百六十七話 残った小さな二仕事
豪奢な、しかし血の臭いで満ちた部屋で、ヴァンダルーは【飛行】の無属性魔術で浮かびながらどれにするかを考えていた。
この部屋の主はアーライファミリーという、荒っぽい手段で最近急激に頭角を現した武闘派マフィアのボスだ。
そして今は、血の臭いの発生源でもある。
「キング、言われた奴らは皆始末したぞ」
「言われていない奴らは、皆始末しなかったぞ」
「偉いか? 偉いか?」
「はい、皆ありがとう。生きている人は、後で殺すか記憶を消すか選別しましょう」
ブラガを頭にしたブラックゴブリンニンジャ達が、口々に戦果を報告する。彼等によって今夜この建物に居たアーライファミリーのボスと幹部、そしてその護衛は全員始末されていた。
それも何度も腹部を刺したり、斧で頭を割ったり、単純に頭を複数回殴られたり、まるで犯罪組織同士の抗争で殺されたかのような手口で。
「とりあえず、ここにこのパルパペック伯爵家の紋章付の指輪を嵌めた手を置いて……出ろ」
ボスの机の上にトーマスの手首を置くと、ヴァンダルーは【装群術】で体内に装備していた男を出した。
『……』
顔中に刃物の傷がある男の顔を見て、付いて来ていたドルトンが思わず声を出した。
「そいつは『八つ裂き』ボラモか? 傭兵上がりの殺し屋で、今まで何十人と殺しているヤバイ奴だぜ。生死問わずの賞金首で冒険者ギルドの掲示板で何度か手配書を見た事がある。この都に居たのか?」
「はい。俺が殺した中で一番名前が知られていて、如何にもこういう事をやりそうな奴です」
レッグストン伯爵家の説得の為に何度かこのミルグ盾国の王都に入り込んでいたヴァンダルーは、その度に集まってくる霊から自分を殺した犯罪者の情報を得ていた。
しかしレッグストン伯爵家の亡命が終わるまで騒ぎを起こす訳にはいかなかったので、始末するのは個人で動いていた殺し屋や、犯罪者だけにしていた。
そして殺した犯罪者の内、殺しを商売にしている連中の死体をルチリアーノにライフデッドにしてもらって、連れて来たのだ。
「このボラモをここで、アーライファミリーの用心棒が使っていた剣で改めて殺します」
剣を何度か雑に振り降ろしてライフデッドとなったボラモを殺すヴァンダルー。部屋の血の臭いが、更に濃くなる。
「これでトーマス・パルパペックの暗殺を依頼したアーライファミリーと、依頼されたボラモ達殺し屋が何らかの原因で殺し合ったらしい状況が出来ます。
他の場所にもボラモ以外の殺し屋のライフデッドを改めて殺して配置し、後は如何にもボスを裏切りそうな幹部の死体を俺達が持ち帰れば、大丈夫でしょう。偽装工作の完成です」
「ちょっと待ってくれ。多分お前さんにとっちゃそれほど手間じゃなかったんだろうが、何だってこんな偽装工作をするんだ?
そもそも誰に対しての偽装工作なんだ、これ?」
持ち帰る死体を選んでいるヴァンダルーに、ドルトンが声をかけた。彼には一連の偽装工作をする意味が理解できなかったらしい。
トーマス・パルパペック軍務卿が姿を消した。屋敷に詰めていた騎士達は全員気絶し、毒物によって記憶障害を起こして犯人の事を覚えていない。部屋には大量の血痕と軍務卿の愛剣が残されており、しかも彼に最後に会った家令は軍務卿から遺言状を預けられている。
ここまで揃ったら、アミッド帝国皇帝マシュクザールと原種吸血鬼ビルカインが犯人として思い浮かべるのは、ヴァンダルーしかいないだろう。
ヴァンダルーが犯人である事を示す物的証拠はないが、逆にそれが彼等に真犯人が誰かを教える手がかりになっているのだ。
こんな事を出来るのも、するのも、奴しかいないと。
だと言うのに、ヴァンダルーが今行っている偽装工作はドルトンの目から見ると、大掛かりな割に粗の目立つ杜撰な物だった。
確かにアーライファミリーは武闘派で粗っぽく、悪辣な手口で頭角を現した新興の犯罪組織だ。だが、所詮はただの犯罪組織。背後で大物貴族や他の国の諜報機関、原種吸血鬼等の何者かが糸を引いている訳でも無い。
そのアーライファミリーが直接的な利害関係も怨恨も無い、国の大物貴族の当主本人の殺害を何故実行したのか。
失敗すれば国家反逆罪で全員斬首。成功しても、何を得ると言う訳でも無い。しかも、後々事が露見すれば、やはり国家反逆罪だ。
そして実行犯役の『八つ裂き』ボラモや他の殺し屋にしても、ドルトンから見ると軍務卿殺しには小者過ぎる様に思えた。流石に生きている当人には会っていないので正確な実力は分からないが、彼等にパルパペック伯爵家に仕えている騎士十数人を殺さずに、一瞬で意識を奪う技量があったかは疑問だ。
