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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第八章 ザッカートの試練攻略編
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百六十五話 己を高め、競い合おう

 魔人国から離れた荒野、ランク5の魔物が徘徊し並の冒険者なら一時間とかからずに殺される危険地帯に、二人の姿は在った。

『ガアアアアア!』

「ウオオオオオオオォ!」

 『剣王』ボークスが黒い大剣を振り上げ、四本腕のグール、ヴィガロが獅子の咆哮を上げて斧を横薙ぎに振るう。


 互いの武器がぶつかり合う度に大気が揺れ、一撃の余波だけで周囲の岩が冗談のように揺れる。本来なら凶暴な魔物達も、二人を恐れて鼠のように逃げ出していた。

『腕を上げたじゃねぇか、ヴィガロ! 俺程じゃぁ無いがな!』

 互いに殺意は無い。だがそれ以外は気迫も装備も実戦と同じ勝負を望んだヴィガロの要求を受け入れたボークスが、挑発の混じった賞賛を贈る。


「グルゥ……確かに、まだ我の腕はお前ほどじゃないようだ」

 眉間に皺を寄せて唸るヴィガロの戦闘技術は、明らかに上がっていた。初めて出会った時、ボークスにとってヴィガロの実力は、余程不意を突かれない限り負けない格下でしかなかった。それこそ隻腕で得物が柄だけの剣だった頃の彼でも、確実に倒せただろう。


 だが、タロスヘイムでジョブに就きメキメキと力を付けて行った。

(能力値も俺の方が上だが、それだけで勝負が付けられるほどの差は無ぇな。全く、ランク持ちのヴィダの新種族は二倍の速さで強くなりやがる)


 グールや吸血鬼のようなランクを持つヴィダの新種族がジョブに就くと、ジョブのレベルと魔物としてのレベルが同時に上がるために、人間や魔物よりも成長が速い。それをボークスはヴィガロ達の成長によって知った。

 ……近くに常識の斜め上の方向に向かって成長するダンピールが居るので、普段はあまり目立たないが。


「だが、我は導きを受けた! 夢に出てきた妙に細長いヴァンダルーから、助言を受けたのだ!」

『……何度も言うけどよ、それってただの悪夢なんじゃね~か?』

「正直我もそう思わなくもない。だが、夢のお蔭で体得したのだ!」


 一瞬空気が緩んだが、すぐに緊張感が満ち張りつめていく。

『やっぱり上位スキルに覚醒してやがったか! 良いだろう、試してやるぜ!』

「おう、足りなかった物を得た我の力を見せてやる!」

 それまで三本のバトルアックスと盾を持っていたヴィガロは、そう叫ぶと盾を頭上に向かって真っすぐ放り投げた。


『あぁ?』

 一瞬、勿体つけておいてやる事は防御を捨てて攻撃に専念するだけかと思ったボークスだが、油断無く大剣を正眼に構える。

 そして見た。ヴィガロの背中から音も無く伸びた五本目の腕が、空中の盾を掴み取るのを。


『……はぁ!?』

「行くぞぉっ!」

『ちょっ!? 待て、今生えたのは何だよ!?』

 動揺を露わに叫ぶボークスに向かって、五本目の腕を生やしたヴィガロが疾駆する。


 人よりもずっと長く柔軟な三本の腕でそれぞれバトルアックスを操り、残りの腕は地面を掴み身体を支える。

『チィ!』

 動揺していてもボークスはタイミングと狙いをずらして振るわれる三本の斧を剣と体捌きで回避する。そしてお返しとばかりに剣で斬りかかった。


「ガア!」

 しかし、ヴィガロの背中から生えた腕が保持している盾がボークスの剣を受け流す。その隙を突いて、再び三振りの斧と、足を狙って突きだされた肘の合計四撃が繰り出される。姿勢を低くして巨人種ゾンビであるボークスにとって、苦手な位置からの攻撃を繰り出してくる。


『何で腕が一本増えたかは兎も角、五本目の腕で盾を使って防御力を維持したまま、空いた腕を臨機応変に使う訳か。

 だが甘めぇ!』


 ボークスの強力な前蹴りがヴィガロの腕の一本を弾く。そして他の二振りの斧を無視して直進して間合いを詰め、剣を振り降ろした。

「ギャォウ!?」

 咄嗟に盾で受け止めようとしたヴィガロだったが、五本目の腕はボークスの剣の威力を止めきれず、そのまま上から叩き潰された。


「グゥ……まだ使いこなせないか。【霊体】と【実体化】を」

 倒れたままそう唸るヴィガロ。彼の背中に生えた五本目の腕は、肉体では無く肉体からはみ出た霊体だったのだ。

『そういや、ちぃと透けていたような気もしたな。しかしアンデッドでもねえのに、よく覚えられたな。導きにしても面妖だぜ』


「夢の中で細長いヴァンダルーが、食べるように言いながら自分の一部を千切って我に渡した。それを食ったら背中から生えて来てな、目覚めたらランク10のグールアストラルタイラントにランクアップしていて、スキルもその時獲得した」

