百六十四話 姫と軍務卿、それぞれの悩み
皇帝に正式に就任したヴァンダルーは、一旦タロスヘイムに戻る事になった。まだ『ザッカートの試練』が出現していなかったし、やる事も色々あったからだ。
その内一つが留守の間に一斉にランクアップしたプリベルやザディリス達のお披露目である。
ヴァンダルー自身は自覚していなかったが、夢に出て彼女達を導いていたらしい。その際、自分の姿が山のように巨大だったり、大地を覆い尽くす程無数に分裂していたり、手乗りサイズだったりと人によって見え方が異なっているのが面白かったが。
「もしかして俺って、魂とか精神の形が普通の人とは違うのかもしれませんね」
「勇者の魂の欠片で創られた魂だから? 夢なんて見る人によって変わる物だから、そうでもないと思うけれど」
ミスリルの延べ棒に死属性の魔力を注ぎながら言うヴァンダルーの呟きに、エレオノーラがそう言う。彼女の言う通り、夢なんて不確かな物だから気にする事は無いのかもしれない。
「俺も今まではそう思って気にしなかったのですが……思い返すと心当たりがありまして」
ヴィダの神域での自分の立ち振る舞いや動きを思い出すと、明らかに人間の動きをしていなかったような気がする。
それが気になったヴァンダルーは、ブダリオンやゴドウィン達と一緒にムブブジェンゲの神域に招かれた時の事を思い出して見た。
あの時、ブダリオンやゴドウィンは魂だけの状態になっても通常の姿形と変わらなかったような気がする。
だが自分は彼等を上から見下ろしていた……つまり本来の肉体よりも明らかに巨大化していた。当時は気にしなかったが、自分の来歴を聞いた後だともしかしたらと思うヴァンダルーだった。
『霊体は普通の形なのに、魂の形は違うのか。変なもんだな』
「確かに坊やは頻繁に変形するが、それをしない時は、普通の形じゃな」
不思議がるボークスとザディリスに、ヴァンダルーは実際に【幽体離脱】で霊体の分身を作って見せて説明した。
「スライムに例えると分かり易いでしょうか? 魂は核で、霊体はそれを包むゼリー状の部分です。通常魂は常に霊体に包まれていて、表に出る事はまずありません」
『俺の場合通常と異なるのは魂だけで、霊体は他の人と何も変わらないのでしょう。だから霊体の分身を見ただけでは誰も気がつかなかった』
『ブルルルル』
「協力ありがとう、キュール」
ディープブラッドスライムのキュールにも手伝ってもらっての解説に、そんなものかと納得するボークスとザディリス。
地球やオリジンだったら細胞の核を魂に例えて説明するのだが、ラムダだとスライムに例えた方が説明しやすい。
『形が変わっていても、ヴァンダルーはヴァンダルーよ。気にする事無いわ』
ダルシアがそう言いながら息子の頭を撫でる様な仕草をする。
「ありがとう、母さん。でも俺がと言うより、皆が俺の魂を見た時怖がらないかなーと思いまして」
『あ、それもそうね。皆、気を付けてね!』
ヴァンダルーから周囲の皆に振り返ってそう呼びかけるダルシア。
「いや、普通はそうそう魂の姿を見るような事にはならないと思うけど。フィディルグやゾゾガンテなんかと会う時は、あっちが姿を現すし」
『まあ、坊主と一緒に神域に招かれるような事もそう無いだろうしな』
「もし招かれても、下を向いていれば問題無いじゃろうしな」
「……若干、見てみたい気もするがね」
そのダルシアの呼びかけに対して、落ち着いて応えるエレオノーラ達。ルチリアーノだけは怪しい事を言っていたが。
『ところで、ミスリルを死属性の魔力で変化させる事は出来ましたか?』
アイラがゾンビらしい死んだ瞳に、ギラギラとした欲望を滾らせてヴァンダルーの手元を覗き込む。
「さっきからやってはいるんですが、無理っぽいです。アダマンタイトや黒曜鉄もダメでしたから、魔導金属は変化させる事が出来ないのかもしれませんね」
今ヴァンダルーは工房でミスリルやアダマンタイト等の魔力を帯びた金属を変化させる事は出来ないか、試していたのだ。
これまで金属をそれぞれ死鉄や冥銅、霊銀や生金に変化させて来たヴァンダルーだが、ミスリルやアダマンタイト等は試していなかった。
