百三十九話 休養が必要な人達
マルメ公爵軍所属の魔術師、タルカスは魔術によって作りだした鳥型の使い魔の目を通して、上空から地上を観察していた。
(良い風だ……夏の暑さもこうしていると気に成らないな)
彼は使い魔と五感を共有する魔術を得意とし、そして気に入っていた。
自然と危険がイコールで結ばれる場合が多く、移動手段や映像を記録する媒体が限られるラムダでは、『地球』や『オリジン』のように絶景を楽しめる者は少ない。
優秀な魔術師なら自由自在に空を飛ぶ事も出来るが、凡百な魔術師では鳥の様に飛ぶ事は難しい。空中を頼りなく浮遊する程度だ。
タルカス自身も凡百の魔術師の一人だ。だが、使い魔と五感を共有する魔術を使えば鳥と同じように風を切って空を飛び、地上を見下ろす事が出来る。
木々の緑、日光をキラキラと反射する沼の水面、どれもが美しい。
(元々があの悍ましいスキュラの自治区だったとは思えない風景だな)
女の上半身とタコの下半身を持つ化け物共には、勿体ない土地の様に見えるが、実際にはスキュラ以外が利用するには難しい場所なのだから、ままならないものだ。
(いや、これは仕事だ、集中しろ)
マルメ公爵軍に所属する魔術師であるタルカスは、先日からレジスタンスが隠れ住んでいるらしい元スキュラ自治区を上空から偵察する任務に就いていた。
使い魔の形状と色をこの辺りでは珍しくない鳥に似せ、上空からレジスタンスや、出来れば姿を消したスキュラ共の痕跡や情報を探るのだ。
(詳細は分からんが、注意する様に言われているからな。何に注意すればいいのか謎だが)
これ自体は珍しくない偵察任務だ。山賊や魔物の集落が無いか探すのに、上空からの偵察は有効だからだ。
ただ、このスキュラ自治区で最近任務に就いているはずの同僚達が姿を消している。ただの休養だとしかタルカスは教えられていないが、そう告げる上司の顔色は紙のように白かった。
そして今日この任務に就く直前に、注意するようにと言われたのだ。異変を感じたら、すぐに任務を中断せよ。使い魔を破棄しても構わないと。
そんな注意と指示を受けるほどの危険を、タルカスは具体的に想像する事は出来なかったが。
使い魔を通して偵察を行う魔術師は本来危険とは無縁だ。使い魔とは五感を共有しているが、ダメージは共有していない。痛みは感じるが、使い魔との五感の共有は集中がある程度乱れると中断されるので、悪くても失神する程度で済む。
集中している間本体である肉体が無防備に成るが、占領軍の砦の中で使い魔を操るタルカス達は無数の兵に護られているのと同じだ。
(使い魔を惨たらしく破壊されたら、数日休養を余儀なくされる事ぐらいはあるかもしれないが……)
(……ぃ)
(っ!?)
何か、声のような音が聞こえたような気がして、タルカスは使い魔をその場で旋回させた。そして見つけたのは、山の斜面に生えた木々の間から見える四角い岩だ。明らかに自然物では無い。
レジスタンスの手がかりかもしれないと、タルカスはその岩に使い魔を近づけさせた。
すると、岩の異様さに気がついた。
(何だ、これは。モノリス、なのか?)
木々の間に建てられた長方形の板状の黒いモノリス。その中心には巨大な目のモチーフ、その周りには細かい記号がびっしり刻まれている。
(……ぇ)
(レジスタンスの暗号、では無いな。スキュラ共が残した碑文か? 上半身は人種の女でも魔物から生まれた穢れた種族だからな。こんな妙な物を残してもおかしくはない。
待て、これは作られてから時間が経っていない。まだ新しい!)
モノリスには埃があまり積もっておらず、建てられている周囲の地面には掘り返した跡が残っている。
つまりスキュラ共が姿を消した後にこのモノリスは建てられたのだ。だとすると、レジスタンスの手によるオブジェなのか。
(……へ……ぃ)
それを探ろうと、更にモノリスに使い魔を近づけるタルカス。だが、ふとそれ以上の奇妙さに気がついた。
このモノリスに近づいてから、山があまりにも静か過ぎる。鳥や小動物が立てる音が一切しない。風に揺れる木々の葉の音すら、遠く感じる。
(気のせいか? いや、何かがおかしい! まさかこれが……!?)