『……やっぱり悪夢だろ、その夢。それは兎も角、上位スキルの名は何だ? 俺の昔の知り合いは【斧王術】だったが、違うんだろ?』

 脚に半ば喰いこんだままの斧を抜きながらボークスは尋ねた。


 上位スキルの名称は、個人毎に異なる。最もポピュラーなのは「○王術」だが、スキルの所有者の戦い方や精神的な要因によって他の名称になる事も多い。


「【獅死斧術】だ。今はまだ我の不慣れと魔力の少なさのせいで五本目の腕を長く維持できないが、すぐに追いついてやるぞ」

『おう、楽しみにしてるぜ』


 そんな二人の男の熱いやり取りを、バスディアは眺めていた。

「周囲の魔物が邪魔をしないよう見張るために狩り出されたが……私はいらなかったんじゃないだろうか?

 まあ、ジャダルが母さんを慰め終るまでの暇つぶしとしては、望外に良いものが見られたが」


 戦士である彼女は暑苦しい光景も嫌いでは無く、優れた使い手同士の戦いを見られた事に満足していた。

 そして無茶をして足の骨が半ば断たれているボークスの手当の為に、二人と合流したのだった。

 因みに、彼女は夢を見るよりも前にランク9のグールアマゾネスチーフにランクアップしていて、ランク10へのランクアップはまだだった。




 ボークスとヴィガロが熱いやり取りをしているその頃、ヴァンダルーはあるダンジョンの中に居た。


 『地獄の宮殿』。

 魔人国に存在する九十九層からなる高難易度ダンジョンである。宮殿と言うだけあって何処かの建物の内部を思わせる内装であるが、中庭にマグマの池があったり、建物が全て氷で出来ていたりと、環境的な過酷さもトップクラス。


 出現する魔物はデビルオクトパスやデーモンエイプ等の、デーモンっぽい特徴を持つだけの動物型の魔物を除けば、全て穢れた魔力が凝縮して実体化して動き出したデーモン型の魔物ばかりだ。

 レッサーデーモン程度なら、高い身体能力とそれなりの魔術に注意すれば十分倒せる。しかしこのダンジョンで出現する最も弱いデーモン型の魔物は、ランク7のグレーターデーモンやラーヴァデーモン、フロストデーモン等だ。


 武術や魔術を使いこなす狡猾さに、厄介な特殊能力を幾つも持っているのが最たる特徴だ。【詠唱破棄】で発動する魔術の数々、特殊な毒、聞いた者の精神を苛む咆哮、高い再生能力に、短時間の透明化等様々だ。

 しかも奥に進むとランク9のデーモンジェネラル、ランク10のアークデーモンの群を統率するランク11のデーモンロード等の強敵が出現する。


 更に、魔物から採れる素材は貴重で金銭的な価値が高い物が多いのだが、殆ど食用に適さない。そのため、ダンジョンの攻略を目的とする者は食料を持ちこまなければならない。

 そんなダンジョンであるため、種族全体が高い戦闘能力を誇りデーモン型の魔物をテイム出来るジョブに就く事が出来る魔人族でも、多くの者は表層から中層で魔物の間引きを行うのが精々だ。


 そのはずだったのだが……床も壁も磨き抜かれた石で造られた廊下を、ヴァンダルーは無造作に歩いていた。

「うーん……今のところ数えるほどしか戦っていないのですけど」

 そう言いながら、廊下の左右に衛兵の如く立ち並ぶデーモン達に視線を向ける。彼等は魔人国のテイマーによってテイムされた魔物では無く、ダンジョン内に生息する普通の魔物だ。