彼等は名前こそ知られているが、ドルトンから見ると二流……殺しの対象は商人等の一般人や、いいとこD級冒険者までだ。
とても現軍務卿を殺すなんて大それたことをするとは思えない連中である。
そんな偽装工作でマシュクザールやビルカインの目がヴァンダルーから逸れるとは、到底考えられなかった。
「言っちゃあ悪いが、これじゃ皇帝や原種吸血鬼は騙せねぇ。騙されるのはお前の事を何も知らない衛士隊や関係者が精々だと思うぜ」
「それなら十分やった意味があります。これは何も知らない人達向けの偽装工作ですから」
「元からそっちが目的なのか!? いや、でも余計に何でだ!? 何も知らない奴らがこの事件でお前の事に気がつく可能性はほぼ無いだろ。万が一気づかれたとしても、別に平気だろうが!?」
ヴァンダルーの本拠地は境界山脈の向こう側だ。万が一優秀な衛士や忠実な騎士、そしてトーマスの妻子が真犯人に気がついたとしても、追っ手をかけられる相手でも場所でも無い。
世論は軍を上げての討伐まで動くかもしれないが、山脈を安全に抜けられるトンネルは塞がっている。そもそも立ち上がる軍を揃えるのに後十年……トーマスが不在となった今、もっとかかるかもしれない状態だ。
余計に分からんと目を剥くドルトンに、何故分からないのだろうと首を傾げるブラックゴブリン達。
「クルト達のため、レッグストン伯爵家のためだぞ」
「クル……? レッグストン伯爵家? 何でその名前が今出て来るんだ?」
「S級なのに知らないのか、お前?」
「……お前、S級冒険者パーティーだからって何でも知っていると思うんじゃねぇぞ!? あと、今更だがなんで人間の言葉が喋れるんだ!?」
S級冒険者パーティの『暴虐の嵐』は独自の情報機関を持っている訳では無く、更に既に落ちぶれつつあるレッグストン伯爵家に対しては興味や警戒が薄かった。そのため、レッグストン伯爵家の様子がおかしい事に気がついてはいなかったらしい。
「建物に入るまで内密な話は出来ませんでしたからねー。まあ、掻い摘んで説明するとレッグストン伯爵家をヘッドハンティング……いや、物理的に首を取った訳では無くて、寝返らせてうちの国に亡命して貰いました」
ざっと説明するヴァンダルー。そして偽装工作の訳も、同じく簡単に説明する。
「これは、この国に残るレッグストン伯爵家と縁のある人達の為の物です」
レッグストンの姓を名乗る者や、それと近しい者で亡命を希望するだろう使用人や騎士、その家族はタロスヘイムに亡命した。しかし、レッグストン伯爵家に関わりがある者達は未だ多くこの国に残っている。
現当主アルサードや前当主セシルの妻の実家。セシルの姉や妹が嫁いだ貴族家。騎士達の妻の実家や、使用人たちの親類。懇意にしていた貴族等々。とても声をかけきれない数だ。
「そしてレッグストン伯爵家が何処かへ消えた同じ夜に、トーマス・パルパペック伯爵が消えました。こうなると、何も知らない人達はレッグストン伯爵家を疑うでしょう?」
尋ねられたドルトンは、「確かに」と頷く。
「前軍務卿と現軍務卿で、傍から見ると片方は国家的大失態の結果辞任後落ちぶれて、もう片方は国の立役者に大出世しているように見えるからな。怨恨の線で疑われてもおかしくねぇな」
実際には、トーマスの立場はそこまでおめでたいものでは無かったが、何も知らず傍から見ている限りはそうだ。
「そして真実に察しがついている人達は、それを黙認するでしょう?」
「まあ、国の重要人物が姿を消して謎のままじゃミルグ盾国も格好がつかないだろうし、迂闊にお前の事を漏らすと国中パニックに陥りかねないし、それを考えると丁度良いスケープゴートなんじゃねぇかな?」
「いや、国中パニックは言い過ぎでは? 精々軍務卿の敵討ちの為に無謀な第二次遠征を企てるぐらいではないかと」
「……それは兎も角として、話は分かったが何で偽装工作に繋がるんだ? もしかして、レッグストン伯爵家の縁者が捕まっていわれのない罪で処罰されないようにって事か?」
「はい。まあ、ついで程度なのですけどね。後、どっち道こいつ等は殺していたでしょうし」
別にレッグストン伯爵家の縁者達にまで思い入れは無いヴァンダルーだが、この後にもしそう言う事があって、クルト達がそれを聞いたら嫌な思いをするだろうなとは思った。
