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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第七章 南部進出編
177/515

百四十四話 『解放の悪神』ラヴォヴィファード必勝の策

 悪夢そのものの戦場で、ブザゼオス大将軍指揮下の兵達は戦っていた。

「ブヒィィィ!」

 悲鳴を上げながらノーブルオークが突きだした槍の穂先が、血塗れで腹から内臓を垂らした敵兵の頭部を貫く。

 穂先が頬を抜け、そのまま後頭部を貫いた事を確信したノーブルオークは、やっと勝ったと安堵の息を吐いた。


『オ゛オ゛ォォォォォ』

 だが、脳の重要な部分を貫かれたはずの敵兵は倒れず、唸り声を上げながら自らを貫いた槍の柄を掴んだ。


「ブヒィ!?」

『ごぼへ……』

 引き攣った声を上げて咄嗟に槍を取り戻そうとするノーブルオークだったが、焦っているせいか普段通りの力が出ない。

 そして武器を取り戻せず動きが止まってしまった彼に、他の敵兵が近づいてくる。


『ごぼへ……』

『殺せ……!』

『功名を……手柄を……!』

『ぶひぃぃぃ……ぶひぃぃぃ……』


 見開いた虚ろな目に後が無い者特有の渇望を宿し、血に塗れ臓物を垂らしたオークゾンビやノーブルオークゾンビが武器を振り下ろし、突きだす。

「ブ、ブギャアアアアアアア!」

 周囲を囲まれ身動きが取れなくなったノーブルオーク兵は、断末魔の悲鳴を上げながら、アンデッドの群れの中に沈んで行った。


 そんな地獄のような光景が戦場のそこかしこで起きている。


「突出するなと何度言えば分かる!? 陣形を崩すな! 重装兵は盾を構えて壁になってゾンビ共を止めろ! 槍兵は槍を盾の間から突きだせ! 止めは弓兵と魔術師に任せろ!」

 ブザゼオス大将軍は、顔中を口にして怒鳴り散らしていた。その度に伝令の兵が青くなって飛び出し彼の命令を兵に伝える。


「ブグゥ!」

(どう言う事だ? 以前なら兵達は儂の命令を忠実に守ったはずだ。それが出来る者を育てるために訓練をさせ、更に選抜したはずだ。何故今に成って?)

 唸り声を上げるブザゼオスは思わずそう考えずにはいられなかった。


 当初、ノーブルオーク帝国の将兵は三人の将軍率いる軍が反乱を企てたと知った時、衝撃を覚えた。しかしそれが生前よりもずっと弱くなった様子のアンデッド化した将兵の群れだと分かった時には、肩透かしを受けた気分だった。


 本来ならアンデッドは群といっても、連携や役割分担をほとんどしない。ただ只管生者に襲い掛かるだけの烏合の衆だ。

 だから「とりあえず勝てる」とノーブルオーク帝国の将兵が考えたのも無理も無い。しかし今に成って考えれば、それは油断だったのだろう。


 ブダリオン皇子の旗と見た事も無い旗を掲げた反乱軍は、アンデッドとは思えない程鬼気迫る表情で襲い掛かって来た。そして城門の上から雨あられと矢や魔術が降り注ぐ中、攻勢を緩めず攻め寄せ城門を破壊されてしまったのだ。


 駆け付けたブザゼオスが指揮を執り、何とか城門の外に押し返したのだが……その後血気にはやったのか、それとも己の力を過信したのか、隊列を乱して突出する兵が続出。その兵は縦横無尽の活躍をするどころか、アンデッドに囲まれて圧殺されてしまい、残った兵達が出来た穴を慌てて塞いで持ち堪えるという事を繰り返している。


 全体的には優勢であり、ガルギャやブキャップ等も含めて既にアンデッド軍は三分の一程がただの死体に戻っている。後一時間もあれば、全てのアンデッドを倒す事が出来るだろう。

 しかしブザゼオスの苛立ちは鎮まらなかった。


(何度同じ命令を出していると思っている! 兵共は何時から鳥頭になった!? 無謀な馬鹿が殺されるところを見ているだろうに、少し目を離せば勝手な行動をしおって!)