 それなのに、ヴァンダルーに襲い掛かる素振りは一切見せない。彼の後ろに続く者達に対しても。

『初めて潜ったダンジョンで遭遇したアンデッド達の様に、坊ちゃんに魅了されたのでしょうか?』

 荷台に荷物を積んだサムがザディリス達と出会う前、ミルグ盾国内を隠れ忍びながら旅していた時潜ったダンジョンでの出来事を思い出して言う。


 しかしヴァンダルーは「魅了や導きとは違うようです」と、デーモン達の様子を見ながら答えた。

 彼がすっと手を伸ばすと、その先に立つデーモン達の身体が僅かだが震えた。その爬虫類を連想させる瞳に、恐怖が宿っている。


「どうやら、彼等は俺が怖いみたいですね」

 デーモン達はヴァンダルーに対して覚えた恐怖のあまり、ダンジョンの魔物としての本能を放棄して、侵入者に対する戦闘や妨害を一切放棄しているのだ。


「ダンジョンの魔物が恐怖のあまり、か。普通のダンジョンならあり得ん話じゃないがなぁ……」

 魔人国の王、ゴドウィンがそう唸る。ダンジョン内で生成される魔物は、ダンジョンによって侵入者を排除する様に、そしてその為なら異なる種族の魔物ともある程度協力するよう、精神的な影響を受けている。

 ただヴァンダルーのダンジョンで生成される魔物と違い、通常のダンジョンで生成される魔物には魂がある。そのため、ダンジョンからの影響も完全では無い。


 自分より圧倒的に強い相手を前にすれば戦いを挑まず逃げ隠れする場合や、余程相性の良い相手にはテイムされる場合もある。

 しかし、デーモンの場合殆どそれは無い。


 デーモンは穢れた魔力が集まり、それに魂が宿って肉体を持った存在だ。他の魔物はどれ程奇妙な種族でも生物的な欲求や本能を持つが、デーモンにはそれは無い。

 眠らず、物を食べず、繁殖もしないまま寿命も迎えず永遠に生きる事が出来る。それらの行為が出来ない訳ではないが、デーモン達にとってそれはただの娯楽でしかない。


 そのためデーモンは自身の命すら戯れに手放す事が珍しくない。特に上位のデーモンほどその傾向が強く、命惜しさに降伏し、逃げる事はまず無い。

 種族的な特性を持つ魔人族でなければテイム出来ないのも、そうした非生物的な価値観故だ。


「うーん、何故でしょう? 俺、デーモン系の魔物と戦った事すら殆ど無いのに」

『恐らくですが、『魔王』の二つ名や【魔王の欠片】を持っているからではないでしょうか?』

 サムの推測に、ゴドウィンは「多分それだ」と言って掌を叩いた。


「デーモン系の魔物は魔王グドゥラニスが、僕として創造してから発生する様になったと言われておる。故に、坊主の中で大きくなった魔王の気配に恐れ戦いているのだろう。ただ、魔王グドゥラニスの気配とは違う部分が多いので、服従はしない。そんな状態なのかもしれん」

「なるほど、そうかもしれませんね」

 デーモン達はゴドウィンの推測を肯定も否定もしないが、説得力があるとヴァンダルーは感じた。


「私など、未だにレッサーデーモンすらテイムできないのに……陛下の前ではアークデーモンがまるで借りてきた猫のように大人しい。流石と言うかなんと言うか」

 致命傷を負って淫魔人サキュバスと化すことで生き延びた元レジスタンスのリーダー、『解放の姫騎士』イリス・ベアハルトがふぅと息をつく。


 ゴドウィンが行った『血の繭』の儀式で人種から魔人族へ変化した彼女だが、それからまだ一年と経っていないため生粋の魔人族のように上手くデーモンを扱う事は未だ出来ていなかった。

『イリス……普通の魔人族が何十年もかけて学ぶ事だ。気負う事は無い』

 オリハルコン製の聖剣『ネメシスベル』をヴァンダルーが改造した冥魔剣、『ネメシスジョージ』に宿るイリスの父親、ジョージの霊がそう慰める。


 テイマー系のジョブである【呪霊剣士】に就いていたイリスだが、行動を共にしている魔物は父の霊であるジョージだけだ。それもヴァンダルーに与えられる形で再会したので、彼女自身に「魔物をテイムした」と言う自覚と経験は無い。


 それなのに対象が獣等よりも知能が高く、しかし人とは精神構造が全く異なるデーモンである。苦戦して当然だろう。

「ふ~む、今度デモンケンタウロスで試してみるか? 馬の扱い方は慣れているのだろう?」

 イリスを魔人化させる儀式を執り行った事で彼女にとって二人目の「父親」に成ったゴドウィンがそう提案する。しかし、娘達の反応は芳しいものでは無かった。


「そのデーモン、名前の響きからして馬では無いのでは?」

「その通りです、陛下。ケンタウロスの様に馬の下半身を持つデーモンです。形が似ているだけで、馬ともケンタウロスとも異なる魔物なので……【騎乗】の心得が役に立つかは分かりません」

