百四十話 弱肉強食
『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカを奉じる三人の原種吸血鬼の内ただ一人生き残っているビルカインは、組織の再編に手を焼いていた。
「まさか、こんな形で組織を独占する事になるとはね」
ビルカインはそう言って自嘲気味に笑った。彼は以前同じ原種吸血鬼であるテーネシアを傀儡に堕とし、グーバモンと組織を二分する事を企んだ。そして内心では何時かグーバモンも同じく傀儡に堕とし、組織を独占する事を考えていた。
それは数百数千、もしかしたら数万年かかる長期計画の筈だったが……あれからまだ三年も経っていない。だというのに、テーネシアもグーバモンも死んで……滅びてしまった。
魂が残っていれば『悦命の邪神』の力でアンデッドに出来る。原種吸血鬼のアンデッド化はビルカインには不可能だが、ヒヒリュシュカカには出来るはずだ。命を弄ぶ事こそ、あの邪神の本分なのだから。
だが、ビルカインはそれが無い事を知っている。ヒヒリュシュカカからの神託によって、二人の魂が砕かれた事を知らされたからだ。
「あれからまだ三年も経っていない……私にとって瞬きをするのに等しい程度の時間だ。たったそれだけの時間で……糞がぁ!!」
憂いを帯びた美貌を、一瞬で激怒に塗りつぶしたビルカインはグラスを握り潰し、拳をそのままテーブルに叩きつけた。
轟音を立てて、エルダートレントの木材で作られた鋼鉄の盾より頑強なテーブルが砕ける。
「グーバモンのイカレ爺め! 手下の貴種どころか把握している従属種まで自分の手で始末しやがって! お蔭でこの私がどれ程苦労していると思っていやがるんだ!? アアァ!?」
それでも苛立ちが収まらないビルカインは、口汚く滅びた同胞を罵り、唾を吐きかけた。
疑心暗鬼に狂ったグーバモンは、自らの手下を全てアンデッドの材料にしようとした。それが完了しきる前にヴァンダルーの手によって滅ぼされてしまったが、組織を自分の下で再編しなければならないビルカインにとって人的被害は既に大きすぎた。
三人の原種吸血鬼達は、王侯貴族との裏取引や犯罪組織を表向きのボスの背後で糸を引く黒幕役の吸血鬼達を各地に派遣している。
ミルグ盾国のトーマス・パルパペック伯爵のように吸血鬼と直接接触させる者も居るが、多くの取引相手は自分が吸血鬼と取引している事を知らず、犯罪組織もボスの側近でもなければ自分達が吸血鬼の下部組織に属しているとは気がついてはいない。
その体制だから拙い事態に成ればトカゲの尻尾のように切り落とせたし、勘の鋭い者が敵に居ても精々その担当だった吸血鬼の首一つで済んだ。
テーネシアが倒された時は、側近の五犬衆の内四人がやられ一人が裏切った状態だったが、各国に散った小物の貴種と従属種はそのままだった。だから、彼等を取り込めば冒険者パーティー『五色の刃』が壊滅させた組織以外は、そのまま引き継ぐ事が出来た。
しかし、グーバモンは少しでも使える貴種や従属種を殆ど殺し、アンデッドにしてしまっている。それを免れた者はグーバモンから出された無謀な命令を達成しようとし冒険者や騎士に返り討ちにされるか、いち早く身を隠し、そのまま大陸の外かグーバモンでも把握できない秘境に逃げ出した者だけだ。
そのため残っている吸血鬼はグーバモンが把握していなかったほどの小者、吸血鬼に成ってから百年と経たない若い者達の中でも程度の劣る貴種や、雑兵に等しい従属種程度だった。
当然、その程度の小者が王侯貴族や汚職商人との取引や犯罪組織を裏で操っているはずがない。特に従属種の場合は、ビルカインの名前すら知らされていない事もあった。
