百五十六話 煉獄の女王誕生、立ちふさがる『六角戦鬼衆』
タロスヘイムに亡命した元アミッド帝国貴族、クオーコ・ラグジュが新しい年を迎えたこの一月、幾つかの印象深い出来事が起きた。
最初に起こったのは、正式に男爵位を皇帝であるヴァンダルーから賜った事だ。クオーコだけでは無く、彼以外の亡命貴族達全員が、とりあえず男爵位を賜る事に成った。……正確には、まだ内定の状態だが。
どうやら彼の前世と更にその前の前世で生きた世界では、貴族が存在しないというクオーコには理解しがたい統治体制を採用していたらしい。それもあって、元々貴族制が無かったタロスヘイムでわざわざ採用する必要をヴァンダルーは感じなかったし、爵位を求める者も最近まで居なかった。
だから今まで採用するかどうかの決断を先延ばしにしていたらしい。
だが実質宰相であるチェザーレや、クオーコの今の上司であるクルトに説得されたそうだ。
貴族にとって爵位は名誉と権力、そして財産だけでは無く、子孫の身分と生活の保障に繋がる大切なものだ。それを保証する事で亡命した貴族達の忠誠心を強め、これから他国の貴族の翻意を促すための材料に必要だと言われたらしい。
そしてヴァンダルーは「まあ、地球にも二世議員とか代々高級官僚の一族とかいましたし、いいか」と頷いたそうだ。
一部皇帝の権力が新参者に奪われると反対意見も出たそうだが……爵位を認めた程度でこの国の支配者がどうにかなるはずないだろうと説得されて、すぐ消えたようだ。クオーコも同感だ。
元々爵位を継がせる事を諦めていた彼にとっては、爵位にそれほどの価値は無いのだが。
それよりも印象深かったのは、ケーキだ。
「陛下、あの白くてフワフワとしたクリームなる物が乗ったケーキの安定供給こそっ、この国には必要なものではないだろうか。いや、そうに違いない!」
「クオーコ、まさかそれを訴えにここまで来たのですか?」
ヴヴヴヴと羽音が響くセメタリービーの巣で力説するクオーコに、ヴァンダルーは聞き返した。
「ケーキ好きなんだね、クオーコ君」
しみじみとした口調でパウヴィナが言った。
この前迎えた自分の六歳の誕生日パーティーで、切り分けられたケーキを口にしたクオーコ一家の感激ぶりを思い出したのだろう。
「うむ、それだけでは無いのだが。この場所にも前々から興味があったのでね」
人種換算で九歳程の少女に君付けで呼ばれている事も気にしないクオーコは、周囲で忙しく動き回るセメタリービーや、巣に併設された養殖場を見て目を輝かせた。
「普通都では、これはとても手に入り難いのだよ。手に入っても、既に干物や甘露煮にされているものが殆どでね。新鮮な状態で欲しければ専門の商人と契約するか、自分で田舎にでも行くしかない。それほどの高級食材。
だがこのタロスヘイムでは庶民の味として屋台で甘露煮や串焼き、素揚げが一ルナから売られている。その秘密がここに在るのだ!」
『煩いねぇ! 蟲が驚くだろうがっ、静かにおし!』
そう叫ぶクオーコを、『蟲軍』のベベケット……ベベケットの魂を入れられた、パッチワークゾンビが叱責した。
彼女本人の死体は頭部をエルヴィーンが砕き、それ以前に蟲を寄生させていた為筋肉や内臓の欠損していた部位が多すぎてゾンビとしても使えなかった。
そのため、ヴァンダルーとルチリアーノが厳選した素材を使用して新しい肉体を作ったのだ。
因みに、リッケルトやエルヴィーンの魂は情報を吐き出させた後、ヴァンダルーによって喰われて消滅している。彼等はアンデッドにして再利用するには、能力的には兎も角、性格的に問題があったからだ。特にエルヴィーンは行動を許すと、生前のように自分や仲間を犠牲にするやり方をしかねない。
死んでヴァンダルーに魅了されても、すぐに性格が大きく変わる訳では無いのだ。
尤も、それも時間をかけて矯正するか、【精神侵食】スキルで洗脳すればいいのだが……結局のところ、それほどの手間をかける価値をヴァンダルーは二人に見出せなかったのだ。因みに、魂を食べてもスキル等は得られなかった。神の御使いでもそうだったので、幾ら強くても人の魂では食べても何も得られないのだろう。
