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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第一章 ミルグ盾国編
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十七話 スキルの都合だけでグールキングのはずだった。

 人間の町の襲撃を企むノーブルオーク率いるオークの大集落が、その企みを実行する前にグールの集落を襲撃する恐れがある。

 ヴァンダルーは家族同然のグール達と共に、グールキングの称号を得て戦うのだった。




 そんなヴァンダルーが今行っているのは、錬金術の修行だった。

 擂鉢の中身をすり潰しながら、魔力を一定量流し続ける。ちなみに中身は、コボルトの骨、コボルトの魔石、ポイズントードの内臓を干して乾かした物、そして自分自身の血。


 これで出来た物で魔法陣を描き、それがマジックアイテムとして機能したら成功。しなかったら失敗。どちらの結果でも、スキルを習得するまで繰り返す。

 擂鉢の中身が多少違っても、修行の中身は変わらない。


 オークの上位種であるノーブルオークという強大な敵に率いられた、ゴブリンやコボルトを合わせれば約五百の魔物の群れ。そんな強大な敵が存在するというのに、グールキングなんて称号を貰って置いてこんな事をしていていいのか?

 こうしている今も囚われた女グールや女冒険者達が慰み者にされているというのに!


 なんて事は考えず、ヴァンダルーは擂鉢の中身をすり潰す作業を続けた。

「こういう時、焦ったり先走ったりすると良くない事が起きるのがお約束だ」

 それがヴァンダルーを含めたグール達の方針だった。


 勿論情報収集は行っている。ヴァンダルーがアンデッド化させた虫を放ち、ノーブルオークの集落の場所や他のグール達の居場所を探し、ザディリス達も記憶にある他のグールの集落に使者を送っている。

 だが、情報が手に入るまでは焦って動く必要は無い。相手が動き出すのは早くて春。そして今は真冬前の十二月の終わりだ。


 オークの繁殖は妊娠期間が半年で、生まれた子供はやはり半年で大人になるというハイペースなので、敵の数があまり増えないように情報が手に入り次第動くつもりではあるが。


「それにしても、スキルって中々手に入らない」

 しみじみとそう思う。既に錬金術の修行を始めて数か月が経っている。それなのにまだ技能を獲得していない。

「そういうものじゃよ。寧ろ、魔物の中では坊やは早い方じゃ」

 しかし、ザディリスはそう言う。


「人間としてなら、別かもしれんが」


 スキルは基本的に1から10レベル。

 1レベルで技術が身に付いて来た新米。武術ならようやく技を実戦で使えるように成った程度で、職人なら素人の趣味と同程度。

 2レベルで武術なら平均的な兵士、職人なら半人前。

 3レベルで、武術なら冒険者や傭兵の中で一人前と認められる。職人ならそれなりの腕だが、独立は許されない程度。


 4レベルで武術ならその分野では腕利き、ベテランと呼ばれる。職人なら、独立を許される最低限。

 5レベルで武術なら一流の使い手で、C級冒険者の平均。

 6レベルで武術なら貴族の指南役が務まり、冒険者ならB級が見えてくる。職人なら大きな都市で店が持てる技量。


 7レベルで武術なら国や貴族からのスカウトを受け、冒険者ならB級に成っていなければ素行に余程の問題があるとみなされる。職人なら弟子入り志願者が年に何人もやって来る。

 8レベルで国中に知られる程の名人。

 9レベル以上で歴史に名前が残る。A級冒険者はこの水準でスキルを獲得している。


 10レベルで超人や人外の域だ。


 そして極稀に10レベルを超えて、上位互換スキルに変化する場合がある。そうなると最早信仰の対象に成りかねない。剣王や炎帝と称えられ、それ等も超えて神と称えられる腕前だ。

 地球で言えば宮本武蔵だろうか。流石に彼も常に音よりも早く動く相手と一週間飲まず食わずで戦い続けたり、鋼鉄よりも硬い山のような岩を両断したりする事は出来なかっただろうが。


