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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第七章 南部進出編
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閑話22 邪砕十五剣と、六人目の転生者

予告では百四十三話でしたが、諸事情により閑話に成りました。すみません。

 『邪砕十五剣』……アミッド帝国が誇る、秘密部隊にして、個人では最高の戦闘能力を誇る猛者が集められた戦闘集団。

 その力で幾つもの戦場の戦況を覆し、単身で魔物の暴走を鎮め、不穏分子を抹殺し反乱の芽を摘んで来たと囁かれ、恐れられている。


 S級冒険者の『迅雷』のシュナイダーとそのパーティーが帝国政府に属さない最大戦力とするなら、帝国に属する最大戦力が彼等だ。


「気に入らない任務だ」

 その『邪砕十五剣』に所属し、三の番号を割り振られた『光速剣』のリッケルト・アミッドは次なる任務地に向かうために街道を進みながら、呟いた。


 二十代後半の若さで『邪砕十五剣』の三の剣に在る彼は、「光よりも早い」と評される程の剣の達人だ。実際、彼の実力はA級冒険者に匹敵する。

 見た目も鼻筋の通った美丈夫で、秘密部隊の一員でありながら上流階級のご婦人ご令嬢からの人気は高く、縁談は既に妻を三人娶っているのに、途切れる事が無い。


 血筋も優秀で、前アミッド帝国皇帝の孫で、現皇帝のマシュクザールはリッケルトの叔父にあたる。

 法衣公爵で領地は無いが、将来は一の剣に推挙される事が内定しており、更にマシュクザールと彼の産まれたばかりの第一皇子に何かあれば、次代皇帝の候補として必ず名前が挙がる立場だ。


 だが、全てが欺瞞である事をリッケルトは知っている。

 自分の剣は、光よりも遅い。

 『邪砕十五剣』では、見目と血筋が良いからお飾りとして抜擢されているに過ぎない。彼の三も、将来約束されている一も、プロパガンダ用の席だ。


 そして彼が生きている間に、マシュクザールに何かある事は無い。


 今日までずっとそうだったし、きっと明日からも変わらないだろう。


「気に入りませんか? 旧サウロン領の安定統治は、現在帝国では最大の懸案事項。オルバウム選王国との戦争の行く末がかかっているのです。これをお館様が鎮めれば、その功名は帝国中に鳴り響きますぞ」

 従者のバッスがそう聞き返す。


 秘密部隊の『邪砕十五剣』だが、リッケルトは存在そのものが帝国の武力を示すための広告塔でもある。そのため、彼の移動に際しては馬車が用いられ、煌びやかな鎧を纏った騎士達と従者であり実質秘書であるバッスが同行するのが常だった。

