百四十三話 いわれなくても鬼である
ノーブルオーク帝国はブギータスが帝位を簒奪した後も、奇妙な秩序が保たれていた。
ブギータスやその側近達はクーデターが成功した直後から数日間は無体を働いた。逆らう者を殺し、禁じられている同族の肉を喰らい、それまで帝国に多大な恩恵を与えて来た【堕肥の悪神】ムブブジェンゲの神官や、オーク達の妻として与えられていた肉婦達を神殿に押しこめ、監禁した。
ただ、逆に数日が過ぎると大きな事件は起きなくなった。女達が何人か集められ、機嫌を損ねた民やオークが殺される事はあった。それは確かに悲劇だが、全体から見れば被害の大きさと犠牲者の数は帝国を揺るがす程では無い。
それは、ブギータスがブディルードやブーフーディン達将軍に軍を率いさせて各地に派遣した事で新たな支配者層が減った事。何よりも、ブギータスがある程度歯止めをかけたからだ。
君臨する帝国に大きな被害を自分で与える訳にはいかなかったし、あまりムブブジェンゲを追い詰めて自暴自棄に成られたら何をするか分からないからだ。
元魔王軍の一員である邪神悪神は、『ラムダ』の維持管理に関わっていない。
そのため、『ラムダ』の神々は世界を維持するため常にある程度力を残さなければならないが、邪神悪神は構わず力を振るえる。
それこそ地上に降臨し、自らが消滅するまで暴れまわる事も出来る。
それはムブブジェンゲを含めたヴィダに寝返った神々と、神の座から追われたヴィダ派の神々も同じだ。
自爆と同じで正気で出来る行動では無い。しかし、邪神悪神の正気は狂気と同じだ。
ムブブジェンゲや他の神々は大陸南部をアルダから守る結界を維持しているため、そう簡単に自棄にはならないだろうが、やはり慎重にならなければならない。
ムブブジェンゲ一柱だけならラヴォヴィファードは勝てるが、他の神々も同調して自棄を起こしたら流石に分が悪い。
そのため、自棄を起こしてもどうにもならないと分からせる必要がある。
大陸南部の神々を『解放の悪神』ラヴォヴィファードを頂点とした信仰態勢に組み入れる事が、ラヴォヴィファードの目的だ。
一柱ずつ取り崩すように寝返らせていく。ラヴォヴィファードの解放の力は邪神悪神には効果が薄いが、特殊能力に頼らなくても古典的な方法が幾らでもある。脅迫や懐柔を交互に試みる方法は、神であっても有効だ。
ただ、それは通過点に過ぎない。従う神を組み入れ、逆らう神を封じ、勢力を増してジリジリと力を消耗している法命神アルダを倒し、この世界を手中に収める。
それこそがラヴォヴィファードの野望であり、彼を奉じるブギータスの野望であった。
その帝国に迫る軍の姿があった。
城壁の物見の塔で報告を受けたノーブルオークは、その光景を見て一度は歓声を上げた。
『あれはブディルード将軍に、ブーフーディン将軍、それにブキャップ将軍の旗だ! お戻りに成られたぞ!
