閑話23 あっちこっちの転生者と雷雲の神
輪廻転生の神であるロドコルテは、境界山脈内部の国々でヴァンダルーが本格的に活動を開始した事に気がついていた。
ロドコルテと彼の力によって人の魂から昇華し御使いと成った者は、ムブブジェンゲやザナルパドナ達神々が張り巡らせた結界により、湿地帯以南の人種、ドワーフ、エルフの記録をリアルタイムに見る事は出来ない。
しかしブギータスやガルギャ達が癇癪や戯れで殺した人種等の生前の記録から、湿地帯以南の国々で大規模な争いが起きた事には気がついていた。
そしてその後、ザナルパドナ王国やハイコボルト王国、ハイゴブリン王国、そしてついに先日からノーブルオーク帝国で人種達がロドコルテの輪廻転生システムから消えるようになった。
ヴィダの新種族の内魔物にルーツを持つ種族は、人種等を自らの種族に変異させる事でロドコルテ式輪廻転生システムにある魂を、ヴィダ式輪廻転生システムに移す事が出来る。
だがそのために必要な儀式の難易度が種族ごとに異なり、短期間に大量の人間をヴィダの新種族に変える事はほぼ不可能だ。
唯一の例外は、儀式を必要とせず魂をヴィダ式輪廻転生システムに導く事が出来る、ヴァンダルーである。
ただ、確認は取れていない。沼沢地以南の国々では人種やドワーフ、エルフは戦闘要員では無いため、ブギータス達がそれらの種族の者達をあまり殺さなくなってからの情報が、殆ど入っていないからだ。
だから島田泉や町田亜乱は推測を重ね、ヴァンダルーが沼沢地以南の国々との争いに介入した結果短期間で勝利し、その後の植民地化と戦後復興を行う過程で人間達の魂が導かれているのではないかと推測した。
ただ、その政策の為にヴァンダルーは暫くの間……数年から十年以上大陸南部に力を注がなければならないのではないかと、推測した。
この推測は『地球』や『オリジン』での戦争や植民地政策の歴史に頼り過ぎた物だった。
そして『オリジン』で死亡した転生者達は、その推測も含めて一ヶ月の期限ギリギリまで悩み考えたが、「今転生すれば数年から十数年の間、ヴァンダルーの注目は境界山脈内部に向くのではないか」という推測に背中を押され、それぞれに決断した。
【オラクル】の円藤硬弥は、転生では無く【監察官】の島田泉や【演算】の町田亜乱と同じく、ロドコルテの御使いに成る事を選択した。
彼は戦闘に関する技術を最低限しか身につけておらず、また『オリジン』ではほぼ完全な精度を誇っていた【オラクル】の能力も、ロドコルテ式輪廻転生システムに含まれない魔物やヴィダの新種族が存在する『ラムダ』では、参考にもならないと考えたからだ。
それなら一から訓練を積んで苦手な戦闘技術を鍛えるよりも、転生しないまま仲間をフォローする方が貢献でき、また自身の為でもあると判断した。
『メイジマッシャー』の三波浅黄、『イフリータ』の赤城晶子、『千里眼』の天道達也は、大人の肉体で転生する事を選んだ。
浅黄と赤城はヴァンダルーを止めるために、そして天道はヴァンダルーに「自分は敵対するつもりはない」と伝えるために。
天道はヴァンダルーが【デスサイズ】の近衛宮司に神域から直接攻撃された時、利用されただけだった。しかし、その事情をヴァンダルー本人は知らない。
ヴァンダルーは天道達也の名前と能力しか知らないだろうから、彼が宮司と協力して自分を殺そうとしたと思い込み、危険人物、最優先の抹殺対象と認識されていてもおかしくない。
なら逃げ回る方が逆に危険である。そう天道は考えた。一足先に転生した【ノア】のマオに同行してバーンガイア大陸外に逃げ出す選択をしなかったのも、マオまで巻き添えで危険に晒してしまうと考えた結果だった。
ただ、三人は転生を決めた後一つ条件を出した。
『俺達が転生した後に転生するって……せこくないか?』
