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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第七章 南部進出編
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百四十八話 悪神の真の最期と蠢く十五剣

 約五万年前、この境界山脈内部を守る結界の外側に英雄神となったファーマウン・ゴルドが現れた。

 それを聞いたゴドウィンは思わず顔を上げかけるほど驚愕した。

「何だと!? ゼルクス、儂はそんな事聞いてねぇぞ!」

『当たり前だ、ゴドウィン。貴様が生まれるずっと前の出来事なのだぞ』


 境界山脈の内側に籠っていた神々は、十万年前のヴィダとアルダの戦争以降初めて見るファーマウンの姿に、やはり神に至っていたかと苦々しい思いを抱いた。


 ファーマウンはヴィダ派の神々にとって、共に魔王グドゥラニスと戦った戦友であると同時に、『法命神』アルダやその勇者ベルウッドと共に戦争を仕掛けてきた仇だ。それもただの仇では無い。怨敵と言っても過言では無い、憎んでも憎み足りない存在だ。


 突然戦争を仕掛けてきたアルダと勇者達によって、主神であるヴィダは深く傷つけられ、アンデッド化したザッカートは倒され、二人の子である吸血鬼の真祖も命を落とした。

 幾柱もの神が討ち取られて封印され、何人もの原種吸血鬼や他のヴィダの新種族の祖達が殺された。


 ファーマウン本人は主にザンタークと戦っていたので、奪った命の数自体は他の勇者やアルダと比べれば少ない。だが、彼がいなければ勇者を抑えられるザンタークという強力な戦力が自由に動く事が出来た。もし彼が敵として現れなかったら……もし、味方になっていたらアルダ達を返り討ちにして戦争に勝つ事も出来たかもしれない。

 もし勝てなくても、被害はずっと少なく抑えられたはずだ。


 故に結界の外に現れたファーマウンの姿に、神々は畏れると同時に怒りと憎悪を掻き立てられた。他の英雄神や従属神を連れていなかった彼を故意に結界の内側に入れ、総力を結集して倒し封印する事も考えた。

 しかしそれこそがファーマウンの狙いで、少しでも結界を開けた途端隠れている伏兵が出現して雪崩込んで来る事も考えられる。


 だから当時の神々は力を振り絞って一時的に結界を強化し、守りに徹する事を選んだ。

『奴はまだ人であった頃、邪神と融合したばかりで思うように力を振るえなかったとはいえ『炎と破壊の戦神』ザンターク様と一対一で互角以上に戦った勇者。英雄神に至った事で、その力が増す事はあっても逆は無い』

 『戦旗の神』ゼルクスは皮肉気にそう言い、続きを『甲殻と複眼の邪悪神』ザナルパドナや『猟の神』リシャーレが引き継ぐ。


『当時、既に各種族の数はアルダ達と戦う前よりもずっと増えていた。しかし我々神々の消耗は今よりも回復していなかった。とても戦える状態では無かった』

『それに、姿の見えないベルウッドやナインロードの存在を無視する事は出来なかった。……その頃、ベルウッドが姿を消したらしい事を、そしてアルダ陣営の消耗ぶりを知っていれば、別の判断もあったかもしれないが』


 当時の境界山脈内部の神々は結界の外側の情報を得る手段が無かった。ヴィダと共にアルダと戦った彼等は境界山脈の外部では信仰されていなかったからだ。

 だからメレベベイルから聞くまで、アルダ陣営の消耗ぶりが自分達の想像を上回っている事を知らなかった。アルダ陣営に戦争を仕掛ける余裕が無い事を事前に知っていたら、行動に出ていたかもしれない。


