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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第八章 ザッカートの試練攻略編
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百五十八話 悩めるペルセウス

 鬼人国に皇帝として認められたヴァンダルーとその一行は、歓待を受けた。元々ヴァンダルーに疑問を抱いていたのはオニワカと、ガンカク以外の『六角戦鬼衆』達で、他の鬼人達は最初から肯定的だったらしい。


 『生命と愛の女神』ヴィダと『炎と破壊の戦神』ザンタークの間に産まれた鬼人族の始祖は、魔人族の始祖と双子の関係にある。

 そして、後に産まれた吸血鬼とグールの始祖の兄か姉に当たる。そのため、鬼人族は魔人族を兄貴又は姉貴分として敬い、吸血鬼やグールを弟妹分として親しむ傾向がある。魔人王ゴドウィンが鬼人国で尊敬を集めている理由の一つもそれだ。


 そして半吸血鬼であり、屍食鬼(グール)の王であるヴァンダルーも、鬼人族からすれば兄弟分なのだった。


 初日はあのまま歓迎の宴。その後酔いつぶれたテンマ王を余所に、彼の妃であるユラと側室達と実務的な相談を行った。

 どうやら脳筋や戦闘狂が多い鬼人国では、女衆が文官的な役割を熟す事が多いらしい。


「あの人とオニワカには、本当に皇帝陛下の爪の垢を飲ませてやりたいぐらいです。特にオニワカはまだ幼名が取れなくて……成人は何時になる事か」

 そう悩ましげにため息をつくユラ。何でも鬼人国では、成人と認められない間は本名では無く幼名で呼ばれるらしい。オニワカもその幼名で、本名は別にあるのだとか。


 そして成人と認められるには一人で、鬼人国の周囲に在るB級ダンジョンで魔物を一体討伐する事だという。

 B級のダンジョンに出現する魔物は、表層階でも弱くてランク6。素の状態ではランク4の鬼人達でも、かなりの難易度である。


『それは……鬼人さん達でも成人できない人が出るのでは?』

 幾ら戦闘に向いた種族であっても、中には弱い者もいる。種族全員が強くある事は出来ない。レビア王女がそう聞くと、「まあ、偶に」と側室の一人が答えた。


「その場合は、大体他の国に移住する事になるわ。弱いままこの国に居て、もし魔物の大暴走が起こったら生き残れるか分からないから」

「それに、他の国なら……ノーブルオーク王国や竜人国、魔人国以外なら、十分戦力になれるし、グール国なら兄弟分として歓迎されるのよ」


 万が一の事態が起きた時、自分の身が守れなくては周囲の者も危険に晒す。故に国を出るのだという。

『中々厳しいね~。でも仕方ないのかな? ここ、ダンジョン以外で出る魔物も強いそうだし』

『それは分かったが……つまり、奥方衆も?』

 そう言いながら頷くオルビアの横で、思わずユラ達を凝視するキンバリー。彼女達の言葉が正しければ、女衆でもランク6以上の魔物を一人で狩る事が可能な力を持っているという事なので、その反応も無理は無い。


 そして鬼人国の総人口は約一万人。一応妊婦や幼子などの非戦闘員もいるが、それ以外は全員戦力になりうる。

『この国と戦争したら、アミッド帝国滅びるんじゃぁ……まあ、ノーブルオーク王国や魔人国でも似たような事を言った気がしますけど』

「いえ、そうでもないでしょう。戦争の勝敗には単純な強さ以外に様々な要素が関係すると、先のブギータス軍との戦いで分かりましたし」


 ベルモンドが言うように、実際に戦えばアミッド帝国が鬼人国に負ける事は無いだろう。鬼人国はダンジョンを管理する役目があるので戦力を全て投入する事が出来ない。それに、彼等もブギータス同様に戦争に必要な知識と技術……兵站の維持や伝令に関して隙が多い。


 実際に戦争になったとしたら……鬼人国が数千人を派遣して帝国の属国を最初は蹂躙する。しかし兵站や情報伝達に隙が生じ、帝国軍や『邪砕十五剣』、A級冒険者の反撃を受けて撤退を余儀なくされる。