 これから行くのは任地ではなく舞踏会であると言っても誰も疑わないだろう、豪華な馬車の荷台でリッケルトは、皮肉と溜め息に塗れた言葉で答えた。


「偽装用の任務で得た、中身の無い功名で称えられて何が嬉しい」

「お館様、外に聞こえます。愚痴を言いたいのでしたら、前もって言っていただかないと」

 バッスは、一定範囲内の音が外に伝わり難くなる密談用マジックアイテムを起動しながら主君を諌める。


「念の入った事だ。我が帝国が護衛の騎士達に支給する甲冑は装飾過多でその分音が良く響く。歩いていれば私の愚痴など聞こえやしないさ。魔石の無駄遣いに成るぞ」

「念を入れるのが私の仕事でございます」

 そう答えながら、何時にも増して重症だなとバッスは思った。


「一体何が気に入らないのですか?」

 そう思いつつも、主君に愚痴を吐き出すよう促すバッス。愚痴を聞くのも、自分の仕事の内だと彼は考えていた。

 そしてバッスがそう考えている事を知っているリッケルトは、遠慮無く愚痴と胸の内で溜まった澱のようなストレスを吐き出す。


「何が、か。いつもと同じだ。事の真相を知っていながら、最初から最後まで飾りで置かれる程度でしかない自分自身の才の無さだ。

 ……今回の一件、勘が多少鋭い者は陛下が無能なマルメ公爵の権勢を削ぐための謀だと考えているらしい」


 占領した旧サウロン領の占領統治が順調ではない事に文句をつけたマルメ公爵を上手く乗せ、失敗するだろう占領軍の新たな責任者に据えた。

 そしてマルメ公爵が音を上げる適度なタイミングを見計らって救いの手を差し伸べる事で、彼の統治能力と軍才は取るに足らないと広め、マルメ公爵家の求心力を落す。


 マシュクザール皇帝とマルメ公爵の不仲は、帝国では多少事情に詳しい者なら知っているほど有名だ。そして貴族なら、多少でも聡ければマルメ公爵に占領した敵国領土の統治など不可能である事に察しがつく。

 だから多くの者が今回のリッケルト達『邪砕十五剣』が出動した裏には、皇帝とマルメ公爵の権力争いが存在すると考えている。


 確かに、そんな意図もマシュクザールには在ったのかもしれない。


「だが、皇帝陛下の真の狙いはマルメ公爵の権勢を衰えさせる事では無い。我々に下された任務も、レジスタンスの壊滅では無い。

 ミルグ盾国の遠征軍六千人を皆殺しにし、オルバウム選王国でも猛威を振るったダンピール、ヴァンダルーとの接触、及び交渉。そして交渉が決裂した際の始末だ」


 マシュクザールの狙いは、ヴァンダルーだった。

 占領軍とは異なるネットワークを使い情報を収集したマシュクザールは、レジスタンス組織『サウロン解放戦線』がサウロン領のグールに渡りをつけている事を知った。

 それに他の細やかな情報も加えて分析し、『サウロン解放戦線』の背後にはヴァンダルーが存在しているという確信を持ったのだ。


 だからマルメ公爵を新たな占領軍総司令官として赴任させたのだ。ヴァンダルーがどれ程帝国に対して敵意を持っているか図るための試金石兼囮として。

 皇族の血を引く帝位継承権保持者で、ヴィダの新種族に対する差別意識が帝国貴族の中でも苛烈。更に熱烈なアルダ信者だ。しかもマシュクザールにとって殺されても惜しくない人物。


 マルメ公爵や彼が連れて行った家臣が殺されても、領地には彼等の跡取りが居るので領地経営に大きな障害にはならない。公爵と共に赴任した他の貴族も、皇帝にとっては替わりがいるか居なくなっても構わない者達だ。


 現実には、マシュクザールが想定していたよりも早くマルメ公爵が折れて『邪砕十五剣』の出動を求めたが、それが無くてもリッケルト達『邪砕十五剣』は出動していただろう。

 ヴァンダルーに対応するために。


「しかし皇帝陛下と致しましては、当然の判断では無いでしょうか? 齢六歳にしてミルグ盾国の精鋭六千と『吸血鬼ハンター』のボーマック・ゴルダンを皆殺しにし、しかもアンデッド化させて逆侵攻をかけ、開拓地を猛毒の腐海とした。

 更にオルバウム選王国のハートナー公爵領で城を傾け、奴隷達で運用していた鉱山を、鉱山ごと壊滅させ、騎士団を一つ葬り千人以上の開拓民を何処かへ連れ去った。そしてサウロン領ではスキュラ族とレジスタンスを裏で操っている……正直、信じがたい事ばかりです」


 その上情報部によると例のヴァンダルーはダンジョンを新たに創る事が可能らしい。

 ハートナー公爵領のニアーキの町では、ヴァンダルーと思われるダンピールの姿が冒険者ギルドで確認された直後に、ヴァンダルーが町から逃げた方角にある森にダンジョンが発生した。


 それ以後、ハートナー公爵領には多くのダンジョンが発見されている。ニアーキの町近くで発見されたダンジョン以外は、階層が一階しか無く、部屋が一つで終わりというF級ダンジョンだったようだが。