ビルカインと彼の部下達が組織の再編にどれほど苦労しているのか、想像に難くないだろう。
中にはビルカインの手の者が接触する前に残された下っ端が組織を乗っ取り、暴走した挙句、組織も本人も討伐された後だったなんて事もあった。
「糞が……せめてグラント・ロッシュやローリー・ロドリゲス、マイルズ・ルージュ……幹部クラスを一人でも取り込めていれば……!」
記憶に在る幹部数人の名前を思い浮かべ、悔しげに唸るビルカイン。その幹部達がアンデッド化した者も含めて全員ヴァンダルーの下に居るのだが。
貴種吸血鬼の死後、魂を召喚しアンデッド化させて復活させる儀式は、その貴種の親の血が無ければ行う事が出来ないので、ビルカインは彼等が死んだのかどうか確かめる術がない。
ヒヒリュシュカカも、そんな些末な事をいちいちビルカインに神託で教えようとは思わない。
「これも全てヴァンダルーの、奴のせいだ!」
実際にはグーバモンを精神的に追い詰めたのはヴァンダルーでは無く、テーネシアを傀儡に堕とそうとしたビルカイン本人の企みに原因があるのだが……彼にはヴァンダルーが存在する事自体が全ての原因だと考えているようだ。
「こうなれば、何としても奴を取り込んでやる。既に奴は戦って勝てる相手じゃない。絡め取るためにも、奴が出入りしているサウロン領の監視をもっと――」
「ビルカイン様、そのサウロン領についてご報告がございます」
その時、ビルカインが冷静さを取り戻すのを見計らっていた側近の貴種吸血鬼が現れた。
「……君か、モルトール」
ドワーフ出身の貴種吸血鬼で、ビルカインの『四人の腹心』の一人、モルトール。彼は禿頭を下げて一礼し、報告を述べた。
「占領軍内の内通者からの情報ですが、『邪砕十五剣』の出動をマルメ公爵が要請したようです。帝都にいる十五剣の内、一と二の剣に動きはありませんが、三の剣が帝都から出たとの報告もあるので、確実かと」
「動いているのが張子の虎だけという可能性は?」
『邪砕十五剣』は皇帝直属の秘密部隊で、十五人全員に番号が割り振られている。だがその中で一から三の剣だけは顔も名前も明らかに成っていた。
姿を明らかにする事で、『邪砕十五剣』の存在をある程度自国内の不穏分子や敵国に知らしめ、抑止力とするための広報係だ。
だから実際には一から三の剣は本当の強敵では無く、『邪砕十五剣』は十二剣と評しても構わない組織である事を知っているビルカインは、広報係を張子の虎と呼んでいる。尤も、その張子の虎でもB級冒険者以上の力は在るのだが。
「それは分りません。しかし、『迅雷』のシュナイダー一味が大陸から出ているので、何人か差し向ける余裕はあるかと」
そして張子の虎では無い真の『邪砕十五剣』のメンバーは、ビルカイン達吸血鬼でも把握しきれない存在だ。
間違っても口には出せないが、奴らが揃えばビルカインでも勝てはしないだろう。
それが動くなら、例のダンピールやその手先と化したらしいレジスタンスの者共も終わりだ。そうモルトールは思っていた。
これで主人の疳癪の種が減ると期待している彼に、その主人は意外な命令を出した。
「そうか……ではサウロン領に情報収集に長けた者を派遣するように。『邪砕十五剣』が何人か派遣されたのなら、命と引き換えにヴァンダルーの力を見せてくれる程度の働きはするだろうから、それを見逃したくないのでね」
「畏まり……はっ?」
「勿論手出しは厳禁だよ。情報を持ち帰ってもらわないと意味が無いからね。ただ、上空からの偵察はさせるな。君の報告によると占領軍ではそれをやった魔術師が何人も発狂しているらしいから、念のためだ」