【クロノス】の村上淳平が呆れてそう言うと、浅黄達もうんざりした顔つきで言い返した。
『自分の胸に手を当てて考えろ』
『自衛の為には当然だろ』
『あんた達に転生した場所や姿形を見られるなんて、冗談じゃない』
酷い言われようだが、『オリジン』で浅黄達『ブレイバーズ』を裏切ったのだから無理も無い。
『それだったら、お前等が俺達の転生する場所と新しい姿を見るのは良いのかよ? お前等が後で俺達を殺しに来ないって保証が、何処に在る?』
ごねる村上だが、実際は浅黄達が自分を殺しに来る可能性は低いと思っていた。自分達の方が数は多いし、何より浅黄達の性格上考えにくいからだ。
『お前達が俺達や他の仲間を殺そうとしない限り、しないって言っただろ。『ラムダ』世界の人間に俺達の力がばれる』
それ以上に、『ラムダ』ではユニークスキルと呼称されるチート能力が周囲にばれると、自由に生きづらくなると言う事情があった。それを避けるためにも、転生者同士の衝突は極力避けたいからだ。
ユニークスキルを持っていると知られるだけで、異世界からの転生者だと見破られるわけでは無い。しかし、『ラムダ』ではユニークスキルの所有者は少なく、それだけで注目を浴びる事になる。
そのユニークスキルが今までにない特殊なスキルだったら……自分や他人の魔術や武技の発動タイミングを強制的に操作するスキルや、周囲の属性魔術を無効化するスキルだと知られたら、その注目はどれ程になるか分かったものでは無い。
勿論マオ同様に、ギルドの登録時等の手続きからユニークスキルを隠すスキルが転生者には与えられる。そうして普段は隠し、使う時もばれないよう注意するが、生きるか死ぬかの瀬戸際ではそうもいかない。
そして、ロドコルテから釘も刺されている。
『転生後の人生では仕方ない場合もある事は理解する。だが、何度も言うように無益な潰し合いはしないでもらいたい』
釘は刺されても転生してしまえばロドコルテは転生者達が生きている間は直接どうこうする術は無い。しかし、村上達にとっては、報酬を支払う雇い主でもある。正面から意向に逆らうのは拙い。
それに、転生する前に幾つかの制限を付けられている。
【クロノス】や【メイジマッシャー】、土屋加奈子の【ヴィーナス】等のチート能力は、ヴァンダルー以外の転生者には効かないよう調整を施されている。
『その制限は、最初からやっといて欲しかったよな』
『まったくだわ』
亜乱と泉が口々にそう言うが、ロドコルテはそもそも転生者同士でお互いに殺し合う事態になると想定していなかったので、今まで思い至らなくても仕方ないだろう。
『その無益な潰し合いに関してだが、ヴァンダルーに関する条件は前もって決めた通りで良いんだな?』
『ヴァンダルーを殺すか、止めるのをお互いに妨害しない。どちらかが先に試みている間は、ヴァンダルーに接触しない。
そして、もし浅黄達が止める事に成功したら殺すのを止める。よね?』
村上と加奈子の確認に浅黄が頷き、ロドコルテに視線を向ける。
『ああ、そうだ。あんたも不満は無いよな?』
『不満はあるが、君達の意思を尊重しよう』
浅黄の言う「ヴァンダルーを止める」には、幾つかの方法がある。ヴァンダルーが自害を受け入れ、強引に魂をロドコルテの輪廻転生システムに戻されて、四度目の人生を生きるよう説得するのも一つだが、生きたままヴァンダルーが死属性魔術を手放す……封じる方法もある。
浅黄はそれをヴァンダルーに持ちかけて説得するつもりだ。……亜乱や硬弥、先に転生したマオ、これから一緒に転生する赤城と天道の二人からも、「失敗するから止めて」と説得されているのだが。
(どう考えても、決裂した挙句殺し合いに発展する未来しか見えねぇ)
(何でこの人、クラスメイトだっただけなのに、最後は分かり合えると信じられるんでしょうね?)
