百六十三話 皇帝就任
ハインツ達を鍛えるため、そして『罪鎖の悪神』と相打ちになり今も眠り続けている英雄神ベルウッドを目覚めさせるため、『法命神』アルダはある物を造り上げる為の作業を取りかかっていた。
『リクレントやズルワーンの力を借りる事が出来ていたら、これ程の時間はかからなかったろうに』
光属性と生命属性の管理を行いながらの大仕事、しかもアルダにとって決して得意分野では無い作業は難航していた。
術に秀でた『時と術の魔神』リクレントや、『空間と創造の神』ズルワーンの協力が得られれば、彼等が本調子でないとしても作業はずっと早く進んだはずだが……まだ眠りについている者に期待しても仕方がない。彼等が目覚めている事を知らないアルダは、そう思考を切り替えた。
『だが、何としても仕上げなけれ……ば?』
不意に、アルダの視界が半ば紅く染まった。何事かと顔に手で触れた彼は、濡れた感触を覚えて驚愕した。
『私が、傷を負ったのか? 神域に座する私が……!』
額から流れ出たのは、約十万年ぶりに見る自分自身の血であった。それを認識した途端、鈍い痛みが連続して起こる。
『アルダ様っ!?』
『何者だ! 神々の長たるアルダ様を傷つけるとは、許されざる大罪ぞ!』
彼の神域で作業にあたっていた御使い達が騒ぎ出すが、アルダは『静まれ』と制した。
何故なら痛みがまだ続いているからだ。今この瞬間も何処かに居る何者かによって、傷が与えられている。
素早くアルダは自身が創り上げたアーティファクトの状態を確認する。
『考えられるのは……』
神である彼にダメージを与えうる存在といえば、多くの者が思い浮かべるのは魔王軍残党だが、それは無さそうだ。同じく、ヴィダ派の神々の攻撃でも無いだろう。
アルダが受けたダメージは、大神にして現在最も多くの信者の祈りを受ける彼にとっては掠り傷に等しい。世界の維持管理には勿論影響は無く、今行っている作業に数分の遅れが出る程度の妨害でしかない。
その程度のダメージを負わせるために彼等が動くとは考え難い。
最も考えられる可能性は、ヴァンダルーがアルダの創り出したアーティファクトや信者が降臨を願った御使いを砕く事だ。しかしアルダが確認した限りそう言った事も無いようだ。
『いや、現存する我が御使いの数が減っている。私が確認できない、私のアーティファクト……神威……ヴィダか!』
アルダの目が絶対に届かない場所に存在する、アルダの力。それは境界山脈で今も眠っているはずの『生命と愛の女神』ヴィダに十万年前打ちこんだ杭に他ならなかった。
『キュラトスとニルタークの状態を確認せよ!』
それに思い至ったアルダは、急いで御使い達を腹心である二柱の神の元へ向かわせた。ヴィダにはアルダの神威である杭の他に、ベルウッドに授けたアーティファクトが突きたてられている。その中にはアルダだけでは無く、『記録の神』キュラトスや『断罪の神』ニルタークが創り上げた物が含まれていた。
杭が何者かに破壊された以上、それ等も同じく破壊されたと考えられる。その予想は、戻ってきた御使い達の報告によって裏付けられた。
幸い、二柱とも受けたダメージの大きさそのものはたいしたことは無いようだが。
だがアルダと同時に彼等がダメージを受けた事は、事態が急変した事を意味する。
『ヴィダが解放された。いったい何者が我が神威を解いたのだ?』
アルダは光属性の神であると同時に、法の神だ。故に間違いを犯した神を罰するための神威を振るう事が出来る。それがあの杭だ。
杭を打たれた神は力の回復が大きく阻害され、神としての活動に重大な制限を受ける。ラムダ世界の神々しか対象に出来ないため魔王軍との戦いでは裏切り者以外には使えなかったが、極めて強力な神威だ。
その性質上、アルダ以外の神には解除は勿論破壊する事も不可能なはずだ。だと言うのに、何故?