「いえ、それは分りましたが……ビルカイン様は『邪砕十五剣』と戦ってダンピールが生き残るとお考えなのですか?」
あの『邪砕十五剣』だ。奴らの手でモルトールの配下の貴種吸血鬼が、何人もやられている。高度な武術と魔術を使いこなし、首を落されるか心臓を破壊されない限り死なない不死に近い怪物達が、僅かな時間で痕跡も残さず消されているのだ。
恐らく、モルトール自身が立ち向かっても勝てないだろう。それほどの相手である。
「そうだ。彼なら『邪砕十五剣』が何人か来ても、勝ち残るだろうね」
しかしそれでも十五人の内数人……五人前後ならまず確実にヴァンダルーが勝つだろうとビルカインは予想していた。
「君にとっては信じがたいだろうけど、彼はグーバモンを殺したのだ。十五人全員でかかるなら兎も角、何人かだけじゃとても殺しきれないだろう。それが可能なほど奴らが優秀だったら、とっくに僕の尻尾くらいは掴んでいなければおかしいからね」
これでやっとヴァンダルーについて情報らしい情報が手に入る。ついでに、邪魔者を何人か消してくれれば一石二鳥だ。
そう考えるビルカインは、ヴァンダルーの敵の中で最も彼の実力を正確に評価している人物なのかもしれない。
その頃境界山脈内部、ハイコボルト国ではブギータスの後ろ盾によってクーデターを成功させたハイコボルト王の甥、ガルギャが王座で肉を喰らっていた。
「クヒヒヒ、『解放の悪神』ラヴォヴィファード様々だぜ。俺に加護を寄越さない『猟の神』リシャーレから宗旨替えして正解だったぜぇ」
その姿は直立した狼を思わせるハイコボルトとしても大柄で、獣じみていた。
豊かな体毛に大きくギラギラとした瞳、太い牙に逞しい四肢……全身から発散される存在感が、ガルギャが只者ではない事を表していた。
「この全身に漲る力の素晴らしい事と言ったらねぇぜぇ……止まっていたレベルもガンガン上がるし、ランクアップまでしちまったぜぇ。糞ウゼェ親父とお袋、偉ぶった伯父貴と従兄弟共を殺しただけで。クヒヒ、そう思わんか、お前達?」
だが、王座の間に控える……控えさせられているハイコボルトや民の女達は彼に対して嫌悪や恐怖しか抱いていない様子だった。
顔に出そうになるそれを隠すために、話しかけられても顔を下に向けたまま応えようとしない。
そんな態度の女達に、ガルギャは唸り声を漏らした。不快に思ったからではなく、寧ろその逆だった。
「相変わらず昼間は無口な雌共だ。寝台の上ではあれほど乱れ泣き叫ぶくせによぅ……」
そう言葉で嬲ってやると、女達は悔しさに耐える様に肩を震わせるか、哀しげに涙を浮かべる。その光景は、ガルギャの優越感を甘美に刺激する。
「俺様が悪逆非道な行いをしているとでも思っているのか? 勘違いするなよ、貴様等が王と仰いでいた雄が弱かったから、貴様等は俺の物に成ったのだ。群の中で最も強い雄が、最も多くの雌を侍らせ、犯し、孕ませる。獣でも知っている、当然の事ではないか。クハハハ!」
そう言いながら、再び骨付きの生肉に……彼に逆らったハイコボルトの肉に牙を立てる。
弱いくせに雌を譲ろうとしなかった、小賢しいだけの雄。それを屠ったガルギャは、遺体を葬るどころかその日の晩餐にしたのだ。
「この……獣っ! 外道っ!」
夫の遺体が喰われていく事に耐えきれず、ハイコボルトの女の一人がガルギャを罵る。だが、それすらも彼を喜ばせるだけだった。
「獣? 外道? 結構ではないか! 俺達ハイコボルトは魔物だ! 蛮を良しとし、魔に生きる存在! そうである事こそが正しいのだ!