村上達は浅黄を止めていないが、絶対上手く行かない、確実に失敗すると思っていた。
そしてロドコルテも、内心では『どうせ失敗して最終的には戦う事になるだろうから、放っておこう』と思っているのは明らかだ。
……もしかしたら浅黄も自分が試みようとしている説得の成功率が、限り無く低い事を分かっているのかもしれない。しかし、同じ地球出身であり元クラスメイトの絆があるから、諦めなければ望みはあると思っているのだろう。
『どうでも良いからさっさと行けよ!』
【マリオネッター】の乾初が苛立った様子で怒鳴り声を上げる。彼は、村上達から離れ、しかし浅黄達にも、マオとも合流せずに一人で、そして最後に転生すると宣言していた。
彼の疑心暗鬼は最後まで晴れなかったようだ。
『はいはい、分かりましたから静かにしてくださいね。じゃあ、あたし達七人、よろしくお願いしまーす』
加奈子がそう言うと、【ゲイザー】の見沼瞳、【デスサイズ】の近衛宮司、そして乾初を欠いて七人に減った村上組は転生したのだった。
「かはぁっ……。鼓動に呼吸、生きているって良いものだな」
若返った身体の具合を確かめながら、村上は転生する前の魂だけの状態には無かった充実感に珍しく感傷的な気分に成った。
『地球』や『オリジン』で生きていた時は気がつきもしなかった。大切な物は失って初めて分かるという言葉は、真理だと分かった。
「【ステータス】……よし、ちゃんと村上淳平からジュンペイ・ムラカミに変わったな」
『ラムダ』では氏名を漢字で表記する事は一般には無い。勇者達から日本語が伝わっているのだが、殆どの平民は平仮名と片仮名しか読めない等幾つかの理由があって、そうなっている。
そのため、村上達もロドコルテがステータスを調整する際に氏名も調整するよう要求したのだ。
ただ本格的な改名は出来ず、カタカナ表記にする事しか出来なかったが。本格的に氏名を変えたいのなら、通常通り生まれ変わって新しい両親に命名してもらうしかないらしい。
「それは兎も角……お前等、具合はどうだ?」
「いや、少しは隠そうとしろよ。何であんたそんな堂々としてんだよ」
「……男女別に分けて少し場所を離して欲しいって、注文を付けるべきだったわね」
素っ裸のまま股間を隠そうともしないムラカミに、【オーディン】の狭間田彰……アキラ・ハザマダが文句をつけ、【シルフィード】の美佐……ミサ・アンダーソンが眉間を抑える。
「恥ずかしがるような歳でも無いだろ。身体は十代に戻ったが」
大人の身体に転生といっても、ムラカミ達の新しい肉体は人種の十代半ば相当の外見だ。それぐらいの年齢なら、ギリギリだがジョブに就いていなくても、そう珍しくないからだ。
これも亜乱や泉がこの世界の事情を調べた事で、決まった変更点である。
「外見はどうだ?」
「ああ、前世の若い頃って感じだよ」
「特に変わった所が無いな。……異世界なのに人類の外見が同じなのって、やっぱり妙じゃないか?」
ムラカミ、ハザマダ、そして【ヘカトンケイル】のダグ・アトラス、男性陣三人は転生先の種族に全員人種を希望した。
その人相や体格は肉体が魂に影響されるために、前世の姿の面影が濃い。前世を知る者に「歳の離れた弟です」と言ったら、「兄弟にしても似すぎてないか?」と返されるだろう。
これからヴァンダルーを殺そうというのに、マオの様に前世の外見からかけ離れようと種族を変えないのは何故か。それは今頃ロドコルテの神域で浅黄達が、村上達の新しい姿を見ているはずだからだ。
無益な潰し合いはしないと約束したが、浅黄の目的はヴァンダルーの説得だ。彼の信用を得る為だったら、仲間では無いムラカミ達の情報を渡す事を躊躇わないだろう。
ドワーフに生まれ変わろうが、肌の色を白や褐色に変えようが、浅黄達がヴァンダルーに教えてしまえば意味が無い。無意味どころか、身体のサイズや生態が大きく変わるため慣れるまで時間がかかってしまう分マイナスだ。
なら、『オリジン』の頃の肉体に近い物を選んだ方が良い。