 そして神々が守りを固めている間に、ファーマウンは諦めたのか何処かへと去っていた。

『暫く何か唱え、こちらを挑発しているのか故意に隙だらけの姿を晒していた。結界を強化したため音も遮断され、奴が何を唱えているのかは幸いにも分からなかったがな』

『幸い?』

『……分ったら怒りを抑えられなかったかもしれん』


 聞き返したフィディルグに答えたゼルクスの吐き捨てる様な口調から、彼がファーマウンに対して特に怒りと恨みを抱いている事が分かった。

 元々は彼の主神であるザンタークが選び、力を与えた勇者であるのに敵に回ったファーマウンに対して、裏切られたと感じているのだろう。


『その後、各種族達が自主的に学び成長するのを待っている余裕は無いと妾達は判断した。

 今では賢帝と称えられ妾の英霊となったブーギを含めて幾人かに神託と加護を与えて、各種族が小競り合いを収めるよう促したのだが、それは別の話だ』

 どうやら伝説の『賢帝』ブーギの誕生には、隠れた秘話があったようだ。父祖の真実に触れたブダリオンが、声を出さずに驚いている。


『五万年前以降、ファーマウンは姿を現していない。恐らく、ザンタークに代わって火属性を管理するのに忙殺されているのだろうが……今後も姿を現さないとは限らん。メレベベイルに聞くと、冒険者ギルドなる組織を作り上げるなど油断ならない動きをしているようだからな』

『よくできた組織の様だ。効率良く若者を鍛え、将来の御使いや英霊候補の量産……自らの眷属を増やす事を企むとは』

『我々邪神悪神も、顔負けの狡猾さよな。共に魔王と戦った当時の奴からは想像も出来ん』


『え? 冒険者ギルドってそんな意図で創られたのですか?』

『いや、流石にそんな企みは無いと思います。結果的にはそういった側面が無いとは言いませんが』

 ファーマウンが創設者である冒険者ギルドに対して、その有用性を認め感心しつつも戦慄するゼルクスやザナルパドナ、他の邪神達。

 ヴァンダルーまでそうなのかと思いかけたようなので、メレベベイルが慌てて訂正する。


 確かに冒険者ギルドは結果的に英雄が誕生するのを促して援助しており、誕生した英雄達の殆どは死後アルダ側の神々の御使いや英霊に至っている。

 しかし、冒険者ギルドが神々の新戦力補充のための組織では無いのは明らかだ。


 冒険者ギルドが創設される以前にも、似たような小組織が幾つも存在したのだから。仮にファーマウンが創設しなくても、何時かは冒険者ギルドと同じ役割を行う大組織に統一されただろう。

 メレベベイルもファーマウンには小さくない恨みを持っているため、弁護するつもりはない。しかし、存在しない陰謀をあると思い込むのはいい事では無い。


『なるほど、そうでしたか』

『偶然だったか。まあ、敵同士に成ったとはいえ確かに奴は陰謀を巡らせるタイプでは無かったな』

 メレベベイルの訂正にそれぞれ納得するヴァンダルーと、ゼルクス達神々。

 だが、ファーマウンに関する最も大きい誤解には誰も気がつかないし、気がつけなかった。


 残り一欠けらにまで減った『解放の悪神』ラヴォヴィファード。彼は元々魔大陸で一大勢力を築いた悪神だった。それがこのバーンガイア大陸の境界山脈内部に進出してきた理由は、約百年前にザンタークと英雄神ファーマウンとの戦いに敗れて、魔大陸から逃げ出したからだ。

 つまり、最低でも約百年前の段階でザンタークとファーマウンは共に協力して戦う程に、関係を修復しているのだ。


 その関係がラヴォヴィファードとの戦いに関する事だけの一時的な物だったのか、それとも本格的に和解したのか、それは逃げ出した本人も知らない。魔王軍残党であるラヴォヴィファードにとっては、アルダ陣営とヴィダ陣営、どちらであっても敵でしかないため、それを探る必要性を感じなかったのだろう。


 ただ、『法命神』アルダは最近までヴィダの新種族と魔王軍残党、どちらに対しても等しく敵として対応する方針を曲げていなかった。

 ファーマウンが一時的にでもザンタークと協力するのは、アルダ陣営に属したままでは難しい。


 以上を考えると、十万年前のアルダとヴィダの戦争後ファーマウンは、どの時点でかは不明だがアルダ陣営から離れて独自の行動を開始していた可能性が高い。……それをアルダ陣営がなぜ放置しているのかも不明だが。