「バッス、私はダンピールの幼子一人に狩りだされた事に不満を持っている訳じゃない。お前が述べた未確認情報以外にも、多くのグールやアンデッドを従えている奴だ。それと合わせて全ての未確認情報が事実だったとしたら、その危険度はサウロン領一つの問題では無くなる。

 対応を誤れば、最悪アミッド帝国は滅びかねない」


「御館様、滅多な事を言ってはなりません」

「滅多な事では無いぞ、バッス。ヴァンダルーが個人でどれ程の武威を持っているかは不明だが、三年前の時点でミルグ盾国の精鋭六千を打ち破ったのだ。既に、ミルグ盾国を含めた属国一国なら滅ぼす事が可能と見るべきだ。

 そして国力が大きく損なわれればオルバウム選王国が付けこんでくるのは明白」


 アミッド帝国の属国、南の海国カラハッド、北の鉄国マルムーク、西の穀国ヨンド、そして属国では最も軍事力を持っている東のミルグ盾国。

 そのミルグ盾国の精鋭軍が勝てなかったのだ。もし他の三国をヴァンダルーが狙ったら、最悪国として成り立たなくなるほどの被害が出てしまうだろう。


 ヴァンダルーは土地を長期間残留する毒で汚染する事が出来る……どのような手段でそんな毒を作り出しているのかは不明だが、もし広範囲の土地や海域を汚染する事が可能だったら、戦わずして国を潰されかねない。


 そんな危険人物に注目しなかったら、まさに皇帝失格だろう。


「ですがお館様、今回の任務はそのヴァンダルーとの接触と交渉が含まれております。私にはとても彼との交渉が成り立つとは思えませんが?」

「そうか? 実は私も同感だ」

「……お館様」

「私個人の感想だ。皇帝陛下や他の十五剣には他の考えがあるようだ」


 ミルグ盾国にヴァンダルーがした事を考えれば、その宗主国であるアミッド帝国に良い感情を持っていないのは確実だ。ダンピールである事を考えれば、友好的な関係を築く事も不可能だと考えるのが妥当だ。

 寧ろ、敵国であるオルバウム選王国側に取り入ろうとするのではないか。リッケルトも当初はそう考えていた。


 しかし、マシュクザール達はヴァンダルーがハートナー公爵領で起こしたと思われる数々の事件から、ヴァンダルーは無条件に選王国側に付くつもりはないと分析していた。

 ならば、条件次第で味方に付ける事が出来る。そう考えたようだ。


 実際、サウロン領でもヴァンダルーは占領軍に直接大きな被害を及ぼしてはいない。砦を一つ潰したようだが、ヴァンダルーが今までした事から推測すれば、占領軍全体に壊滅的なダメージを与える事が出来たはずだ。

 同時期にレジスタンス組織の『新生サウロン公爵軍』の上層部が壊滅し、その残党を『解放の姫騎士』率いる『サウロン解放戦線』が吸収して一大組織に成長している。

 それがヴァンダルーの仕業なら、彼が被害を与えたのは寧ろオルバウム選王国側になる。


「これまでの行動から推測すれば、ヴァンダルーと言うダンピールはアミッド帝国とオルバウム選王国、どちらにも与するつもりは無いようだ。奴はアンデッドで構成された独自勢力を築くつもりだと、皇帝陛下は考えたのだろう。