 ガルギャやギィドーが献上したり派遣したりしたハイコボルトやハイゴブリン、コボルトの兵は役立っているが、彼等に命令するためには人間語を話さなければならない。もしかしたらそれも、彼の苛立ちを助長しているのかもしれない。


(こうなったら儂自ら前線に出て……今儂は何を考えたのだ!?)

 ブザゼオスは、はっとして我に返った。何時の間にか前線に向かって足を踏み出していた自分に気がついたのだ。

「そう焦るな、ブザゼオス殿」

 ブザゼオスに軽薄な口調で話しかけたのは、ゲラゾーグ。二本の捻じ曲がった角に青い肌、耳や鼻や、腰から伸びた先端が逆三角形になっている尻尾にピアスをして顎髭を伸ばした、線の細い遊び人風の人物だ。


「この俺様のデーモンがすぐにアンデッド共を駆逐してやるからよ」

 どうやらゲラゾーグはブザゼオスが愕然として硬直している事に気がつかなかったようだ。彼は身長差から肩に手が届かないためブザゼオスの脇腹を馴れ馴れしく叩くと、そう言ってテイムしているデーモンを連れて前線に向かおうとする。


「待て、ゲラゾーグ殿。貴殿の出番にはまだ早い」

 それを慌ててブザゼオスは止めた。ゲラゾーグはブザゼオスから見て以前はただのクズ野郎だったが、今の彼は度し難い馬鹿だが戦力になるクズ野郎である。


 彼の主君であるブギータスに魔人国でクーデターを起こすよう遣わされたものの、支持者を殆ど獲得できずにおめおめと逃げ帰り、「どうかもう一度チャンスを!」と泣きながら縋りついた、工作員としては無能にも程がある人物。

 しかし魔人族だけあって単純な戦力としては優秀である。


 格好は遊び人だが複数の属性魔術をそれなりの腕で使いこなし、武術もそれなりに使える。何よりも、魔人族特有の【デーモンテイマー】ジョブに就いており、様々な種類のデーモンを合計十匹以上連れている。

 しかもこの男はガルギャやギィドー同様、何故かラヴォヴィファードに気に入られ加護を得ている。


 そのため、幹部がだいぶ減り、ブザゼオス以外には大幹部がいない現在のブギータスの配下ではブザゼオス大将軍、小国の連合軍と戦っているため帝国を留守にしているブモーガン将軍に次ぐ、第三位の立場になっている。


「あぁんっ? 何故止める、まさかラヴォヴィファード様の加護を得た俺様に手柄を上げさせたくないのか?」

 虎の威ならぬ悪神の威を借りたゲラゾーグ。一瞬放っておこうかと思ったブザゼオスだったが、忍耐力を振り絞って彼を止める。


「敵の様子がおかしい。攻め手は奴等だと言うのに、背水の陣のように必死に食らいついて来ている。それに、奴らが何故アンデッド化したのかが不明のままだ。

 まさかこれほどの数が自然にアンデッド化したとは考えられん。この戦、まだ何かが起こる。貴殿が出るのはそれを見定めてからでも遅くは無い」


「ふむ……確かに、考えてみればゾンビ共の様子がおかしいな。腐敗臭はしないし、見た限りだとほんの数分前まで生きていたのかと思える程だ。

 普通、ゾンビが自然発生するのは死体が腐敗し鼻が曲がりそうな臭いを出す頃だと思ったが……」


 どうやら気を逸らせたようだと、安堵するブザゼオス。ただ、ゲラゾーグに対して言った事は彼の本心でもあった。

 それを調査し、至急この大量かつ新鮮なアンデッドの謎を究明しなければ危険だと長年の勘が警鐘を鳴らしているが、次々と独断専行や命令違反をして死んでいく馬鹿な部下が出るせいで、その暇がない。


(とりあえずこのアンデッド共を倒した後か。しかし、どうやって調査すれば? メイジ共を派遣すれば何か分かるのか? ……あれは!?)