 レッサーデーモンと同じく下級のデーモンで、空を飛べない代わりに地上での機動力に優れている魔物である。

 当然、乗用馬や軍馬とは全く異なる存在である。


『ゴドウィン、せめてデーモンホースではないのか?』

「あれは単にデーモンっぽいだけの馬の魔物だろうが。テイムしてもイリスの成人の証しには成らんぞ、ジョージ」

『だが不慣れな事をさせても――』

「ジョージよ、それはちぃと過保護すぎやせんか。育児の方針が貴様とは全く合わんな!」


 どうやらジョージとゴドウィンは、『娘』であるイリスの育成方針について揉める事が多いようだ。

 ヴァンダルーがイリスを見上げると、恥ずかしげに視線を逸らした。

「魔人族としては、私は未成年なので……周囲の扱いもそれ相応になり、父達もそれに影響を受けてしまっているようです」


 魔人国では、成人に相応しいと判断されない魔人族は外見や実年齢がどうであろうと未成年として扱われる。イリスも例外では無い。

 サウロン領では名高き『解放の姫騎士』も、魔人国ではまだ卵の殻をくっつけた雛鳥でしかないのだった。


『なるほど、男親とは娘の教育について悩むものですからね。思えば、私もそうでし……いや、今も若干悩まなくも無いのですが』

 サムが娘達に思いを馳せながら、ジョージとゴドウィンに共感を覚えている。その娘達であるサリアとリタが聞いたら、『いや、父さんも変だからね』と口をそろえて言い返しただろうけれど。


「それで私が早く成人したいと愚痴を漏らしたので、二人とも知恵を絞ってくれているのです」

「そんなに焦る事は無いと思いますよ、イリス。見習い期間だと思って、じっくり力を伸ばすのが望ましいと思います」

「陛下の言う事も尤もですが、私は今魔人国中の人々に『お姫ちゃん』と呼ばれていて……あと何年もこの状態が続くのかと思うと」


「あー、それはちょっとストレスが溜まるかもしれませんね」

 イリスは魔人国中の人々、民である人種やドワーフ、エルフからも子供扱いされていた。国としての制度がそうなのだから、彼等がその通りにイリスを扱うのは当然である。

 しかし、去年まで人種の社会では成人だったイリスにとっては情けなく感じるのだろう。


「そう言えば、カチア達もグール化したばかりの時は他のグール達の目が生温かいって言っていましたっけ」

 生きる希望を失い、ヴァンダルーの眷属となって新しい人生を生きるためにグール化する事を選んだ元女冒険者のカチア達の事を思い浮かべて、ヴァンダルーはそう言う。


 つまりイリスは当時のカチア達と同じように、環境と自分の立場が大きく変化した事にまだ適応できていないのだ。

 ここは経験者として助言するべきだろうと思ったヴァンダルーは、彼女を元気づけるようにジョージを握っていない方の手に触れて言った。


「イリス、こう言われても信じられないかも知れませんが、いずれ慣れます。俺も産まれたばかりの頃は困惑していました」

 ダルシアの息子として二回目の転生を果たした当初、ヴァンダルーも赤子として養育される事に違和感を覚えていた。


 しかし、徐々に違和感や戸惑いを覚える事は少なくなっていった。同時に、『地球』での天宮博人や、『オリジン』でのアンデッドとしての人格が変化し、『ラムダ』のヴァンダルーになっていった。

 前世以前の記憶は残っているが、今では自分が日本社会でどうやって数々の不条理に耐えながら生きていたのか思い出せなくなりつつある。


「そうだったのですか……陛下の事だから、すぐに順応したのだと思っていました」

『そうでしたでしょうか? 私が初めて会っていた時から、子供らしからぬ言動も多いと思うのですが』

『最近でも、子供と言うより……妙な言動の方が多いように思える』

「そうだな、普通の子供ならアイアンクローなんかで気軽に持ち運びされたら怖がると思うが」

 サムやイリスに加えて、さっきまで議論していたジョージとゴドウィンまで、興味を覚えたのか会話に加わって来る。


 二人の言う通り、一般的な子供らしくない面も多く見えるのだろう。無表情と平坦な声で、ちょっと見ただけでは年齢に不相応に落ち着いているように見えるそうだし。そうヴァンダルーは納得した。

「まあ、慣れても前世以前の記憶や経験を忘れる訳では無いですから。俺の場合は記憶と人格を引き継いで赤子から生まれ直したので、イリスの場合とは色々違うかもしれません。