 確かに、力を持った子供が考えそうな事だ」


 自分の言う事に逆らわず、意見もせず、忠実に働く傀儡の群れに君臨する。小山の暴君。


「物騒な人形遊びという事ですか。そのような相手ならば、やはりどのような条件を並べても帝国に靡く事は無いのでは?」

「だと思うが、交渉の担当は私では無いからな」


『その通りだ、リッキー坊や』


 不意に馬車の中に新たな声が響いた。

 リッケルトは驚かず、しかし苦虫を噛み潰したような顔で声に応える。


「……『五頭蛇』殿か。その呼び方はいい加減止めて貰えないのか?」

 リッケルトと同じ、しかし真の意味での『邪砕十五剣』のメンバーである五の剣、『五頭蛇』のエルヴィーン。

 リッケルトが『邪砕十五剣』の一員に成った時には既にメンバーだった男だ。


『ククク、まだ百にも成っていない小僧を坊やと呼ばずに何と呼べと?』

「エルヴィーン様、お館様はその『リッキー』と言う愛称の方が気に入らないのかと」

『ああ、そっちか。悪かったな、覚えていたら改めよう』

「因みに、その言葉を私が聞いたのは七度目でございます」


『なんと、そうだったか。すまんな、リッキー坊や。俺は忘れっぽくてなぁ。何せ、貴様が言う様に『爺』だからな』

 バッスの指摘を特に気にした様子も無く、再びリッケルトに厭味ったらしい口調で話しかけるエルヴィーン。


(……何年も前の事をネチネチと。相変わらず不愉快な男だ!)

 『邪砕十五剣』に就任した直後、リッケルトは任務でエルヴィーンと顔を合わせる機会が在った。その際、リッケルトは嫌味な態度で先輩風を吹かせるエルヴィーンに、一度だけ「爺が」と言い返した事がある。

 それをエルヴィーンは未だに根に持っているのだ。


『さて、話を戻すがリッキー。お前の役目は表向きの任務……レジスタンス共を排除する強くてカッコイイ英雄様を演じる事だ。

 途中までは働いてもらうが、ヴァンダルーってガキとの交渉、それが決裂した際の始末は俺と他の連中でする』


「他の連中? 貴殿だけでは無いのか」

『買い被ってもらって光栄だがねぇ、流石に俺も千匹以上のアンデッドを相手にするには手が足りん。占領軍のボンクラ共を駆り出すと、次々に殺されアンデッドにされかねんからな』


 『邪砕十五剣』は、特にエルヴィーンのような真のメンバーは単騎で千を超える敵と戦う力がある。しかし、幾ら力があっても大勢相手には後手に回ってしまう状況がある。

 今回の任務の場合、恐らく『サウロン解放戦線』の裏に隠れているだろうヴァンダルーを表に引きずりだし、その上で交渉し、失敗したら始末しなければならない。


 もしヴァンダルーが『サウロン解放戦線』を見捨てて裏から出て来なければ、表に出て来ても交渉決裂後に戦おうとせず逃げに徹したら、一人では追うのは困難だと皇帝と『邪砕十五剣』のリーダーである零剣は判断したようだ。


『俺の他に後二人。十五剣の『蟲軍』のベベケット、十一剣の『王殺し』のスレイガーが参加する』

「待て、何故それを私に教える?」

 リッケルトは表社会に露出するお飾りであるが故に、エルヴィーンを含めた真の『邪砕十五剣』のメンバーに関する詳しい情報を持っていない。名前と顔を知っているのはエルヴィーンくらいで、他の真のメンバーに関しては皇帝が与えた半ばコードネームである二つ名を聞いた事がある程度だ。


 なのに態々名前まで教える事に奇妙さを覚えたリッケルトに、エルヴィーンは答えた。

『勿論現地で会うからさ。今回の任務、事前に得られる情報が殆ど無い。空から偵察も出来ねぇし、直接人をやって調べても、行方不明に成っちまう』

「マルメ公爵軍の偵察が上手く行かないのは知っていたが、『柄』の連中もか?」


 『邪砕十五剣』は、番号を与えられたメンバーだけの部隊では無い。その手足と成ってサポートを行う密偵組織、通称『柄』が存在する。

 腕利きの工作員や密偵で構成され、十五剣の中にはその『柄』出身のメンバーも存在する。少なくとも、マルメ公爵軍よりも優秀なはずだ。


『ああ。妙な石碑があるって情報を寄越した後、揃って消息不明。

 だから現地に着いたら俺達で威力偵察だ。何、レジスタンスやらグールやらを捕まえて尋問するなり殺すなりしていれば、何れ黒幕が出て来るか、知っている奴が出て来るだろうぜ』