 そう考えると、五万年前姿を現した時点でファーマウンはアルダ陣営から離れていたのかもしれない。


 しかし、それをゼルクスやムブブジェンゲが察するのは無理だし、察したところで信じる事は更に無理だし、十万年前の恨みを捨てて手を取り合うのは、難しい。

 それだけの存在を、ヴィダ派の神々は十万年前に奪われているのだから。


『もぐもぐ』

 尤も、それを知る唯一の存在であるラヴォヴィファードは今、完全に消滅した訳だが。


『……ん。それで、これからファーマウンを含めたアルダ陣営が攻めて来ても大丈夫なように結界を強化するために、【魔王の欠片】を吸収して欲しいと?』

 口の中の物を飲み下したヴァンダルーに、神々は頷いた。


『我々は【魔王の欠片】の封印に少なくない力を割いているし、もしもの時に欠片を抑えるための余力を常に残さなければならない。

 それから解放されれば結界の強化だけでは無く、様々な事が可能に成るだろう』


『ぶっちゃけると、その可能に成る様々な事で便宜を図るから、宜しくという事です』

『結界を改良して、ラヴォヴィファードみたいなのがもう手出しできないようにしたいそうです』

『ヘルプミーって、事ッス』


 ヴァンダルーに神々の意図を解説するフィディルグに、それまで沈黙していた水晶の角を生やした龍が怒りをあらわにする。

『貴様っ! 仮にも神、それも我と同じ龍で在りながらなんという口のきき方をっ! ……するのですか。お、お止めなさい』

 しかし、その怒声は萎むように勢いを失った。


『…………』

 ヴァンダルーの全身から、無数の【魔王の角】が生えたからだ。先端を、その龍に向けて。

 その瞬間、龍が抱える『魔王の欠片』の封印がざわめくように揺らいだ。直感的に龍は、このままでは自分がラヴォヴィファードの二の舞になりかねないと判断して、口調を和らげたのだ。


『す、すまない、『晶角龍神』リオエン殿』

『口が過ぎたようだ』

『以後気を付けるっス』

 そしてフィディルグも慌てて龍……『晶角龍神』リオエンに謝罪する。自分が怒鳴られた事で、ヴァンダルーが反射的に戦闘態勢を取った事は分かったが、だからこそ自分から謝罪して和解する事が必要だと考えたためだ。


『う、うむ。我も大人げなかった。お互いに注意しよう、兄弟よ』

 そして『晶角龍神』がそう言うと、ヴァンダルーが生やした【魔王の角】はゆっくりと引っ込んで行った。


『【魔王の欠片】は俺にとっては力に成りますし、様々な形で有効利用できます。それがこの地の安寧に繋がるのなら、是非もありません。受け入れましょう』

 そしてヴァンダルーは自分が反射的に『晶角龍神』に対して戦闘態勢を取った事に無自覚なまま、彼等の提案を受け入れた。


『ですが、その代わりに俺からも皆に頼みたい事があります』

『な、何でしょう?』

 まさか我の首? いや、肉を寄越せと? 神を喰うヴァンダルーに、リオエンが声を引き攣らせて聞き返す。


『俺の母親を生き返すのに力を貸してください。ヴィダの蘇生装置を修理するか、ホムンクルスを製作して新しい肉体を創り、魂をそこに入れる方法で生き返そうと思っているのですが……』

 その言葉に、『晶角龍神』は深く安堵の息を吐いた。


『そ、それか。良かった』

『……それ?』

『いやいやいやっ、メレベベイルやフィディルグ、それにズルワーン様から汝が母親の蘇生復活の手段を求めている事は聞き及んでいる、という意味だ!』


 再びヴァンダルーの全身から捻じれた角が生えるのを見て、慌てて訂正するリオエン。その訂正の中に、珍しい名前が含まれていた。


『ズルワーンからも、ですか?』

 恐らく異世界『オリジン』で死んだ『第八の導き』のメンバーがレギオンに転生するために力を貸し、加護を与えた神の一柱、『空間と創造の神』ズルワーン。

 その行動からリクレントと同じく、ヴァンダルーは自分の味方……そこまででなくても好意的な神であると認識している存在だ。


 しかし、境界山脈内部に彼は存在していない。ズルワーンやリクレントは他の主だった神同様に、魔王をベルウッド達が倒す前に力を失い眠りについたからだ。

 この場に今も彼の姿が無いのは、神々が張り巡らした結界によってズルワーン達も中に入る事が出来ないためだろう。


『はい。一年以上前に彼女がズルワーンから神託を受けたそうです』

 これ以上『晶角龍神』が失言を繰り返すのを避けたかったのか、メレベベイルが神々の中からある女神を触手で示す。


 その女神は、筆と巻物を持ち白い貫頭衣を纏った人種の女性の姿をしていた。そのため、異形の神々が多いこの場ではゼルクスと同じく逆に目立っている。彼女は柔らかい表情で口を開いた。