「う~ん、なんだか音が良く聞こえる気がしますね」
「魔力が増えているし、属性魔術が前世よりも使いやすそうね」
「【ステータス】! なるほど、これはゲームだわ」
「【アイギス】……力は前世と同じ手応えね」
そして加奈子……カナコやミサ、【超感覚】の後藤田薫ことカオル・ゴトウダ、【アイギス】のメリッサ・J・サオトメ達女性陣は全員エルフに転生する事を選んだ。
「お前等、何で全員エルフなんだ?」
もの珍しそうに彼女達の裸体では無く耳を見るムラカミに、カナコは答えた。
「長命で老化し難い種族だと聞いたので。前世ではお肌の曲がり角を超えていましたからね」
「魔力が多くて、【シルフィード】や属性魔術が使い易くなるだろう種族だからよ。外見が良いのも、否定しないけどね」
エルフは人種よりも筋力や体力で劣るが、魔力と魔術の素質では勝る種族だ。そして、加奈子が言うように五百年前後の寿命を持つ長命の種族である。
人種に比べると筋力や体力面でのハンデがあるが、レベルを上げて戦闘系ジョブに何度か就けば能力値が上昇し、誤差程度になる。
普通は何度もジョブチェンジする事自体大変な努力と労力を必要とするのだが……ロドコルテの加護を持つ転生者達なら、難しい事では無い。
「一人ぐらい人種か、ドワーフを選べよ。エルフが四人もなんて、目立って仕方ないだろうが」
「一人だけ早く歳を取るなんて嫌ですよ~」
「……ヴァンダルーを殺したら、別の世界に生まれ変わるんだから、関係無くないか?」
「おしゃべりはそこまでだ。そろそろこの先に居る山賊団を皆殺しにして、服と当座の金と、経験値を手に入れるぞ」
村上の号令で、転生者達は動き出した。
山賊……犯罪者とはいえ人を殺して略奪するとは、日本人の感覚からかけ離れた行為だ。しかし、村上達は自分達の行為に抵抗も違和感も覚え無かった。
前世では『ブレイバーズ』を裏切るまで国際的な凶悪犯罪者やテロリストを追っていた彼等だ。殺す事が前提の任務を何度も経験している。
そして『ブレイバーズ』を裏切った後は……実際には合衆国の捜査官だった訳だが、テロリストとして『第八の導き』と行動を共にしている。相手を殺して物資を略奪するくらい、珍しくも無い。
違うのは相手が研究者や軍人では無く、山賊である事だけだ。
そうして粗末ながら服と資金、そして物資を手に入れた村上達は近くの町を目指して移動を開始した。
【グングニル】の海藤カナタの様に、無軌道に商人や冒険者を襲ったりはしない。この『ラムダ』で過ごす三度目の人生を寿命一杯まで末永く過ごすつもりはない村上達だったが、流石に数か月でヴァンダルーを殺せるとは考えていない。
ヴァンダルーが持つ【魔王の欠片】に対抗できる力を付ける為に、更に彼を殺した後暴走するだろう欠片を封印するために必要な物を集める等、長期戦が予想される。
恐らく最低でも年単位の時間が必要に成るため、目先の欲に駆られて悪事を働いて敵を増やすつもりは無かった。
特に問題無く、事態は進んでいる。
だが町に着いて数日後、ムラカミにとって予想外の事態が発生した。
カナコ、メリッサ、そしてダグが彼等の前から姿を消したのだ。
「あいつ等……よりにもよって裏切りやがったな!」
ムラカミ達が滞在している町から出たカナコ、メリッサ、そしてダグの三人は街道から外れた森の中を進んでいた。
「銀貨を上げた元商人のホームレスさんからあたしの【ヴィーナス】で奪った記憶によると、このまま進めば三日で他の街道に出るはず。そこからまた他の森に入れば、隣の公爵領に出るはずです。
あ、道中はそれなりに危険なので二人とも覚悟してくださいね」
「危険たって、山賊程度だろ。暇つぶしにしかならないぜ。まあ、エルフの女が二人もいるから、気合を入れて襲い掛かって来るだろうし、面倒だとは思うけど」
「油断はしないようにね。私達はスキルや武技の使い方がまだ慣れてないんだから」
先頭を進むカナコに、メリッサとダグが続く。三人とも数日の間に冒険者ギルドに登録を済ませ、それなりに装備を整えている。