 だが帝国も境界山脈を越えて鬼人国に反撃する事は現実的では無いので、仕方なく戦争が終わる。

 勝者も敗者も無い結果になる可能性が高いだろう。


 ……そもそも、鬼人国も戦士をアミッド帝国に送るには天を突く様に高い境界山脈を越えなくてはならないので、意味の無い仮定だが。


「アルダを主神とする帝国相手にそう言っていただけるのは、光栄ですね。オニワカにもその帝国との戦いで活躍できる戦士に育ってほしいのですが……」

『いいえ、オニワカさんも中々ですよ。坊ちゃんの舌の一撃を受けて意識を保っていたんですから!』

『そうですよ、坊ちゃんはその気になれば舌だけでドラゴンも倒せるんですから!』


 そう力説するリタとサリアに、サムが『こらこら』と声をかける。

『ドラゴンを倒すには【魔王の口吻】を発動させた状態でないと無理だと、坊ちゃんが言っていたでしょう。話を盛り過ぎですぞ、二人とも。

 ねぇ、坊ちゃん?』


 サムがそう話しを振ると、ヴァンダルーはタレアの膝枕とベルモンドの尻尾布団でぐっすりと……ぐったりと横になっていた。時々ピクピクと痙攣している。

「ヴァン様なら、まだあそこですわ」

 タレアが指差す先では、半透明なヴァンダルーの集団が鬼人国の文官担当者と忙しく書類のやり取りをしていた。


『この言葉の言い回しの意味は、合っていますか?』

「はい、問題ありません。ところでこの表現の意味は?」

『次の会談は『ザッカートの試練』への挑戦が終わってからで構いませんか?』

「攻略して頂くダンジョンですが、日程的にこの『オーガーの巣』が適当かと」

『タレアのホームステイ先はどうなったでしょうか?』


 ヴァンダルーは会談では意見を交わす事無く、主に内容を記録して書類を作成し、文官として相手国の文官と打ち合わせをする仕事に集中していた。

 意見を言う暇が無かったというべきかもしれない。


 何故こんな事をしているのかというと、ヴァンダルー達と鬼人国では言葉の使い方が微妙に異なるからだ。

 この世界では魔王が滅びた後に広まった勇者達の言語、日本語が広まっている。それはこの境界山脈内でも同じなのだが、流石に十万年以上引き籠っていると外とは言葉の使い方に差異が生じてくる。


 差異といっても方言のような物で、日常会話程度ならそれほど不自由は無い。しかしAという言葉をタロスヘイムではBという意味だと思っていたら、鬼人国ではCという意味だと認識していたなんて事があったら困る。

 だからしっかり確認を取って来てくれと、ヴァンダルーはクルトに何度も頼まれたのだった。


『ふぅ、終わりました。お疲れ様です』

「いえ、ご苦労様です」

「すみません、ちょっと眩暈が……」

 お互い一礼するヴァンダルーと鬼人達。文官担当とは言えこの国の鬼人である以上、同時に戦士でもある彼女達だが、その顔色は悪かった。


 宴席での奔放な会談の内容を纏めるのに疲れたのではなく、目の前でアメーバーの様に分裂する同じ顔を見続けたせいだろう。素面のまま向き合い続けるには、若干の慣れが必要とされる光景である。