『ヴィダに従う邪悪な神々共の力か? いや、あれ等も神である以上我が神威を解除する事は不可能であるはず。もし可能なら、とっくにやっているはずだ。
まさか、ヴァンダルーか? 奴が、我が神威を砕く程に力を高めているというのか!?』
境界山脈の内側に張り巡らされた結界の中で眠りについていたヴィダ。その大陸南部にヴァンダルーは巣くっている。
彼がユペオンの分霊を砕いた事は知っていたが、まさか既に大神である自らの神威を砕く程力を高めているとは想像を超えていた。
『アルダよ、如何します? このままではいくらハインツを含めた人間の英雄達を鍛え上げても、かの者を倒すには至らないのでは?』
『それどころか、これからヴィダの力は徐々に回復するはず。完全回復には早くても数千年の時が必要でしょうが、御身と違い、今あの女神は世界の管理に関わっておりません。結界の中であれば、より自由に動く事が出来る』
緊急事態に集まってくる従属神達の意見を聞きながらも、アルダは首を横に振った。
『皆よ、既に事態は引き返す事が出来ない段階にある。この世界の存続を願うなら、『魔王』ヴァンダルーとの対決は避けられん。
かの者を放置すれば、世界はいずれ混沌の渦に呑まれ全ての秩序は破壊される。あの者こそグドゥラニスを超える真なる敵である』
確信を持って断言するアルダの言葉に、まだ何処かヴァンダルーを甘く見ていた……神々が動けば確実に討伐できる程度の存在であるという認識の有った従属神達は息を飲んだ。
『我が姉にして妹たるボティンとペリアが眠る地を見張るのだ。ヴァンダルーが先んじて封印を解き、力を取り戻していない彼女達を害そうとする可能性が高い。ヴィダが少しでも正気ならば許さんだろうが……過度の期待は出来ない』
『御意!』
額からの出血を止めたアルダの命を受けた神々は、次々に彼の神域から退出して行った。
《【魔力自動回復】、【神喰らい】、【魂喰らい】のレベルが上がりました!》
《【対敵】スキルが【神敵】スキルに覚醒しました!》
《【ヴィダの加護】が表示される様になりました!》
《【魔力回復速度上昇】、【地球の冥神の加護】を獲得しました!》
そんな脳内アナウンスを聞いたと思った瞬間、ヴァンダルーは意識を失った。魂だけの状態で過剰に魔力を使用した反動に身体が耐えられなかったようだ。
普段なら気絶する前に【幽体離脱】くらいするのだが、今回は予期せぬ事態だったためそれも間に合わなかった。
次に目覚めたのは、『ヴィダの寝所』の中にある休憩室であった。
「原種吸血鬼の皆様が時折目覚める事があり、ここはその時に過ごされる部屋の一つです」
「まさか最初にここをご案内するとは思いませんでしたが」
貴種吸血鬼と、制服である黒ローブを着たダークエルフ国の長ギザンが口々に言う。彼等がヴァンダルーをここに運び込んだのだ。
『しかも、何時の間にか手に赤い宝珠を握っていましたし。何があったんですか、坊ちゃん?』
『キュールが固まった物じゃないですよね?』
ディープブラッドスライムのキュールの体色を連想させる、つまり血液の色をした握り拳ほどの宝珠をヴァンダルーは握っていた。
リタとサリアは不思議に思いつつも、そのまま彼を運んできたそうだ。彼女達の父親のサムは、建物内を馬車で進む訳にはいかないと寝所の入り口近くに残っている。
「因みに、ダルシア様達もサムと一緒に待っています。どうやら霊であるダルシア様やアストラル系の魔物であるレビア王女達はこの寝所内では思うように活動出来ないようです」
『万が一の事態を考え護衛に残ろうと思ったのですが、吸血鬼達が引き受けてくれました』
服の乱れを整えているベルモンドと、骨人がそう説明するとギザンは申し訳なさそうに頭を下げた。