早く城門を開けろ!』
『待て!』
しかしそれを他のノーブルオークが止めた。
『何故だ!? 将軍閣下を待たせるような失礼があったら、どんな罰を受けるか分からんぞ!』
『馬鹿が! グール国を攻めに赴いたブディルード将軍は兎も角、何故それぞれハイコボルト国とハイゴブリン国に派遣されたブーフーディン将軍とブキャップ将軍の軍までいる!?』
そう指摘されてはっとしたノーブルオークは、改めて迫りつつある三人の将軍が率いる軍を注意深く見つめた。
ブディルード軍はグール国の侵略に成功したら戻ってくるかもしれないが、それぞれの国に派遣されたブーフーディン軍とブキャップ軍は、皇帝であるブギータスが呼び戻さない限り戻って来るはずがない。
いや、考えてみればブディルード軍が戻って来る事もおかしい。侵略に成功してもグールを皆殺しにしたわけでもなければ軍の大部分と共に残り、侵略成功の報告を持たせた伝令だけが戻って来るはずだ。
そもそも、別々の場所に居たはずの三人の将軍率いる軍が何故合流して帰還したのか。
そして気がついた。
『は、反乱! 反乱だ! 将軍達が裏切ったぞ! ブギータス陛下とブザゼオス大将軍にご報告しろ!』
『気づかれたようだ。では……真の旗を掲げろ! ブダリオン皇子とタロスヘイムの旗を掲げ、軍を展開せよ!』
城門が一向に開く様子が無いことから、反乱の意思ありと悟られたと気がついたブディルードが号令を出す。
それまで高らかに掲げられていた彼を含めた将軍達の旗はその場に放り捨てられ、代わりにブダリオン皇子と帝国の旗が掲げられる。
『逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ』
『逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい』
『無理だ無理だ無理だぁ! 俺様たちはもうお仕舞だぁ!』
『終わりだっ! もう俺達には絶望しかのこっていないだぁ! かあちゃぁぁぁん!』
そしてブディルードの周りに満ちる悲痛な泣き言。ブーフーディンやブキャップ、更にハイコボルト国の簒奪者ガルギャに、ハイゴブリン国を支配していたギィドー達が、絶望に染まった顔でガチガチと歯を鳴らせながら喚いているのだ。
『貴公等……怯えて泣き言を喚いても何も変わらないぞ』
『何も変わらないなら好きにさせてくれ! もう我々は終わりなんだ!』
『そうだっ! 他の兵共も見てみろっ!』
ブキャップが言う様に、彼等が指揮する軍勢を構成する兵達は全員が悲嘆にくれていた。
オークやノーブルオーク、そして帝国の城門の見張りは気がついていなかったが、後方にはガルギャやギィドーの配下だったハイコボルトやハイゴブリン。それらの異種族を見慣れていない者にも一目で分かるほど、彼等は怯えていた。
顔に深い皺を刻み泣き声を上げている。その様子は、「これから犬死しに行くぞ」といわんばかりである。
……中には、壊れた笑い声を上げている者も少なくないが。
『どうだっ! 泣き喚いているのは俺様達だけじゃねぇ!』
情けなさ全開でそう言うガルギャに、ブディルードは特に動揺した様子も無く「ブフ~」とため息をついた。
『貴公も私も、一応は指揮官だ。兵士が泣き喚いているからといって、一緒に泣き喚いてどうするのだ。士気が下がり、統制が乱れ、軍としての機能不全が頻発しかねない。みすみす死地に行くようなものだ』
理路整然と正論を述べるブディルードに、輝きの無いどろりとした瞳をしたブキャップが言った。
『死地も何も……俺達は死んでいるんだぞ。俺達も、お前も』
そう、ノーブルオーク帝国に迫る軍勢は、ヴァンダルーが死体から作ったアンデッド。ゾンビの軍勢だった。
各地で殺したブギータスの配下の死体を、死後発生した魔石を取るだけにしてそれ以上の解体を行わなかったのは、このアンデッドの軍勢を創るためだった。