『では宴もたけなわという事で……あれ? 何故俺の身体がタレアとベルモンドの所に? 確かボークスに頼んだはずなのに』

 タレアとベルモンドの膝枕と尻尾布団で横になる自分の肉体に、遅ればせながら気がついたヴァンダルーが首を傾げる。


「それが、途中でボークスが酔い潰れて……アンデッドですのに」

 そうタレアが指差す先では、ガンカクやキドウマルと同じテーブルに突っ伏して眠っているボークスの姿があった。


『……イビキをかいていますね』

「思い込みと気分で酔ったのでしょう。これだけ飲んだのだから、酔うはずだと」

『ああ、空気に酔うって奴ですね』


 アンデッドは基本的にアルコールでは酔わないのだが、酔い潰れるまで飲んだ経験があると思い込みだけで酔う事がある。

『ボークスは生前から頻繁に酔い潰れていましたからね……』

 当時を思い出しているのか、しみじみとした様子で呟くレビア王女。


『私達も生きていた時に飲んでいれば、酔いって感覚が分かったかもしれませんね』

『姉さん、私達はお酒には酔えなくても血に酔う事が出来ますよ!』

「……うちの人達も大概だけど、この子達も物騒な事を」


『ヴァンダルー、大人になっても酔い潰れるまで飲んじゃダメよ』

「はい、母さん。ところで心地良いのでこのまま眠って良いですか?」

「旦那様、身体に戻ったのなら一旦起きてください」




《【身体強化(髪爪舌牙)】、【格闘術】、【並列思考】、【実体化】、【連携】、【高速思考】スキルのレベルが上がりました!》




 この『ラムダ』では大都市に入るミルグ盾国の王都を、夜空高く浮遊するそれは見下ろしていた。

 無骨だが堅牢な城壁で周囲を囲い、物見の塔やバリスタ等の防衛施設も揃っている。見るからに籠城戦に強そうだ。恐らく、都市の中に地下水を汲み上げ蓄える仕組みも備えているのだろう。


『非常事態には城壁と都市の建造物の幾つかが魔術陣代わりになって、空に結界を張る仕組みか。これは正面から攻め込むのは少し難しそうだ』

『そうかい? 閻魔が買い被っているだけだと思うけどね。あたし達が体当たりをかませばあんな城壁、砂糖細工みたいなもんだよ』

『砂糖細工、美味しいよね』


 空中に浮かぶ肉人形を捏ねまわして球状に纏めたような生命体、レギオン。彼又は彼女達は物騒な雑談をしながら、目的の建物を探していた。


『バーバヤガー、ジャック、あなた達も手伝って。屋根の形だけで目標を探すのは大変なのよ?』

『閻魔は良いの?』

『僕は角度的に貧民街しか見えないからね。目的地は上級貴族街だろう?』

『没落してなければな!』

『ワルキューレ、声を抑えろ』

『うーん、あれじゃないかしら? 近くで家紋を確認しないと確かな事は言えないけど』


 何故レギオンだけが敵国であるミルグ盾国の王都上空に居るのか。それは、ヴァンダルーからお使いを頼まれたからだ。

 異世界『オリジン』でヴァンダルーの前世であるアンデッドを崇拝する集団、『第八の導き』だった彼女達にとって、彼から離れる事は本意では無い。しかし、彼から直接頼まれた事に否と言えるはずもなかった。


 ただ、お使いをするご褒美に『ザッカートの試練』に挑戦する際は必ず一緒に連れて行くと確約を貰ったが。


『私達は装備出来ないからねぇ。それぐらいのご褒美が無いと……』

『こうしている間にも、プリベルやギザニア達は経験を積んでいるからね』

『そのご褒美をもらうために王都に入るわよ。今は非常時じゃないから、結界も張られていないでしょう』

『じゃあ、身体のコントロールを任せるよ、ゴースト』


 【サイズ変更】スキルを使用して、限界まで身体を縮めるレギオン。そして、大人なら一抱えに出来る程度の大きさになると、音も無く地面に降下する。


『任せろ』


 身体のコントロールを任されたレギオンの人格の一つ、ゴーストは人気の無い裏路地に降りると、滑るように目的地に向かって進み始めた。

 手紙を届けるために。




 ミルグ盾国のレッグストン伯爵家の家長、アルサード・レッグストンの元に生を受けた長男サルア・レッグストンは、極普通の赤子だった。

 産まれた時はやや早産で両親と周囲の大人を心配させたが、その後は順調に成長し、今年の春一歳の誕生日を迎える。


 誕生の際後光を放ったわけでも、偶然出産に立ち会った聖職者が「この子は将来偉大な人物になるだろう」と予言する事も無く、特に成長が速い訳でも無く、特別聡い訳でも無い。