弱い雄から雌を奪う事の何が悪い! 殺した雄の子を殺す事の何が問題だ!? 獅子も猿も同じ事をしているぞ! そうだ、今宵は貴様を犯して、この俺の子を孕ませてやるとしよう!」
牙を剥き出しにしてそう叫ぶと、そのハイコボルトの女はガルギャに殺された夫の名を口にしながら泣き崩れた。その女を、別のハイコボルトの女……人質として生かされているルルゥ姫が抱きしめる。
「貴様等も覚えておけ、このガルギャこそが本来のハイコボルトの有るべき姿なのだ!」
そう宣言するガルギャに対して、女達は誰も同意しない。彼女達にとってガルギャの言葉は、狂人の戯言に等しいからだ。
実際、クーデターを起こして王を殺して王位を奪い、王子達を皆殺しにしたガルギャを支持するのは、クーデター前からガルギャに従っていたハイコボルトと、ブギータスが派遣したブーフーディン将軍とその軍だけだ。
他のハイコボルトや民は、ガルギャとブーフーディンが力で無理矢理押さえつけているに過ぎない。
ガルギャとしては反抗的な同族は家族も皆殺しにして見せしめにしてやりたかったが、ブーフーディンが止めたのだ。
ブギータス皇帝が大陸南部を統一し、この地にヴィダでは無くラヴォヴィファードを奉じる一大帝国を築く野望実現のためには、兵の数を見せしめの為だけに減らす訳にはいかないと。
野望実現の為、女子供を人質にして、ザナルパドナを始め抵抗している国を落すための戦奴にする予定なのだ。
だが、ガルギャはブギータス皇帝が支配する大帝国の属国の王に収まるつもりは無かった。
(野望か。ブーフーディン、皇帝気取りのブギータスの犬……いやブタか。何れ俺が力を付けたら、奴らにとって代わってくれる。それまで好きなだけ夢を見るがいい)
弱肉強食が正しいとするのなら、ブギータスもまた強者の肉と成るべきだ。そしてその強者とはこの自分自身だと、ガルギャは信じて疑わない。
既にガルギャはラヴォヴィファードの加護を得ている。つまり、ラヴォヴィファードもブギータスを唯一の司祭にするつもりはない。ガルギャがブギータスを超えるのなら、とって代わって構わないという事だろう。そう彼は解釈していた。
「――何れは自分こそが頂点に立つ。そんな愚かな妄想でも抱いているのですね」
怯える女達と妄想で悦に入っていたガルギャを現実に引き戻したのは、ルルゥ姫だった。
「……何のことだ?」
胸の内を看破されたガルギャだったが、動揺を押し隠してそう聞き返す。しかし、ルルゥ姫は誤魔化されなかった。
白く形の良い牙を見せつけるようにして、ガルギャの底の浅さを哂う。
「先ほど皆に言った通り、貴方の有り方が本来あるべき正しい姿だとするのなら、貴方はいずれ貴方よりも強い者に無残に殺される事でしょう。力に溺れた愚かで浅ましい従兄弟殿、貴方は父や兄達に自分がしたように、無念の死を遂げるのです」
瞳に憎悪の暗い輝きを湛えたルルゥ姫の、従妹の預言めいた言葉を聞いたガルギャは、寒気を覚えた。
言われた事で、初めて自分も弱肉強食のルールの例外ではないと気がついたのかもしれない。
「が、グルルルガァ!」
思わずコボルト語で黙れと叫ぶガルギャだったが、動揺が態度に現れていた為かルルゥ姫は勿論、民の女達ですら恐れず、反抗的な視線を向けるのみ。
ガルギャの中で動揺が屈辱に、そして怒りに変わろうとしたその時に、遠吠えが聞こえた。
このハイコボルトの国で遠吠えは野良犬が上げるものでは無い。立派な連絡手段だ。それによると……。