『私はズルワーン様の従属神、『地図の女神』ワーンライザ。ファーマウンに封印された同志に替わり、ハイゴブリンの守護女神を務めています。

 此度は、あの子達を助けて頂き感謝します。ブダリオン、それにザナルパドナの子等にも』


 そして一礼してから、ワーンライザはズルワーンから受け取った神託の内容を語った。

『ズルワーン様から受けた神託は、あなたの願いは『ザッカートの試練』の最奥、『迷宮の邪神』グファドガーンが守るザッカートの遺産によって成就するとの事です。

 グファドガーンが守る遺産の中に兵器と呼べるものは銃の試作品しか無かったはずなので、恐らくあなたの母親の復活を可能とする物があるはずです』


 神託には他にもヴァンダルーがどんな存在なのか、そしてそれを他の神々に伝えるようにとあった。しかしそこまで本人に伝えなくていいだろうと判断したようだ。


 因みに、ザナルパドナのドナネリス女王が受けた神託は、ワーンライザはズルワーンから、ザナルパドナはリクレントから受けた神託の内容を聞いた神々が、ヴァンダルーが何れこの地を訪れザッカートの試練に挑むだろう事をそれぞれの司祭に神託で伝えようとした結果である。


『母さんの復活を可能にする何かが、『ザッカートの試練』の最奥に……』

 元々、ハインツの仲間だった冒険者の死体を目当てに『ザッカートの試練』に挑戦するつもりだったヴァンダルーだが、ワーンライザからそれを聞いた瞬間目的が変わった。

 何としても、ハインツより先に『ザッカートの試練』を攻略しなくてはならない。


『それで、『ザッカートの試練』は次に何時この境界山脈内部に現れるか分かりますか?』

 攻略しなくてはならないが、最近きな臭いらしいサウロン領もどうにかしないといけないので、出来れば一ヶ月程後にして欲しい。

 そう思いながら尋ねると、今度はゼルクスがすまなそうに答えた。


『恐らく、来年中に成るだろう』

 だが、思った以上に時間があるようだ。


『本来なら半月ほど前に現れるはずだったが、ラヴォヴィファードが警戒したのだろう。『迷宮の邪神』グファドガーンの【転移】を妨害してしまった。次に現れるのは来年になる』

「御言葉ながら、『迷宮の邪神』がラヴォヴィファードの敗北に気がついたらまた現れるのでは?」

 ギザニアがそう尋ねるが、どうやらそう上手くはいかないらしい。ザナルパドナがキチキチと音を立てながら答える。


『我が一族の子、ギザニア。グファドガーンが『ザッカートの試練』を移動させるために発動させる【転移】は、前もって施されたもので、既にグファドガーンの意思は無い。

 かの邪神は百年前リクレントの神託を受けた直後、ザッカートを継ぐ者を選別するためのダンジョンを創り上げ世界をさすらうようになったが、その力はダンジョンの内側にしか及んでいない。ラヴォヴィファードに妨害された事にも気がついていないだろう』