 ただ将来は軍務系の貴族に相応しい武威を身につけるかもしれないし、従軍文官や、堅実な指揮官として活躍するかもしれない。


 そんな可能性を秘めているサルアは、ある夜何かを目撃した。それは万が一にしか起こらない偶然か、彼の運命か。

『……』

 特に理由も無く夜目覚めたサルアは、部屋に両親や見慣れた乳母達では決してない者が、彼が寝かされている部屋に侵入してきたのに気付いた。


 音も無く木戸を僅かに開け、そこから容器から絞り出された液体ソースのように、肉色の何かが入り込んでくる。

『明りがついている?』

『赤ん坊の部屋だ。薄暗くしてあるのは、夜泣きした時の為だろう』

『喋らないで、起きたらどうするの』


 小さな話し声が幾つか聞こえた。侵入を果たした何かは、サルアと同じくらいの大きさの球状に纏まると、彼に見られている事に気がつかないまま、音も無くドアから出て行った。

 ただ、次の日になっても表面上何事も起きなかった。彼の両親や祖父母が奇妙な死を迎える事も無かったし、使用人達も昨日までと同じように過ごしていた。


 サルア以外の家の者は誰もあの奇妙な侵入者を目撃しなかったらしい。そして一歳を迎えていない彼が昨日より多少泣き喚いても、乳母達が彼の熱を測り、体調を診るだけだ。

 サルアがあの侵入者の目的と、誰の手の者だったのかを知ったのはその日の夕方だった。


 昼寝から目覚めた彼は、乳母の代わりに現当主の父アルサードと先代当主である祖父セシルの二人が部屋にいる事に気がついた。

「しかし親父、あの手紙を信用するのか?」

「信用する以外に在るまい。チェザーレとクルトしか知らない事が幾つも書かれていたのだぞ」


 どうやら二人はサルアの顔を見に来た様に見せかけて、この部屋で密談をしているらしい。何故そうなったのか経緯は不明だが、まだ言葉を殆ど喋る事が出来ない赤子の部屋が、この時のアルサードとセシルにとって最も都合が良かったのだろう。


 二人はサルアが目を覚ました事に気がつかないまま、話を続けた。

「それはそうだが……二人が拷問にかけられて無理矢理吐かされたのかもしれない」

「いや、それは無いだろう。手紙の前半はチェザーレの、後半はクルトの字だ。間違いない」

「それは俺だって分かる。しかし、それだとパルパペック伯爵は恐ろしい背信者という事に――」


 まだ眠気にぼんやりとしたサルアは、彼の理解が及ばない話を続ける二人を無視して再び眠りに落ちようとしていた。

 どんなに重要な話題だとしても、理解できない以上子守唄と大差ない。


「ダンピールのヴァンダルー……我がレッグストン家とこの子の命運は、奴次第という事か」

 その父の言葉に含まれた名前を聞いた瞬間、サルアの意識と記憶は覚醒した。

(ヴァンダルーっ!? そうだ、僕は俺だった。僕は……鮫島悠里、【ペルセウス】の鮫島悠里だ!)

 『地球』と『オリジン』での二つの人生と死、そしてロドコルテから打診された天宮博人……ヴァンダルーの抹殺。その記憶と、以前の人格を彼は取り戻した。


 『ブレイバーズ』の一員でありながら数々の犯罪に手を染めた【グングニル】の海藤カナタ。彼が【メタモル】の獅方院真理に母の仇として殺された事で起きた騒動。それによって死んだ三人の転生者の内一人。

 それがサルア・レッグストンの前世だった。


 それまで普通の赤子でしかなかったサルアの意識や五感は、前世以前の記憶と人格が戻った事で急速に変化しつつあった。

 それまで意味が分からない言葉として聞き流していた父と祖父の話も、大体理解する事が出来るようになった。

 その話とロドコルテから与えられていた情報……【グングニル】の海藤カナタがハートナー公爵領でヴァンダルーに滅ぼされた前後までに分かっていた事も繋ぎ合わせて、自分の状況を整理する。


(僕の三度目の人生……終わったかも……?)