「大規模な敵襲だと!? ブーフーディンは何をしていた!? くれてやった女共にうつつでも抜かしていたのか!?」
監視役としての役目もあるが、ブーフーディンはこの国を守るためにも帝国から派遣されているのだ。だと言うのに何をしていたのかと叫ぶガルギャだが、次の遠吠えで事態を把握した。
「ば、馬鹿な……ブーフーディンが討ち死に!? ふ、ふざけるな! グオオオオオオン!」
遠吠えで全軍に出動するよう指示を出すガルギャ。その後ろ姿を見つめる女達は、彼の終わりが近い事を予感し胸を躍らせた。
時は少々遡り……。
ハイコボルト国の城壁の門で守りについていたブーフーディンの部下は、珍客に驚いていた。
「ブディルード、フゴガ!?」
今頃グール国を攻めているはずのブディルード将軍とその軍勢が、何故かやって来たのだ。
一体どういう事だと狼狽えるオーク達と、それを纏めるノーブルオークの小隊長。
「ブゴゴゴグールプギュバ」
だがノーブルオークはブディルードの背後に縄で繋がれたグールの女達の姿がある事に気がつき、こう思った。
ブディルードは首尾良くグール国を攻め落とし、捕虜に取ったグールの女を自分達の将軍であるブーフーディンに贈りに来たのだと。
献上なのか賄賂なのかは不明だが、そういう事だろう。
何故部下を遣わすのではなくブディルード将軍本人が来るのか、献上するのならブギータス皇帝の方が先ではないのかなど疑問が無いわけではない。しかしブギータスに忠誠を誓った者は、強い力を得るほど凶暴性が増す傾向にあった。
そんな相手に小隊長程度の身分で疑問を挟む事は、死を意味する。
「ブゴハっ! ブゴブ!」
ノーブルオークが開門を指示し、オーク達が慌てて門を開く。
その門をブディルードが軍勢とグール達を引き連れたまま進み――。
「ブフ!」
しかし、その前に巨大なハンマーを肩に背負ったノーブルオークが立ち塞がった。
「……貴様、何者だ? 俺様の鼻を誤魔化す事は出来んぞ。ブディルードのスカし野郎にしちゃあ、臭いが変だ。マントの中から妙な臭いが……これは、何だ? まあいい、偽者には違いねェ。
それに後ろのノーブルオークやオーク、どいつもこいつも土臭ぇぞ!」
ガルギャから与えられていた女達を嬲っていたはずのブーフーディンだ。彼は今まで嗅いだ事の無い臭い……幾つもの蟲と植物の臭いが混じった物を嗅ぎ取り、目の前の集団には目の前の偽者以外ノーブルオークは一匹も居ないと判断した。
「御子殿」
「やっぱりばれちゃいますか。じゃあ、起きろ」
「貴様、マントの中に誰か隠して――」
『『『うおおおおおん!』』』
偽ブディルードの発した声に聴き覚えがあると気がついたブーフーディンだったが、彼の驚愕の声は城門が上げた唸り声によって掻き消された。
「ブゴ~っ!?」
「ブギャキ!? 犬頭共を呼んで来い! 奴等の造った門がおかしくなったぞ!」
突然城門本体が人型に変形し、門番をしていたオークを薙ぎ払い、オークアーチャーを振り落としながら偽ブディルード軍の邪魔をしないように脇に退いて行く。
「合図だ!」
「グルオオオオオ! 殺せ! 倒せ!」
「もう良いぞ! お前達の国王と王子達の仇を存分にとるのじゃ!」
縛られているように見せかけていたグール達、ヴィガロやバスディア達が手近なノーブルオーク型アースゴーレムを拳で叩き割り、内部に埋め込まれていた武器を手に取る。
オークの兵隊達の姿が揺らめいたかと思うと、幻影を纏っていたハイコボルト達が姿を現す。ガルギャが起こしたクーデターによってザナルパドナに落ち延びていた、前ハイコボルト王に忠誠を誓った者達だ。