 エレオノーラやベルモンド達吸血鬼の方が、イリスの感覚には近いかも」


 境界山脈外の吸血鬼の場合、人種等から変化した瞬間が「誕生」だと認識される。

 その時二十歳だろうが六十歳だろうが、吸血鬼社会では等しく半人前として扱われる。吸血鬼化によって獲得したスキルや上昇した身体能力に慣れ、使えると認められるまでそれが続くのだ。

 エレオノーラやベルモンドは邪神派の吸血鬼だったので、イリスと違って愛情のある育てられ方はしなかったが。


「ふ~む、『ヴィダの寝所』の原種吸血鬼の話を聞いて参考にしようにも、あいつ等千年に一度目覚めるかどうかだからのぅ」

『それよりも他種族から魔人化した者に話を聞けないのか?』

「儂の婆ちゃんの兄貴の何番目かの彼女が魔人化したエルフらしいが、もう何万年も前の事じゃ。とっくに『ヴィダの寝所』で石化しとるぞ。儂等魔人族は、原種吸血鬼と違って一度石化すると殆ど起きんのだ」


「いえ、お二人が私の事を想ってくれている事は承知しています。私が不慣れなだけなのです、気にしないでください」

 娘が気にしている事を知って相談を始めるジョージとゴドウィンに、それを制止するイリス。人間社会から見ると特異な三人の父娘の関係は、良好であるようだ。


「そうか? まあ、デーモンが両脇を固める廊下で家族会議も無いか。しかし……ダンジョンボスを何度も倒しておる儂でも、このダンジョンのデーモンにここまで恐れられた事は無いぞ。

 もういっそ魔人王も兼任してみんか、坊主? 坊主なら魔人王の務めも片手間で熟せるだろう」


 魔人国の王最大の務めは、この『地獄の宮殿』を定期的に攻略する事である。

 『迷宮の邪神』グファドガーンによって創られたこの『地獄の宮殿』は、この境界山脈内部に満ちた穢れた魔力を集めてデーモンを生成する事で、無差別なダンジョンやデーモンの発生を抑制する役割がある。

 しかしデーモン型でも上位の魔物は知能が高すぎて、生成されてから百年も経つと自力でダンジョンの精神的な支配を抜け出し、地上に出たり浅い階層で弱い侵入者を待ち伏せたりと厄介な行動をとるようになる。


 それを防ぐために、定期的に上位のデーモンを間引く事が必要なのだ。

 ゴドウィンはその役目を十二分に務めてきた。しかし、ヴァンダルーなら彼よりも簡単に役目を熟せるだろうと見ていた。


 実際、彼がそう口にした瞬間廊下の左右に立ち並ぶ上位のデーモン達に動揺が走った。何時もは死の瞬間でも喜悦を消さない目が、「それだけは止めろ!」と言わんばかりに見開かれている。


「遠慮しておきます」

 そんなデーモン達に配慮した訳ではないが、ヴァンダルーはゴドウィンの提案を当然辞退した。

「やっぱりか。とは言え、何故だ? 儂が言うのもなんだが、この国の王は強ければ結構楽だぞ。坊主なら頭や腕を生やしてデスクワークも簡単に出来るだろうに」


「父さん、そのデスクワークが嫌で言っている事が分かるからでは?」

『ゴドウィン、任期が終わるまであと少しなら辛抱しろ』

「いや儂はだな、王を辞めて育児に専念しようと思ってだな」

「そこまで私は子供ではありません!」

 流石に口実に使われるのは嫌だったのか、イリスが尻尾を立てて語気を強める。


「むぅー、育児を理由に出されると……しかし復活する方法によっては、母さんが赤ん坊に戻る可能性もあるので簡単に仕事を増やす訳には……」

「陛下も惑わされないでいただきたい!」

 そして悩み始めたヴァンダルーを一喝する。


 そんな一向に締まる気配の無い四人は、そのまま廊下を進み、奥にある扉からダンジョンボスの待つ部屋に入ったのだった。

 流石にダンジョンボスのアークデーモンロードは、ヴァンダルーに怯える事無くかかってきた。しかしそれだけでは単にランク12の魔物と一度戦っただけなので、『ザッカートの試練』に備えてB級を越える難易度のダンジョンを体験するという目的的には微妙だった。