タロスヘイムで貨幣として流通しているルナ貨に使う死鉄や冥銅を作るのに忙しかったという事情もあるが、ミスリルやアダマンタイト等の金属はダンジョンでも簡単には産出されないのが最も大きな理由である。
大体は出現する宝箱の中や魔物が装備しているアイテムといった形で見つかる。そのため、纏まった量を見つけるのは滅多にない。
ヴァンダルーなら【ゴーレム創成】スキルで魔力を消費して創り出す事も可能だが、それにはそれなりの時間がかかる。そして、死鉄や冥銅が素材として優秀であるため魔導金属を変化させる必要性も薄かった。
そのため実験は後回しにされていたのである。
しかし、ようやく取り掛かった実験の結果は芳しいものでは無かった。
「暫く放置しても霊銀や生金のように消えたり、動きだしたりする事もなさそうですし、見た目も強度も性質も変化無し」
「なるほど。魔導金属は元々銀や鉄が魔力を帯びて変化した物だから、師匠の死属性の魔力でも変化済の物を更に変化させる事は出来ない、という事か」
ヴァンダルーの弟子だが実質研究助手であるルチリアーノが、実験結果を書類に纏めて行く。
「ところでオリハルコンは試さないのかね?」
「試すまでも無いでしょう」
神しか精製も加工も出来ないとされるオリハルコン。それをヴァンダルーは大まかに形を変える程度の加工だが、【ゴーレム創成】スキルでメイスや盾、棒等に形状を変化させてきた。
その際オリハルコンは大量の死属性の魔力を浴びているので、変化するならとっくに変化しているはずだ。
「白金は以前試した時には変化しませんでしたし、この辺りで打ち止めでしょうか」
「【地球の冥神の加護】とやらを得る前に行った実験だから、改めてやってみたらどうかね。加護を得ると色々と変化する事が少なくない。地球の神話で、死後の世界にしかない金属等が創れるようになるとか」
『そうね、今のところ加護の効果って【装群術】でザクロを簡単に生やせるようになったぐらいだし、他にもあるかもしれないわね』
【装群術】に統合された【装植術】の効果によって体内で植物を栽培する事が出来るようになったヴァンダルーだが、【地球の冥神の加護】を得てから、以前よりザクロの栽培が簡単に行えるようになっていた。
「んー……そうですね、後日やってみましょう」
「坊や、地球やオリジンには他に金属や素材があるのではないかの? 今ならそれも【ゴーレム創成】で作れるのではないか?」
「ありますけど、どうやって作るか分からないのですよね」
地球やオリジンにはラムダでは存在を知られていない……存在しているかも不明なタングステン等の金属がある。しかし、ヴァンダルーはそれらの金属や素材に関してあまり詳しくなかった。
地球で高校生をしていた時は金属や鉱物に特別な興味は無かったので、タングステンやチタン合金の様な金属の性質や精製方法は記憶になかった。……現役の学生だった当時は元素記号ぐらいなら覚えていたはずだが、既に三十年程前の事なので、全く覚えていない。
オリジンでは研究者の霊から金属に関する知識も聞いたが、研究者達が語ったのは自分がその金属に関するどんな研究をしていたのかという事で、金属その物の詳しい説明は無かったのだ。
流石に【ゴーレム創成】スキルでも、名前を知っているだけで知識の無い鉱物を創り出す事は出来ない。
「レギオンに聞いても、彼女達もあまり詳しくないようですし。まあ、彼女達は研究者や専門家じゃないですからね。……『ザッカートの試練』の最奥には色々あるようですけど、試して良いのか激しく迷います」
『ザッカートの試練』には勇者ザッカートの遺産が収められている。その中には彼が魔王グドゥラニスを倒すために使おうとして製作途中だった異世界『アース』の軍事兵器も存在するらしい事が、『ヴィダの寝所』に残されていた資料に記されていた。
ヴァンダルーとしても、手を出すか迷う代物である。
『まあ、別に良いんじゃねぇか? 死鉄も冥銅も素材としては一級品だし、坊主には『魔王の欠片』もあんだろ?』
「うむ、そうじゃな。これで実験は一段落ついたとして……坊や、言いたい事がある」
強引に話題を変えたザディリスは、がっしりとヴァンダルーの肩を掴んだ。
「何でしょう、ランクアップに関する事ですか?」