「寝所内に霊やアストラル系の魔物が入った事は今まで無い事だったので、気がつきませんでした。申し訳ない」
「いえ、お気になさらず。別に霊体にダメージを受けた訳でも、浄化された訳でも無いのですし」
本格的にダルシア達の害になるなら、【危険感知:死】に反応があるはずだ。それが無いということは、それほど有害なものでは無いのだろう。
そう考えながらヴァンダルーが室内を見回すと、壁や天井に弱いが魔力の反応があった。どうやら寝所内にはザッカートの亡骸に不浄な存在が手出ししないように弱い魔除けが施されているらしい。
強すぎると吸血鬼やザッカートの亡骸その物にも害となるので、精々動きにくくなるとか、眠くなる程度の効果だろう。
「驚かせてすみません、特にベルモンド。お蔭ですぐ目が覚めました」
魔力がほとんど残っていなかったヴァンダルーが一時間と経たず目を覚ましたのは、ベルモンドが血を飲ませたからだった。
【供物】のユニークスキルを持つベルモンドは、その効果で血を与えた相手の魔力を急速に回復させる事が出来る。
「いえ、これも私の務めですので……ただ、目を覚ました後も吸い続けるのは少々驚きました」
『よっぽど魔力が減っていたんですね。暫くベルモンドさんから口を離しませんでしたよ、坊ちゃん』
「すみません……見苦しい所を見せました」
「「いえ、眼福でした」」
頭を下げるヴァンダルーに、声を揃えてベルモンドに手を合わせて礼をするギザンと貴種吸血鬼。ベルモンドは二人の存在を無視しつつ、首筋に残った血をハンカチで拭きとる。
「それで旦那様、いったい何があったのですか?」
「はい、実はですね――」
ヴァンダルーがヴィダの神域であった事を説明すると、ベルモンド達は大いに驚いた。
『主よ、そっちだったのですか!? てっきり吸血鬼の真祖の方の生まれ変わりかと思っていましたぞ!』
『ヌアザさん、外しましたね~』
『まあ、坊ちゃんは前から否定していましたけどね』
タロスヘイムのヴィダ神殿に務める巨人種のリッチのヌアザ。彼はヴィダから受けた神託と、吸血鬼の真祖が最期に『必ず戻ってくる』と言い残した伝説を組み合わせて、ヴァンダルーを『ヴィダの御子』で吸血鬼の真祖の生まれ変わりに違いないと予言していた。
そしてその予言は、ヴァンダルーが思っていたよりも広く信じられていたらしい。
「そっちで驚かれる事に、逆に驚きました」
「旦那様が勇者の、それも四人の生まれかわりとは、どう驚けばいいのか。まともな……いえ、並の来歴の方では無いとは知っていましたが」
「そう言うベルモンドは、ザッカート達について聞いたことはありませんか? 前の上司は、直接面識があったはずですし」
「……ここではノーコメントで通させていただけますか。具体的に彼女がどんな誹謗中傷を口にしたのかここで口にすると、神罰が下りそうなので」
既にヴァンダルーが異世界からの転生者である事を知っており、神の分霊を砕いた事を知っているメンバーにとっては、今回の出来事も彼の異常な来歴に新たな一頁が加わったとしか認識でき無いようだ。
『それがヴィダの血ですか……きれいですね。これを使うとダルシア様の復活の助けになるんですね』
ヴァンダルーが目覚めた時に手にしていた宝珠。それはヴァンダルーが神域から離れる際ヴィダに与えられた彼女の血だった。
「はい、どう使うのかはまだわかりませんが、凄まじい力を宿しているのは確かです」
傷ついていたとはいえヴィダの血だ。そこに宿る生命力や魔力の大きさは、並の魔石とは比べ物にならない。確実にダルシアの復活に役立つはずだ。
『ところでお二人とも随分静かですが……主、ギザン殿が喜びのあまり立ったまま失神しています』