二人と違い価値を見出され、特別製なボディを与えられたベベケットが此処で何をしているのかというと、養蜂と蟲の養殖である。
セメタリービーは、以前から芋虫や魔物化していない、若しくは低ランクの蜂の魔物を狩って、ヴァンダルーにお裾分けしたり、タロスヘイムの飲食店に卸したりしていた。
そのセメタリービーの巣で、生前は養蜂を営んだ事もある蟲使いのベベケットが、狩猟採集だけでは無く養殖を始めたのだ。
これにより新鮮な蟲の安定供給が可能となり、都会では高級食材の蜂がタロスヘイムでは更に庶民の味と成ったのである。
『クキクキ、陛下の為に丸々と太った芋虫や蜂の子を育てているんだからねぇ、ヴヴヴ……邪魔をするんじゃないよ』
脇腹に移植された【魔王の節足】や、背中に移植された魔物の羽を鳴らすベベケット。クオーコも彼女を怒らせるつもりはないので、すぐに謝罪した。
「それ程高級なのですか?」
ヴァンダルーは落ち着いたクオーコにそう尋ねた。日本でも蜂は高級食材とされていたが、イメージ的にA5ランクの松坂牛や神戸牛、キャビアやトリュフ等よりは下だと思っていたからだ。
しかしその通りだとクオーコや、それまで黙ってベベケットを観察しながらメモを認めていたルチリアーノも頷いた。
「当然だとも。都市部では生きている物は見つけづらいし、魔物では無い普通の蜂でも捕獲には危険が伴うからね」
「D級以下の冒険者だと、スズメバチを甘く見て刺されて死ぬ奴が毎年何人か出るのだよ。魔物では無いただの蜂の巣を採取するだけで、オークやヒュージボアを狩るより報酬が手に入ると油断してね」
どうやら、このラムダ世界にも危険なスズメバチが存在するようだ。しかも、場合によっては冒険者でも死者が出るらしい。
「C級以上の冒険者だと、魔物を狩っていた方が楽だし効率も良いから見向きもしない。生け捕りは手間だからね。しかもスズメバチは危険だが、魔物と違って無暗に人を襲わないから探すのが面倒だ。その上魔境に入れば一年中どの季節でも狩れる魔物と違い、旬というものがある。
逆にスズメバチの捕獲に精通し、その売却で儲けているスズメバチハンターのE級冒険者もいるらしいが」
「貴族などの富裕層ほど蟲を食べない傾向にあるから、高級食品でも必ず高値で売りさばけるとは限らない。だから食用蜂の大々的な養殖なんて、普通は採算が取れない。こんな事が可能なのは師匠ぐらいだよ」
「……二人とも気が合うみたいですね」
「息がピッタリだよ」
そうヴァンダルーとパウヴィナに言われた二人だが、「まあ、それは兎も角」と大して気にせずスルーした。どうやら、お互いにあまり興味が無いらしい。
「それでクオーコは蟲の養殖場を見に来たのですか?」
「ああ、それが私の主目的だ。蜂の幼虫を使った新しい料理のアイディアがあってね。それをサイドビジネスにしようかと思っているのだよ」
一度家が財政破綻目前まで行ったせいか、今度は日頃から稼いでおくつもりらしい。
「だが、皆から何時頃爵位を貰えるのか聞いて来て欲しいと頼まれてね」
クオーコの言う「皆」とは、ヴァンダルーがマルメ公爵を拉致した時、占領軍からタロスヘイムに亡命した貴族達の事だ。
「頼まれたって、自分達で師匠に聞けばいいだろうに」
「それはまだ躊躇われるらしい。君達がマルメ公爵達にやった事を考えるとねぇ……」
「ヴァン、何かしたの?」
意味ありげなクオーコの言い方が気に成ったのか、パウヴィナが不思議そうに目を瞬かせる。
「人体実験した以外に」
「人体実験以外には何もしてないですね」
「そうだよね? 普通の事なのに何で話しかけてくれないのか、不思議だよね」
「ですよね」
揃って首を傾げるパウヴィナとヴァンダルー。その言動に流石のクオーコも、顔が若干引き攣った。目で「あれは本気なのか?」とルチリアーノに問うが、「パウヴィナは本気だ」と答えられると、恐ろしい物を見る目で三メートルの少女を見上げた。
頭部の皮をアイラに剥がされて拉致されたマルメ公爵や、彼の家臣でもヴィダの新種族や民に対して酷い迫害を行った者達はあの場で殺されず、王城地下の工房で人体実験の素材に利用された。