 どうやら『ザッカートの試練』は、自動操縦に近い状態で世界中に出没しているようだ。

『色々準備もしたかったので時間があるのはいいのですが、一年以上先になったら流石に不安に成りますねー。境界山脈内部以外で、何処に出現するか分かりますか?』


 S級冒険者に成ったハインツがリーダーの『五色の刃』が、『ザッカートの試練』の攻略を目標としている以上不安は拭いきれない。

 しかし、メレベベイルを含めた神々は『心配いらない』と言った。


『かの邪神はアルダ陣営の神々の信者を、心の底から嫌悪しています。迷宮の内部には、彼等を抹殺するための悪辣な罠が数え切れないほど仕掛けられているそうです。

 あのハインツ達が二度目の挑戦を試みたとしても、失敗に終わるでしょう』


『なるほど。それなら安心ですね。

 では、攻略に備えて【魔王の欠片】を頂けますか?』




 ヴァンダルー達が地上に去った後、集まった神々は『晶角龍神』リオエンとフィディルグに説教を開始した。

『あれほど怒鳴るな、特に母親の事に成ると激高するから注意するようにと釘を刺したはずです、リオエン殿』

『も、申し訳ない』


『フィディルグ、お前も口が過ぎる』

『同じく、申し訳ない』

『真に……』

『以後注意するッス』


 神々にとって、ヴァンダルーはラヴォヴィファードを倒した恩人であると同時に、扱いに困る存在である。

 まず神では無く人間だが、神を殺す事が出来る力と並の神以上の魔力を持つ。

 それでいてラヴォヴィファードのように明確に敵対しない限り、基本的には神を敬おうとする思考。

 しかし敬われる側としては加護等の恩寵を与える事が、魔力が大きすぎるせいで出来ない。


 それでも神と人のごく普通な関係なら、構わないのだが……神として何かを頼むとなると具合が悪い。何せ、神として与えられる報酬が、殆ど無いからだ。

『加護は勿論、今の我々ではアーティファクトを与える事も出来ん。リクレント様やズルワーン様が動いたが、我々が何もしないのは……たとえ、本人がそれを気にしていなくても気不味い』

『故に、まずは友好的な関係を築き、折を見て借りを返す事にしようと決めたと言うのに……そうそう直に話す事は無いのですよ』


『すまぬ、リシャーレ殿、ワーンライザ殿。だが、あそこまで激怒するとは……』

『怒った訳では無い、リオエン殿』

『反射的に戦闘態勢を取っただけで』

『多分、本人はムっとした程度の感覚だったと思うッス』


 一度ヴァンダルーを激怒させかけた、若しくはさせたフィディルグは思う。あの程度では怒った内に入らないと。

 思わず身構えてしまったのと、同じ程度の反応だ。

『……ムッとした程度で魂に【魔王の角】を無数に生やすのか? あれが刺さったら、我もただでは済まないのだが』

 ただ、その反応の現れ方が過激だったが。


『それは剥き出しの魂だったからだ。既にかの者の身に宿る【魔王の欠片】は、かの者の魂と融合し一つの存在と化している。故に、肉体が無い状態の方が容易く表に出てしまうのだ』

 ヴァンダルーに宿った魔王グドゥラニスの欠片は、既に魔王の欠片であって魔王の欠片では無い存在に変化している。


 あれは既にヴァンダルーの一部だ。もし仮に魔王グドゥラニスが復活したとしても、【魔王の角】等の欠片がグドゥラニスに戻る事は無いだろう。

 それ程までに一体化しているため、ヴァンダルーの感情が動けば、【魔王の欠片】は敏感に反応する。


『ムブブジェンゲ、ではここ以外の場所に招くべきだったのではないのか?』

 そうゼルクスに問われたムブブジェンゲは、肉の塊を蠢かせた。


『妾の神殿が近くにあるのに、理由を告げずに他の国の神殿へ呼びつけろと?』

『……理由を告げると、我々の立場が無い訳か』

 怖いから態々他の国の聖域で謁見したいので、そっちに行ってください。神が人にする要求としては、土下座するより情けない事のように、ゼルクスには感じられた。


『兎も角、以後は各々神として出来る事をしましょう』

『例えば、二つ名。各々方、打ち合わせ通りに』


『……何れ目覚めるヴィダ様の為に』

『何れ来る、アルダとの戦いに今度こそ勝つ為に』

『今も虐げられる我らの子の為に』


『『『我等、かの者を勇者と認めん』』』




《【怪力】、【高速再生】、【魔力自動回復】、【毒分泌(爪牙舌)】、【敏捷強化】、【身体伸縮(舌)】、【限界突破】、【魂喰らい】、【神喰らい】、【魔王融合】スキルのレベルが上がりました!》

《生命力が五千上昇しました!》

《【魔王の脂肪】、【魔王の牙】、【魔王の顎】、【魔王の眼球】、【魔王の口吻】、【魔王の体毛】、【魔王の外骨格】、【魔王の節足】を獲得しました!》

《【魔王の牙】と【魔王の顎】が融合し、【魔王の(あぎと)】に統合されました!》


《『勇者』の二つ名を獲得しました!》




 神域から出てダンジョンから戻ったヴァンダルーは、途端に鳴り響き続ける脳内アナウンスに眩暈がした。

 どうやら脳内アナウンスは、魂だけの状態では鳴らないらしい。


「だ、大丈夫でござるか?」

 よろめいたところをミューゼに支えて貰ったヴァンダルーは、くらくらする頭を押さえて「大丈夫です」と言った。


「ちょっとフラフラしますが。……魔王の欠片を手に入れただけで、何故スキルのレベルが上がるのでしょう? しかも、生命力まで上がったし。後、二つ名は神様達がそう呼んでくれたのかな?」

 何故上がったのかと疑問に思うが、きっかけが思い当たらない。ダンジョンでは殆ど戦わなかったし。

 あの美味しい食べ物のお蔭だろうか?