はっとしたタルカスは使い魔を羽ばたかせ、モノリスから距離を取ろうとした。
(……おいでぇ)
その時、妙な音が聞こえる事に気がついた。
(何だ!? 何の音……何の声だ!?)
驚いて周囲を使い魔に見回させるタルカスだが、そこには人どころかゴブリンの姿も無い。
(こっちへ……おいで)
だが声はどんどん近づいてくる。まるで耳元で囁かれているようだ。
まさかと思ってモノリスに視線を戻すと、目のモチーフと視線が合った。そう、タルカスはモノリスに見られていたのだ!
(こっちへ……来い!)
酷く悍ましい、脳髄に突き刺さるような声が、タルカスの精神に直接響いた。
「い、嫌だぁぁぁぁ!」
「どうしたっ!? おい、タルカス、落ち着け!」
集中が途切れたためか、タルカスの意識は本来の肉体に戻っていた。突然悲鳴を上げたタルカスに、何時の間にか近くに居た同じ公爵軍の兵士が慌てて駆けつけてくる。
(こっちへ、おいで)
しかしタルカスの耳には未だモノリスの声が響いていた。
「俺は行かない! 行かないぞっ!」
冷や汗に全身を濡らし、目を剥いて叫ぶタルカス。その様子を見て兵士達は悲痛に顔を歪める。
「クソっ、タルカスもか! 誰か司祭様を呼んで来い!」
「は、離せ! 止めろぉぉ! 俺は行かないぃぃ! 行きたくないぃぃぃ!」
「布を噛ませろ! 舌を噛むぞ!」
「ふがっ!? ふむおぉぉぉおっ!」
兵士達は手馴れてしまった様子でタルカスを取り押さえると、彼の同僚達が『休養』している部屋に彼を連れて行ったのだった。
『このタルカスって男で五人目か。……相変わらず容赦ないな』
『一月から数か月休めば回復するだろうけれど、恐ろしい対策だわ』
ロドコルテの神域でタルカスを含めた、レジスタンス『サウロン解放戦線』の手がかりを探し出そうとした魔術師達の記録映像を見ていた、御使いの町田亜乱と島田泉は青い顔をして言った。
ラムダの人間の目を通してヴァンダルーが今何をしているのか探ろうとした二人だったが、記録の主が発狂するまでの過程を見るはめになった。
『……あのモノリスやストーンサークルは、【千里眼】対策よね?』
『それ以外無いだろ。全部上からじゃないと見つけられないようになっているし』
暫く前、オリジンで死んだ『ブレイバーズ』のメンバーの一人、【千里眼】の天道の力を使って転生者達はタロスヘイムとヴァンダルーの情報収集を試みた。
だが、情報収集だけのつもりが【デスサイズ】の近衛宮司がロドコルテと共謀し、【千里眼】で映した映像を介してヴァンダルーを殺そうとチート能力を発動させた。
それは失敗し、近衛宮司は魂を砕かれて消滅した。しかし天道は無事であるため、やろうと思えば再び【千里眼】で情報収集を試みる事は可能なはずだった。
しかし、ヴァンダルーは恐ろしい対策を打っていた。
『上から見ただけで発狂するオブジェか。御使いに昇華してなかったら、俺達もヤバイな』
ヴァンダルーが設置したのは、正確には見ただけで魔道に誘われるオブジェやペイントなのだが、それを知らない亜乱達はそう解釈していた。
それはオブジェを見つけた魔術師達がタルカスを含めて全員魔道に導かれる事無く発狂しているからだ。何故そうなってしまったのかというと、タルカス達がアルダ過激派の多いマルメ公爵軍の一員だったからである。
タルカス達は当然の様にアルダ過激派で、ヴィダの新種族に対する激しい差別意識を持っていた。
そのためオブジェやペイントに仕掛けられた【精神侵食】スキルの効果に、激しい拒否反応を示し、魔道に導かれる事を拒否するあまり精神に異常をきたしてしまったのだ。
「××になるくらいなら死んだ方がマシだ」というのを、精神的に実行してしまった訳だ。尤も、ヴァンダルーが本来狙った効果では無い為、一月から数か月静養すればトラウマは残るかもしれないが回復する程度だが。
『あれを天道や浅黄が見たら拙いわね。幾らチート能力があっても、精神的な強さが備わる訳じゃないから』