「俺の代わりに寝かせてあげましょう」
ギザンは、ヴィダが完全復活には程遠いがアルダの呪いから解き放たれたと聞いて、立ったまま失神していた。
そして彼の横に立っている貴種吸血鬼は、声も無く感動の涙を流している。顔を皺くちゃにして歯を食いしばりながら。
思わずヴァンダルーと骨人が視線を逸らしたのも無理は無い。
「よがっだあっ! これで、これで皆様のっ、長年のごぐろうがっ……無念がっ! うおおおおおん!」
そして感極まった様子で叫ぶと、何処かへ走って行った。多分、他の貴種吸血鬼達の元に報せに行ったのだろう。
「……長い事溜めこんでいたようですね」
「……戻って来るでしょうか、彼。この寝所の中の見取り図を頂いていないので、私達だけでは動けないのですが」
呆然として呟くヴァンダルーとベルモンド。しかし貴種吸血鬼の男は帰って来ず、代わりに青白く輝く霊体の男が現れた。
『失礼、ヴァンダルーだな? あいつ等は暫く使い物になりそうにないんで、代わりに俺がお前達を案内する事になった』
補修跡が幾つもある鎧を身につけた、オッドアイの男は牙を見せて笑った。
『俺の名はヴェルド。生前はダンピールだったが、今はただの半英霊だ。元傭兵なもんで、口の悪さは勘弁してくれ』
ヴェルドと名乗った昔のダンピールの半英霊……生前は邪神派の吸血鬼が牛耳る国を打倒して、新しい国を打ち立て傭兵王と呼ばれた事もあった男は、ヴァンダルー達に自己紹介と寝所の各施設を解説しながら奥へと案内していく。
『資料室にある勇者に関する資料は、全て十万年以上前の古代のラムダ語で書かれているから、まず読めねぇ。魔王と戦う前はドワーフ語とかエルフ語とか、色々あったらしいからな。幾つかは勇者が直接記した物の写本で、勇者の世界の言葉で書かれているが、お前が読めるかは分からないぜ。勇者の世界にも色々言葉があるそうだし』
現在では地球の日本語に近い言葉が共通の言葉として使われているラムダだが、以前は独自の言葉が使われていた。現在では限られた人物しか読み書きできない失われた言葉である。
当然だが、魔王との戦いの後ヴィダによって生み出された新種族達には、それらの言葉に関する知識は殆ど伝わっていない。
「地球の外国語は殆ど……ですが、オリジンのドイツ語もどきと英語もどきなら、何とか読めるかも?」
解説を聞きながらヴァンダルーは、オリジンで覚えた言葉を思い出しながらそう首を傾げた。地球の高校で習う英語はある程度出来た彼だが、日常会話が出来る程では無い。
しかしオリジンで使われている言葉を幾つか習得していた。彼が実験動物として飼育されていた研究所では、様々な国出身の研究者と、実験動物扱いの人々が居たからだ。
発音はオリジンで死んでから約十年以上経っているのであまり自信は無いが、多少なら読めるかもしれない。
「レギオンなら、もっとたくさん知っているかもしれませんが。
ところで、さっきから気になっていたのですが半英霊とはどういう状態なのでしょう?」
ラムダでは神に仕える存在として御使いと、英霊が存在する。
御使いとは地球の宗教における天使に当たる。【御使い降臨】スキルで信者の身体に降臨して能力値を上げたり、神が創り上げた物品に宿りアーティファクトとなったり、他に普段から神々に仕える存在である。
神がその力で創りだした使い魔的な御使いや、生前敬虔な信者だった人間が死後召し上げられて御使いに成るパターンが存在する。
対して英霊は、御使いより一段階上の存在だ。
生前信者だった事は勿論だが、生前の功績が広く知れ渡っている存在しか至る事が出来ない。吟遊詩人の歌や神殿に伝わる伝説では、迷える英雄の前に現れて助言をもたらしたり、英雄が持つ武具に宿って力をかしたりと、重要な役目を果たす存在だ。