「ブガァ!」

 咄嗟にオーク語で叫ぶブザゼオス。彼の視線の先には、アンデッド軍の後方から飛んでくる矢の雨が在った。


 矢の雨はアンデッド軍ごと前衛を固める重装兵や槍兵に降り注いだ。悲鳴を上げて仰け反るノーブルオークや、無数の矢に射られて倒れるオークやハイゴブリン。

 そして出来た隙間に、アンデッド軍が更に押し入ってくる。


 そして、アンデッド軍の向こうから土埃を立てて姿を現す敵軍。

「あれは、ザナルパドナにグールっ、それにハイゴブリンとハイコボルト国の旗に、ケンタウロスやハーピーっ、それにあの見た事も無い旗の横に在るのは……魔人王の旗じゃねぇか!?」

「ぬう、ブモーガンめ! 持ち堪える事も出来なかったか!」


ボロボロの肉壁を自ら突き破って姿を現した敵軍に、ゲラゾーグは青ざめ、ブザゼオスは妙な高揚感を覚えた。

 しかしその高揚を抑え、ブザゼオスは叫んだ。

「隊列を維持しろ! 陣形を崩すな! 血気に逸るな、馬鹿共が!」

 押し寄せてくる敵軍よりも、士気ばかり高くてすぐに命令を忘れる自軍の兵士の方が彼にとっては厄介かもしれない。




 城門が破壊される轟音も、ブザゼオス大将軍が指揮する軍の戦闘音も、城前の広場まで届いていた。

 ブギータスは不甲斐無い配下達が苦戦しているだろう事を察しつつも、当初は余裕があった。

 立ち塞がる二人の敵を倒してから、自ら戦線に加われば良いだけの事だと考えていたからだ。


 敵の内一人は、【魔王の欠片】を複数持つ化け物。もう一人は、自らの兄であるブダリオン皇子。

 どちらも強敵だが、ブギータスは自らの勝利を疑っていなかった。化け物に対しては彼が奉じる悪神ラヴォヴィファードから必勝の策と力を授けられているし、ブダリオンは既に一度破った相手だからだ。


(確かにブダリオンと戦った時はそれなりに手こずった。だが、あれから俺もレベルを上げ、より高位の御使いを降ろせるようになった。それに対して奴は見目と魔剣が変わったが、それだけだ)

 ブダリオンはブギータスに片目と片腕を奪われた。彼の大鎌は傷つけた対象の治癒力や、施された回復魔術の効果を大きく減退させる呪いを与える力を持つ、ラヴォヴィファードから授けられた伝説級マジックアイテムなのだが、どうやら何らかの方法で呪いを解いたようだ。


 それもあの化け物の仕業だろう、中々やるものだと認めてやってもいい。だが、それだからこそブギータスはブダリオンに前回同様勝てると思い込んでいた。

 ブダリオンがあの化け物と会ったのは、最近の筈。目と腕を取り戻したものの、腕を上げる時間は殆ど無かったはずだ。


 ラヴォヴィファードの神託でも、ブダリオンについては何も触れられていなかった。つまり、化け物程の脅威では無い。あの色が変わった腕と目も見かけだけのコケ脅しだろう。

 なら、幾らブダリオンがランク10のノーブルオークハイキングで、【剣術】スキル10レベルの腕の持ち主であっても、ランク11のノーブルオークプランダーキングで上位スキルに目覚めている自分の敵では無い。