ザディリスもプリベル達と同様にヴァンダルーの導きを夢で受けて、ランクアップしていた。詳細はまだ聞いていないが、こうして見ている限り姿はほとんど変わっていないように見える。何か問題があっただろうかとヴァンダルーは内心首を傾げた。
しかしザディリスは「大有りじゃ」と言う。
「ザディリス、導かれた結果ランクアップしてそれに不満があるなんて我儘よ」
『小娘と同意見なのは不本意だけど、その通りだ』
そのザディリスをエレオノーラとアイラが窘めようとするが、彼女はヴァンダルーの肩を掴んだまま言った。
「坊や、確かにランクアップ出来た事には感謝しておる。しかし……何故種族名がグールウィザードプリンセスなのじゃ!?」
涙目のザディリスの問いに、思わず時が止った。
プリンセス、つまり姫。
多くの場合王族や、それを含めた高貴な生まれの子女を表す言葉だ。イリスの二つ名の『解放の姫騎士』の様に、生まれついた地位とは関係無い場合もあるが、やはり多くの場合ある程度、高貴な身分の親の元に産まれたか、本人がそうした地位にある若い女性を呼ぶときに使われる。
「……前言を撤回するわ、ザディリス」
『……同情に値する』
『私は可愛いと思うけど……』
「ふむ? 第三の目や肌の模様などに変化は見られるようだが……いや、少し容姿が幼くなったような気がするが、気のせゴゲ!」
一転して同情の眼差しをザディリスに向けるエレオノーラとアイラが、学術的好奇心を優先させたルチリアーノの鳩尾を軽く突いて悶絶させる。
板金鎧を纏った騎士の胴体を素手で貫く事が出来る二人によって倒されたルチリアーノに、ボークスが『お前も学習しねぇなぁ』と声をかけた。
その後になって、ようやくヴァンダルーは言葉を絞り出した。
「……か、可愛いですよ?」
「坊やっ! 儂はもう三百目前じゃぞ!? 孫もいる! それで何故プリンセスなのじゃ!? 可愛いと言われても素直に喜べんじゃろうが!」
『一応喜ぶんだな』
ボークスの呟きを無視して、ヴァンダルーに訴え続けるザディリス。
「儂も別に坊やが意図的にグールウィザードプリンセスにランクアップさせたとまでは思っておらん。儂も聞いた事が無い種族じゃしな。じゃが、言わせてほしい。
ジェロニモやクイーンやグランドマザーでは無く、何故プリンセスなのかと!」
「……それは多分ステータスを司っている神様達に聞かないと、分からないですね」
ヴィダの神域でリクレントから聞かされた事を思い出して答えるヴァンダルー。リクレントは当時魔物だけが持っていたランクの神は創っていないので、もしかしたら魔王軍の邪悪な神々の中にランクの担当者がいるのかもしれないが。
「しかし何故かと言われても……やはり、イメージ?」
「ザディリス、その外見でクイーンは無理があるわ」
『落ち着きなさい、次にランクアップしたら外見が変わってクイーンにランクアップ……出来る望みもゼロではないはず』
「アイラまで優しくするでないわ! お前達二人もヴァンパイアプリンセスとか、ゾンビプリンセスとか、そんな種族名になればいいんじゃ~!」
「止めて! 妙な呪いをかけないでよ、本当になったらどうしてくれるの!?」
『私は無いな。外見年齢的に』
ザディリスの呪詛に外見年齢が二十歳で可能性が無くは無いエレオノーラは顔を引き攣らせ、三十代半ばのアイラは静かに肩を竦めてみせた。……万が一の可能性を考えたのか、若干顔が強張っていたようにも見えたが。
『まあ、俺もこの歳でゾンビプリンスヒーローなんてもんになったら堪らねぇが……ランクアップしちまったもんは仕方ねぇだろう』
ボークスの言う通り、アンデッド化でもしない限り魔物やヴィダの新種族はランクアップする事はあってもダウンする事は無い。
また、ランクアップを経ずに種族名が変化する事も今まで確認されていない。
五体が損なわれようが、老いようが、ランクと種族名はそのままである。
「そうじゃなぁ。ここまで来るとそう簡単にはランクアップは出来んじゃろうが、それしかあるまいな」
「とりあえず、ステッキとコスチュームでも作ります?」
「……子供っぽいデザインは嫌じゃからな。クイーンとは言わんが、レディとかミセスとか、そんなデザインじゃと嬉しいの」