 地球の神話や伝説では食べるだけで不老不死に成ったり、それほどでは無くても寿命が伸びたり、仙人に成れる食べ物が登場する。アムリタやソーマ、仙桃等だったかなとヴァンダルーは思い出した。

 きっと、あの食べ物もその類だろうと。


「そう言えば、あの食べ物は何の肉だったのでしょう?」

「……封印されたラヴォヴィファードじゃないのか?」

「いやいや、そんな訳が……あるんですか?」


 ヴァンダルーは、遅ればせながら悪神を食べた事を自覚したのだった。




 濃く暗い緑色の布を被って姿を隠した者達が、元スキュラ自治区であり、現在レジスタンス組織『サウロン解放戦線』の支配領域となっている土地を駆けていた。

 その動きは素早く、無駄が無い。


 彼等はアミッド帝国が誇る秘密部隊『邪砕十五剣』の下部組織、『柄』のメンバーだ。

 その主な任務は『邪砕十五剣』の活動のサポート。こうして事前に情報を集めるのも、彼等の仕事だ。

 だが本来ならレジスタンスに関する情報を調べるのは『柄』では無く、『邪砕十五剣』の出動を要請したマルメ公爵の軍の仕事の筈だった。


 マルメ公爵も全てを『邪砕十五剣』に丸投げしたのでは、面目が潰れすぎると思ったのだろう。

 だがマルメ公爵軍の調査は完全に行き詰っていた。

 使い魔を飛ばして上空から偵察を行おうにも魔術師が次々に発狂し、レジスタンスの支配地に以前は無かったはずのモノリスや、ストーンサークルが存在する事しか分からなかった。


 犯罪奴隷を中心に編成した部隊で地上から偵察を何度か試みたが、誰一人として帰って来ない。

 あまりの成果の少なさに正気を失ったのか、農村から女子供を徴発して肉の盾にしながら索敵を行うのはどうかと提案する武官まで現れる始末だ。


 元々期待していなかったが、あまりに酷過ぎる。

 そこで事前に派遣されていた『柄』が、マルメ公爵軍に無断で独自の探索を行っていた。しかし、やはり成果は上がっていない。


「……奴らが連絡を絶ったのはこの辺りか?」

「前とは違い、近くにモノリスやストーンサークルは無い。周囲に気配、争ったような痕跡無し」


 既に小隊が二つやられていた。

 ダーク隊はモノリスに近づき、調査しようとしたところをゴーレム化したモノリス……表面を【魔王の墨】でペイントされたロックゴーレムに不意を突かれて殴り倒され、半壊。生き残りはその情報を持ち帰った後、やはり精神を病み発狂した。


 それからモノリスやストーンサークルの幾つか、若しくは全てはゴーレムであり見るだけで精神に悪影響を受けるだけではなく、迂闊に近づくと襲い掛かって来る事が判明した。


 そしてダガー隊は定期連絡が途絶えた後、誰一人帰還していない。


 だが、それ自体が重要な情報だ。ここでダガー隊をやったのがレジスタンスなら、この近くにレジスタンスに繋がる何かが存在するという事なのだから。

 それを探そうと、このシミター隊の隊長がハンドサインを出そうとした。


「あんた達って、この前来た奴らの仲間? 似たような恰好をしているし、多分そうよね?」

 前触れも無く野太い声を上からかけられたシミター隊の『柄』達は、その場で素早く散った。反射的に上を見上げて、「何者だ!?」と叫ぶような、無駄な事はしない。


 その素早い動きにマイルズは口紅が鮮やかな唇を釣り上げ、獰猛な笑みを浮かべた。

「この前の連中と同じ程度の動きね。命が惜しければ投降なさい、情報を生きている内に渡してくれたら、特別待遇で迎えるわよ?」

 その勧告の答えは、ナイフの投擲という形で返って来た。


 投げられたのは投擲用のナイフであるために刃は小さいが、毒が塗られている。それをマイルズは地面に自ら落下する事で回避する。

「なるほど、答えは昨日の連中と同じって事ね。じゃあ……殺してあげるわ!」

 二本の足で着地した直後に猛然と走り出すマイルズに、『柄』達は影の組織らしい冷徹な覚悟で対応した。


 『柄』のメンバーの戦闘能力は高くない。そのため彼等は、自分達がマイルズを相手に勝つ事は難しい事を認めた。だから、情報を持ち帰る一人以外の全員が時間稼ぎのための捨石に成る事を決断したのだ。