 それがダルシアやザディリスに聞いた話からヴァンダルーが推測した、この世界でのスキルの評価だ。

 そう考えれば、錬金術や他の魔術系のスキルを手に入れるのに何か月もかかるのも納得できる。

 だが、この世界には地球やオリジンにも無かった要素が存在する。


 ジョブによるスキル補正だ。

 このラムダ世界の人間は、ジョブに就く事でスキルの獲得に補正を受ける事が出来る。それによって、スキルの獲得やレベルアップが早くなるのだ。

 そのため僅か数年で素人が一流の剣士や職人に成長する事がある。職人の方は兎も角、剣士の方はそこまで経験を積む前に死ぬ事の方が多いという現実もあるが。


 逆に言えば、この世界でジョブに就かないままスキルを獲得してレベルを上げるのは難しい。優秀な師匠が居ても、弟子がジョブに就いている事が前提だからだ。

 そういう意味ではジョブに就かないままスキルを覚えレベルを伸ばしているヴァンダルーは、異質だと言える。


 前世の経験は呪いによって技能に反映されないが、それでも覚えた感覚と経験があるので習得に役立つ事と、莫大な魔力を使って常人の何倍、何十倍も練習できるからなのだが。

 後は、ダンピールであるという種族補正のお蔭か。

 その証拠のように、地球でもオリジンでも経験の無い武術等のスキルは全く習得できていない。


「つまり、ジョブに就く事が出来れば習得はより容易だったと」

「まあ、そうじゃろうな」

「……この国を恨む理由がまた一つ出来ました」


 ジョブチェンジにはギルド等の機関にある特別な部屋が必要なので、アミッド帝国とその属国では魔物扱いのヴァンダルーはジョブに就く事が出来ない。

 尤も、ヴァンダルーが部屋を使えたとしても【既存ジョブ不能】の呪いがあるため、ジョブチェンジ出来ない可能性が高いのだが。


「でも恨んでもスキルが手に入る訳ではないので、地道に研鑽を積みましょう」

「うむ。偉いぞ、坊や」

 なでなでと頭を撫でるザディリスだが、ヴァンダルーの【状態異常耐性】や【限界突破】スキルのレベルが上昇した事を知ったら、すぐにこの地道な研鑽を積む事を止めさせるだろう。


 過労という状態異常と幼児の限界を超えた活動を長く続けているため、スキルが上がっているのだ。

 ただ、ヴァンダルー自身は無理を止めるつもりはない。無理をするのは何時もの事だ。それこそ、ダルシアが殺されてからずっと。




 次の日、他のグールの集落の場所が分かった。集落の数は十。だがその内何日もかけて行く必要があるのは、半分以下の四つだ。

 六つの集落は既にオーク達の襲撃を受けた後だった。


『おぉ、男は殺されっ、お、女は……グルルルルル!』

『ガアアアアア! 俺の群れっ、焼いた! 豚の奴等ガガガガ!!』

『イタイ! イタイ! 母さんが叫んでいた! イタイ! クルゥゥゥシィィィィイイイ!』


『オレタチ、襲った! グールをっ! ブゴガン様、命令! グールの毒っ、オークメイジ様達の魔術で、俺達効かない!』


 虫アンデッドについて来たグールや返り討ちにされたオークの霊から、ヴァンダルーは話を聞いていた。時間が経ちすぎて吠え声と鳴き声を繰り返すだけの霊も多かったし、そうでないのも断片的にしか話をしてくれないが、何があったのかは分かった。


 ノーブルオークのブゴガンは、規模が小さいグールの集落から順に襲撃していたらしい。ザディリスの集落以外のグールは、大体三十から五十程の数で纏まっていて、そこを息子のノーブルオークを隊長に据え奴隷のゴブリンやコボルトも加えた八十程の数で襲撃したらしい。


 普通のグールの群れには、グールメイジやグールバーバリアンのような強力な個体が居ない場合も多いらしい。そんな集落だと、ザディリスの集落では中間管理職のようなランク4のグールウォーリアーが長をしているところもあるそうだ。