ただ、最初は倒した敵のほぼ全てを使うつもりは無かった。ブディルードの様な元重要人物の他は、数百匹程度作って、味方の軍勢の前に薄く広く配置して文字通りの意味で肉壁にでも使えれば十分。その程度のつもりだった。
アンデッド化したばかりのゾンビは生前の実力より大分ランクが下がる。それに彼等が生前受けていたブギータスの【疑似導き:獣道】の効果もアンデッド化した事で失い、更にガルギャやギィドーも生前得ていた【ラヴォヴィファードの加護】も失っている。……当然、【御使い降臨】も不可能だ。
しかも今の主人であるヴァンダルーが彼等を導くつもりが無いため、彼の【導き:魔道】の効果も最低限しか受けられない。
そのため生前よりも大分弱体化している。そんな連中を大勢運んで移動にかかる時間を増やす意味は無い。
しかし、ヴァンダルーが【屍鬼官】ジョブに就き、【装群術】スキルを獲得したため状況が変わった。
今までヴァンダルーには【装植術】や【装蟲術】で植物や蟲を含んだ生物を体内に装備して運ぶ際には、大勢は長時間運べないと言う制限が在った。
それは装備している間、装備された生物が必要とする栄養素はヴァンダルーから消費されるという、スキルの効果上の制限だ。
大勢の生物を、短時間なら兎も角、半日以上装備すると、ヴァンダルーは消費する栄養量を賄いきれず餓死してしまう。
そのためヴァンダルーが常に装備していたのは飢えに強い蟲型や植物型の魔物であるピートやセメタリービー、アイゼン、そしてスライムのキュール等にしていた。
「ラクダの瘤みたいに、栄養を大量に蓄えられる【魔王の瘤】とか無いかな?」と思う事もしばしばだった。
そんな時アンデッドも装備できるようになったのだ。
アンデッドは当然だが栄養を必要としない。食事は出来るが、それは存在を保つために必要不可欠な行為ではない。だから装備できるだけ装備して、長時間そのままでいても餓死する事は無い。
なので【ゾンビメーカー】ジョブによる効果と、莫大な魔力に任せて保存していた敵の死体を全てゾンビにし、それを装備してノーブルオーク帝国からやや離れた場所で放出したのである。
尤もヴァンダルーが死に際に居合わせなかった、ハイゴブリン国にいた敵の霊は大分取り逃がしていたので、実はブキャップ軍とギィドーの配下のゾンビは大分減っているのだが。
そして何故ブディルード以外のゾンビが悲嘆に暮れ絶望に苛まれているのかと言うと、放出された際に掛けられたヴァンダルーの言葉による。
「お前達は囮兼肉壁です。ノーブルオーク帝国の目を惹き付け、お前達の更に後方に展開されるザナルパドナやグール国の皆の壁になり、敵軍と戦ってください。ただ帝国の民や城壁等の防衛施設以外の公共物に被害を及ぼさないように。
尚、この戦いで俺が納得する武功を上げなかった者、命令に背いた者は、後で魂を砕きます」
前半の命令はアンデッド化した彼等にとって別に構わない。既に死んでいるし、痛みの感じ方も生前とは大きく異なる。好き好んで二度目の死を経験したい訳ではないが、ヴァンダルーからの命令なら特に抵抗は感じない。
何せアンデッド化したばかりで、レベルやスキルを上げるために努力した訳でも無い。死んでもただの霊に戻るだけ。失う物は無いからだ。
だが魂を砕かれれば真の意味で消滅する。しかし、彼等は魂を砕かれる事だけを恐れている訳では無い。
『俺達はあのお方に疎まれ、邪魔だとゴミのように踏み砕かれるんだ!』
『ああ、終わりたい、もういっそ終わりたい……死が終わりだったらどれ程マシか!』
生前はただの敵だったが、今のガルギャやブーフーディンにとってヴァンダルーはカリスマ。
特にガルギャなど生前自分以外に大切な者が存在しなかった者にとって、彼は自分以上に大切な唯一無二な存在である。