鎧も武器も新人冒険者らしい安物ばかりだが、三人の実力はそれぞれスキルのレベルだけならB級冒険者に匹敵する上に、チート能力持ちだ。傭兵崩れの山賊程度なら、オリジンの軍用ボディアーマーやコンバットナイフと比べて圧倒的に頼りない皮鎧とナイフでも問題無い。
ただ、『オリジン』には存在しない武技に転生者達は不慣れであり、優れた使い手と戦えば不覚を取る事は十分考えられる。
その優れた使い手が山賊に身を落す事はほぼ無いとはいえ、油断しない事にこした事は無い。
「それで、これからどうすんだ?」
「勿論先生……ムラカミから離れるんですよ。とりあえず、他の公爵領まで行けば大丈夫だと思います。一応、亜乱達にあたし達の居場所を教えない様にって、頼み込みましたし~」
そして加奈子達三人は誤解でも擦れ違いでも無く、村上達から本気で離れるつもりだった。
「追ってこないかしら?」
「ある程度離れたら大丈夫でしょう。『オリジン』の時と違って、転生者同士の殺し合いに能力が使いにくくなりましたからね。ムラカミも避けるでしょう」
心配顔のメリッサにそう答える加奈子。しかし、まだメリッサとダグは不安らしい。
「だけど、あのムラカミだぜ。落ち着いたら金で殺し屋を雇うとか、色々してくるんじゃないのか?」
「その可能性が無いとは言いませんけど、その金で雇われた殺し屋は転生者じゃないですから、能力が使えますよ」
「あ、そっか」
「それに、ムラカミもそこまで万能じゃないですからね~。特に、今は裸一貫で生まれ変わった直後ですよ。殺し屋を雇うお金も、裏社会とのコネクションも無いんですから」
「でもあいつ等ならそれぐらい、その気になればすぐに手に入れられるんじゃない?」
メリッサの言う通り、ムラカミ達がその気になれば金もコネクションも数か月程で手に入れる事が出来るだろう。
現時点で魔術の腕はB級冒険者並なのだから、ムラカミ達は稼ごうと思えば幾らでも稼げるし、そんな彼等と繋がりを持ちたい人間は社会の表裏問わず存在するはずだ。
「そりゃあそうですけど、それ凄く目立ちますよ。数か月で大金を稼ぐ新人冒険者なんて、当然瞬く間に昇級する事になるでしょうし」
ムラカミはヴァンダルーを殺す事を目標にしているので、目立つ事は避けたいはずだ。だがB級以上の冒険者はどうしても注目を浴びる。町から町にこっそり移動するだけでも、方法を考えなければならなくなる。
目立ちたくないならC級冒険者程度で昇級を止め、実力を隠しながら程々に活動するしかない。
「それなら私達もヴァンダルーと接触するまで何とかなりそうね、カナコ」
「でしょう? なんたってこの世界には電話もネットも無いですからねー。C級冒険者程度なら、他の公爵領まで名前が届く事はまず無いそうですし」
「ああ、生きる希望が見えて来たぜ」
カナコ達三人がムラカミ達から離れたのは、ヴァンダルーと接触し彼の国に移住するためだった。
その理由は二つ。まず自分達ではヴァンダルーを絶対殺せないと確信しているからだ。
ムラカミ達と協力しても、まだ『オリジン』で生きている【アバロン】の六道聖や【ブレイバー】の雨宮寛人がこの世界に来ても、きっと勝てない。
それは死属性の魔力の暴走で命を落としたカナコ、メリッサ、ダグだからこそ抱いた確信だった。
チート能力を持っていようが、関係無い。【アイギス】の結界も、【ヘカトンケイル】の念動力も通用しなかった。カナコの【ヴィーナス】もそうだろう。
寧ろ、ムラカミも同じように死属性の魔力の暴走で死んだのに、何故ヴァンダルーを殺せると思うのかが、理解できない。
「後、浅黄達にも目を付けられないようにしないと」
そして浅黄達がヴァンダルーにしようとする説得は……転生者と無暗に争わない様にして欲しいという交渉は兎も角、死属性魔術を放棄させようとする説得は確実に失敗するとカナコは考えていた。
浅黄が存在を信じて疑わない元クラスメイトや同じ学校の仲間としての絆は、ヴァンダルーとの間には存在しないのは明らかだ。そもそも、彼を『オリジン』で殺したのはその元クラスメイト達だ。