 ブギータスはそう判断していた。

「ブオォ!」

「ブグガァ!」

 超重量級の魔剣と大鎌が激しくぶつかり合う。その度に、ブギータスの余裕は削り取られて行く。


「どうしたっ、動きが鈍いぞ!? 余から奪った王座の居心地の良さに、怠け癖がついたか?」

 ブダリオンの剣捌きはより巧みに、そして速く、何より重くなっていた。

『言わせておけば!』

 オーク語で叫び返しつつ、ブギータスは大鎌の石突きでブダリオンの鳩尾を狙う。ブダリオンは魔剣の腹でそれを受け止める。


「……【柳流し】、【突貫】」

 そしてそれを風に揺れる柳の葉のように、自然な動作で受け流した。更に、大鎌の柄に這うように突きを放つ。

 静かな声とは裏腹に、石畳が砕ける激しい踏み込みによって放たれた魔剣の切っ先が迫る。


「ブギィィ! ブギギャギャギャギャギャ!」

 ブギータスはそれを上級スキルの武技【流水】で強引に回避し、更にブダリオンに対して連続して鎌を振るい斬撃を飛ばす【獣刃百連飛斬】を放つ。


「……見苦しい戦い方だ。【流水】」

 流れる水の様な剣捌きで、ブダリオンは自分に当たる斬撃のみを魔剣で斬り散らす。だがブギータスが乱れ撃った斬撃は、ブダリオンに最初から当たらないものまであった。

 それらはブダリオンの背後の建物を切り裂き、更にその向こうまで食い込んでも止まらないだろう。


「【魔王の血】発動、【石壁】、【石壁】、【氷血硬壁】」

 だがブダリオンの背後でただ立ち尽くしているように見えた化け物、ヴァンダルーがすかさず動いた。自ら切り裂いた手首から噴き出した【魔王の血】が凝固して壁に成り、しかもその壁を盾に見立てて武技を発動。

 しかし【獣刃百連飛斬】の斬撃は二枚の壁をも切り裂いた。しかし、三枚目の壁であるオルビアを使った【死霊魔術】で作りだした氷の壁で完全に止まり、砕け散った。


「流石魔鎌、それもアーティファクトを振るって放った上位スキルの武技。少し焦りました」

『ヴァンダルー君、血じゃなくて【魔王の甲羅】の方を使った方が良かったんじゃない?』

「オルビア、甲羅は俺の身体を包むように発動するので、離れた場所を守らせるには時間がかかるのです」

『なるほど~。でもあのブギータスって敵、結構すごいんじゃん?』

「ええ、中々の強敵です」


 その会話をブダリオンと睨み合いながら聞いていたブギータスは、頭の血管が切れるのではないかと思う程の屈辱と憤怒を覚えた。

(皮肉のつもりか!? フザケやがって!)


 ブギータスの当初の予想では、ブダリオンは【獣刃百連飛斬】を防ぎきれず重傷を負うはずだった。いや、その前の段階で既に重傷を負い、先程の一撃で全身をバラバラに切断されるはずだった。

 そして、残ったヴァンダルーに対して必勝の策を使って悠々と勝利し、【魔王の欠片】をラヴォヴィファードに献上し、そのまま二人の首を片手に下げて城門に向かうつもりだった。


 しかし現実にはブダリオンは無傷で、悠々とブギータスが目覚めた上位スキル【武猪鎌術】の奥義の一つを防ぎ切った。

 それもブダリオンを倒す為では無く、ブダリオンに追い詰められて、堪らず距離を取るために放った。だから狙いの甘い乱れ射ちになった。

 そしてブダリオンが防がなかった斬撃も、ヴァンダルーが「ちょっと焦った」だけで防いでしまった。


 寧ろ追い詰められているのはブギータスだ。

 大きな傷こそ無いが、浅い傷は幾つも負っている。短い時間に連続して武技を放ったせいで息は上がり、魔力の消費が激しく、頭痛もしてきた。


 既に【限界超越】も【魔鎌限界突破】も、【御使い降臨】すら使っている。そしてブダリオンも同じく【御使い降臨】やその他のスキルを使用して自己強化しているが、それで互角どころか、ブギータスは劣勢に陥ったまま取り返せずにいる。