 そこをランク6のノーブルオークが襲撃するのだから、殆ど一方的にやられても無理は無い。しかも、オークメイジの何匹かが、グールが爪から分泌する麻痺毒に対して耐性を得られる魔術が使えるらしい。


 この魔術を前もって兵隊のオーク達や一部の奴隷にかけているようだ。

 それでもグール達の抵抗は激しく、ゴブリンやコボルトは多数討ち取られるがそれでグールの女が手に入るならオーク達にとっては黒字という訳だ。


 そしてブゴガンは百を超えるグールの男を皆殺しにし、百を超えるグールの女を攫っている。グールの女は捕えてしまえば人種よりずっと丈夫で長持ちするので、優秀な母体となる。

 どうやら、ブゴガンはゴブリンやコボルトの雌に加えてグールの女を使って更に戦力になるオークを増やしてきたようだ。


 コボルトシャーマンがこの事を知らなかったのは、霊媒師という役割故に前線に出されなかった事と奴隷だったからだろう。


「と、いう訳で大体一年毎にオークは百匹増える。実際には訓練という名の苛烈な実戦で結構死ぬと思うけど、それでも加速度的に増えて行くと思うので、奴らの臓物を生きたまま抉り、脳髄をばら撒いてやりましょう」

「坊や、怒っているのはよく分かったから落ち着くのじゃ」

「そうだ、冷静に成れ。若い者まで熱くなったら事だぞ」


「怒っている訳じゃない。霊達に感情移入しているだけで」

「より悪くないか!?」

「坊や、漏れ出た魔力が髑髏の形をしていて怖いのじゃが」


 無数の黒い髑髏にたかられているように見えるヴァンダルーは、彼と親しいザディリスやヴィガロもやや引くくらい怖かった。

 この集落以外のグールは、ヴァンダルーにとって他人であり特別気にかけるような対象では無かった。しかし、霊達から話を聞くとオークに対する怒りを覚えずにはいられない。


「雄しかいないオークの生態上、仕方ない部分もあるとは思う。そうしないと種族が維持できないし、性欲は三大欲求の一つだから我慢しろと言うのも酷だ。寧ろ、オークをこういう生態の魔物として創り出した魔王や邪神こそが一番悪い。

 でもムカつくものは仕方ない」


「……ヴァンダルー、お前、冷静なのか冷静じゃないのか分からないぞ。後、サンダイ欲求ってなんだ?」

「儂も知らんが……まあ、我を失っている訳ではないらしい事には、安心した。

 それで、まだ生き残っている集落は四つなのじゃな? 早速使者を送ろう」




 タレアは集落の男達に指示を出し、自分自身は手製の玉座に座って自分に従う同族達を見下して悦に入っていた。

 黄色い瞳に灰褐色の肌、分泌する毒で紫色に染まった爪とタレアは何処から見てもグールの女だ。しかし、濁点が付く文字の無い名前からも分かるように、彼女は元人種のグールだった。


 人間だった頃のタレアは、腕の良い武具職人の娘だった。その素質を受け継いでいた彼女は幼いころから才能の片鱗を見せ、将来は親を超える腕利きの武具職人になると期待されていた。

 しかし、彼女の住む町に大商会が進出した影響で、彼女の両親は店を失ってしまった。そして苦渋の決断を下した。タレアを奴隷として売ったのだ。


 タレアは確かに才能のある娘だったが、彼女の下には息子が二人いた。そして当時、家を継ぐのは貴族でも平民でも男と決まっていたのだ。

 タレアと弟達の才能や技術の優劣がはっきりしていたとしても……いや、はっきりしていたからこそ、家族は彼女を売って、店を取り戻す事にした。


 そしてタレアは才能があるだけでは無く容姿も整っていて、更に少女でありながら既に男好きする体つきをしていたため高値で売れた。

 売られた先で娼婦として働く事を強いられた彼女は、家族の裏切りと自身の境遇の変化に深い傷を心に負い、更に傲慢な客の相手を何度もさせられ、耐えきれずに逃亡する事を選んだ。