もしそんな物があったとしても、自分が持つ最大の力を自ら手放す馬鹿が何処にいるのか。
倫理観や正義で説得するにしても、望みは薄い。僅かな情報だけを見ても、ヴァンダルーが独自の価値観で生きている事は確実なので効果があるとは思えないのだ。
赤城と天道が上手く浅黄に諦めるよう説得するしかないだろう。
その際、カナコ達が浅黄達と一緒に行動していたら、ヴァンダルーの中の彼女達の印象まで悪化してしまう。
それに最悪の場合、浅黄が引かずに結局ヴァンダルーと殺し合いになる可能性もある。それに巻き込まれるのは絶対に避けたい。
「まあ、そもそも浅黄達が俺達を信用するとも思えないし。俺達の間には絆が無いし~」
「そうよね、絆が無いし」
「あたしも元クラスメイトなんですけどね~」
そう口々に言いながら、三人は歩く。
ムラカミ達から離れた二つ目の理由、この『ラムダ』世界で最も文明的、文化的に発達するだろうタロスヘイムへの移住を目指して。
因みに、ロドコルテはカナコ達を今の所は静観する積もりらしい。実際にヴァンダルーに擦り寄ろうとしたら、警告を告げる神託や、加護の剥奪ぐらいは在るかもしれないが、現時点ではカナコ達が再度心変わりをする事を期待しているのだろう。
「でも受け入れてもらえるかしら。土下座くらいするけど」
「靴を舐めろって言われたら、抵抗はあるな」
「希望は有りますよ。【デスサイズ】の馬鹿がやらかした時に、あたし必死にアピールしましたし」
あの時腕でバツを作って首を横に振って、必死にアピールしたカナコ。彼女は、そんな自分をヴァンダルーがしっかり見ていた事に気がついていた。
「四度目の人生に無謀な夢を見るのは止めて、三度目の人生は堅実に、そして快適に生き延びる事目指しましょう。出来れば、アイドルにも成りたいですけどねー」
「それは一人で頑張ってね」
「おう、応援はするぜ」
「……いや、三人ユニットでなんて言ってないじゃないですか~」
ムラカミ達七人が転生した後、浅黄達三人が転生した。更にその後、【マリオネッター】の乾初は転生した。
ヴァンダルーも恐ろしかったが、自分の姿と生態を大きく変える事を恐れた彼は、新しい人生を生きるのに『地球』や『オリジン』の人類とほぼ同じ、人種を選んだ。
そして、通常通り赤ん坊に転生する事も避けた。幼く自由が効かない幼年期から少年期の間に、他の転生者やヴァンダルーに殺される可能性を考えると、大人の身体で転生する以外の選択肢が無かったのだ。
「……後は、森か山の中で余生を過ごすか。いや、でも『オリジン』のサバイバル術が、そのまま使える訳じゃ無いし……やっぱり、暫くは町で暮らすか」
ムラカミ達と同じように山賊から奪った服と装備を身につけて乾初は――ハジメ・イヌイは歩いていた。
一応軍隊で訓練を受けたためサバイバル術も一通り習得している彼だが、異世界でそれが通用するか自信は無かった。
「村は、人口が少ない分異物である僕は目立つ。やっぱり町か……少し稼ぎながらこの辺りで必要なサバイバルの知識を……いや、いっそ纏まった金を稼いで何処かの村で家と畑を買って自給自足の生活をするのはどうかな? 引退した冒険者ですとでも言えば、そう目立つ事は無いだろうし」
『随分と弱気じゃないか』
「っ!? ロドコルテ!? それとも亜乱か!?」
自分の声以外に聞こえた、いや脳内に直接響く声に驚いたハジメは、思わず身構えた。
『そう怯えるな。それに、俺はロドコルテやその御使い共じゃない。俺は『雷雲の神』フィトゥン。ハジメ・イヌイ、お前を見込んだ神さ』
「この世界の神だって!?」
聞いた事の無い神の名に、ハジメは驚愕に目を見開いた。ロドコルテから『ラムダ』には人格を持つ神々が存在していて『地球』や『オリジン』と比べると頻繁に地上へ干渉している事を聞かされていたし、亜乱達から代表的な神話や伝説の類を基礎知識として聞かされていた。
しかし、その神が何故自分に直接声をかけるのか、それに見込んだとは一体?