更に偽ブディルードのマントの内側に隠れていたヴァンダルーから、アラクネやエンプーサの戦士達やアイゼンやピート達植物や蟲の魔物、そしてカシム、フェスター、ゼノが姿を現す。
「言われていた通り、結構来るものがあるよな」
「か、痒かった~!」
「……そうか? 聞いていたほどじゃなかったけど」
それぞれ害の無い蟲や植物を寄生させてヴァンダルーに装備されていたカシム達は、狼狽えているブーフーディン軍に襲い掛かって行く。
城門はゴーレム化したため閉める事が出来ず、更に何処からか次々に増えていく敵にブーフーディン軍はパニックに陥った。
棒立ちのまま切り倒される者や、無様に逃げ出そうとして背中から貫かれる者が続出する。
「狼狽えるな、兵隊共! ブゴオオオオオオ!」
だが、ブーフーディンの指揮により彼の軍は混乱から立ち直った。
「ブギャアアア!」
「ブガアア!」
いや、正確に言うなら混乱する理性を忘れたと評すべきだろうか。まるで獣に戻ったかのように闘争本能を剥き出しにして、グールやアラクネ達に立ち向かう。
血走った瞳で牙を剥き武器を振り回す姿は、まさに狂戦士。
しかし、だから戦況が好転すると言う事は無いのだが。
「ゴガアアアアア!」
「【鉄体】! 【鉄壁】! ふん゛っ!」
【鎧術】と【盾術】の武技を発動して防御力を強化したカシムが、正面から突っ込んできたノーブルオークの攻撃を受け止める。
「【斬月】!」
「【インビジブルスラッシュ】!」
そして動きを止めたノーブルオークの脇腹を、フェスターの長剣とゼノの短剣が横薙ぎにする。
「グブッ……!」
血を吐きながら倒れてくるノーブルオークを横に流して、カシムがふぅと息をついた。
「腕が痺れた……でもこいつ等、聞いていたより弱くないか?」
「隙だらけだしな。もしかしてこいつ、金髪の鬘を被ったオークなんじゃないか?」
「フェスター、そんなオークはいないって。それに武技を使ったカシムの腕を痺れさせるのは、オークじゃ無理だ」
鍛錬によってC級冒険者相当の実力をつけたカシム達だったが、ランク6の、高度な武術と魔術を操るノーブルオークとは思えない敵の弱さに戸惑う。
もしかしたら、今自分達が倒したのは特別弱いノーブルオークだったのかもしれない。そう思う三人だが、同様の事が戦場のそこかしこで起こっていた。
「ブガアアア! 女っ! 犯すぅ!」
ハルバードを振り上げるノーブルオークが、無防備にも前線に出ていたザディリスに向かって突進する。
三メートルの重量級の身体で、小柄なザディリスに対してそんな事をすれば犯す前に彼女が惨殺死体か轢死体になる気がするが、それに気がつく知恵も混乱と一緒に忘れたらしい。
ノーブルオークのハルバードが、ザディリスに向かって振り下ろされる。
だが、その瞬間ザディリスの姿が掻き消えた。
「ブ? ブゲっ!?」
そして代わりに、虚空から放たれた光の槍がノーブルオークの頭を砕いた。
光属性魔術で作りだした幻で自分が居る場所を欺いたザディリスが、血を噴水のように吹き出し膝から崩れるノーブルオークに、首を傾げる。
「こういう時は坊やによれば『残像じゃ』と言ってやるらしいが……妙にあっさりと引っ掛かりおったのぅ」
「母さん、すぐに姿を隠せ! こいつ等、隙だらけだがしつこいぞ!」
複数のオークやノーブルオークの相手をしているバスディアがザディリスに叫ぶ。実際、彼女が次から次にオークの首を刎ね、ノーブルオークの胴体を両断しても、怯えた様子も無く敵は更に襲い掛かって来る。