 隙を見て客を殺し娼館を、町を逃げ出し、逃亡を続ける内にタレアは追っ手を撒くためにこの魔境に逃げ込んでしまった。

 そして追っ手からは逃げ切れたが、グールに捕まってしまった。


 生きたまま食い殺されると絶望したタレアだったが、彼女を捕まえたグールの群れは小規模な上女が不足していたため、彼女が求められたのは肉では無く繁殖用の女としての役割だった。

 そして儀式を受けさせられて人間からグールと化したタレアは、反抗する気力も失い無気力にグールの男達に身体を開き、彼らの指図に従って生きる毎日を過ごした。


 グールになってしまったため、群れを逃げだしても人に見つかれば殺されてしまう。

 しかも元人種であるためグールになって手に入れた怪力や毒を活かす術を知らない。


 そんなタレアが生きていくには、群れの男達に従うしかない。だが、こんな生き方を続けて未来があるのだろうか?

 そんな絶望に瞳を曇らせる日々に変化が起きたのは、男達が狩って来た巨大な猪の魔物、ヒュージボアの毛皮を目にした時だった。


 タレアはその毛皮を撫でながら昔を思い出し、良い鎧に成りそうだと呟いた。その呟きを耳にした男達が「じゃあ、作ってくれ」と言った。

 彼女は素直に作った。限られた材料で、人間の町で売っているのと変わらない品質のグール用のレザーアーマーを。


 その瞬間から、タレアの群での地位は長に次ぐものとなった。


 タレアは男達が狩ってくる魔物を材料に、次から次に武具を作った。人種からグールに種族が変化していても、彼女の才能はその輝きを変えていなかったのだ。

 ジャイアントスコーピオンの甲殻で盾を、アイアンタートルの甲羅で鎧を、インペイラーオックスの角で槍を。

 タレアが属する群れの戦士達は、冒険者並の装備で武装し次々に魔物を狩り、冒険者すら返り討ちにする力を手に入れた。


 更に気力を取り戻した彼女は娼婦時代に学んだ技術で男達を虜にし、骨抜きにした。それに嫉妬する女達には、何と男を骨抜きにする手練手管を教え込んでやり、自分の下につくようにした。


 そしてグールになって百年、タレアは群れの誰よりも弱いまま群れの頂点に立ったのだ。


 それから百年以上、かつては十数匹しかいなかった消滅寸前の群れは六十を超える数に成り、他のグールの集落からもタレアの武具を求めてグールが代金代わりの食料を持って訪ねてくる程だ。その影響力は既に百を超える数のザディリスの集落を超えている。


「フフ、この分なら後十年もすればこの魔境を支配できますわね」

 トレントから切り出した座り心地の良い玉座に座り、冒険者の死体から奪った宝石を嵌め込んだアクセサリーで身を飾り、豊かな黒髪を伸ばし、アイアンタートルの甲羅を薄く削りだし磨いて作った扇で口元を隠すタレアの姿は、まさにグールの女王と称えられるに相応しい。