 鬼人国での腕試しとは違い、極普通に【魔王の欠片】を発動させて難無くアークデーモンロードを屠ったヴァンダルーは、イリス達に話しかけた。

「そう言えば、今度肉体美を競うボディビル大会を開催するのですが、訓練の息抜きにどうです?」


「お、良いな。皇帝に招かれたと言えば文官達も文句を言うまい。親善のためだからな♪ どうせなら出場するか、イリス?」

『ゴドウィン、嫁入り前の娘に肉体美を競わせるなど何を言っているのだ。イリスも出てはいかんぞ』


「父上、私が出たがっているかのように言うのはお止め下さい。あの格好は……私にはとても無理です。あのブーメランのような下着一枚で舞台に立つなんて」

「いや、ブーメランパンツを履くのは男性選手だけですからね。女性選手は、魔人国の最新ファッションと似たような露出度ですからね」

「そうなのですか、それなら……いえ、遠慮します」


 一瞬頷きかけたが、魔人国の最新ファッションと同程度であると言う時点で羞恥心が耐えられそうにないと気がつくイリスだった。




《【迷宮建築】スキルのレベルが上がりました!》




 春も半ばを過ぎ初夏が近づいてきている五月のある日、劇場の観客席に座ったクルト・レッグストンは、舞台の上でオイルを塗った身体で肉体美を競い合っている知人達の顔を見ながら呟いた。

「……陛下の趣味、さっぱり分からねぇ」

 今この劇場では、『ヴィダ復活記念第一回ボディビルコンテスト』が開催されていた。


 クルトもミルグ盾国で軍務卿の地位を交代で担ってきたレッグストン伯爵家の三男として生まれ、ヴァンダルーにヘッドハンティングされるまで軍人として生きてきた男だ。筋肉に対する嫌悪感などは無い。

 寧ろ鍛え上げられた肉体の持ち主には感心する。しかしそれは弛まぬ訓練に耐える精神と、その結果ついた筋肉によって発揮される身体能力に対する物だ。


 それに対してこのボディビルという種目は、鍛えあげられた肉体の外見を競う事が主旨とされている。

 男性はブーメランパンツ、女性はビキニタイプの衣服だけを着て、ポーズを取る。

 今も舞台ではヴィガロが四本の腕それぞれに力瘤を作って見せ、対するボークスは身体を捻って大腿筋と腕の筋肉を見せつけて来る。


 確かにあの腕で殴られたら並の騎士なら首が折れてしまうだろうとは思うが、ポーズ自体には武術的には何の意味も無いようにクルトには見えた。

『お前は出ないのか、クルト。参加賞はザクロジュースとVオイルだぞ』

 コンテストの途中で劇場に入って来たクルトの兄、チェザーレ・レッグストン……アンデッド化後タロスヘイムの将軍職に就き、今では実質的な宰相の地位に在る人物が席に座りながら話しかけて来た。


「……兄上、冗談でも止してくれ。俺が下着一枚で歯を見せながらポーズを取るところが見たいのか? ザクロのジュースとオイルと引き換えに勝てる見込みも無い勝負で恥をかくつもりは無い。……オイルの方は、貴重品なのは分かるが」

 げんなりとした顔をして兄に答えるクルト。彼自身も以前は騎士として騎士団の一員だったため、今でもそれなりに身体は鍛えている。しかしヴィガロやボークス、ゴドウィンやマイルズ等それぞれの部門の優勝候補者に勝てる見込みは無いと自覚していた。


 だから舞台上でコンテストに参加しているカシムやハッジに同情的な視線を向けながらも、同じ轍を踏むつもりは無かった。


 ただVオイル……ヴァンダルーが発動した【魔王の脂肪】から抽出した油に様々な素材を加えて作った特性油には、恥をかくだけの価値があるかもしれないが。肌荒れや火傷、薄毛等、諸症状に効果がある。美容にも良いらしい。

 因みに、選手たちが塗っているオイルもそれだ。


 ただ、まだ生え際は防衛ラインの最前線から引いていないので大丈夫だろう。


『勝ち目がない訳ではないだろう。種目は男女で、更に体重で四種目、合計八種目に別れている。優勝なら兎も角、五位入賞までなら望みもある』

「そんなに勧めるなら兄上が出場すれば良い。アンデッドもスケルトン以外は出場できるだろうが」


『私は生前から騎士や指揮官として武勇を発揮するよりも、従軍文官の方に向いていたのは気がついていただろう。身体の方もそれ相応だ』

 クルトよりもずっと戦士としての才能が乏しかったチェザーレは、生前から肉体美と身体能力にあまり自信は無かった。


『陛下に取り立てられなければ、私が将軍に成る事も無かっただろう』

「……取り立てって言っても、殺した後アンデッドにして、しかも実際やっているのはほぼ宰相だけどな」

『それは兎も角クルト、家臣たるもの主君の趣味を『理解できない』などと間違っても言ってはいけない』


 『地球』でも上司が嗜む趣味に部下も付き合う事があったように、『ラムダ』の人間社会でも主君の趣味を家臣も嗜むのは珍しくない。釣りや狩猟、詩、美食や楽器の演奏、ボードゲーム、等々だ。