「……【連続投げ】!」

「きえええええ!」

 二人が故意に己の存在を誇示して、マイルズに攻撃を仕掛ける。彼等の武器には黒い猛毒が塗られており、それが見抜ける歴戦の猛者ほど無視できず注目してしまう。


 しかしマイルズは獰猛な笑みを崩さず、投げナイフに向かって直進した。

「【鉄裂】! 【抜き手】!」

 そのまま奇声を上げる『柄』の一人目のメンバーの胴体を伸ばした鉤爪で切り裂き、ナイフを投擲した二人目の胸板を【抜き手】で貫く。


「きゅ、吸血鬼!? 何故昼間に!?」

 即効性の猛毒が塗られた投げナイフで傷ついても平気な顔をして、鉤爪を振るって瞬く間に二人の仲間を屠ったマイルズの正体に気がついた三人目の『柄』が、驚愕の声を上げた。


 そしてマイルズに顔を向けられると、三人目の『柄』は手に持っていたナイフをその場に落すと、手を頭上に上げた。

「ま……待ってくれ。分かった、投降する。知っている事は、全て話す。だから命だけは助け――」

「【飛斬爪】」

 マイルズが放った【格闘術】の武技で、三人目の首は跳ね飛ばされて宙に舞った。


「……降参すると言っていたようでしたが?」

 四人目が逃走した方向から姿を現した、刃を紅く染めた剣を手に下げたイリスに問われると、マイルズは皮肉気に笑って、三人目の首なし死体を爪先で軽く蹴る。


「あれは、こいつ等の手よ。敵わないと思ったら、一人を逃がすために他は全員時間稼ぎの捨石に成る。何人かが注意を惹き付けようと攻撃して来て、失敗すると捨石の最後の一人が降参するって言い出すのよ。

 そして近づいたら、懐に仕込んだ自爆用のマジックアイテムで自爆するって訳。多分、最初から役割分担が決まっているのね。自爆用のマジックアイテムなんて、そうそう量産できる物でも無いから」


「それは……凄まじい。並の組織ではそんな事は出来ない。マイルズ殿は、彼等を知っているのか?」

 秘密を守るために、自分が捕まったら自害する暗殺者や密偵は珍しくない。イリス自身も、自殺用のマジックアイテムを持ち歩いていた。

 しかしそれは個人としての覚悟であり、組織として構成員全員に強いられたものとは性質が異なる。


 元原種吸血鬼グーバモンの配下の貴種吸血鬼として裏の世界で暗躍していたマイルズは、そういった連中とも暗闘を繰り広げて来たのかとイリスは思ったが、そうでは無いようだ。

「違うわ。報告したでしょ? 一昨日に密偵なのか暗殺者なのか微妙な連中を五人始末したって。その連中とこいつ等の手口が同じなのよ。

 きっと、マニュアル通りの対応なのね」


 お蔭で一昨日は苦労したわと、マイルズは溜息をついた。結局は全員始末したのだが、それまでに自爆に巻き込まれて服が焦げるし、逃げた一人を探すのに苦労したし、散々だった。

「そうですか……」

「深淵種に成って強くなったのはいいんだけど、お蔭で多少の危険じゃ【警鐘】スキルが反応しないのよね。困ったもんだわ」


「それで、彼等の霊は?」

「無理よ。こいつ等、服の裏にアルダの護符を縫い付けているのよ。殺す前に素っ裸にしないと、死んだ瞬間昇天しちゃうわ。しかも自爆上等の連中だから、自殺の用意は周到よ。意識だけ奪って捕まえるなんて、まず無理。

 元々ボスじゃなければ霊から話を聞く事は無理だし、深淵種に成ってもただの霊は見えないけど」


「それは、やはりヴァンダルー殿対策か。上手く隠しているつもりだったが……」

 今までヴァンダルーの存在を隠しているつもりだったイリスだが、やはり情報は何時の間にか流出してしまう物の様だ。

「でしょうね、早くこっちに来て欲しいところだけど……レギオンの定期報告ではそろそろ向こうも落ち着く頃ね」


「では、一先ず戻りましょう」

「こいつ等の死体はどうする? もしかしたら何か手がかりがあるかもしれないけど」

 地面に横たわる死体を一瞥するマイルズに、イリスは首を横に振った。


「自殺用のマジックアイテムや護符を持ち歩くような連中です。検分するだけ無駄だ。それに、自分の位置を雇い主に知らせるマジックアイテムが体内に埋め込まれているかもしれない」