 ……全て彼女自身の手作りなのが微妙だが。


 ザディリスの集落と付き合いが無く、ブゴガン率いるオークの大集落の情報を手に入れていないタレアは、自分の野望が現実になる事を疑っていなかった。


「ただの平民の、それも奴隷にまで堕ちた私が人間よりもずっと強力な魔物が跋扈する魔境の支配者……フフフ、胸が躍りますわ」

「タレア様、俺の盾作ってくれ」

「タレア様、あたしの鎧もお願いします!」

「もうちょっと待ってなさい! 言われなくてもちゃんと作ってあげますわっ!」


 もうそろそろ長の毎朝の日課は終わったかなと、様子をうかがっていたグール達が話しかける。毎朝ああやって悦に入るのが、タレアの日常だった。


「長っ! 皆でメタルスライム倒してきたぞ!」

「何ですって!?」

 そして夜の間に狩に出ていた戦士達が戻って来ると、思わず玉座から立ち上がって瞳を輝かせる。


 そして彼女の前に皮の袋に入った銀色の、鉄と同じ重さのメタルスライムの粘液と、やはり銀色のメタルスライムの核が運ばれてくる。

 それを見た瞬間、タレアはまるで恋人に久しぶりに会う乙女のように頬を染め身体をくねらせた。


「まぁ……液体と金属の両方の性質を持つメタルスライムの素材! どんな武器に……いいえ、鎧? ああん、どうしましょう、どうすれば良い武具が作れるかしらっ♪」

 無暗に色気を放ちながら色気の無い事を言っているタレアだが、彼女の集落のグール達は既に慣れきっているので驚きもしない。寧ろ嬉しそうだ。


 タレアは腕の良い武具を作る長だし、平民だった頃の習慣の為か下の者にも大らかなので、二百五十歳を超えた事で女として一線を退いていても彼らにとって人気の族長様なのだ。

 なんだかんだでタレアもグールに馴染んでおり、人間だった頃よりも充実した人生を楽しんでいる。


「長っ! 見張りの奴らから、ここに馬車が近づいてくるって報告が!」

 そこにまだ若いグールが慌てた様子で報告してくる。

「っ! 冒険者か。人数は何人なの?」

 魔境に馬車を使う魔物なんて居るはずがない。なら冒険者しかない。


 メタルスライムの素材を前にデレデレしていたのが嘘のように、タレアの表情が引き締まり眼光が鋭くなる。

「それが、馬車の周りに居るのはグールで、馬車もアンデッドっぽいらしいよ」

「……グールは何人いましたの? 一人か二人なら、テイマーにテイムされたグールの可能性があるわ」


 馬車の外にテイムした魔物だけを配置して、自分は荷台の中に籠って偽装しているのかと思ったタレアだったが、馬車の外にはグールが五人。

 グールは女神ヴィダにルーツを持つ種族だが、魔物の血が混じっているためテイム出来ない訳ではない。しかし普通の魔物よりもずっと難易度が高い。そんなグール五人と馬車のアンデッドを同時にテイムしているとしたら、テイマーとしたら一流だ。


 そんな一流のテイマーが、手間をかけて偽装するとは思えない。

「他の集落のグールが妙なアンデッドを手懐けたのかもしれないわね……残っている戦士は全員出なさい。私を守るのよ」

 流石に五人とアンデッド一匹で、集落の戦士が半分しか残っていなくても殴り込みをかけに来るとは思えないが、念のために護衛を掻き集めて、タレアは集落の表に出た。


 すると報告通り妙な馬車のアンデッドを囲むようにしてグールが五人。

「止まりなさい。私の集落に何の用かしら?」

 大勢のグールに守られたタレアが声をかけると、馬車が止まった。

「話し合いたい。共通の敵が出た、お前達と繋がってる他の集落の奴らは、協力すると同意した」


「共通の敵……」

 グールは共通の敵が出現した時は、種族全体で協力体制を取る。それがただの同族意識による物では無く、最も生き残る確率が高いからだと元人間のタレアにも解っているが、彼女は元人間だけに疑り深かった。