思ったのと同じ時期に、霊達から聞いたアーライファミリーや『八つ裂き』達の所業に殺意が湧いた。
なので、ついでにこの拙い偽装工作を行ったのだ。
目の前でハンカチを落した人に「落しましたよ」と声をかけるのと、同じ程度の気軽さで。
勿論マシュクザールやビルカイン等はドルトンの言うように真実に気がつくだろうが、それを態々表沙汰にはしないだろう。レッグストン伯爵家の縁者から、アーライファミリーと殺し屋たちにスケープゴート役が変わるだけの話だ。
勿論レッグストン伯爵家が姿を消した事は騒がれるだろうし、事件と結び付けて考える者もいるだろう。しかし伯爵家の縁者も貴族や騎士、御用商人等社会的な立場が強い者達だ。疑いがあるだけで無体な事は出来ないだろう。
それでも痛くない腹を探られる人達は出て来るだろうが、それは仕方のない事だ。
全てをそつなくこなす事は無理なのだから。
「……まあ、そう言うもんだろうな。普通なら信じられない事に気軽に手を出してやり遂げる奴に、俺も心当たりがあるし」
ドルトンはヴァンダルーの行動に、シュナイダーを思い起こしていた。あれも、常人なら簡単に出来ない事を、気軽にやり遂げてしまう事がある。
大通りで、子供の奴隷を殺した貴族を殴り殺した時もそうだ。あれも普通の奴ならしない。
まあ、本人の弁によると高度な計算に裏打ちされた行動らしいが……現場にいたドルトンの目には、ただ激高しているだけに見えた。
「んー、ダメですかね?」
「そんな事は言ってねぇ。大いに結構、どんどんやっちまえ」
そう言ってヴァンダルーの頭を叩くドルトンは、別にヴァンダルーのやっている事を正義だと思っている訳じゃ無い。復讐なんてしないで済むならそれに越した事はないとも思っている。
だがドルトンは裏でヴィダの新種族の保護を行うシュナイダーの仲間で、ダークエルフである事を隠して冒険者活動を行っている。アミッド帝国でもミルグ盾国でも、犯罪者。悪と罵られる立場の者だ。
彼もシュナイダーも、罪を憎んで人を憎まずなんて考えた事が無い。自分達は自分達の優先する正義を守っているだけだと、常々認識している。
そのドルトンから見ると、ヴァンダルーがやった事は特に問題があるとは思わなかった。
気軽にやった結果犯罪組織が一つ潰れて、数十人の死人が出たようだが……捕まれば犯罪奴隷に堕ちるか処刑されるかしかない連中だ。寧ろ、彼等を殺した事で守られた命があると考えるべきだろう。
「ところで、この偽装工作をするって事はあの軍務卿が国賊だってことを隠すって事だから、軍務卿の社会的な名声は保たれ、多分伯爵家はあいつの子供の内誰かが継ぐ事になるが、それは別にどうでもいいんだな?」
「はあ、まあ別に。どうでもいいですし」
ヴァンダルーが家族や部下は無関係だと言ったトーマスに返した、「知った事では無い」と言う言葉の真意は、無関心だった。
彼等がトーマスの死後、どんな目に遭っても別に構わない。国賊の家族である事が明らかになって断頭台の露と消えようが、偉人の遺族として国中から同情が寄せられようが、トーマスの子供が伯爵家を継いで「立派な父だった」と言おうが、関心が無い。勝手にすればいい。
だから自分からは何もしないし、関わらない。
「はははっ! 歳の割に本当に落ち着いてるな! 復讐を遂げた後の復讐鬼ってのは落ち込むもんだが。
ところで、まだ話したい事があるんだ。何処か落ち着ける場所は無いか?」
「じゃあ、都の外まで出ましょうか。
ところでドルトンさん、後一仕事残っていまして。そのついでに、お腹が減ったのでちょっと飲んできて良いですか?」
「おう、構わないぜ。俺も喉が渇いたし、一杯ぐらい飲んで行くか」
「お前、飲むのか!?」
驚いて目を剥くブラガに、ドルトンは何故彼等がそんなに驚くのか分からなかったが、深く考えずに答えた。
「おう、俺の里のダークエルフは飲むぜ。その中でも俺は呑兵衛で知られた男よ!」
「そ、そんなに……」
「外のダークエルフ、すげえ……」
やはり何故か戦慄するブラックゴブリン達に、こいつ等全員種族的な理由で下戸なのか? と思いつつドルトンはヴァンダルーの後をついていった。
その後裏路地で、霊から聞いた犯罪者の中で常習性が特に高そうな二人組を屠ったヴァンダルーは片方の血を吸い、もう一人をドルトンに差し出して「一応聞きますが、飲みます?」と聞いたのだった。
ドルトンが里のダークエルフ達の名誉の為にも、「悪い、酒と勘違いしてた」と首を横に振ったのは当然であった。
