、お前にはスピリットが足りないだのなんだの……ネチネチ厭味ったらしい奴だった。あの博士について好感が持てたのは、殺した時の断末魔の悲鳴を聞いた時ぐらいだ。


 確かあいつも金髪だったなと、ブボービオを眺めながらヴァンダルーは思い出した。

「大丈夫ですよ、俺が援護すればバスディアは死なない。そろそろ来ますよ」

「っ!」

 はっとして、バスディアは斧を構えた。その視線の先では、怒りで小刻みに震えているブボービオの姿があった。


「ブゴオオオオオォ!」

 自分を無視して話に興じている二人に怒りを滾らせたブボービオが、雄叫びを上げながら大剣を振り上げる。すると、オークナイト達が埋まっている地面がモコモコと蠢き出していた。

 流石にオークを即死させる事が出来るほど深い穴は掘れなかったので、その内出て来るだろうと思っていたのかヴァンダルーは冷静だった。


「リタ、サリア、後皆も埋まってるのに止めを。バスディアは俺とノーブルオークを倒しましょう」

「くっ、分かった!」

 本当に大丈夫なのだろうかと思いながらも、前に出るバスディア。

 彼女の背後で、やっとの思いで地面から這い出た途端グレイブやハルバード、鉤爪に抉られて命を落とすオークナイトの悲鳴が響く。


「ブオオオオオ!」

 まるで壁が迫ってくるような迫力で、ブボービオがバスディアに向かって突進。そして大剣を目にも止まらぬ速さで彼女の頭目掛けて振り下ろす。


『右に回避』

 バスディアはその目にも止まらぬ致死の一撃を、直感に従って避けていた。

「ブッ、ブオオオ!」

 必殺の一撃を躱されれた事が気に喰わなかったのか、ブボービオは振り下ろした大剣を強引に引き戻し、突きを放った。


『左に半歩』

 そしてその突きも、バスディアは気が付くと回避していた。

「ブッ……ブオ! ブオ! ブオオ! ブゴゴオオ!」

 二回続けて回避された事に焦ったのか、ブボービオは続けざまに攻撃を繰り出した。


 横薙ぎの【一閃】、斜め上からの【流し斬り】、頭、胴体、腹を狙っての【三段突き】、首、腹、脚狙いの【三段斬り】。

 どれもこれも当たれば、いくら鍛え上げられた肉体の上に優れた防具を着ていても致命傷を負うだろう凶悪な武技の攻撃。


 そのどれもバスディアは回避していた。


 一体何故!? 何故この雌グールはこんなにも速く動く!? 無敵の筈の俺の剣が何故通じない!

 ブボービオの顔には、怒りを通り越してバスディアに対する恐怖すら浮かんでいた。


(何で、私は避ける事が出来るんだ!?)

 そしてバスディアも驚いていた。確かに、こうして戦ってみて分かったがブボービオの技量自体はそう高くない。自分と同じ程度だ。

 しかし、それでも基になる身体能力が違い過ぎる。一回や二回は運が良ければ回避できるだろうが、こう続けざまに攻撃されては、切り刻まれてバラバラになって転がっているはずだ。


 しかし、バスディアには何故か死なないためにはどうすればいいのかが分かった。

 右に動かなければならないと感じて、咄嗟にその通りにしたらさっきまで自分が居た所に剣が振り下ろされた。

 半歩後ろに下がらなければならないと感じ、その通りにした自分の前を切っ先が通り過ぎて行った。


 まるで未来が見えているかのように、死なないためにはどうすればいいのかが分かる。【未来予知】のスキルでも取得したかのようだ。

(そうか、これがヴァンの援護か!)

 目が覚めるほどひんやりとした、柔らかい手が自分を支えている。死なない方法を教えてくれているのは、その手だった。


 【霊体化】したヴァンダルーの腕が、バスディアの背と一体化していた。その腕を通して、ヴァンダルーは常に発動している【危険感知:死】をバスディアに対して使用していた。

 【危険感知:死】は死ぬ危険を感知する術であるため、一撃で致死の傷を与えるブボービオの攻撃を感知出来ないはずがない。


 これが一撃のダメージは軽いが手数で押すコボルトの剣なら、若しくはブボービオが冷静さと余裕を失わずにフェイント等を織り交ぜていれば、【危険感知:死】に感知されないため、ここまで一方的にはならなかったかもしれない。