「ブゴオオオ! ブグガ! ブギイイイィ~!」

「余が何時の間にこれ程強くなったのか、か。確かに、以前はお前に敗れ守るべき帝国と民に苦汁を舐めさせる醜態を晒してしまった。

 だが、余は導きを受けたのだ」


 ブダリオンは、ブギータスが顔を醜悪に歪めて言った罵り混じりの問いに、態々人間の言葉に訳してから答える。

「ブヒ!?」

 まさか自分以外に【疑似導き】スキルを持つ者が居たのかと、驚愕に目を見開くブギータス。彼は今までその可能性を考えた事が無かった。


「勘違いするな。貴様が持つ紛い物では無く、真の導きだ。余は御子、ヴァンダルーの【魔道】の導きを受け、力を得た。それを我等の守護女神ムブブジェンゲも祝福してくださったようでな、短期間でランクアップを遂げ上位スキルに目覚める事にも成功した。

 ブギータス、今の余は貴様の知っている敗者では無い。今の余は貴様と同じランク11、ノーブルオークアビスキングだ」


 馬鹿なと、ブギータスはブダリオンが告げた答えに言葉を失った。

 【導き】と【疑似導き】は、自己では無く他者に恩恵を与えるスキルだ。そのためブギータス自身は【疑似導き:獣道】で強化されていない。

 だがブダリオンは【導き:魔道】で能力値を強化され、存在を引き上げられている。

 更にブディルードやブーフーディンを倒して得た経験値でランクアップし、上位スキルにも覚醒した。


(馬鹿な、そんな馬鹿な! ブダリオンが、俺と同じ高みに至ったと言うのか!? では、俺が勝てるはずがないではないか!)

 元々才能の差を痛感し、コンプレックスを押し殺して将来は兄の補佐に専念しようと考えていたブギータスだ。同じ土俵でブダリオンに自分が勝てるとはとても思えなかった。


『旦那、もしかしてあのブギータスってグーバモンより強いんじゃないですかい?』

『【魔王の甲羅】を投擲された時は、【魔王の血】の壁一枚で防いでましたものね。じゃあ、あの人原種吸血鬼より強いのですか?』

「少なくとも、武術の腕前ではグーバモンよりもブギータスの方が強いと思いますよ」

『え、マジなのヴァンダルー君?』


「マジです。ランクはグーバモンの方が高いですけど、奴の【投擲術】スキルは上位スキルじゃ無かったですし、それに奴が使っていた時の【魔王の甲羅】とあの大鎌のアーティファクトなら、武器としての優劣はほぼ差が無いでしょうし。

 まあ、魔術の腕は残念な様なので、総合的にはグーバモンの方が強いですが。それでも十分大した腕です」


「……寧ろ、原種吸血鬼を倒した事の方が、拙者はマジかと聞き返したい」

「というか、ナチュラルに上から目線なのでござるな」

「まあ、ヴァンダルーにとってはその程度だ」

「何はともあれ……ダーリン素敵よ~っ! カッコイイー!」


 そして何時の間にか増えているギャラリーと、交わされる会話にブギータスは絶望的な状況に気がつかされてしまった。

(俺がブダリオンを倒せるかどうかでは無い、最初からあの化け物がブダリオンと組んで二対一で向かって来ていたら、俺はとっくに殺されていた!)


 ヴァンダルーもまた直接狙われてはいなかったが、ブギータスの奥義を防いだ実力の持ち主だ。それなのに、【魔王の欠片】を防御に、それも周囲の建造物やその向こうに居るかもしれない非戦闘員を守るためにしか使っていない。

 彼が本格的にブダリオンの援護を始めたら、今でさえ劣勢のブギータスがどれ程持ち堪える事が出来るだろうか。


 だと言うのに、ヴァンダルーがブギータスの始末をブダリオンに任せているのは何故か。ブギータスはそれに察しがついた。

(民や他の国へのパフォーマンスか!)