『そうだな。まあ、天道もロドコルテの手口を見てから、【千里眼】を使う事は拒否しているし、そうはならないだろうけど』
転生者が神域内に存在すればある程度無理矢理コントロールできるロドコルテだったが、流石にチート能力を強制発動させる事は出来なかった。
それは安心なのだが……どうすれば転生者達に対して更に警戒心が高まったヴァンダルーと仲間達との間を取り持ち、殺し合いが起きないよう出来るのか。
『もう一回天道にヴァンダルーを見て貰って、筆談で会話するって手が使えるかと思ったんだけどな~』
『やろうとした途端ロドコルテに邪魔されるに決まってる。それに、あんな対策を取られたら絶対に無理よ』
『そうだな……一度皆と相談するか。まだ一ヶ月の期限までには時間がある。』
異性との関係について、ヴァンダルーは悩んでいた。
『地球』で生きていた頃から、暖かい家庭を築く事に彼は憧れていた。その頃から贅沢な事について執着が在ったが、愛する人との心安らげる家庭で過ごす時間は、金で買えない贅沢だと思っていたからだ。
それは『地球』で死に、『オリジン』で死に、この『ラムダ』に生まれ変わった今でも変わらない。
(だけど、人数が軽く十人を超えるのはどうなのだろう? 問題あるかな?)
二人目の子供の父親に成って欲しいと言うバスディアに、その次で良いと言うビルデと言わないタレア。メイドのサリアとリタ、レビア王女にザンディア王女、ジーナ、オルビア、そしてプリベル。以上十名が確定。
エレオノーラやベルモンドは僕や執事で良いと言っているがつまりそういう事であろうし、ザディリスやカチアははっきりとは言わないがそんな感じである。アイラはエレオノーラと張り合う気満々な様子だった。
レギオンは友達だが、エレオノーラやベルモンドと同じパターンのような気がする。
パウヴィナやジャダル達はまだ子供だから将来意見が変わるかもしれない。
アイゼンやラピエサージュ、ヤマタは懐いてくれているが、まだそういう意味の好意とは違う気がする。
そして、ギザニアとミューゼが加わる事になった。『親愛の首飾り』を異性が受け取り首から下げると、プロポーズを受けた事になるそうだ。
二人から……ザナルパドナの人々全体から『御子』では無く『巫女』、女だと勘違いされていた事はヴァンダルーにとってショックだったが、勘違いが元で婚約する事に成るのはプリベルに続いて二回目である。
これ程大勢の異性を周りに侍らすことは、現代の『地球』だと大問題である。江戸の殿様ではないのだから、当然非難されるだろう。
『オリジン』でも同様。
この『ラムダ』の場合は、社会とその社会での立場による。人間社会……人種やドワーフ、エルフなら、基本は一夫一妻制だ。ただ裕福な商人や成功した冒険者の場合は愛人や妾を何人か囲う事は珍しくない。
王侯貴族なら、ほぼ義務とされる。複数の妻を娶る事は経済力のアピールであり、一族が安定している事を表すからだ。
「ミルグ盾国はその方面ではお硬い方だが、兄上……一番上のアルサード兄上は三人だったな。本来は親父と同じ四人か、五人くらいが妥当だが今レッグストン伯爵家は景気が悪いから……いや、多少無理をしても増やすか?」
ミルグ盾国のレッグストン伯爵家当主の場合妻の適正な人数は、以前なら四人から五人くらいらしい。
「何故無理をしてまで増やす必要があるのですか?」
そうヴァンダルーが聞くと、クルトは苦笑いを浮かべて答えた。
「本来分家としてアルサード兄上や兄上の子を支えていくはずだった、チェザーレ兄上と俺が『死んだ』からさ」
チェザーレを殺したのも、クルトを死んだように偽装して引き抜いたのも、全てヴァンダルーによるものだ。
現レッグストン伯爵であるアルサードは、短期間に次々と未婚の弟達を失ったため子供を増やす必要に駆られる事に成るだろうとクルトは予想したのだ。
「……それは悪い事をしましたね。寝返り工作を仕掛ける際の手土産は精力剤にしましょうか」
「陛下が作ると効果が凄まじくなりそうだから止めておいてくれ。アルサード兄上は性豪って訳じゃないが跡取り長男はもう生まれているし、子供が増え過ぎても困るだろ。