 しかし頭に血が上り、焦り、恐怖してブボービオは冷静さと余裕を失い、一撃必殺の攻撃を繰り返している。


 そもそもブボービオ、ブビディス、ブギブリオの兄弟はノーブルオークという種族全体の括りの中ではあまりに弱かった。

 それは生まれつきの不出来というよりも、産まれた後の環境とブゴガンの教育方針の失敗に原因があった。


 この魔境にブゴガンが落ち延びてから生まれた彼らは、産まれた瞬間から自分にかしずく下位種族のオークとゴブリンやコボルト等の奴隷しか周りにいなかった。

 大抵の事は生まれつき恵まれた身体能力でどうにかなり、敵は技を高めなくても武器を振り回せば倒せる格下ばかり。


 当然研鑽を怠り、格下ばかり相手にするのでレベルも上がらず、武術系スキルは3止まり。習得が難しく時間がかかる魔術なんて覚えようともしない。

 競い合うべきライバルも自分と同じ程度の兄弟なので、切磋琢磨するより楽な手柄の取り合いに流れてしまう。


 もしここが他にも大勢ノーブルオークやそれに匹敵する魔物が存在する大陸南の大魔境のような過酷な環境なら、ブボービオ達も生き残るために怠ける暇など無かっただろう。

 もしブゴガンが「子は見ていなくても勝手に育つ子が優れており、自分が手をかけて育てなければならない子は劣等である」というノーブルオークの価値観を捨て、自ら息子達を鍛えていたら武術も魔術も高い技量を持てたかもしれない。


 だが実際に出来上がったのは格下の相手に容易く勝利を得てきた、バカ息子が三匹。

 それでもこれまでは問題無かった。実際、相手が格下ばかりなのだから。


 しかしバスディア達グールはオーク等よりずっと勤勉に研鑽を積み、技量を磨いていた。

 そこにヴァンダルーとタレアから、冒険者以上の武装を提供された。

 そして魔術での援護に【眷属強化】の効果まで加われば、ランク1分の差ぐらいは埋まるどころか追い抜いてしまう。


 それでも本来ならバスディアがブボービオに無傷で勝つ事は難しかっただろう。だが、ヴァンダルーの援護で彼女が死ぬ事は無い。

 一対一の殺し合いで片方が死なないとなれば、もう勝敗は明らかだ。


「ブヒッ、ブヒーッ」

 息を切らすブボービオの動きは目に見えて鈍くなり、【武技】も出さなくなった。【武技】は使う度に魔力を消費するのだが、この場合は魔力と体力双方が尽きたのだろう。


「【両断】!」

「ブギィィィィィ!」

 そして、攻めに転じたバスディアの斧を受けてブボービオの腕が切断された。

 そのまま容赦無く、お返しのように武技を連続して放つ。【剛閃】、【即応】、【一閃】。


 堪らず逃げ出そうと身を翻したブボービオの後頭部に、投擲術の武技【突貫】が乗ったバスディアの斧が突き刺さり、そのまま前のめりに倒れ伏した。

「倒した……倒したぞ、ヴァン! ノーブルオークを私達で倒したぞ!」

 強敵を倒した事と大量の経験値を獲得した事で、高揚しているのだろう。駆け寄ってきたバスディアにサムの荷台から掴み上げられ、振り回されるヴァンダルー。


「倒しました、倒しましたから降ろして」

 バスディアに喜ばれるのは嬉しいが、視界が激しく上下左右に乱舞するのはあまり心地良くない。他のグール達も歓声を上げるのに夢中で止めてくれないし。

 だが、狙い通りちゃんと経験値がバスディアに入ったのは幸いだった。


 ヴァンダルーは呪いのせいで経験値を自力で手に入れられず、手に入れても既に100レベルであるため無駄になる。なら経験値が有効利用できるバスディアが倒す形にしたかった。

「それに後こいつらの父親がの――」


「ブゴアアアアアアアアアアアアアア!」


 ヴァンダルーの言葉を遮るようにして、集落の中で最も大きい家から怒号が迸った。同時に家の壁が内側から砕け散ったが、その破壊音さえ怒号が塗りつぶしてしまった。

 現れたのは、三メートルを優に超える巨大なノーブルオーク。刀身が二メートル程もある巨大な魔剣を持ち、豪奢な鎧を纏っている。


 その姿は、ヴァンダルー達からも見る事が出来た。

 あまりの迫力に言葉を失い、さっきまでの高揚も消えて戦いている。だがそれも無理も無い、相手は本物のノーブルオーク。ドラゴンに匹敵する魔物だ。


 その隙にバスディアの手からするりと抜け出たヴァンダルーは、激怒しているノーブルオーク、ブゴガンの脅威を【危険感知:死】を使用して分析していた。

 どうすれば勝てるかを。


 このままバスディアと協力して戦った場合……何をしても、しなくてもバスディアは死ぬ。

 ザディリス達を待って、魔術中心で戦った場合……何をしても、しなくてもザディリスを含めた複数の後衛と、前衛のグールが死ぬ。

 ヴィガロを中心に戦術を練った場合……何をしても、しなくても、運が良くても悪くてもヴィガロが死ぬ。


 ザディリス、ヴィガロ、バスディアをメインにして、更に自分とサム達全員の力を合わせた場合……勝てると思う。だが、どんなに運が良くても何人かは死にそうだ。


 ヴァンダルーが単独でブゴガンに挑み、皆が援護に回る場合……半分以上の確率で自分は死ぬが、自分以外は一割以下の確率でしか死なない。


「じゃあ、援護よろしくお願いします」

 え? 誰かがそう驚く前にヴァンダルーは無属性魔術の【飛行】でふわりと空中に浮かぶと、弾丸のような速さでブゴガンに向かって行った。

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