 この戦争でノーブルオーク帝国の威信は地に堕ちた。複数の国でクーデターを起こさせ、多くの人々を傷つけ死に至らしめ尊厳を踏みにじったのは帝位を簒奪したブギータスだが、帝国その物の信用もまた失墜したのは間違いない。


 ブギータスの首を落とし、彼の配下を残らず処刑してもかつてのポジションには戻れまい。それどころか長い時間を贖罪に費やさなければならないだろう。


 それを少しでも取り戻すためには、ブダリオンが自身の手でブギータスを討つ事、そしてそれを各国の関係者が目撃する必要がある。

 ヴァンダルーがブダリオンに加勢せず周りの被害を抑える事に徹しているのも、そしてギャラリーを運んできたのも、その為だ。


 ザナルパドナからはクーネリア姫にギザニアとミューゼ。それにハイコボルトのルルゥ姫にハイゴブリン国のゾーゴ王子。グール国からは関係者は来ていないが、殴り合いの大乱闘に勝利したため、グール国王から「兄貴!」と慕われる事に成ってしまったヴィガロが名代としている。

 全員身内の様な物だが、この場に関係者がいない国も無視出来ない筈だ。


 因みに、ブダリオンが先程からオーク語では無く人間語で話しているのもギャラリーに聞こえるようにとの配慮である。


「ククク……既に俺を負け犬として扱うか」

「どうした、ブギータス。諦めて降伏するのなら、せめてもの情けだ。苦しみの無い死を与えると誓おう」

「降伏? この俺が、ラヴォヴィファードに地上での神意代行者と認められたこの俺が、化け物と化け物の走狗に成り下がった兄上にか……」


 このままでは逆転は不可能。そう判断したブギータスはラヴォヴィファードから授けられた必勝の策を実行に移す事にした。

 本来は対ヴァンダルー用の策。それ以外では絶対に使うなと戒められているが、もう他に取れる手段は無い。


「ブハハハハハハ! 兄上っ、今再び俺は貴様を超える! 化け物よ、これから起こる事は全て貴様が俺を追い詰めたせいだ!」

 追い詰められた者特有の危険な目をしたブギータスが、地面を蹴って大きくバックステップ。ブダリオンは反射的に追うが、間に合わない。


「ブギータス、貴様何を!?」

「ブハハハ! 【魔王の欠片】発動!」

 ブギータスの身体が青白く輝き、空気が重くなったような不気味な雰囲気を漂う。


「ぶっ、この輝きは!?」

「そんな、ブギータスが魔王の欠片を宿していたなんて! そんな物を使ったら待っているのは身の破め……破滅しないかもしれないけど、悪い事に使ったらダメなんだからね!」

 眼が眩んだブダリオンが一旦下がり、クーネリア姫が驚愕と非難の声を言い直しながら上げる。


「欠片? 皇子、とりあえず一旦引いて、皆も俺から離れないように。後クーネリア姫、配慮ありがとう」

 ヴァンダルーはそう言いながら、防御を固めようとした。元々ラヴォヴィファードが何かしてくる可能性が高いと考えていたので、ブギータスを「倒せる」と見切っていても油断していた訳では無い。