 特に『ラムダ』の人間社会、それも貴族や騎士の場合上司との人間関係が現代日本より長く続き、さらに重要な意味を持つ事が多い。


 生まれる前から終生仕える事が決まっていたり、将来上司の娘を貰う事になったり、人間関係が拗れた結果猜疑心の強い主君に反逆を疑われて投獄されたりするのだ。……最後の例は、現実にはそう頻繁に起こる事ではないが。

 兎も角、君主の趣味を程度の差はあれ家臣も嗜むのが常なのである。


「……いや、あの陛下なら『人それぞれですからねー』としか言わないと思うぞ、兄上」

『父上や、アルサード兄上が家族を連れて亡命するのだ。受け入れて頂いた陛下に我々が尽くさなくてどうする』

「まあ、それはそうだが」


 何度目かのレギオンの転移を利用しての秘密会談の結果、チェザーレとクルトの実家であるレッグストン伯爵家のタロスヘイムへの亡命はほぼ決定していた。

 二人と、皇帝であるヴァンダルー自ら赴いての説得の成果である。


 ……息子の片方がアンデッド化している事と、祖国を裏切る事に二人の父であるセシル・レッグストンは複雑な感情を覚えていたようだが、彼がヴァンダルーに対してそれを表に出す事は無かった。

 そのアンデッド化した息子が生前よりも生き生きしている事や、二人ともミルグ盾国に居た時よりも出世していた事、それに同行していたアイラから約四年前の遠征の真相を聞かされたからだ。


 特にアイラが当時遠征軍に加わっていた時の傭兵隊長としての姿に【変幻】のユニークスキルを使用して変身して見せた事が、説得の大きな助けになったようだ。


「当人が気にしなくても、俺達がそれに甘え続けて良いって理屈には成らないからな。それは分かっている。分かっているが……いや、今やっている種目なら分からなくもないか」

 急に意見を変えたクルトが視線を向ける先をチェザーレが見ると、舞台では男性部門が終了して女性部門が始まっていた。


 バスディアやジーナ、ボークスの娘のゴーファやギザニアが、順にポーズをとっていた。


『クルト……まあ、お前だけでは無いが』

 そう嘆くチェザーレの耳には、男性客が上げる歓声や囃し立てる様な口笛が聞こえていた。それに男性部門の時は、逆に女性客が黄色い歓声を上げていたのでお相子だろう。


「薄着で舞台に上がって肉体美を競うんだ、こうなる事は選手も分かっていただろう。陛下もだから観客がステージに上がらないように押さえる警備用のゴーレムを揃えたんだ、大目に見てくれ」

 そう言うクルトだが、分かっていなかったイリスが出場しなくて良かったと胸を撫で下している事には気がつかなかった。


「そもそも、普段より布の面積が多い奴も居るじゃないか」

『それもそうだ……ところで父上達は全員連れて来るだろうか。我々の助言通りに』

 レッグストン家との会談では、ヴァンダルーが「俺が居ては話しにくい事があるでしょうから」と席を外してレギオンと外を見張る事が度々あった。

 その間にチェザーレとクルトは、「亡命するならこうした方が良い」と幾つか助言を説得と共にしていた。


「アルサード兄上はまだ側室はいないと言っていたし……念入りに確認したが、隠している愛人もいないそうだしな」

『では古参の使用人と、行く当ての無い者、忠誠心の厚い騎士、そして彼等の家族か。私の事で失脚した後で良かったかもしれないな。人数を纏めるのが楽だ』


 普通亡命するなら使用人は極一部以外置いて行き、隠している愛人などは切り捨てても問題無い。しかし、ヴァンダルーにそれを気がつかれると、確実に彼の心証に影響が出る。

 無理に全員連れて来いとは言わないし、レッグストン家の事情も斟酌するだろうが、それでもヴァンダルーの中でのセシルやアルサードの印象が悪くなるのは避けられない。


『陛下はどう言ったところで、立場の弱い者に目を向ける方だ。そうして出来たのがこの国である以上、問題があると私は思わない。実際、死んだ時の私も弱者だった』

 彼等の主君であるヴァンダルーは、『地球』から『オリジン』まで常に弱者の側だった。程度の差はあるが立場が弱く、切り捨てられる側だった。


 故に彼が視線を向けて同情し、時に損得勘定を蔑にしても手を伸ばすのは山賊によって無残に殺された元貴族の使用人父娘の霊や、冒険者に襲われていた娘、ミルグ盾国によって滅ぼされた巨人の国の死者達、故郷を追われた難民達が作った開拓村、自治区に押し込まれたスキュラ族だった。