それも長身で逞しさと女性的な曲線を共存させているバスディアの肉体に、ギラギラとした視線を這わせ、涎を垂らしながら。
「幾らなんでも不愉快だな……もっと肌を見せない防具をタレアに作ってもらうべきだったか」
「同感ね!」
『囮としては優秀だが』
「必要無いぃ~」
嘆くバスディアに、空を飛んで豪快に長剣でノーブルオークの頭部を叩き割るエレオノーラが同意し。彼女の脚線美に見惚れて動きを止めたオークを斬り倒した骨人がそう言って。アイゼンが否定する。
ブーフーディン軍の兵隊達の攻撃は彼等にとってか弱い非戦闘員であるはずの人種であるカシム達や、ザディリスやバスディア、エレオノーラ等女性陣に対して集中していた。
特に女性陣に対しての攻撃は、仲間や自分より強い者が目の前で返り討ちに遭っても気にした様子が無い。
「吸う、実る、お食べぇ~」
特に【色香】スキルのレベルが高いアイゼンには、次から次に寄ってくる。しかし、彼女の背中から伸ばした枝によってオークやノーブルオークは絡め取られ、【精気吸収】スキルによって精気を吸われていく。
そしてある程度吸ったらそのまま枝で絞め殺し、手に入れた精気を使って増やした鉄林檎を他の敵に向かって投げつけていく。
「妙に、虚しい」
「ギシャア」
そしてヴィガロやピート達男性陣はブーフーディン軍から殆ど注目されず、女性陣に襲い掛かる事に夢中で隙だらけの敵を横から殴り倒すだけのお仕事をしていた。
「ブガ! 役立たず共が!」
ブーフーディンは不甲斐無い部下を罵ると、偽ブディルードに向かってハンマーを振り上げ突進した。
「ブディルードを倒したようだが、この俺様には勝てんぞ! 俺様はブディルードよりも強い!」
【限界超越】スキルを発動したブーフーディンの肉体が、膨張した筋肉によって一回り巨大化する。それに対して偽ブディルードはマントの裏から巨大な剣を抜き、構えただけだ。
その巨大な剣の、黒く禍々しい刃に一瞬寒気を覚えるが、ブーフーディンはそれを無視して突っ込んだ。
「【破山鎚】!」
黒曜鉄にアダマンタイトをコーティングした超重量級のハンマーに、幾多の敵を倒し磨いてきた力。しかも【限界超越】スキルを発動中。
この一撃を受ければアークデーモンでもただでは済まない。
偽者の構えた剣が多少大きくても、剣ごと偽者を砕いて潰せる。
「【真刃】」
だが、そのハンマーは偽物が構えた剣を砕くどころか、音も無く斬られていく。
そのままハンマーを両断した剣は、馬鹿なと目を見開きつつも勢いがついているため止る事が出来ないブーフーディンに迫り、脳天から股間まで一刀両断にした。
『正面からかかって来た意気だけは褒めておく』
聞こえたオーク語が誰の声だったのか思い出す前に、ブーフーディンの意識は闇に飲まれ……そのままマントの内側に隠れているヴァンダルーに従う霊の一つと成った。
「調子が良いですね、皇子」
「うむ、御子殿のお蔭だ」
【魔王の欠片】で作られたボークスの予備の剣でブーフーディンを倒したブダリオン皇子は、自分の力が増している事を確信して頷いた。
ブーフーディンを倒して得た経験値で、レベルが驚くほど上昇し能力値が増えていく。
何年も前からムブブジェンゲの加護を得ているブダリオン皇子だが、流石にランク10に成ってからはその成長速度は鈍っていた。これからは何年も何十年も時間をかけて研鑽をつみながら、父に並び、そして越える事を目指すのだろうと思っていた。