 結果、サルアは自分の人生が危機的状況に置かれている事に気がついた。

 鮫島悠里……サルアは、ロドコルテから報酬を提示されてもヴァンダルーと関わる事を拒絶した三人の転生者の内一人だ。だから、記憶と人格を取り戻してもヴァンダルーと関わるつもりは無かった。


 自分はダンピールを魔物、それを産んだ母親を魔女として激しく迫害する国の貴族、しかもヴァンダルーが治めるタロスヘイムに派遣された遠征軍の副指揮官の実家の長男。

 そしてサルアの叔父にあたるチェザーレはアンデッド化した後、クルトは生きたままヴァンダルーに忠誠を誓い、有力な家臣となっている。


 そして昨夜、叔父達からの手紙が届けられた。そこには現軍務卿のトーマス・パルパペックが邪神を奉じる吸血鬼と通じているという糾弾と、ミルグ盾国からタロスヘイムに寝返らないかという誘いが記されていた。

 恐らくあの奇怪な侵入者が届けたのだろう。どうやらヴァンダルーの手は、サルアが知っている情報にあるよりも長く伸びているらしい。


 この時点で、ヴァンダルーと関わる事が避けられそうにない事が分かった。


 父達が誘いに乗る場合は、タロスヘイムの関係者の息子で、有力家臣の甥。ヴァンダルー本人と会う事になるだろう。そして、何時か転生者だと気がつかれる事になるだろう。

 年相応の子供らしい態度を自然にとりながら、魔術の素質を隠し、チート能力を使わず、そして自分を転生者だと知っている他の転生者に口止めをする……。


(無理だ。一日や二日なら兎も角、ずっと失敗できない演技をしながら生きるなんて不可能だ。他の転生者の口止めだって、出来る保証はない。いや、ブレイバーズの仲間でも名前も顔も変わっているだろうから、そう気がつかれる事は無いのか?

 ダメだ! ロドコルテが『サルア・レッグストンは【ペルセウス】の鮫島悠里だ』ってみんなに教えたら、顔が変わっていても意味が無いじゃないか!)


 何せアミッド帝国の属国の、今は落ち目だが有力貴族の跡取り長男だ。この情報伝達が未発達な世界でも、フルネームを知られただけで居場所を探し出されかねない。


(いや、待て。まだあの二人の様子からすると、誘いに乗る方に傾いてはいるがまだ決めた訳じゃなさそうだ。もしかしたら拒絶する可能性も――って、それ一番ダメじゃないか!?)

 寝返りの誘いを断るという事はタロスヘイムにとって敵国の、それも軍に関わりが深い貴族のままでいると言う事だ。


 その場合でも、サルアが直接戦場でヴァンダルーと相対する事は無いだろう。成人して戦場で軍を指揮するまで二十年から三十年の時間が必要だろうから。それまでに……この国は滅亡する可能性がある。

 一度軍を派遣しているし、何と言ってもダンピールを含めたヴィダの新種族を迫害する風潮は今でも変わっていないのだから。


 そして確かこの国、ミルグ盾国の役目は宗主国の盾……防衛のはず。ヴァンダルーが治めるタロスヘイムとの和解なんて、まず無いだろう。

(まあ、実際には強力な秘密兵器が幾つもあって、タロスヘイムに帝国が勝てる可能性があるのかもしれないけど……どちらにしても戦場になるのは地理的にこの国だよな)

 その場合、結果がどうあれ自分とこの家の家族はどうなるか分からない。


 病原菌をばら撒かれたら、巻き添えで死ぬ可能性も十分あり得る。


(こうなったらこの家を出奔……出来る訳無いよなー。一歳未満の赤ちゃんが)