内心「魔女っ娘☆ザディリス」なんて想像をしながら尋ねたヴァンダルーだが、日本のアニメを知らないザディリスは普通にプレゼントの打診だと解釈したようだ。
(デザイン……自信はあまり無いのだけど)
一転して機嫌が良くなったザディリスに「冗談だった」と言うのも酷なので、「分かりました」と答えるヴァンダルー。
自力で糸を精製して編めば衣服を作る事が出来る。杖は、【魔王の角】や【外骨格】をベースにして、彼女の希望を出来るだけ取り入れて仕立てよう。
そう決めたヴァンダルーの手を、アイラが軽く引きながら言った。
『ヴァンダルー様、実は私も欲しい物が……鎖を頂けませんか? 何なら、縄でも結構です!』
「アイラ……ロックな趣味ではなくて首輪に付けるつもりですよね、それ。【ゴーレム創成】で編んだ物で良いですか?」
『はい、勿論です!』
二重の意味で頷くアイラに、「分りました」と請け負うヴァンダルー。最近アイラも頑張ってくれているし、首輪に続いて贈り物を贈るのも当然だろう。
「ヴァンダルー様っ! 私にも!」
『アイラさんもだけど、エレオノーラさんももっと抑えて……もらうのは無理なのね、きっと』
「俺もそう思います、母さん。
エレオノーラにはチョーカーで良いですか? もっとアクセサリーっぽい感じで」
『陛下く~ん』
『ちょっといいかな?』
更にエレオノーラも遅れてなるものかとねだる中、生前は旧タロスヘイムの英雄でボークスのパーティーメンバーである巨人種の女ゾンビ、『癒しの聖女』ジーナと、『小さき天才』ザンディアが地下工房に入って来た。
『まさか、お前等も首輪とか言い出さねえよな?』
タイミング的に嫌な予感を覚えたらしいボークスが恐る恐る聞くと、二人とも眉を寄せて訝しげな顔をする。
『えっ? 何の事? 私達は陛下君にボディビル大会についての報告と、ついでに色々話しに来たんだよ』
ヴァンダルーからサイドチェスト等のボディビルのポーズを教わったジーナは、「これは面白いかもしれない」と、タロスヘイムに建てられた劇場を使用してボディビル大会を催す事を思いついた。
このラムダでも、肉体美を誇る者が筋肉を強調するポーズを取る事自体は幾らでもあった。その中には地球のボディビルダーと同じポーズを好んだ者も、当然いるだろう。様々な種族が存在するラムダだが、五体の形は多くの種族で地球の人間と共通しているのだから。
しかし、肉体美だけを競う大会は珍しい。ラムダでは肉体美に優れている者とは、身体能力に優れている事と同じであり、優れた戦闘能力が求められる。
つまり剣闘奴隷の命を懸けたトーナメントや、そこまで血腥くは無いが時折死人が出る武道大会等になってしまうのだ。
実用性が求められない、美しさだけを競う大会は少なくとも境界山脈内では初めての試みである。
宗教的にも、生命属性の女神であるヴィダに奉じるのに良いテーマなので、『ヴィダ復活記念ボディビル大会』として大々的に開催する予定だ。
「何か問題や手伝える事は在りますか?」
勿論ヴァンダルーも楽しみにしている。大会当日は、特別審査員として参加する予定だ。
『今のところは大丈夫~。選手用のコスチュームも作ってもらったし。でも副賞とかよろしく』
ヴァンダルーにアピールするチャンスと貪欲に目を輝かしているアイラと、「女性部門でも流石にバスディアに勝てないわよね」と息を吐くエレオノーラ。
「ふぅ、儂には関係の無い話じゃのう。それよりザンディアや、他の報告とは何かの?」
そして奇しくもプリンセス仲間になってしまったザンディアに、完全に筋肉方面は諦めているザディリスが尋ねる。
『うん、まずあたし達がランクアップしてブロークンが取れた事。私がランク9で、ジーナ姉がランク10だよ。
後は、ヴィダ様がアルダの杭から解放された事と陛下君が勇者四人の生まれ変わりだった事を祝して、ヌアザが巨大陛下君像をヴィダ様の神像の横に建立するって言っている事ぐらい』
「止めてきます」
とんでもない事態が進行している事を知ったヴァンダルーは、ザディリスの腕から抜け出すと決然とした足取りで歩きだした。
『えっ? 止めるの? ヴェルドって偉い霊に死後は従属神になれるかもしれないって、言われたんじゃなかったけ?』