テーマは、「ヴァンダルーが生成する【魔王の欠片】の生の部位を、生きた人間に移植するとどうなるのか」と言うものだ。
【体毛】による植毛や、【脂肪】による豊胸、【血】の原液を直接輸血した場合どうなるのか、可能になったら便利そうだから、試そうとヴァンダルーとルチリアーノは思ったのだ。
結果は、被験者を苦しませるための拷問としては成功だった。
【魔王の欠片】の生成物を生きたまま移植されたマルメ公爵達被験者達は、激しい拒絶反応を示した。
だが死ぬ事は出来ず、【魔王侵食度】スキルを獲得後瞬く間にそのレベルを上げて【魔王の欠片】に人格と身体を生きたまま乗っ取られてしまったのだ。
幸いだったのは、それまで【導き:冥魔道】の影響を受ける気配の無かった彼等もその状態に至ると、ヴァンダルーを『本体ぃ』と呼び、彼に服従した事だった。
そうしてできた【欠片】に乗っ取られた人間、便宜上ヴァンダルーが「怪人」と呼ぶ存在だが、本来の【魔王の欠片】に飲み込まれた人間よりも、圧倒的に弱かった。戦力として使うなら、リビングアーマーを量産した方がずっと有用だ。
しかも事ある事にヴァンダルーと統合されようとするので、仕方なく欠片の部分を体内に戻したら正気に帰る事無く死んでしまった。
「生前親しくなかったとはいえ、顔を知っている者が異形に成り果てる光景は、控えめに言っても恐れられるのに十分だと思うのだが……」
「別にクオーコまで戦かせるつもりはないのですが……捕虜を拷問し、罪人を惨たらしく処刑する事ぐらい帝国でもやっているでしょうに」
タロスヘイムではその代わりに人体実験を行い、「導かれていない人間に、加工されていない生の【魔王の欠片】細胞を移植すると危険」だという貴重な結果が残った。それだけの事である。
「それに異形と言っても、生前と今のベベケット程じゃないでしょう?」
「た、確かに!」
体中に蟲を寄生させていたベベケットの姿を見た事があるクオーコは、はっとして頷いた。
実際、マルメ公爵達が変異した怪人達はその程度の異形だった。ヴァンダルーやレギオンに見慣れていれば、「変なのがいるな」と思うだけで済んでしまう。
「我ながらこの感覚が正常だとは思わないが、ね。ところで師匠、質問に答えてはどうだね」
「ああ、爵位の事でしたね。俺がこれから境界山脈内部の各国を回って、その後『ヴィダの寝所』で就任の挨拶をして、正式に皇帝になったあとの予定です」
「成るほど……意外と形式に拘るのだね」
どうやらクオーコ達は、護衛も連れず一人で町に出現し国民と交流したり、自ら学校で子供達に授業をしたり、子供達に混じって授業を受けたりするヴァンダルーの様子を見て、形式に拘らない存在だと感じたらしい。
実際、ラムダの歴史でも国を興した初代国王などは形式や格式ばった儀式等を嫌った者が少なくなかったので、ヴァンダルーもそうだと考えたのだろう。
「そりゃあ、長生きするつもりですから。余裕のある時は拘ります」
寿命が長いダークエルフとのダンピールであるヴァンダルーは、数百年どころか千年後だって生きて皇帝をしている可能性がある。
その時、いい加減な儀式が伝統として受け継がれていたら気不味い思いをする事になる。将来由来などを聞かれて、その度に「若気の至りで……」と答えるのは避けたいのだ。
「ですから、皆にはもう少し待ってくださいと言っておいてください」
「いやいや、拘ってくれた方が助かるよ。皆も安心するだろう」
形式に拘るという事は、何かの気まぐれで爵位を取り上げるような事は無いだろう。そんな計算が、亡命貴族達の頭の中で働くだろうからと言うクオーコ。
「一応忠告しておくが、師匠は多分普通の貴族連中が『多少の事』と考えている様な悪事を働いたら、通常通り罰すると思うので、安心しすぎもどうかと思うが」
「それはマルメ公爵達の末路を見れば分かるとも。それに、自分に高貴な青い血が流れていると考える様な輩は、私も推薦しなかったからね」