 もしかしたら、自分達の集落の利益のために自分達を巻き込もうとしているのかもしれないと。


 共通の敵という言葉に動揺する群れのグール達を、扇をパチっと閉じる音だけで鎮めるとタレアは用件を告げたグールを見据えた。

「詳細を聞かせてもらえますわね?」

 グールになって分かった事だが、グール達は単純な性格の者が殆どだ。腹芸や陰謀にはとても向かない。

 だから、質問はストレートに、分りやすくした方が効果的だ。


「はい。詳細は俺から説明します」

 すっと馬車の幌から出て来た小さい人影。グール達の影に隠れて見過ごしそうなそのちっぽけな姿と声にタレアは気が付いた。

 いや、見逃す事が出来なかった。


 ただそこにいるだけで、思わず跪きたくなるほどのカリスマ性。

 長い白髪、血のような真紅と不思議な紫紺の瞳、そして病的なまでに白い肌。明らかにグールでは無いのに、それでも目の前の存在が上位者であると確信させる何か。


 気が付くと他のグール達は既に膝を地面に突いていた。タレアも耐えきれず両膝を地面に突こうとしたその時、それを止めるようにヴァンダルーは言った。

「あの、楽にしてください。タレアさんですね? 俺はこの度グールキングに就任致しましたヴァンダルーと申します」

 カリスマ性の主は、平伏しようとするグール達に只管恐縮していた。




 ゴブリンキングやコボルトキングといったキングの名を持つ個体は、遭遇した同族を無条件に服従させ、配下に加える事が出来る。

 それは【眷属強化】のスキル効果に反応して、配下に加わる事で自己と種族全体の強化を図りたいという魔物の本能が原因だ。


 それと同じ事が……いや、それ以上の事態がヴァンダルーの訪ねたグールの集落で起こった。【眷属強化】に加えて、【死属性魅了】のスキル効果も加わって、相乗効果が凄い事になっているらしい。

「凄いっすね、キング」

「まさか話しかけただけで平伏されるとは思わなかった」

 護衛のグールが言うように、色々と凄かった。まるで自分が某時代劇のご老公にでもなったかのような光景だった。


 ヴァンダルーにしてみれば、自分より身体のずっと大きい大人たちが土下座する光景は、気持ち良いどころか逆に申し訳ない気持ちになるのだが。

 三つの人生を合計すると四十年近く生きているが、主観的には十七歳と二十歳と二歳七か月で精神の成長はバラバラ。なので大人の自覚も意識も全く無いヴァンダルーは、グールキングの称号はスキル効果を有効活用するための名誉職程度にしか考えていなかったので、大いに動揺していた。


 特に他の集落で聞いた、複数の群れに影響力を持つグールの女王とも呼ばれるタレアまで膝を突こうとした時は、罪悪感すら覚えた。

「と、いう次第でしてタレアさんの集落にも是非お力をお借りしたいと思っておりまして。勿論、報酬と呼べるかは分かりませんが、見返りをご用意させて頂きます」

 その結果、この腰の低さになっていた。


 コミュニケーション能力の低いヴァンダルーの他人に接する時の基本方針は、「怒られないように下手に出る」事なのだがそれに更に拍車がかかっている。


「そ、そうでしたの。それで、見返りとは……?」

「今すぐではありませんが、少子化問題を解決する手段と、食料を長期保存するためのアイテムを提供できます」

 貨幣経済の無いグールに渡す報酬は限られる。ヴァンダルーが渡すと確約できるのは、近い将来作る少子化問題を解決するための物と、【鮮度維持】の魔術を込めたマジックアイテムぐらいだ。


「それは本当ですの!?」

 しかしその少子化問題を解決するという言葉に、タレアも含めてグール達が驚き感嘆の声を上げる。ザディリスの集落だけでなく、少子化問題はグール種族全体の問題だったからだ。

 それを解決できると言うヴァンダルーを、彼女達は崇拝の眼差しで見つめる。


『ストレスで状態異常耐性のスキルがまた上がりそう……』

 と、口に出すのも悪い気がする。だって「友好的に成れ、でも過剰に反応するのは禁止」と言うのは我儘としか思えない。


「でしたら、我々は喜んであなたの下に降りますわ、ヴァンダルー様」

「……もっと親しみを持って呼び捨てとか、さん付けとか、坊やとかで良いですよ」

 様づけは止めて。せめてもう少し成長してからにしてください。

「まぁっ♪」

 何故にそんなに嬉しそう?


「ではヴァン様、このタレア、御意志に従いお側に仕えさせて頂きます」

 そんな事求めた覚えは無いのだが、何故かタレアが側近に成った。解せぬ。


 しかし、タレアにしてみれば新たな野望を見つけた瞬間だった。

 この幼いグールの王を盛り立てこの魔境の外に支配領域を広げて君臨させ、自分はその側近として栄華を極めるという野望を。

『まさか齢二百六十を超えて、こんなチャンスがやって来るなんて! フフっ、一度はどん底に突き落とされたのですもの、何処まで上に上がれるか試してやりますわ。死ぬ瞬間までね!』