この夜、ミルグ盾国からレッグストン伯爵家の面々が使用人や騎士達ごと姿を消し、トーマス・パルパペックが行方不明となった。
後者に関する調査でアーライファミリーのアジトからボスや幹部達の死体と共に、パルパペック伯爵家の紋章が刻まれた指輪をした手首が確認され、犯人はアーライファミリーとそれに雇われた殺し屋と言う事に表向きはされたのだった。
これにより、ミルグ盾国軍の建て直しはさらに遅れる事になる。
彼が最近繰り返し自問していた問題、どこで自分は間違ったのか。その答えは、「自分の方が兄よりも少し優れている。たったそれだけの理由で邪神派の吸血鬼の誘いに誑かされ、兄を謀殺した事」だった。
若い時にほんの少し優れていたとはいえ、十年後二十年後もそうだとは限らない。それにパルパペック伯爵家の家督を継げなくても、兄の家臣となって伯爵家と国を支える道や、他の貴族家に婿入りして辣腕を振るう道もあった。
別にトーマスが伯爵家の当主にならなくても、国が亡びたり大勢の犠牲が出たり、世界が滅びる訳でもないのだから。
だと言うのに優れている自分が伯爵家を継がなければならないと思い上がり、それらしい事を言って自身の野心を自分自身にも隠し、原種吸血鬼達に長年便宜を図り続けてしまった。
それこそがトーマスが犯した最大の、そして消滅するまで気がつかなかった間違いだった。
ヴァンダルーとドルトンはお互いの事情をざっと打ち明けた。
境界山脈の向こう側の状況や、自分達の存在が神にも知られている事に彼は始終驚いていた。一番驚いたのは、レギオンの姿だったが。
尤も、ヴァンダルーの方も『暴虐の嵐』の他のメンバーが邪神の転生体だったり、原種吸血鬼だったり、アミッド帝国側に思ったよりも多くのヴィダの新種族が保護されている事に驚かされたが。
特にザンタークに選ばれた勇者であり、十万年前ベルウッドと共にアルダ側で戦った英雄神ファーマウン・ゴルドがヴィダ側に寝返っているらしい事は、驚愕に値した。
「でも俺に百回殴られるのは嫌と。まあ、あまりするつもりも無いですけど」
「ああ、後にしてくれって。
さて、とりあえず転移でぱっと移動できるのは分かったが、俺達は暫くそっちに行けねぇ。【転移】で日帰りって訳にもいかねぇしな」
S級冒険者パーティである以前に、『暴虐の嵐』の面々はアミッド帝国の皇帝マシュクザールや邪神派の原種吸血鬼ビルカインにヴィダ信者とヴィダの新種族の集まりだと見抜かれている。
そのため通常の監視と、通常では考えられない魔術等特殊な手段での監視が付けられているらしい。
それでレギオンの存在と境界山脈の内外を【転移】出来る事がばれたら、拙い事になるらしい。
『あのリッケルトって剣士ぐらいなら私達だけでもどうにかなるし、倒せなかったとしても【転移】すれば逃げられると思うけれど』
「……『光速剣』倒したのはお嬢さんかい。見るからに相性最悪じゃねぇか。あの野郎も哀れだな。
それは兎も角、空間属性魔術には【転移】を妨害する術があんだよ。それに石化とか時間停止とか、行動を封じる方法なら幾らでもある。
油断はするなよ」
レギオンを封じれば、ヴァンダルーは【転移】で移動する事が出来なくなる。それが分かれば彼の敵がレギオンを何としても排除しようとするのは明らかだ。
「確かに、もっと注意しないといけませんね」
レギオンは尋常では無い生命力と両断されてもすぐに回復する再生能力があり、内臓や骨格等の急所に成り得る部位が存在しない。人格の一つであるエレシュキガルの力である、【カウンター】もある。
ある意味、ヴァンダルーよりも殺し難い存在だ。
しかし行動不能にする方法は殺すだけでは無い。様々な相手と戦ってきたドルトンの指摘に、それを思い出した。
『なるほど、確かに魔術や状態異常で封じられる危険性を考えるべきだった。この身体になってから、危機感が薄くなっていたのは否定できない。
だけど、お嬢さんとは呼ばないでほしい』
『閻魔やゴースト、ジャックもいるからね』
「……なあ、こいつ何て呼べば良いんだ?」
「俺はレギオンと呼んでいますね」
「肉だけのシンプルな構造している割に、内面は難解な奴だな。分かった、気を付ける」
そうレギオンに言うと、ドルトンは不意に顔を引き締めた。
「実は、俺達『暴虐の嵐』全員でお前に詫びなきゃならねぇ事がある。今この場には俺しかいないが、先に言っておくぜ」
そしてヴァンダルーに向き直り、目を瞬かせている彼に頭を下げた。