 強者が悪と言う訳でも、王侯貴族を嫌悪している訳でも、金持ちを憎んでいる訳でも無い。

 逆に弱者だから無条件に正しいと思っている訳でも無いし、正義がそちら側にあるとも考えていない。

 だが、まず目を向くのは弱い側だ。


 理屈では無く、そういう性分なのだろう。


「俺も別に文句がある訳じゃ無い。部下共々拾ってもらった身だしな。ただ、人間社会の王侯貴族とは相性が悪い考え方だとは思うぜ。そして、兄上相手に言うまでもないが俺達の実家はほんの少し前まで、名実ともにミルグ盾国の由緒正しい上層階級、伯爵家様だ。

 甥っ子の将来の為にも、頼むから変な事は考えないでくれよ。親父殿」


『父上とアルサード兄上を信じないわけでは無いのだが……』


 もし仮にセシル達が家族以外の者達を切り捨てたとしても、ヴァンダルーは彼等の亡命を拒絶する事は無いだろう。クルトと交わした約束であるし、事情を斟酌もするはずだ。

 しかし、亡命後の扱いにはやはり差が出るのは避けらない。ヴァンダルーにとってセシル達の価値は「チェザーレとクルトの親兄弟」である事以外なく、別に彼等の力を必要としている訳では無いのだ。

 蔑ろにはされないだろうが、重用も信用もされないだろう。


 それは家族として避けたいので、生まれたばかりの甥っ子の為にもセシル達が自分達の助言を聞いてくれることを祈らずにはいられない二人だった。

 ……家族だから信じたいという思いと同時に、「でも貴族だから、叩けば埃の一つや二つ出てくる立場だし」と不安が消えないのである。


「あの二人、何で祈っているのかしら?」

「……女性選手のポーズが眼福だったんじゃない?」

 二人のそんな事情を知らない観客たちは、舞台に向かって手を合わせる二人を不思議そうに見ていた。




・名前:ヴィガロ

・ランク:10

・種族:グールアストラルタイラント

・レベル:2

・ジョブ:鬼戦士

・ジョブレベル:7

・ジョブ履歴:見習い戦士、戦士、斧士、斧豪、魔斧使い、大斧豪、狂戦士

・年齢:173歳


・パッシブスキル

闇視

剛力:2Lv(怪力から覚醒!)

痛覚耐性:7Lv(UP!)

麻痺毒分泌(爪):5Lv(UP!)

斧装備時能力値強化:極大(UP!)

魔術耐性:4Lv(UP!)

精力絶倫:2Lv(UP!)

殺業回復:1Lv(NEW!)

物理耐性:1Lv(NEW!)


・アクティブスキル

獅死斧術:1Lv(斧術から覚醒!)

格闘術:8Lv(UP!)

指揮:5Lv

連携:7Lv(UP!)

伐採:4Lv(UP!)

解体:3Lv(UP!)

盾術:6Lv(UP!)

限界突破:7Lv(UP!)

魔斧限界突破:8Lv(UP!)

並列思考:5Lv(UP!)

霊体:2Lv(NEW!)

実体化:2Lv(NEW!)

高速思考:1Lv(NEW!)


・ユニークスキル

ゾゾガンテの加護(NEW!)

ガレスの加護(NEW!)




・種族解説:グールアストラルタイラント


 ヴァンダルーの導きを得たヴィガロがランクアップして誕生した種族。【霊体】や【実体化】スキルを獲得したグールアークタイラントがランクアップする事が出来る種族だと推測される。

 【霊体】や【実体化】はアストラル系の魔物とアンデッド以外の存在にはほぼ獲得する事が不可能なスキルであるため、やはりヴィガロがラムダで初めて誕生したグールアストラルタイラントだと思われる。


 上位スキルに覚醒した事で戦闘能力は格段に上昇しているが、まだ使い慣れておらず、その真価を発揮する事が出来ていない。

昨年12月15日、拙作「四度目は嫌な死属性魔術師」の書籍版が発売いたしました。書店で見かけた際は目を止めていただけたら幸いです。

ネット小説大賞のホームページでキャラクターラフやカバーイラスト等も公開されていますので、よければご覧ください。


1月24日に166話を投稿する予定です。

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