冒険者だった祖父が手柄を立てた事で男爵位を得たクオーコは、帝国の貴族社会では当然新参者だ。しかも財政難で何時没落するかも分からない状態が続いていたので、自分に高貴な血が流れているとは考えた事も無かった。勿論彼の妻と娘も同じだ。
そんな彼がヴァンダルーに、「見込みがありそうな者」として勧めた占領軍勤めの貴族達だ。彼同様何時没落してもおかしくない零細貧乏貴族ばかりで、庶民感覚を持っている者達で揃えられている。
勿論クオーコも彼等がこれから増長し、高慢にならないと保証する事は出来ない
しかし、マルメ公爵達の末路を思い出せばそうはならないだろう。
「……頭の皮を剥いだこと以外、見せしめのつもりは無かったのですが」
「全くだ。あれは意味のある医療実験であって、無意味な拷問では無いというのに」
ただ口々に心外だという師弟から、クオーコは思わず視線を逸らした。
「いけない事をしたら怒られるのは、普通の事だよね?」
そして逸らした先の巨大少女に、不思議そうにそう言われてしまった。どう考えても、あれは「怒られた」の範疇に納まらない仕打ちだと思うのだが。
クオーコが黙った事で若干静かに成ったせいか、セメタリービーの立てる音の中にビリっと何かが破れる音が混じった事にヴァンダルー達は気がついた。
「この音は、羽化が始まっているようですね」
ヴァンダルーによって疑似転生したセメタリービーの女王蜂、クインの蛹が納まっている部屋の蓋が、内側から押されて動いている。
変態を終えたクインが出てこようとしているのだ。
「これは興味深い! 一体どんな形状に進化したのか記録に残さなくては!」
「我が家の蟲料理ビジネスにも重要な存在の誕生か。ぜひ見届けなくては!」
「でも男性陣は退場しましょうか」
「「何故!?」」
『いいからこっちに来なぁぁ!』
ベベケットの巨大昆虫の前足に掴まれたルチリアーノとクオーコが、強制退場させられていく。ヴァンダルーもその二人と一緒に巣の外に出ようとした。
「ヴァンはここに居ないとダメ!」
しかしパウヴィナに襟首を掴まれ、猫の子の様に持ち上げられてしまった。
「こういう時居ないと、何年も恨まれるってボークスと、それにヴィガロも言ってた」
「それは、奥さんの出産では?」
そう言い返すヴァンダルーだが、考えてみれば確かに残った方が良いかもしれないと思い直した。
羽化や脱皮は蟲にとって必要な成長過程だが、同時に命がけの作業でもある。蟲型の魔物の場合でも割合は低いが、脱皮の際に体が変形してしまう事や、失敗して死ぬ事もある。
クインはセメタリービーの女王蜂が同じく女王蜂に生まれ変わった存在なので、働き蜂達が羽化を手伝ってくれる。
しかし疑似転生し死属性の魔力を浴びたクインが、通常の女王蜂として羽化するとは考えられない。実際、幼虫の段階で普通では無かったのだから。そのため、働き蜂達の補助にも至らないところが出るかもしれない。
だから何かあった時の為にヴァンダルーが立ち会うのは、間違っていない。
そうヴァンダルーが理論武装を完了させた数秒後、部屋の蓋を破って内側から手が現れた。
形は人の手だが、まるで籠手でも着けているかのような外骨格に覆われており、手首には柔らかそうな毛が生えている。
それが更に三つ出てきて、蓋を更に破いて穴を大きくしていく。
「おぉ~、きれい~」
パウヴィナがそう言いながら見つめるのは、遠目に見れば蜂をモチーフにした鎧を着た女性だと思われるだろう姿をしていた。
五体があり、全体的な造形は人間の女性に近い。しかし腕は四本で、脚は二本だが膝から下は蜂と同じ形状をしている。それらは外骨格に覆われており、関節部分は綿菓子のように柔らかそうな毛に護られている。
頭部も人に近い。毛髪があり、一見すると目は二つで、鼻も口も人の物と同じ形をしている。しかし額には二本の触角が生えていて、眼下に納まっているのは眼球ではなく無数の複眼だ。集まっているので一見すると、瞳の部分が異常に大きいだけのように見えるが。
そして背中では羽化したてで濡れた蜂の羽が、乾くにつれて真っ直ぐ伸びていっている。その下の人間なら尾骶骨のある辺りからは、蜂の腹部に当たる部分が尻尾のように生えていた。