 随分と手間がかかるなと思いつつ、リッケルトは一応聞いて置いた。

「交渉する前から相手の手の者を殺すのは拙いのではないのか?」

『問題ある訳がないだろう? 今までの手口から考えて、どう考えても今回の相手は手下の命なんざ消耗品としか考えちゃいない類の奴さ。

 違うと思うのかい、リッキー坊や?』


 聞き返されたリッケルトは、目を閉じて今迄のヴァンダルーの手口を思い起こした。

 遠征軍を皆殺しにしたらしい事は兎も角、その後アンデッド化させて送り返し、町を攻めさせ、開拓地を人が住めない環境にした事。

 そこから連想されるヴァンダルーの人物像は、非戦闘員が巻き込まれるかもしれない事や、更に遠征軍の遺族の心を深く長く苛む事を躊躇わず……いや、恐らく考慮したうえで敢えて行う冷酷で残酷な性格。


 ハートナー公爵領におけるダンジョンの発生事件や奴隷鉱山壊滅事件から推測すると、情けや容赦を持ち合わせているようには見えない。

 そしてサウロン領で恐らく何らかの手段で配下に加えた『解放の姫騎士』率いる『サウロン解放戦線』が勢力を拡大させるのに起こした、『新生サウロン公爵軍』上層部の謀殺。


 推測を重ねると邪魔者を消す為なら無関係な者の命が危険にさらされても気にせず、配下を消耗品と同じ感覚で使い捨て、殺されたとしても大して気にもしない。そんな人物像が出来上がる。

 しかし、その推測とはやや合わない情報もある。


「いや、違うとは考えにくいが……妙な情報もあったはずだ」


 ハートナー公爵領でヴァンダルーは開拓村を援助していたらしく、更に彼が出没していたらしい時期に極小ダンジョンが発見された場所の近くに在る農村を中心に、老いた家畜を供えると中に貴金属や現金、食料が詰まった『ヴィダの土人形』が訪れると言う、謎の現象が起きている。


 それに、ミルグ盾国の一部のグール以外にもハートナー公爵領でのグールが姿を消している理由が、ヴァンダルーが集めたからだとすると不自然だ。戦力が欲しいなら、幾らでもアンデッドを作り戦力に出来るはずのヴァンダルーが態々他のグールを集めるまでも無いはず。


「それらを総合すると、奴はアンデッドを操り使い捨ての戦力にし、敵対する者や邪魔な者には一切容赦はせず、それどころか嬉々として加虐しようとするが、保護対象と考えた者には施しを与える程度の情けは持っている人格をしているのではないのか?

 丁度、マルメ公爵にとっての人間とヴィダの新種族を裏返したような」


『そうかもな』

 エルヴィーンもリッケルトの推測を頭から否定はしなかった。

『だが、どうせ『自分は良い事をしている』って悦に入るためのアクセサリー代わりだろうぜ。それか、アンデッドにするまでの間、活かして確保しているだけかもしれねぇ。生簀の中の魚さ。

 もしかしたら既に『解放の姫騎士』を含めた『サウロン解放戦線』の連中の上層部もアンデッドにされていて、手下は何も知らずに動いているって事もあり得る』


「それはそうだが……」

『それに、俺達は奴と仲良しに成りに行くわけじゃねぇ。取り込めるようなら取り込み、無理っぽければ始末する。奴が大切にする弱みがあるってんなら、寧ろ好都合だ。人質として使える。

 リッキー坊や、お前さんは気にせず『解放の姫騎士』の首を上げて、『邪砕十五剣』を派遣した偉大なる皇帝陛下のお蔭でもう大丈夫だと、安心させるためのスピーチでも考えておきな』