「言われたけど止めます。現人神に成るつもりはありません、今まで通り等身大の物を神像の前に置くぐらいにしてもらわないと」
死後は神になるかもしれないが、生きている間は成るつもりはないヴァンダルーだった。
ミルグ盾国現軍務卿、トーマス・パルパペック伯爵は書類にサインをすると大きく息を吐いた。
引き締めれば軍人らしい精強さが、微笑めば人を安心させる柔和さ、そしてどちらであっても頼もしさを感じさせていた彼だが、ここ数年で随分老けた。
前は年齢よりも若く見られる事が多かったが、今は実年齢より十は老けて見える。
しかし、それも仕方ない事だとミルグ盾国王や王宮の高官達は思っていた。
約四年前の遠征で失った六千人の精鋭部隊、それによって大幅に落ちた国の戦力を立て直すと言う激務に従事してきたのだから。
更に、オルバウム選王国に取り戻される前はサウロン領の、そして今は前と同じ状態に戻った国境の防衛も担っている。
その働きぶりは、本来トーマスの政敵である親アミッド帝国派の貴族達も認めている程だ。
彼の働きがあれば、後十年もせずミルグ盾国の軍事力は遠征前と同じ水準に戻るだろうとまで言う者もいるぐらいだ。
その賞賛を聞く度に、トーマスは内心「それまでこの国が在ればな」と呟いていた。
「……何故、こうなった?」
目を通すべき書類を全て処理したトーマスは、苦々しい口調で呟いた。この頃、一人だけで仕事をしていない時はずっと同じ疑問が彼の頭の中を支配していた。
自分は何処で間違えたのか、何故こうなったのか。そしてこれからどうするべきなのか。
四年前、原種吸血鬼達の企てによって始まった遠征がトーマスの想像を超える大失敗で終わった時。トーマスはこれ以上の損害を自国が受けないよう、懸命に働いた。
報復を唱える世論を鎮静させ、ヴァンダルーが何時攻めて来ても対応できるよう軍事力を立て直そうと奮闘した。
当時の彼は、それが最善の手だと考えていた。恐らく吸血鬼達と自分の企みによって母親を殺されたダンピールの赤子だろう、ヴァンダルーに対する策はそれ以上の物は無いと。
境界山脈のトンネルは崩落して完全に塞がっていた。ヴァンダルー自身ももうこちらを攻撃する事は出来ないはずだ。
勿論ミルグ盾国の側からも山脈を越える事は出来ないので、トーマスは自らの手でヴァンダルーに復讐する事は考えていなかった。
彼が手を下さなくても、原種吸血鬼達が勝手にやってくれるだろうと予想していたのだ。もしくは、事態を重く見たアミッド帝国が動くかもしれないと。
しかし、トーマスの予想は尽く裏切られた。
彼と繋がっていた吸血鬼一派の首領、原種吸血鬼グーバモンの死。将来は重要なポストに就けようと思っていた人材、クルト・レッグストンが指揮を執っていた砦の崩壊。
そして去年は『邪砕十五剣』の一人、『光速剣』のリッケルト・アミッドの敗北。
その全てにヴァンダルーが関わっている事を、トーマスは確信していた。
属国の軍務卿でしかない彼には、アミッド帝国の皇帝マシュクザールが抱える程の力を持つ諜報組織は無い。しかし、繋がっている吸血鬼の様子を見ていればある程度は予想できる。
トーマスがミルグ盾国の軍事力を立て直す為に四苦八苦している間に、ヴァンダルーは原種吸血鬼を屠り、アミッド帝国が抱える最強の『邪砕十五剣』でも手に負えない程の力を蓄えたのだ。
最早ミルグ盾国の軍事力が遠征前に戻ろうが戻るまいが、何も変わらない。ヴァンダルーがその気になれば、国ごとトーマスは潰されてしまうだろう。
「私はこの四年国にとって最大の危険人物に対して、アンデッドの材料でしかない集団を育てるため仕事に日々励んでいるのか。ふふふ、笑わずにはいられないな」
どんなに将兵を鍛えても、自ら剣を取って軍を指揮しても、B級以上の冒険者を何人雇い入れても、ヴァンダルーにとってはアンデッドの材料の質が高くなるだけだろう。
もしかしたら、ヴァンダルーにとってこの国は既に敵では無く、アンデッドの元を育てるための牧場でしかないのかもしれない。最近はそんな妄想すら浮かぶ。
あまりの徒労感に、トーマスは自嘲的な笑みを浮かべた。
「顔を見た事も無い子供の掌の上か、私の命は」