ただそれらの部分とは違って胴体の前面は人の女性の物と変わらない造形をしている。顔つきも、触角や複眼を除けば、二十代半ば程の女性の物だ。
パウヴィナより若干背が高く、それ等も相応に大きい事を除けばだが。
「それに大きい~!」
「まあ、幼虫の段階で巨大でしたものね」
成虫になって小さくなるはずもない。そう納得するヴァンダルーと喜ぶパウヴィナの前で、働き蜂達がクインに群がって身体のケアを始める。
「……ぁ……」
クインは働き蜂達に身を任せつつ、口を開けて大きく呼吸を繰り返していた。どうやら何か言いたいようだが、形と機能が大きく変わった身体に慣れていないせいで、上手く出来ないようだ。
しかしクインが何を言いたいのか、ヴァンダルーとパウヴィナには察する事が出来た。一応彼女が疑似転生した時から一緒に居た、ある意味幼馴染なのだから。
「若干躊躇いを覚え無くも無いですけど」
「ヴァン、照れない」
「はいはい」
ヴァンダルーは舌を伸ばすと、働き蜂達に混じってクインの外骨格や背中を舐めはじめた。彼女が幼虫の頃、身体にカビが生えない様に舐めていたのと同じように。
「今の姿があなたの望んだ姿ですか?」
嬉しそうにするクインにそう尋ねると、彼女はその通りだと頷いた。どうやらヴァンダルーは上手く彼女を導く事が出来たようだ。
クインが羽化し、ゲヘナクイーンビーという新種の魔物に変化した数日後、ヴァンダルーは使節団と共に境界山脈内の各国を歴訪するためにタロスヘイムを旅立った。
その数日の間にヴァンダルーは【迷宮建築】スキルを使用して、A級ダンジョンを創り出そうと試みた。
今まで彼がB級以上のダンジョンを作らなかったのは、木人訓練場等があるので急いで増やす必要を感じなかった事もある。だが、それ以上にダンジョンが危険物だからだ。
B級ダンジョン以上の難易度となると、タロスヘイムでも攻略できる者は減って来る。すると、大暴走を起こさないよう内部で発生する魔物を、安定して間引く事が出来るか不安が残る。
ヴァンダルーや側近メンバーなら、B級ダンジョンに出現するランク7以上の魔物も、安定して間引く事が出来る。しかし、ヴァンダルー達は常にタロスヘイムにいるとは限らない。その間に魔物が増えて大暴走を起こしたら大きな被害が出てしまう。
それを警戒したのだ。
【迷宮建築】で創ったダンジョン内の魔物には魂が無く、創造者であるヴァンダルーの命令になら、大雑把にだが従う。しかし、流石に「それ以上増えるな」という命令に従わせる事は不可能だ。
勿論、魂の無い魔物達が増えたとして、通常のダンジョンと同じように大暴走を起こすのかは不明だ。しかし、試してみる訳にもいかない。
そうして創らなかったB級よりも一つ難易度の高い、バーンガイア大陸でも数えるほどしか無いA級ダンジョンを何故今創るのかというと、タロスヘイムの探索者達の実力が全体的に向上した事や、『ザッカートの試練』に挑戦する前の腕試しに、A級ダンジョンが必要になったからだ。
しかし、時間と魔力を費やして創ってみたらB級ダンジョンにしかならなかった。
「う~ん、何故でしょう? 相性が良いように蟲系の魔物が中心に出現するダンジョンを思い描いたのに」
「ボクはダンジョンを創るって感覚が分からないけど……時間が足りないとか?」
出発の時間ギリギリまで試行錯誤しているヴァンダルーに、見送りに来ていた者達の一人であるプリベルがそう話しかけた。
しかし、時間が足りない訳では無いような気がする。
「これ以上時間と魔力を込めても、変化が無さそうなのですよ。縁まで水を汲んだ壺に、更に水を注ごうとしても無理なのと同じで」
「それでは、スキルレベルが足りないのかもしれないな」
アラクネのギザニアにそう指摘されると、そうかもしれないとヴァンダルーは思った。
ヴァンダルーの【迷宮建築】スキルのレベルは7。他のスキルと比べると、十分高レベルと言える。
しかし、B級ダンジョンも世間的には十分高難易度のダンジョンだ。それから推測すると、今のレベルではどう頑張ってもA級には届かないのだろう。