身も蓋も無く言えば神にとって、力と行動力を伴った広告塔である。
そうした知識をヴァンダルーはヴィダ神殿のヌアザから教えられていた。しかし、ヴェルドが自己申告した半英霊という存在については知らなかった。
それに、見た限りヴェルドはそんなに凄そうには感じない。
通常の霊やアストラル系の並の魔物よりはずっと上の存在感を放っているが、レビア王女達よりは劣る。その程度に見える。
尋ねられたヴェルドは自嘲気味に笑った。
『ああ、俺は正式な英霊じゃないからさ。正式には未承認英霊って名乗るべきなのかもしれないが、印象が悪いだろう? だから半英霊って俺達は名乗っている』
「未承認英霊?」
『ほれ、お前さんが起こしてくれるまでヴィダがほとんど眠っていただろ。その上アルダの杭を打たれて碌に力が使えない状態だったから、俺達のような存在を英霊や御使いに出来なかったのさ』
ヴェルドは生前ダンピールでありながら傭兵団を率いて邪神派の吸血鬼が裏で牛耳っていた国を滅ぼし、国王にまでなった人物だ。その行いと実力は、間違いなく英雄と評されるべきだろう。
この十万年の間にはヴェルド以外にも徳の高い信者や英雄が誕生し、そして死に名を歴史に残している。
しかし、ヴィダには彼等を召し上げ英霊や御使いにするのに必要な力がなかった。
そのため多くの者が輪廻の輪から出る事が叶わなかった。特にロドコルテのシステムで管理される人種等の場合は、問答無用で転生させられる。
ダンピールであるヴェルドのように、ヴィダ式輪廻転生システムに属する一定以上の力ある者の魂だけが、中途半端な状態のままヴィダの寝所に留まっているのだ。
『これからはヴィダの英霊や御使い、もしかしたら従属神も増やす事が出来るだろうけどな。他にも、信者に【御使い降臨】スキルのような奇跡を与える事も出来る。
やっとアルダに追いつけるってもんだ。俺が生きていた頃の外の世界じゃ、結構廃れていたからな』
ラムダでは神の実在を疑う者は存在しない。なので、人々が祈る神を選ぶ際にその神の教義では無く力を基準にするのは当然の事だ。
境界山脈外の社会では、アルダのように力があり信者に優れた英雄が存在し、神殿も大きい神にどうしても目が行く。
逆に名前は知られていても神話では吸血鬼や魔人族等の生みの親とされてケチを付けられ、現在では殆ど神託や【御使い降臨】スキル等の恩恵を授けないヴィダの信仰は、廃れる傾向にある。
敵国のアミッド帝国がアルダを国教としているため、ヴィダを信仰しているオルバウム選王国でさえアルダ信者の勢力が無視できない大きさになっているのは、そうした事情がある。
『ところで、俺に敬語は使わなくていいぜ。これからは変わるって言っても、ヴィダの力が戻った訳じゃ無い。暫くの間は中途半端な身分のままだろうからな』
「そんなご謙遜を。偉大な先達は敬われるべきですよ」
『いや、それこそ謙遜だからな? 明らかにお前の方が偉大だからな? 死んだら英霊を飛び越えて従属神に抜擢されてもおかしくないくらいの大金星だからな?』
「いやいやそんな……でもなさそうですね」
ヴェルドが真顔で言っているのに気がついて、ヴァンダルーは「そんな事無いですよ」と言うのを止めた。
後ろを振り返ると後ろに付いて来ているベルモンド達がうんうんと頷いている。
「旦那様はまだ国を滅ぼした事は在りませんが、既に二人邪神派の原種吸血鬼を滅ぼしています。更に、去年は悪神も一柱滅ぼしています」
『それに坊ちゃんも国を興しているじゃないですか。滅びた王国を再建するのも、新しく建てるのも、偉大さでは変わりありませんよ』