そのヴァンダルーにゴーレムの動力源として再利用される事も無く、不要だと処分される恐怖と絶望は、二度目の死よりもずっと大きい。
しかし、ブディルードは悲嘆に暮れる様子は無い。それどころか、『何だ、そんな事か』と笑って見せた。
『そんな事かだと!? 貴様も恐怖のあまり正気を失ったか!?』
『何を言う、私は至って正気だ。その上で貴公等に言おう、功績さえあげれば我々は魂を砕かれないで済むという事だぞ、あれほどの事をしてしまった我々がだ』
『なっ!? それがどれだけ難しい事だと思っている!? 我々には既に導きの加護も無く、能力値も下がっている! 部下達の中には霊の損傷が激しくスキルを無くしている者も少なくない! 我々は見た目だけのハリボテ同然なのだぞ!?』
『しかも相手はブザゼオス大将軍率いる精鋭だぞ! 今の我々が束に成っても勝てる訳がない!』
ブザゼオスはブギータスについた中で最も高い位に在ったノーブルオーク帝国の将軍だ。そのため大将軍の地位を与えられ、ブディルードやブーフーディンが外に派遣される中、ブギータスの懐刀として帝国の守りとして自身が育て上げた精鋭と共に残された強者だ。
指揮官としてだけでは無く個人の武威でも優れており、ブディルード達では一対一だとまず敵わない力量差があり、アンデッド化して能力値が下がっている今なら、束に成ってかかっても敵わないかも知れない相手だ。
その上相手は堅牢な城塞の内側であるため、攻め寄せて壁を越えなければ刃を交わす事も出来ない。
不利な材料ばかりが目の前に積み重なっている。
しかしブディルードはブーフーディンやブキャップに言った。
『その通りだが、既に私も貴公も逃げ道はあるまい。命乞いをしようが、我々が殺してしまった者の遺族の足の裏を舐め、額を地面に擦りつけて許しを請おうが、あの方にとっては何の意味も無い。寧ろ逆に怒りを買うだけ。
なら、ご命令通り戦うしかない。そう考えれば胸の内は軽くなり、晴れ晴れとした気分に成れる。
貴公等はそう思わないのか?』
問われたブーフーディン達は顔を見合わせると、『確かに』と頷いた。
『言われてみれば尤もだ。確かに、我々には戦う以外の選択肢は無い』
『今更他にあの方の好感を得る方法も無い……戦うしかない』
彼等の顔から溶けるように恐怖や絶望が消え、代わりに狂気の火が灯る。
『そう、ただ只管戦うだけでよいのだ。槍を掲げ、戦え! 穂先が砕けたら柄で、柄が折れれば拳と牙で、腕が捥げ牙が抜けたなら、捥げた腕を掴んで振るか、自らの肋骨を抉り出して武器にして戦っても構わない。
さあ戦え! この一戦が最後に成るとも、最後に魂を砕かれるとも、少しでも価値あるゴミに成れ!』
ブディルードの号令に応える様に、アンデッドノーブルオーク軍の目に狂気の輝きが宿った。
『戦えっ! 戦えっ!』
『ブザゼオスを押しつぶせ! 束で勝てないならば群れで勝て!』
『殺せ! 砕かれる前に殺せ!』
生前の力関係とは異なり、何時の間にかブディルードがアンデッド軍の中心にいたのだった。
ふと思った。
(自分は正気では無いと思っている狂人はいないって、何処かで聞いたな)
胸中でそんな事を呟きながら、ヴァンダルーは町の中を歩いていた。
ノーブルオーク帝国の街並みは、流石大国とヴァンダルーに思わせる立派な物だった。
住民が身長二メートルのオークや三メートルのノーブルオークであるため、建物一つ一つが大きく、頑丈に創られている。しかも、石材かと思ったらコンクリートに似た建材が使われていた。
土と砂利、それに何かの粉に水を加えて混ぜ、形を整えてから乾かし固めた物で小さな石材をくっつけて壁を作っている。
人間の町では木材か石材、若しくはレンガで出来た家しか見た事が無いヴァンダルーは近代的だなと、とても感心させられた。……実際には、コンクリートはセメントに拘らなければヴァンダルーが思う程近代的な建材では無いのだが。