 そう言い終えた途端、微かにあったエルヴィーンの気配が消えた。立ち去ったのか、それとも何処かに潜んでいたのかは分からなかったが、会話はもう終わりという事だろう。


「……あの爺、私が気に入らない事を言い当ててから会話を打ち切ったな」

 リッケルトが気に入らないのは、『邪砕十五剣』の手口や皇帝の思惑では無く、自分が最初から最後までお飾りであると痛感させられる任務の内容。


 リッケルトの役割は、ヴァンダルーとの交渉や始末の成否にかかわらず、表向きの任務であるレジスタンスの排除を「完遂した」と占領軍に明らかにする事だった。

 その『解放の姫騎士』の首が本物か、でっち上げた偽者に成るかはヴァンダルーとの交渉次第に成るが。


「お館様。お館様の任務もまた、アミッド帝国千年の繁栄のためには必要なお役目かと」

 マジックアイテムで沸かしたお湯で淹れた紅茶を勧めながらバッスが言った言葉に、リッケルトは溜息で返事をした。


「しかし、エルヴィーン殿達でそのダンピールを倒せるのでしょうか? いえ、皆様の実力を疑っている訳では無いのですが」

 紅茶の香りで鼻腔を満たし、肩の力を抜いたリッケルトは「出来るだろう」と答えた。


「エルヴィーンは、本人の弁を信じるなら『邪砕十五剣』の中でも腕利きだ。それに『蟲軍』と『王殺し』の噂は聞いた事がある」

 『蟲軍』は帝国が唯一確認している【バグテイマー】。単身で『ザッカートの試練』の表層から溢れだした魔物の群れを一掃した事がある。

 『王殺し』は『柄』出身で、今まで何度も数百数千の手下に護られたキングの名を持つ魔物を退治してきた。


 彼等の手柄を広告塔として受けて来たリッケルトは、その強さを知っている。


「それに、今まで集めたヴァンダルーに関する情報の中に奴個人の武威を示すものは無い。恐らく、特殊な【テイマー】だろう。自分自身が弱いから手駒の数を増やそうとする。ハートナー公爵領の奴隷鉱山を襲撃したのも、グールやスキュラ、レジスタンスを手先にするのも、恐らくそのためだ。

 開拓地を汚染した事から毒や、恐らく病に関する攻撃手段を持っているだろうが、それにさえ注意すれば敵では無い」


 リッケルトにとって今回の任務は、気に入らないが、少なくとも失敗はしないだろう。そんな程度の任務だった。




 【ノア】のマオ・スミスは、久しぶりに皮膚で感じる日光の温かさや微風のくすぐったさに、思わず頬を緩めた。

「世界が変わっても、お天道様と風は変わらないもんだね。しかし、本当に裸だよ……葉っぱで隠せってのかね?」

 周りに人が居ない……自分が立っているのが草原である事を認識してから、マオは三度目の人生を生きる事に成る自分の身体の様子を点検した。


 栗色の髪に赤銅色の肌。背は『地球』や『オリジン』で生きていた時と比べてずっと低く、身も蓋も無く言えばチビだ。

 その代わりのように、手足には筋肉がついている。何回か握り拳を作り、その場でジャンプし、歩いて、軽く走ってみる。


「う~ん、体重計や握力計が無いから正確には分らないけど、筋力が上がった気がする。その割に身体が重い感じなのは、やっぱりこの種族を選んだからか」

 そう呟くマオの顔は、『前世』の彼女を知っている者が見たら面影がある事に気がつくだろうが、全体的に幼かった。歳の離れた、髪と瞳と肌の色が異なる妹と言えば、信じさせる事も出来たかもしれない。


 ただ、この『ラムダ』では難しいだろう。種族が異なるのだから。


 マオが三度目の人生で選んだ種族は、ドワーフだった。


 別にどうしてもドワーフに成りたかった訳では無い。単に、ヴァンダルー達に知られている人相から遠ざかりたかったからだ。

 単にロドコルテに人相を変える様に注文を付ける事は出来ない。肉体が記憶や人格を前世から受け継いでいる魂の影響を受けてしまうからだ。


 その影響も『オリジン』の時のように赤ん坊から生まれ直す方法なら、最小限に出来る。しかし、直接大人の身体を創って転生する方法では不可能。

 そのため、マオは人種やエルフでは無くドワーフを選択したのだ。


 本当は性別も男にして欲しいと注文を付けたのだが、出来なかった。ロドコルテ曰く『男女で脳の構造が異なるのは知っているだろう? 肉体と魂が合わずに人格に大きな影響が出る……最悪、数日中に死ぬ危険があるので止めておいた方が良い』との事だった。