『そしてついさっき、女神様に掛けられた呪いを解いたじゃないですか。失礼かもしれませんけど、ヴェルドさんの偉業を越えています』
『全然失礼じゃないぞ。この次期皇帝にもっと言ってやれ』
ベルモンドにサリア、リタに口々に言われ、ヴァンダルーは「そう言えばそうかも」と自覚した。
別に自分が行った事を、たいしたことは無いと思っていた訳ではない。しかし、死後に英霊や神に至るだろうと言われても実感がわかなかったのだ。
『まあ、それも大分先だろう。人種の親との間に産まれた俺でも四百年程生きたからな。ダークエルフの間に産まれたお前なら、数千年は生きるだろう』
「先でなければ困ります。ところで、話している内に扉の前に着いたようですが?」
『おっと悪い。ここが寝所の最深部。女神と勇者、そして従者達の間だ』
ヴェルドが重厚な扉をあけ放った向こうは、ローマのコロセウムを思わせるドーム状の空間になっていた。
「神域の風景と似ていますね」
扉から階段を下りた中心部は舞台を囲む広場になっている。その舞台には玉座に座るヴィダの神像とザッカートの亡骸が在る。ヴァンダルーの見たヴィダの神域そっくりだ。
違うのは二人の玉座の間に、墓標がある事だ。あの墓標が二人の子である吸血鬼の真祖を弔ったものなのだろう。
『いえ、坊ちゃん。周りも凄いですよ』
「これはこれは……テーネシア達が境界山脈の向こうを恐れていたのも納得です」
コロセウムだったら観客席に当たる部分には、幾つもの像が鎮座していた。数え切れない程の魔人族、それと比べるとずっと数は少ないが原種吸血鬼、鬼人族やノーブルオーク、ダークエルフや竜人や人魚の像もある。
『この像は境界山脈に張られた結界を維持するために自ら石化し、一時的に肉体から解き放たれた原種吸血鬼や、境界山脈内のヴィダの新種族達だ。生きたまま神の領域に片足を突っ込んだ、俺なんかよりもずっと偉大な先達達さ』
神話では吸血鬼の真祖によって原種吸血鬼と化したヴィダ信者は約百名。その半数以上がアルダとの戦いで倒れるか封印されてしまい、生き残りも邪神派に寝返った者が少なくなかった。その邪神派の原種吸血鬼、ビルカイン達が恐れた今もヴィダに従う原種吸血鬼達が約二十名、ここで眠っていた。
原種吸血鬼以外にも、この十万年の間に境界山脈内で力をつけランク13以上の龍や真なる巨人等の神の領域に至ったヴィダの新種族が此処に集まっている。
後で聞いた事だが、魔人王ゴドウィンの親もここで石化しているらしい。何でも寿命が無い魔人族は生きるのに飽きてくると、ここで石化してアルダとの決戦の時を待つのだそうだ。
『ところで、よく原種吸血鬼だって分かったな。石化していると人種やエルフと見分けがつかないだろうに』
「貴種吸血鬼達が像の周りで喜びにむせび泣いていますので、気がつくなと言われても」
『それもそうか』
原種吸血鬼達が石化する前や、目覚めた束の間に血を分けられて生まれた貴種吸血鬼達は、ヴィダの復活をそれぞれの親に報告していた。
しかし、原種吸血鬼達を含めた誰も石化から戻る気配は無い。
やはりヴィダが復活したと言っても、力が完全に戻った訳では無いから結界を維持し続けなければならないからだろう。
「やはりアルダ側の神々を警戒するためですか?」
『そうなるな。神威を砕かれた事にはもう気がついた頃だろうが、結界がある間は山脈の内側に入って来る事は出来ない。
神託で信者の人間を物理的に差し向けて来る可能性もあるが……暫くは様子を見るはずだ』
ヴァンダルーだけでも十分脅威だが、境界山脈内の戦力も無視できない。それが分からない状態ではアルダも簡単には動かないだろう。
まさか世界の管理を放り出して地上に降臨し、山脈を駆け登って攻め込んで来るなんて事は無いだろうし。