 ギャラリーの皆とも、常に守れる距離を維持している。


 とりあえず結界を張り、更に【魔王の血】や【魔王の甲羅】で壁を立てようとした。だが、制御が上手く行かない。

「ぐぶ? これは……?」

 勝手に皮膚が割けて大量の【魔王の血】が、口内からは【魔王の墨袋】の墨が、至る所から出鱈目に【魔王の角】や【魔王の甲羅】、【魔王の吸盤】が生えだす。


【解放せよ! 解放せよ! 解放せよ!】

 久々に欠片達が騒いでいる。全身の血が沸騰し、骨が疼き、心臓が震える。


「ヴァンダルーっ! これは……グオオオオオ!?」

『アアアアア!?』

 ヴァンダルーに駆け寄ろうとしたヴィガロや、レビア王女、そしてブダリオンや広場で遠巻きにして事態を見守っていたノーブルオーク達までもがき苦しみ始める。


 だがただ苦しんでいる訳では無い。

「グオオオオオオオオガアアアアアア!」

 ブダリオンが戦いの最中も理性を保っていた瞳を血走らせ、口から泡を吹きながら咆哮を上げる。牙を何度も噛み合わせて「ガッガ!」と音をさせて、魔剣を振り回す。


 他のブギータスの配下のノーブルオークも、レビア王女達ゴーストも、普段とは別人のような荒れ狂う魔物の顔を露わにした。


「何じゃ、これは……魔物の本能が、強制的に増幅されておるのか!? 奴は、【疑似導き】の効果を受けていない者にも、こんな事が出来るのか!?」

 魔物にルーツを持つヴィダの新種族であるが、純粋な魔物では無い為理性を保っているザディリスが叫ぶと、ギザニアがそれに応えた。


「恐らく、ブギータスは【魔王の欠片】で、ラヴォヴィファードの力を増幅している! それで、こんな真似が……く、ヴァンダルーっ」

「くっ、ヴァンっ! ヴァァァン!」


 ギザニアとバスディアの声は聞こえていたが、ヴァンダルーは答えられなかった。【魔王の欠片】を制御するのに手一杯だったからである。

『ヂュオ゛ォオオオオオオオオ!』

「ギヂヂヂヂィ!」

 しかも身体からは勝手に骨人やピートが出てきてしまっている。とても悠長に「大丈夫ですよー」と言える状態では無い。


 それらの惨状を、ブギータスは高笑いを上げながら見ていた。

「ブハハハハハハ! 【魔王の臭腺】と【魔王の発光器官】の前には、兄上もあれだけ嫌っていた獣に堕ちる以外無いようだな!」

 魔王グドゥラニス達が作りだした魔物はどれだけ知能が高くても、創造主たる魔王にとって量産可能な家畜であり、戦うための駒であった。


 だが知能が高いと余計な事を考える知恵がつき、そうでなくてもある程度強くなれば主人である魔王や神々に反抗し、勝手な行動に出る事も多くなる。


 そのため、魔物は最初から本能的に魔王や邪悪な神々に従うように創られている。それは魔王が倒されてから十万年以上経った今でも変わらない。

 ブギータスは『解放の悪神』ラヴォヴィファードから与えられた【魔王の臭腺】と【魔王の発光器官】を使って、その本能を利用したのだ。


 臭腺からは特殊なフェロモンを分泌し、発光器官から催眠効果のある光を出す事により、ブダリオンを含めた魔物を暴走させたのだ。

 本来はヴァンダルーが持つ【魔王の欠片】を暴走させ、自爆させるための策だったが、これほどの効果を上げるとはブギータスも思わなかった。


「こんな事なら最初から……グブギィ!?」

 逆転勝利を確信し愉悦に酔うブギータスだったが、激しい頭痛と危機的な事実を告げる脳内アナウンスに総毛立った。

「【魔王侵食度】が、既に7だと!? 早、過ぎるぅぅぅっ!」

 恐ろしい速さで【魔王侵食度】が上昇している。それに比例して【魔王の臭腺】と【魔王の発光器官】の力も上昇しているが、ブギータスの精神も侵されていく。


(どう言う事だ!? これ程速く侵食度が上昇するなんて、聞いていないぞ!? 何かの計算違い……)

『いいや、全て予定通りだ、我が手下の中で最も優秀な魔物……手駒であるブギータスよ』

 混乱するブギータスの精神に、ラヴォヴィファードの声が響いた。


 その声はブギータスにまだ降臨している御使い……ラヴォヴィファードが自らの人格を込めて作った分霊を、力を故意に抑えて御使いに偽装した存在から発せられていた。

「ラヴォヴィファードっ! これは……!?」

『【臭腺】と【発光器官】は貴様自身の精神にも影響を与えていたのだ。自身も魔物でしかない事を忘れていたようだな。

 さあ、後はこの我が引き受けてやろう、我が手駒よ!』


 自らの中でラヴォヴィファードの力が爆発的に膨張し、自分自身を司る何かが消えていく、その恐怖と奉じていた存在の裏切りにブギータスは絶叫を上げた。

『……フフフ、ハハハハ! 遂に地上で動ける肉体を手に入れたぞ! 本来ならもう少し育ててからと思ったが、今はこれで十分! この戦いが終わった後に強い雌を見繕い、孕ませ次代の憑代を創るとしよう』