「ヴィダからの神託を正しく受け取れず、お前と母親を助けられなくて悪かった」
ドルトンのモヒカン頭を見て、彼等もタロスヘイムのヌアザのように、ヴィダからの神託を受け取ったのだと知った。
そして神託を守ろうと行動したが、自分達を助けるには至らなかったのだと言う事も。
「頭を上げてください、あなた達が悪い訳ではありません」
「いや、だがそれじゃあ俺の気が納まらねぇ。俺に出来る事だったら――」
「じゃあポージングとお触りで」
「何でもって、ポージングとお触りだあ!?」
本当にドルトン達のせいではないので、一切責める気は無い。それどころか正体を隠しているとはいえ上級冒険者が、一国の為政者ともタメ口を聞く事も許される立場の者が頭を下げたのだ。
好感を覚えるに値する。
「何でそうなるんだ!? 俺にポーズを取らせた上に触ったところで何が楽しいんだよ!?」
「超楽しいです」
でも役得なのでこれぐらい頼んでも良いのではないだろうか? そう思うヴァンダルーだった。
『逃げるんじゃないよぉ』
「大丈夫、痛くない」
「キングの目当て、お前の肉体だけ」
『ヒヒヒ、なぁに、大人しくしていりゃあ、すぐに済みますぜ』
「うおお!? 俺が言われる側になるとは夢にも思っていなかった言葉の数々が!? って言うかちょっと待て、何か何時の間にか増えてる!? その木っぽい女はさっきもいたが、こっちの蜂女とゴーストは何だ!?」
「まあまあ、落ち着いて。あ、ちょっと肩が凝っていますね。ついでにマッサージもしましょうか」
「は、放せえぇぇ――」
本気で抵抗する訳にもいかず、アイゼンやブラガに確保されヴァンダルー達の中に埋もれていくドルトンを、レギオンとレビア王女、オルビアは見送った。
『ヴァンダルーも相変わらず筋肉が好きね。肉の量なら私達が一番なのに』
『同じダークエルフでも、山脈の外と中で違うのね。ギザンさんよりもずっとムキムキだわ』
『アタシも生きていた時に『暴虐の嵐』のドルトンの名前ぐらいなら聞いた事あるけど……ダークエルフだったんだぁ。他にも女ドワーフと女エルフ、後ちょっと前に加入した謎の新人冒険者兼バーテンダーがいたけど、それが邪神と原種吸血鬼かな?』
その後、全身を弄ばれ……凝りを解されたドルトンは、レギオンの転移用のマーカーである小型ゴーレムを受け取って、落ち合う時期を決めて去って行ったのだった。
ヴァンダルーがトーマス・パルパペックを殺して、一月程が経った。ミルグ盾国ではまだ国中大騒ぎだろう。そしてマシュクザールも、渋面を浮かべている頃だ。
祖国の独立を目論み、恐らく邪神派の原種吸血鬼と繋がっている危険な人物が手を汚さずに排除された事を喜ぶべきか、それとも帝国の盾であるミルグ盾国の軍の再編が遅れる事に頭を痛めるべきか、どちらなのかを決め兼ねて。
『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカを信奉する原種吸血鬼ビルカインは、有力な取引相手を失ったが既に組織自体が半壊に等しい状態であるため、実際に受けた被害はそれ程でも無かった。
そう言った事は兎も角、境界山脈内部ではアミッド帝国が誇るS級冒険者パーティーにダークエルフや、原種吸血鬼まで含まれている事に驚きを持って受け止められた。
特に亡命した直後のセシル・レッグストンとアルサード・レッグストンは、「亡命を選ばなければ、亡国の瞬間に立ち会う事になっていたかもしれん」と、遠い目をしていた。
ファーマウン・ゴルドの件は、一旦境界山脈内部の神々や為政者達までに情報を留め置く事になった。
十万年の間ベルウッドと同様に仇敵として語り継がれていた存在であるため、衝撃が大きすぎると判断されたためだ。
……実際には、『戦旗の神』ゼルクスや『戦士の神』ガレス等が、ファーマウンが本当に味方になったのか信じられないと言う理由の方が大きそうだが。
やはり両者の溝は相当に深いようだ。
そして十歳になったヴァンダルーはこの日、ダークエルフ国で開催された武道大会に参加していた。
「この武道大会は、百年前『迷宮の邪神』グファドガーンが『ザッカートの試練』を発生させた年から開かれる様になった、歴史は浅いが誉れある大会なのですよ」
大会の運営委員であるギザンが、そう説明しながら息を吐く。
「『ザッカートの試練』に挑戦するに相応しい英雄豪傑を選定する事が主旨なので、大会と言っても選ぶのは一人の優勝者では無く、数人から多くても十数人までの優秀な挑戦者達になります。