トーマス・パルパペックは、ヴァンダルーの姿を直接見た事が一度も無い。言葉を交わした事もないし、どんな人物なのか詳しく知っている訳でも無いのだ。
ライフデッド越しに見たと言う冒険者の証言から書き起こした似顔絵を見た程度だ。
グールを率い、アンデッドを使役する常識の枠を超えたダンピールである事は、分かっている。だがそうした能力以外の、どんな人格の持ち主でどんな哲学に従って生きているのかは知らない。
彼が自分の事をどれ程知っているのか……母親の死の黒幕に等しいと知っているのか、いないのか。知っていたとして、どの程度恨んでいるのかも知らない。
最悪のパターンを考え、三人いる妻と子供達を別邸等に避難させているが……どうなる事か。
「あの時……冒険者の証言によってダンピールの存在が判明した時、討伐隊を編成するような悠長な真似をしたのがそもそもの失敗か。もっと迅速に刺客を送り付け、討伐するべきだった。いや、それを言うならエブベジアで奴の母親が発見された時、子飼いの騎士だけで確実に母子共々殺しておくべきだったか。
だが過去には戻れない。ならこれからどうするべきか……」
吸血鬼に頼る? 愚策だ。彼等にとって自分の価値はそこまで大きくない。それに既に三人いた原種吸血鬼の内二人まで討ち取られている彼等に、何を期待できるのか。
アミッド帝国に泣きつく? いや、皇帝がヴァンダルーをどうするつもりなのか、戦うのか落としどころを見つけて密約を結ぶのか分からない内は、危険だ。
もし密約を結ぶことを皇帝が考えている場合、トーマスとその家族の首は都合の良い材料として扱われるだろう。
「いっそ首でも括りたい気分だが……ん?」
何時の間にか木戸が開き、夜気が部屋に入り込んでいた事に気がついたトーマスは最終的な答えの出ない問いを中断すると、椅子から立ち上がった。
そして窓の近くに一通の手紙が落ちている事に気がつく。
「吸血鬼からのメッセージか? ……これは!」
そう思いながら手に取って中身を確認すると、そこには驚くべき事が描かれていた。
「本当なのか、彼等が私の為に動く? 報酬は依頼達成時のみ……額は莫大だが当然か」
書かれている文面を何度も確認する度に、トーマスの瞳に浮かぶ希望の輝きが強くなっていく。
「彼等の力があれば、私は……この国は生き残る事が出来る!」
・名前:ザディリス
・ランク:10
・種族:グールウィザードプリンセス
・レベル:0
・ジョブ:大魔術師
・ジョブレベル:35
・ジョブ履歴:見習い魔術師、魔術師、光属性魔術師、風属性魔術師、賢者、大賢者
・年齢:298歳(若化済み)
・パッシブスキル
闇視
痛覚耐性:4Lv(UP!)
怪力:2Lv(UP!)
麻痺毒分泌(爪):2Lv
魔力回復速度上昇:10Lv(UP!)
魔力増大:5Lv(UP!)
魔力自動回復:4Lv(NEW!)
杖装備時魔術力強化:中(NEW!)
・アクティブスキル
光属性魔術:10Lv
風属性魔術:10Lv(UP!)
無属性魔術:5Lv(UP!)
魔術制御:10Lv(UP!)
錬金術:6Lv
詠唱破棄:7Lv(UP!)
同時発動:5Lv(UP!)
限界突破:5Lv(UP!)
家事:1Lv
高速思考:4Lv(UP!)
・ユニークスキル
ゾゾガンテの加護
ガレスの加護(NEW!)
・種族解説:グールウィザードプリンセス
鬼人国の守護神であるガレスの加護を、夢の中に現れたヴァンダルーによって得たザディリスがランクアップした種族。やはりラムダで初めて現れた種族である。
外見に変化はないが、グールエルダーウィザードの時よりも魔術的な素質が上昇している。
更に【杖装備時魔術力強化:中】のスキル効果で杖を装備している間、魔術の力が上昇している。(攻撃力だけではなく、回復魔術を唱えた時の治癒力や付与魔術を唱えた時の持続力等も強化されるスキル)
尚、このランクアップにガレスの意思は関係していない。
昨年12月15日、拙作「四度目は嫌な死属性魔術師」の書籍版が発売いたしました。書店で見かけた際は目を止めていただけたら幸いです。
ネット小説大賞のホームページでキャラクターラフやカバーイラスト等も公開されていますので、よければご覧ください。
1月20日に165話を投稿する予定です。