「やや間抜けな結果ですが、魔人国にもA級ダンジョンはあるそうですし、そっちで試してみますか」
「きっとその内A級ダンジョンも作れるようになるでござるよ。……その練習の為に、ダンジョンを量産されても困りものでござるが」
「分かっています。管理できないダンジョンは増やしません」
ミューゼの言う通り、等級の低いダンジョンで生成される低ランクの魔物程速く増える。そのため、練習でも簡単に創れないのだった。
「確か、ヴァンダルー様って凄く小さいダンジョンをハートナー領やサウロン領に創っていましたわよね。あれは……?」
「タレア、極小ダンジョンを放置してもランク1の魔物が数匹外に出るだけで何も起きませんよ」
タレアにそう保証するヴァンダルー。実際には、発見した近隣住民に定期的にホーンラビットが狩れる場所として利用されているので、増えた魔物が溢れだす事は殆ど無かった。
『陛下、そろそろ』
「ですね。
では皆、ちょっと行ってきます」
「行ってらっしゃい! 創ったダンジョンはボク達が修業がてら間引いておくから、頑張ってね!」
「歴訪中に『ザッカートの試練』が現れても、潜る前に一度は戻って来てくれると嬉しい」
『留守の間の事は、お任せください』
そう見送られて、ヴァンダルーはタロスヘイムを後にしたのだった。
ただ通常の国が仕立てる使節団と違い、幾つもの馬車を仕立てて大勢の護衛を引き連れて行く事は無い。
馬車はナイトメアキャリッジのサム一台。そして外の護衛はクノッヘンである。
『さあ、行きますぞ!』
サムの荷台は【空間拡張】スキルの効果で、見た目の十六倍の容量が入る。そこにアンデッドや蟲、植物を装備できるヴァンダルーが乗るのだ。使節団どころか、ちょっとした軍団である。
『おおおぉおん!』
そして後方を空飛ぶ億に迫る骨の集合体、クノッヘン。
護衛に成るどころか、竜種の中でも上位の存在であるハリケーンドラゴンでも近づくのを避けるだろう。
そんなヴァンダルー一行がまず向かったのは、最も近いザナルパドナ――では無く、鬼人国だった。
何故かザナルパドナやノーブルオーク王国、魔人国からは、『もう十分なので、ヴィダの寝所で待っている』と事前に言われてしまったのだ。グール国やハイゴブリン国、ハイコボルト国も同様である。
何が十分なのかと首を傾げつつ、そのままタロスヘイムから見て西側の山脈に在る鬼人国に直行する。
そして岩壁をくり抜いて作った城や、都市を地上の魔物から守るための城壁の外側に降りて、礼儀正しく城門から尋ねようと、ヴァンダルーは門番に話しかけた。
「すみませーん、貴国とお約束していたタロスヘイム国王のヴァンダルーと申します。皇帝就任のご挨拶に参りました。上の方に取り次ぎをお願いします」
『うんうん、お行儀は満点よ、ヴァンダルー』
『陛下ーっ! そう言うのは自分でしちゃダメです! ダルシア様も止めて!』
『レビア王女、主は何時もこうだからきっとこれからもこうかと』
『やっぱり普段からそれらしい態度をさせておかないと、突然は出来ないもんッスねぇ』
自ら先頭に出てきて用件を伝える国王と、それを褒める母。慌てるレビア王女に、既に達観している骨人とキンバリー。
そんな騒ぎにも動じる様子を見せない門番らしい鬼人族の男……赤銅色の肌に背丈と筋肉はヴィガロに勝るとも劣らない大男は、門の前に一人仁王立ちをしていた。
「分かっている。貴殿等が空を進む姿は、大分前から見えていた」
そして岩を擦り合わせたような重厚な声でそう答えた。
『くおおん』
門番の男が言うように、城塞並の大きさがあるクノッヘンが後ろからついて来ているので山脈の側面に在る鬼人国ではヴァンダルー達の接近に気がついていた。
「では早速――」
「だが、その前にまずは貴様の力を試させてもらうぞ!」
門番の男……門番だとヴァンダルーが思っていた男は、両の瞳に燃える様な戦意を宿して、背負っていた身の丈サイズの金棒を構えて見せる。
「我こそは鬼人国が誇る『六角戦鬼衆』が二の角、『大金棒』のキドウマル! 我が国の王と会いたくば、まずはこの我を倒してもらうぞ!