『ザッカートの試練』は境界山脈の外では異なるようですが、ここでは基本的に死者が出ないようにしてくれています。ですが、挑戦者があまりに弱いとうっかり死んでしまう事が考えられるので」
聞けば、境界山脈内に出現した『ザッカートの試練』は、挑戦者の生命力が著しく減少する等して挑戦を続ける事が難しくなった場合、強制的に【転移】させ外に弾き出すらしい。そして挑戦者が全員出て来るまで、ダンジョンの外では治療班が待機するらしい。
ただ境界山脈外部に出現した時に中に入った挑戦者は、確認されている限り『蒼炎剣』のハインツ率いる『五色の刃』のメンバーの内三名以外は戻らなかったそうだが。恐らく、ダンジョンが意図的に外に出す挑戦者と出さない挑戦者を選別しているのだろう。
「そう言えば、何時の頃からかダンジョンの入り口に『ザッカートの試練』と看板が掛けられましたね。あれは何故だろうと不思議だったのですが……山脈の外で『迷宮を攻略するとベルウッドの後継者に成れる』なんてデマが流れているせいだったのですね。まあ、ダンジョン内部には勇者や神々の伝説等が描かれた石碑や、それに関係する謎かけなどもあるので、誤解されるのも分かるのですが」
「グファドガーンとしては不本意だったでしょうね。まさか看板を掛けても勘違いが解けないなんて」
ダンジョンを製作した意図と異なり、アルダ勢力の信者達が次々に入って来たのだ。さぞ不愉快だったに違いない。
「グファドガーンも大変ですね……百年前、突然ダンジョンの挑戦者の選定を任される事になった我々も大変でしたけど。本当に……急に仕事が増えるんですから」
ギザンを見上げたヴァンダルーの目に映ったのは、自分より精気の無い瞳だった。どうやら、この大会の運営はダークエルフ達にとって大変な事業らしい。
「……お疲れ様です。肩でも揉みます?」
ヴァンダルーが上級冒険者にも認められたマッサージの腕を振るおうと提案するが、彼は曖昧な笑みを浮かべて首を横に振った。
「まだ仕事中ですから。因みに、このダンジョンは一度挑戦した者は二度目の挑戦は出来にくい仕組みになっているのですよ。二度目以上の挑戦者だけだと、何階層か下ったところで下に降りる階段が消えるのです」
「フンッ、ダンジョンの趣旨がザッカートの後継者を探すと言うものだからな。一度挑戦させて違うと分かった者に、用は無いと言う事だ。
お蔭で儂はとんだ無駄骨だったわい」
そう言うのは、オオトカゲの丸焼きにタロスヘイムから輸入したケチャップをかけて齧っている魔人王ゴドウィンだ。どうやら彼が二度目の挑戦者は受け付けない事を確かめたらしい。
「正確には違うのじゃがな。挑戦者の中に一人でも初挑戦の者がいる間は、二度目の者が何人いても先に進む事が出来る。じゃが、初挑戦の者が居なくなると二度目の者は途端に先に進めなくなるのじゃ。妾の時もそうであった」
同じく観戦しているザナルパドナのドナネリス女王が魔物化した鴨、魔鴨の卵で作ったクレープを抓みながら補足する。彼女も二度以上試練に挑戦したようだ。
「しかも、この大会にも出られん。全く、血が騒ぐのに鎮められんとは悔しい!」
「それは仕方あるまい。試練への挑戦者を選ぶための大会に、既に挑戦権を失っている貴殿が出ても意味が無いだろう」
「寧ろ、本来選ばれるはずだった挑戦者が可哀そうだろ」
嘆くゴドウィンに、鬼人族の王テンマやケンタウロス王シルヴァリがだから自重しろと口々に言う。
「勝手な事を! テンマはこの大会に二回、シルヴァリなんぞ五回も出場しておいて! ずるいぞ!」
「何だと!? それは貴様が一回戦目で儂を昏倒させたからだろうが!」
「……皇帝よ、儂は四回も負けたからと言って弱い訳では無いぞ。相手が悪かったのだ」
大陸南部中の強者が試練に挑戦しようと集まるので、大会では一時期各国の王同士で対戦する事も度々あったようだ。
「それは兎も角、何故俺はこんな所に居るのでしょうか?」
そしてヴァンダルーは、「賞品」と書かれた席に座らされていた。彼は大会に出場する気満々だったのだが、ギザン達に有無を言わさずこの席に連行されたのである。
ヴァンダルーの問いに、彼の横で観戦しているダルシアが答える。
『だってヴァンダルーの実力なら、絶対挑戦者に選ばれるもの。態々競わなくても良いと思うのよ』
ちょっと聞いただけではただの親馬鹿だが、彼女の言葉にその場にいたヴァンダルー以外の全員が頷いた。