 サルアは前世から経験やチート能力を引き継いでいるが、ダンピールに生まれついたヴァンダルーと違い身体は普通の人種のものだ。

 同じ赤ん坊でも当時のヴァンダルーとは、身体能力と魔力に雲泥の差がある。


 一人レッグストン家を出奔する等、まず不可能だ。出るだけなら何とかなるだろうが、緩慢な自殺と同じ結果になるだろう。


(出奔するにしても、社会的に生きて行ける年齢になるのは十五歳ぐらいか? それまで時間的な猶予は無いよな。それに、その後何処に行くのかも問題だし……)

 家を出てもミルグ盾国内に居たら、あまり意味は無い。やはり巻き添えになって、あっさり殺される可能性がある。


 そうなると境界山脈から遠い他の帝国の属国か、東のオルバウム選王国に亡命するか、いっそ大陸の外に出るかだが……どれも家を出奔して身分を隠した少年が辿り着くのは簡単では無い。


(いや、考えてみたらどっち道ロドコルテが皆に僕が俺の事を、正体を教えたら台無しじゃないか!? どうするかな……自殺するのは……無理だから、他に何か無いか?)

 『オリジン』で死んで『ラムダ』に転生する前、彼は自暴自棄になっていた。生きるのに疲れ、三度目の人生を再び生きなければならない事に、煩わしさを覚えていた。


 しかし、こうして生まれ変わって生きていると自殺は出来ないと感じた。恐らく肉体がある事で、魂だけの時には無かった生存を望む本能が訴えるせいだろう。

(つまり、俺でもある僕が生き残るためには家族が祖国からタロスヘイム側に寝返って、俺がヴァンダルーと和解しなくちゃならないのか。僕個人としては、そもそもあいつと争った覚えはないんだけど、あいつの主観としてはそうだろうし。そう言えば、他の転生者は今頃何をやっているんだろうな)


 自分と同時期に死んだ【韋駄天】と【ウルズ】は何処に転生したのか。自分達の後、死んだ転生者達がいるのかいないのか。

(気になるけど、そう言えばあの神様から追加情報を受け取る段取り、全然してなかったな。『オリジン』の時みたいに、自然と再会するのか? ……うっ、気が遠くなってきた……)


 そこまで考えて、サルアは意識を失った。そして自分のステータスを確認する前に、知恵熱を出して数日の間寝込む事になり、目覚めた時には前世の記憶を再び忘れていた。

 一歳未満の身体と脳が、突然の記憶や人格の覚醒に耐えきれなかったのだ。彼が次に前世の記憶と人格を取り戻したのは、数か月後の事だった。

 『オリジン』で生前肉体の主導権を奪われ、死後アンデッド化した事で、魂と霊体だけで思考する感覚が無自覚に身についていたヴァンダルーと違って。




 宴席の翌日、ヴァンダルー達は鬼人国に程近い場所に在るD級ダンジョン、『オーガーの巣』を攻略する事になった。

 次の会談や訪問、そして緊急時にヴァンダルーが、【迷宮建築】スキルのダンジョン間転移で鬼人国に駆けつけられるようにするためだ。


 部屋が一つだけしかない極小のダンジョンを、【迷宮建築】で新しく創った方が手間はかからない。しかし周りにダンジョンが幾つもある環境で更にダンジョンを増やすのは、鬼人国の感覚としては遠慮したいそうだ。


「女神が我々の父祖を守るために隆起させたこの境界山脈は、十万年前は魔力の塊のような状態だったそうだ。勿論『生命と愛の女神』ヴィダの魔力は幾らあっても土地を魔境にはしない。

 だが女神を慕う神々は違う」


 元々魔物を創り出した存在である邪悪な神々や、彼等に従うノーブルオーク等の魔物は、意思に関わらず存在するだけで徐々に周囲の魔力を汚染してしまう。

 そこで『迷宮の邪神』グファドガーンがその力で、あえてダンジョンを一定の地に集めて創りだした。

 『堕肥の悪神』ムブブジェンゲや『闇の森の邪神』ゾゾガンテもダンジョンを創る事が出来るが、グファドガーン程上手く多種多様なダンジョンを創る事が出来る神は居なかったからだ。