だが我を倒しても更に、この門をくぐっても我を越える実力を持つ『六角戦鬼衆』の残り四人が立ちはだかる事に成る! それを倒して進み、更に我々の頭たる将軍オニワカ様を倒さなければ、王に会う事は出来ん!」
子供が見たら泣きそうな迫力で、そう説明するキドウマル。どうやら彼は門番なのでは無く、鬼人国の幹部的な存在らしい。
「えーっと、何故?」
一通りキドウマルの言葉を聞いて、暫く考えた後ヴァンダルーはそう尋ねた。この「何故」には色々な意味が含まれていたのだが、キドウマルは二言で済ませた。
「こういう習わしなので、頼む」
「分かりました。戦いましょう」
「ご理解、感謝する」
お互いに礼をして戦う構えを取る両者。
それを後ろで見ていたダルシアやレビア王女は、ヴァンダルーがあっさり納得して戦う事も含めて予想外の成り行きに、呆然としていた。
『習わしなら、仕方ないのかしら?』
『お国柄、なのかしら?』
『ところで、あの人が二の角なんですよね? 一は? 姉さん知ってる?』
『リタ、確かノーブルオーク王国で坊ちゃんが会った鬼人国の人が、『六角戦鬼衆』の一の角だって言っていたそうですよ』
『ヴィガロやゴーバもグール国でグール王と戦っていたしな。そういうもんなんだろ。
やっちまえ、坊主!』
こうして鬼人国を訪ねるための戦いが始まったのだった。
《【迷宮建築】スキルのレベルが上がりました!》
・名前:クイン
・ランク:9
・種族:ゲヘナクイーンビー
・レベル:0
・パッシブスキル
状態異常耐性:5Lv
高速再生:1Lv
産卵:10Lv
精力絶倫:3Lv
魔力増大:5Lv
魔力自動回復:5Lv
猛毒分泌:針:1Lv
身体強化:外骨格:1Lv
能力値強化:被奉仕:1Lv
・アクティブスキル
魔術制御:1Lv
空間属性魔術:1Lv
群蜂連携:10Lv
群蜂指揮:10Lv
・ユニークスキル
群蜂超速成長
ザナルパドナの加護(NEW!)
クインがヴァンダルーの疑似転生と導きを受けた事で誕生した新種の魔物、ゲヘナビーの女王蜂。
成虫のランクは9で、本能的に初歩の空間属性魔術を使う。ただ女王蜂であるためクイン本体はそれ程強くは無い。生命力や魔力、知力はランク相応だが、戦闘能力は殆ど持っていない。
彼女の本領は働き蜂を含めた配下の蜂を指揮する事で発揮される。
【産卵】スキルでゲヘナビーの卵を一日最大十個産む事が可能で、更にスキルの対象が蜂に限定される代わりに通常の【連携】や【指揮】スキルよりも効果の高い、【群蜂連携】と【群蜂指揮】スキルを獲得している。
【群蜂連携】は蜂の役割に徹していれば効果が発揮されるので、クインは実質何もしなくても……何もしていない時に効果が発揮される。
更にユニークスキル【群蜂超速成長】で、大量の魔力を消費する事で自分が産んだ卵や幼虫を、数秒で成虫に成長させる事が出来る。ただこのスキルは緊急時の為のもので、本来は普段から多用する事は出来ない。
【甲殻と複眼の邪悪神】ザナルパドナの加護を受けており、さらに成長する可能性がある。
拙作「四度目は嫌な死属性魔術師」の発売日が12月15日に決定しました!
ネット小説大賞のホームページでキャラクターラフやカバーイラスト等も公開されていますので、よければご覧ください。
もし書店で見かけましたら手にとって頂けると幸いです。
またアマゾンやネット小説大賞のホームページの拙作の紹介文に、「ダンピール」ではなく「ヴァンピール」と表記されている誤表記がありますが、現在修正をお願いしているところです。
時間がかかるとの事なので、気長にお待ち頂ければ幸いです。
12月15日に157話を投稿する予定です。