それで陛下の場合だが……別に良いんじゃないか、十人以上でも」
顔色の悪いクルトは悩むヴァンダルーに対して、「悩むほどの事じゃない」と肩を竦めた。
「国の規模にもよるが、国王ならそれぐらい囲ってもおかしくはない。先代のアミッド帝国皇帝は後宮に数十人囲っていたって聞くしな。今の皇帝マシュクザールは、十人も居なかったと思うが。
今は亡きサウロン公爵も、メイドも含めれば十数人以上手を出していたはずだ。お蔭で遺児が多くて当時は苦労させられた……」
どうやらサウロン公爵、レイモンド・パリスの父親は性豪だったらしい。
「帝国やサウロン領と、うちの国は違うと思いますが」
人口は圧倒的にアミッド帝国が、そしてサウロン領の方が多い。多分、経済力もアミッド帝国の方に軍配が上がるのではないだろうか? そう思うヴァンダルーだが、クルトの意見は異なるようだ。
「確かに違うが……そもそも帝国や選王国と同じ基準で比べられないだろ、違い過ぎて。
多分、今の数倍増えても誰も気にしないんじゃないか?」
冷や汗が滲む顔を横に振ったクルトは、そう言った。
彼から見ればタロスヘイムは復興した新興国で、貴族的に考えれば初代国王であるヴァンダルーは多くの子孫を残さなければならない立場だ。分家や他の有力者との政略結婚など、国を纏めるためには少々励んだ程度ではとても足りない。
だがヴァンダルーの寿命は短くても三千年を超えるので、殺されでもしない限りクルトが生きている間は後継者の心配なんてしなくて良い。
そもそも、通常の貴族的な価値観を持つ者がタロスヘイムには殆ど居ない。
更に国民はヴィダ信者で、一夫多妻制に理解があるか……そもそも深く考えていなかったり、結婚という概念自体持っていなかったりする。
そして国の経済は良好だ。数千年後は分からないが……少なくとも後数百年は不景気にはならないだろうとクルトは見ている。
(ザナルパドナやこのグールの国に倣って、タロスヘイムに非常時の避難所や農業や水産業用の低等級ダンジョンを帰ったら作るって言い出すし……この陛下、普通は領内の未開地を開拓するか他国を侵略でもしないと手に入れられないはずの土地を、たった数時間で増やすからな)
【迷宮建築】スキルでダンジョンを新たに創り出す事が出来るヴァンダルーが、境界山脈内部で行われているダンジョン利用法を採用する。それはダンジョンが領地と同じ意味を持つ事に成るという事だ。
しかも、ヴァンダルーの場合ダンジョン内で生成される魔物を大雑把にだがコントロールできる。普段はスキルのレベルを上昇させるためにあまりしないが、避難所や産業に利用するためのダンジョン内の魔物なら常に棒立ちの状態にさせるだろう。
複数の妻を娶るにはやはり甲斐性が必須だが、何時でも必要なだけ甲斐性を持てるのだから、クルトが適当に答えるのも無理も無い。
そして言われた当人は、何度か瞬きを繰り返した後「そうですか?」と首を傾げている。
やはり自分が領地を無から創り出す事が出来る事に自覚が無いようだ。
『なぁ、おい』
それを延々説明する気になれないクルトは、肩をつつくボークスの指を無視して話題をずらす事にした。
「重要なのは陛下がどうしたいのかって事じゃないか。つまり、陛下自身の気持ちだな。その辺りどうなんだ?」
『そりゃあ俺もその通りだと思うが……』
「俺の気持ちですか……皆に好かれてとても嬉しいです」
ヴァンダルーの気持ちを端的に表すと、嬉しい以外にない。
複数の異性に好かれて、嬉しく無い筈がない。しかも『地球』とは違い、複数の異性と同時に付き合っても問題視されない立場にある。
ならそれを享受するのに何の不都合があるだろうか。
人生の目標が自己幸福の追求であるヴァンダルーは、とても俗物であった。
「じゃあ、問題無いだろ」
『坊主、クルトがこっちを振り向こうとしねぇんだが、どうしたんだ?』
「そっちにゾゾガンテが居るからだと思います」