『疑問は尽きないだろうが、俺も無条件にお前と意思疎通できる訳じゃあない。地上に分霊を降ろすだけでも、結構な力が必要なんでな。とりあえず俺の御使いを受け入れろ』
「なっ!? とりあえず受け入れろって、そんな事出来るはずないだろ!?」
フィトゥンの要求を、ハジメは当然拒絶した。フィトゥンがどんな神なのかも分からないのに、頷けるはずがない。
『何だ? 力が欲しくは無いのか?』
「欲しい訳ないだろ! 僕なんかが力を手に入れても、結局何も出来ないに決まってる!」
『本当に要らないのか? 負け犬のままで良いのか? お前、ヴァンダルーに殺されてもいいのか?』
「っ!?」
最も恐れている未来を言い当てられ、絶句するハジメ。その彼の心に、フィトゥンは囁き続けた。
『自信を持てよ、ハジメ。お前には素質が、才能がある。英雄として名を馳せ、神にまで至ったこのフィトゥンが保証してやろうじゃないか。ハジメ、お前は英雄に成れる器だ』
「僕が、英雄に……?」
『そうだとも、前世じゃ散々な目に合ったんだろう? 分かるぜ、負け戦ってのは辛いもんだ。
だが考えて見ろ、お前が望んだのは世捨て人としての生活か? 平和な村で畑を耕しながら、総白髪になるまで晴耕雨読を続ける人生か? ヴァンダルーの目に留まらない様に一生縮こまって怯えながら生きるつもりか?』
「そ、それは……」
『違うよなぁ? 男に産まれて素質と才能もある。豪邸で良い女を侍らせて、美味い物を食って、何不自由なく贅沢に暮らしたい。高みから自分を称える民衆共を見下ろしたい。そうだろう?』
「でも、前世では……」
『前世では出来なかった。だから、現世ではこのフィトゥンが与えようと言うのさ。それが可能に成る力を。
それとも、負け犬のままでいる方が心地良いのか? 強者の気まぐれで踏み躙られるような、細やかな幸せを大事にしたいのか? 自分を殺して下らない人生を生きる事を選ぶのか?』
「……」
言葉を無くしたハジメは、そのまま立ち尽くした。
『オリジン』で死亡してからずっと心が折れていたハジメだが、彼は元々自己顕示欲、そして支配欲が強い人格の持ち主だった。
だからこそ前世では『ブレイバーズ』の中の一人では……英雄集団の中の一人では我慢できずに、ムラカミの誘いに乗ったのだ。
そんなハジメにとって、フィトゥンの誘い文句はどうしようもなく甘美に響いた。そして、この誘いを受ける事が正しく、断る事が間違っているのではないか。そんなフィトゥンの言葉に彼は同調していく。
「本当に、僕が……英雄に成れるのか?」
『ああ、成れるとも。お前なら、あのヴァンダルーを倒し、この世界の人間全てに認められ、俺以外の神々にも賛美される、真の勇者に成る事が出来る』
「僕がヴァンダルーを……そうだ、考えてみれば、全てあいつが悪いんじゃないか」
『地球』では自分と同じただの学生だった……それなのに死属性なんて魔力に目覚めて、しかも死ぬ前に下らない人助けをして『第八の導き』なんて厄介な連中を残しやがって。奴のせいで『オリジン』は滅茶苦茶になったじゃないか。
そもそもあの雨宮寛人だって、ヴァンダルーが『オリジン』に転生する前、ロドコルテに名前を間違えられた事に気がついていれば、自分の分のチート能力をちゃんと受け取っていれば、あそこまで強力に成る事は無かったんだ。
一度そう考えると、『オリジン』で経験した不遇が……自業自得だったものも含めて、全てヴァンダルーに原因があるようにハジメには思えた。
「莫大な魔力と死属性魔術で、今は自分の国を治めて何人も女を侍らせて好き勝手……しかも『第八の導き』の連中も、あのイシスも!
なのに、何で僕が三度目の人生まであいつに怯えて生きなけりゃならないんだ!? 分かった、僕はあんたを受け入れる!」
『よ、よし。今からお前に加護とアーティファクトを与える。ハジメ・イヌイ、お前はこの瞬間から俺の勇者だ』
自分で煽ったとは言えハジメの暴走気味な思考に、「止めておくべきか?」と若干躊躇ったフィトゥンだったが、他の転生者を待つのも面倒だし、その前にアルダに転生者達の存在がばれる可能性もある。
それに、ハジメ以上に自分が利用するのに便利な転生者がいるのかも不明だ。
そのまま彼に加護とアーティファクトを与える事にしたのだった。
10月28日に149話を、11月1日に150話を、11月5日に151話を投稿する予定です。