しかし今の帝国の町並みは何処か埃っぽく、活気を感じさせなかった。
恐らく、住人が掃除をしたり庭木の世話をしたりする余裕が無く、また政府も活気と清潔感のある町並みを維持するつもりが無いからだろう。
「嘆かわしい」
そう呟きながらヴァンダルーは堂々とノーブルオーク帝国の大通りを歩いていた。
勿論大通りにはヴァンダルー以外にも大勢の人々が行き交っている。
「ブガ! ブブヒ~!」
「ノーブルオーク様っ、一体何があったので?」
「ブ……煩いっ! 民共は邪魔だっ! どこぞに引っ込んでいろ!」
「商売は終わりだ! 店を締めろ!」
大慌てで城門の方に向かう武装したノーブルオークやオーク達。彼等が横柄な態度で民を大通りから追い立てて、民達は顔に怯えと困惑を浮かべている。
その脇を極普通にヴァンダルーは歩いて通り過ぎた。
今迄遭遇した敵は全て殺してきたため、ノーブルオーク帝国の兵士はヴァンダルーの存在を知らない。そのため一度城壁の内側に入ってしまえば警戒されない。
勿論ヴァンダルーの容姿は十分目立つ。オッドアイや牙に気がつかれればダンピールだと見破られ、帝国の民ではない事が露見するかもしれない。
しかしヴァンダルーのような小さな子供が俯き加減に歩いていると、巨体を誇るノーブルオークやオークからは髪の色ぐらいしか目に入らない。
しかも非常時であるため、道の端を静かに歩いていれば視線すら向けられない。
ブギータスについたノーブルオーク達にとって、民が警戒対象ではない事がヴァンダルーにとって幸いした。
「まあ、ダメだったら空を飛んで直接突入するだけですけど」
そう呟きながら、帝国の城を目指す。ブディルード達アンデッドノーブルオーク軍にブギータスの配下達の気を惹き付けている間に内部に潜入。そのままブギータスを屠るのが今回の作戦である。
古来よりある、敵が多いのでまず親玉を潰そう的な作戦である。
普通に戦争をするとブギータスを倒すまでに帝国が受ける被害が大きいとか、ブギータスが前線に出て来るまでに時間がかかりそうとか、大規模な市街地戦に成って非戦闘員の民やブダリオン派のオークやノーブルオークに被害が出たら可哀そうとか、最近サウロン領がきな臭い、直接偵察に来る密偵の練度が上がったとイリスやマイルズから報告があったからあまり時間をかけたくない等以外にも、この古典的な作戦を採用した合理的な理由がある。
今迄倒した将軍達の霊から聞きだした情報から推測すると、ブギータスは【導き】かそれに似たスキル、そして『解放の悪神』ラヴォヴィファードの加護を持っている可能性が高いからだ。
ヴァンダルーが自覚しているように、【導き】スキルを持つ者は周囲の者に単純な能力値強化以上の恩恵を与える。そして、導かれている者達にとって【導き】スキルの所有者は精神的な支柱に成っている。
そのため【導き】系スキルを持つと思われるブギータスを失えば、ブギータス配下の者達は弱体化と同時に大きく士気を低下させ、軍として機能しなくなるのではないか。
そう推測したからである。
また、ラヴォヴィファードの加護を持つブギータスはかの神にとって重要な存在であるらしい。
『闇の森の邪神』ゾゾガンテによると、神にとって加護を与えた存在とは畏怖や信仰心を集めるための生きた広告塔であり、地上における代理行動者である。そのため、加護を与えている存在が全滅するとラヴォヴィファードが地上に干渉する手段を、莫大な力を消費しつつ神本体が降臨する事以外無くす事が出来る。
更に、加護は誰でも簡単に与えられるものでは無い。
ある程度以上その神と精神的な繋がりがあるか、近しい存在でなければならないのだ。
ゾゾガンテならばグール種族や植物系の魔物、メレベベイルならスキュラ種族、フィディルグならリザードマンが「近しい存在」に当て嵌まる。