クルトの意識をゾゾガンテから逸らす事も兼ねて相談を持ち掛けながら、同時進行で【精神侵食】スキルによる治療を施しているヴァンダルーは、クルトの後ろで困惑しているボークスと、ゾゾガンテに答えた。
ここは『ゾゾガンテ大森林』の最深部。ダンジョンボスを倒した者のみが辿り着ける宝物庫だった。
暇つぶしに一人『ゾゾガンテ大森林』を攻略していたボークスは、立ち塞がる魔物を全て斬り伏せてここに到達した。その彼の前に境界山脈の内側、大陸南部のグール達の後見である神、『闇の森の邪神』ゾゾガンテが降臨した。
そしてゾゾガンテはボークスに告げた。『悪いんだけど、君の上司を呼んで来ていただけませんでしょうか』と。
そう頼まれたボークスは、とりあえずヴァンダルーと一応副将軍であるクルトを連れて来たのだった。
そして一見幹が捻じれた大木のような、しかし目を凝らすと枝にたわわに実った果実は全て眼球で、幹や枝には裂け目のような口が幾つもあるゾゾガンテの姿に、クルトの精神は大きな衝撃を受けてしまった。
それをヴァンダルーが治療していたのである。
『鱗王の巣』の最深部に『五悪龍神』フィディルグが降臨した時、ヴァンダルー自身は勿論、バスディア達も少し動揺する程度で、無力な霊であるダルシア以外は大丈夫だったので危機感が薄れていたが、神との邂逅は人間の精神に多大な影響を及ぼすのだ。
『ゾゾガンテ大森林』の長も、ゾゾガンテに拝謁する際は頭を下げ決して顔を上げないらしい。
『何も身を張ってまで自分は普通だって証明しなくて良いだろうによ』
「ボークスは平気だったんですか?」
『まあ、少しビビったが、それぐらいだぜ』
ボークスの場合は自身が既にアンデッドであり【精神汚染】スキルを所持している事、更にランクも11と伝説から神話の域に足を踏み入れつつあるため、大きな影響を受けなかったようだ。
『あのー……そろそろ良いですか?』
木が軋むような声のゾゾガンテが、遠慮がちな口調で話しかけてきた。
「あ、はい。クルト、振り返っちゃいけませんよ」
「おいおい陛下、俺を子供扱いするなよ。……このまま目を瞑って耳を手で塞いで座り込むから、俺は大丈夫だ」
「それは大丈夫なのでしょうか?」
思わずそう聞き返すが、クルトは三角座りの姿勢で目と耳を塞いでいるので答えようとしない。とりあえず、眠ってもらった方が良いだろうと、ヴァンダルーは揮発性の睡眠薬を分泌してクルトを眠らせておいた。
クルトの寝息を確認してから、ゾゾガンテが話し始める。
『あー、まずはそれでこの度グール達を救っていただき感謝いたします。彼等は私にとって重要な信者であるだけでなく我が子も同然であるため、ラヴォヴィファードの手の者共に蹂躙されるのは避けたかったので、助かりました』
「いえいえ、一応『グールキング』ですから気にしないでください。でも以後色々便宜を図ってくれるととても助かります」
『あ、はい。じゃあ何人か娘を御傍に――』
「その便宜はいいです」
『複数の異性に好かれるのは嬉しいのでは?』
「当人の意思が問題です」
信仰している神様に言われたからという理由だと、いまいち嬉しくないヴァンダルーだった。
「血縁を深める交流はヴィガロに任せるので」
『そうですか……では、数百年後に気が向いたらと言う事で』
断られたゾゾガンテも残念そうだが、数百年単位で気長に機会を窺うつもりのようだ。
『では、とりあえず加護的な便宜を図ると言う事で宜しいでしょうか? 私は【魔王の欠片】を封印しておりませんし、他に今出来るお礼も思いつきませんので。
お仲間のグール達と、あの植物系の魔物に』
「アイゼンの事ですか? お願いします」
神の加護は能力値の増強やスキルの効果や取得に補正がかかり、更に成長の限界を引き上げる事が出来る。後天的に才能を与えられる様なものだ。
なので、余程性質が合わない神でも無ければ加護は受け取っておくべきである。
ゾゾガンテはどうやらフィディルグと同格……つまり神としては下の部類であるらしいが、効果はあるはずだ。