 そう野望に瞳をギラギラと輝かせるタレア。その瞳の輝きに負けたようにヴァンダルーは御者台に座るサムの霊体に視線を向けるが……。

『坊ちゃん、相変わらず年上の女性にモテますな』

 そう褒められたが、望んでいるモテ方とはちょっと違う気がする。


『でも貴族になったらああいう人も寄って来るだろうし、丁度良い練習になると思うのよ』

 ダルシアはタレアの分りやすい下心を見抜いていたが、これも経験よねと見守るつもりのようだ。


 ヴァンダルーにとって救いなのはタレア達が今感じているらしいカリスマ性が、彼の下に完全に降って【眷属強化】の影響下に加わったら魔物としての本能が満足して、弱まる事だろうか。




《【眷属強化】スキルのレベルが上昇しました!》




 魔境の中を奇妙な女がたった一人で進んでいた。

 一人だけなのは、珍しいが無いわけではない。冒険者ギルドでは、冒険者の安全と依頼達成率維持のためにパーティーを組む事を推奨しているが、ソロ活動が禁止されている訳ではないからだ。


 しかしよく見れば装備と挙動がおかしい。

 女の装備はどれも真新しく、しかも頼りなく見えた。傷一つない、胸や腰回り等を隠すだけの小さな、最低限ですら守っていないレザーアーマーに、彼女の顔と同じくらい小さな小盾。そして手に持つのは、ただの鉄でできた小剣。


 だが怯えた様子も無く魔境を進み、襲い掛かって来たホーンラビットやゴブリンといった低ランクの魔物を、剣の一振りで屠って行く。

 しかし殺した魔物から換金可能な討伐証明部位や素材を剥ぎ取ろうとしない。


「ソロソロカ」

 唇の間から、全く生気を感じさせない声が洩れる。すると、女の周囲にオークが現れた。完全に囲まれているうえに、その奥には通常のオークより二回り以上巨大で、金色の髪を生やしたノーブルオークの姿が見えた。


 鼻息荒く身振りで武器を捨てるように指図するオーク達に対して、女は抵抗するどころか迷うそぶりも見せず小剣をその場に落とした。

 その顔にはやはり恐怖も何も、あらゆる感情が浮かんでいなかった。




・名前:タレア

・ランク:3

・種族:グール

・レベル:1

・ジョブ:娼婦

・ジョブレベル:100

・ジョブ履歴:見習い武具職人、武具職人→奴隷(47Lv時強制ジョブチェンジ)、見習い娼婦

・年齢:263歳


・パッシブスキル

暗視

痛覚耐性:1Lv

怪力:1Lv

麻痺毒分泌(爪):1Lv

色香:3Lv


・アクティブスキル

目利き:6Lv

防具職人:6Lv

武器職人:6Lv

枕事:5Lv

舞踏:2Lv

房中術:2Lv




 タレアは武具職人としての才能と同時に夜の才能に恵まれた人間の少女が、儀式を経てグールに成った特殊な個体である。群れの戦士が使う武具を作り、更に骨抜きにして籠絡。自分以外の女グールには、自分の手練手管を教えると同時に武具職人としての技術を教え込む事で、上下関係をはっきりと分からせている。

 だが碌に獲物を狩った事が無いため魔物としてのレベルも上がらず、彼女はグールとしては最弱と言える。だが同時に、武器職人としては貴族のお抱えや、大きな町でも一番の腕前に成れるほどの技術を持っている。

 尤も、これは二百年余りの努力と経験の結果だが、人間社会なら手に入る最新の道具や整った環境と多種多様な素材があり、そしてジョブを娼婦から武具職人に戻せば彼女の技術はより高まる事だろう。




・強制ジョブチェンジについて


 罪を犯した罪人や奴隷に堕ちた者に施される特別な処置。ただし、これによって能力値が落ちたりスキルを喪ったりする事は無く、ステータス上の効果は当時就いていたジョブのレベルが上がらなくなるだけだ。

 ただギルド等でステータスを確認する時必ず表示されるので、奴隷の逃亡を防ぐ効果がある。

 しかしこれは二百年以上前に行われていた措置であり、現在では錬金術の発展により所有者しか外す事が出来ない首輪を嵌める事の方が主流となっている。

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