「でも、最近大陸南部に侵略してきたラヴォヴィファードには『近しい存在』に当て嵌まる者が無い。そのため、それなりの時間をかけて精神的な繋がりを構築しないと新しく加護を与える事は出来ない。
だからノーブルオーク帝国を取り戻すため、ラヴォヴィファードにこれ以上手出しさせないためにはブギータスを狙うのは合理的だと思う訳です。
しかしそもそも『解放の悪神』って、何からの解放なのでしょう。やっている事を考えると『簒奪の悪神』とか『圧政の悪神』の方が相応しいのでは?」
『旦那、独り言が多いのは緊張しているせいですかい?』
「はい。一応敵地ですからね」
姿を消したまま囁くキンバリーに小声で答えつつ、ヴァンダルーは進む。途中で見るからに強そうな、立派な甲冑に身を固めたノーブルオークが率いる一団や、レッサーデーモンを数匹引き連れた魔人族らしい青年とすれ違ったが。
あれがブザゼオス大将軍とガルギャの魔人族バージョンであるゲラゾーグだろう。
かなり遅いが、着実にブギータスの戦力は城門の外へ集中しているようだ。
『……戦力を動かすのに時間がかかり過ぎですぜ。ブギータスって奴もその配下も、暢気が過ぎるんじゃないですかねぇ?』
自身が生前アミッド帝国軍所属だったキンバリーがそう言うと、「フォローする訳じゃ無いですけど」と断ってからヴァンダルーも囁き返す。
「多分、帝国が敵軍に攻められる、特に裏切られる事を想定していなかったのでは? それにブギータスの影響下にある人って、総じて短絡的に成る傾向がありますから、きっと本人も……」
『程度が知れるって感じ?』
『ところで陛下、この会話って皇子には……?』
「大丈夫です、俺が聞かせようとしなければ聞こえません」
『なら良かったです』
姿を消したままのゴースト達と会話をしながら、ヴァンダルーは遂に城に面した広場まで辿り着いた。ここまで来ると既に将兵が殆ど城門方面に向かっているからか、逆に人通りは殆ど無い。
「ブハハハハ! ブキブキュキュ!」
「うあぁぁぁぁんっ! 助けてぇぇっ!」
「お許しくださいっ! どうかお許しください!」
騒がしいのは、高笑いを上げる数人のノーブルオークと、その中の一人に掴み上げられ悲鳴を上げている五歳前後の女の子と、縋りついている母親らしき女性ぐらいだ。
「腹が減っては戦が出来ないので、何らかの理由で避難するのが遅れた母娘に目をつけ、おやつ感覚で女の子を食べようとしているノーブルオークと見ました」
『オーク語が分かるのですか、陛下!?』
「いえ、ただの勘です」
しかし、食料的な意味で食べようとしているという推測は合っていたらしい。ノーブルオークは大きく口を開いて牙を剥き出しにし、女の子の頭を丸齧りしようとする。
「おかあちゃぁんっ! こわいよぉぉっ!」
「【骸炎】」
「イヤアアアアア……あ?」
ヴァンダルーの【死霊魔術】によって黒い炎の骸骨と化したレビア王女の顎が、ノーブルオークの頭部を喰いちぎった。
「起きろ。その子を返せ」
硬直した母親の前で、首の無いノーブルオークゾンビが膝を突き、母親に女の子を丁重に返す。
他のノーブルオークや広場に居る他の者も驚愕に動きを止めた。助かった母娘も例外では無かったが、母親はいち早く我に返ると、娘を抱えて走り去った。
その後ろ姿を一瞥だけして視線を戻すヴァンダルーに、キンバリーが話しかけた。
『……旦那、文句は無いんですが、普通は作戦の為に心を鬼にするところじゃないですかね?』
「キンバリー、俺は半吸血鬼なので態々しなくても鬼です」
『そう言う意味じゃないっすけど……まあ、城の前まで来ましたし、別に良いっすかね』
『それにもう見えてるし』
「ぶ、ブガア!」
「ブキィィ~!」
突然仲間が首なしに成り、そのまま動き出した事に驚愕して硬直していたノーブルオーク達が我に返り、そしてやっと近くに居る奇妙な子供に気がついた。