「加護は有りがたいですが、そこまでグールを守りたかったなら何故今まで何もしなかったのですか。責める訳ではありませんが、ここは貴方が作ったダンジョンです。もっと何か出来たのでは?」
『確かになぁ。ダンジョンボスや中ボスをブディルードの野郎に送り込むとかすれば、勝てはしなくても少しはグールの被害も減ったんじゃねぇか?』
ヴァンダルーの質問に合わせてボークスも口を挟む。ゾゾガンテはフィディルグの様に封印されていた訳では無いので、本人が降臨して戦う事は流石に出来なかったかもしれないが、ダンジョンで生成される魔物をグール達の援軍に使うぐらいは出来たのではないだろうか。
『そうしたかったのですが……結界の維持で手いっぱいでして』
しかし大陸南部のヴィダ派の神々にも苦しい事情があった。
それは十万年前の戦争でヴィダや、ゾゾガンテを含むヴィダ派の神々を傷つけ追いやった『法命神』アルダ、そしてヴィダの新種族の存在に否定的な『輪廻転生の神』ロドコルテの介入を防ぐための結界だ。
傷ついたヴィダが最後の力で大陸を隆起させ境界山脈を創り出し眠りについた直後、ゾゾガンテを含む当時活動が可能だった神々は境界山脈内に結界を張り巡らせた。
この結界があるため、アルダは境界山脈内に直接御使いを遣わす事や、境界山脈内の人間に『声』をかけて信者に勧誘する事が出来ない。影響を及ぼすには、信者を物理的に外部から境界山脈内に侵入させるしかない。
この結界の効果は、タロスヘイムを含めた境界山脈内に及んでいる。
ロドコルテも、ザナルパドナ等ヴィダ派の神々が守る都市に存在する人々の記録を見る事が出来ない。あの神が世界に直接干渉する事は無かったが、自身が知り得た情報をアルダに流す程度の協力ならしかねないので、それを防止しているのだ。
ただこちらの効果は十万年前の戦争直後に活動不能に陥った『太陽の巨人』タロスや『五悪龍神』フィディルグが守るはずだったタロスヘイムや沼沢地には及んでいない。
それぞれ巨人種とリザードマンだけであったし、今はヴァンダルーの【導き:魔道】スキルがあるため問題は無かったが。
ロドコルテにまで干渉する結界は強力だがその分特殊で、維持するためには莫大な力を使用する。そのためゾゾガンテや他の力の弱い神は結界の維持に力の大部分を割いているのだ。
そしてゾゾガンテよりも力のある神は、力がある分【魔王の欠片】の封印も任されている。
そして十万年前の戦いの傷が未だ癒えていない神が多い。
『そのため私は加護を与え、こうして虚像を限られた場所に映し会話をする程度の事しか出来ません。
原種吸血鬼の皆様も、それぞれ結界の維持やヴィダ様の守護、傷の回復にかかりきりです。ザナルパドナやムブブジェンゲはそれでも余裕がありましたが、それもラヴォヴィファードの奴めが……一体何処であれほどの力を手に入れたのか。元は私と同程度の力しか持たなかったのに』
『甲殻と複眼の邪悪神』ザナルパドナがヴァンダルーの前に姿を現さなかったのは、どうやらラヴォヴィファードに妨害されていた為らしい。
そしてラヴォヴィファードは本来ゾゾガンテやフィディルグと同格の神だったらしいが、何故か格上の筈のムブブジェンゲやザナルパドナを抑えられるほどの力を手に入れたようだ。
「なるほど。ブギータスを倒してブダリオン皇子に帝位についてもらうだけでは無く、やはりラヴォヴィファードをどうにかしないといけない訳ですか。
……出来るかな? 神としてもかなり強いようですし」
『多分、貴方なら何とかなるかと』
『大丈夫だろ、坊主なら。それに次のジョブチェンジも近いんだろ?』
「いや、そんな簡単な話じゃないと思いますけど」
口々にそう言うゾゾガンテとボークスにそう言いかえすヴァンダルー。しかし、ゾゾガンテとボークスの態度は変わらなかった。
《【精神侵食】、【迷宮建築】、【ゴーレム創成】スキルのレベルが上がりました!》
9月14日に140話を、18日に141話を、22日に142話を投稿する予定です。