 そう言う彼女の髪に小指の先程の小さな羽虫が付いている事に、彼女自身もマイルズも気がつかなかった。




『自殺用のマジックアイテムや護符を持ち歩くような連中です。検分するだけ無駄だ。それに、自分の位置を雇い主に知らせるマジックアイテムが体内に埋め込まれているかもしれない』


「ブブブ……惜しい」

 『邪砕十五剣』の一人、十五剣、『蟲軍』のベベケットは、『柄』につけておいた蟲を通じて聞いたイリスの言葉に、そう答えた。


「位置だけでは無く、私の蟲は音も伝えてくれるのよ……ブブブ」


 そのベベケットが『柄』のシミター小隊に仕込んでいた小さな蟲は、主人に情報を伝えていた。




・魔物解説:魔人族


 以下は、冒険者ギルドの記録である。真実かどうかは兎も角、人間社会では魔人族はこのように認識されている。


 『生命と愛の女神』ヴィダと、現在では名も残っていない邪悪な神との間に産まれたヴィダの新種族。

 個体ごとに異なる外見的特徴を持ち、共通しているのは二本の角と先端が尖った尻尾のみ。

 他は肌の色や瞳の数、翼の有無まで千差万別。


 大まかにだが、筋骨たくましい巨体を誇る戦闘狂である闘魔人ディアブロ。魔性の美しさを持ち精気を吸い取る淫魔人サキュバス、インキュバス。獣の特徴を多く持つ獣魔人ヴァンデル。そして最も数が多い、肉体的には頑強でも魔術が不得意な赤い肌の鬼人ハイオーガ等に分けられている。

 ただこれらはギルドが勝手に魔人族を分類し命名したものなので、魔人族自身がこれらの種族に分けられている訳では無い。


 鬼人以外の魔人は最低でもランク6以上だが、ランク7や8以上の者もおり、魔人族は個体ごとに素のランクが異なるのではないかと言われている。

 多くの闘魔人のランクは7以上で、淫魔人や獣魔人は6。そして鬼人は4。それが一応の平均的な強さとされている。


 鬼人以外の魔人族は肉体的だけでは無く魔術的にも優れており、更に様々な特殊能力を持っている場合が多い。


 多くの魔人には寿命は無く、老化せず外的な要因が無ければ永遠に生き続ける事が出来るとされる。ただ、その代わり繁殖力が弱い。それを補うように他種族を魔人族と化す儀式を行う事が出来るが、同族を次々に増やす吸血鬼とは違い、滅多に行われる事は無い。

 ただ昔から淫魔に魅入られた者が魔人族化する事例が報告されている。


 また種族的に汚染された魔力が凝り固まって具現化した魔物であるデーモンを使役する能力を持っており、数の少なさをデーモンで補う事が多い。この事から魔人族はデーモンの上位種であるとの説が昔は根強かった。しかし、近年では研究者達の長年の研究によって否定されている。


 ただ鬼人には寿命が有り、老化し、その代わり他の魔人族よりも繁殖力が強い。そうした生態が異なるため魔人族とは別の種なのではないかとの説もあるが、鬼人と魔人は協力体制を築いている事が多く、他の魔人族が鬼人の集団を率いている事が多い為、鬼人は魔人族の劣等種、若しくは従属種であるとの説の方が広く支持されている。


 ただそうした説は冒険者には関係無い。重要なのは、魔人族は強力だがその肉体は素材の宝庫であり、様々なマジックアイテムや薬の材料に成る。また魔人を討伐して得られる『魔人殺し』の名声は、『ドラゴンスレイヤー』に勝るとも劣らない。


 一説では、魔人族の祖の片親は邪神と融合した『炎と破壊の戦神』ザンタークであるとの説があり、魔人族本人がこの説を肯定する事もあるが、各神殿はこの説に否定的である。

10月24日に閑話 転生者達 28日に149話、11月1日に150話を投稿する予定です。

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