 勿論【監察官】の島田泉に確認したが、嘘は無かった。


「まあ、名前がステータス上変えられないし、ばれる時はばれるから別にいいけどね。

 身体にはこの後慣れるとして……【ステータス】。お~、本当に出るんだ」

 自分の能力値、変化したスキルを確認する。ユニークスキルの【輪廻神の幸運】と【ターゲットレーダー:死属性の一億以上の魔力所有者】、【ユニークスキル隠匿】も確認する。


 この【ユニークスキル隠匿】によって、マオは【鑑定の魔眼】やギルド登録の際にユニークスキルを見られる事は無い。

 海藤カナタが転生した時の反省点や、泉と亜乱が考慮した変更点だ。これでステータスを見られても、転生者だとばれる事は無い。


「しかし、運転や操縦が【騎乗】やらなんやらに……あたしこれでもパイロットだったんだけどねぇ。それに他のスキルのレベルも高くないし……この世界の連中ってどんだけ化け物なんだか。

 まあ、裸で独り言を言うのもこれぐらいにしてと……はいはい、こっちね。う~ん、脚が短くなると歩きにくいな~」


 脳内に流れるロドコルテからのメッセージを聞きつつ、マオは歩き出した。彼女が向かう先には小規模な山賊団がいて、それを倒して衣服や必要な物を奪うためだ。

 そして旅の準備を整える頃には、山賊を殺して得た経験値で【ジョブ無し】、通称【一般人】のレベルが100に成っている。


 そのまま近くの町に向かってギルドに登録して身分証を得て、適当な身の上をでっち上げ、ついでにジョブチェンジを行えば、怪しむ者はいないだろう。

 年齢も十五と成人したばかりのドワーフなので、最初の頃は町に出て来るまでジョブに就いていない事を奇妙に思う者もいるかもしれないが、ジョブチェンジを何回か繰り返しながら住む町や国や大陸を変えれば誤魔化せるはずだ。


「さて、金を貯めたらさっさとこの大陸からおさらばして、他の大陸で商売でも始めるか」

 マオは、ヴァンダルーと関わるつもりは毛頭なかった。村上達のように彼を殺すつもりも、三波浅黄のように彼を説得して止めるつもりも無い。


 ヴァンダルーの行動範囲から大きく離れた場所に逃げ、そこで生活するつもりだ。だから彼等よりも早く転生する事を決めたのだ。

 他の転生者、【千里眼】の天道や【イフリータ】の赤城、【オラクル】の円藤硬弥にも声をかけたが、彼等は付いてこなかった。


 ただ応援はしてくれた。これからもヴァンダルーと戦いたくない転生者が来るかもしれない。その時マオを訪ねて来たら力を貸してやって欲しいと。

 因みに、その時や他に緊急事態が起きた場合は泉や亜乱から連絡が来る事に成っている。


 ロドコルテもマオの選択は認めていた。ヴァンダルーを殺す以外にも、転生者にはラムダを発展させる役目もあるからだ。


 この後、オルバウム選王国で漁業と海運業で知られたファゾン公爵領では、マオと言う名のドワーフなのに珍しく風属性魔術が得意な冒険者が、やや活躍する事に成る。

 彼女は普通の冒険者よりずっと早く、登録から一年程でC級にまで上り詰めたが、すぐに船でバーンガイア大陸から旅立ってしまった。




 【ノア】のマオ・スミス ロドコルテによって創られたドワーフの肉体に転生。


 残り転生者 ロドコルテの神域 十二名

       オリジン 七十九名

……書いていたら主人公が登場できなくなってしまって(汗


9月30日に143話を、10月4日に144話を、10月8日に145話を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
刊行最新11巻がここまで。 ありがとうございます(^人^) 毎度刊行されるたびに、続きを読みたくてなろうで読むのが慣例になっています(笑)
[一言] オリジンにまだ79人いるけどひとり一人書くとしたらめちゃくちゃ大変だけどどうするんだろ、楽しみだなぁ
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