彼等は因果関係は理解できなかったが、とりあえず全ての原因が目についたヴァンダルーに在ると確信し、襲い掛かろうとした。
「ブオオオオオ!」
その背後から放たれた斬撃が彼等を両断し、そのままカマイタチのようにヴァンダルーに迫った。それを首無しノーブルオークゾンビが身を張って防ごうとし……あっさり両断されて役に立たなかった。
「【魔王の甲羅】発動、【石壁】」
だが腕を覆うように発現した魔王の甲羅を盾にして、ヴァンダルーは斬撃を防いだ。
悲鳴を上げて広場の近くに残っていた民達が逃げだし、ノーブルオーク達が慌てて下がる。
「とりあえず忠誠心は買います」
そうノーブルオークゾンビの霊に言ってやると、自らの配下ごと攻撃してきた敵……鎌を構えたブギータスを見つめた。
「ブクク、やはり貴様がラヴォヴィファードの神託に在った、複数の【魔王の欠片】を所持する化け物か」
ブギータスは自身の大鎌と発動した武技を受けても傷一つついていない魔王の甲羅の防御力を認めて、不敵に笑った。
「まさかたった一人……いや、手下の魔物を連れて俺の前に現れるとは、さては外の軍勢は囮か。このような奇策、古今東西歴史に名を残す賢者であっても考えつくまい。流石は【魔王の欠片】を持ち、神の御使いすら砕く化け物と言ったところか」
そう評しつつも余裕を感じさせる態度のブギータス。太く低音で、しかし何処かねちゃりと糸を引きそうな不快な声に、ヴァンダルーは呟いた。
「ここまではっきりと皮肉を言われたのは、地球での伯母の説教以来……」
『ヴァン君、多分あいつ皮肉じゃなくて本気で言ってると思うよ』
『そうですよ、陛下。自分でも言っていたじゃないですか、ブギータスには軍略に関する知識が無いって』
ブギータスの言葉を古典的な作戦を実行した事に対するあからさまな皮肉と解釈しかけたヴァンダルーだったが、オルビア達にそう言われて気を持ちなおした。
因みに、既にオルビア達は姿を現しているのだが、ヴァンダルー達の囁き声をブギータスは聞きとる事は出来なかった。
「何だ、その目は? まさか、俺が役立たず共ごと貴様を攻撃した事が気に食わない、などと甘い事はいわんだろうな」
「気に食わないです。胴体を真っ二つにして地面に中身を撒き散らすなんて、内臓が傷むじゃないですか。食べ物は大切にしなさいと教わらなかったのですか?」
「……鬼か、貴様」
大真面目に言い返したら、鬼と罵られた。これは如何に? 後、言われなくても半吸血鬼だから鬼である。
「ブグゥっ! 得体が知れない上にフザケタ奴だ! 良いだろう、負け犬の兄貴の前にまず貴様を始末してくれる!」
気を取り直して再び殺意を込めて大鎌を振り上げるブギータス。
「……いや、貴様の相手は余だ」
だが、動こうとしないヴァンダルーの背から、音も無く金髪の巨体が生えた。
「……ほほぅ、俺が切り落とし抉った腕と目を取り戻したようだが、化け物の手下に成り下がったか、兄上」
黒い魔剣を携え、片目と片腕を黒く染めたブダリオン皇子の姿を見たブギータスは、酷薄な笑みを浮かべた。
・名前:ブギータス
・二つ名:【簒奪者】
・ランク:11
・種族:ノーブルオークプランダーキング
・レベル:95
・パッシブスキル
暗視
怪力:10Lv
大鎌装備時攻撃力強化:中
精力増強:3Lv
状態異常耐性:5Lv
下位種族支配:7Lv
精神汚染:4Lv
疑似導き:獣道:3Lv
直感:8Lv
魔王侵食度:1Lv
・アクティブスキル
武猪鎌術:3Lv
鎧術:8Lv
無属性魔術:1Lv
魔術制御:1Lv
土属性魔術:4Lv
生命属性魔術:8Lv
限界超越:5Lv
魔鎌限界突破:10Lv
連携:1Lv
指揮:6Lv
御使い降臨:10Lv
・ユニークスキル
ラヴォヴィファードの加護
・魔王の欠片
魔王の●●
魔王の■■
10月4日に百四十四話、8日に百四十五話、12日に百四十六話を投稿する予定です。