「皇帝、あなたの力はこの境界山脈内部で有数……個人で【魔王の欠片】を使わず、【冥王魔術】を自粛すれば分かりませんが……それでも十分試練に挑戦できる実力をお持ちです」
「余も挑戦した事があるが、皇帝なら少なくとも力で試練に敗れる事は無いだろう」
「なので、私の仕事を少しでも減らす事にご協力ください」
ブダリオンの保証と、何よりもギザンの切実な訴えにヴァンダルーは頷く以外に無かった。
「それに、明らかにグファドガーンが探しているザッカートの後継者って、陛下の事だろう。だから挑戦するのは決まっているだろうが」
「そう言うクルトは何故観客席に?」
「……俺が大会に出場したら、うっかりアンデッドになるかもしれないからだ」
遠い目をクルトが向ける試合会場では、エレオノーラが鬼人族の戦士を薙ぎ払っているところだった。薙ぎ払われた鬼人族の戦士よりも力で劣るクルトが大会に出れば、手加減されても事故死しかねない。
「そもそもこの大会、有力候補が陛下の関係者ばっかりだぞ。他は親御さん達を前にして言っちゃあ悪いが、実力不足の感が否めない。『六角戦鬼衆』や竜人族のサムライのローエンの姿も無いし、魔人族はイリスのお嬢さん以外の出場者が無いときたもんだ。
いいのか、これで?」
そうクルトが問いかけると、各国の王達は苦笑いを浮かべた。
「別に皇帝に配慮して出場を辞退した訳では無いのじゃ。それは勘違いせんでくれ」
竜人国から来た四老竜の一人が、そう口を開く。
「ただの……出場できる有力選手が限られていてな」
「限られる?」
「クルト殿よ、我々ヴィダの新種族の多くの者は寿命が長い。そして当然、世代交代が行われるペースも長い。そのため、我が竜人族や魔人族、それにダークエルフ等は既に大半の者が試練に挑戦済みなのじゃ。
他の大陸南部の強豪たちも、既に一通り挑戦した後じゃ」
「……なるほど」
大会の趣旨とルール上、既に試練に挑戦した者は出場する必要が無い。しかも、一度の大会で多い時は十人以上が選出される。そのため、この百年で大体の強豪はゴドウィンの様に出場資格を失ったのだろう。
「寿命の短い種族もいるが……余の愚弟が起こした戦乱の直後故な」
ハイゴブリン国やハイコボルト国、そしてノーブルオーク帝国の大会出場候補は、ブギータスが起こした内乱によって倒されるか倒していた。
「それは、悪い事を聞いてしまった。申し訳ない」
頭を下げるクルトに、ブダリオンは気にする必要は無いと首を振った。
結果的に、今年の大会では試練に挑戦できそうな者はヴァンダルーの関係者ぐらいになっていた。
「オニワカや、シルヴァリの娘さんは頑張っていると思いますよ」
「いえ、今年が最後の大会になるかもしれないと思い出場させましたが、まだまだでしょう。お心遣い感謝いたす」
「イリスっ、イリスも頑張っているぞ! そう思わんか!?」
テンマが娘の健闘を褒められて、目を細める。そしてゴドヴィンが妙な対抗意識を燃やし始めた。
「親馬鹿は黙っておれ。ところでジョブチェンジは済ませたのか? 試練の攻略には数か月ほどかかるじゃろうから、レベルが百に近いならジョブチェンジをしておくに越した事は無い」
「はい、半月ぐらい前に済ませました。【迷宮創造者】に」
ドナネリス女王にヴァンダルーはジョブチェンジをした事を告げた。
【霊闘士】や他の導士等迷ったのだが、ダルシアを復活させる事が出来る何かが最奥で眠っているダンジョンに挑むのだ。最も役に立ちそうなジョブを選ぶことにした。
「そうか、【迷宮創造者】とは聞いた事が無いがきっと試練の攻略に役立つじゃろう」
そう頷くドナネリス女王。大会のリングでは、今正に彼女の娘の一人であるギザニアと、ザディリスが対戦を始めるところだった。
「魔術師でも、手は抜かない!」
「抜く必要等無い事を、坊やとダタラが作ったこの新装備で見せてやろう」
一見装飾過多で振り回し難そうな杖をザディリスが掲げて、ギザニアと対峙する。
「変し――!?」
その時、不意に地面が揺れ低い唸り声のような音が響いた。驚くザディリス達と対照的に、ギザン達は落ち着いて目を閉じ、祈るような仕草をして告げる。
「今、『ザッカートの試練』が出現しました」
・名前:ヴァンダルー
・種族:ダンピール(ダークエルフ)
・年齢:10歳
・二つ名:【グールエンペラー】 【蝕帝】 【開拓地の守護者】 【ヴィダの御子】 【鱗帝】 【触帝】 【勇者】 【魔王】(NEW!) 【鬼帝】(NEW!)