しかし、今はまるで修業を始めた少年時代に戻ったような速度で成長していく。
「これが【導き】スキルの力か。
だがそれにしても敵が弱すぎる。いや、弱いというより……隙が多い。ブーフーディンにしても、昔は臆病なほど用心深い将軍だったのだが……」
「まあ、死を恐れない獣って感じですよね」
「死を恐れない獣……確かにそんな様子だが、それならばもっと手強い筈では?」
「そうでもないです。正確に評するなら、恐怖心が麻痺した獣未満の愚兵でしょうか」
死を恐れない死兵は確かに脅威だ。死を覚悟した敵は、最後まで抵抗を止めない。
しかし、ブーフーディン軍は狂乱して兵士では無く獣、理性を忘れ恐怖心よりも欲望を優先する愚者と化してしまった。そのため、怒りや欲望のまま無謀な突撃を繰り返し、倒れた仲間の死体に自分の死を連想せず、ただただ暴れ続ける。
そこに連携は無く、しかも魔術をほぼ……武技ですらほとんど使わない。
魔術は闘争本能と欲望を暴走させた獣に使えるものではないし、武技も魔術程ではないが理性と集中力が必要だ。
それらを使えなくなった分痛みに鈍感で、死ぬまで怯まず戦い続ける。しかし痛みに鈍感であるため隙だらけで、バスディアやエレオノーラに一撃で急所を破壊されて、すぐに倒れてしまう。
「能力値が高くて装備が良いだけの、単独で生きている野良オークの集団。そんな感じではないかと。これなら前線基地のブブーリンや、グール国で倒したブディルード軍の方が集団としては手ごわかった気がします」
「それがラヴォヴィファードに惑わされた者の末路か……ブギータス、お前は臣下達を何処へ導くつもりなのだ……」
そう虚空へ問いを発するブダリオン皇子だが、彼の問いはヴァンダルー以外に届く事無く剣戟と断末魔の悲鳴に掻き消されてしまう。
ブーフーディン亡き後も彼の部下は正気に戻る事は無く、狂乱したまま戦い続けている。しかし彼等は治安維持と防衛のための駐屯軍であるため、軍の規模自体はそれほど大きくない。
程なく敵は尽きるだろう。
しかし狼の遠吠えが聞こえたかと思ったら、ハイコボルト国の宮殿から力強い咆哮が響いて来た。
「御子殿! 皇子! あれはブギータスの犬に成り下がったハイコボルト王の甥、ガルギャです! どうやら直々に攻めて来るようです!」
味方のハイコボルトがコボルト語を翻訳する。
そして幾つもの遠吠えが聞こえ、ハイコボルト達が動き始める。
「じゃあ、一足先に前に出てきます。アラクネとエンプーサ、ピートとアイゼン、カシム達は集合」
「またか!?」
「まただよ、ほら大人しくしろ!」
・名前:ザディリス
・ランク:9
・種族:グールエルダーウィザード
・レベル:27
・ジョブ:大賢者
・ジョブレベル:28
・ジョブ履歴:見習い魔術師、魔術師、光属性魔術師、風属性魔術師、賢者
・年齢:298歳(若化済み)
・パッシブスキル
闇視
痛覚耐性:3Lv
怪力:1Lv
麻痺毒分泌(爪):2Lv
魔力回復速度上昇:9Lv(UP!)
魔力増大:4Lv(UP!)
・アクティブスキル
光属性魔術:10Lv(UP!)
風属性魔術:9Lv(UP!)
無属性魔術:4Lv(UP!)
魔術制御:9Lv(UP!)
錬金術:6Lv(UP!)
詠唱破棄:6Lv(UP!)
同時発動:4Lv(UP!)
限界突破:3Lv
家事:1Lv
高速思考:2Lv(NEW!)
・ユニークスキル
ゾゾガンテの加護(NEW!)
9月18日に141話 22日に142話、26日に143話を投稿する予定です。