 ブギータスの身体を手に入れたラヴォヴィファードはそう勝ち誇ると、ブダリオンや甲羅や角に身体を覆われたヴァンダルーに視線を向けた。


『さあ、新たな手下共よ! その化け物を殺し、欠片を我に献上しろ!』

 その言葉にブギータスの配下だったノーブルオークや、ブダリオンやボークス達が顔を上げる。


「そんな、ダメよダーリン!」

 クーネリア姫が悲痛な叫びを上げるが、それに構わず彼等は動き出した。


「「「ブガアアアアアアアアァ!」」」

 血の臭いがしそうな咆哮をあげて、ノーブルオーク達がヴァンダルーに向かって突進する。


「ジャマダアアアアアアア!」

『ヂュオ゛オ゛ォォォォォォ!』

『ウオォォォォォォ!』

 そして石畳を蹴り砕くような勢いで走り出したブダリオン、骨人、ボークスに一撃で両断された。


「何だと!? 魔物風情が何故我に逆らグオオオオオ!?」

 驚愕の叫びを上げたラヴォヴィファードは、そのままノーブルオークの破片を蹴り飛ばしながら迫る三人の剣を受け止めきれず、後ろに吹き飛ばされた。




・スキル解説:疑似導き:獣道


 『解放の悪神』ラヴォヴィファードが、魔物を支配し本能を解放する力を与えた結果、『導き』に似た効果を持つようになったスキル。

 このスキルに導かれた者の知力以外の能力値を増幅し、ランクアップを促す。また闘争本能と欲望を刺激する。


 ただし知力が減退し、武術や特に魔術関係のスキルの効果が落ちる。

 このスキルの影響を受けた者は次第に魔物としての本能が押さえられなくなり、魔王軍の忠実な先兵だった頃に回帰していく。


 またこのスキルの対象に成るのは基本的に魔物と、効果は半減するが魔物にルーツを持つヴィダの新種族のみだが、日頃から理性で抑えがたい闘争本能や欲望を抱えている者や、自我が確立していない幼い子供等は人間でも対象に成る可能性がある。




・名前:ブダリオン

・ランク:11

・種族:ノーブルオークアビスキング

・レベル:2


・パッシブスキル

闇視

怪力:10Lv

精力絶倫:1Lv

眷属強化:8Lv

剣装備時攻撃力強化:大

下位種族支配:7Lv

自己強化:導き:3Lv

魔術耐性:1Lv

状態異常耐性:1Lv

魔力増大:1Lv


・アクティブスキル

魔道牙剣術:1Lv

鎧術:9Lv

格闘術:6Lv

騎乗:4Lv

無属性魔術:2Lv

魔術制御:5Lv

土属性魔術:3Lv

生命属性魔術:9Lv

錬金術:1Lv

指揮:7Lv

連携:8Lv

解体:2Lv

御使い降臨:10Lv

限界超越:5Lv

魔剣限界超越:5Lv


・ユニークスキル

ムブブジェンゲの加護




・魔物解説:ノーブルオークアビスキング


 失った腕や目をヴァンダルーの手術と死属性魔術によって移植して取り戻した、ノーブルオークハイキングのブダリオンが、各地の戦場やブディルードやブーフーディンを倒して手に入れた経験値によってランクアップした存在。

 特に死属性魔力の影響を受けた右腕と左目が黒く染まっているが、今現在黒くない方の腕や目と比べて特別な力を持っていると言う事は無い。


 ランクアップの影響で【魔術耐性】と【状態異常耐性】、【魔力増大】スキルを獲得している。


 また【導き:魔道】の効果を得ているため能力値、スキルに補正を受けており、レベルアップを重ねる事で更に強力に成る事が期待される。


 ノーブルオークアビスキングは当然ながら歴史上ブダリオンが初めて至った存在であるため、冒険者ギルドを含めたどの組織にも記録は無い。

 ただ勇者ナインロードがテイムしていた魔物を除けば、【導き】スキルの影響を最大限受けた稀有な魔物であるのは間違いない。

10月8日に145話、12日に146話、16日に147話を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『魔王の欠片』の名前見るたびに魔王ってどんな姿だったんだ…ってなる。クリーチャー?
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