・ジョブ:迷宮創造者
・レベル:8
・ジョブ履歴:死属性魔術師 ゴーレム錬成士 アンデッドテイマー 魂滅士 毒手使い 蟲使い 樹術士 魔導士 大敵 ゾンビメイカー ゴーレム創成師 屍鬼官 魔王使い 冥導士
・能力値
生命力:9,547
魔力 :1,971,138,140+(985,569,070)
力 :1,707
敏捷 :1,484
体力 :1,788
知力 :3,670
・パッシブスキル
怪力:8Lv
高速再生:3Lv
冥王魔術:2Lv
状態異常耐性:10Lv
魔術耐性:7Lv
闇視
冥魔道誘引:3Lv
詠唱破棄:6Lv
導き:冥魔道:5Lv
魔力自動回復:9Lv
従属強化:8Lv
毒分泌(爪牙舌):7Lv
敏捷強化:5Lv
身体伸縮(舌):7Lv
無手時攻撃力強化:大
身体強化(髪爪舌牙):7Lv(UP!)
糸精製:3Lv
魔力増大:5Lv
魔力回復速度上昇:2Lv(NEW!)
・アクティブスキル
業血:4Lv
限界超越:1Lv
ゴーレム創成:3Lv
無属性魔術:9Lv
魔術制御:8Lv
霊体:10Lv
料理:5Lv
錬金術:7Lv
格闘術:9Lv(UP!)
同時発動:8Lv
遠隔操作:8Lv
手術:7Lv
並列思考:8Lv(UP!)
実体化:7Lv(UP!)
連携:8Lv(UP!)
高速思考:8Lv(UP!)
指揮:7Lv
操糸術:6Lv
投擲術:6Lv
叫喚:4Lv
死霊魔術:7Lv
砲術:7Lv
鎧術:4Lv
盾術:4Lv
装群術:2Lv
欠片限界突破:2Lv
・ユニークスキル
神喰らい:3Lv(UP!)
異形精神:9Lv
精神侵食:7Lv
迷宮建築:10Lv(UP!)
魔王融合:9Lv
深淵:4Lv
神敵(対敵から変化!)
魂喰らい:3Lv(UP!)
ヴィダの加護(NEW!)
地球の冥神の加護(NEW!)
・魔王の欠片
血、角、吸盤、墨袋、甲羅、臭腺、発光器官、脂肪、顎、眼球、口吻、体毛、外骨格、節足、触角
・呪い
前世経験値持越し不能
既存ジョブ不能
経験値自力取得不能
《ジョブチェンジ時、【魔力回復速度上昇】、【迷宮建築】のレベルが上がりました!》
・ジョブ解説:冥導士
いずれ死ぬ者、そして既に死んだ者を導く者を表すジョブ。生と死の境界線を乱し、この世にあの世を創り出さんとする者が就く事が出来る。
対象は当然霊やアンデッドであり、またそれを望む生者。ただ既に【魔導士】ジョブに就いていた事と【地球の冥神の加護】を獲得した事で本来対象外である存在にも、効果が及んでいる。
能力値の成長では生命力、力、体力の上昇率が低く、逆に魔力、知力、敏捷の順で上昇率が高い。
昨年12月15日、拙作「四度目は嫌な死属性魔術師」の書籍版が発売いたしました。書店で見かけた際は目を止めていただけたら幸いです。
ネット小説大賞のホームページでキャラクターラフやカバーイラスト等も公開されていますので、よければご覧ください。
2月1日に168話を投稿する予定です