『ところで、石化した原種吸血鬼や魔人族の中には『魔王の欠片』の封印を抱えたまま石化している奴もいるが……目覚めて石化を自主的に解くまで欠片を吸収するのは待ってやってくれ』
『石化を解いてからじゃないと、欠片を取り出した後身体が割れちゃいそうですもんね』
「勿論待ちます。別に緊急性もありませんし」
そう話しながら階段を下りていると、別の出入り口から続々とゴドウィンやノーブルオーク王国の王に就任したブダリオン、ザナルパドナのドナネリス女王が集まって来た。
「おぅい、さっきから吸血鬼達が泣き続けているんだが、どうなっているのだ?」
「御子殿、また何かやったようだな」
これから、ここで皇帝就任の儀が執り行われるのだ。
通常はただ報告し、ヴィダの代理人を務める半英霊達から有りがたい言葉を頂いてそれで終わりだが、今回は長くなりそうだ。
「ところで、就任後の話ですけど言葉を貰う所だけで良いので、寝所の入り口でもう一度してもらって良いですか? 母さんやサム達にも見て貰いたいので」
『……お前、俺より場慣れしてないか?』
だが基本的にヴィダも含めて周囲にいるのは顔見知りの為、ヴァンダルーに緊張の色は無かった。タロスヘイムの国王就任の際よりもリラックスしているかもしれない。
《【グールキング】、【蝕王】、【鱗王】、【触王】の二つ名が、【グールエンペラー】、【蝕帝】、【鱗帝】、【触帝】に変化しました!》
・名前:ミューゼ
・年齢:70
・二つ名:無し
・ランク:9
・種族:クリスタルエンプーサクノイチ
・レベル:0
・ジョブ:幻術使い
・ジョブレベル:12
・ジョブ履歴:盗賊見習い、盗賊、暗殺者、暗闘士、クノイチ、クノイチマスター
・パッシブスキル
怪力:6Lv
闇視(暗視から変化!)
敏捷強化:8Lv(UP!)
能力値強化:任務:5Lv
身体強化:甲殻鎌:9Lv
忍具装備時攻撃力強化:中(NEW!)
結晶体精製:5Lv(NEW!)
火属性耐性:4Lv(NEW!)
・アクティブスキル
擬態:5Lv
格闘術:9Lv(UP!)
投擲術:6Lv(UP!)
鎧術:6Lv(UP!)
忍び足:8Lv
開錠:3Lv(UP!)
罠:4Lv(UP!)
限界突破:7Lv(UP!)
暗殺術:6Lv(UP!)
無属性魔術:1Lv
魔術制御:2Lv(UP!)
風属性魔術:3Lv(UP!)
発光:1Lv(NEW!)
・ユニークスキル
ザナルパドナの加護
リオエンの加護(NEW!)
・種族解説:クリスタルエンプーサ (ルチリアーノ著)
『晶角龍神』リオエンの水晶をヴァンダルーから夢で与えられた事で、ミューゼが加護を得た結果誕生した種族。外骨格や鎌がエメラルドを思わせる緑色の結晶体に変化しており、全体的な強度や切れ味が上昇している。
当然ながら、ラムダで初めて誕生した種族である。
全身の結晶体は割れる等しても新たに生成する事が出来、【格闘術】や【鎧術】の効果を受ける事が出来武技を発動させる事が可能。更に【発光】スキルによって光らせる事が出来る。
ミューゼの場合風属性魔術と合わせて使い、幻を映し出す事も将来的には可能。彼女が「ドロン!」と消えたり、分身の術を披露したりする時も近いだろう。
それで当人の望むように【忍者】ジョブに就く事が出来るかは不明であるが。多分、その前に【ニンジャ】に成る時の方が早いだろう。
昨年12月15日、拙作「四度目は嫌な死属性魔術師」の書籍版が発売いたしました。書店で見かけた際は目を止めていただけたら幸いです。
ネット小説大賞のホームページでキャラクターラフやカバーイラスト等も公開されていますので、よければご覧ください。
1月16日に164話を投稿する予定です。