 境界山脈内の何処だかわからない場所に自然発生されるよりは、管理しやすい場所に創った方が良いと考えたのだろう。

「そして特に危険な三カ所……東側の山脈のダンジョンを竜人族が、山脈の間の平地のA級ダンジョンを魔人族が、そして俺達鬼人国がこの西側の山脈の管理を任されたのだ。

 どうだ、凄いだろう!」


 自国がダンジョンに囲まれている理由を得意気に説明するオニワカに、ヴァンダルーは「凄いです」と同意した。

「ダンジョンは出現する宝箱を含めて産物の宝庫ですが、それを手に入れるには相応の危険もあります。その管理を一部の戦士階級だけに押し付けず、国全体で十万年以上も続ける姿勢は立派だと思います」


 冒険者ギルドに所属している冒険者と違って、鬼人達は魔物を討伐するだけでは報酬を手に出来ない。オニワカ達は生活の為にも、ダンジョンから魔物から剥いだ素材を持ち帰らなくてはならないのだ。

 いくら実力があっても、背負って持ち帰った素材の分しか生活の糧にならないのだから大変だろう。それなのに十万年もそのきつい生活を続けて来たのだ。他の国からの援助もあっただろうが、評価されるべき在り方だ。

「ハートナー公爵家の連中に見習わせたい」


 【魔王の欠片】の封印を杜撰に扱っていたハートナー公爵家は、鬼人達の爪の垢を煎じて飲むべきだろう。

『陛下、彼等が管理をしっかりしていたら、私はここに居られませんよ』

「それもそうでしたね。では彼等の怠慢に感謝しましょう」

「昨日ボークスから聞いたが、外も大変なようだな。主に外の人間の自業自得らしいが」


『元外の人間としては耳が痛てぇ』

『そう言えば、外の人間でしたね、私達』

 『オーガーの巣』を探索しているヴァンダルーとゴースト達、運搬役のサム、案内と解説役のオニワカを加えた面々は和やかな様子で会話しながら、ダンジョン内の砂漠を進んでいた。


 サムの荷台にはクインも乗っているのだが、彼女は自分が産んだゲヘナビーの卵の世話で忙しい。


 因みに、ダルシアはユラ達と昨日に続いて会談。ボークスやベルモンド達はその護衛である。タレアは鬼人国の武具職人達と技術交流の為、今日から暫く別行動だ。


『しかし聞いてはいましたが、出て来るのがオーガーばかりですね』

 このダンジョンは名前の通り、亜人系の中でも特にオーガー系の魔物が出現する。通常のオーガーはランク4だが、ランク3の劣等種レッサーオーガーから、同じランク4だが砂漠や寒冷地に適応したデザートオーガーやフロストオーガー等の変異種まで、様々なオーガーが出現する。


 因みにダンジョンボスは大体オーガーソルジャーやオーガーグラップラー等、ランクアップしたオーガーである事が多いらしい。

 オーガーをテイムしたいオーガーテイマーには、垂涎のダンジョンである。……それ以外の者にとっては、難易度の割に手に入る素材が偏るので、微妙らしい。


「でも出現する魔物の種類が偏るなら、攻略は楽ですね」

「ああ。このダンジョンが選ばれたのは、十階までしかない事もあるが、それが主な理由だ。俺は兎も角、『六角戦鬼衆』に勝ったお前なら、短時間で攻略できるだろうからな」


 最初の態度とは変わって、打ち解けた様子でヴァンダルーと言葉を交わすオニワカ。【迷宮建築】スキルの効果で一歩踏み入れただけでその階層の構造を理解できる彼に、本来なら案内役は必要無い。

 だが母であるユラから「親睦を深めるために同行しなさい」と耳打ちされて、同行する事になったのだ。

 別に言われなくても、ヴァンダルーを心の友と慕うオニワカはついて行くつもりではあったのだが。


「ところで聞きたいのだが、俺達が挑戦した時に無属性魔術の【飛行】は使って、【身体能力強化】は使わなかったのは何故だ? 魔力が多いのは分かるが、同時に手加減が上手いお前なら程良く力を強化して、もっと早く俺達を倒せただろうに」


 その親睦を深めるための何気ない雑談に、『そう言えば』と他の面々も呟いた。特に今居るメンバーの中で最もヴァンダルーと付き合いが長いサムでも、彼が【身体能力強化】を使ったところを見た事が無かったからだ。

「ど、どうした? 何か訳でもあるのか?」

 周りの空気が変わった事に気がついてオニワカが狼狽える。


「いえ、そんな深い意味は無いのですよ」

 しかしヴァンダルーはそれまでと同じ様子で気軽に答えた。

「【身体能力強化】を今まで使わなかったのは、単に魔力の制御をミスすると死ぬからです」


「死ぬのかっ!?」

『ええーっ!? 君が死ぬの!? 首を刎ねられても死ななかったのに!』

『そんな、心臓を止められても死ななかった坊ちゃんが!?』

 ヴァンダルーの答えにオニワカも驚いたが、それ以上に彼の不死身さを知っているオルビアやサム達も驚いていた。


「そりゃあ死にますよ。魔力を一万【身体能力強化】に使っただけでも、筋肉と骨格を強化するバランスをミスしたら骨折や内臓破裂を起こしますからね」

 この世界で、人間社会では魔力量が一万もあれば魔術師としては一流と呼ばれる。


 その一万の魔力を、既に【無属性魔術】のスキルレベルが9にまで到達しているヴァンダルーが、【身体能力強化】だけに使用したらどれ程肉体が強化されるのか。

 肉体の限界を超え、一歩間違うと自滅しかねない。何せ、一流の魔術師が全魔力を振り絞って肉体を強化するのと同じなのだ。


「俺、魔力以外はそれ程優れている訳じゃありませんからね。力でも敏捷さでも体力でも、『六角戦鬼衆』の人達の方が上だったでしょう? 尤も、失敗しても今なら四肢が爆砕するぐらいで済むとは思いますが」


 【魔王の外骨格】や【魔王の血】で補助すれば、より耐えられるだろう。

 しかし、そうしたリスクを背負いながら精神力を振り絞って【身体能力強化】の魔術を制御しながら戦うよりも、使わない方が上手く戦える。

 それがヴァンダルーの認識であった。


『じゃあ、霊体の方で【身体能力強化】を使えば良いんじゃないですかい?』

「キンバリー、【身体能力強化】は肉体を強化する魔術なので、霊体は【実体化】しても強化出来ない」

「なるほど……何事も多ければ良いという訳ではないのか。筋肉も付きすぎれば動きを阻害するのと同じで」

「そう、魔力も筋肉と同じなのです」


 魔術師が耳にしたら猛然と反論しただろう会話を続けながら、ヴァンダルー達は『オーガーの巣』を攻略したのだった。

 因みにダンジョンボスは、全身の筋肉が発達し頭部に角を生やした猿の魔物、オーガゴリラだった。偶にはこんな事もあるらしい。




・名前:サルア・レッグストン

・種族:人種

・年齢:約一歳四か月

・二つ名:無し

・ジョブ:無し

・レベル:0

・ジョブ履歴:無し


・能力値

生命力:4

魔力:10

力:1

敏捷:1

体力:1

知力:1



・パッシブスキル

死属性耐性:5Lv

魔力増強:6Lv


・アクティブスキル

空間属性魔術:8Lv

魔術制御:10Lv

弓術:5Lv

短剣術:5Lv

投擲術:3Lv

格闘術:6Lv

連携:5Lv

サバイバル:6Lv

忍び足:6Lv

限界突破:3Lv


・ユニークスキル

ペルセウス:8Lv

輪廻神の幸運

12月15日、拙作「四度目は嫌な死属性魔術師」の書籍版が発売いたしました。書店で見かけた際は目を止めていただけたら幸いです。

ネット小説大賞のホームページでキャラクターラフやカバーイラスト等も公開されていますので、よければご覧ください。


12月23日に159話を投稿する予定です。

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